「あなたの心に…」

 

 

 

Act.6 サルベージ計画始動

 

 

「で、アスカ?サルベージって何?」

「知らないの?」

「うん。全然」

「そこに辞書があるわ…」

「酷い…。そうやって、か弱い幽霊を苛めるのね。アナタって人は」

「へ?」

 私は勉強机からベッドの方へ視線を移した。

「うっ…うぅっ…」

 ベッドに突っ伏してマナが泣いている。

 私は溜息を吐いたわ。

「はぁ…、嘘泣きなんでしょ、マナ」

 マナはむっくり起き上がると、ペロリと舌を出した。

「わかった?」

「アンタの行動パターンは2日で見切ったわ」

「で、サルベージの意味は?」

「だから辞書」

「酷い…。そうやって、か弱い」

「あのね、何回同じこと言うのよ。自分で調べなさいよ」

 マナはふわりとベッドから床に立つと、腰に手をやって仁王立ちした。

 ぶちっ!

「アンタ、それって」

「えっへん!」

「まさか…、私の真似をしてんじゃないでしょうね…!」

「そうだよ」

「頭きた!そのポーズはね、得意の絶頂にあるときにするの!
 それに、アンタみたいにツルペタがやっても様にならないの!」

 私は言ってはいけないことを言ったみたい。

「アスカぁ〜、ツルペタって何ぃ〜、ツルペタってさぁ〜」

 うへぇ〜、マナが部屋中をピンボールみたいに高速移動を始めたわ。

 わ!ぶつかる!って、ぶつかっても痛くないんだけど、やっぱり顔に向かってこられちゃうと怖いよ。

「ご、ごめん、ツルペタは謝るから」

「まだ、言うかぁ〜」

 ひえぇ〜、天井から脳天に落ちてくる!そ、そうだ、目をつぶればいいんだわ。

「ふふん、どぅお、目さえつむれば、アンタなんか怖くないわ!」

「く、くぅ〜、おのれ、霊魂を馬鹿にするものはこうだ!」

 あれ?静かになっちゃった。あきらめたのかな?

 恐る恐る目を開けても、マナはどこにもいない。

「お〜い、マナさ〜ん、いませんかぁ?」

 返事はない。

 まぁ、いいわ。宿題しなくちゃ…。

 私は机に向かった。

 えっと、へん!こんなの簡単じゃん!漢字さえわかれば、私には怖いものなんて…。

「ふへ!」

 ノートに答えを書こうとした私は、シャーペンを取り落とした。

 ノートにはマナの顔が…私を睨んでる。

「あ、あのね。そ、そんなことで私が怖がるなんて…」

 正直怖い。ノートの場所を変えても、マナはさっと移動してくる。

「わ、わかったわよ。ごめんなさい、もう言いませんから許してください。これでいいでしょ」

 私の謝罪を聞いて、ノートの中の顔がニンマリと笑った。

「ちょっと勘弁してよ。怖いってより、気持ち悪いわよ。その攻撃は」

「ま、許してあげよっか」

 マナはそのまま身体を浮上させて、机に腰掛けたわ。

「で、サルベージって?」

「辞書…」

「あのね、まだ気づかない?私実体ないから、本を開くこともできないんだよ」

 あ、なるほど!私はポンと手を打ったわ。

「そっか、誰かに動かしてもらわないと何もできないんだ。…幽霊ってそんなに無力なの?」

「そうよ、驚かせるくらいかな。あ、あと移動が簡単にどこでもできる」

「その程度?」

「当然じゃない。いろんなことができたら、みんな成仏しないで幽霊になってるわよ」

「あ、そうだ。アイツの両親は?幽霊になってないの?」

「う〜ん、実は私にもわからないんだ。1回も見たことがないんだけど」

「そう…、成仏されてるのかな…?」

「で、サルベージは!」

 はは、本気で怒り出したよ、あんまりからかうのは止めとこ。

 この地球で幽霊をからかえるのは私くらいかな、へへん!

 私はスラスラと答えたわ。

「salvage 海難救助、沈没船引上げ作業、救助された積荷。これが名詞。
 私が使ってるのは動詞の方で、難破や沈没から船や財産を救助、または引揚げるって意味」

 マナが感心したように、私を見ている。

「今回は孤独の海に沈没しているアイツの心を救助するのが目的でしょ。
 だからサルベージ。わかった?」

「おぉ〜!」

 マナが力いっぱい(音の出ない)拍手をしたわ。賞賛の嵐ね。

「アスカってホントに頭いいのね」

「そうよ、漢字さえ読めれば怖いものなしよ。学年TOPなんてちょろいもんよ」

「へぇ…、じゃシンジとどっちが上かなぁ?」

「へ?アイツ?アイツ、そんなに勉強できるの?」

「うん、ずっと学年1位だよ。超優等生。優しくて、頭が良くて…」

「ちょっと惚気ないでよ、長くなるから。それより、そんなに…」

 あ、そういや、あの教科書のルビだって…。

 

 今日も私はしっかりと、アイツの教科書のお世話になってしまったの。

 だって、遅くまでマナと喋ってるから、漢字調べる時間がないのよ。

 それにね、英語とかドイツ語と違って、漢字は調べるのに時間がかかるのよね。

 まず、部首を調べて、画数とかで…、考えるだけで面倒だわ。

 でも本当はしないと駄目なことは知ってるの。

 そうしないとテストが0点になっちゃうじゃない!

 答えなんかすぐにわかるのに問題が読めないから、×だなんて絶対にイヤ。

 私のプライドが許さないわ!って思ってはいるんだけど、ね。

 中間は終わってるから、期末までにはなんとかしないと。

 とにかく、今日もアイツはルビを振ってきてくれた。

 昨日私の教科書をそのまま持ち帰って、それにルビを振ってくれてたの。

 

「ご、ごめんね、毎日…」

「いいよ。別に、こんなの予習のついでだから」

 カチン!何よ、そのものの言い方は!

