「さ〜〜て、お待ちかねの昼メシ・ターイムや!」

「碇、オマエも一緒に食うだろ?」

「屋上、だよね?」

弁当箱を片手に立ち上がったシンジは、キョロキョロと教室の中を見渡した。

(・・・やっぱり、いない)

    「センセ、何しとんのや! 置いて行くでェ!」
    「先に行くよー、碇!」

「あっ、待って。スグ行くから!」

タ、タ、タ、タ、――

(綾波・・・昼ご飯、どこで食べてるんだろう?)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 綾波司令   第17話「お昼休みの秘密」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アスカ「ヒカリが作る卵焼きって、相変わらず美味しーわねっ(モグモグ)」

ヒカリ「碇君の“お好み焼き”だって、美味しいわよ(パクッ)・・・少し冷たいケド。」

アスカ「・・・・・このホウレンソウのおひたし、なかなかイケるわ!(シャクシャク)」

ヒカリ「い、碇君の“やきそば”だって、その・・・・(モゴモゴ)・・・・ちょっと、お水が欲しくなるケド・・・」

アスカ(バカシンジ・・・手抜きしたわね!)

向かい合わせの机に座った二人の少女は、ひとりがふくれっ面でむやみにもうひとりの弁当箱におハシを
伸ばし、丹精こめたオカズを略奪された不幸な少女は、泣く泣く相手の冷え切った『昨夜のオカズ』に手を
伸ばすのだった。

アスカ「(パクパクパク!)アタシ、思うんだケドさ〜、(モグモグ!)最近のシンジってチョット生意気よねっ。」

ヒカリ「そ、そう?(モグ、モグ・・・・うう〜、私のミニコロッケが・・・・アスカあんまりよ〜〜)」

アスカ「(ゴックン!)ヒカリもそう思うでしょ!」

ヒカリ「そ、そう・・・かな?(ぜ、全部なくなっちゃった・・・・ショボン)」

 

レイ「・・・・・空、青い空・・」

 

トウジ「あ〜〜ウマかった!! 今日も、満腹一杯ごちそうさんや!」

ケンスケ「相変わらずトウジはよく食うよな。ところで、碇」

シンジ「(モグモグ)何?」

トコロ変わって、こちらは真っ先に食べ終えて腹をさするトウジと、サンドイッチ片手のケンスケ、そしてのんびり
弁当を広げているシンジ。

ケンスケ「オマエ、惣流と綾波・・・ホントはどっちが好きなの?」

シンジ「ブ――ッ!!」

トウジ「わっ! ア、アホ! こんなトコで噴く奴があるかい!!」

シンジ「・・・ゴ、ゴメン。だって、ケンスケが」

ケンスケ「オレが何か言った?」

シンジ「言ったじゃないか! アスカと綾波のど、どっちが好きかって」

ケンスケ「それが、昼メシを噴き出す理由になるワケ?」

シンジ「なるよ!」

ケンスケ「なんで?」

シンジ「普通、誰だってびっくりするよ! 突然そんなこと聞かれたら」

ふと真面目な顔になってケンスケが言った。

ケンスケ「・・・・迷ってるからじゃないか? オマエ自身、惣流と綾波のどっちが本当に好きなのか。」

シンジ「・・・・・・。」

ジャージに付いたシンジの食べカスを指で弾きながら、黙って二人のやりとりを聞いていたトウジが、
ポンッポンッと、胸の辺りを叩きながら勢い良く立ち上がった。

トウジ「ま、ええやないか。そないなコト、慌てて結論出さんでも。・・・人間、いつかは自分のホンマの
    気持ちに気イつく時が来るもんや。なあ、シンジ?」

屋上の手すりに寄かかりながら、空を見上げてしんみりと言う。

一瞬、感心したシンジとケンスケだったが、その直後、二人はこんなツッコミを心の中で入れていた。

シンジ&ケンスケ((そういうオマエは、自分の気持ちにいつ気がつくんだよ!?))

