「あなたの心に…」

第3部


「アスカの恋 怒涛編」


Act.40 マナの命日

 日本にはゴールデンウィークがある。

 それは知ってたけど、実際目前に迫ってくると、うん、ホントに休みが多い。

 でも、どうせだったら途中で1日2日学校しないで全部休みにすればいいのに。

 ホント、日本人の考えることって、どっか中途半端よね。

 こんなんじゃ、思い切り遊べないじゃない!

 

 我が家の予定はパパの休みが後半だけだから、あまり遠くには行けない。

 それに私には大事な計画があるから、今回はママの全面的な賛同を受けて、
 私の願い通りのゴールデンウィークのお出かけとなったの。

 

 目的地は温泉。

 惣流家3人とマナ憑依型ぬいぐるみ1体。そして、何が何でもシンジを連れて行く。

 それが一番の目的。

 今回は色恋抜き。

  と断言はしづらいんだけど…、私はシンジのトラウマをちょっとでも少なくしたいの。

  2年前のゴールデンウィークに、両親とマナとマナのパパを一度に亡くしたシンジ。

 シンジはそれが自分の責任だと思っている。

 でもね、シンジが一緒に行ってたら、死人が一人増えただけだったかもしれないんだよ。

 マナの話を聞いてたら、シンジがいなくても行程は変化してなかったらしいから。

 シンジが生き残ってたことを私は神に感謝したわ。

 もし、シンジと出会わなかったら、私はどうなっていただろう。

 そんなこと考えても結論は出ないから、私は考えないことにしてる。

 とにかく前へ進もう!

 これ、我が家の家訓!…って、そんなのあったっけ?

 まあいいわ。今日から、この言葉が我が家の家訓よ!

 

 私はマナとママとの3人で綿密な計画を練ったわ。

 こういう策謀になった途端に、ママが乗り気になってくれるから大助かりよ!

 マナの命日…つまり、事故の日は4月29日。

 その日はお隣でご供養があるから私とママは参加する。

 これにはレイがどんなに嫌な顔をしても、断るわけにはいかないわよ。

 それからお墓参り。

 これはシンジとは関係なし。

 私とマナとだけで行く。碇家と霧島家のお墓は別の場所だから、一日がかりなの。

 でも、どうしてもお参りしたい。

 これは翌日の日曜日。30日に行くの。

 それで問題は3日から7日までの5日間なのよね。

 ねらいは5日からの3日間。金曜から日曜まで。

 その3日間をレイの包囲網から、シンジを奪い取るの。

 どうせあの娘のことだから、少しも隙のない計画を練っていることでしょう。

 そこで登場するのが、私のママ、惣流キョウコ。

 素晴らしい笑顔と梃子でも動かない頑固さ。そして誰にも負けない貫禄。

 相手が財閥であろうがこの人は動じないもの。

 

「ねえ、碇君。5月5日から私たちと一緒に旅行してもらえないかしら」

「え、り、旅行ですか?」

「そう、旅行」

「あ、で、でもその日は…」

「申し訳ありませんが、5日は私の家でお食事をして、
 6日はショッピングで、7日は図書館でお勉強をする予定になっています」

 アンタは秘書か!

 シンジの家の玄関先でママとシンジが話していたら、レイがスッとシンジの横にしゃしゃり出て来たわ。

 わざわざレイが遊びにきているときを選んで攻撃するのが、ママの凄いところね。

 私は通路の壁にくっついて、そのやり取りを聞いてるの。

 ちょっと見た目は不細工だけど、気になるんだもん!

「まあ、それはごめんなさいね、お嬢さん。えっと、レイさんでしたわね。
 別にあなたたちの恋路を邪魔する気はありませんのよ」

「こ、恋路だなんて、そんな、僕は」

「はい、ありがとうございます。ではこの話はなかったことに」

「碇君、5日の朝8時ですからね。寝坊しないでくださいね」

「え、あ、えっと、はい」

「じゃ、おやすみなさい」

 ママは絶妙のタイミングで、扉を閉めたわ。

 そして私を見て、ウインクするの。いよっ!この千両役者!

『碇君!』

『あ、ご、ごめん、つい、勢いで』

 扉越しにかすかに声が聞こえるわ。くくく、まずは第1段階成功ね。

 ゴツン!

 あいてっ!

「人様の家を立ち聞きするんじゃありません」

 私は小声で叱責されて、ママに耳を引っ張られた無様な姿で家に連行されたわ。

 おぉ、痛い。

 

 さて、第2弾はパパの登場よ!

 念押しにシンジにお礼に行くって筋書き。

 もちろん、パパには役者の素質がないから、素でやってもらうの。

 元々が関西人だから、背中を押したら、喋る、喋る。

「いやぁ、ホンマに助かりましたわ。碇さんが一緒に行ってくれへんかったら、私男一人で何させられることやら。ここだけの話ですけどな、うちのアスカときたら、人使いというか、そうそう、男をこき使うのがもう巧いのなんのって、アレをアッチへ持っていけやの、コレを持ってこいやの、そりゃ、もう、大変ですわ。去年、家族でライン河のお城に行ったときのことですけどな…」

 もう止まらないわ。くくく…。

 

 シンジは喋り続けるパパを玄関に立たせておく訳にも行かず、家の中に入れたわ。

 レイはもうご帰宅してたみたいだけど、
 1時間後にママが迎えに行くまで、延々とパパのお相手をさせられてたはず。

 ご苦労様、シンジ。

 そしてお迎えに行ったママの駄目押しのお礼攻撃で、
 シンジは完全に惣流家の罠から逃げられなくなったの。

 ちょっと、強引だったけど、シンジのことを考えてのことだから、許してね。

 

