「あなたの心に…」

第3部


「アスカの恋 怒涛編」


Act.44 二人だけの夜明け

 

 私たちはパパを先頭に廊下を進んだ。

 ママったら案内は要りませんって断っちゃうの。チップもらえなくて可哀相、旅館の人。

 温泉旅館っていうから、純日本家屋かと思ったら、洋風なんだ。

 3階の315号室。

 パパが鍵を開けて先に入る。

 あ、中も洋風だ。ベッドが二つ見える。

 二つ?奥にもう一部屋あるのかな?

 そしてママの後に続いて私が中に入ろうとすると、ママが振り返って鍵を私の目の前に突き出したの。

「はい?」

「ここは私とパパの部屋。お子様は入らないでね」

「へ?」

「はい、あなたたちの部屋の鍵」

「ほえ?」

 呆然としている私に鍵を握らせて、ママは私を廊下に押し出した。

 そして、私とシンジににっこりと笑って言ったの。

「晩御飯は食堂で7時。じゃあね」

 バタン。

 私の目の前で非情にも扉は固く閉められたわ。

 シンジも呆気にとられてしまって何も言わない。

 私は握った掌を開いて、鍵を見つめた。

 316号室。

 私とシンジは示し合わせたように、隣の部屋のプレートを見たわ。

 316号室。

 ここで…ここで、私がシンジと泊まるのね。

 ふ、二人だけで…。

 私は気が遠くなったわ。

 

 部屋の中は完全な二人部屋だった。

 ま、まだシングルベッドが二つなのが救いよね。

 シンジは鞄を持ったまま入口のあたりで突っ立っている。

 ま、こんな状況でてきぱき動かれたら逆に怖くなっちゃうもんね。

 ああやってどぎまぎしててくれる方が安心だわ。

 私は手前の方のベッドに鞄を投げ出してから、窓際の椅子に腰掛けた。

「あ〜あ、見事にはめられちゃったわね。ごめんね、シンジ」

「あ、いや、ははは」

 シンジったら真っ赤になってるよ。か、可愛いな…。

「まったく何考えてるんだか。あの親ときたら…」

「そ、そうだね」

「私、文句言ってくるから。待ってて!」

「う、うん…」

 勢い込んで隣の部屋に突っ込んでいった私は、見事に玉砕した。

「アスカ、何言ってるのよ。誰のために気を利かせてあげたと思ってるの?え?思春期の男女を同じ部屋で二人だけで泊まらせるなんてそれでも親かですって?親だからアナタのためにしてあげたんでしょ。何か起こったら?起こすの、アナタは?いいわよ、ママはシンジ君なら息子にしてもいいから。貴方は黙ってらっしゃい。私はアスカと話してるの。まあアスカのことだからシンジ君を誘惑するなんてできっこないけど。ほら、こんなに挑発しても、駄目でしょ。ここで身体を張るくらいの根性があればねぇ。え?男部屋と女部屋にわける?いやよ。聞こえなかった?い・や・よ。せっかくパパと二人で水入らずなんだから。邪魔しないでくれる?はい、さっさと自分の部屋に戻って。ママはね、これからパパと露天混浴家庭風呂なの。予約してるんだから。はい、もう向こう行きなさい。いい加減にしないと、本気で怒るわよ」

 私はママの説得をあきらめた。

 だって本気で怒ったママに勝てるわけないもん。

 パパに泣きつこうとしたけど、ママが睨んでるからパパの助け舟も期待できないわ。

 私は肩を落として、隣の部屋に戻ったの。

 交渉が不首尾に終わったのは、私の顔を見てわかったみたい。

 さすがのシンジの微笑みも思い切りぎこちなく強張ってるわ。

 まあ、それはそうよね。彼女がちゃんといるのに、別の女の子と一夜を明かさないといけないんだから。

 はぁ…。とにかく…お風呂行こっ!

