朝の登校風景というものは、いつの時代も変わらない。

まぁ、高校ともなるとバイク通学の学生も出現するし、中学生でもコッ
ソリとバイク通学するものもいたりする(当然、無免許だが・・・)。
仲良くカップルで来るものもいたりするが、まだ恥ずかしさの方が強い
中学生では手をつないだりする者は少ない。


ひやかされるのが判りきっているからだ。

ましてや腕を組むなんてもっての他だ。
・・・・・・普通は、の話ではあるが・・・・・・。


「ちょっと、アンタ!! 離れなさいよ!! シンジが遅刻するじゃな
いの!!」
「や〜よ。そっちが離れたら、わたしも考えてあげるけど〜?」
「どーせ『考える』だけで、離れるつもり無いんでしょうがっ!!」
「あはは☆ 当たり〜♪」
「ムキーーっ!!」


一人の少年の腕に、それぞれ少女がつかまっていた。
右の腕には青みがかった銀糸の髪の少女。
左の腕には赤みがかった茶色の髪の少女。
ルビーとサファイヤの二組の眼が、黒瑪瑙の瞳の前で火花を散らしてい
た。


間に挟まれた少年は、髪も瞳も黒い。
だが、その黒瑪瑙の瞳の持ち主は二人の宝石の瞳の美少女に挟まれて当
然ともいえる容貌を持っている。


例えるなら、“天使”。
東洋に天使がいるならば、こんな容姿になるのではないか?
天使が十三歳の身体に成長すれば、こんな風に成長するのではないか?
そう思わせるものが、この少年にはあった。


二人の美少女による、自分の争奪戦を眺める眼は、正に天使のそれ。
困ってはいるのだが、二人に少女たちに対しての思いやりに満ち溢れて
いた。


出勤途中のどこかのOLがその騒がしさに足を止め、眉をひそめて見つ
める。
その眼が『ケッ! 色気付いた馬鹿餓鬼が・・・』と言っている。
その視線に気が付いたシンジが、取り繕うように微笑む。


ぽんっ


一瞬で撃墜された。
この鈍感な天使が、ショタ系の女性をまた一人増やしてしまったことに
気が付くはずもない。


三人との同居生活。
その一日は波乱ずくめで始まった。
だが、これからも波乱がずっと続くことになろうとは・・・・・・。


明日という日を見つめるようになった少年でも思いつくはずもなかった。



はっぴい Day’S
4・STEP 真・雑居時代(後編)


当然ながら、教室では大騒ぎだった。

昨日のうちに説明しておいたトウジやケンスケ、委員長ことヒカリはそれ
ほどでもなかったが、美少女が増えたことに感激していた男子生徒や、交通
事故後から急激に人気を上げてきたシンジの隠れファン(アスカ未公認)で
ある。

普通の女子転校生なら『この新入りの癖にぃいい〜〜!!』と女子連合
にいじめの対象にされるのだが、レイはなぜだかそうならなかった。

「わかんないけど、そんな気になんないのよね。なんでだろ? 邪魔な
のに・・・」

とは、女子の弁。

まさか、“女”という生命体と嫉妬の産みの親だからとは思いもよらな
い事実であった・・・・・・。


。


時間が進んで昼休み。
楽しいお弁当タイムだ。

前の世界ではシンジが作っていたこともあり、彼が作ろうとしたのだが、

「ナ〜ニ言ってるのよ! アタシが作ってあげようって言ってるのよ?」

で黙ってしまう。


“あっち”のアスカはほとんど料理なんかやらなかった。シンジと二人
暮らしになってからはやるようになったぐらいだ。

しかし、“こっち”のアスカは『勉強はダメだが運動と家事はおまかせ』
の少女だったらしい。
“こっち”の自分の記憶を引っ張り出すと、フラッシュバックにも似た
衝撃が脳を突き抜けるので、思い出すという行為はほとんどやらない。

