「あなたの心に…」

第3部


「アスカの恋 怒涛編」


Act.51 疑惑の影

 

 

 私は走った。

 この墓地の上の方にいるというシンジを探して。

 で、走りながらあの変な探偵3人組のことを考えたの。

 あの超個性的なキャラクターのことは考えると頭痛くなる。

 スケベそうな無精ひげの男に、酔っ払い女、そしてコスプレ金髪黒眉毛…。

 ま、そんなのどうでもいいわ。

 ただその3人に私とシンジのことを依頼したという人のこと。

 それが問題なのよ。

 とりあえず…私がシンジを好きだということはシンジ以外の人間にはバレバレに違いない。

 なんたって私は顔や態度に出る方…らしいのよ。自分ではよくわかんないんだけど。

 

 走り出す前に私は訊いてみたの。

 依頼人は誰かって。すると…。

「おいおい、探偵が依頼人のことを喋ると思ってんのかい?」

「そうよぉ。秘密厳守じゃないと仕事こなくなっちゃうもんねぇ」

「ああ、その通りだ。お嬢さんには悪いが」

「はいはい、さっさとそのシンジ君のところに行けば?」

 ミサトという名の酔いどれ女探偵は私の背中を押す。

「で、でも…」

「あのねぇ、アンタが行ってくれないと私たち、あのおじいちゃんに報告できないのよねぇ」

「おい!葛城っ!」

「あらら、ドジっちゃったわン」

 髪の毛をぼりぼりと掻いた彼女は、私にだけしか見えないようにウィンクをしたの。

 私はそんな彼女に最敬礼をした。

「ありがとうございます!女探偵さん!」

「あ〜ら、何かお礼言われるようなことしたかしらン?」

「もう…どうしてお前は…」

「てへへ…」

 ぺろりと舌を出した彼女の顔は年下の私が言うのも変だけど、物凄く可愛らしかった。

 これで息が酒臭くなければ…。

 私はもう一度お礼を言うと、振り返らずに一目散に駆け出したの。

 

 そして今私は足を止めた。

 こんなに静かなんだから私の走る音が響いちゃう。

 依頼人のおじいさんっていったい誰なんだろう?

 私の周囲で年取った男の人って…。

 あれ?よく考えたら全然いないじゃない。

 もう一度よく考えてみよっと。

 校長先生…のわけないよね。んん…、あとは…冬月さんくらいか。

 ぷっ!あの人のわけないよね。レイの家の執事さんなんだもん。

 だけどシンジの誕生日パーティーの時に、冬月さんが私に変なことを言ってたっけ。

 『シンジ様のことよろしくお願いいたします』

 レイのことじゃなくてどうしてシンジなんだろう。

 いくら考えてもわからなかった。

 わからないから、そのままにしていたんだけどね。

 あの冬月さんが探偵を雇う…。

 ふふ、ダメ。全然イメージできないわ。

 シンジを探していると目に付いたんだけど、このあたりのお墓って凄く由緒がありそう。

 流石に京都って感じで歴史の重みがある墓石じゃない。たとえ小さくてもね。

 シンジの家のお墓も結構格式が高かったみたいだけど。

 私は逸る心を抑えて、ゆっくりと歩いたわ。

 足音を抑えて…不用意に身体を覗かさないように…。

 そして、見つけた。

 あるお墓の前にシンジがうずくまっている。

 手を合わせているシンジの後に立っているレイ。

 これって、お墓参りよね、どう見ても。

 レイは京都の出身…。

 ということは…。

 まさか、お墓に眠るご両親に結婚の報告ぅっ!

 ま、待ちなさいよ、アスカ。

 冷静に…冷静になんなさいよ。

 私たちはまだ14歳じゃないの。

 あ、っとシンジは15歳か。

 ううん、それでも日本の法律じゃ結婚なんかできないわよ。

 ははは、はは、は………。

 じゃ、婚約の報告とかっ!

 いやもしかしたらどっか外国に行って市民権とって結婚してしまうとかもっ!

 綾波財閥の力を持ってすれば可能じゃないのっ!

 嘘、嘘、嘘、嘘、嘘っ!

 そんなの嘘よっ!

 “ムンクの叫び”って、こんな時にすればいいの?

