AN ANOTHER STORY OF EVANGELION

after the 23rd episode

涙―――の後に (後編)






「すべてはリリンの命ずるままに・・・か。」

「何のこと?カヲル君。」

「失敬。独り言だよ・・・。ところで、シンジ君?」

「何?」

「キミは、ボクが来たことを邪魔に思っていないのかい?」

「そんな、邪魔だなんて・・・。逆だよ。」

「逆?」

「うん。カヲル君は知らないだろうけど、僕の友達、どんどんいなくなっちゃったんだ・・・。
疎開でさ・・・ケンスケも、トウジも、他のクラスメートも、みんないなくなっちゃったんだ。
今残ってるのは、僕とアスカと綾波だけなんだ・・・。だから、カヲル君が来てくれて、僕はうれしいよ。」

「・・・寂しかったんだね。」

「そうかも知れない。男の友達がいなくなっちゃったし・・・」

「ボクが頼めば、トモダチにしてくれるかい?」

「えっ?」

「・・・迷惑かい?」

「とんでもない!・・・うれしいよ、カヲル君!」







その日、本部に突如警報が鳴り響いた。

「どうしたの?!」

「ドグマ内部にATフィールド発生!パターン青!使徒です!!」

「弐号機起動します!」

「なんですって!パイロットは?」

「パイロットは乗っていません。無人です!」

「どういうこと・・・。」

メインモニターに弐号機を伴ってドグマを降下して行くカヲルの姿が映し出される。

「なんですって・・・あの少年が・・・使徒。」

一瞬呆気に取られたミサトは、すぐに気を取りなおすと命令を下した。

「直ちに初号機の発進準備をして!シンジ君に連絡を!」

対応に追われている司令室にプラグスーツに着替えたアスカが駆け込んで来た。

「ミサト、アタシに行かせて!」

「でも、アスカ・・・」

「アタシにやらせて!!」

アスカの目をしばらく見つめたミサトは、初号機を呼び出した。

「・・・シンジ君、聞こえる?」

「・・・・・・ハイ。」

「シンジ君、いまからアスカがそっちへ向かうわ。シンジ君はアスカと一緒に弐号機を追って。アスカを弐号機に乗り込ませるのよ!」

「そんな・・・無茶ですよ!」

「無茶は承知よ。でも、フィフスに操られている弐号機を取り戻すにはこの方法しかないわ!
なんとか弐号機を捕まえて、アスカをエントリーさせて!」



カヲルが17番目の使徒・・・。

エントリープラグに乗り込んでからも、シンジにはそれが事実だとは信じられなかった。

(カヲル君・・・本当なの・・・僕を騙していたの?)

そんなシンジの思いをミサトの通信が断ち切った。

生身のアスカを稼動中の弐号機に移乗させる!