 

レイ「・・・・雲、白い雲・・・・(ピクッ)」

      「オマエ、惣流と綾波・・・ホントはどっちが好きなの?」

レイ(この声は・・・・『相田君』。いえ、そんなことより・・・)

      「・・・・迷ってるからじゃないか? オマエ自身、惣流と綾波のどっちが本当に好きなのか。」

レイ(迷っているの? 碇君)

      「・・・・・・・・」

レイ(どうして、そこで黙ってしまうの? ・・・・・・・・・・・何? この気持ち・・・・・・・・・・この気持ちは、
   そう・・・・・『じれったい』。私、じれったいのね)

      「ま、ええやないか。そないなコト、慌てて結論出さんでも・・・」

レイ(『鈴原君』・・・あなたには失望したわ。こうなったら・・・)

 

       「碇君・・・」

 

シンジ「エッ? いま綾波の声がしたような・・・」

ケンスケ「オレも聞いたぞ。」

トウジ「空耳と違うかぁ〜。」

 

       「碇君・・・ここ」

 

ケンスケ「いや! 確かに綾波の声だ!!」

トウジ「オマエ、ここは屋上やで。どっこも隠れるトコなんか・・・」

シンジ「・・・・あっ!!」

シンジが、屋上の上の給水塔を指さした。

 

ヒラヒラヒラ・・

 

シンジ&トウジ&ケンスケ「「「綾波!!」」」

吹きさらしの風に、水色の髪と制服のスカートを翻しながら、レイが3バカトリオを見下ろしていた。

シンジ(どうして、綾波がここに?)

トウジ(なんや、あの手ェに持っとるのは?)

ケンスケ(ムッ! あれは、十四式観測鏡―戦自とネルフの最新装備だ―ほ、欲しい!!)

 

レイ「碇君・・・・ダメ。」

 

シンジ「は?」

トウジ(何がアカンのや?)

ケンスケ(ムムッ?)

 

レイ「とにかく・・・・ダメ。」

 

シンジ「何がダメなの?」

トウジ(なんや・・・碇のヤツ、惣流だけやのうて綾波にまで怒られるコトしたんかいな?)

ケンスケ(キラ〜ン!)

 

レイ「ダメなものはダメ。」

 

シンジ「なんだかよく分からないよ、綾波。それに、何してたの? そんなところで。」

トウジ「そや。そないなトコ登っとったら、先生に怒られんど。」

ケンスケ(チッ、いいところだったのに・・・)

 

ケンスケが内心で舌打ちした時、ガチャッ!と音がして、出入り口の扉が開いた。

 

   アスカ「ヒカリ〜、だからこうして謝ってるじゃない? 代わりに、今度ヒカリの好きなものなんでもオゴるからさ〜」

   ヒカリ「知らない・・・」

 

レイ「!」

シンジ・トウジ・ケンスケ「「「ん?」」」

 

バッタリ!

 

アスカ「なんでアンタたちがここにいるのよ! アタシとヒカリが話するんだから、3バカは早くあっちへ行きなさいよぉーっ。」

両手を腰に当て、『アンタ達、邪魔なの!』のポーズを取るアスカ。

どうやら、頭上のレイには気がつかないようだ。

トウジ「な、なんやと、コラ! 先に来てたんはワシらやないか! おまえこそ、どっか行ったらエエやないか?!」

アスカ「なぁに? ジャージ馬鹿のクセにこのアタシに意見する気? イイわよ、相手してやるからかかってらっしゃい!」

トウジ「お――し! 今日という今日は、その小生意気な口、二度と利けんようにしたるっ!」

ヒカリ「止めなさいよっ! 鈴原!」

アスカ「へんっ! こっちこそ、二度とそのムサクルシイ恰好でアタシの前に出れなくしてやるわ!」

ヒカリ「あぁ・・・アスカも!」

短いジャブの応酬から、一気にヒートアップする惣流、鈴原両選手。

トウジ「言ぅ――たな! 上等じゃっ!! いっくらオマエが女でも、遠慮はせんからなっ!」

アスカ「ごちゃごちゃ言ってないで、かかってきたらどーなの? それとも、威勢の良いのは口だけかしらぁ?」

トウジ「ぶっ飛ばしたるっ!」

△□※○×±◇!!! どげしっ! げしっ! げしっ! ばきんちょっ! ぱこ―――ん!