「シンジ、お風呂行くわよ!」

「へ?」

「だって考えても仕方ないもん。もしアンタが気になるんだったら、私廊下でも布団部屋でも行くからさ。

 それより、せっかく温泉に来たんだもん。まずは温泉よ、温泉!」

 

 もちろん混浴なんて入るわけない。

 私は露天風呂の女性用。

 広くて気持ちいいなぁ。

 そう言えば日本には銭湯っていうのがあるってパパが言ってたけど…、家の周りでは見たことないわね。

 広いお風呂は気持ちがええでぇって、パパが力説してたのがわかるわ。

 両手両足を思い切り伸ばしても邪魔するものは何もないし、ホ〜ント気持ちいいっ!

 他の人がいなかったら泳いでるわね、間違いなく。

 ま、今は大人しくしときましょ。

 ふぅ…、でも、どうしよかな、これから。

 私が本当に他の場所で寝るっていったら、シンジのことだから僕の方がそうするって言うよね。

 うううぅ〜ん、シンジのそういうとこも好きよ。

 ぼふっ。自分で思って赤くなってりゃ世話ないわね。

 どうしよ…。

 ママの言うとおり、身体を張る?

 ばふっ。

 あ、これはいいわ、温泉だから顔が赤くなっても自然だわ。うん、都合がいいわね、これは。

 …っと、で、なんだっけ…?

 あ、身体を張る件か…。

 う〜ん、やっぱりボツよね、ボツ!

 そ、そりゃあ…シンジがどうしてもって言うなら……。

 ……。

 いやぁ〜っ!恥ずかしいっ!

 ばしゃっ!ばしゃっ!ばしゃっ!

 ……。

「あ、ごめんなさい。もうしません。すみません…」

 他のお風呂に入ってた人に頭を下げた私は少し身体を縮めたわ。

 きっと変な外国人だって思われたでしょうね。は、ははは…。

 シンジだって男だもん。私のこの身体で迫ればその気がなくても…そうなっちゃうかもしれないけど…。

 それじゃ意味がないのよっ!

 私が欲しいのはシンジの心なの。

 そ、そ、そりゃあ、心だけじゃ困るけどさ、将来。将来よ、今じゃないわ。

 まず心と心が結びつかないと駄目なの。

 そうじゃないと、レイの方に帰って行っちゃうかもしれないもん。

 誘惑して結ばれても、それじゃシンジにしたら勢いって感じになっちゃうもんね。

 ちゃんとレイよりも私じゃないと駄目だって、シンジが思ってくれないといけないの。

 だから…だから…、うん誘惑作戦は絶対にしない!

 決めたわっ!

 でも…そうなるとしたら…今晩のこのシチュエーションはどうしたらいいのよ!

 

 考えがまとまらないまま、お風呂を出て…。

 晩御飯を大きな食堂でママたちと食べて…。

 出てきた料理が美味しいってわかるってことは、心に余裕があるのかな?

 それともただの食いしん坊?

 ママとパパはさっさとお部屋に引っ込んじゃった。

 