プラグスーツを身につけたアスカが初号機のゲージに走りこんできた。

「シンジ!」

アスカのすがるような目が初号機を、その中のシンジを見る。

・・・シンジの心は決まった。

「・・・乗って。」

シンジは初号機のエントリープラグを排出した。タラップを駆け上ったアスカがハッチを開けて素早く滑り込む。

「行くよ。」

「・・・OK。」

シンジは、カヲルと弐号機を追って初号機を発進させた。



既にカヲルと弐号機はドグマ第23層まで到達していた。何者にも邪魔されず、リニアトンネルを降下して行く。

その時、ドグマ上層を見つめていたカヲルは静かに微笑んだ。

「やっと来たね・・・シンジ君。」



「カヲル君!」「アタシの弐号機をどうする気!」

「おやおや、シンジ君だけかと思ったら、セカンドチルドレンまで一緒とはね・・・。」

「アタシのエヴァを返しなさいよ!」

そう言うが早いか、アスカはシンジから操縦を奪うと、プログナイフを引き出し、いきなりカヲルに斬りつけた。

「何するんだ!アスカ、やめて!」

「覚悟!!」

巨大なナイフがカヲルの身体を真っ二つに引き裂いた。と思われた瞬間、カヲルの前面に赤い八角形の光が展開された。

火花を上げてプログナイフが弾かれる。

「ATフィールド!?」

「カヲル君・・・!」

「そう・・・キミ達リリンはそう呼ぶね。」

初号機の動きが一瞬止まる。その隙をカヲルは見逃さなかった。突然、衝撃がシンジとアスカを襲った。

歯を食いしばって耐えるシンジとアスカ。二人の目の前に弐号機が迫ってきていた・・・。



互角の力を持つエヴァ二機の戦闘は、第25層を通過しても続けられた。

弐号機が初号機の顔面を狙ってプログナイフを振り上げる。

その一瞬の隙を突いて、シンジは弐号機の背後に回りこむことに成功した。

空を切ったプログナイフがトンネルの壁面に突き刺さる。

その腕と弐号機の後頭部を押さえ込んだシンジは、初号機のプラグを排出させながら叫んだ。

「アスカ!今だ!」

肯いたアスカがハッチを開けて出てゆく。

再びプラグを挿入したシンジは、渾身の力をこめて弐号機を内壁に押さえつけた。



初号機の肩口に降り立ったアスカは、装甲板に掴まりながら弐号機を睨みつけた。

「・・・いま助けてあげる。」

大きく息を吐くと、アスカは弐号機を押さえつけている初号機の腕の上を走り出した。

「ハッ!!」

シンジが必死に支え続けた腕をアスカは駆け抜けた。

軽やかに弐号機に飛び移ると、プラグの強制排出レバーを引く。弐号機の後頭部からエントリープラグが現れた。

すぐさまハッチを開いて乗り込むアスカ。


アスカの搭乗したエントリープラグが機体の中に消え、弐号機の動きが止まると、シンジはホッと大きな息をついた。



「お見事!シンジ君!アスカ!」

司令室では、ミサトが片手でガッツポーズをとっていた。



「リリンの行動は、時に理解を超える・・・。だが、ね。」

カヲルのATフィールドが再び張り巡らされ、停止した弐号機を包み込んでゆく・・・と、そこへ新たなATフィールドが展開された。

カヲルのATフィールドが中和されてゆく・・・。

急いで周囲を見まわしたカヲル目に、非常用タラップに立った綾波レイの姿が入ってきた。

無言でカヲルを見つめている。

「「・・・・・・・・・。」」

やはり無言でレイを見返したカヲルは、静かに弐号機に背を向けると、一人最下層に向けて降下していった。





「エルツ、エル、ウィエン・・・」

四度目のシンクロ、失敗。

「エルツ、エル、ウィエン・・・」

五度目、・・・反応、無し。

(カラ元気じゃ、ダメ、か・・・。もう、私の言うことなんか聞いてくれないのね。)

(ポンコツのセカンドチルドレンは、お払い箱か・・・)

揃えた両膝にアスカは額を押し付けた。

「ママ、私はここでもいらない子なのね・・・」

ずっと我慢してきた気持ちを口に出すと、急に涙が込み上げてきた。

アスカの涙がLCLに溶けてゆく。

「ママ・・・」

堰を切ったようにアスカはしゃくりあげて泣きはじめた。

―――アスカ―――

(ママ・・・・・・)

―――アスカ―――

誰かがアスカの名前を呼んだ。泣きじゃくるアスカの動きが止まる。

(・・・・・・誰?)

―――アスカ―――

「マ・・・マ?・・・・・・ママなの?・・・そこに、いたの?・・・ずっと・・・ずっと一緒にいてくれたの?・・・ママ・・・?」

母の名を呼び続けて泣いていた幼い日にアスカは戻っていった。

「ママぁ・・・!」

求め続けていた母の胸に抱かれて、アスカは泣いた。涙はいくらでも、いくらでも心の底から湧いてきた。

「ママ・・・やっと分かったわ、ATフィールドの意味。・・・私がエヴァンゲリオン弐号機のパイロットに選ばれた理由!」

アスカの顔に微笑みが蘇った。

「ママ!!」

弐号機の四つの目がまばゆいばかりの光を放った。






ドグマ最下層に降り立ったカヲルは、しばし呆然として呟いた。

「これは、アダムではなくリリス。そういうことか、リリン・・・」

カヲルの背後で轟音が響き、シンジの初号機が着地した。



「カヲル君・・・君も、綾波と同じなんだね。」

「知っていたのかい?シンジ君。」

「・・・そう、ボクはキミたちリリンとは違う。・・・キミを騙していたことは謝るよ。」

「そんな、謝るだなんて・・・。どうして本当の事を話してくれなかったの?」

「キミは、ボクがキミがこれまで倒してきた使徒と同じものだと知っても、平気だと言うのかい?」

「そんなの・・・当たり前じゃないか。カヲル君・・・僕は、君に会えてくれてうれしかったんだ。君と友達になれて楽しかったんだ。」

「シンジ君・・・キミはいい人だね。・・・・・・これで、ボクが生まれてきた価値もあるというものだよ。」

「どういう事?カヲル君・・・。」

「ボク達とキミ達は共存できないということさ。どちらかが消え、どちらかが生き残らなければならない。そして、キミは死んでいい存在ではない。」

「カヲル君!」

「さあ、ボクの存在を消してくれ、シンジ君。」

「ちょっと、待ちなさいよ!!」

「アスカ!」

「さっきから黙って聞いてれば、好き放題言ってくれてるわね?!アンタ、シンジに友達を殺させる気?
言っとくけど、シンジは人殺しなんかしないわよ!そんなに死にたいんだったら、自分で死になさいよ!? 」

「・・・キミも、ボクを人間として扱ってくれるんだね。」

「あっ、当たり前じゃない。」

「・・・・・・ありがとう。キミ達に逢えて本当に良かったよ。たしかに、これ以上キミ達の手を煩わすわけにはいかないね。
キミの言葉通り、最後の幕引きは自分ですることにするよ。」

カヲルの身体が中心部から光り始めた。

「ちょっと、何すんの!」

「カヲル君!!」

次第に輝きを増してゆく光の中、上方を振り仰いだカヲルは、自分を見下ろしているレイに気がつくと、ニッコリと微笑んだ。

やがて、最大限に広がった光はドグマのすべてを覆い尽くすと、再びゆっくりと収縮を始めた。

・・・・・・そして、最後の光が消えた時、そこにカヲルの姿はなかった。



「カヲル君――――!!」

「!!」

「・・・・・・・・・。」



―――三人のチルドレン達に見守られ、最後の使徒は消滅した。









それは、空から始まった。

一発の弾道ミサイルが抜けるような青空の中から現れると、第3新東京市中心部・ネルフ本部直上でNN爆雷を搭載した弾頭を爆発させたのだ。

目も眩む閃光と全てを叩き潰すかのような衝撃が去った後、ジオフロントは太陽の光の下に晒されていた。

戦自1個師団によるネルフ本部侵攻が開始された。



「人類にとってジオフロントは母の胎内、いわば子宮のようなものだ。それを白日の下に晒すなど、許されることではないぞ!」

冬月が心底腹立たしそうに言う。

作戦部長であるミサトの対応は素早かった。

「状況は!?」

「第1から第5!および第8、9番ゲートから敵部隊侵入!」

「上空に少なくとも2個中隊規模の航空部隊!ジオフロント内部に一〇式戦車を主力とする特火大隊、展開中!」

青葉と日向が立て続けに報告する。

「チルドレン達は?」

「セカンド、サードは所在を確認!ファーストは・・・所在不明です!!」

「レイが?!」

急いで青葉のモニターを覗き込むミサト。『1st Children』と示されている横で『LOST』の文字が赤く点滅している。

「大至急レイの行方を確認して!それから、シンジ君とアスカに直ちに発進命令を!」

「了解!」



二人を呼ぶマヤの声は、スピーカーを通して、休憩室から司令室へ向かおうとしていたアスカとシンジの耳に届いた。

「シンジ!聞こえた?」

「ああ・・・。急ごう、アスカ!」

プラグスーツに着替えるため、二人は待機所に向かって駆け出した。走りながら窓の外を見たシンジの目に青空が映った。

(本部から、空が見える・・・)

