「それにしても、びっくりしたわね・・・」
「うん・・・」

五月の第二月曜日。
お昼休みの屋上に二人はいた。
昨日に続いて、とても暖かくていい天気である。
前日の日曜は、なぜかトウジと二人で歩いていたヒカリにばったりと出
会ってしまい(いや、二人でいる理由は分かってはいるが、あえてトボ
けてあげたのだ)、結局Wデートという健全な形で終わってしまう。

家で『甲斐性無し!』とゲンドウたちに罵られたのはご愛嬌だ。

しかし、まさか次の日にこんな驚きが待っていようとは思いもよらな
かった。


「初めまして。わたし、六分儀レイです。これからよろしくお願いしま
す♪」

その、青みがかった銀糸のような髪と赤い瞳を持つ転校生の少女がペコ
リと頭を下げてそう言った。

『え?! あ、綾波?!』
『うそっ?! ファースト?!』

二人の驚愕を知らず、大喜びの男子生徒。
それはそうだろう。自分のクラスにとびきりの美少女が転校してきたの
だから。

「ええのぅ。ホンマ、かわいいやないか。のう?」
と、男の子らしい感想を自然に述べるジャージ少年。

「うん。ホントだよ。これは・・・売れるっ!!」
少女の愛らしさをイキナリ金勘定にしてしまう眼鏡。

『す〜〜ず〜〜は〜〜らぁ〜〜・・・・・・』
そんなジャージ男を、般若の顔と呪術師のオーラを噴出しつつ見つめる
ヒカリ。

いつものパターンだ。

ちなみに、アスカも大人気の美少女だが、すでに売約済みであることが
知れ渡っているので誰もちょっかいをかけない(怖いし)。

「ハイハイ。男子諸君、静粛に〜〜」

担任であるミサトが、パンパンと手を叩いて強制的に黙らせる。
でないと、ヒカリの怒声が木霊してしまうからだ。
それは耳が痛いので勘弁してほしい。
「え・・・と、じゃあ席は・・・・・・アスカの横が空いてるわね〜」
見回すと、窓際のアスカの隣が空席になっている。
女子の横の席なので、普通は男子生徒の席なのだが、レイが入ったこと
により女子の方が多くなったので、必然的に並ぶこととなる。

「あ、ハイ」

そう言うと、スタスタとアスカの横に移動し、

「よろしくね☆」
と声をかけてきた。

『あれ?』

と、シンジとアスカは思った。
反対側にも女子が居たのにもかかわらず、アスカに向かって挨拶したの
だ。

普通、“アスカ”という名前を聞けば、“明日香”とか“飛鳥”日本風
の名前を連想する。

青い目の、見た目が外国人のアスカに挨拶する訳が無い。

『『なんで、アタシを(アスカを)知ってるの?』』

そんな内面の驚きを知らずか、その“レイ”がシンジに向かって口を
開いた。

「また、よろしくね。シンちゃん♪」
「え?」

「「「「「「「「「「ええ〜〜〜?!」」」」」」」」」」

その謎が解けたのは、一時間目の休み時間だった。

「まっさか、“こっち”のファーストとも幼馴染だったとはね〜〜」
「そうだね・・・・・・」

『わたしね、5歳までシンちゃんと一緒に遊んでたんだよ? 引っ越し
てから、ず〜〜っとスイスとかヨーロッパを転々としてたの。やっと
ココに落ち着けるようになったの』

と、自分を語っていた。
慣れたつもりでも、記憶のズレはまだ馴染んではいない。

思い出そうと努力すると、記憶というデータバンクから取り出せるのだ
が、それがフラッシュバック並みにキツイ。

頭の奥がバチバチとする感触がいやなので、めったに思い出そうとしな
いのだ。

「あれ?」
「ん? どうしたのシンジ」
「僕のことはともかく、なんでアスカの事まで知ってたんだろ?」
「・・・・・・え?」

家族の話では、アスカと知り合ったのはシンジが六歳の時から・・・。
レイが引っ越して一年後の話である。
彼女の記憶違いなのだろうか?