アスカ「オ――――ホホホッ!! このアタシにタテツコウなんて、10年早いのよっ! ・・・行きましょ、ヒカリ?」

ヒカリ「う、うん・・・・ちょっと待ってて、アスカ。」

タ、タ、タ―――

ヒカリ「・・・もう、鈴原もバカね。アスカとケンカして勝てると思ってるの?」

トウジ「う、ウルサイわい!! ・・・・女相手に本気出せるワケないやろ。」

ヒカリ「・・・・・。ホラ、手を出して。(ゴソゴソ・・・ペタッ)ハイ。」

トウジ「お・・・おおきに。スマンな、委員長・・」

ヒカリ「・・・ううん。じゃ、私行くから・・・・やさしいんだね、鈴原」

タ、タ、タ――――

アスカ「ヒカリ、やるぅ〜〜!」

ヒカリ「ヤダ、アスカったら。」

キャ、キャ、キャ!―――ガチャン

 

ケンスケ「・・・嵐が去ったな。結局、トウジでストレス発散か・・・」

シンジ「うん・・・・・・・・あ、そうだ! 綾波は?」

レイ「碇君。」

シンジ「わっ! お、降りてきてたの?」

レイ「・・ええ。忘れられそうだったから。」

パチン、手にしていた小型高性能スコープが、折り畳まれて制服のポケットへと消えた。

 

シンジ「4時間目が終わってから、ずっとあそこに・・・?」

レイ「ええ。」

ケンスケ(今度貸してくれないかな〜)

 

シンジ「何してるの? ・・・もしかして、偵察、とか?」

レイ「正確に言えば、観測。簡単に言えば、見張り。」

ケンスケ(偵察? 観測? 何を・・・)

 

 

―― 同時刻 発令所 ――

ミサト「ねぇ、まだ直らないの? 日向君。」

日向「(・・ガチャッ)復旧まで、まだ時間が掛かるそうです。・・・まったく、どうしてこんな」

青葉「昨夜の午前零時をもって発生した突然のレーダー・システムダウン・・・・臭いですね。」

伊吹「やっぱり、この間の・・・?」

ミサト「奴等のイヤがらせに決まってるわっ。制御不能の殺戮マシーンをあたし達に壊されたコトが
    シャクに障ったんでしょう。・・・ホント、セコイ連中よねっ!」

リツコ「もっとも、戦自からの返還要請を無視して、巨費を投じた自立戦闘ロボットを細切れにして
    トラックで送り返したのはミサトだけどネ。」

ミサト「なによ〜、面白がってチップの代わりに真空管のカケラを混ぜたのはリツコじゃないの〜?」

リツコ「アラ、そうだったかしら?」

冬月「とにかく、レーダーが一切利かん以上、しばらくは目視に頼る他あるまい。」

 

 

シンジ「お昼ご飯は・・・?」

レイ「私がお昼ご飯食べてるトコロ、見たことある?」

シンジ「そ、そういえば・・・・・一度も、ないような」

レイ「あまりこの件に関しては、突っ込まないで。私も困るから。」

シンジ「う、うん。分かったよ。」

シンジ(・・・そういえば、綾波が学校でお昼ご飯を食べてるシーンてなかったんじゃ?)

たしかに、TVでは見たことがないような気がします。

 

ケンスケ「ねえ、綾波。観測って、何を?」

一瞬動きを止めた水色の髪が、ゆっくりと向きを変えた。

レイ「・・・知りたいの?」

常夏の第3新東京市にも“雪女”は存在する。

ケンスケ「イ、イヤ・・・言いたくないんだったらいいよ! うん!」

レイ「・・・そう。知りたくなったらいつでも言ってね・・・」

言葉は親切だが、声音はとても恐ろしい。

ケンスケ(き、聞いちゃ、い、いけなかったのかな・・・)

額に大量の冷汗を浮かべる、相田ケンスケ14歳であった。

 

レイ「それじゃ、碇君。」

出入口の壁にもたれて、バンソウコウを眺めていたトウジの横を通って、レイが姿を消した。

シンジ「・・・・・・・」

トウジ「結局、綾波のヤツ、あないな所で何しとったんやろな・・・」

ケンスケ「(・・・オレは見なかった! 何も見なかったんだぞ!)・・・ブツブツ!」

 

―― その日の放課後 ミサトのマンション ――

シンジ「アスカ・・・今日の昼休み、綾波に会ったんだ。」

アスカ「・・・そりゃ、会う、でしょう、ね! 同じ、学校に、通ってん、だから!」

1、2、1、2! 