だが、『レイに負けてたまるもんですかっ!!』と、のたうちながらド
根性で記憶を引きずり出し、料理をマスターレベルにかち上げたのだ。

ちなみに、レイは料理も勉強も言うことナシであった。

まぁ、『やっぱりシンジの料理、食べたい・・・』というアスカの本音を感
じていたレイが当番制にしてたりもするが・・・。

初日の今日は、アスカの食事当番であった。


「いい天気ね・・・」
「うん。どこ行きたいよね〜〜」

今はシンジはいない。
三人分の飲み物を買いに行っているのだ。
シンジというエネルギー資源がいない為、美少女二国間に戦争は起きて
いない。
平和なものだ。


「期末試験が終わったら夏休み・・・かぁ・・・・・・シンジとどっか行こうか
な・・・・・・」

前の世界では第三東京都市から離れることが出来なかった為に、来日し
てから旅行など行ったことがない。

使徒戦以降はそのチャンスもあったのだが、精神ダメージの後遺症から
か家に篭っている方が楽だったから、シンジと二人でいた。


もちろん、今は一緒に出かける喜びを知っている。
だから戦闘訓練やLCL実験の無い長期の休みは楽しみなのだ。


「シンちゃんとデートかぁ・・・いいなぁ・・・でも、わたしは夜の方が楽し
みだなぁ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナニが・・・?」
「え? だって、アスカに連れまわされちゃって、ぐったりとしたシン
ちゃんを癒してあげるんだもん」


『あ〜あ・・・・・・疲れちゃったよ』
『大丈夫? シンちゃん』
『うん。ありがとうレイ。労わってくれるんだね』
『そ、そんな(ぽっ)・・・・・・わたしはシンちゃんが好きなんだから当然
だよ〜』
『・・・僕だってレイのことが好きだよ』
『ホント?!』
『当たり前だよ! 判らなかったの?!』
『う、うん・・・』
『じゃあ、証拠みせないといけないよね?』
『え? (がばっ、とシンジが押し倒す)あ、ダ、ダメ、いくらなんで
も・・・そんな、ヤん☆』
『ダメだよ・・・レイは僕の物になるんだ・・・・・・(ビリビリと破り取られ
てゆく衣服)』
『あ、恥ずかしい、そんな乱暴に・・・(ばこーんっ!!)』

「痛い〜〜〜」

後頭部を抑えて涙ぐむ。

「ナニ考えてんのよ! アンタわぁっ!!」

上履きを握り締めて肩で息をするアスカ。

どうやら上履きで引っ叩いたらしい。

「う゛〜〜・・・・・・せっかく、『シンちゃんの愛の調教日誌 第一章』が
始まるトコだったのに〜」

「勝手にタイトル付けるな!! バッカじゃないの?!」

陳腐なAV並のタイトルを聞いて真っ赤になるアスカ。

「あらら〜〜・・・・・・じゃあ、アスカってばシンちゃんに独占されたくな
いの〜?」
「そ、それとこれとは・・・」

「シンちゃんだけの女の子になって、シンちゃんだけの声を聞いて、シ
ンちゃんの腕の中だけで眠るの・・・・・・で、シンちゃんが、見つめるの
は・・・・・・自分だけ・・・」

「う゛・・・・・・・・・」

今度はアスカが妄想に捕らわれる。

「んふふ〜〜・・・想像したでしょ?」
アンタわぁ・・・・・っ!! ホントに性格悪くなったわね。性根腐
り切ってんじゃないのっ?!」
「アスカよりマシ〜〜♪」

そう言って笑うレイ。
毒気を抜かれ、つられて笑ってしまう。


───明るくなった。ホントに。


それはアスカにも言える。
陳腐な劣等感とプライドにがんじがらめだった世界。
差し伸べられたシンジの手を叩いて拒否したあの時間。
今考えてみても愚かしくて馬鹿馬鹿しい。

いつもいつも自分を見ていてくれてたのに、信じ切れなくて、心を閉じ
ていた。
自分を助けるために、命令を忘れ、我を忘れてマグマの中にさえ飛び込
んでくれたのに・・・。
アスカを元気付ける為に、がんばってご馳走を作ってくれたシンジ。
雨が降り出したと思った途端、傘を差し出してくれるシンジ。
悪夢にうなされ、眠りながら流す涙を、そっと優しく拭ってくれるシン
ジ・・・・・・。

何で忘れてたんだろう?
それが腹立たしい。


誰にも言えない。だけど、アスカの決意は固い。
見返りを求めたりしないシンジは絶対に受け取らないだろう。
『そんなつもりで一緒にいたんじゃないよ!』

と、

だけどこの“恩”は絶対に返す!!