と・・・・・・。

ガチャン・・・キィ・・・

突然、屋上の鉄のドアが開いた。

「あ、やっぱりココにいた♪」
「綾な・・・じゃない、六分儀さん」

カワイイお弁当箱・・・ではなく、なぜか運動部の男子生徒が食べるよう
な大きな弁当箱と袋をもったレイである。

「・・・何か用?」

あからさまに不審そうな顔をレイに向けるアスカ。

「ありゃりゃ・・・久しぶりなのにアスカってばつれない〜〜」

二人の近くにちょこんと座って、弁当の包みを開ける。
どうやら自分用みたいである。

「久しぶりって・・・・・・アタシの記憶じゃあ、アンタに会ったことないわ
よ?」

アスカの棘のある態度にも怯まず、美味しそうに弁当にバクつく。

「久しぶり・・・・・・ん〜〜〜〜こう言えばいいかな?」

シンジにニッコリと微笑みながら、

「サードインパクトぶりね♪ 碇くん」

「え・・・・・・?」

「「ええ〜〜〜〜〜〜〜?!」」


はっぴい Day'S
2・STEP 転向生


「ん〜〜何から説明したらいいかな〜〜?」

話している間にもバクバクと弁当をかきこむ。
どう言ったら良いのかまだ分からない。

アスカの混乱もまだ治まってはおらず、ブツブツと何か独り言をつぶや
いている。

シンジもまだ落ち着いてはいない。
だが、レイに再会できたという純粋な喜びが心の乱れを押さえ込んでい
るのだ。

それにしても・・・。

「まず、この世界なんだけど、間違いなく“存在”する世界よ。夢とか
じゃないわ☆」

ニコッと笑う。

天使の微笑みだが、ほっぺたのゴハン粒と鼻についたマヨネーズで台無
しだ。

シンジはちょっとだけホッとした。
現実かどうかで悩まなくてすむようになったからだ。

「それと、前にいた世界のシンジくんたちも無事よ♪ 二人で仲良く暮
らしてるわ」
「ホント?!」

アスカに話してはいなかったが、心だけがここに来ているのだから、身
体は空っぽになっているハズなのだ。

抜け殻になった自分たちの事は引っかかっていたが、アスカを不安にさ
せたくなかったために口に出していなかったのである。

「あ、でも・・・僕たちがここにいるのに、どうして・・・」
「んとね〜〜・・・」

ぐびっぐびっと牛乳を飲む。ちなみに1?パックだ。

「あの時・・・・・・シンちゃんたちの心って、赤木博士が言うところのデュ
ラックに沈みかかってたの」
「え?!」

あの時──つまり、深神経バイパス接続実験の時のことだ。

一度だけとはいえ、闇にとらわれたことがあるシンジには、その恐怖は
計り知れない。

上も下も、右も左も、そもそも広さという概念の無い空間。
時間さえ感じられない。自分という感覚が無くなる恐怖。

今のシンジでさえ、その恐怖は拭い去れない。

赤木博士──リツコ言うところのデュラックの海とは、孤立した異空間。
ぶっちゃけて言えば異次元世界のことを指す。

『赤木博士言うところの・・・・・・』というのは、いわゆる『本物の“デュ
ラックの海”』なら、初号機はアレに触れた瞬間に対消滅を起こして大惨
事になっていたであろうからだ。

ものすごい大雑把にいうと、反物質爆発みたいなものだ。
それはシャレにならなかったであろう。

「でね、こっちのシンジくんたちなんだけど、あの事故で自分のこと死
んじゃったと錯覚したの」

こっちの“あの事故”とは、春休みをつぶされた交通事故のことだ。

「錯覚?」

事故で意識が完全に飛び、身体とのつながりを消失させたのだ。あの闇
に落ちた状態と同じだというのなら納得できる話だ。

「うん。錯覚」

ガサガサと袋から焼きそばパンを取り出す。

───まだ食べるのか・・・・・・。

ちょっと怯えるシンジ。

「“あっち”と“こっち”の二人が同時に事故にあっちゃって、“あっち”
と“こっち”のシンちゃんたちが丁度、ホントに偶然、同じ位相で出
会ったの。でね、簡単に言ったらシンちゃんたちの心が、“こっち”
二人の心にくっついちゃったの」

「く、くっついた?!」
「そ」

ハグッと焼きそばパンを口にする。ポロポロこぼれる焼きそばを拾って
口に入れながら、

「シンちゃんも知ってると思うけど、心だけになったら距離も壁もなく
なるわよね?」
「うん・・・」
「傷だらけだったシンちゃんたちの心は、“こっち”の強い心に引っ張ら
れて・・・ん〜〜・・・“落ちてきた”って言ったらいいかなぁ? 
うん。そんな感じにここに来ちゃったの」

