「あなたの心に…」

 

 

 

Act.24 反省と状況悪化とレイのお弁当

 

 

 

 私は帰宅して、すぐに作戦会議を始めたわ。

 参加者は、ママと幽霊娘。

 会議はまず、私の懺悔から始まったの。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 何度謝っても、二人の呆れ顔は変わらないから、謝るのはもう止めたわ。

「だから、あんなに言ったのに。
 アスカが悪いんだよ。
 シンジだってアスカのこと好きになっていたかもしれないのに…」

「ぐぅ…」

「そうね。あのまま、うちのへっぽこ娘が暴走さえしなければ、
 何年後かには碇君を息子にすることができたのに…」

「ぐふぅ…」

「後もう、ほんの一押しだったのに…」

「ねぇ、マナちゃん?」

「あ、あの…できれば呼び捨てにしてください」

「わかったわ。マ、ナ」

「はい!ママ!」

「まあ、いいお返事だこと。そこのへっぽこ娘とは大違いね」

 ママと幽霊娘が親子の愛情を確かめ合ってる横で、
 私は絶望の海に沈みかかっていたわ。

「あ、そうそう、碇君の性格では、
 一度お付き合いしてしまうと別れることはできないの?」

「多分…シンジには難しいと思う。シンジ、優しいから…」

「まあ、そうなの。はぁ…、何のために私が色々と画策してたのか…。
 親の心子知らずとはこのことね…」

 やっぱりそうだったのか…。

 あぁ〜、こんなにいっぱい応援してくれてたのに…。

 私って、私って、私って…。

「さあ、マナ。そろそろ対策に入りましょ。
 アスカをこれ以上反省させたら、自閉症になって雨の中をうろうろ歩き回るわ」

 ほっといてよ…、私なんて、私なんて、私なんて…。

「はい、ママ。でも、アスカ、もうかなり沈んでますよ。
 何かアスカの目がさめるような対策はありませんか?」

「あるわよ」

 アスカ、復活!

「話を聞かせてもらうわ。ママ」

「アスカ、潜水病になるから急な浮上は危険よ。
 そうそう、潜水といえばね、パパと一緒に…」

「パパはいいから!そっちに置いといて!
 今はシンジのことだけ考えるの!いい?」

「よくないわ。アスカには碇君だろうけど、ママにはパパが一番なんだもん」

「あ、ママはパパさんとどういう風に知り合ったんですか?」

「あ!知りたい?話はね、もう20年前に…」

「対策!」

 バシンッ!

 私は全力でテーブルを叩いたわ。

 ふう。なんて頑丈なテーブルかしら?そういや4人がかりで運んでたっけ。

 じゃなくて!

「対策、対策、対策!」

 バシン!バシン!バシン!

「もう、うるさい子ね。せっかくマナに私たちの馴れ初めを…」

「うぅ〜!対策ゥ!」

 バシン!バシン!

「はいはい、じゃお弁当でも作って持っていきなさいよ。あのね、マナ」

「ち、ちょっと!ひょっとして今のが対策?」

「そうよ。ちょうどね、私が15歳になったときにね…」

「お弁当でどうするのよ、ねえ!お弁当作ってどうするの?」

「パパも同い年でね、旅行先の京都で」

「ね、シンジに作るんでしょ。ほらシンジも自分の作るんだからダブるじゃないの」

「もう煩いわね。だったらアスカがもらって食べればいいでしょ。
 私はね、自分で言うのもなんだけど当時モテモテだったの」

 マナはウンウン頷いている。

 そっか、シンジのお弁当を私が食べるのか…、それはいいわね。

 あ〜、楽しみ。私の好物、入ってるかなぁ。

 じゃなくて、私がシンジのを作るんだ。何入れよっかな?

 こうして惣流家の夜は更けていったわ。

 一人は翌日のお弁当作りと、その結果に思いを馳せ、
 一人と一霊は惚気話に花が咲き、
 翌日の結末が散々どころか、こてんぱんにKOされてしまうのも知らずに。

 

 私は、朝4時に起きて、豪華なお弁当を作ったわ。

 伊達にこの1ヶ月余、ママに修行させられてたのとは違うのよ!

 この1ヶ月余の集大成がこのお弁当にある!

 そう言いきっていいと思うわ。

 完璧、あ〜んど、愛情たっぷりよ。冷凍食材なんか一つも使ってないわ。

 こうしてお弁当を交換して、ついでに愛情も交換して、
 私を彼女と認めてもらうの。

 ごめんね、レイ。

 私にはシンジしかないって、やっとわかったの。

 ホントにごめんね。

 そうだ。このままシンジの部屋に持っていってもいいけど、
 ヒカリにも心配かけてるから、教室で渡そう。

 うん、ちょっと恥ずかしいけど…。

 そうよね、がんばらなきゃ!

 こんなに勢い込んで学校に行ったのに!

