「あなたの心に…」

 

 

 

Act.9 アイツの笑顔

 

 

 

 体育館の横にある芝生。

 ヒカリが教えてくれた、昼休みのアイツの定位置。

 私は大惨事を防ぐために超スピードでそこへ向かっていた。

 とても食べられたものじゃない、あの極不味サンドイッチを取り返すのよ!

 あんなものをアイツが食べたら、感謝どころか宣戦布告じゃない!

 マナに会わせる顔がないわ!

 

 あそこの角の向こうに…、

 私は絶妙の足さばきで、スピードを落とさずに曲がったわ。

 砂煙の中で、私は前方を見据えた。

 いた!

 芝生に座って、タッパーを手に!

 よし!間に合った!

 

 私はアイツの前に仁王立ちした。

 はぁはぁ…。さすがにバテたわね。

「そ、惣流さん、どうしたの?」

 アイツはのんびりした声を出した。

「あ、あ、あの、サンドイ…」

 げっ!タッパーが、タッパーが…。

 タッパーの中は空だった。

「も、もしかして…、た、食べたの…?」

 まだ捨てたって言われた方がましよ!捨てたって言いなさいよ!

「食べた…けど…」

 はぁ…………。

「食べちゃったの…あれを…?」

 アイツの足元にポカリスゥィートが3缶転がってる。

 そうよね、それくらい飲まなきゃ口の中、大火傷よね。

「あれ、わざと?」

 私はすぐに答えられなかったの。

 マナにすまなくて…、私が不注意だったから…。

 ごめんね、マナ…。

 あ、駄目。涙が…。

 イヤよ。アイツに涙なんか見られたくない!

 でも、そんな思いに反して、雫が頬をつたって…、芝を濡らしていく。

 スッとアイツは仰向けに寝転んだ。

 そして、手枕をして空を見上げたわ。

 それって、私の涙に気づいたから…?

 き、気障なことするじゃない。

 私は自然にアイツの横に座って、普通に喋れるように息を整えたわ。

「わ、悪かった、わ。失敗作の方、間違えて入れちゃって…」

「よかった。新種のイジメかと思っちゃったよ」

「いじ…、ま、そう思われても仕方ないか。アンタ、大丈夫?」

 アイツは寝転がったまま。胃の辺りを撫でながら言ったわ。

「うん、今のところ…」

「今…って。何か薬飲んどいた方がいいわよ。あとでくるかも」

「大丈夫だよ、たぶん。鍛えられてたから」

 鍛えられたって何?そんな特訓あるの?日本特有の武道?

 

「でもさ…」

 言いかけて突然、アイツが吹き出した。

 あ、初めて…。

 お義理じゃなくて、本当に笑ってる。

 これがアイツの笑顔。

 マナがいつも言ってる…、マナが大好きなアイツの笑顔…。

 ホント、マナが言う通りだわ。

 いい笑顔…。

 アイツ、笑えるんじゃない…!

 今でも笑えるんだ!ちゃんと笑えるんだ!

 私は凄く嬉しくなっちゃった。

 計画とは全然違っちゃったけど、結果オーライよ!

 あ、でもこの雰囲気を持続させなきゃ!

 

「何よ!途中で止めないでよ。何がそんなにおかしいのよ!」

「あ、ご、ごめん」

 く、悔しい!まだ声が震えてるよ、アイツ。

「ど、ドリアンだけは止めた方がいいよ」

 あわ!ドリアン入ってたんだ。

「美味しかったでしょ。一度食べれば病みつきになるわ」

 私は澄まして言ってやったわ。

「そ、そりゃあ、ドリアンは美味しいけど…まさかサンドイッチに、ど、ドリアンを…」

 うきっ!ついにアイツ、腹抱えて笑い転げてるわ。

 ドリアンはマナじゃないのよね。これは私が企画したの。

 だって美味しいのよ。臭いけど…。

「はぁはぁ…、苦しい。こんなに笑ったのって、久しぶり…」

 まあ、いいか。

 とにかく、アイツの虚像を崩すことはできたんだから。

 少々笑われても……、う〜ん、やっぱりそれでも腹立たしいわ!