「・・・・・・」

頭では理解できないのだが、感覚的にはわかっている。
確かに、そんな感じだったのだ。
だが、そうなると問題が残る。

「じゃ、じゃあ、“こっち”の僕たちは・・・?」
「やっぱりシンちゃん、優しいね♪ もちろん無事よ」

そう言いながら手についたソースとマヨネーズをなめた。

「って、言うか・・・混じってるの」
「混じってる?」
「うん」

袋からガサガサとカレーパン登場。

───ま、まだ食べるの・・・・・・?

戦慄するシンジ。

「あの時、わたし見てたんだ。二人の心が振り回されてたの・・・」
「・・・・・・」

闇の底のような感覚を思い出し、身体が固くなる。

「実はね、こっちに引き込まれて千切れかかってたから、ちょっとズラ
して二つに分けたの。シンちゃんたちの心」
「は?!」

さらりととんでもないこと言った。
とてもカレーパン食べて、中身を膝に落として慌てて拭きながら言う台
詞ではない。

「だからぁ、“あっち”から来る時に──薄くなった──って言ったら
いいかな? そんな感じになっちゃったから、死んじゃったって錯覚
しちゃって弱くなっちゃってた“こっち”シンちゃんたちと綺麗に混
ざっちゃったの」

───そんな・・・・・・カフェ・オレじゃあるまいし・・・・・・。

「混ざっちゃったの・・・って・・・でも、全然変わってないような・・・」

アスカにしても、自分にしても、仕種の一つ一つ違和感なく同じように
思う。
それとも気がついてないだけなのか?

でも、両親たちは『変わった』って言ってた気がするし・・・・・・。

「そりゃそうよ。だって、EVAに乗ってたこととか家庭環境とか以
外、変わんないんだもん」
「え?!」

レイは、“綾波”の顔で微笑んだ。

「シンちゃんは、ちょっと鈍感で、優柔不断で、でも友達想いで、とっ
ても優しくって。
アスカは、乱暴で、プライド高くって、でもやっぱり本当は優しくて。
やっぱり、二人一緒で、けんかしたりしてても、衝突しても、やっぱ
りそばに居て離れられなくって・・・・・・全然変わらないよ」

そう言って微笑むレイの顔は、母であるユイの笑みと同じだった。
何もかも判ってる。そういった母と同じの・・・。

───そう言えば、向こうの世界のレイは、母さんとリリスの細胞から
生まれたクローンだったっけ・・・・・・。

「同じ想いだから重なっても変わらなかったんだよ」
「そう・・・なんだ・・・・・・」

今更ながら納得した。

そういえば、みんなが好きなのは変わらないけど、前よりずっと好きに
なってるような気もする。

想いが重なった分、強くなったのかもしれない。

じゃあ、別れた半心の自分たちは・・・・・・?