「アンタ、アレ持ってる?」

「え!アレって何さ?」

「は?トランプとか、何か遊ぶものだけど」

「あ、そっか、うん、持ってない」

 わかんないわ。何、赤くなってんだか。

「はぁ…。こんなところに来て、テレビ見るのも馬鹿らしいし…。

 トランプとかあったら、まだ時間つぶせるのに。

 どうして持って来てないのよ、馬鹿シンジ!」

「そ、そんなぁ、無茶言わないでよ。修学旅行や林間学校じゃないんだから」

「は?何?その修学旅行って」

「ドイツにはないの?」

「だから、何かわからなかったら、ないのかあるのか、わかんないでしょうが」

 う〜ん、我ながら意味のわからない言葉だわ。

「あ、そうだね、えっと、修学旅行ってのは、あれ?本来の目的って何だったっけ?」

「は?目的のわからない旅行?ミステリーツアー?」

「いやいや、そうじゃなくて、とにかく、中学3年生のときに学年全員で旅行するんだよ」

「へぇ…、そうなの。そんなのがあるんだ」

「うん、来月の半ばにあるよ」

「え?私も行けるの?」

「当り前じゃないか」

「どこ?どこに行くの?」

「去年は沖縄だったんだけど…」

「わ!沖縄?凄いわ、私行ったことないの!」

「あ、じゃ、行けないままになっちゃうね」

「はい?」

「去年は沖縄だったんだけど、今年は変更になったんだ」

「えぇ〜!どうして?」

「去年の3年生が飛行機の中と現地で悪さしてね、

 当分飛行機と沖縄は壱中では御法度になったんだよ」

「そんなぁ〜!じゃ、今年はどこ?」

「5年前に戻って、京都・大阪」

「ええぇっ!私、イヤッ!」

「アスカがいやだって言っても…」

「そんなのつまんない。京都に大阪なんて、散々行ってるもん」

「あ、そっか、お父さんの実家が関西だっけ」

「グランマがいるからね。あ〜あ、沖縄行きたいなぁ…」

「ご愁傷様」

「アンタ、冷たいわね…。そうだ、私たちだけ修学旅行の目的地変えちゃうとか。どう?」

「は?」

「一緒に沖縄行こうよぉ!」

「ふ、二人で?」

「へ?」

 その時、私は爆弾発言をしていたことにようやく気付いたの。

「は、はは…。冗談よ、冗談」

「よかった、冗談で。アスカなら本気でしそうだから」

 本気で行きたいわよ。

 でも…、シンジと二人で行ったら、夜はこうなっちゃうんだよね。

 今と同じ。一つの部屋に、二人きり。

 ぼふっ!

 あ〜!忘れるのにこんなに苦労したのに、一瞬で意識してしまったじゃない!


 駄目、駄目。次の話題よ。早く次の話題を探さなきゃ!

 

 しりとり、なぞなぞ、あっち向いてほい、……とても楽しかったけど、そんなに時間はつぶせなかったわ。

 まだ10時。

 遊んでる間は面白いんだけど、インターバルには異様な静寂が部屋を包むの。

 間がもてない。

 しかも目が冴えまくっている。

 渋滞の間の“至福の膝枕タイム”がこんなところで影響してくるとは思わなかったわ。

 まあ後悔は絶対にしてないけどね。だって気持ちよかったんだもん。

 それはともかく、部屋の中は異常に静か。

 シンジの息遣いまでが聞こえるんだから。妙に荒い息遣いじゃないから、安心したけどね。

 ……。

 でも、どうしよう…。

 何か…何か喋らないと…。

「あの…さ、アスカ」

「何?何、何?!」

 しまったわ。場を繋いでくれたのが嬉しくて、変なリアクションしちゃった。

 シンジがちょっと退いちゃったじゃない。

「あのね、アスカのこと聞きたいんだ」

「はい?」

 窓際で向かい合った椅子から身を乗り出して、シンジは真剣な顔で私を見たの。

 あわわ、て、照れるじゃない。

 でも、シンジの真剣な顔も好き…はは、全部好きなんだけどね。

「ほら、ドイツのこと。聞いた事ないから」

「ああ、向こうのこと?別に面白い話なんかないわよ。

 それよりアンタとマナ…ちゃんの話の方が面白いわ」

「え?どうしてアスカが僕の昔の話知ってるの?」

「はん!そんなの決まってんじゃん。マ…」

 アスカ、大ボケ!

 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!

 マナから聞いたなんてシンジに話せないじゃないの!