───アタシの一生をかけて・・・・・・ね♪ 覚悟なさい♪

ひとり心の中でほくそ笑むアスカであった。










「ずいぶん仲がいいね。微笑ましいよ」

そんな二人に唐突に声がかけられた。

シンジではない。

穏やかだが、シンジのような柔らかさがない。
優しいが、よそよそしい。
綺麗だが、ただそれだけ。

そんな声だった。

「誰よ!?」

声のする方に向くと、そこには少年がたっていた。
所在なさげにポケット突っ込まれた手。
ラフなのに、なぜだかキッチリと着こなしているように見える学校指定
の制服。
襟元から覗くオレンジのシャツ。

そして、
レイと同じような、赤い瞳と銀糸の髪。
話しかけてきたくせに、こっちを見ていないような眼差し。
前の世界のレイの性別を男子に変更し、穏やかにしたような雰囲気の少
年だ。

声音が表すような美少年なのもちょっと腹立たしい。

でも、既にアスカにとっての男はシンジ一人になっていたから、美少年
という感想意外は持って無かったりする。


「ボクかい? 昨日から“妹”と一緒に転入して来た転校生さ」
「転校生? 昨日?」
「そうだよ。ボクの顔、見たこと無いだろ?」

確かに見たことが無い。いくらなんでも、こんな容貌と雰囲気ならば別
のクラスにいても目立っていたはずだ。

つまり、昨日この学校に転入してきたのは、レイを入れて三人だったら
しい。

そのレイはというと、口を開けてポカンとしていた。

「? レイ?」

「とりあえず自己紹介はやっておくよ。ボクの名前は・・・・・・」

「タ、タブリス??!! なんでアナタがここにいるのよ?!」

瞬時に再起動を果たしたレイが口を挟んだ。

「へ? レイ、コイツ知ってんの?」

「久しぶりだね。リリス・・・いや、“レイ”と呼んだほうが礼儀だよね?」

「!! アンタ・・・」

レイのことを“リリス”と呼ぶ。
そのことを知っているのは前の世界の関係者だけだ。
となると・・・・・・。
アスカの体が緊張で硬くなる。

「キミとは初対面だよね? じゃあ、やっぱり先に名乗るのが礼儀だね。
もう“タブリス”じゃないんだし・・・・・・ボクは・・・」


ぼとっ、ぼとっ、ゴトッ

ゴロゴロゴロ・・・・・・

持っていたペットボトルとお茶の缶をショックで落としてしまう。
コンクリートの地面を転がる鈍い音がやけに響く。




「カ、カヲル・・・・・・君・・・・・・?」




その落とし主の少年はそう言った。

呆然と、

そして、涙をためつつ。

言葉を遮られ、又も少年は名乗れない。
だが、残念がってはいない。
どちらかと言うと、嬉しそうだった。

「やあ、シンジ君。また、逢えたね」

また微笑んだ。
アスカたちに向けられたものと違い、今度は本当に喜びの感情を含んで
いた。


「カヲル君、カヲル君、カヲル君、カヲル君、カヲル君、カヲル君!!」


飛びついて、抱きしめ、涙で顔をくしゃくしゃにする。

「うれしいよシンジ君。こんなにも喜んでくれるんだね。本当に、ボク
はとっても嬉しいよ」

そう言って、やんわりと身体を離すと、シンジに微笑んだ。

「また、キミを泣かせてしまったね」

少し眉を顰め、詫びる仕種も美少年だけによく似合う。

「ごよん・・・ごめんよ・・・ずっと、ずっと、謝りたかったんだ・・・せっか
く友達だって言ってくれたのに・・・」

自分の想いを上手く言葉に出来ないのがもどかしい。

「大丈夫だよ。知ってるだろう? ボクはキミの心を理解しているんだ。
相変わらず優しいんだね」