葛城家のリビングルーム。シンジの横でアスカは体操の真っ最中・・・

シンジ「それは、そうなんだけど・・・何してたんだろ・・・あんな所で?」

アスカ「ファーストの、するコト、なんて、いちいち、考えてたら、キリが、ない、わよっ!」

1、2、1、2!

シンジ「ところで・・・さっきから何やってるの? アスカ。」

アスカ「アンタ、バカァ? 見て判らないの? 美容体操に決まってんじゃんっ。」

シンジ「そんなの、いつもしてたっけ?」

アスカ「ますますバカねっ! 今日のアンタのお弁当のセイじゃないのっ。」

シンジ「え・・・アレが、どうかした?」

アスカ「『どうかした?』じゃないわよ! あんなコテコテのもの食べてたらオナカが出ちゃうわよっ。
     しかも、手抜きだしぃ〜。」

体操を止め、ジロリと、シンジを横目で睨む同居人。

シンジ「手抜き?」

アスカ「相変わらずトボケるのがお上手ねっ。アンタ、昨夜のオカズそのまま入れたでしょっ!
    ヒカリに見られて恥ずかしかったんだからっ。」

シンジ「・・・・・・・・それ、ペンペンのお昼ご飯だよ。昨夜食べに出てこなかったから・・」

ドチャッ! 

どうやらリビングの床が好きらしい。

アスカ「な、なんでペンギンのエサをアタシのお弁当箱に入れるのよっ!?」

シンジ「アスカのお弁当箱、今日から新しくしたからって、朝言っただろ?」

アスカ「・・・・・・・」

シンジ「風呂敷包みも一緒に替えたからって、言ったよね?」

アスカ「・・・・・・・・・・シンジ」

シンジ「・・・・え?」

アスカ「・・・それじゃ、アタシの本当のお弁当は?」

シンジ「・・・・・あっ、もしかしたら」

ペンペン「クワッ、ク、ク、ク(しー、しー)」

タイミング良く、キッチンから爪楊枝を片手に現れのは、言わずと知れたミサトの同居人第1号。

ガ〜〜ンッ!!

アスカ「あ〜〜〜〜っ! アタシのお弁当!」

跳ね上げた人差し指のその先には、プラプラ揺れてる、いかにも『軽くなりました』と言わんばかりのお弁当包み。

シンジ「・・・・やっぱり、ペンペンが食べちゃったみたいだね。」

ペンペン「クゥ?」

ポンポン、満足そうに出っ張ったおなかを叩くペンペン。

サッと真新しいランチカバーで包まれた弁当箱がシンジの前へ差し出される。

シンジ「おいしかった?」

ペンペン「ギャッ!」

片手(片羽か?)を挙げると、トタトタと鼻歌交じりに歩いて、温泉ペンギンはマイルームへと姿を消した。

アスカ「キィ〜〜〜ッ! くやし〜〜いぃ!! ・・・シンジッ!!」

シンジ「(びくっ!)な、なに。」

アスカ「明日のお弁当、今日よりずっとずっと豪華に作るのよっ! イイわね!?」

シンジ「えっ! なんで?」

アスカ「このままじゃ、アタシのプライドが許さないのよっ! 分ったわね!」

ドスドスとリビングの床を踏み鳴らして、アスカが自分の部屋へ戻っていった。

シンジ「トホホホ・・・明日は何時起きになるんだろう?」

 

トントントン・・・ 葛城家の台所に軽快な包丁の音が響く。窓の外はまだ茜色。

シンジ「結局、5時に起きちゃった・・・ふわぁ〜〜あ、眠い・・・。」

トントントン・・・

シンジ「昨日よりも豪華に、か・・・・・・・・あ、そうだ! 綾波にも作ってやろう。」

トントントントン・・・

 

シンジ(アスカにばれないようにしなくちゃ・・・また喧嘩になっちゃうものな・・・)

シンジが手にしたのは、滅多に使われないミサト用の弁当箱。

シンジ「かまわないよね、ミサトさん昨日から泊まりだし・・・」

ちなみに、シンジが1時間半かけて作ったお弁当の中身は――

ミニハンバーグ エビフライ 巻き寿し ポテトサラダ 卵焼き、etc・・・ 同居人の注文通りの豪華弁当であった。  

テーブルの上に、「ペンペン」 「アスカ」 「レイ」 「シンジ」 四人分の弁当箱が並んだ。

シンジ(つ、疲れた・・・ちょっと寝よう)

