「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.36 二人きりの観覧車

 

 

『マナ!ごめんね!』

 お化け屋敷に突っ走った私とシンジは、まず係りの人に聞いてみたけど、

 落し物としてはぬいぐるみは届いてなかったの。

 親切な係員のおじさんが懐中電灯を貸してくれて、

 お客さんの邪魔にならないように竹やぶを探してもいいって言ってくれたわ。

 シンジが私(猫娘)に怯えて逃げ出した辺りから、探しはじめたけど見つからない。

 出口までの間を繰り返して探したけど、全然ない。

 私はかなり焦ってた。

 だってマナの話じゃ、憑依したものから完全に抜け出すには、

 乗り移ったその場所じゃないといけないってことだったんだもん。

 他の場所では憑依したものから1〜2mくらいしか動けないんだって。

 つまり、私の部屋にぬいぐるみを持って帰らないと、

 マナはずっとぬいぐるみに憑依したままってことになっちゃう!

 そんなことになったら!マナが可哀相!

 ぬいぐるみに取り付いたままの霊なんて、とんでもないわ!ミステリー番組じゃあるまいし。

 誰かが持って出て行ったのかしら?

 もしそうなら、探しようがないじゃない。

 でも、そうだったとしても、私は探す。探し出すわ。

 たとえ何年掛かるとしても!

「アスカ、誰か持っていったのかも…」

「かもしれない。でも…」

「わかってる。もし、そうでも僕は見つける。僕の責任だもん。約束するよ」

 シンジ…。アンタはそういうヤツよね。

 アンタにとったら、顔も知らない女の子のぬいぐるみなのに…。

 そういうとこも好きなんだよ、シンジ。

 って、ラブラブ光線出してる時じゃないよ!

 お猿さん、お猿さん、っと。

『キャッ!』『うわ!』

 だらしないわね。男の方まで悲鳴上げてるよ…。

 竹やぶの端の方で上がってる悲鳴が時々聞こえてくる。

 その悲鳴を聞いて、頭の隅に何かが引っ掛かったの。

 そうよ。マナが簡単にぬいぐるみを持っていかせるわけない。

 だって、ここはお化け屋敷なんだから、

 マナがお客さんを脅かしても何の問題もないんじゃない。

 最近は『トイレのマナちゃん』効果で、人を怖がらせるのが得意になってきたんだもん。

 となるとシンジが走り回ったところ以外も探す必要があるわ。

 ここはシンジに任せて…。

 通路に沿って歩いていくと、

 前の方を歩いていたカップルが悲鳴を上げて、慌てて走っていくのが見えた。

 あそこかな?

 そこは竹やぶがちょっと開けてて、井戸がつくってあったわ。

 あった!

 井戸の前にお猿さんが投げ出されてる。

 私は笑いを抑えながら、お猿さんを抱き上げた。

 そうすると、予想通りにマナの声が響いた。

「置いてけ〜。持っていくと祟るぞ〜」

 そして、井戸の縁から登って来る手。リングか、アンタは。

「ごめんね、マナ。私よ」

 私は井戸の縁に腰掛けた。

 井戸の中から、マナが見上げている。恨めしそうな表情で。

 ホントに巧くなったわね、幽霊の真似。じゃなくて、幽霊の仕草。

「もう!酷いよ、アスカ。放ったらかしにして!大変だったんだから」

「ホントにごめん!くわしいことは家で、ね?

 シンジがいつ来るかわからないから、お猿さんに戻って」

「とりあえず、わかった。その代わり、この後もお願い!」

「もっちろん!さ、早く」

 マナはスッと姿を消した。別にお猿さんの重さは変わらないけど、憑依したのね。

 よし!シンジを探して、シンマナデート再開よ!