「カヲル・・・君っ!!」

溢れてくる涙を隠そうともせず、シンジはカヲルを抱きしめてわんわん
泣いた。

ずっと、謝りたかった。
そして、赤い海の中で存在を感じ、ずっと逢いたかった。
謝って、お礼を言いたかった。

自分の大事な、

友達。


『友達って言ってくれて、本当にありがとう』
と、

「今度は、ずっと友達でいられるんだ。だから、大丈夫だよ」

「カヲル・・・く・・・ん」

涙は止まらない。
だけど、喜びに満ち溢れた熱い涙だった・・・・・・。








なんて二人を爪を噛みながら見ている女子二人。

ちょっと離れて見れば、なにやら“薔薇色”にイイ感じ。

「・・・ちょっと、ナニよアイツは・・・」

不機嫌丸出しのアスカであった。

「・・・あの時、アスカは入院してたんだっけ・・・アスカの代わりに弐号機
のパイロットに呼ばれた・・・ってゆーか、ゼーレに送り込まれてきた
フィフス・チルドレン・・・って、言ったら解る?」

「え・・・・・・・・・・・・・・・? あっ!! 第十七使徒!!」

「その言い方、やめてくれないかい? ボクの名はカヲル。シ者ではな
く、霧島。霧島カヲルさ」

それまでシンジ背中を撫でていたカヲルが顔を上げる。
子猫をあやしている様なふやけた顔がなんとも憎たらしい。

「霧・・・島?」
シンジも顔を上げる。
どこかで聞いたことがあるからだ。

「ナニ言ってんのよ!! アンタのせいでアタシの弐号機が・・・・・・ん?
 霧島?」

アスカの頭もイキナリ冷える。
や〜〜な予感がしたからだ。

「そうだよ。ボクは霧「あ〜〜〜〜〜っ!! お兄
ちゃん! ずっる〜〜い!!!」」

またまたカヲルは最後までセリフを言えない。
少女の大声にさえぎられたからだ。
特にイヤがってるわけではない。
その顔には『やれやれ仕方ないなぁ・・・』といった心情が出ている。

「マナ、そんな大声を出したらみっともないよ」

声の主は、屋上の入り口にいた。
第三中の制服を着た、やや茶色みがかったショートヘアの少女。
プロポーション的にはアスカやレイに劣るが、少女らしい可愛らしさと、
妙な力強さを瞳に秘めた女の子である。

手には購買の袋───おそらく昼食のパンが入っている───が握られ
ている。

「お兄ちゃん、抜け駆けだよ! あたしだって、シンジくんとお話した
かったのに」

ぷりぷりと怒りながらカヲルに近寄って、二人を引き剥がす。

そしてシンジに、

「シンジくん、久しぶり☆ あたしの事、覚えてる?」

と、顔を寄せつつ、花がほころぶ様な笑みを浮かべて聞いてきた。

「霧島・・・マナ・・・さん?」

顔を赤らめつつ、そう答える。

「・・・っ!! やっぱり覚えててくれたのね?! 嬉しいっ!!」

マナに抱きしめられ、茹でダコと化すシンジ。

アスカとレイの顔も赤くなる。

当然、別の意味で。
当然、嫉妬だったりする・・・。
“あっち”の世界において、霧島マナは要注意人物だった。

戦自のスパイだったから?

否! シンジの初恋の相手だからだ!

───アイツまで来てたの?!

赤い髪の少女の心は、戦々恐々だ。レイにしても、顔には出さないが、
恐らくそうなのだろう。あるいは敵と認識しているか、だ。

しかし、与えられた“事実”はちょっと違った。

「シンジくん、ホントに大丈夫なの? 事故で入院なんて・・・・・・ホント
にビックリしたんだらね?」

泣きそうなマナの声。
心から心配していた声である。
『『あれ?』』
何か違う。

───ひょっとして、“こっち”のマナ?

