「あなたの心に…」

 

 

 

Act.10 ベランダより愛をこめて

 

 

 

 ピンポ〜ン!

 私は3度目のインターホン攻撃をしたわ。

 それでも返事はなかった。試しにノブを回してみたけど、鍵がしっかり掛かってる。

「なぁんだ。いないのか。病欠じゃなかったんだ」

 

 2年3組出席番号3番、碇シンジ。

 11月29日欠席。理由の連絡なし。

 

 それで、隣人の私に探索の命令が出たわけ。

 ま、連絡帳とプリントを持ってきただけだけど。

 帰宅直後と、7時、そして今、9時と、3回行ったんだけど応答がないのよね。

「ねえマナ?アイツが連絡なしで学校休むって信じられる?」

「絶対にないわね」

 マナは定位置のベッドの上に座り込んで言い切ったわ。

 もうどうでもいいけど、マナって胡座かくの好きね。

 女の子なんだから、もうちょっと…。

 う〜ん、幽霊だからいいって言われればそうなんだけど。

 ま、幽霊だから空間にフワフワ浮いててもいいんだけど、
 私が落ち着かないから、ああやってベッドの上にいるんだけどね。

 もちろん実体がないから、お布団は全然沈んでないの。

 ちょっとはマナも私に気を使ってるってワケ。

「例えば、親戚の家に行ったとか」

「絶対に連絡はするよ」

「危篤とかそんなので、暇がなかったとか」

「シンジなら1分もあれば連絡くらいできるもん」

「そうよね。2日目だもんね。あ!」

「な。何よ。アスカ!」

「犯罪よ、犯罪。アイツ、お坊ちゃまに見えなくもないから、誘拐されたとか」

「誘拐ね…何かしっくりこないよ」

「じゃ麻薬取引の現場を偶然見ちゃって…」

 私はマナの顔に人差し指を向けた。

「バンッ!」

「ひえっ!」

 アンタ、幽霊なんだからそんなに驚かないでよ。

「あ、アスカ、まさかそんなのって」

「暴漢に襲われてる女性を助けようとして、ナイフでグサッと!」

「ひゃっ!」

「正体不明の怪物に襲われて頭からパクッと!」

「ぎゃっ!」

 凄いスピードでマナが私の顔の前に突進してきたわ。

「ち、ちょっと止めてよ。それ怖いんだから」

 マナは聞いてない。

「だ、大丈夫だよね。シンジ、死んでないよね」

 あ、マナの目がウルウルしてる。

 ホント、日頃能天気なのに、アイツが絡むと急に女の子になっちゃうんだから。

 その辺りの心理は、私には全然わかんないわ。

 ま、とにかくからかいすぎっちゃったわね。

「コンクリづめで海に沈められちゃったとか、
 変なロボットに乗せられっちゃって自爆しちゃうとか、えっと…」

 お〜い、心配するのはいいけど、発想がアニメや漫画だよ、アンタ。

「はいはい、心配なら、アンタのその能力使ってちょ〜だい」

「へ?」

「ちょっと、お隣見てきてよ」

「駄目よ。シンジがいたら、見つかっちゃうじゃない!」

「あのね、アンタ出方が大胆すぎるの。こそっと見えにくいとこから顔を覗かすとか」

「あ、なるほど」

「いないことがわかったら、ま、そうね、ママに相談してみるから」

「でもママさん、今日外泊でしょ」

「あ、そうだった。友達ンとこでした。う〜ん、とりあえず見てきてよ、マナ」

「そうね、心配だし。見つからないようにね」

「そうそう。こっそりとよ」

「わかった。行ってくる」

 マナは壁の方へ飛んでいったわ。そして顔から壁の中に入っていく。

 ビジュアル的に気持ちのいいもんじゃないわね。とんだ壁抜け女だわ。

 

 数分たったわ。マナ…。どうしたの?

「うわぁ〜っ!」

 突然、壁からマナが飛び出して、私に突進してきた。

「きゃっ!」

 ぶつかっても痛くないんだけど、いつもこれやられると咄嗟に逃げちゃうの。

「どうしよ!どうしよ!」

 マナがパニックモードに入っちゃった。ピンボールみたいに部屋の中を高速移動している。

 これ、止められないのよね。

 光線とか気合とか出ないし、抱きとめようにも実体ないんだから。

「ええ〜い、こら、おさまれ〜い!鎮まれ〜い!」

 はぁ…、天才アスカ様も霊を鎮める能力はないみたいね。

 マナは激しく動き回ってる。

 ほっといてもいいんだけど、こんなにパニクってるってことは、
 アイツの部屋に何かあったってことだもんね。

 なんとかしないと。といっても…ね。

 ど〜しよ。そうだ。これしかないわ!恥ずかしいけど。

 私はベッドの上に飛び乗ったわ!

 

 1分後。

「アスカ…、アナタ大丈夫?」

 私は目を開けた。

 よし!マナが静止して、心配そうに私を覗き込んでるわ。成功よ!

「今の…何の踊り…だったの?」

 ふふふ…、パニックのマナを鎮めさせるほどの威力を持ったこの踊り…。

 目を瞑ってメチャクチャに手足を振り回しただけなのよ!

 気が狂ったとしか見えないでしょうね。

 もし誰かがさっきの私をビデオに撮っていたら…。

 さよなら、ママ、パパ。私はマナのいる世界へ行きます。

「ねえ、アスカったら」

「マナ、今のは忘れなさい。いい?私たちの友情のために!」

 ワケのわからない顔をしてるわ、マナったら。

 そ、そうよ!それどころじゃなかったんじゃないよ!