 

 係員のおじさんに充分御礼を言って、私とシンジは外に出たわ。

 お猿さんはシンジの胸にしっかり抱かれている。

「あ〜あ、もう3時半よ。結構時間くっちゃったわね」

「ごめん。あ、飲み物奢ろうか?」

「さんきゅ。メリーゴーランド、終わったらね」

「え、乗るの?」

「あったり前じゃない!さ、行くわよ」

「恥ずかしいなぁ…」

「じゃ、私、外で待ってよか?一人で乗る?」

「イヤだよ、そんなの」

「だったら、お願いしてよ。一緒に乗ってくださいって」

「え〜!綾波さんはイヤだって言ったら、あきらめてくれたのに」

「私はお嬢様じゃないから。意地が悪いの。特に馬鹿シンジにはね!」

「扱いが酷いなぁ…」

「早くお願いしないと、夜中にベランダ飛び越えて、窓越しに猫娘するぞ〜」

「そ、そんな!やめてよ。猫娘だけは!それにベランダ越えるのは絶対に駄目だ」

「じゃ、お願い!」

「はぁ…。僕と一緒にメリーゴーランドに乗ってください」

「OK!くっくっく、これから猫娘は使えるわね〜」

「あ〜あ、とんでもない人に知られてしまったよ…」

 楽しい!こんな馬鹿話してても楽しいわ!

 今日だけなんだけどね…。

 明日からはシンジはレイの彼氏。私はただのお隣さんで友達。

 それでもいいわ!先は長いんだもん!

 正々堂々とレイと勝負して、シンジを勝ち取るんだから!

 

 楽しい時間は過ぎるのが早い…。

 まだ3月だから、日が落ちるのは早めなのよね。

 さぁて、いよいよラストの観覧車。

 でも、私は乗らない。

 そうよ。最初からそう決めていたの。

 乗るのはシンジとお猿さんだけ。

 マナと二人だけにしてあげたいから。

 ホントは私ともう1周して欲しいけど、そこまで言えないもん。

 この時間の観覧車は1時間待ちだから、

 もう1週となると結局全部で3時間くらいかかっちゃうから。

 こんだけ楽しい思いをしたんだから、あきらめるわ…。

 

 シンジは私が直前になって『乗らない』って言ったから慌ててた。

 でも最初から決めていたと言われて、

 素直にお猿さんを抱きしめて一人でゴンドラに乗っていったわ。

 私は列から離れて、ゆっくりと上がっていくゴンドラをずっと見つめ続けたの。

 シンジとマナは赤いゴンドラ。

 赤は私のシンボルカラーだけど、今日だけは許可してあげるわ。

 うん、今日は星もよく見えるし、夜空に赤いゴンドラが綺麗。

 お星様の見え方はドイツと違うから、よくわからないな…。

 でもあの南に見える明るいの…シリウスよね…。じゃ近くにオリオンが見えるはず…。

 あった!オリオンの三ツ星。願い星。

 シンジとの事をお願いしよっかな…。

 あ、でも…、オリオンの星座のお話って…。

 愛する妻を失って失意のオリオンがアルテミスと愛し合うようになるけど、

 そのアルテミスに誤って射殺されてしまうって、悲劇だったじゃない!

 なんか、微妙にシンジの状況に似てるから、イヤだな…。

 私、アルテミスになりたくないよ…。

 ふぅ…、ま、星に願っても、最後は自分だから。

 私があきらめない限り、希望の糸は切れないんだもんね。

 よし!アスカ、がんばれ!

 あっと、妄想にふけってる間にシンジが歩いて来たわ。

 胸に抱かれているお猿さん。マナ、幸福だった?

「さて、それじゃ帰りましょうか」

「まだいいだろ」

「え…?」

「今度はアスカと乗りたいんだ。駄目、かな?」

「え、あ、そ、そりゃ、あの…」

 あわわわ、シンジったら、嬉しいよぉ!どうして?

「また並ばないと駄目よ」

「うん。アスカとだけ乗ってないから」

「あ、何それ、女の子を片っ端から観覧車に誘ってるの?」

「あ、違う、違うよ。いやだったら…、いいけど」

 とんでもない、とんでもない!乗ります!