 色んな妄想が…しかも悪い方の妄想が私に襲い掛かったわ。

 あ、そっか。

 アスカ、復活。

 レイの性格じゃ隠すわけないわよね。

 どんなに理不尽なことでも当然って感じで発表するわ。

 特に結婚なんてことならなおさらよ。

 シンジを完全に手中に収めたと、勝利宣言するわよ、絶対。

 きっとにっこり笑って…。

 そうそう、こんな感じでにっこりと…。

 げっ!

「ごきげんよう、惣流さん」

 目の前に微笑むレイの顔。

「い、い、い、いつの間に!」

「アナタね、何もしてなくてもその存在自体が派手なの。

 いくら隠れていてもすぐにわかるわ」

「そ、そんなに派手?」

「ええ、シンジさんを好きだって全身で主張してるわ」

 くすくす笑うレイ。

 ど、どうせわかりやすい女よ、私は。

「それなのに、どうしてあの人だけそれがわからないんだろう…」

 レイが離れて立っているシンジをかえり見る。

 あの人…か。まるで夫婦みたいなものの言い様ね。

「きっと、誰かさんを好きだから…。好きで好きでたまらなくて。

 気持ちがそのことで一杯になって、だからわからないんじゃないの?」

 半ば自嘲気味に言う私。

 どうしてこんなこと喋ってんだろ。

 そんな私をシンジがじっと見ている。

 お墓の前に立って、私とレイの静かなる対決を見守ってるんだわ。

 何だか少しつらそうな顔をしてる。

 愛するレイが私に酷い目に合わされないか心配なのよ、きっと。

「そう…きっとそうなのね」

 あれ?今、レイが一瞬哀しそうな表情を…。

 気のせいかしら。うん、そうよね。ほら、いつものように薄い微笑を浮かべてるもん。

「どうやってここへ?そう、尾行てきたのかしら…」

 うっ、何も言えないじゃない。だってその通りだもん。

 こうなりゃ話を逸らすしかないわね。

「あれ、アンタの家のお墓?」

「そう。お母様の、お墓…」

 お母様って…。じゃ、父親は?確か死んでるって聞いたけど、同じお墓にいないの?

 相変わらず謎の多い娘ね、ホントに。

「じゃ、お参りさせて貰うわ」

「え…」

「ダメなの?」

「どうして?私とアナタは…」

「そうよ。交戦状態。でもさ、死んだ人にはそんなの関係ないでしょ」

 私はそう言い切ると、レイの返事を待たずにさっさと歩き出した。

 違うわよ。シンジの傍に行きたくてそんなことを言ったんじゃない。

 きっとマナと付き合いだしてからだと思う。

 死んだ人に敬意を払うようになったのは。

 みんな死にたくて死んだんじゃないもん。

 生きてるものが弔うのは当然のことよ。

 私はつっ立ってるシンジに目もくれないで墓石の前でうずくまって手を合わせた。

 ……。

 どんな人だったんだろう?レイのママって。

 やっぱり物静かな…レイに似て美人だったんだろうな…。

 手を合わせてるうちに、その人のイメージがすこしずつ形になっていく。

 あれ?こんな感じの人、どっかで…。

「もういいでしょ。ありがとう」

 そっけない感謝の言葉が背後でした。

 その声のおかげで頭の中のイメージは霧散したわ。

 私は立ち上がり、振り返った。

 当たり前のようにシンジの傍らに並んでいるレイ。

 うううっ、羨ましいよぉ。

「ありがとう、アスカ。僕からも…。わざわざお墓参りしてくれて」

 うっ、何だかそんな風に言われると胸が痛いわ。

 もう二人はすっかり家族って感じじゃない。

 くそぉ、泣くもんか。絶対に涙なんかこぼさないからね!