「“あっち”のシンちゃんたちね、二人で住んでるわ。夫婦としてね♪」

赤くなるシンジ。
心を見透かされた気分だ。
実際にそうなのかもしれない。

『そっか・・・幸せなんだ・・・よかった・・・』

ずっと引っかかってた事。
普通なら信じることなど出来ない話なのだが、この少女の口からなら信
じられる。

初めて自分に絆をもってくれた少女なのだから・・・。

「あれ?」

だが、疑問は残る。

「でも、綾波はなんでここにいるの?」

「そうよ!! なんでアンタはここにいるのよ!!」

「あら? 復活したのアスカ」
「ええ、ええ、お蔭様でね!! 話は判ったわ。感謝してる。ありがと
うって言ってあげるわ。でも、何でアンタがここにいるのよ!」

速射的に疑問をぶつけるが、焦った風もなく食べ物を片付けるレイ。

そして、ひょいと顔を上げて、
簡単に、
一言で言った。




「二人と・・・・・・・・・居たかったから」






何気ない言葉だった。

だが、その何気ない言葉には万感の思いがあった。

それは苦楽を共にしてきたチルドレンたちだから。

“孤独”というつながりを持つ家族だったから。

レイ自身が最後にやっと気付いた“絆”だったから・・・・・・。

イラつくようで、懐かしい日々のなかにいた三人だったから・・・・・・。

だから、二人の心が欠けた時、そのまま衝動的に追いかけて来てしまっ
た。

それに、もう、あの世界に“神”はいらない。

人間という18番目の使徒たちだけで生きていくことを選択したのだか
ら・・・・・・・・・。




「ファースト・・・アンタ・・・」
「レイよ。六分儀レイ。ファーストって言われる理由ないもん」

口元の食べかすを拭き取って微笑むレイの顔は、やっぱり知っているレ
イだ。
そして、シンジだけが知る、初めて微笑んでくれた時のレイだ。

だけど、ちょっとは違う。
こっちにはEVAが無い。
そして、明るくなってる。

自分たちの知ってる、感情をすり減らした、朴訥なレイじゃない。

感情のままに笑いかけてくれる、この世界のレイ。でも、やっぱりシン
ジがよく知っているレイだ。


アスカも同じことを感じたのであろう、顔に出てた困惑は消えていた。

「わかったわ・・・・・・・・・じゃあ、仕切り直しね! “初めまして”レイ。
アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ。よろしくね」

そう言って右手を差し出した。

自然と微笑が浮かんでいた。

「よろしくね。アスカ」

柔らかく握手をする二人。
再会の握手であり、
新しい絆を結ぶ触れあい。
握手の意味すら知らなかったレイではない。
その光景にシンジの涙腺が緩むことも仕方がない。

「シンジ?」
「ん? な、なんでもないよ。なんでも・・・・・・」

悲しみではない。

嬉し涙。

ただ、恥ずかしいだけ。

ただ、それだけだ。

ただ、嬉しくて嬉しくて、嬉しくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「ぼ、僕、ちょっと顔洗ってくる!」

と、照れ隠しに階下へ降りて行く。
レイと再開できた事と、二人が絆を結んだことに対する暖かい涙を隠す
ために・・・・・。

当然、少女たちは気付いている。

気付いているからこそ、そんな心優しい少年を二人の少女は微笑みで見
送ったのだ。


「アスカ」
「なに?」

そんなアスカに微笑みながらレイが問いかけた。
アスカも微笑みながら受ける。



「もう、シンちゃんと寝た?」



ずしゃっ



綺麗に滑った。

見事な転びようだ。

吉本からスカウトが来そうなほど見事なものだ。

あまりのタイミングでの問い掛けに、滑ってしまったのだ。

「な、な、な・・・」

顔が真っ赤になって次の言葉が出ない。


───イ、イキナリ、何てこと言うのよ!!


さっきまでのほんわかとした雰囲気はどこへ行ったのだろう?

「あらら。まだなの?」
「あ、あたり前でしょ!! アタシら中学生なのよ?!」
「へ〜〜? “まだ早い”って思ってるの?」
「あ、ああ、当たり前でしょ! ナニ考えてんのよ、アンタわ!」

これは照れ隠し。

実際、二人が初めて肌を重ねたのは中学の卒業前なのだから、あまり説
得力はない。

そんなアスカの言葉に、かなり意地悪そうな笑みが浮かぶ。

「じゃあ・・・わたしにもチャンスあるな〜〜♪」
「え・・・・・・?」
「“あっち”はアスカに独占されちゃったけど・・・“こっち”なら、まだ
チャンスあるみたいね♪」
「な、な、な、な・・・・・・」

怒りと呆れと驚きが程よくミックスされて次の言葉が出ない。

「“あっち”のわたしは『碇君と一つになりたい』って想いがあったし、
“こっち”のわたしは、『シンちゃんのお嫁さんになりたい』って想
いがあったりするのよね〜」

ニヤリとするその顔は、あのミサトのソレと同じであった。


───感動して損したっ!! この女はシンジ狙ってたんだった!!