 どうしよ。大失敗だわ。

「マ、マナ、ちゃんが、ほら、アンタが元気な子だって言ったから、きっとそうだと思ったのよ、うん。悪い?」

「あ、いや、悪くないけど。アスカ、凄い汗だよ」

「ほ、ほっといてよ。あ、ごめん。あのさ、その、ドイツはさ」

「うん」

 シンジったら、身を乗り出してくるの。そんなに聞きたいわけ?ヤだな…。

「あのさ、ドイツでは…う〜ん…そうね…」

「き、きっと、か、格好いいヤツなんだろうな。あ、あ、アスカのか、彼氏」

 目一杯たどたどしくシンジが馬鹿らしい質問をしてきたわ。

「彼氏?何、それ。そんなのいなかったわよ」

「ええっ!」

「な、何よ!急に大声出して」

「アスカにはドイツにラブラブの恋人がいるって!」

「えええっ!嘘!」

「そんな!今でもアスカの帰りを待ってるって!」

「げげぇっ!何よ、それ!」

 電話が鳴った。

「んんっ。はい」

『アスカ、五月蝿いわよ』

 ガチャン。

 つーつーつー。

 ママって、いったい…!

「何?」

「ママ。静かにしろって」

「あ…」

 二人して思わずママとパパの部屋の方の壁を見つめてしまったじゃない。

「そっか。ここは旅館だったわね」

「で…あの…さっきの…」

「へ?」

 何だっけ?

 えっと…。

 ……。

「あああっ!」

「アスカ、声」

 電話が鳴った。

 私はすぐ取って相手の言葉も聞かずに、

「ごめん。もう大声出さない」

 それだけ言って切っちゃった。

 ママ、今のは頭に来ただろうな…ちょっと仕返しできたかな?

 後が怖いけど…。

 それよりも、今はさっきの問題よ!

「シンジ、さっきの誰に聞いたの?」

「か、彼氏のこと?」

 あわわ!シンジが少し退いてるじゃない。

 私の血相そんなに変わってる?…よね。だって怒りに胸が燃えさかってるもん!

「そう、そのいもしないドイツの彼氏のこと」

「え、えっと、それは…」

 言いにくそうにするシンジ。

 ということは、当然…綾波レイ。

「いいわ、言わなくても。見当はついてるから」

「あ、いや、もしかしたら僕が勝手に思い込んだのかもしれないし…」

 はは…シンジったら、彼女庇ってんの…。

 ま、ここでレイの所為にして逃げるような男だったら、このアスカ様が好きになるわけないか。

 矛盾してるけど、納得は出来るわ。

 いいな…レイは。シンジに庇ってもらえて…。

 でも、仕方ないか。恋人同士なんだもん、ね。

「はぁ…」

 私は大きくため息をついたわ。

「ごめんね、アスカ」

「はは、アンタが謝ることないじゃない。ちょっとした悪戯よ。きっとね…」

 そんなことない。

 レイは本気。

 でも、どうしてこんなことされても私は許してしまうの?

 自分で自分がわかんない。

「アスカ…本当にごめん。信じちゃって…」

「いいわよ…」

 うん、冷静に考えたら、シンジ少しは焼きもち焼いて…違うわね、この場合は気になって…だわ。

 まあ、それでもいいわ。

 その時…、プルルルル…。

 はぁ…。この味も素っ気もない呼び出し音は…。

「あ、綾波さんからだ…」

 くっ!虚言癖の美少女、綾波レイ。よくも嘘八百を!

 って頭に来ても仕方が無いか。

 お風呂にでも入ってこよっと。どうせ長電話するんでしょ…。

 シンジに合図して、私は部屋から出て行ったのよね。
 

 今日2回目の露天風呂。気持いいわ。

 風情ってのがあるのよね、日本の温泉ってのは。

 あ〜あ、馬鹿シンジのヤツ、携帯の電源切っとけばよかったのに。

 でも、会話が途絶えてたのも事実。

 う〜ん、この後何話したらいいんだろ?

 髪の毛、洗おうかな…。

 あ、そういや、シンジの周りの女の人って…、

 みんな、ショートヘア、じゃない!

 マナ。レイ。シンジのママ。み〜んな、ショートヘア。因みに私のママもだけどね。

 あらら、私だけ異端児?もしかして、私はシンジの好みじゃないの?

 もし…、もし、そうなら、髪の毛切った方がいいの…かな?