「い、いいわよ。乗ってあげるわ。うん。

 お猿さんとデートしてくれた御礼に、特別に乗ってあげる」

「ありがとう。じゃ、並ぼう」

 うわ!なんて笑顔するのよ!もう犯罪よ!その笑顔は。

 ああ、もう駄目。思考回路がショート寸前ってマナがカラオケで歌ってたっけ。

 順番が回ってくるまでの1時間少し、ほとんど記憶がないの。

 間違いなく舞い上がってたから、罵詈雑言をシンジに浴びせてたと思うんだけど…。

 落ち着いたのは、ゴンドラが動き出した頃になってから。

 向かいの席のシンジがニヤニヤ笑ってる。

「何よ。何、笑ってんの?」

「あ、ごめん。やっと静かになったなって」

「え〜っ!何、アンタ喧嘩売ろうっての?」

「ごめん。でも、並んでる間、ず〜と、喋ってたから」

「え?そうだった?」

「うん。あ、それとね、さっき、何見てたの?」

「はい?」

「ほら、僕が観覧車に乗ってる間、ずっと空見てたでしょ」

「ああ、星…。シリウスとかオリオン。ドイツと見え方が違うから…」

「あ、そうか。何か、上から見てたら寂しそうに見えたから…」

 え〜!シンジ、ゴンドラから私を見てたの?ぼけっと星を見てた私を?

 は、恥ずかしい。

「それで誘ったわけ?馬鹿シンジに同情されるようになっちゃ、私もお終いよね」

「は、はは」

 あぁ〜!どうしてこんな口調になっちゃうのかしら。

「あ、っと、それに…、アスカに渡したい、ものがあるから…」

 え?何?

 シンジはポケットから小さな包みを出したわ。

「あの…これ、バレンタインンの…」

 あ、お返しなんだ…。自分のこと、忘れてた…。

「もらって、くれるかな?」

「あ、うん、も、もらってあげるわ!」

 私は包みを受け取った。小さくて軽いけど、何なのかしら?

 見てみたいな…。早く見たいよ。

「見て、いい?」

「え?ここで?」

「見られちゃ困るものでも入ってんの?」

「そんなことないけど…恥ずかしいな」

「開けるわよ」

 シンジは頷くと、首を傾けて外の景色を眺め始めたわ。ふふ、恥ずかしいのね。

 ゆっくりと包装紙を破らないように、私は中身を出した。

 小さな小箱。

 蓋を開けるとカメオが入ってた。

 弓を構える女神…。アルテミス、じゃない…。

 私はカメオを手にとった。

 瑪瑙の赤褐色が映えていて、とっても綺麗。

 あ、ブローチになってるんだ…。

「あ、あのさ…、アスカは射手座だろ。だから…」

 馬鹿ね。射手座はケイローンなの。アルテミスじゃないわ。

 でも半獣半人なんてイヤよね、女神の方がいいに決まってる。

 そんな勘違いは歓迎だけど…、

 ね、シンジ。

 アルテミスが構えてる弓は、オリオンを射殺したのよ。愛する人を…。

 はは、知らないから、これをプレゼントするんだよね。

 そうだよね?シンジは知らないんだよね?

「アスカ…?」

「ん?あ、ごめんね。ありがと。アンタにしたら、いい趣味じゃない」

 一瞬、考えていたことを感づかれたくないから、私は少しオーバーに喜んだわ。

「これ、付けてくれる?」

「え、僕が?」

「アンタ馬鹿ぁ。アンタ以外、誰がいるのよ。ほら」

 私はシンジにカメオを渡して、左の襟元を突き出した。

 いいよね、これくらいしてもらっても。

 シンジは神妙な顔で、私の襟にブローチをつけている。

 て、照れるわね。こんな至近距離は。

「えっと、これでいいかな?」

「そうね…、うん、バッチリ!ホントにありがと」

 ゴンドラはいつの間にか下りに向かっていたわ。

 ちょっと遅くなっちゃったけど、ママ、パパ、心配しないでね。

 まあ、怒られても平気。こんなに幸せなんだもん。

 

「シンジ、お猿さんは明日回収するから」

「え?」

「今晩、一緒に寝てあげて」

「え〜!ヤだよ、そんなの」

「アンタ、お化け屋敷で落としたんでしょ。罰よ、罰。

 それとも、この私に逆らうっての?」

 私は仁王立ちになって、シンジに詰め寄ったわ。

「わ、わかったよ…」

 シンジは差し出していたお猿さんを自分の胸に戻すと、自分の部屋の鍵を開けた。

 シンジなら約束したことは絶対に守るわ。

 マナ…、今日はいい夢を見なさい。あ、幽霊は眠らないんだっけ。

 まあいいわ。愛する人に抱かれて、一晩過ごしなさいよ…。

 ……。

 今、私、凄いこと考えてたわね。

 ぼふっ!