「マナ!いったいどうしたのよ!アイツの部屋で何があったの!」

「へ?あ、あわわわ!アスカぁ!シンジが死んじゃうよぉっ!」

「どういうこと!マナ!わかるように喋ってよ」

「ベッドにいないから、ほかの部屋見に行ったら、洗面所で倒れてるの!」

「怪我?病気?どっち?」

「え、えっと、血とか出てないから怪我じゃないと…でも、でも、意識ないんだよ!」

「救急車か、それしか…あ、駄目、
 中にアイツが倒れていること、どうしてわかってるのよ、鍵かかってんのに」

「だって、だって、このままにしておけないよ」

 う〜ん、ママはいないし、鍵掛かってるし、
 救急車も管理会社も警察も説明できないもんね。

 困っちゃったな。

「マナ!」

「はい!」

「ベランダの窓、鍵掛かってた?」

「わからない。見てくる!」

 マナが壁に突進していって、姿を消したわ。

 さあ、鍵が開いてるかどうか…ううん、開いてた方が問題ね。

 

 マナが飛び出してきた。

「開いてた!でも…」

 私は無言で立ち上がったわ。やるしかないじゃない!

「8階よ、8階なのよ!落ちたら…落ちちゃったら!」

「言わないで、マナ。決心鈍るから」

「だって、駄目だよぉ。アスカ、やめて」

「黙って!アイツがどうなってもいいの?」

 私は部屋を出て、リビングの窓を開けた。

 風が強いわ。カーテンがはためく。

 私は靴下を脱ぎ捨てて、素足でベランダに出た。

 マナも後に付いてくる。さすがに大声は出さない。

「本当にするの?アスカ」

 私は黙って頷いたわ。だって喉がカラカラで声が出ないんだもの。

 どうしてここのマンションは横移動できるような壁にしなかったんだろ。

 破れる壁だったら、こんな危ないことしなくていいのに。

 ううん、駄目駄目。弱気になってる。

 ベランダの鉄柵は隣まで続いてるから、
 問題は80cmのコンクリ壁をどうやって越えるか、ね。

 10cmもない鉄柵を寝そべって伝っていくか、立って壁を抱くようにしていくか。

 二者選択ね。失敗したら死んじゃうんだから、とんでもない二者選択だわ。

 私は目を瞑って…、決めたわ!立って行こう!

 寝そべってたら風の影響は受けにくいけど、バランスを崩したら落ちるしかない。

 立ってれば…、最後のチャンスで、飛びつくことができる。

 可能性は低いけど、ゼロじゃない。

 私はマナに向かって頷いたわ。

 マナは死人のような顔で…って、そういや死人だったわね。

 思わず、笑っちゃった。よし!行くわ!

 

 夜で下が見えないから良かった。

 向こうを…アイツのベランダだけを見て…。

 くっ、身体が硬い。筋肉が縮まっちゃてるわね。風…あまり吹かないで…お願い。

 手すりのすぐ横に持ち出した椅子に立ち、私は壁に重心を掛けながら手すりの上に昇る。

 ざらざらしたコンクリートの手触り。でも手がかりなんてどこにもない。

 あ!

 バランスが崩れた!

 咄嗟に私はベランダ側に飛び降りた。

 思わず飛び降りたまま、ベランダの床に座り込んでしまったわ。

 息が荒い。喉がカラカラ。掌は汗まみれ。

「ね、アスカ。やめよ。きっと、シンジは大丈夫だよ。ね、お願い」

 私は黙って首を振ったわ。

 きっと、とか、多分、なんて信じない。

 今、これができなくて、
 もしアイツが…どうにかなってしまったら、私は一生後悔するわ。そんなの、イヤ!

 もう一度、やるわ…。

 今度は何とかベランダの手すりの上に立つ事ができた。

 でも、進めない。怖い。怖い。死にたくない!

 ベランダに下りて、言ってしまいたい。私には無理だと。

 でも、言えない。マナにそんなこと言えないよ。

 マナなら、泣きながらでもやるわ。そうよ、生きていれば。

 生きてれば、私を押しのけて、自分で行くのに決まってる。

 いけない…。余計なことを考えすぎてる。

 そうよ。考えるのは一つだけでいいわ。

 私はこのまま向こうのベランダへ越えていく。

 いかないとアイツが死ぬ。

 わかった。

 碇シンジ。

 アンタは死なせない。

 

 私は壁を伝いだした。

 もう後戻りはできないわ。

 ジワジワ行ってたら、かえってバランスを崩しちゃう。

 右手が壁の端に達したわ。でも変に力を入れ過ぎないように…。

 あぁ、右足が壁の部分から越えた。この感触は手すりだけだわ。

 あと少し、もう少し…。

 そのとき、風が…。

「きゃっ!」

 駄目、バランスが!

 こうなったら!

 私は思い切って、真横に飛んだ。

 手すりにぶつかって…落ちるのは、
 ベランダか、地獄の大釜か。二つに一つ。

 

 

 

 

Act.10 ベランダより愛をこめて  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第10話です。『生か死か、アスカの看病』編の前編になります。
言い訳を一つ。
ベランダの境界が80cmのコンクリ壁。そんなの有り?と思うでしょうが、実際にあるんですよ。
H県のT市の億ションに。仕事先で実際に見ました。上下のベランダで避難口があるからOKだそうです。


マナ:シンジが大変だぁぁっ!

アスカ:80cmのコンクリ壁って・・・なんでそんな設定なのよっ!

マナ:助けに行き甲斐があるじゃない。

アスカ:人みたいにっ。死ぬ思いすんのは、アタシなのよっ。

マナ:アスカがこんなにバランスが悪いなんて思わなかったわ。

アスカ:あーん。最後、死にかけてるしぃ。どうなんのよ。アタシ。

マナ:そして、マナちゃんとアスカは、幽霊コンビになりましたぁ。

アスカ:そんなの、いやぁぁぁぁぁぁっ!!!
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