 や〜めた。馬鹿らしいわ。

 髪型で女の子を選ぶようなやつじゃない。私の大好きなシンジはね。

 そう、信じてる。

 う〜ん、これだけ悩んでも、まだ10時37分。

 まだ日付も変わってないじゃない!

 

 そうよ!こうなりゃ、百物語よ!

 日本の古来から伝わる、由緒ある儀式ってパパから聞いたことがあるわ。

 私は意気軒昂として扉を開けようとした…けど、開かなかった。

 あ、オートロックね。私は扉をノックしたけど、返事はない。

 シンジが寝ちゃって、私が締め出し?ってわけないわね。この時間じゃ。

 ということは、シンジも外に出たってことよね。

 う〜ん、順当に考えて、温泉かな?

 ここで帰りを待つのも馬鹿らしいし、廊下に立たされてるみたいで…。

 あ、そのままか…でも、そんな姿、不細工この上ないわ。パス。

 もう一回、お風呂行こ。露天風呂か内風呂か。

 私とシンジが将来ラブラブになれるんだったら、露天風呂。

 さあ、当たるでしょうか?!

 

 私は露天風呂の入り口の前で立ちすくんでしまったわ。

 当たるも何も、どうやって確認したらいいのよ!

 男湯の入り口で私は途方にくれてしまったわ。

 女用に入って、垣根越しに『お〜い!』と怒鳴ろうかな?

 いなかったら恥ずかしいし。困った…。

 あ、誰か出てくる。この人に聞けばいいんだ。

 ガラガラッ。

「あの…」

 うへ!何て厳ついオヤジなの。浴衣にサングラス?あ、駐車場にいたオヤジ。

「なんだ?」

 どすの効いた低音。えぇ〜っ!もしかして、その筋の人ぉ!

「あの、す、すみませんが、中に中学生くらいの男の子いませんでしたでしょうか?」

「一人いた」

 サングラス越しに目玉が私を睨みつけたわ。ひえ〜、売り飛ばされる!

「あ、ありがとうございました!」

 私はペコリと頭を下げて、女用の入り口に飛び込んだわ。

 セ〜フ!ここまでは追いかけてこないわ。あ、別に追いかけてきたんじゃなかったわね。

 それよりも、シンジよ。シンジ!

 私は超特急で裸になり、露天風呂へ突入したわ!

「あら、アスカ。またお風呂?」

「ま、ママ。じゃ、隣にパパいる?」

「ええ、今、碇君とプロレスか相撲か、なんかしてるわよ」

 はい?私は耳をすましたわ。

『あぁ!ギブアップ!参りました』

『あかん、まだまだや!』

『うわ!助けてください。そ、そんな!』

「ちょっと!パパ!」

 一瞬、隣が静かになったわ。そして、間の抜けた関西弁が返ってきた。

『なんや、アスカか?』

「そうよ、アンタの娘よ」

『キョウコ、そっちにおるやろ』

「なぁに、あなた。もう、アスカったら、裸で歩き回らないの。前隠しなさい」

「ま、ま、ま、ママ!なんてこと言うのよ!」

 向こう側が完全に静まり返ってしまったわ。

「あら、私、変なこと言ったかしら」

「あのねぇ、向こうにまる聞こえじゃないの!」

 あ、何か小さな声が聞こえるわ。

『最後にアスカの裸を見たのは、9歳のときやった。もう、あれから6年か…。

 さぞかし、立派に成長したんやろな…。どや、碇君、わしに教えてくれんか?』

『は、はあ?!ど、どうして、僕が!』

『なんや、知らんのか?そりゃ残念やなぁ。もうすぐ、アスカも15歳や』

『は、はい…』

『アスカはキョウコにそっくりやからなぁ…。15歳のときのキョウコのはだ…』

 その瞬間、私の頭上を白い物体が超スピードで飛んでいったわ。

『イテェッ!』

「あなた、次は石鹸じゃなくて、桶か岩を投げますよ」

『わ、悪い。すまんかった。許してくれ』

「詫び言は、お部屋でしっかり聞かせていただきます」

『はい…』

 くっくっく。小さくなってるパパの姿が見えるわ。

 でも、どうやって石鹸を命中させたんだろ。ママって凄いわ。

 