以前の世界でリツコから聞いたことがある。


───位相がズレた世界は、可能性の世界だから、私たちの知っている歴
史と違った道を進むことになるわね。


と・・・・・・。

つまり、シンジがレイを選択する可能性もググッとアップしているのだ。

「ちょっと待ちなさいよっっ!! そんな事このアタシが許すわけない
でしょ!!」
「アスカのお許しなんて、そんなの全然関係ないもーん。シンちゃんの
心一つだもーん」
「ぬあんですってぇええ〜!!!」

憤怒の形相となるアスカ。久しぶりに現れる嫉妬の顔だ。

実はレイは、アスカが怒りの感情を出してくれるのも嬉しいのだ。
色々な表情を出すアスカに対し、懐かしさと喜びが浮かんでくる。
だから、この激しい恋のライバルには、チェシャ猫のような笑みを浮か
べてしまう。

「“あっち”に居たとき、わたしに対して最初の好意を持ってくれたの
 はシンちゃんだったし、“こっち”のわたしに純粋に好きだって言っ
てくれたのもやっぱりシンちゃんだった。想いは重なるって言った
わよね? だったらシンちゃんは?」

「そんなこと!
 ぜったい!
 ぜったい!
 ぜったい!
 ぜったい!
 ぜったい許さない!」

「なにが?」

流石はタイミング劣悪少年。
絶妙のタイミングで顔を洗って帰ってきてしまう。

プシュ〜〜〜

と蒸気がもれて、へたり込んでしまうアスカ。

「わ、わぁっ! アスカ!?」

慌てて駆け寄るが、火照ったアスカは顔を上げられない。
そんな赤毛の少女を見て、お腹を抱えて笑うレイ。

「あ、綾波・・・?」
「はぁ、ひぃ・・・・・・お、お腹痛い・・・・・・わ、わたしは六分儀だってば」
「う、うん」

ころころと表情を変え、よく笑うレイ。

前の世界では、ついに見ることができなかったレイである。

顔を真っ赤にして座り込むアスカ。

感情のまま、大笑いしているレイ。

そんな二人を見ることができる幸せな自分・・・・・・・・・。

そんな事が嬉しくて嬉しくて、つい顔をほころばせてしまう。






・・・・・・・・・・・・・ところで、この世界のシンジも天使の笑顔を持っている。





それは、両親から愛情を受け、親類や隣の家の幼馴染と幸せな日々をす
ごした無垢な笑顔である。

そのシンジの心が、孤独な日々を抜け、自分の足で進みだしたシンジの
心がプラスされた。

その心は、自身の絶望や挫折や苦しみから立ち直り、他人の幸せを喜ぶ
ようになった、純粋な天使の微笑みなのだ。

その笑顔の破壊力たるや計り知れない。
N2爆弾なぞ、お話にならない。

ドッギュゥウウウン!!

と、景気よく音を立てて心に衝撃を走らせる。
世界と交わったレイですら、顔を赤らめてしまう。

「? どうしたの?」

だが、相変わらずの鈍感少年は気がつかない。

「な、なんでもないよ」

ちらっちらっと愛しい少年の顔を窺う。その可愛い仕種にシンジの顔も
赤くなる。

「六分儀・・・さん」
「レイでいいよ。シンちゃん」
「れ、レイ・・・」
「うん・・・」

なにやらいい感じになってくるが、どっこい本妻(自称)は許さなかっ
た。

「ちょっと待ちなさいよっ!! このアタシを無視していい感じになる
んじゃないわよ!!! 大体、レイ!! アンタ、えらく性格変わっ
てんじゃないの!!」

二人の間に割り込んで、シンジを庇うように割り込む。
銀糸の髪の悪魔から庇う為に。

「それはそうよ。“こっち”のわたしって、こんな性格だもーん」


───魂は器に左右されるって言ってたの、ニーチェだったっけ?


シンジは聞きかじりの知識からそんなことを考えていた。

器──身体だが、EVAに乗っていたレイは目的の為だけに生かされて
いた道具・・・・・・“存在”だった。

“絆”さえEVAとだけしか存在しないと自分で言っていたほどなのだ。

だが、よく笑い、よく食べ、冗談を言う目の前のレイは愛情を受けてそ
だった少女のそれだ。

『レイは、この世界のレイは幸せだったんだ・・・』

そう思うと、また涙が出そうになってきた。
大好きな二人の幸せを感じて、嬉しくて・・・・・・。
だから、シンジは涙をごまかす為に、
また、微笑んだ。

───うっ!!!!!!