レイと自分の弁当箱を鞄の中へ入れると、フラフラと束の間の休息を取るために自室へ戻るシンジだった。

 

そして、お昼休み。・・・本日も快晴である。

レイ「復旧の目処は? ・・・・そう、13:00ね。了解。(・・Pi)」

 

シンジ「綾波〜ィ!」

 

レイ「・・・?」

 

給水搭の下でシンジが片手を振っていた。

昼食を手にしたトウジとケンスケが、成り行きを興味深げに見守っている。

シンジ「お弁当、綾波の分も作ったんだけど、良かったら食べない?」

レイ「・・・構わないで、って言ったのに。」

シンジ「あ・・・もちろん、良かったら・・・だけど・・・」

弁当箱に目を落とすシンジの横から、二人が声を掛けた。

トウジ「綾波ぃ! こういうときは笑顔で受け取るもんや――っ!」

ケンスケ「トウジの言う通りだよ――っ!」

レイ「・・・・・・じゃ、登って来て。」

 

トウジ「お―――っ! こりゃまた一段とエエ眺めやな!」

給水塔の上に立ちあがり、トウジが手をかざして四周を見回している。

ケンスケ「ホント! 最高の視界だな!」

ケンスケ(あ・・・だから綾波・・・・確か、ネルフのレーダーはダウンしてるんだよな?)

また、父親のデータを覗いた様だ。

ケンスケ(シンジと惣流にくらい教えても良いんじゃ・・・・いや)

レイを見る眼鏡の奥に尊敬の念が宿る。

ケンスケ(いざという時一番神経と体力を使うパイロットに、余計な負担を掛けたくないんだな・・・)

バッ!

突然“気を付け”の姿勢をとったケンスケが、シンジから弁当箱を受け取るレイに向かって敬礼した。

レイ「・・・何してるの?」

 

カサカサ。レイの手が弁当箱の包みを解き、フタを取った。

じっと中味を見ているレイ。トウジとケンスケも思わず首を伸ばして覗き込んだ。

シンジ「あ、ゴメン。肉・・・嫌いだったよね。つい調子に乗って作っちゃったんだ・・・嫌だったら、残していいよ。
    トウジ達が食べるから・・・・・え?」

レイの箸は、真っ直ぐオカズの方へと向かった。

ひとつひとつ、黙って口へ運ぶ。エビフライ、ミニハンバーグ、卵焼き・・・

もしかしたら一つくらいは食べられるかも・・・と期待していたシンジだが、レイの行動はシンジの予想を大きく超えていた。

トウジ「どないしたんや、シンジ? 阿呆みたいな顔して。」

ケンスケ「あっ、確か綾波は・・・・」

レイが顔を上げて三人を見た。

レイ「・・・食べないの?」

シンジ「エッ? あ、そ、そうだった! もちろん、食べるよ!」

トウジ「お? ワシはもう食べとるで?(ムッシャ、ムッシャ!)」

慌てて自分の弁当を広げるシンジと、すでに3本目の購買で買ったパンを頬張っているトウジ。

ケンスケ「・・・・・・」

ケンスケ(司令は・・・司令は、パイロットが心置きなく任務に勤しめるように・・・・苦手なものまで我慢して!
      あんなに美味しそうに演技をなされている! 相田ニ曹、感服致しました!)

滝のような涙を拳で拭いながら、コンビニのハンバーガーにケンスケがカブリつく。

レイ&シンジ&トウジ「「「・・・?・・・」」」

 

レイ「・・・ありがとう。」

シンジが作った弁当を残さず食べ終えたレイは、包みを返すと、立ち上がって給水塔のステップに足を掛けた。

レイ(お肉嫌いなはずなのに・・・どうして食べられたの? 碇君が作ったから・・・?)