奇妙に単純な感想がシンジの心を捉えて、消えていった。



着替えは、ほとんど同時に終わった。

カーテンを開けたアスカがシンジに声をかけようと口を開いたその時、待機所のすぐ近くで鈍い爆発音が上がった。

煙の中から迷彩服を着た兵士が次々と現れる。

周囲の様子を窺っていた自動小銃が、シンジとアスカに向けられるのが見えた。

「チルドレン発見!」兵士の一人が無線機のマイクに向かって報告する声も聞こえている。

「シンジ!」

とっさに、アスカはシンジの手首を掴むと自分の更衣室にシンジを引き込んだ。

無駄とは知りつつ、カーテンで敵の視界を塞ぎながら弐号機のゲートへ後退する。

銃弾が次々に二人をかすめる。威嚇射撃ではなかった。

(殺される!)

その時、生まれて初めて死を覚悟したアスカの前方から複数の銃声が響いた。

先頭の兵士が倒れ、敵の銃撃が一瞬止まる。

「こっちだ!」「急げ!」手に手に銃を持った整備員達が救援に駆けつけていた。

兵士達と整備員達の間で戦闘が再開される。

二人はようやく弐号機のエントリープラグへ辿りついた。

次々倒れてゆく整備員達・・・。

シンジが初号機に乗り込むことは、できそうになかった。




「ミサト!」「ミサトさん!」

弐号機のエントリープラグから二人が呼びかけた。

「状況はモニターで分かってるわ!敵の大部隊が迫ってきているの。直ちに8番ルートから発進して!」

「地底湖から?!」

「敵の意表をつくのよ。優先順位は、第一に航空機、次いで地上部隊。数が多いから気をつけて!」

「「了解!!」」

(アスカとシンジ君はこれで良し・・・。でも、もしこの攻撃の背後にいるのがゼーレだとしたら、弐号機だけでは荷が重いわね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダミーシステム・・・使うか?)

戦自の攻撃が始まってからすでに15分が経過しているのに、依然としてゲンドウとリツコの姿は司令室になかった。

ミサトは冬月の方を振り向いて言った。

「初号機に対するダミーシステムの使用を進言します!」

「それは・・・!」

マヤが凍りついたような声を上げた。ミサトは構わず続ける。

「副司令、他に本部を守る有効な手段がありません。」

「・・・・・・やむを得まい。よし、初号機に対するダミーシステムの使用を許可する!」

冬月が決断を下した。

「はい。・・・・・・伊吹二尉、お願い。」

「・・・ハイ。初号機、ダミーシステムへの書き換え準備。」

マヤの指先が素早くキーを叩いてゆく。最後のキーを叩き終わって、マヤが叫んだ。

「ダメです!初号機が信号を受けつけません!」

「もう一度、やってみて!」

(ダミーを拒否するの・・・?それとも、シンジ君が来るのを待っている・・・。)

正面のスクリーンに、沈黙を守りつづける紫色の機体が映し出されていた。





「シンジ、私に任せて!」

アスカの弐号機が圧倒的戦闘センスを発揮している。

シンジは、思わず、操縦中のアスカに見とれていた。

(やっぱり、アスカはすごいや・・・)