 この思いは溜めておいて…今晩お布団の中で好きなだけ泣けば…。

 って、それも無理だわ。

 私とレイは同じ部屋だった。あ、ヒカリもね。私たちは3人部屋なの。

 だってさ、誰もレイと同じ部屋になりたがらなかったんだもん。

 シンジとの仲が問題で女子から浮いてしまってるの。

 あまりに露骨過ぎるって。

 だから私が嫌がるヒカリを説得して…『アンタ委員長でしょ!』…彼女と同室にしたの。

 もちろんそのことに対してレイから感謝の言葉は何もなかったわ。

 当然そんなのが欲しくてしたことじゃないんだけどね。

 仕方がない。心の中で滝のような涙の濁流を零すとすっか。

「はん!たまたまよ、たまたま。自由行動でぶらぶらしてたらさ。偶然アンタたちを見かけて…」

 やぁめた。言い訳中止。

 だって真剣に聞いてくれてるシンジの横で、レイのヤツがくすくす笑ってるんだもん。

「ま、ど〜でもいいじゃない、そんなことは」

「私が教えたの。ここにシンジさんがいるって」

 くわっ!この娘ったら嘘八百。

 ま、依頼主がおじいさんだって教えてもらってなかったら私も信じたかもしれないけど。

 でも、レイが直接探偵と連絡を取るはずないから…。もしかして、冬月さんを使って…。

 違う違う、ぜぇ〜ったいに違うわ。

 レイがそんなことをする理由がないもん。

「本当?ありがとう、レイ」

「ええ、その方がお母様も喜ぶから。アスカは大切なお友達だから」

 誇らしげな、そして嬉しそうな顔で微笑むレイ。

 そうよ。あんな表情のレイって、シンジにアタックしてる時には私にも見せてくれたんじゃない。

 今は冷笑を浮かべているか、怒っているか、無表情か。

 あの顔を見ていたら何だか応援してあげたく……。

 ああ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!馬鹿アスカ!

 まったくどうしてレイを温かい目で見てしまうんだろう。

 マナにいつも怒られてるけど、レイの顔を見てしまうと戦意が薄れていっちゃうのよ。

「それより、アスカ?」

 レイのヤツ、シンジの前だけは“惣流さん”じゃないのよ。

 二人は仲がいいと思わせてるみたい。

 ま、シンジとのことがなかったら親友みたいな感じになってたもんね。

 決して嫌いじゃない。レイのことは。

「何よ」

「貴女はどうするの?もうすぐ集合時間なんですけど」

「げっ!」

 時計を確認。

 あわわっ!集合時間にあと20分!

「あ、あ、アンタたちだって!」

「あら、私たちは先生にご許可をいただいてるの。お墓参りをするから金閣寺で合流しますって」

「そ、そんな、そんなの許されるわけ?」

「快くご許可していただきました」

 くぅっ!そんなの委員長のヒカリだって聞いてないわよ。

 そんなことすっから、クラスから浮いちゃうんじゃない。この財閥令嬢めがっ!

「早く戻らないと怒られるわ」

 し、仕方ないわね。

 とりあえず、お墓を出てタクシーか何かを捕まえて清水寺へって、それしか…。

 覚悟を決めたとき、シンジが携帯電話を取り出したの。

 そして…。

 シンジは先生と連絡を取って私も一緒に行動するってことを伝えてくれたの。

 日頃はぼけぼけっとしてんのに、今回の行動は素早かったわ。

 レイが口を挟めないくらい。

 そのレイはかなりご機嫌斜めになっちゃった。

 もちろんシンジにはそんな顔を見せないんだけどね。

「さすがはシンジさんですね。私、気付きませんでした」

「だって、レイが誘ったんだろ?責任持たなきゃ」

「はい、申し訳ありません…」

 殊勝に頭を下げて、こっちをちらりと見た時の眼の怖いこと。

 でも、嬉しいっ!レイのフォローをしただけだろうけど、私のためにしてくれたんだもん。

 

 金閣寺に行く時間は午後4時半。

 まだ2時間近くあるのよね。

 尾行していた時はまだよかったんだけど、公認されて二人の真後ろを歩くのって苦痛この上ないわ。

 だってさ、手は繋いでないけど、レイはしっかりシンジに寄り添っちゃって…。

 顔はこっち向けないけど、レイの背中が“どう?”って誇らしげにしてるんだもん。

 でも私の目はシンジの背中から離れない。

 こんなに近くで見ることができるのはあの誕生日パーティーの時以来かな?

 途中までしかできなかったけど、ダンス楽しかったなぁ。

 お隣に住んでいるのにね。しかも壁一枚向こうなのよ。

 ホントにすぐ近くにいるのに、シンジの心は私にはない。

 でも、どうして私はこんなに頑張ってるんだろ?