天使が人々を幸せにするための羽ばたき。その白い羽が二人の頬を撫で
る。
だがしかし、二人のそばで静かに羽ばたいていた天使は、羽の一本を
『シュピーン』とまわして、二人の心に“ぶすりっ”と豪快な
音を立てて突き刺した。


愛の天使は、必殺仕事人のように息の根を止めてくれたのだ。
そう、“理性”の息の根を・・・・・・。

『シ、シンジぃ・・・』
『あ・・・シンちゃん・・・』

たちまち顔が赤くなる。
動機が激しくなる。

「ど、どうしたの?!」

二人の少女が、ふにゃふにゃしながら抱きついてくる。

「ちょっとぉ、シンジはアタシのだから触らないでよぉ!!」
「やっだよ〜ん。シンちゃんはわたしの旦那様になるんだも〜ん」

二人の美少女にもみくちゃにされながら、シンジはどう反応していいや
らわからない。

確かに前の世界では十九歳。アスカと寝た回数なんか数え切れない。
だが、こっちの世界のシンジはただの中学生なのだ。

知識的なものは共用しているのだが、純真さは中学生の時の自分だった。

ズバリ、恥ずかしいのだ。

「ふ、二人とも、やめてよ〜〜」

半分泣きながら訴えてみても、

「ダメよ! コレはアタシとシンジの将来の問題なんだから!」
「そうよ。シンちゃんの子供を生むのはわたしだって、この赤毛に教え
てあげなきゃいけないの」
「赤毛ってナニよ!! アタシは馬か!!」
「キーキー五月蝿いから、サルかしら?」
「ぬぁんですってぇええ??!!」

───だ、誰か助けて・・・・・・。

だが、少年の助けを呼ぶ心の声は、別の結果をもたらせた。

「シンジっ!! ずるいぞ!! 美少女二人とナニしてんだよ!」
「シ、シンジ?! お、おのれは・・・・・・ワイを差し置いて、なんちゅう
羨ましい・・・・・・」

そこには、シンジたちを探していた友達想いの級友がいた。
そして、少し遅れて少女の声が・・・・・・。

「鈴原、アナタなに言・・・・・・って・・・・・・ア、アスカ・・・・・・?!」

「あ、トウジ、あの、これは・・・」

しどろもどろになるが取り繕いようがない。
説明の方法がないからだ。
適当にごまかそうとするとボロが出る。
それでも言わなければ解決に向かわない。
ごまかしが下手くそなシンジでも、やらなければならないのだ。
新たな問題を起こすとも知らず・・・・・・。

「さ、再会を喜んでるんだよ。い、いつもの・・・・・・じ、じゃれあいって
やつかな」

「いつもの・・・・・・って・・・・・・いつもそんな事やってたんか?!」
「え?」

立つことも敵わず、座り込んでいるシンジ。

その左右から自分の胸を押し付けつつ、シンジの膝にそれぞれが馬乗り
になって、少しでもシンジとの接触面積を広げようとしている。

さらに、

「シンジに抱いてもらえるのは、アタシの権利なの!! アンタは引っ
込んでなさいよ!!」
「や〜よ。わたしだって、がんばってシンちゃんの子供いっぱいつくる
んだもん!」

タイミング劣悪。
シンジのがうつったのか?

「・・・ア、アスカぁ・・・・・・レイぃ・・・・・・」

「「よ、呼び捨てた?!」」

「あ・・・」

しまった、と思ったがもう遅い。

「ふ・・・・・・」
「ふ?」

やっと状況を理解(誤解?)したヒカリが、解凍してプルプルと肩を震
わせていた。

『まずいっ!!』

流石にシンジは次にどうなるかは知っていた。



「フケツよ〜〜〜〜〜っ!!!!!!
三人でなんて・・・そんな・・・
  イヤぁあああああっ!!!!!!!」



凶悪にドでかい叫び声に、トウジとケンスケは泡を吹いてぶっ倒れる。

アスカとレイは、シンジが自分に押し付けて、胸と手で耳を守って無事
であった。

「シンジぃ〜」
「シンちゃぁん」

喧嘩を忘れて、ごろにゃんと甘える二人の声を胸に聞きながら、シンジ
は明日からの生活に刺激が増えたことに溜息をついた。

ヒカリの叫び声はキリキリと耳と脳に響くが、それ以上に胸が高鳴る。

この騒ぎさえ、不快ではなかったからだ。

五月の空に、ヒカリの叫びが響き渡る。

『ど〜しよ〜かな・・・』

二人の美少女の重さと甘い香りを感じつつ、これからの騒ぎに対しての
んきに考えていた。





やっぱり五月の天気は、腹立つほどカラリと晴れ渡っていた。


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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