アスカの能力の高さを再認識する。

E難度の体操技を思わせる動きでミサイル攻撃をかわし、重爆撃機から発射された戦術ミサイルを正面から受け止めた弐号機は

息もつかせず攻撃用VTOLを叩き落していく。

後退する一機の尾翼を捕らえると、力任せにもう一機の胴体に叩きつける。

炎の塊となって落ちて行く二機のVTOL。

最後の一機にアスカが向かって行く。

この時、アスカの横で完全に観戦状態だったシンジは、ふと本能的な不安を背後に感じて振り返った。

「!」

取るに足らぬ相手とアスカに無視された恰好だった戦車隊のズラリと並んだ砲身が、無防備に晒された弐号機のアンビリカルケーブルに

狙いをつけて不気味に上下しているのがシンジの目に飛び込んできた。

「アスカ、後ろ!」

シンジの声に素早く振り返ったアスカは、瞬時に事態を理解し、弐号機を屈み込ませる。

同時に十数本の砲口から次々に炎が吐き出された。

「タァ――!」

大地を蹴ってハイジャンプする弐号機。アンビリカルケーブルが空中を舞う。

戦車隊の砲弾は地面を抉り、土煙を吹き上げた。

「コンノォ――!」

ジャンプの頂点で伸身の宙返りを決めた弐号機が、片膝を落とした姿勢で戦車隊のど真ん中めがけて降下した。

着地の一瞬、シンジは戦車の隊列の中に人の姿を認め、思わず目を閉じる。

「どぉりゃあ――!!」

一挙に二台の戦車を上面装甲ごと押しつぶし、着地する弐号機。

弾薬が誘爆を起こして捩れた破片が飛び散ってゆく。

・・・瞬く間に全ての戦車を片付けたアスカが、シンジを振り返った。

「ありがと・・・シンジ。助かったわ。」

「アスカ・・・。」




「戦自が後退して行きます!」

「・・・おかしいわね。航空部隊や地上部隊はともかく、本部の侵入に成功していた部隊まで退くなんて・・・・・・・・・・・・副指令!」

「うむ・・・・・・来るな。」

やがて、司令室のスクリーンに九つの飛行物体が映し出された。



その時、天空から大きく弧を描いて舞い降りてくる九体の巨大な鳥のような姿を、シンジとアスカは、吸い込まれるように見上げていた。

「あれは・・・?」

「エヴァシリーズ・・・。完成していたの?」








細く長い通路を、レイは歩いていた。

戦闘によって生じる振動と爆音が遠くから伝わってくる。

しかし、何事も無かったかのように彼女は歩き続けた。




これは私が待ち望んでいたこと

私が生きていた理由

いま・・・私が終わる




『アスカ!よけて!』

『きゃあああ!』

『ちくしょおお!!』

「アンビリカルケーブル切断!」

「生き残っている非常用電源は、あと一ヶ所!N−9だけです!」

「シンジ君!アスカ!お願い、立って!」



レイの足が・・・・・・止まった。




待機所に向かって、レイは歩いていた。

自分でも理由が良く分からないまま、足が勝手に進んで行く。

彼女の周囲に、生命の反応はなかった。

戦自と整備班及び保安部隊による戦闘はすでに終結し、荒廃と沈黙が辺りを支配していた。

無数の弾痕と爆煙の跡が刻まれているその場所に、唯一つ無事に残されていた自分専用のロッカーの扉を開けて、

レイは純白のプラグスーツを取り出した。

レイの胸の中で次第に鼓動が高まっていく。


(私、何をしようとしているの?)


制服を脱ぎ捨ててプラグスーツに着替え、手首のスイッチを押す。

照明の落ちた待機所に、空気が抜ける鋭い音が聞こえ、レイの細身の身体が白く浮かび上がった。


(約束の時が、来ている・・・)


エヴァンゲリオンのゲージへと続くゲートは、開いていた。





レイの前に、エヴァ初号機の姿があった。

沈黙を守る初号機をレイが見上げてゆく・・・・・・・・・初号機の両目に光がともった。

(一緒に行ってくれるの?)

初号機の後頭部からエントリープラグが現れる。

タラップを上ったレイの手が、搭乗用ハッチのハンドルにそっと添えられた。

(待っていて、碇君・・・。)

レイが乗り込むと、プラグが初号機の中へ吸い込まれていった。

レイがシンクロを開始する。

「・・・行くわ。」

レイの表情が引き締まった。





「しょ、初号機、起動します!」

突然マヤの声が司令室に響いた。

「ダミーシステムを受け入れたの?」

「違います!これは・・・!!」
言いかけたマヤの声が途中で止まった。司令室のスクリーンに、初号機のエントリープラグに搭乗しようとしているレイの姿が映し出された。

「レイ!?」

ミサトが驚きの声を上げ、冬月が信じられないものを見る目でスクリーンを見つめた。

(碇、どうしたのだ?・・・)

呆然とする司令室に操縦席に座ったレイが話しかけた。

「葛城三佐、状況は?」

ハッと我に返ったミサトは、後ろに立っている冬月と目を合わせると、大きくうなずき、レイに向かって命令した。

「レイ、シンジ君とアスカはすでに弐号機で敵エヴァ九体と戦闘状態に入っているわ。直ちに9番から発進して二人を援護して!」

「了解。」



弐号機が量産機群と死闘を繰り広げる湖岸からやや離れた森林に土煙と共に初号機が姿を現した。





本部を舞台にネルフ最後の戦いが繰り広げられていた頃、ドグマ最下層・ヘヴンズ・ドアの奥に、一人の男が立っていた。

男の背後では、顔を仮面で覆われ十字架に磔にされた巨人が、その時を待っていた。


「お待ちしておりましたわ、碇司令。」

ターミナルドグマに女の声が響いた。

俯き加減のまま、指でサングラスを押し上げ、ゲンドウが声のした方に顔を向ける。

そこに――右手を研究着のポケットに入れた――リツコが立っていた。

「レイは来ません。」

「・・・・・・・・・。」
「いくら待っても、あなたのレイは来ないんです。」

「・・・・・・・・・。」

「あの子は、生みの親のあなたより、シンジ君を選んだんです。」


一瞬、ターミナルドグマの時が止まる。


サングラスに隠されたゲンドウの顔には、何の感情も浮かばなかった。

「14年前、碇ユイの情報を組み入れてリリスから分離された、人にして人にあらざる生命。
そして、一人の男の願望のためだけに生き、そのエゴにまみれた幻想に全てを捧げようとした哀れな操り人形・・・それが綾波レイ。」

サングラスに覆われた目は何も語らずにリツコを見つめていた。

「レイの存在はあなたの意志そのものだった。・・・なのに、最後になって彼女は自分の意志で生きることを選択した。
あなたの人形でいることを捨てたの。人ではないのに・・・。
私が望んでも得られなかったものを、あの子はすべて手に入れていたのに・・・。それなのに・・・」