「どうせ、酷い味よ!不味くて悪かったわね!」

 初めてだったんだから…、仕方ないじゃない。

「あ、ごめん。でも、懐かしかったな…」

 え……。

 その時、優しげな風がふわっと私を包んだ。

「昔…、小学校の…2年だったかな、あんなの食べさせられたんだよね」

 それって…。

「沢庵のジャムサンド、明太子まぶしご飯のタバスコ味サンド…、
 あ、納豆とキャビアのキムチ添えサンドは、キャビアじゃなくてイクラだったな。
 こんなの食べられないよって言ったら、
 死んでも食べるの!って怒られて、泣きながら食べたっけ。
 今 、思い出しても、泣けてくるよ…」

 やっぱり、マナ…。

 それに、アイツ、少し涙ぐんでるよ…。

「それからも色んな変な料理を食べさせられたっけ。すっかり鍛えられちゃった」

 なるほど、そういう意味で鍛えられたのね。マナに。

「へぇ…、久しぶりでおいしかった?」

 私は場を明るくしようと、おどけて言ったわ。

「はは、美味しいわけないだろ。ほら」

 と、アイツは飲み物の缶を指差した。

「ふ〜ん、よく3本で足りたわね」

「うん、1リットルのにすればよかったよ」

「ひっどぉ〜い!」

「ごめん、ごめん。で、成功作って本当にあるの?」

「く、くぅっ!あるわ!あるに決まってるでしょ。これは遊びで作ったんだから!」

「へぇ、そうなんだ。本当にあるんだ」

 アイツって本性は意地悪?

 ふん!マナもこんなのがいいんだ。趣味悪いわね!

「あるわよ!そんなに疑うなら、今度食べさせるわよ!」

「はは、次はドリアンはやめてよね。他のに、臭い移るから…。プッ!」

 またアイツは笑い出した。

 ホントにしつこいヤツ…。

 あれ?今、次って…。

 次って言ったよね…!

 それって、また作ってきてもいいってことだよね!

 よし!念押ししておくか。

「いいわ!でも都合があるから、1週間後よ。
 ええと…12月の4日ね!あれ?」

「どうしたの?」

「誕生日だ。私の…」

「そうなんだ…」

「ま、いいわ!今のところ、国民の祝日にはまだなってないから、学校はあるわね。
 うん。12月4日に、おいしいサンドイッチを食べさせて差し上げますから、
 お腹を空かして待っておくことね!」

 私は立ち上がって、お得意の仁王立ちのポーズで宣言したわ。

 アイツは上体を起こして、悪戯っぽく笑った。

「楽しみにしとくよ。前の日から食べずに」

「それがいいわね」

 そして、私とアイツは顔を見合わせて笑ったの。

 楽しそうな、アイツの笑顔。

 私も…、ちょっと、ちょっとだけ楽しかった、かな?

 そうよ!作戦が成功したんだもん!楽しくないわけないじゃない!

 

 あ、私の視界を横切った人影が…。

 女の子。可愛いというより、綺麗な娘。

 文庫本を手にして、こっちを見ながら校舎の方へ歩いていく。

 あんな娘、はじめて見たわね…。

 私には劣るけど、かなりの美少女よね。

 そっか。私は直感したわ。

 あの娘が、綾波レイ。

 きっとそうだわ。

 ホント、あの娘ならアイツと並べてみたくなるわね。

 マナも納得するわ、絶対に。

 よし!あとで確認しとこ…。

 

 確認の前に、私には地獄が待っていたわ。

 教室の片付けと謝罪。

 これ全部、私の仕業なの…?

 そして、もう一つやらなきゃいけないこと。

 はぁ…、勇気が要るわね。

 私のサンドイッチを残さずに食べる!

 だって、アイツは全部食べてくれたんだから、

 作った本人が食べなきゃどうするのよ!

 ヒカリは本心から止めてくれたけど…。

 やるわよ、アスカ!

「はい、どうぞ」

 机の上にボンッと置かれたポカリスゥィートの1リットルボトル。

 微笑んでるアイツを私は睨んでやったわ。何て嫌味なヤツ!

 

 ひぃぃ〜!

 

 全部食べるのに、1リットル飲み干してしまったわ。

 アイツ、こんなの食べてくれたの?

 あ、そうか。

 マナとの想い出のためか…。

 う〜ん、やっぱりマナは今でもアイツに愛されてるんだ。

 羨ましいぞ!この!幽霊娘!

 へ?

 羨ましい…?

 あ、言葉の選択ミスね。ここは、えっと…、何だろ?

 ま、いいわ、そんなこと。

 さて、帰ったら、マナにしっかり報告しなきゃね!