 目の前のこの二人の間を裂くなんて絶対に不可能よね。

 大体物凄く幸せそうなんだしさ。

 自分の気持ちに正直でいたいからなの?

 マナにあきらめるなって言われているから?

 それがどうしてか全然わかんないのよ。

 簡単にあきらめてしまえるほど軽い恋じゃない…ったって、私はこの恋以外に恋は知らないんだけど。

 そんなにシンジがいいのかって言われても仕方ないわ。

 だってシンジの比較対象なんていないもん。

 どうしてシンジを好きになったのかなんて忘れちゃった。

 マナに勧められたからでも、レイに対抗したわけでもないの。

 気がついたときにはアイツのことが私の心の中いっぱいになっちゃってて…。

 ああ…もういいや。考えるのやぁ〜めたっと。

 とにかく私はシンジが好き。

 たとえシンジの心がレイのことでいっぱいでもね。

 そのラブラブな二人はほとんど言葉もかわさずにゆっくりと歩いている。

 もし私が三歩後ろを歩いてなかったら、きっとしっかりと手を繋いでることでしょうね…。

 

 その時、着メロが鳴った。

 “Fly Me To The Moon”ってことはレイの携帯ね。

 レイはシンジに少しだけ会釈して、バッグから携帯電話を取り出したわ。

「はい…あら、冬月さん…」

 しばらく相手の言葉を聴いていたかと思うと、少し気色ばんだ顔つきに変わっちゃったの。

「待って。どうしてそんな…予定では…」

 何だか必死になって、私たちから少し離れて話をしている。

 観光客がひっきりなしに通るので、離れないと聞き取りにくいのだろう。

 私も通りの真ん中に突っ立っているのは交通妨害だから、何気なしにレイとは反対の側に身を寄せたの。

 するとシンジも私の傍にすっとやってきたわ。

 これってラッキー?

 ううん、ラッキーじゃなかったわ。

 ウルトラスペシャルラッキーだったのっ!

 じろじろ見るわけにはいかないから、ちらちらとシンジを見ていたら、急に目が合ったの。

 そうしたら、シンジったら凄く真剣な顔をして私の前に立ったのよ。

「アスカ」

「な、何?」

 やたら裏返ろうとする声を私は全力で抑えつけたわ。

「明後日の自由行動、神戸に行くんだろ?」

「え、えっ、どうして…」

 知っているのかって言おうとした時思い出した。

 ヒカリと鈴原をくっつけさせようと二人の強制デートをお膳立てしたんだっけ。新幹線の中で。

 その時の会話を聞いてたんだ…。

 すぐそばだったもんね。でも、それが何かあるのかな?

「あ、鈴原に話したとき…」

 シンジは頷いた。

 そして、思い切ったように言葉を吐き出したの。

「僕も行く。神戸に」

 あ、そうなんだ…。

「なぁんだ。シンジたちも、こ、神戸に行くんだ。で、デートなんだ…」

 うぇ〜ん、惚気ないでよぉ。こっちの気も知らないで。

「違う。レイは一緒じゃない。僕はアスカと行きたいんだ」

「へぇ、そうなんだ………って、えええっ!」

 

 シンジの口からそんな言葉を聴くなんて、予想もしていなかったわ。

 一体全体、シンジは何を考えてるんだろ?

 驚いている私にそれ以上何も言わずに、シンジはすっと離れていった。

 レイに見られたくないから?私と話しているところを。

 

 愛人とか浮気ってのは許さないからねっ!

 気をまわせ過ぎかしら?

 結局、その日シンジとはずっと話をする機会はなかったわ。

 

 

Act.50 疑惑の影  ―終―

 

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第51話です。
『どたばた修学旅行』編後編になります。
ごめんなさい。相変わらずの冗長で、話は進んでません。
予定では52〜54話で修学旅行を終わらせるつもりなのですが…。
それはさておき、「何を考えとるんじゃ!」と非難轟々のシンジ君がついに動き出した模様です。
彼は何を考え何を行動しようとしているのか?
そして、作者はその神戸での出来事を次の3話セットで語り終えることができるのか?
さて、次回は『修学旅行 神戸編』前編です。神戸編といいながら前編は京都と奈良なんですよね。早くも冗長な予感(笑)。


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