ゲンドウがゆっくりとリツコに近づいた。

「来ないで!」

ポケットから引き出されたリツコの右手に、拳銃が握られていた。銃口がゲンドウに向けられる。

「あなたも私も、此処で死ぬの。幻想に取り憑かれたもの同士、茶番を終わらせるのに相応しい場所だわ・・・。」

さらにゲンドウがリツコに近づいた。

「すべては此処から始まり、此処で終わる・・・。母さん、ごめんなさい。私、馬鹿な娘だったわね・・・・・・。来ないで・・・」

リツコの両頬を涙が伝っていた。

彼女の前で、ゲンドウは黙って右の掌を広げた。

彼の肉体と融合したアダムの姿が顕わになる。

その掌を銃口に押し付けるようにして、ゲンドウはリツコの拳銃を握り込んだ。


くぐもった銃声がターミナルドグマに響く。


拳銃を塞いだ掌から血しぶきが飛んだ。

アダムは―――粉々の肉片となって吹き飛ばされた。

座り込んだリツコの頬を静かに涙が流れ続けていた。

自分を撃った拳銃を握り締めたまま、ゲンドウは無言でリツコを見下ろしていた。


「赤木博士、後の処理を頼む。」

リツコの喉からこぼれ出た嗚咽がドグマの静寂の中に消えていった。







初号機の姿を認めた量産機群は、口元を不気味に吊り上げると、首をぐるりとめぐらし、次々と初号機へ向かっていった。


「いったい、どうしたんだ・・・?」

「エヴァ初号機!?」

「だれが・・・動かしているんだろう・・・?」

弐号機の中でしばし呆然とするシンジとアスカ。

そこにミサトの通信が入った。

「シンジ君、アスカ。あれは、レイよ。これで九対二。まだまだ分は悪いけれど、大丈夫、やれるわ!協同してやっつけて頂戴!」

「「!!・・・了解。」」

(初めてエヴァに会ったとき、僕は、綾波が操縦する初号機に助けられたんだ。二子山での作戦の時も、・・・この前も。
もうそんなこと、させるもんか!!)

(遅かったじゃない、ファースト。・・・でも、正直言って助かったわ。さあー覚悟しなさいよ、バケモノ!)


戦闘に入る初号機と量産機群。初号機が次々と量産機を投げ飛ばし、蹴り上げる。

隙を突いて羽交い締めにしようとする敵の腕を逆に捻り上げてへし折り、後方へ投げ捨てる。

以前初号機を操縦した時とは見違えるほどの操縦ぶりをレイが見せている。

しかし、ダメージを受けながらも、量産機群は執拗に初号機に取りついていった。

組み合わせた両手を初号機が敵一体の背中に打ち下ろす。

地面に叩き伏せられたその量産機は、しぶとく腕を伸ばし、次の相手に向かって向きを変えた初号機の足首をつかんだ。

とっさに掴まれた足を前方に振り上げ、浮き上がった相手の頭部に初号機がパンチを打ち込む。

血を撒き散らしながら吹き飛んでゆく白い機体。


本部のメインモニターにもその光景が映し出されていた。

「すごい・・・!レイがあんな上手に初号機を操縦している・・・。」

ミサトの口から驚きの声が漏れた。

日向と青葉は口を開けたまま声も出せないでスクリーンを見つめている。

マヤは自分の前のモニターが示すレイのシンクロ率を見て呆然としていた。


「レイと初号機、共鳴し合っているのか・・・。」

冬月が呟いた。


「でも、どうして初号機ばかりを狙うの?」

ふと浮かんだ疑問をマヤが口にした。

「そういえば・・・。」

ミサトにもその理由は分からない。


(奴等め、リリスの存在に気づきおったか。)

スクリーンを見守る冬月の目が厳しくなった。


「リリスがアダムを拒み、補完計画は頓挫した。もはや、老人達の悪あがきに過ぎん。」

「碇!その手は・・・。」

小型エレベーターに乗って現れたゲンドウの姿を見て、冬月が絶句した。

アダムを封印していた右手は流れ続ける鮮血で真っ赤に染まり、そこにあったものが永遠に失われてしまったことを物語っていた。

そんな傷には頓着していないかのような口振りで、ゲンドウが冬月に言った。

「冬月先生、終わった夢に用はありませんよ。」



背後の気配に振り返ったミサトはゲンドウの右手を見てハッと息を呑んだが、直ぐに口元を引き締めて作戦指揮に戻ろうとした。

そのミサトにゲンドウが指示を出した。

「時間が無い・・・。葛城三佐、初号機に取り付く敵エヴァの排除を最優先だ。」

「ハイ。・・・シンジ君!アスカ!敵のエヴァを背後から攻撃して!敵を分断するのよ!」

スクリーンを睨みながら的確に指示を出すミサトの心の中に、一つの疑念が湧いた。

(『時間が無い』ってどういうこと・・・?)





