「あなたの心に…」

第3部


「アスカの恋 怒涛編」


Act.45 お楽しみはそれまでだ!

 

「ふぇ…ふぇ…」

「な、何よ。もうギブアップ?!」

「も、もう勘弁してよぉ〜!」

「うっさい!もうワンセット行くわよ!」

「ひえぇ〜!」

 泣き言を言いながらでも、シンジは律儀に私の撃ったボールを追いかけている。

 で、でも、さすがにもう限界に近いわね。足がふらついているじゃない。

 私の方も、だけどね。

 二番続けての徹夜はまずいだろうと、私とシンジはぐっすりと熟睡するための作戦を開始したの。

 内容は至極簡単。

 身体を疲れさせる&昼間に眠らない。

 でも、これが難しいの!

 だって運動の間に休憩したらすぐに瞼が重くなってしまうんだもの。

 午前中は大丈夫だったけど、お昼ご飯を食べてからはもう大変。

 眠いのなんのって、目を思い切り広げてないとすぐに瞼がくっついちゃう。

 それなのにシンジって『アスカの目って大きいんだね。気が付かなかったよ』だってさ。

 失礼しちゃうわよね。

 何とかフラフラの身体でテニスをして、その後のシャワーで少し目を覚ましたわ。

 それからサイクリング。

 私、2人で乗るタイプを選んじゃった。

 わ!恥ずかしい!

 でも、嬉しいな。

 2人で協力してペダルを漕ぐ。

 そうしないと中々前に進めない。

 ほら、このようにね…って!ちょっとぉ!

「こ、こら!馬鹿シンジ!寝るなっ!」

 シンジは漕ぐのを止めて、今にも転倒しそうだ。

「ちょ、ちょっと!あ、ああああああっ!」

 どすんっ!

 痛たたたたっ!

 芝生でよかったわよ。もう!

 ちょっと!って…、信じらんない!

 こんなに派手に転倒したのに、シンジったら大の字になって寝てるじゃない。

 芝生の上で気持ちよさそうに…。

 引っ叩いて起こそうとしたけど…あんまり気持ちよさそうな寝顔を見てたら、そんなことできなくなっちゃった。

 シンジの寝顔。

 無警戒に、かすかな寝息を立てて眠っている。

 好きだよ…シンジ…。

 

 ここは…アルプス…。

 私はアルプスの少女、アスカなの。

 私は野生児でアルプスの野山を駆け回っているの。

 そして、私の友達、シンジ。

 シンジは足が悪くて歩けないの。

 でも私が地獄の特訓をして、ついに歩けるようになったの。

 でも…歩けるようになったら、シンジはにっこり笑って『サヨナラ』って…。

 そんな…。

 シンジが行っちゃう。

 行っちゃイヤ。

 私は大声で叫んだ。

 『シンジ、行かないでぇ!』

 

「大丈夫よ、アスカ。シンジ君はどこにも行けないわ」

「ほえ…?」

 あれ、ママだ。

 ママもアルプスの仲間たちに入ったの。

「こら、何を寝ぼけてるの?寝起きのいいアスカにしては珍しいわね」

「はあ…?」

「アスカが起きないとシンジ君が起きられないんだけど」

 何のことだろ。

 私は上体を預けていたものから顔を上げて、背中を伸ばした。

 自然と両手は縋っていたものに全体重をかけることになるわよね。

 すると…。

「うげっ!」

「へ?」

「まあ、アスカ、酷い」

 私が思い切り押さえていたのは、シンジのお腹。

 シンジは目を白黒させてる。

「あ、ごめん!」

 私は思わず手を合わせて謝ったわ。

「でも、アナタ達、よくこんな場所で眠っていたわね」

「こんな場所って…」

 そこは旅館の駐車場の入口にあったロータリーの芝生。

 つまり駐車場を出入りする人に見られていたって事。

「旅館の人に呼び出されて、来て見てびっくりしたわ。

 二人ともすやすやと寝ていて、全然起きないんだもの。

 おかげで私はここで子守りよ。パパとのデートどうしてくれるのよ」

「じゃずっと?」

「そうね、3時間くらいかしら。もう5時よ」

「すみません。僕まで熟睡してたみたいで」

「もう…寝るのなら、お部屋で寝てください。さ、どっちにしてもここから動きましょ」

 ママの言うとおりだ。

 でも、やばいわね。

 ここでお昼寝しちゃったって事は、夜がまた寝られないってことね。

 一生の不覚。

 

