「あなたの心に…」

 

 

 

Act.5 マナとアイツの時間

 

 マナの説明…というよりも告白かな…は、夜中まで続いたわ。

 食事とお風呂以外は部屋に篭ってる私に、ママはノータッチ。

 気にしてるんだろうけど、何も言わない。

 私を大人として扱ってくれてるの。

「やっぱりいいなぁ…。アナタのママ」

「ママ?」

「うん、私のママは…、私を生んですぐに死んじゃったの。
 男親に育てられたから、こんなにがさつな訳」

「そうだったの…」

「ママってどんな感触なんだろ…って幽霊には無理か。実体ないもんね」

 明るく言うマナの本心が哀しさに溢れている事に、私はずっと気づいている。

 でもそれは表に出さない。せっかくのマナの気持ちが無駄になるから。

 

 さて、マナからいろいろ聞いたけど…。

 ここは天才の私が整理する必要があるわね。

 だってマナときたら、
 時間があっちいったりこっちいったりで、あまりに散文的なんだもの。

 

 アイツの名前は、碇シンジ。誕生日は6月6日の14才。

 パパは貿易会社の役員で、ママは専業主婦、だった。

 家庭環境はきわめて良好、金銭的にも恵まれていたみたい。

 マナと知り合ったのは、アイツが幼稚園に入る時。

 このマンションに引っ越して来た時ね。

 ママがいないお隣のマナのことを可哀相に思ったアイツのママが、
 マナのパパが帰宅するまで自分の家で預かったのね。

 息子と同い年だし、同じ幼稚園だからって。

 活発なマナと、ちょっとおとなしいアイツはすぐに仲良しになった。

 幼馴染というより、兄弟みたいに育ったの。

 一緒にお風呂入ったり、一緒のお布団で寝たり…、って小学4年生までは平気でしてたみたい。

 ちょっと照れるわね…。

 ま、それからも仲が良いことには変わりなかったみたいね。

 

 そして問題のあの日。

 ゴールデンウィークに近くの温泉に家族旅行ってのは、ずいぶん前から決まっていたの。

 マナもアイツも楽しみにしていて、その日が来た。

 ところがアイツだけ後から追いかけることになったの。

 理由は…、見ず知らずの人に輸血するため…。

 別に珍しい血液型でも何でもなかった。

 ただ、たまたまアイツが病院に居合わせただけ。

 休み中のママの薬をもらいに行って、世間話をしているうちに看護婦さんに頼まれたのね。

 結構大掛かりな手術が明日にあるからって。

 人のいいアイツはその場で約束したの。

 家に帰ってからみんなにこき下ろされたけど、
 アイツはすぐ後から電車で行くから先に行っててよって…。

 

 駄目だわ…。ここからは私には詳しく書けない。

 だって、みんな可哀相なんだもん。誰も悪くないんだよ。

 アイツは善意でしたこと。

 他のみんなはアイツの善意を損なわないために、アイツの意見通りにした。

 その結果、事故に巻き込まれた。

 アイツが責任を感じるのはわかる。

 私だったら、頭が変になっちゃってたと思う。

 