「「ハイ!」」

ミサトの指示を受けた弐号機は、一体の量産機と組み合っている初号機を側面から襲おうとしていた別の一体を捕まえると、

背面投げで地面に投げ捨て、そのまま頭部を両手で押しつぶした。さらにもう一体の脊髄を叩き折り、シンジとアスカが一呼吸入れた時・・・


「!!!」

それまで用いようとしなかった巨大な剣状の武器を、初めて一体の量産機が持ち上げ、それを初号機の背中めがけて投げつけた。

反射的にレイがATフィールドを展開する。

しかし、その武器は禍禍しい槍の形に姿を変えると初号機のATフィールドを突き破り始めた。

「ロンギヌスの槍?!」



「危ない!綾波!」

シンジが弐号機で立ち塞がった。

振り返った初号機の目前で、槍が弐号機の胴体を貫いてゆく。レイの目が大きく見開かれた。

「ぐうううう!!」

シンジが激痛に呻き声を上げた。

「アスカ・・・ゴメン。」

弐号機が両手と両膝を地面に突く。

直接シンクロしたシンジほどではないが、やはり突きとおすような苦痛に耐えながら、シンジに代わったアスカがレイに呼びかけた。

「ファ・・・スト、や・・・槍を、槍を使うのよ!」



打たれたように我に返ったレイは、弐号機の胴体からロンギヌスの槍のコピーを抜き取ると、今や次々と空中に舞い上がり始めた

量産機の一体に狙いをつけ、投擲態勢に入った。

「・・・くっ!」

レイが投げた槍は見事に一体のコアを直撃した。

奇声を上げて量産機が墜落する。

その不死身とも思われた活動は完全に停止していた。

墜落する量産機の手からこぼれた落ちた槍をキャッチしたレイは、素早く新たな標的に向けて二度目の投擲態勢に入った。

しかし、敵もこれ以上やられるのをおとなしく待つつもりはないようだった。

地上の初号機めがけて空から一斉に槍が投げつけられた。

レイが投げた一本の槍と、敵が投げた七本の槍が空中で交差する。

空から、さらに一体の量産機が落下した。

とっさに両腕で防御した初号機の左右の腕と両脚を次々と槍が刺し貫いてゆく。

かすめた槍が、顔面と両脇の装甲板を削り取った。

「う、ぅ・・・」

かろうじて立っているだけになったレイの初号機を取り囲んで、勝ち誇ったかのように量産機群が舞い降りた。

最初に降り立った一体が初号機の首に手をかけてニヤリと笑う。

その時、ズム!という音を立てて量産機のコアからロンギヌスの槍が突き出した。

信じられないものを見るかのようにそれを見た量産機は、槍を投げた者の正体を捜すかのように後を振り返りながら倒れ、沈黙した。




「私を、忘れるんじゃ・・・ない、わよ!」

最初に墜落した量産機の横に、真紅の機体があった。

・・・が、そのままガクリと片膝を地面に落とす。

「・・・まだ、やられたわけ、じゃ、ないのよ。・・・シンジ・・・シンジ、しっかりして!」

「・・・大丈夫さ。まだ、・・・やれる。」



いまや六体に減った量産機群は、憎い敵を見つけたかのように口元を歪めると次々と初号機から槍を抜き取り、弐号機に向きを変えていく。

・・・その背後で天にも達するかのような咆哮が上がった。

ギョッとして振り返った量産機の前に、ロンギヌスの槍を片手に雄叫びを上げる初号機の姿があった。

・・・・・・最後の死闘が始まった。





「・・・綾波、綾波!」

「・・・・・・・・・・・・碇君?」

「よかった。無事だったんだね。」

「私・・・・・・」

気が付いたレイが周囲を見渡すと、九体の量産機が倒れていた。九本の槍が墓標のように突き刺さっている。

「私、気を失っていたのね・・・。」

(ありがとう・・・)

レイはそっと初号機の中の存在に感謝した。

「?・・・何か言った、綾波。」

「なんでも・・・ないわ。」

ホログラムの中のレイがにっこりと微笑む。

(な、何なの?この怪しげな雰囲気は・・・)

目を三角にしたアスカが、ホログラムのレイと自分の横に座っているシンジを見比べた。

シンジの耳をつかんだアスカがレイに向かって一言おうとした、その時だった。

巨大な振動がジオフロント全体を二度、三度と襲った。





「碇、このままで済むと思うな。」

暗闇に、キール議長の声が響く。

「我等の人類補完計画を失わせた碇とNERVに死を!」

委員達の声が唱和した。





「何?いったいどうしたの!」

ミサトが叫んだ。

「ジオフロント最深部に高エネルギー反応!ひとつ、ふたつ…いや、多数!ジオフロント下部を包み込むようにして連鎖的に広がっていきます!」

「明らかに人工的に仕掛けられたものだ!一体、いつの間にこんな…。」


「老人たちめ。最初から我々は、捨て駒か・・・。」

「我々が奴等をそうしてきたようにな・・・。」




「うわぁ!」「キャア!」「・・・!!」

大地があちこちで裂け始めた。初号機の足元に一本の亀裂が発生すると、たちまちそれは巨大なクレバスに変化した。初号機が呑み込まれゆく。

「ファースト!」

弐号機が初号機の左肩を捕まえた。

「落ちるんじゃないわよ!アンタとシンジには聞きたい事がい――っぱいあるんだから!」

レイが目を丸くしてホログラムの中のアスカを見る。シンジの背中を悪寒が走った。

「さあ、こっちへ、来、な、さ、い!」

少しずつ初号機が持ち上がる・・・と、再び今度は直下で大振動が発生した。不安定な姿勢の弐号機が大きくバランスを崩す。

弐号機の指先から初号機が滑り落ちて行く・・・



「ネルフをジオフロントごと葬ろうっていうの?!」

「そんな!」

「いや、ありうるね。いまやゼーレにとって、我々は邪魔者以外の何者でもないんだ。」

「こうしてはいられないわ!伊吹二尉、シンジ君達に連絡を!脱出するわよ!」

「ハイ!――シンジ君、アスカ、聞こえる?ジオフロントが底部から崩壊するわ。早くレイを連れて脱出して!」

『ミサト達は?』

「こっちのことは気にしないで!自分達だけ助かることを考えなさい!」

『そんな・・・何言ってんのよ!』

「大丈夫だって。今までだってケッコー危ない目に遇ってたけど、なんとか無事にやってこれたじゃない?ねっ?
だから・・・・・・・・・・・・アスカ、シンジ君、レイ、いままでありがとう。」





「ちょっと、ミサト!」

なおも言い募ろうとしたアスカの肩をシンジの手が押さえた。

「何よ!」

振り向いたアスカは自分を見つめているシンジの目を見て口をつぐんだ。

肩をつかむ指先にいつものシンジからは考えられないほどの力がこもっていた。

「・・・ミサトさんの言う通りだよ。」

「・・・・・・分かったわ。」

唇を噛み締めてアスカが答えた。



「綾波!今の話、聞こえた?」

「ファースト!初号機は動かないの?」

レイは、何度目かの初号機の操縦を試みた。反応なし。

「ダメ・・・動かない。あなた達だけで早く逃げて。」

「何言ってるの!早く来なさい!」

「綾波を置いて行けるわけないじゃないか!!」

(・・・碇君。)