 くぅ〜っ!マナから事情を聞いてなかったら、ケチョンケチョンよ、アンタなんか!

 

 下手に出た私に、アイツのそっけない返事。

 あれは別に粋がって言ったんじゃなかったんだ。

 本当に予習したついでにしてくれてたんだ…。

 う〜ん、嬉しいというか…ライバル出現というか…。

 そうね、うん!

 

「借りは作っちゃ駄目なのよ!」

 私は椅子から立って、宣言したわ。

 すぐそばにいたマナはわけがわからず、目を丸くしている。

「ごらんなさい、マナ。この字を!」

 私は教科書をマナに見せた。そこには、マナの好きなアイツの文字がある。

「わ、これシンジだよね。シンジの字だよね。へぇ…。こんなことしてたんだ…。
ね!シンジって優しいでしょ。ホントに優しいでしょ!」

「そうね、優しいのは認めるわ」

 私の素直な言葉に、マナは嬉しそうに頷く。

「でもライバルに借りは作れないの!」

 顔の前で拳を握って力んでいる私に、マナは怪訝な表情をしているわ。

「じゃ、明日からアスカが自分で調べるの?」

 肩から力が抜けた。

「それは、無理…。そうね、あと2週間はかかるわ」

「え〜!ははは、冗談でしょ、アスカ」

「本気よ」

「2週間で漢字覚えるの?そんなことできるわけな、きゃっ!」

 私は掴める筈もないマナの胸倉を掴んだ。つもりで拳を握った。

 さすがの幽霊娘もその迫力に悲鳴を上げたわ。

「なめるんじゃないわ。私は、惣流・アスカ・ラングレーよ!
 常用漢字くらいやる気になれば、チョチョイのチョイよ!」

「そんな…アスカがいくら頭が良くても…」

「はん!常用漢字なんかたかだか1945文字じゃない!
 いいわ、アンタが疑うなら、第1水準2965文字すべてマスターするわ!」

「ち、ちょっと、アスカぁ…、聞いてる?見えてる?」

「聞いてるし、見えてるわ。ふん、2週間でできなかったら、
そうね、その時はアイツの恋人になってあげてもいいわ!」

「へ?ホント?」

「もっちろん!」

「やったぁ!アスカがシンジと恋人になる!」

「ちょっと、マナ。アンタ、できないって決め付けてるわね」

「だって無理じゃない。そんなことできっこないよ」

 明るく笑うマナは、私の闘志をさらにヒートアップさせたわ。

「いい?期日は2週間後の11月25日よ。アンタがテストするのよ」

「あ〜無理よ、それ。実体ないって言ってるでしょ」

「あ、そうか。じゃヒカリにしてもらうわ」

「いいよ、あの子なら信用できるし…、ふふふ、私の計画通りに進むわ〜」

 マナはすっかり自分の思い通りに行くものと舞い上がってるわ。

「それまでサルベージ計画は中断よ。それとアンタの相手は1日2時間まで」

「へぇ…、面会謝絶かと思った」

「はん!ガリ勉じゃあるまいし、2週間後を見てなさい!」

 私はマナに見せつけるように、腰に手をやり豪語したわ。

 

 2週間後、マナは深く私に頭を下げたわ。

 もちろん、私の完全勝利。

 はん!自信がなかったら、アイツと恋人になるって条件をつけるもんですか!

 これで、アイツのルビ付き教科書とはおさらばね。

 ちょっとだけ…。

 ほんのちょっとだけよ。寂しい気もするけどさ…。

 でも!

 これでサルベージ計画がいよいよ始動するのよ。

 まずは明朝、アイツと対決するの。

 楽しみだわ。くくく…。

 

「アスカ、その顔止めた方がいいわよ。ヒキガエルみたい」

「ひ、ひ、ヒキガエルぅっ!わ、私のこの優雅で美麗な顔をヒキガエルって、アンタ!」

「あ、今度は真っ赤なお顔のお猿さんだ。バイバ〜イ」

 言いたいことだけ言って、消えちゃったよ、マナのヤツ。

 わかってるよ。アンタの計画通りにいかなかったからね。

 ごめんね、マナ。でも、私どうしてもアイツの恋人なんてイヤなの。

 好きって気持ちが、よくわかんないんだもん。

 

 

 

Act.6 サルベージ計画始動  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第6話です。ようやく設定編が終わりました。以後、3話で1セットの展開となります。
因みに、今回描きたいのは、

『異性を好きだ』という感情をまだ知らないアスカの心の動きと、シンジとの関係を築いていく過程、
そして、それを見守るしかできないマナの複雑な思い

                     なのですが、巧く描写できますかどうか。
ラストも2種類考えていますので、どちらでいくか、話の進展で選択したいなと思っています。
もしお読みいただいけるなら、完結までお付き合いくださいませ…と、書くことで、自分を追い込んでいます。


マナ:ヒキガエルが強がってるわ。

アスカ:もういっぺん言ってみなさいっ!

マナ:ヒキガエルが感じを覚えるなんて、ムリムリぃー。

アスカ:アタシは天才よっ! わかってんのっ!?

マナ:天才? 幽霊が本のページを捲れないこともわからなかったのに? クスクスっ。

アスカ:むむむむむ。

マナ:でもさぁ。わたしが勝ったら、シンジとアスカがラブラブに・・・。)(ーー;

アスカ:それもいいわねぇ。(*^^*)

マナ:なんか、複雑ぅ。(ーー)
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