チラリとシンジに視線を送る。シンジもレイを見上げていた。

シンジ「・・・ゴメンね。無理に食べさせちゃったみたいで」

レイ「そんなこと・・・ないわ。」

ポロ・・

トウジの口から、シンジに貰ったエビフライの尻尾が落ちて、足下に転がった。

ケンスケ「あ・・・」

ケンスケが目を見開いてレイを指差していた。

なぜって、その時のレイの表情は―――

 

――ガチャッ!

   ヒカリ「アスカ〜、だからこうして謝ってるじゃない? 代わりに今度アスカの好きなもの何でもオゴルわ!
       だから、機嫌直して頂戴!! ・・・ね?」

   アスカ「ぶ〜〜〜ぅっ!」

   ヒカリ「だって、碇君の作ったお弁当本当に美味しかったんだもの・・・・仕方ないじゃない?
       あ〜〜〜、お願いだから怒らないでよ。アスカ〜?」

   アスカ「いくらヒカリだからって、ハンバーグに手を掛ける事ないじゃないの〜ぉ。」

   ヒカリ「ゴメン! 本当に美味しかったのよ! だから、ついついお箸が止まらなくて・・・・・(あ、そうだ!)
       ・・・・あ〜〜あ、アスカがうらやましいなぁ〜!」

   アスカ「(ピクッ)・・・うらやましい?」

   ヒカリ「毎日あんな美味しいお料理を碇君に作ってもらえるなんて・・・イイなぁ〜〜!!」

   アスカ「そ・・・そう?」

   ヒカリ「だから・・・・ゴメンッ!!」

   アスカ「イ、イイのよっ! バカシンジが作ったお弁当の一つや二つ! どーせ大したコトないんだから!!
       アッハッハッハッハッ・・・!」

 

レイ「そう・・・碇君が作ったハンバーグ。それは、とてもとても美味しいもの。」

 

   シンジ(わぁ!・・・綾波、何を言い出すんだよ!?)

   トウジ(そないに美味いんか?)

   ケンスケ(司令・・・御武運を!)

 

アスカ「誰よっ! (ピーン!)・・・この声は、ファーストねっ!!」

 

  レイ「碇君が作ったハンバーグ。それは、とてもとても美味しいもの・・・」

 

アスカ「どこよ!? ファースト、姿を見せなさいっ!」

ヒカリ「あ・・・綾波さん!」

ヒカリが真上の給水塔を指さした。

 

ヒラヒラヒラ・・・

 

アスカ「ファ・・・・・バカ?」

レイ「どうしてそういうこと言うの。」

アスカ「誰が見たってヘンじゃないの? フツー給水塔の上に突っ立つ? パンツ丸見えよ?」

そこへひょっこり顔を出す三人組。

アスカ(納得・・・4バカを結成したのね・・・・じゃなくてぇ!)

ヒカリ(綾波さん・・・あなたそれでいいの?)

胸の前で掌を組み合わせて心配そうな顔は委員長。

アスカ「どうしてファーストがシンジのハンバーグの味を知ってんのよっ! それに、アンタ肉嫌いじゃなかったの?」

レイ「お肉は嫌い。でも、碇君のお弁当は美味しいわ。」

クワッ! そんな音が聞こえてきそうな勢いでアスカの目が吊り上った。

アスカ「シンジッ!」

シンジ「な・・・何? ア、アスカ。」

アスカ「・・・ちょっと降りてきて。」

シンジ「誤解だよ! それに、は、話なら帰ってから・・・」

アスカ「アタシは今スグ話があるのよ! アンタが降りてこないなら、こっちから行くわっ!」

ガシッ、ガシッ!

垂直に掛けられた金属製の梯子を、アスカが猛然と登り始めた。

シンジ(ア、アスカ・・・)

トウジ「センセ、こら諦めた方がエエで・・・」

ケンスケ「迷わず成仏しろよ、碇・・・」

・・・ガシッ!

アスカ「シンジッ!」

スッ――

レイ「どうして碇君をイジメるの。碇君は私にお弁当を作ってくれただけ。」

アスカ「それが気に入らないのよっ! どきなさい、ファースト!」

レイ「いや。」

アスカ「なんですってぇ――!」

シンジ「ア、アスカ、綾波、あのさ・・・」

レイ&アスカ「「碇君は/アンタは、黙ってて/黙ってなさいよ!」」

シンジ「で、でもさ・・・」

レイ&アスカ「「(ジロッ!)」」

シンジ(ビクゥッ!)