方向性は違えど、シンジとアスカとレイは同じ考えに至っていた。

が、
『違うよ。キミたちがよく知っている霧島マナ。本人さ』
と、声が心に優しく響く。

一瞬驚くが、前に聞いた感触があるのですぐに落ち着いた。
カヲルが、僅かに残っている使徒の力で語りかけてきたのだ。

『どういうことなの?』

シンジも心で問う。

『意識の海の中。ボクはキミのいるこの世界に歩き出した。だけど、途
中に漂う意識の中にキミの名を知っている欠片を見つけたんだ』

『ひょっとして・・・』

『うん。マナだよ。この娘はどこにも行くつもりがなかった。戦自の行
動や背後を知り、何もかもやるつもりも無くなって、ただ漂うだけに
なっていたんだ。でも、そんな意識の中でキミのことだけは覚えてい
た・・・』

『・・・・・・』

『一緒に連れてきたからかな? 彼女とボクは同じところに出た。少し
は使徒の力が残っているけど、今度はちゃんと人間の・・・母さんの子
供としてね・・・・・・それも双子として』

彼は笑っているようだった。

それも楽しそうに。

ずっと人間を理解をしようとして、シンジが、人間が好きになり、シン
ジや人間の為に初号機の・・・シンジの手による死を望んだ。

だから、嬉しいのだ。

シンジを追いかけ、その過程によりマナと言う妹と家族ができ、人との
つながりを・・・・・・絆を得たこと、
結果、シンジと同じ人間となったこと、

そしてまた、シンジと友達として出会えたことが。



そう、今、カヲルは幸せなのである。



『この娘も、幸せになる権利があるんじゃないかな?』

『うん・・・そうだね『『待ちなさいよ!!!』』』

意識だけの会話だというのに、二人が乗り込んできた。

『こ、心の中に意識で踏み込めるなんて・・・・・・やっぱり君たちは尊敬に
値するよ・・・』

『なんで、アタシに断りも無くそんなことするのよ!』

『そーよ! シンちゃんは今度こそ、わたしと一つになるんだからね!』

『ナ〜ニ言ってんのよ! シンジはアタシの物よ! 絶対、アンタなん
かに渡さないわ!!』
『あ〜! あ〜! 言い切った〜〜! なんでアスカの物って、決定事
項なのよ!』
『フン! アンタなんかに断り入れる必要ないわ!!!』
『ナニよ〜〜!!!』

シンジは、カヲルと同時に後頭部にでっかい汗をかいた。
意識だけで口ゲンカを続ける二人は無視することにして、

『・・・・・・でも、霧島さんに記憶は無いみたいだね』

と、切り出した。

『うん。そうだね。ただ、“想い”だけは健在だよ。嬉しいかい?』

シンジはにっこり笑って、

「うん」

と声に出して言った。

「?」

イキナリ声を出すシンジ。当然、マナはよくわからない。
が、そのシンジの顔は満面の笑みが浮かんでいた。


ボンッ


撃沈は早かった。
マナは一瞬で沈んでしまう。

そして、カヲルも。

久々に見る笑顔は、彼らにとって凶悪兵器以外の何物でもなかったのだ。

「ほ、本当に、キミは、好意に値するよ・・・」
「あうあう・・・シンジ・・・くん」

「あ、あれ? カヲル君、霧島さん」

幸せそうに軟体動物化する二人に、状況理解が出来ず慌てる少年。
未だにインナースペースで罵りあうアスカたちを除き、極めて平和な風
景であった。


〜   〜   〜   〜   〜   〜   〜   〜   〜


「結局、マナ板のヤツはシンジとどーゆー関係だったの?」

学校からの帰り道、二人の機嫌をとるためにシンジが買ってあげたソフ
トクリームをなめつつ、アスカが口を開いた。

「え? うん。霧島先生───あ、霧島さんのお父さん。脳神経科のお
医者さんなんだ───は父さんの友達の一人なんだって。で、父さん
と家に行ったときは霧島さんとよく遊んでたんだって」