シンジが自分の名を呼んでいる。

胸の中が温かくなる・・・かすかな痛みを伴って。

レイは今、自分は十分に幸せなのだと感じていた。

「ありがとう・・・碇君。・・・アス」

三たび発生した大振動が弐号機の手から完全に初号機を引き離した。

そして、レイの乗った初号機は、暗黒の亀裂の中へ吸い込まれていった・・・

「綾波ー!」

「ファースト!」




「ダメです!脱出可能な通路は全て戦自との戦闘によって使用不能になってます!」

「・・・いわゆる、お手上げってやつですね。」

「確かに、チョッチやばい・・・どころじゃ、ないわね。」

「あきらめるのは、まだ早いわよ。」

「リツコ!」

「センパイ!」

「話は後よ!マヤ、Bダミーのチェック!それからエヴァ射出可能なルートを確認して!」

「ハイ!」





「これでいいの?」
(優しい声 初号機の中から聞こえる・・・)

「これでいいのかい?」
(これは、フィフスの声・・・)

(いいの。・・・それに、わたしは・・・もう・・・)

初号機の両眼に光が宿った。





シンジとアスカが見下ろす亀裂の中から、初号機が姿を現した。

エントリープラグがイジェクトされ、初号機の左手がプラグのハッチに添えられる。

「『降りろ』というの・・・?」

レイを乗せた掌を地上に向けて初号機が差し上げる。

「綾波!」

駆け寄った弐号機が左手を伸ばす。

・・・が、レイは弐号機に乗り移ろうとはしなかった。


「アスカ!後を頼む!」「ちょっと、シンジ!」

弐号機のエントリープラグをイジェクトして外に出たシンジは直接レイに叫びかけた。

「綾波!!」

そのまま弐号機の腕をつたい、伸ばされた掌まで降りる。

初号機の掌からこちらを見つめているレイに向かって、シンジは右手を差し出した。

「さあ、つかまって。」

徐々に初号機が沈降を始めた。

「さあ!」

ゆっくりと引き寄せられるようにレイの右手がシンジに向かって伸びていった。




その時、レイは自分の身体の中で起こる変化に気がついた。

(壊れる・・・!)

彼女の肉体から少しずつ感覚が失われてゆく・・・

右の頬から、まるでタイルが剥がれるように、皮膚の一部が欠けていった。




レイの腕がスッと下ろされ、シンジに背中が向けられた。

「綾波!!」

顔をそむけたまま、ゆっくりとかぶりを振っている。

「どうしたんだよ!綾波!」

「・・・わたし、一緒にいてはダメ。」

シンジの腕が一瞬止まる。

「どうして・・・」

「・・・わたし、人間じゃないもの・・・碇君とは違うもの・・・だから、一緒にいてはいけない。

絞り出すような綾波の声。・・・・・・泣いている。


「バカなこと言うなよ!!」

白いプラグスーツがビクッと震えた。

シンジが怒っている。これで、二度目・・・。

「そんなこと、言うなよ・・・人間だとか、人間じゃないとか、そんなの関係ないよ。綾波は、綾波じゃないか。
・・・・・・そうでなきゃ、どうして僕やアスカを助けたりしたのさ?」

レイが振り返った。赤い瞳が真っ直ぐにシンジの目を見つめている。

「いつも僕を助けてくれたじゃないか。今日だって・・・。もう、こんなのは嫌なんだよ・・・僕を守って綾波が傷ついていくのが・・・。」

「これからは僕が守りたいんだ!綾波!!」

(碇君・・・!)

レイの心にカヲルの声が語りかけてきた。

(自分という存在を信じるんだ。そして、キミを信じてくれている碇君という存在を信じるんだ。否定されることを怖がってはいけない。
自分の全てを投げ出して信じ合えるから、人は人なのかも知れないのだからね・・・)

レイの手が、シンジに向かって、再び伸びはじめた。

「綾波!」

「碇君・・・」

(碇君・・・、碇君・・・碇君・・・碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君!)

「も・う・少しだ・か・ら、手を伸ばして!」

(一緒にいたい・・・。碇君と・・・一緒にいたい。碇君と一緒に・・・。碇君と。碇君と。碇君と!)

レイの手が真っ直ぐシンジの手を目指した。

「綾波ィィィ!!」

(ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと・・・!碇君と、碇君と、碇君と・・・一緒にいたい!!)

(碇君と一緒に生きたい!!!)