 

 教室に入ってきたシンジは、その手に可愛らしいトートバッグを持っていたわ。

 ヒカリとお喋りしながら、私はしっかりチェックしてた。

 そして、シンジは振り返って扉のほうを向いたわ。

 その肩越しに見えたのは、綾波レイの嬉しそうな顔!

 い、い、い、一緒に登校ぅ!

 うあわ!あ、何か喋ってる、私は耳をダンボにしたわ。

「じゃ、お昼休みに」

「う、うん。待ってる」

「はい、すぐに来ますから」

 レイは顔を赤らめて、1組の方へ小走りに去っていったわ。

 ちょっと見送ってから、シンジは自分の席に向かったの。

 つまり、私の隣に。

 横を通るときに私のカメレオンのような目はバッグの中の包みを確認したわ。

 あ、あれは、もしかして、お弁当?

「へぇ〜、馬鹿シンジはもう愛妻弁当なんだぁ」

「う、うるさいな、放っといてよ」

 シンジは私の方を見ないで、素っ気無く言った。

 私は鞄の中の自製弁当を叩きつけてしまいたかった。

 でもそんなことをしたら、自分が落ち込むだけ。

 今日は長い一日になりそうだわ。

 

 昼休み。

 来て欲しくなかった、昼休み。

 今朝まではあんなに楽しみにしていた、昼休み。

 レイは白い頬を朱に染めて、シンジのところへ来たわ。

「鈴原!ちょっとアンタこっちに来なさいよ」

「へ?」

 いつものようにイスを後ろに向けて、

 シンジとパンを食べようとしていた鈴原が私の方を向いたわ。この鈍感男が!

「二人の邪魔をしないで、私の椅子に座りなさいよ」

 私は立って、ヒカリの隣の子のイスに座ったの。

 その子は放送部だから昼休みはいないのよね。

「ほら、いいものあげるから…」

 私はこれ見よがしに自分の弁当を見せた。

「な、なんや、ワシに食わしてくれるんか?」

 アンタの精神は胃袋に支配されてるの?

 鈴原は吸い寄せられるように、こっちへ来たわ。

「さ、ヒカリ、お弁当を出して」

「え〜!」

 愛する鈴原に私がちょっかいを出してると思って、
 ちょっと膨れっ面だったヒカリが真っ赤になったわ。

 はん!誰が鈴原なんかに私の手料理を食べさせるものですか!

 わ、私の手料理を食べていいのは、し、シンジだけなんだから…。

 それに私は知ってるもん。ヒカリがいつも二人分持ってきてるの。

 はぁ…、自分が玉砕したから、せめてこの二人をラブラブにしてやるか。

「え!いいんちょがくれるんか?」

「そうよ!ヒカリはアンタのために作ってきたの!
 ほら早く出しなさいってば」

「う、う、うん…」

 観念したのか、ヒカリが鞄から弁当箱を出したわ。

 う〜ん、苦節3ヶ月。

 ごめんね、裏庭のペンギンさん、今日からお弁当はなしよ。

 どうしてこの中学校がペンギンを飼育してるのかは、誰も知らないの。

「ええんか。これほんまにワシが食うてええんか。
 ごっついご馳走やんか。いっただきまぁ〜す!」

 アンタ、食生活はどうなってんの?涙まで流して食べる?

 あ、ヒカリがこっち見て感謝してるわ。

 レイも小さく頭を下げてる。

 い、いいのよ。二人で楽しくやってちょうだい。

 私はちょっとでも離れたかったから、鈴原を呼んだだけなの。

「アスカ…。凄い…、これ全部食べるの?」

 私が出した、アイツのためのお弁当を見て、
 そのボリュームと豪華さにヒカリがびっくりした。

「そ、そうよ。ほ、ほら、今日はお祝いでさ」

「え?何の?」

「あ、あの…ほら、馬鹿シンジがレイと交際をはじめた、そのお祝いをね」

 強がる私の心は、ヒカリには筒抜けだったみたい。

「そう…がんばってね」

 その言葉は私にしか聞こえない大きさだった。

 私は眼だけでヒカリに合図した。

 ありがと…このお礼は…今、してあげるわ!

「鈴原、美味しい?」

「おう!めっちゃ、うまいで」

「こんなの毎日食べたい?」

「ちょっと、アスカ!」

「お、おう。そりゃこんなの食えたらホンマに嬉しいわ」

「じゃ、明日からヒカリ、持ってきなさいよ」

「え!」

「え、え、ええんか?いいんちょ」

「あ、あ、あ…」

 ありがとうはおかしいわよ、ヒカリ。

「あ、あ、あ」

「明日から作ってくるよね?」

 今までも作ってきてたんでしょ、ヒカリ。はっきりしなさいよ。

「うん…」

 やっと小さな声で返事したわ。

「ホンマか?ワシ、嬉しいわ。おおきに、明日から昼休みが楽しみやなぁ」

「うん…」

 真っ赤になってもじもじしてるヒカリもいいわね。

 これで、ヒカリ&鈴原は一歩前進。

 はぁ…。人の面倒みている場合じゃないんだけど…私。

 チラッとシンジの方を見ると、
 あ、美味しそう…和風にまとめたのね…。

 私は自分の豪華な弁当に目を落とした。

 なんか…派手すぎって感じ…こんなのより、レイの方が美味しそう。

「アスカ?試食していい?」

「ん?あ、いいわよ、どうぞ」

「じゃ、いただきます!あ、この唐揚げ美味しい!
 この味…そっか、そういうことか」

 う!何一人で納得してんのよ。そ、そりゃあ、シンジの味にしたんだけど、さ。

 あっさり見破らないでよ。

 