 でも、ここからアイツは信じられないことをしたの。

 お葬式が終わって、毅然とした態度で振る舞い、学校へも行き、
 日常生活が一人でもできることを周囲に認めさせて、そして一人暮らしを始めたの。

 その理由は、ここを…家族とマナの思い出に溢れた、この場所を離れたくなかったから。

 周囲の人間はアイツのことを偉い子だと誉めそやしたわ。

 その偉い子が、毎日、夜になると泣き続けていることを知らずに…。

 マナの持ち物を自分の家に運び、まるでマナが生きているかのように話し掛け、
 そして料理も人数分つくってた。

 マナからそのことを聞いたとき、私は涙が止まらなかったわ。

 アイツの気持ちも、マナの気持ちも、どっちも哀しい。

 しかも、マナはそれを見ているしかできないんだもの。

 思わずアイツの前に出ていってしまった、その気持ちは良くわかるわ。

 ところがその結果は最悪。

 アイツは半狂乱になって数日食事もとらず、瀕死の状態で担任教師に発見されたの。

 入院の後、アイツは人が変わったようになった。

 表面上、対人上は同じ優しい、『いい子』のアイツだけど、自分の生活には無気力になった。

 さすがに掃除や洗濯は一応しているけど、食事はインスタントかパン。

 病気になってもただベッドで寝ているだけ。薬も飲まない。

 でも勉強だけはきちんとしている。それが一人暮らしの条件だから。

 学業が疎かになったり、生活が荒れたら、親戚が引き取ることになってるの。

 アイツはただここを離れたくないために、優等生を続けているの。

 

「マナ?昨日アンタ怒ったけど、もう一度だけ聞くわ。
どうしてアイツは、自殺してアンタのとこへ行かないの?」

「アスカ…」

「違うわ。アイツの気持ちがわかんないのよ。私だったら…」

「あのね…。シンジが私の写真に喋ってるのをこっそり聞いたことがあるの」

 

『僕が死んだら…この世の誰も、マナのことを覚えてない。忘れちゃうよ。
 そんなのイヤだ。マナは、僕のマナは、生きてたんだ。
 生きて…笑って、僕のこと、馬鹿って…馬鹿シンジってからかって…、
 あの公園で走ったり、泥だらけになって遊んだり、
 運動会でマナが1等賞とって、僕がビリで…。
 マナのお弁当作ってたことも…、マナが唐揚げ好きだってことも、
 僕がマナを好きだってことも、誰も知らなくなるんだ。
 そんなのイヤだ。イヤだ。だから、僕は死ねない。
 ずっと、マナのことを思って生きていくんだ…』

 

 何、それ…。そんなのあり?

 アイツ、そんな一生を送るつもりなの!

 私は思わず、立ち上がってアイツの部屋の方を指差した。

「ちょっと、アンタ!間違ってるわ、そんな考え方!
 そんなの…そんなの、アンタ自身死んじゃってるじゃない!」

 叫び声をあげた私は、ママの足音がしないか耳を潜めたわ。

 良かった。気づかなかったみたい。

 隣でマナが涙を浮かべながら、音のしない拍手をしている。

「さっすが、アスカね。私が見込んだだけのことはあるわ。
 その通りよ。私、シンジがそんな生き方するのなんて許せない。
 忘れてほしくはないけど、私の思い出だけで生きていくなんて、寂しすぎる」

「そうよ。年寄りならともかく、アイツはまだ中学生なのよ」

「うんうん、その通り。だから、アスカに恋人になってほしいのよね」

 

 もしこの場にハリセンがあって、もしマナに実体があったなら、
 間違いなくこの瞬間、ハリセンチョップが炸裂していたことでしょう。

「アンタ、それ止めてよね。昨日も言ったように、あ、今朝になるか、ま、いいわ。
 私はアイツの恋人にはなりません。まったく、その気はございません」

 もう…、アンタが変な事言うから意識しちゃうんだから。

「う〜ん、いい物件だと思うんだけどなぁ…」

 ぶ、物件て、アンタね。

「シンジは絶対カッコ良くなるよ。私が保証する」

「はん!保証されたって、そんなの関係ないわ!」

「あ〜ら、あとで後悔しても知らないわよ。絶対後悔するわ」

「後悔どころか、やっぱりあそこで断って、正解だったって感じよね」

「アスカって自信過剰じゃないの?」

 ぐっ!痛いとこ突くわね、アンタ。自分でもわかってるの、そこんとこは。

「ねぇ…、ホントお奨めなんだから…ね?」

「あのねぇ、じゃ私が手頃な女を見つけてアイツにあてがってやればいいじゃない」

「あ、あてがうって…。アスカ、口が悪い…。それに手頃は駄目」

「手頃が駄目って言われても。じゃ上級?」

「う〜ん、最高級かな?」

「アンタね、自分で言ってることわかってる?じゃ、私が最高級なの?」

「え?どうして?」

「アンタねぇ…、アイツに最高級の恋人をって言ってる一方で、
 私にアイツの恋人になれって言ってるのよ」

「あ、そうなんだ。ははは、おかしいや」

 アンタ、天然ボケ?それとも、確信犯?