「おやすみ…あれ?どうしたの、顔真っ赤だよ」

「うっさいわね!馬鹿シンジの癖に。おやすみ!」

 私は自分の部屋の扉を開けた。

 シンジがこっちを見てる。

 恥ずかしいけど…、ええ〜い、言っちゃえ!

「あ、あのさ、今日、楽しかった…よ。うん、カメオも、嬉しかった。

 ホントに、ありがと!」

 それだけ言って私は玄関に飛び込んだわ。

 閉めた扉にそのまま寄りかかって、私は大きく息を吐いた。

 明日からは、ただのお隣さんの友達、か…。

 はん!明日には明日の風が吹くわ!

 ファイト!アスカ!

「ただいま!ママ、パパ!遅くなって、ごめんなさい!」

 

 

 

 

Act.36 二人きりの観覧車  ―終―

 


<おまけ>

その遊園地のお化け屋敷は建替え話が進んでいた。
建物は老朽化している上に、
古典的な仕掛けで最近の若者には向いていないと判断されていたのだ。
ところが、その年の春頃から急に客足が伸びだしたのである。
アベックも増加したが、新規にマニアックな集団の入場が増え、
とくに竹やぶの井戸のあたりが人気を集めていた。
不思議に思った係員が尋ねてみると…、
出るそうである。本物が。
インターネットで騒がれているそうだ。
少女の呪いがこめられた、恐怖のぬいぐるみ。
そのぬいぐるみを手にすると、井戸から少女が現れる。
少女の声を聞いた者は、7日後に死ぬそうだ。
ネットと口コミで話はどんどん広がっていき、ついに雑誌にまで掲載された。

「ぷっ!ははははは!おっかしい!くくく、ははは…、お腹が痛い、くっく…」
「変なアスカ。この記事のどこが笑えるのよ。恐怖!お化け屋敷に本物の幽霊。怖いわねぇ…」
「ひっひっひ…、駄目、とまんない。ひひひ…」

『トイレのマナちゃん』遊園地に出張の巻 −完−


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第36話です。『ホワイトデーとパニック』編の後編になります。
オリオンとアルテミスの悲恋。
アスカをこんな風にはしたくありません。作者が言ってりゃ世話ないけど。
この星座ネタは、神話オタクのCG絵師:神有月葵嬢からのネタ提供です。オリオンの願い星のことを聞いたときに、教えてもらった話を取り込みました。星と石に関しては、必ず娘に助言を求めるようにしています。
この神話を聞いて、SSの設定と酷似していたので作者もびっくり。
はい。アルテミスを射手座と勘違いして、ジグソーパズルを買ったのは、誰あろう、この私です。

さて、次回の『あなたの心に…』は、急遽第2部完結!な、何ですと!おそらく一番驚いているのは作者本人。
あと2エピソード挟む予定だったのに!な、なんということだ。
う〜ん、正直に言いますと、書いたのですが、冗漫で愚作でした。で、DELボタンしちゃいました。
ということで、次回は『レイ、アスカ親交断絶』編です。お楽しみに!

ここで宣伝を一つ。
私のwebサイト「The Arrow of Artemis」の名前はこのお話から採りました。
ということはこの作品を書いたのは去年の11月末…になりますね。はは、続きを早く書かなきゃ。


トイレのマナちゃん:ま、また出たっ! この名前っ!(ーー#

アスカ:なかなか、素敵な観覧車じゃない?

トイレのマナちゃん:わたしも観覧車乗れたし良かったぁ。って、この名前・・・。(ーー#

アスカ:だって、あれだけ人を驚かしたんだから、仕方ないってば。

トイレのマナちゃん:今回は、トイレじゃないでしょっ!

アスカ:お化け屋敷も繁盛したし、いいじゃん。

トイレのマナちゃん:よくなーーーーーーいっ!!!(ーー#
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