「あなたの心に…」

 

 

 

Act.18 Fly Me To The Moon

 

 

 青い空。

 白い雲がゆっくりと流れていく。

 優しげな風が、そっと私と彼を包んでいる。

 大きな木に二人寄り添って、私は彼の肩に頭を預けている。

 ああ…、なんて幸福なんだろう…。

 

「惣流さん、起きて。ね、そろそろ…」

 

 いやよ…。こんなに幸せなんだもん…。

 このままずっと…。時が止まってしまえばいいのに…。

 

「駄目だよ。もう終わったよ」

 

 いやよ。いや。もう終わりだなんて。二人の時間は永遠なのよ…。

 

「惣流さんったら、ね、頼むよ。起きてよ」

 

 ヤだ。誰?起こさないでよ。

 あれ?

 彼はどこ?

 あ、ちゃんといるじゃない。

 私は頭を預けている肩の存在に安堵したの。

 ホントに、とっても気持いいわ…。

 あ、焦点があってきた…。

 へ?

 目の前の草原が一瞬に薄れて…。

 ここはどこ?

 イスがいっぱい…。

 

「あ、やっと…起きてくれたんだ」

 

 え!

 私は慌てて起き直ったわ。

 場内は明るくなってる。

 今まで寄りかかってたのは…。

 私は立ち上がって、アイツの肩を指差した。

「か、か、か、肩!」

「はい?」

「アンタの肩!」

 アイツは怪訝な顔をしている。

 そりゃそうでしょ。いきなり「カタ、カタ」だもん。

 なんだろうって思うのは当り前ね。

 はぁ…、やっと頭がはっきりしてきたわ。

「肩、ありがとう。なかなかいい枕だったわ」

「え、えっと、どうも…」

 アイツがドギマギしてる。

 顔を赤くして…。そっか、ちょっと誉めすぎたわね。

「ま、将来彼女に肩を貸すときに、いい練習になったでしょ」

 よし、ナイスフォローね。

 ほら、アイツの顔の赤さが取れて、真顔に戻ったわ。

「そうだね…」

「さ、出ましょ」

 私はアイツを置いて、ズンズン先に出て行ったわ。

 実はこっちも、顔が赤かったのよ。

 暖房が効きすぎていたのね。

 アイツに誤解されちゃいけないから、洗面所に行かなきゃ。

 でも、お客全然いないじゃない。

 これは打ち切り間違いないわね。

 パンフレットも要らないわ。こんな小さな冊子みたいなパンフ。

 それにほとんど映画、見てなかったもん。

 

 洗面所で顔を見たら…、うん、大丈夫ね。

 よく寝たから、すっきりした顔してるわ。

 でも、とんでもない映画を見せてくれたわね、アイツも。

 よし、これを追求して、ジュースでも奢ってもらおっと。

 

 映画館を出たら、外は暗くなり始めていたわ。

 うっ!ちょっと寒いわね。

 暖房が効いてたところで5時間も寝てたんだから、温度差がキツイわ。

 ジュースはパスして、熱〜い紅茶ね。うん。

 そうと決まれば、後はアイツを追求しなきゃ。

 駅までの途中にあったショッピングモールを通り抜けていたら、
 小さな噴水広場があったの。

 カップルとか親子がベンチに座って、楽しそうにお喋りしてたわ。

 そこにさしかかったとき、私は振り返ってアイツに声をかけた。

「ね、アンタ、よく寝てたよね」

「え、あ、ごめん」

「始まってから20分くらいで、もう寝息立ててたわよ」

「そ、そうだった?」

「自分の見たかった作品なのに変よ」

「はい?」

 アイツはキョトンとしてるわ。

「見たかったって、惣流さんが、じゃないの?」

「へ?私が?あの映画を?どうして?」

「だって、惣流さんがあの映画を見たがっているって…」

 