 

「やった!さっすが、天才アスカね!凄いじゃない!」

「そんな、ホントのこと言わないでよ」

 私は照れもせず、得意満面だったわ。

「シンジが笑ったんだ。笑ったんだよね。普通に。
 嬉しいな。嬉しいよ、本当。
 見てみたかったな。シンジの笑うとこ。ずっと見てないもん」

 そっか…、うかつに近づくとシンジに見つかっちゃうから…。

 私は詳しくシンジとの事をマナに話したわ。

「へぇ…、覚えてたんだ。あのサンドイッチのこと」

「そうよ。マナ、アンタ、知っててやったでしょ」

「違うわよ。忘れてた、本当、無意識ってのね、きっと」

「ふ〜ん。でも愛するシンジ様は覚えててくれたわよ。
 死んでも食べろって言われたってさ。くくく。
 アンタも酷いことするわね〜」

「なんとなく、アスカには笑う資格ないような気がする…」

「あ、そんなこと言うんだ。あ〜あ、どうしようかなぁ?
 サルベージ計画の第2弾、考えたのになぁ…」

「わ、ごめん。アスカぁ、機嫌直してぇ〜」

「ふん、いいわ。次はね…」

 私は、例の美少女、綾波レイのことをマナに話した。

 ところがマナは乗り気じゃなかったの。

「え〜、そうかな?その娘、シンジには似合わないよ。
 シンジはさ、もっと、こう…、
 そう、グイグイ引っ張ってくれるような女の子の方がいいよ」

「ふ〜ん、アンタみたいな?」

「そう、アナタみたいな」

「はへ?アンタしっつこいわね〜!まだ言ってんの!
 私は断言してるでしょ。アイツとは、イ、ヤ、だ、って」

「う〜ん、アスカはまだシンジの良さがわかんないんだ」

「もしわかっても、イ、ヤ、よ」

「まあ、いいわ。でも…、やっぱりその娘はイヤだな…」

「大丈夫よ。アンタもさ、あの娘を見たら考え変えるよ、絶対。
 そうだ、何とかして、私その娘…レイと仲良くなるから、それで観察してみなさいよ」

「う〜ん、私の勘は違うって言ってるけどなぁ」

「まだ言ってる。あ、そうだ。
 私、今日から料理の特訓なのよ」

「特訓?」

「そ、特訓。来週、アイツに吠え面かかせてやるんだから」

「シンジに?」

「そうよ!おいしいサンドイッチ食べさせて、参りましたって言わせてやるのよ!」

「約束、したの?」

「来週の12月4日。それまで、ママに特訓してもらわなきゃ!」

 闘志に燃える私をマナは微笑んで見ていたわ。

 

 あ、最後に一つだけ。

 私はしっかりとママの策謀に嵌まっていたのね。

 他人に作ったお弁当で恥をかいたら、私なら間違いなく奮起して料理を覚えるって。

 う〜ん、そんなに私って単純なのかな?

 まあ、ママのシナリオ通りに事は運んじゃったから、私もやるっきゃないわね!

 見てなさいよ!隣のアイツ!ん〜、何か語呂が悪いわね、ま、いいか。

 1週間、いいえ、ママの技術をマスターするまで、

 私は絶対に頑張ってやり通すんだから!

 

 

 

 

Act.9 アイツの笑顔  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第9話です。『感謝のお弁当』編の後編になります。
ついに登場しました。綾波レイ。但し…しばらく台詞一つあてがってもらえません。
話にきちんと出てくるのは、クリスマスか年始のエピソードになるでしょう。
それまで林原さんの声はマナでお楽しみください。
次回は、アスカの誕生日…の前にもう1エピソード入ります。
え〜、それでは、次回『生か死か、アスカの看病』編でお会いしましょう。


マナ:無事なんとかなったみたいだけど、よくシンジ食べたわねぇ。

アスカ:とりあえず結果オーライな。

マナ:あのサンドイッチで仲良くなれる2人って・・・。(ーー;

アスカ:あのサンドイッチって、アンタも昔作ってたって言うじゃないっ!

マナ:うっ・・・そんな馬鹿な・・・。

アスカ:霧島マナのミサト並味音痴伝説は、真実だったわっ!!!

マナ:わたしが食べたなんて、書いてないじゃないっ。

アスカ:それはそれで、酷いわよ。アンタ・・・。(ーー;
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