 

 

 4月29日。

 マナの命日。

 マナのパパとシンジのご両親の命日でもあるんだけど…。

 ごめんなさい、実感がわかないの。

 お仏壇のある部屋。

 いつも襖が閉められていた和室が、仏間だったわ。

 ここにはお仏壇が二つ並んでいる。碇家と霧島家のそれぞれのお仏壇が。

 そこに飾られている遺影が4つ。

 シンジのパパ。

 少し意外だった。もっと優しげな感じの人だと思い込んでたら、
 髭にサングラスって、ちょっといかつく見える人だった。

 その隣にシンジのママ。

 シンジはママ似なのね。優しげに微笑んでいる。

 この人があの曲を好きだったんだ。

 『Fly Me To The Moon』

 真夜中にベランダで口ずさんでたって、マナに聞いた。

 シンジが料理が得意なのはこの人の直伝だって、マナに聞いた。

 マナとシンジを仲良くさせたのもこの人だって、マナに聞いた。

 私、あなたのことをマナからしか聞いていません。

 でも…いつか、シンジからいっぱい聞きます。

 聞かせてくれると思います。

 だから…そのときを楽しみにしておいてください。

 マナのパパ…。

 うん。いかにもマナのパパって感じ。

 体育の先生みたい。いや、刑事、野球選手…。

 運動神経がよさそうな雰囲気。

 マナが元気いっぱいなのがわかるような気がする。

 その隣が、マナ。

 いけない。涙が溢れてきちゃったよ…。

 マナ…、アンタ、やっぱり死んでるんだね。

 黒い枠の写真なんて反則だよ。

 しかも、あんなに…あんなに、いい笑顔で…。

 マナ。マナ!

 駄目、もう我慢できない。

 私は立ち上がって、トイレに向かった。

 途中でお茶の準備をしているママと目が合ったけど、優しげに頷いてくれた。

 わかってるんだね、ママ。

 トイレの中で唇を固く閉ざして、私は泣いた。

 声を出さずに、涙をボロボロこぼして。

 シンジには、この涙を見せたくない。

 私は元気で能天気で前向きで…、素直じゃないの。

 しばらくして、私は仏間に戻った。

 そろそろお経が始まりそうだったから。

 私はシンジから離れて、ママの横に座ったの。

 レイみたいに隣に座るなんて真似、私にはできないわ。

 お経の間、私はシンジの背中をじっと見つめていた。

 正座は正直言ってかなりきついんだけど、
 寂しげなシンジの背中を見てたら足の痛さは忘れちゃった。

 お経が終わって、お坊さんがママに言ってたわ。

 去年は坊ちゃん一人だったから寂しいご供養でしたって。

 みんな、お坊さんを見送りに玄関へ行ったけど、私は一人、仏間に座ったまま、仏壇を睨んでいたわ。

 だって…。

 ……。

 足が痺れて、立てないの。

 

 この足が痺れたのは、ラッキーだったわ!

 だって、シンジの肩にすがって、帰宅できたんだもん。

 ほんの2分位の時間だったけど、幸福だったわ。

 最近はレイの囲い込み作戦のおかげで、シンジと接することが少なくなっちゃったから。

 レイに勝ち誇った眼差しを送ったら、凍りつくような視線が返ってきた。

 この視線は苦手なのよね。

「今日はありがとうございました。
 両親やマナのお父さんも、マナも喜んでいると思います」

 丁寧に私とママに頭を下げていったシンジに、私は何も声を掛けられなかったの。

 だって、昔のシンジに戻っちゃったみたいな雰囲気なんだもん。

 本当はどうなのかはまだわかんないけどね。今日は、この状態でおかしくないから。

 

 そして、翌日のお墓参り。

 日本のお墓参りって、ママの実家のお墓参りは後にくっついてくだけだから、
 やり方なんて全然知らないのよね。

 夜にママとパパにレクチャーしてもらったから、まあ大丈夫でしょう。

 マナは最近の基本パターンのお猿さんのちびぐるみに憑依するの。

 このちびぐるみは、ママのお手製。

 大きなぬいぐるみを見て、さっさと作ってしまうんだから、ママには敵わないわ。

「最初にシンジの方のお墓にいくよ」

「うん。小学校のときに何回か一緒に行ったから場所はOKだよ」

「それから、アンタの方ね。あのさ、お供え物なんだけどさ…
 マナのママの好きなものってわかる?」

「それは…わかんないよ。ママのことは覚えてないもん」

「ごめん」

「でも、パパはいつもおはぎをお供えしてた」

「わかった。じゃ、おはぎを持っていきましょ」

「明日晴れるといいね」

「大丈夫!降水確率は0%」

 

 降水確率なんか当てにはならないわ。

 4月30日。朝から雨。

 

Act.40 マナの命日  ―終―

 

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第40話です。
第3部『アスカの恋 怒涛編』が始まりました!さてさてアスカの反撃はなるか?頑張れアスカ、負けるなアスカ!
今回は『アスカのお墓参り』編の前編になります。


アスカ:さすがママ! あの強引さは天下一だわ。

マナ:綾波さんですら、なにも反撃できなかったわね。

アスカ:この調子で、どんどんシンジをファーストから引き離すのよっ!

マナ:やけに強気になってきたわね。

アスカ:そりゃぁ、ママが味方についたら恐いものなしよ。

マナ:うーん。肝心のアスカが、超へっぽこだから、それはどうかしらねぇ。
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