 その時、私にはすべてがわかったわ。

 こんなことをするのは、ただ一人。

 惣流・キョウコ、アンタだけよ。

「ちょっと、待って」

 私は携帯電話の電源を入れて、ママを問い詰めようと…。

 あ、メールが入ってる。

 ……。

 ママだ。

『よく眠れたかな?試験明けには睡眠が一番。
 ごちそう作ってるから、7時までに帰りなさい』

 やられた。

 やられました。

「アンタ、ママに聞いたんでしょ」

「うん。惣流さんの好きな映画って何ですかって尋ねたら、
 さっきの映画を見たがってたって教えてくれて。
 僕にはちょっと難しすぎたけど…」

 アイツはそう言って、頭を掻いたわ。

 私は黙って携帯電話を差し出した。

「え、これ読んでいいの。あ、え!あの、これ?」

「そういうこと。ママに見事にやられちゃった」

「ははは…そういう人だったの?惣流さんのお母さん」

「そうよ。悪戯が大好き。はぁ…計画が狂っちゃった」

「計画?」

「あんな映画に付き合ってあげたんだからって、
 アンタに紅茶でもご馳走してもらおうと思ってた。残念」

「あ、いいよ。どっか入る?」

「ううん、奢ってもらう理由がなくなったから、いいわ。
 それより、私が奢るわ。ママの悪戯のお詫び。但し、缶ね。いい?」

「惣流さんってきっちりしてるなぁ。別に構わないのに」

「私、自分で言うのも変だけど、プライドが人一倍高いの。
 だから、物事をはっきりさせて、貸し借りはしない方針」

「へぇ…そうなんだ」

「あ、そうだ。飲み物奢るから、CD探すの手伝って」

「CD?」

「そ、ジュリー・ロンドンのCD。アンタに教えてもらった例のCD」

 アイツは真っ赤になったわ。

 きっと人にプレゼントした経験が少ないのね。

「あれ、まだ見つからないから。ネットで買おうかなって思ったけど、
 カードないし、代引き送料ってCD本体の値段くらいとられるから」

「家にあるから貸そうか?」

「いい。私、独占欲が強いのよね。好きなものはどうしても自分のものにしたいのよ」

「あ、そうなんだ」

「じゃ飲み物買ってきてよ。私、ホットストレートティー。できれば無糖ね」

 ポケットから500円玉を出して、私はアイツに指で弾き飛ばしたわ。

 慌てて危なっかしい格好でコインを受け止めるアイツ。

 私はそれを見て、思わずニンマリ笑ってしまったわ。

 だって、変な格好だったんだもん。

 

 その広場で紅茶を飲んだあと、ショッピングモールの中のCDショップに入ったの。

 かなり古い録音だから、小さなショップにはないのよね。

 ここには彼女のBEST盤がすぐに見つかったわ。

 即効でお金を払って、私たちは駅に向かったの。

 ママのメールに7時ってなってたから、真っ直ぐ帰らないと。

 ここから1時間くらいかかっちゃうからね、私たちの街は。

 それにくだらないことで、ママには逆らわない方が身のためなのよ。

 だってあの人ったら、くだる・くだらないの差別がないんだもん。

 これ以上家事修行の場を増やされたら大変。

 帰りの電車の中で、私は早速CDの封を破って歌詞カードを出したわ。

 お目当てはもちろん、『Fly Me To The Moon』。

 アイツがプレゼントしてくれたオルゴールの曲よ。

 もう、すっかりお気に入り。

 

 そういえば、あの翌日。誕生日の翌朝ね。

 今思い出しても、涙が出てくるくらい笑えるわ。

 友達にプレゼントにしては高価すぎるし、
 ううん、それよりもあのオルゴールが凄く気に入ったから、
 登校前にお礼を言いにいったのよね。

 ただ、気が先走ってたから、7時前…というより、6時30分だったの。

 それでも1時間は我慢したのよ。さすがに5時30分はまずいと判断したの。

 アイツはインターホン越しに私の声を聞いて、慌てて飛び出してきたわ。

 パジャマに起き抜けのボサボサ頭。

 あ、私は当然制服に着替えてるわ。

「おはよ!お隣さん!」

「おはよう…まだ7時になってないよね?」

「そうよ、アンタに朝一番に御礼を言いたかったのよ!」

「は?」

 アンタ、寝起き悪いの?ちゃんと私のお礼聞きなさいよ。

「プレゼントありがとう。
 ちょっと高価だから困っちゃったけど、アンタの気持だからそのままいただくわ。
 それにあんなに素晴らしいオルゴール、返せって言われても絶対に返さないわ!
 本体も凄くよかったけど、曲が最高よ!
 『Fly Me To The Moon』って、いうのよね。
 歌詞もあるってママに聞いたから、CD買って、覚えて、歌えるようになるわ。
 本当にありがとうね。私、物凄く嬉しかった!」

 うん、目を覚ましてから何度も練習したから、内容はバッチリね。

 アイツは、目を白黒させていたかと思ったら、
 真っ赤になっちゃって首筋をボリボリ掻き始めたわ。

 何、照れてんだろ?