 恨めしそうな目をしていたママと別れて、私とシンジは温泉名物・卓球に挑んだの。

 1時間くらい、フラフラになるまでがんばって、お風呂で寝たら駄目だと固く誓ってシンジと露天風呂の入口で別れたの。

 まさかそれがシンジとのお別れになるなんて、思いもしなかったわ。

 

 お風呂から出たら、待ってるはずのシンジはいなかった。

 どう考えても私の方が長いはずなのに…、先に部屋に戻ったのかな?

 しばらく待ってから、私は部屋に向かったの。

 鍵はかかっていて…ま、オートロックだし…私は鍵を開けて中に入ったの。

 あ、いた…。

 窓辺の椅子に座っていたのは…まさかここで会うとは思わなかった。

 私が甘かったのね。

 私の方を見て、静かに微笑んだのは、綾波レイ。

「おかえりなさい。惣流さん」

 私は立ち上がったレイを睨みつけた。

「ちょっと!どうしてアンタがここにいるのよ!」

「惣流さん。あなた、酷いことをしますね。彼女がいる男の子と同じ部屋で泊まるなんて」

「そ、それは!何もなかったし。ホントよ」

「そのことは知ってます。監視してましたから。でも昨日無事だからって、今日が…」

「ちょっと!監視ってどういうことよ!」

「大きな声、出さないでもらえますか?」

「あ!あの浴衣サングラス!あいつね!」

「いちいち叫ばないと駄目なんですか?惣流さんは」

「もう!」

 冷静に対応するレイに私はムカムカきてた。

 でも、怒りきれない。

 だって、シンジはレイの彼氏。その彼氏と一泊したんだもん。

 強気でいられるはずがない。

 レイはゆっくりとベッドサイドに歩くと、電話機の下から何かを取り出した。

 そして薄く微笑みながら、それを掌に乗せて私に見せたの。

「それは…?」

「盗聴器」

「ええっ!ちょっとアンタ!そんなもんまで」

「悪かったわ。こんな真似して。

 でもそちらも家族ぐるみでなんて、やりすぎではありませんか?」

 私は言い返せなかった。確かにその通りだもん。

 もし、巧くいけば…なんて期待してたことも事実。

 私は無言でレイを見つめた。

 レイはいつものように、薄く微笑みを唇に残したまま、眼だけは真剣だったわ。

 その時、ノックが聞こえた。

 シンジかと思った扉を開けると、あの浴衣サングラスが立っていたの。

「レイ。アンタによ」

 私が道を空けると、レイが出てきて、浴衣サングラスからバッグと鍵を受け取った。

「何よ、それ?」

「私の荷物。今晩は私と惣流さんで泊まるのよ」

「そんな!一方的に」

「じゃ、私と碇君で泊まりましょうか?あなたとならただの友達で隣人ですけど、

 私と碇君は交際していますから…。それでもよろしいですか?