「でも、アスカならそれに近いと思うよ。知り合って間もないけど…私、そう思う」

 真剣に言われて私は沈黙した。だって恥ずかしいじゃない。

「綺麗だし、頭もいいし、運動神経もよさそうだし、
 前向きで、こんな私の相手してくれるしさ、
 ま、意地っ張りで、口が悪くて、暴力的で、自信過剰で、おっちょこちょいで…」

「ちょっと、アンタ。何気に、悪い方が多くない?」

「そっかな?でもアスカって、好きになったら一途だと思う。それって大事だよ」

「……」

「あれ?どうしたの、アスカ?」

「それ、わからないの…」

 私は小さな声で言って、俯いてしまった。

「え〜、もしかして、ひょっとして、アスカ、初恋まだなの?!」

「う…」

 悪かったわね、まだよ。まだです。まだですよ〜だ!

「憧れとかときめきとか、そんなのもなし?嘘ぉっ!信じられない」

「はぁ…」

「その顔で、そのスタイルで?告白されたこともないの?」

「あるけど…何回か…でもそんなの馬鹿らしくて…」

「もしかして、女が好きとか…」

「殴るわよ」

「私、殴れないも〜ん。へぇ〜、そうだったの」

 コイツ…、私が死んだら真っ先に見つけ出して、
 頭叩いてやる!って、幽霊同士で掴み合いはできないのかな…?

「う〜ん、今時めずらしいわね。じゃ。じゃ、バレンタインなんかは?」

「そんなの日本だけよ。変な風習作っちゃって、変な国」

「あ、そうなの?全世界的なイベントだと思ってた」

「とにかく私の、こ、恋、ってのは、もっと後なの!
 すばらしい男性が私の前に現れるまで封印してるの」

「ふ〜ん、じゃ現れなかったら、オールドミス?」

 一瞬、私の脳裏にあの国語の教師が浮かんだ。

 ヤだ。絶対にオールドミスはヤだよ。

「じゃ、さ。どんなのが好みなワケ?教えてよ、アスカ」

 

 このあたりから、話はどんどん脱線していった。

 まるで親友同士の馬鹿話。

 気が付いたら、もう午前3時よ。

 幽霊って眠らなくてもいいんですって。

 ちょっと不公平じゃないの、これって。

 でも、楽しい。

 ヒカリとお喋りしてるのも楽しいけど、マナのとは違う。

 マナには思ってることを全部喋ってしまう。

 マナだって同じ。結構酷い事を平気で言う。

 でも、それが嬉しい。楽しい。

 

 マナ、アンタ、ホントにいい娘だったんだね。

 私は生きてるアンタと知り合いたかったよ。

 生きてるアンタとあちこちで遊んだり、学校生活したり、さ…。

 神様もわかってないよね。

 生きてても仕方ない悪いやつより、マナの命を召し上げたんだから。

 私たち、親友になれたよね。

 マナもそう思うでしょ。

 

 さぁて、情報も入手できたし、
 そろそろ、アイツのサルベージ計画を練りましょうか、って、まず寝なきゃ。

 それよりも問題は、こうやって削られていく睡眠時間をどこで解消するか、なのよ!

 

 

 

Act.5 マナとアイツの時間  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第5話です。次回で設定案内編が終わります。もうしばらくお付き合いください。


アスカ:アタシが最上級の女だって、やっと認めたわね。

マナ:わたしとしたことが・・・つまんないことを言っちゃったわ。

アスカ:諦めなさい。心の底では認めてる証拠よ。

マナ:中2にもなって、恋も知らないコのどこか最上級よ?

アスカ:アンタも知らなかったでしょっ。

マナ:わたしは、中1で恋を知ったもーん。

アスカ:死んでからじゃないっ!

マナ:でも、アスカより1年早いもーーーんっ!(勝利!)

アスカ:ぐぐぐぐぐ・・・。
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