 さて、では百物語の始まり。

 といっても、幽霊話はしないわ。

「あのね、とっても面白い恋物語があるんだけど、聞きたい?」

「え?アスカが作ったの?」

「NO!実話よ!」

 そして、私はお隣の壁を見た。

 その視線を追ったシンジは、明らかに興味を惹かれたみたい。

「アスカ、それって?」

「そうよ。ドイツからきた天才美少女と関西人のドイツ人少年の出会いの物語」

「わ!聞きたい。お願いアスカ」

「でも…長いから多分終わらないと思うよ、一晩じゃ」

「そんなに?」

「だってわかるでしょ。あの二人だもん」

 シンジは完全に納得していた。

 大きく何度も頷いてるんだもん。

 ママにパパ。アンタたち、まわりからそういう目で見られてるのよ。ちょっとは自覚しなさいよ。

 

 シンジは大受けしてくれた。

 何せ、この話は惣流家のネバーエンディングストーリーだもん。

 マナだってお気に入りの。

 私は耳に胼胝が出来るくらい聞かされてるから、暗誦で朗読が出来るわ。

 京都での偶然の出会いから始まって、

 神戸でパパの部屋で二人で寝ることになっちゃって…。

 今の私たちと同じ状況ね、これって。

 それから大阪をデート三昧。

 そしてパパがママと通天閣に昇ったところまで話が進んだとき…。

 私は窓の外をふと何気無しに見たの。

「あっ!」

 私の声にシンジも外を見たの。

 すると、シンジの表情が見る見る変わっていった。

 夜明け。

 外に見える森がだんだんはっきり見えてきだした。

「シンジ、行こっ!」

「うん!」

 

 私は思い切り背伸びをしたわ。

 くぅ〜っ!気持ちいいっ!

 横を見るとシンジが深呼吸している。

 えへへ。真似しちゃお。

 すぅ〜はぁ〜……。

 何か身体の隅々まで清められてるみたい。

 は?何?

 シンジがこっち見てにこにこしてる。

「な、何よ?私、おかしい?」

「あ、ごめん。あまり気持ちよさそうだから」

「なんだ。うん、気持ちいいわよ。凄く気持ちいい朝だわ」

「うん、僕も同じ」

「そう」

 嬉しいな…。だって、この朝が二人だけのためにやってきたみたいな気持ちになるもん。

「ね、シンジ。お風呂行こうか」

「え?」

「24時間入れるってプレートに書いてたじゃない」

「あ、アスカと二人で…」

 真っ赤になるシンジ。

 ぼふっ!

 こ、こいつ、何考えてるのよ!

「ば、馬鹿シンジ!別々に決まってるでしょうが!」

「アスカ、大声出したら…」

「あ…」

 私は思わず、ママの部屋の窓を見上げた。

 よかった。起きなかったみたい。……他の部屋もね。

「あ、アンタが馬鹿なこと言うからじゃない」

「あ、ごめん」

 そう言いながら、シンジの顔は笑ってる。

「あ…からかったな…」

「はは…」

「馬鹿シンジの癖に生意気な…ふん!土下座しても一緒になんか入ってあげないんだから!」

 

 嘘…、よ。嘘。真っ赤な嘘。

 

 

 

 

 

Act.44 二人だけの夜明け  ―終―

 

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第44話です。
『アスカとシンジの温泉旅行』編中編になります。はい、ご期待に添えず申し訳ございません。二人はまだまだ清い関係です。
アスカのパパママの恋物語か…。ま、紅毛碧眼の関西弁のたくましい少年にシンジの心が入れば、それもLASになっちゃうでしょうね。だって、この物語のキョウコさんはBIG…いや、ULTRA GREAT アスカ だから。


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