「碇君!!!」

その瞬間、レイの身体の中心が光を放ち、次いでその光がレイの肉体を包み込んだ。

カヲルが消滅した時を思い出し、恐ろしい予感がシンジを襲った。・・・・・・が

――――まばゆい光が消えた後も、レイの姿はそこにあった。

「綾波!!」


もう少し・・・


突然、初号機がガクンと揺れて大きく傾いた。レイが振り落とされそうになる。ジオフロントに対するとどめの爆発が始まったのだ。

アスカは辛うじて弐号機が落下するのを防いだが、初号機は沈降する速度を速めていった。触れそうだった指先が離れてゆく。

「綾波ィ!」

「・・・・・・・・・。」

レイが黙ってシンジを見上げていた。

伸ばされた白い腕。小さく開かれた口元。瞳に湛えられた涙。

シンジが身を躍らせて飛び降りようとした時、沈みゆく初号機の腕がひときわ高く差し上げられた。

「綾波!」

「碇君!」

指先が触れ合い、ついで二人の掌が相手のそれを握り締める。

「くうっ・・・!」

シンジは渾身の力を右腕に込めた。

腕の中に白いプラグスーツが飛び込んできた。



「しっかりつかまってなさい!シンジ!ファースト!脱出するわよ!!」

限界寸前まで機体を保持していたアスカは、一気に弐号機を引き上げ、次いでジャンプして本部の建造物につかまらせた。

初号機が、沈んで行く・・・


(あなたは、それでいいのね・・・)
レイは、初号機を見つめていた。


(母さん・・・・・・さようなら。)
シンジは、母に別れを告げた。

HUWOOOOOOH!!
・・・人々に別れを告げる最後の雄叫びを残し、エヴァンゲリオン初号機は人類の前から永遠に姿を消した。


コックピットで初号機の最後を見送ったアスカは、「さあ!行くわよ!」誰にともなく一声檄を飛ばすと、最後のアンビリカルケーブルをパージし、

シンジとレイを掌に包んだまま、猛然と射出口に向かって駆け出した・・・・・・。









ジオフロントの跡を見下ろす丘の上に、プラグスーツを着たままのシンジが座っていた。

その横に、プラグスーツ姿のレイが寄り添うように座っている。


「あ・・・、綾波、その顔・・・」

「何・・・・・・?」

「ううん。何でもないよ・・・。」

レイの頭がシンジの肩に預けられた。

身を寄せ合った二人の前を静かに風が吹いていた。                ―――蒼い風がいま



(碇君・・・)

そっと重ねた掌から、シンジの温もりが伝わってきた。    

不意に胸の中にこみ上げくるものをじっとレイは受け止めていた。

(これが・・・私。私の・・・こころ。)                               ―――胸のドアを叩いても

 
                          
「綾波、泣いてるの?」                 

「・・・うん。うれしい・・・から。」                                     ―――私だけをただ見つめて 

レイは人差し指でそっと涙をぬぐった。          



「あ〜あ、見せつけっちゃってくれるわね。」        

頭の後ろで腕を組んだアスカが、二人の後姿を見ながら唇を尖らせていた。

もっとも、その口振りと眼差しはどこか優しげであったが・・・。                            ―――微笑んでるあなた

「ほーんと、やっばい雰囲気よねぇ。」                               

「何言ってんの。やっとファーストが私と同じスタートラインに立っただけじゃない。勝負はこれからよ!
・・・・・・って、なんでアンタがここにいるのォ!?」

「なんでって、本部から一緒に脱出してきたんじゃな〜い。もっとも、アスカはシンちゃんを守るのに夢中で、
バルーンダミーの中のわたし達の事なんかほとんど忘れてたものねぇ。」                          ―――そっと触れるもの

「そっ、それが、命の恩人に向かって言うセ、セリフ?」                                    

「あ〜ら、真っ赤になっちゃって!ボヤボヤしてたら、アスカの大切なシンちゃんがレイに取られちゃうわよ〜。」                  

「ミサト!」                                                              
                                                                    ―――求める事に夢中で


「やれやれ、ひどいめに遇ったよ。」               

「同感。」

「でも、良かった・・・。こうして、みんな無事だったんだから・・・あっ!すみません、先輩・・・
あそこには・・・本部には、先輩のMAGIとE計画のすべてが・・・」

「いいのよ。」                                                      ―――運命さえまだ知らない

リツコは研究着のポケットから煙草を取り出して火をつけた。

(そうでしょ、母さん?私達母子がめざしたものは、結局、人の内にあった・・・。
そして、二人が愛した男は・・・・・・・・・・・・)

煙が青空に流れていった。                                            ―――いたいけな瞳



「終わったな、碇・・・。」

「ああ・・・。」                                                 ―――だけどいつか気付くでしょう

「アダムも、リリスも失われ、ジオフロントまでが永遠の時の彼方だ・・・。」

「・・・・・・。」
                         
「唯一残されたリリスの分身も・・・」                                ―――その背中には 

冬月がシンジと並んで座っているレイを見やる。

「・・・ああ、人間になった。」                                ―――はるか未来めざすための    

ゲンドウの声に無念の響きはなかった。             

「人類の補完は・・・」                 

「そうだ。・・・ひとりひとりの人の手に委ねられたのだ。」            ―――羽根があること




                       残酷な天使のテーゼ

                      窓辺からやがて飛び立つ

                      ほとばしる熱いパトゥスで

                       思い出を裏切るなら
 
                       この宇宙を抱いて輝く

                       少年よ 神話になれ 







エピローグ


その日も朝から制服姿の二人の少女が毎朝恒例の言い争いを始めていた。

「ファースト、アンタ自分の恋愛感情をもっと素直に出したらどうなの?」

「恋愛感情・・・分からないわ。」

ボ〜と、レイの目つきが遠くなってゆく。

(こーの、すっトボケちゃって・・・!この手でシンジを手玉に取ろうってのね。そうは、させないんだから・・・ん?)

「アナタこそ、どうして素直に碇君に気持ちを伝えないの?」

「なっ、なんでアタシがバカシンジのことなんか気にすんのよ!」

「そう、ならいいのね。」

「い、『いいのね』って、一体何が良いのよ?」

「お先に。惣流さん・・・」

スタスタスタ。

「ちょっと、待ちなさい、ファースト!レイ、抜け駆けなんてズルイわよ!待て―――!」

二人が駆けて行くその先には、少しだけ大人の雰囲気を身につけはじめた少年が、仲間の少年達と一緒に、

はにかんだ笑顔を浮かべて立っていた。




終劇


アスカ:いい話ねぇ。

マナ:こんなエンディングを迎えられたら、本当に素敵ね。

アスカ:ファーストの秘密を、あの段階で聞かされたら、アタシだってああするしかないもんね。

マナ:綾波さんもよく頑張ったわねぇ。

アスカ:こうやって、ファーストと2人で力を合わせて平和を勝ち取ると、見る目が変わるわね。

マナ:エピローグのアスカと綾波さんって、いい感じなんじゃない?

アスカ:仲良くなれて良かったわ。

マナ:じゃ、シンジはわたしが仲良くなったげるから。心配しないで。

アスカ:アンタは関係無いっ!(ドゲシっ!)

レイ:あなた用済み。(ドゲシっ!)

マナ:うぅぅぅ・・・アスカと綾波さんが仲良くなるのも、困りものだわ・・・。(TT)
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