 

ドーーーーンッ・・・

 

その時、窮地に陥った少年を救うかのように、南東の方角から鈍い爆発音が風に乗って小さく聞こえてきた。

アスカ「何!?」

レイ「!」

振り返るアスカと、制服のポケットから素早く小型スコープを取り出すレイ。

数瞬の観察の後、レイがシンジとアスカを真っ直ぐに見据えて口を開く。

レイ「碇、惣流、両パイロットに命令。第3新東京市F―3地区に“G”発生。直ちに本部へ帰還の後、
   エヴァンゲリオン初号機並びに弐号機で緊急発進。私も行くわ。」

シンジ「分かった! あ・・・でも、どうやって? 電車は止まっちゃてるし・・・」

アスカ「アンタ、バカァ? 走って行くに決まってるでしょ!」

レイ「待って・・・(Pi・・)・・・そう。第壱中学校庭へ・・・3分以内に。(・・Pi)」

携帯電話をポケットにしまいながら、レイはそっと腕時計に目を落としていた。

レイ(12:54・・・待ってはくれなかったのね)

 

シンジ達が出撃するという噂を聞いて、校庭に生徒達が集まって来た。

アスカ「ちょっと、アンタ達危ないから早くシェルターへ避難しなさいよっ!」

ヒカリ「みんな、アスカ達を見送りたいのよ・・・」

シンジ「で、でも・・・・は、恥ずかしいな。」

トウジ「何言うとんのや、センセ! たまにはカッコ良う行ったらエエやないか?」

先生「綾波さん、りりしいですねぇ・・・」

レイ「・・・・(ぽっ)」

ケンスケ(・・・司令、どうか御無事で!)

また敬礼している・・・

待つ事、1分半。ネルフ所属のVTOLが高速で飛来した。

Bafuuunn!!

女子生徒一同「キャ―――ッ!」

男子生徒一同「うぅぉおおーっ!」

何が起こったのかは、書くまでもありますまい。

轟音と砂埃の中、タラップへ3人のチルドレンが駆け寄る。

乗り込む直前、アスカがレイを呼び止めた。

足を止めて振り返るレイ。

アスカ「・・・・・・・」

片手を腰に当てて、アスカが何か言っている。

レイ「・・・・・・」

聞き終えたレイが、乗り込み際に再度振り向いて微笑んだようだった。

シンジ(なに話してるんだろう?)

アスカ「・・・・ジ!」

レイ「・・・・君!」

シンジ「あ、うん!」

Bafuuunn!!

トウジ、ケンスケ、ヒカリ達が手を振る空の中、3人を乗せたVTOLは小さな点となって飛び去って行った。

二人が何を話したのかは、彼女達だけの秘密。

 

 

『綾波司令』 第17話「お昼休みの秘密」 終

 

 

次回予告

僕・・・怖いんだ。

綾波もアスカも怖いんだ。

どうしたらいいの、ミサトさん?

『シンちゃ〜〜ん? 自分で考えなきゃだめよっ!』

次回、『綾波司令』 第18話 「思い出の輪郭―カタチ―」

お楽しみにねンッ!


マナ:綾波さん、給水塔の上は危ないわ。

アスカ:ってゆーか、パンツ丸見えなんだってばっ。

マナ:そういうこと、綾波さんあんまり気にしなさそーだから・・・。

アスカ:ファーストが気にしなくても、シンジに悪影響が出るのよっ。

マナ:うーん・・・やっぱり、シンジも男の子だもんねぇ。

アスカ:アタシ以外の女の子のパンツ見たら、死刑よっ!

マナ:アスカ、見せてるのっ?(@@)

アスカ:洗濯してるもん。

マナ:下着まで洗わされてるのね。シンジ・・・。(;;)

アスカ:とにかく、やめさせなきゃ。

マナ:わたしも、給水塔に登ったら・・・。(*^^*)

アスカ:ぜーーーったい、ダメよっ!

マナ:独占欲強過ぎるわよっ。

アスカ:違うってば。アンタの場合、公害になるからよ。

マナ:コロスっ!(ドゲシっ! グシャッ! ドッカーーーーーーンっ!!)(▼▼#
作者"k100"様へのメール/小説の感想はこちら。
k100@poem.ocn.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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