 あ、そうか。自分の選んだプレゼントがこんなに喜ばれて照れてるのね。

 じゃ、もう一言、念押しに言っておくかな。

「もう、あのオルゴールは一生の宝物にするからね!」

 これの私の言葉を聞いたらね、
 アイツ、慌てふためいて、『僕こそ、ありがとう!』って頭下げるのよ。

 贈った方がお礼言うなんて、私初めて聞いたわ。

 ホント、変なヤツ。

 それにその日はずっと、アイツ、私と目が合うと慌てて目を逸らすの。

 きっと、また御礼を言われるのを警戒してたのね。

 ああ、ホント、おかしなヤツ。アイツは。

 

 電車の中で歌詞はバッチリ覚えちゃった。

 私は一番のほうが好みね。二番は少しストレートすぎるわ。

 歌うときは一番にしましょ。

 駅からの帰り道。

 ちょっと、上り坂。

 約束の7時に、あと15分。

 10分で到着するから、ママの制裁は受けなくて済むわね。

 私はアイツの前を歩いてた。

 後ろ手に両手を組んで、ポ−チをグルグル回しながらゆっくりと歩いたの。

 何だかとても嬉しかったから。

 多分、お目当てのCDを手に入れたからね。歌詞も覚えたし。

 私は無意識に、あの曲を口ずさんでたわ。

 

♪Fly me to the moon. And let me play among the stars.♪

 

 凄く気持がよかった。

 きっと幸せってこんな気分なのよ。

 二番まで歌って、もう一度繰り返して私は歌い始めたわ。

 その時、アイツが走り寄ってきたの。

「あの…惣流さん。僕、ちょっと先に!」

 アイツったら、私の返事も待たずに走り抜けていったわ。

 その瞬間、アイツの目に涙が見えたような気がしたの。

 街頭の灯りしかなかったし、一瞬だったから、絶対に涙だったとは言えないけど。

 どうしてなんだろ?

 あ、そうか…。

 マナが言ってたっけ。

 アイツのママが、この歌を歌ってた、って。

 アイツもそれを知ってるんだ。だから…思い出しちゃったのね。

 ちょっと、悪かったな…。ごめんね。

 あれ?涙が…出てきちゃったよ。

 そうだよね、アイツを傷つけたんだもんね。

 友達なら、これくらい気をつけないと。

 マナに怒られちゃうな。

 ごめんね、ホント。

 でも、私がそんなこと知ってたらおかしいから、直接謝れないわね…。

 そうだ。

 お詫びに、何とかあの綾波レイと仲良くなって、
 アンタに紹介してあげるから。

 それで許してね。

 私は今度は浮かれた気分でなく、しんみりと口ずさんだわ。

 

♪In other words, hold my hand. In other words, my darling kiss me.♪

 

 今日は、上限の月。

 綺麗な三日月。

 あそこに座ってみたいな…。

 

 

 

 

 

Act.18 Fly Me To The Moon  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第18話です。『学年TOPをねらえ!』編の後編になります。
自分で書いといて何ですが、シンジが可哀相です。
自分の気持に鈍感なアスカ嬢の早朝襲撃、思春期の少年としてはたまりませんよ。
アスカ嬢を肩枕で5時間。シンジはいつ頃、目がさめたんでしょう?
さて、いよいよ大イベント、クリスマスです。ずっと伏線を張っていたアレを使います。
でも伏線だと気付かれてなかったかも…。次回!『最高のクリスマスプレゼント』編をよろしく。


マナ:偉そうなこと言ってて、あなたが寝てるじゃないっ!

アスカ:ママ・・・侮れないわ。(ーー)

マナ:さすがに、キョウコさんには勝てないってわけね。

アスカ:やられたわ。まったく。(ーー)

マナ:騙されやすいわ、鈍感だわ、ほんとぺっぽこだわ。

アスカ:むぅぅ。ママは特別なのよっ!

マナ:鈍感なのは、関係ないでしょ。

アスカ:むぅぅぅ。クリスマス編では、きっと進展があるわよっ!

マナ:なんか、そんな感じじゃないような・・・。
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