 お弁当を食べた後、ちょっと寒いけど、ヒカリと屋上に上がったの。

 そこなら誰に気兼ねもなくお喋りできるから。

 それにシンジとレイが楽しく、お話している場所に居たたまれなかったのが本音かな。

 今は、意識しないで自然に振舞うのができないもん。

「先、越されちゃったね、アスカ」

「はぁ…。気合入れて作ったんだけどなぁ」

「何時?」

「4時から」

「すご〜い!」

「すごくない。結果が伴わないんだもの。
 でも…いい感じだったわね、あの二人」

「あのね、アスカ、アナタ何喜んでるのよ」

「だってさ…」

 私は手すりに肘を置いて、冬の空を眺めた。

 雲が高いわ。とっても。

 レイの顔、表情、仕草、みんな可愛かったな…。

 最初の頃に見た、あの取り澄ました雰囲気とは大違いね。

 あ〜あ、矛盾してるわ。ホント、凄い矛盾。

 悔しくて、哀しくて、情けなくて…、それでも、どこか嬉しい。

 何、いい子ちゃん振ってんだろって思うんだけど、これも本心。

 間違いなく本心。

 だから、やんなっちゃう!

 もう、レイがヤなヤツだったら、猛然とファイトが沸くのに、

 あんな娘だから、あの子の悲しむ顔を見たくない。

 でも、シンジはあきらめられない!絶対に!

 私は息を思い切り吸い込んだ。

 そして、

「アスカの馬鹿ァッ!」

 気持ちよかった。こんな大声出したのなんか、これまであったかな?

「アスカ…」

 私の横でヒカリが手すりに凭れ掛かったわ。

「お礼言うの忘れてた。ありがと…。
 突然だったから、びっくりしたし、恥ずかしかった…。
 でもやっと鈴原にお弁当を渡せたわ。アスカのおかげ」

「ははん、別に。鈴原を味方につけたら、私に有利になるかなって思っただけよ」

「嘘ばっかり。素直じゃないんだから」

 ヒカリの言葉に私は手すりを握り締めて、上体をぐっと逸らした。

 腹筋が伸びて、痛いくらい。

 その時、予鈴が鳴ったわ。

「さぁて、明日からはもう大丈夫よ。
 ちゃんと我慢できるように気持を落ち着けとくから。
 あ、それより、私はお邪魔?二人でお弁当食べたい?」

「あ、駄目よ、駄目!絶対に一緒にいてよ。
 私恥ずかしいから、ね?お願い〜」

「ははは、じゃ、お邪魔虫にならない程度に横にいるわ。
 さ、行こ!」

 私は扉に向かって駆け出したわ。

 

 惣流・アスカ・ラングレー。

 14才と1ヶ月と5日。

 やっと、恋というものを知りました。

 この思いを遂げるのは、むずかしいけど。

 自分が蒔いた種だから、仕方がないわ。

 マナ、ヒカリ、ママ。

 みんな、見ていてね!

 不器用だけど、あきらめないで頑張るから!

 この恋は、ゆずれない。どうしても、ゆずれない。

 シンジを好き!

 大好き!

 だ〜い好き!

 

 

 

『あなたの心に…』

第1部 

「アスカの恋 初恋編」

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第24話です。第1部完結編『アスカの初恋』編の後編になります。
予定より2話減りました。
うじうじアスカ話を消去したためです。
さて、次回からは第2部『アスカの恋 激闘編』が始まります。
第2部は3年生の4月までと考えてます。
次回は『アスカ遭難!』編の前編となります。ぜひ第2部も続けてお読みください。


アスカ:パフェ奢ってあげたのに、なんにも協力してくれてないじゃないっ!!

マナ:お弁当作る案あげたでしょ?

アスカ:な、なんの役にもたってないじゃないのっ!

マナ:ま、実行するのが、へっぽこ娘じゃねぇ。

アスカ:ムカッ!!!

マナ:片想いから、スタートするっきゃないってことよ。

アスカ:第2部が恐いわ・・・って、次のタイトル『遭難』じゃないのっ!

マナ:そうなん?

アスカ:いきなり、大阪弁ギャグで締めくくるなぁぁぁぁっ!!! ムカツクーーーーーー!!!
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