 私は、一向に構いませんが。むしろ、喜ばしいことなのですけど。いかがかしら?」

 アスカ、敗北。

 逆らえません。確かに、レイの言う通り。

 シンジとレイが二人だけで夜を明かすなんて、絶対に駄目。

 私は不承不承レイと泊まることにしたの。

 でも会話はほとんどない。

 息が詰まってきたから、私は露天風呂に逃げ出しちゃった。

 シンジが出て行った後、私はタオルを持って露天風呂へ向かったわ。

 お風呂には…、ママが先に入ってた。

「アスカ、失敗しちゃったわね」

「うん…調子に乗りすぎちゃったかな」

 私はそう言うと、お湯の中に潜ったの。

 ちょっと、泣いちゃいたかったから。

 しばらく潜ってて、それからママに顔が見えないように浮かび上がったわ。

 ママも知らん顔してくれてる。私は仰向けになって空を見上げた。

 まだ空は明るい。

 でも、お月様がぽっかりと浮かんでいる。

 まあるい、お月様。

 こんなに明るくても、ちゃんと丸く見えるんだ。

「お月様…白いわね…」

「うん…白いね…、ママ。散々楽しんだから…はぁ…あきらめよか?」

「アスカ?まさか、碇君を?」

 ママの言葉に私はバランスを崩して、お湯を口に入れちゃった。

「ぷはっ!な、何言うのよ!誰がシンジをあきらめるって言ったのよ!

 ゴールデンウィークの楽しみをあきらめたって意味じゃない!」

 ママがニコニコ笑って私を見てる。

 あ〜あ、またやられちゃった。

 どうして、ママは私の元気のツボをこんなに知ってるんだろ。

 それが、母親ってものなのかな?

 私もついにっこり笑っちゃったわ。

 

 そうやって、二人で笑ってるところに、す〜と静かに入ってきたのは、レイだったの。

 レイは私たち母娘をちらりと見て、露天風呂の反対側に入ったの。

 嫉妬しちゃうほど、白くて、きめの細かい肌。

 これだけはどんなに頑張っても、純日本種のレイには敵わないわ。

 私だって西洋人に比べたら、東洋人の血が混ざってるから、

 けっこう綺麗な肌してるんだけどな…。

 む、胸は私の勝ちよね!

 って、何を張り合ってるんだろ、私は。

 私は湯気の向こうで動かないレイをぼんやり見ながら、今日のことを考えてたの。

 レイはどうして、強引にシンジを奪っていかなかったのかな?

 どうして私と同じ部屋で泊まるんだろう?

 シンジと一緒に…ぶるるるる。恐ろしい想像をしてしまったわ。

 私や私の家族がいるから?

 わかんないわ。何考えてんだか。

 交戦状態のはずよね。私とレイは。

 まあ、いいわ。とりあえず、いっぱい想い出できたし。

 それにシンジのトラウマも少しくらいは解消できたと思う。

 ちょっとだけ、我慢したらいいか…。

 

 我慢はちょっと位ではすまなかったわ。

 レイが部屋に帰ってきたのは、午前1時。

 もちろん、私は寝ずに電気をつけたまま待っていたわ。

 ずっとシンジの部屋でお話してたんですって。

 ぷぅ〜っ!

 そして、朝7時頃からお散歩。それから二人で仲良く朝食。

 私は指をくわえてみているしかできなかったわ。

 その上なんと、二人はヘリコプターでご帰宅よ。

 そりゃあ、空には渋滞はないでしょうよ!

 

 私は渋滞でちっとも前に進まない車の後部座席に横になって膨れるしかなかったわ!

 これじゃお留守番のマナにいいお土産話ができないじゃない!

 手枕で仰向けになってる私は、

 貧富の差に憤慨しながらも、新たなる闘志にかき立てられるのだった!

 と、一生懸命自分で言い聞かせてるの、今!

 

 

 

 

Act.45 お楽しみはそれまでだ!  ―終―

 

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第45話です。
『アスカとシンジの温泉旅行』編後編になります。レイ、緊急出動でした。
アスカのパパママの協力もむなしく、美味しいところはレイにさらわれてしまいました。
さて、次回は修学旅行!の前にイベントがありましたよね。そう6月6日。連合軍のノルマンディー上陸…じゃない。ダミアンの誕生日…じゃない。『シンジの誕生日』編です。お楽しみに!


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