───また、アタシの知らないうちにオンナ作って・・・・・・。


顔には出さなかったが、心の中では血管が浮きまくって網のような顔に
なってたりする。

「でね? ボクらが十歳くらいの時に引っ越して海外に出てたんだけど、
例の交通事故の時の、意識が戻らない僕らの為に、父さんが呼び戻し
たんだって」

「呼び戻した・・・って、ドコ行ってたの?」

と、これはレイ。既にソフトクリームは胃に消え、いつの間にか購入し
ていたシェイクを吸っている。ちなみにチョコレートシェイクだ。

「なんでも、ドイツの大学に行ってたんだって。ドイツの大学の教授と
して・・・」

「「・・・・・・」」

せっかくドイツの医大の教授になったのに、ゲンドウの鶴の一声に呼び
戻されたというのだ。
なんというか・・・・・・。

「あ、でも、元々やる気が無かったから、丁度よかったって言ってたよ」

「・・・・・・まぁ、いいけど・・・・・・」

アスカたちにとっての問題は、ライバルが増えたことである。

カヲルは全く油断できないし、マナにいたってはシンジへの想いの塊と
きてる。

厄介なことこの上も無い。

『でも・・・』

と、シンジは何か心に引っかかっていた。

『父さんの言ってた“手”って、アスカのことじゃなかったみたいだっ
たし・・・・・・霧島さんやカヲル君とも違うみたいだし・・・』

「どうかしたの?」

「え? うん。父さんがレイの・・・・・・その・・・ぬ、抜け駆け防止に手を
打ったっ言ってったんだけど・・・・・・」

「え〜〜〜〜〜っ?! シンちゃん! わたし邪魔なの〜??!!」

ぷくぷくに涙をためて訴えるレイ。

「そ、そうじゃないよ! レイの事、邪魔だなんて、そんな事、思った
ことも無いよ!」

「よかった〜・・・」

一瞬で引っ込む涙。

「じゃあ、なんだって言うのよ!!!!」

当然のごとく、シンジのセリフに不機嫌さ全開になるアスカ。
視界の隅でニヤリと笑って舌を出すレイが見えるのも腹が立つ要因だ。

「ぼ、僕だって、わかんないよ。でも・・・」

「でも?」

「・・・・・・普通で考えたら、ストッパーになるのって、同居人じゃないか
な〜〜〜って・・・」

「・・・・・・・・・・・・同居人・・・・・・・・・」

三人の脳裏に、ビール片手の酔いどれ天使が浮かび上がった。

シンジとアスカの脳裏では、さらにカレーを持ってたりする。

またさらに、本人もやらないような、ヲっさん笑いをかましてくれてた。

『がはははははははははははははは
ははははははははは』


たらり・・・と、冷たい汗が流れる。

「・・・・・・・・・不吉なこと、言わないでくれる・・・・・・?」

ちょっと怯えるアスカ。

「・・・・・・ゴメン」

エレベーター内の灯りの白さとは裏腹に、三人(特にシンジとアスカ)
の心は曇ってゆく。

暗雲に包まれたまま、部屋に戻ってくると、誰かがドアの前に立ってい
るではないか。

「「「ま、まさか??!!」」」

相手を確認する前に硬直する三人。
人影は女性特有の丸みがある。


ヤバイっ!


と、戦慄が走った。

が、

まず、その人間は若かった。

さらに、童顔だった。

そして、髪はショートだった。

ズバリ、別人だ。

「あ、お帰りなさい☆ センパイから紹介されて、シンジ君とアスカちゃ
んの後遺症治療の為に一緒に暮らすことになりました伊吹マヤです。よ
ろしくね♪ シンジ君」

その、童顔の同居人は笑顔で答えた。

「あ〜〜・・・良かった。マヤさんだったらいいや」

予想被害が発生しなかったことに胸を撫で下ろすシンジ。


「「よくな〜〜〜〜〜い!!」」


二人の少女たちの声がコンフォートに木霊した。


シンジ、アスカ、レイ、マヤ。
そして、カヲルとマナ。


新しい生活は新しい人間関係で始まる。









存在しない思い出の、コンフォートの部屋で・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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