コンコン。

 「ど〜ぞ〜」

 ミサトの返事が終わってからドアが開く。

 珍しく執務室でレポートをまとめていた彼女の眼に、一人の青年の姿が
入った。

 「南部キョウスケ、入ります」

 「はいな」

 天然のやや赤いメッシュの入った濃い茶色の髪、鋭い眼差し。かなりの
色男なのだが、固そうな軍人の臭いの取れない男。


 ミサトが先日、戦自から引き抜いて部下にした南部キョウスケである。

 「それで、どうだった? あの子」

 「後でレポートにまとめますが・・・・・・何と言うか・・・・・・」


 彼にしては歯切れが悪い。
 戦自の時代でも新兵の教師役を勤めたことくらいあったはずの彼が、表
現に苦労していた。


 「かまわないわ。ハッキリ言ってみて」

 「はい・・・・・・碇シンジの訓練なのですが・・・・・・進みすぎます」

 「どういうこと?」

 「才能・・・・・・という括りに入れるのではありませんが、射撃に関しては
言うことはありません。自分の知る限りでは、戦自にいる連中よりか
なり上です。実戦でどのくらいのモノになるかは、まだわかりかねま
すが・・・・・・」

 「・・・・・・マジ?」

 サキエルのデータを使ったシュミレーションの後、シンジは実地訓練を
申し出た。

 戦闘結果が彼の想像より悪かったせいだ。


 戦闘内容はともかく、街の被害が大きかったのだ。
 それでも被害は軽微より上と言ったところ。

EVAという巨大兵器を使ったものとしては優秀な成績だったというの
に・・・・・・。


 「格闘術の飲み込みもかなりのものです。恐らく天性のものでしょう。
ですが・・・・・・」

 「ナニ?」

 「いくらなんでも吸収が早すぎます。このままでは人格が伴いません。
言わば・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・戦闘マシーンになるって言うのね?」


 「はい」


 軍人でもない、ただの14歳の少年を最前線で戦わせているだけでも心
苦しいのだ。
 その少年の持つ、本来の子供らしさまで奪うことに彼は納得できなかっ
たのである。


 ミサトにしてみても、戦闘マシーンになってくれた方が戦術,戦略的に
は助かる。
 この間の戦闘にしても、子供を守ったせいで初号機の腹部にダメージを
負ったのだから。


 だが、そのシンジらしさを奪うことは少年の否定そのものになる。
 その線だけは譲れない。


 「で? アナタがそこまで言うんだったら、もう誰かに連絡とってるん
じゃない?」

 と、遠まわしに提案を呑む。

 「・・・・・・相変わらず、読みが早い」


 内心、苦笑する。
 いい加減だが、ある一歩のギリギリのところで倫理を否定しない。
 これだからついて行く気になったのだ。


 「自分の知人に剣術家がおります。その方に剣術指南を依頼しました」

 「剣術ぅ〜?」

 「ええ。シンジには腕より心を研いてほしいんです。これからの戦いの
為に・・・・・・」
 
 「わかったわ。その事もレポートにまとめといて。“上”の方はこっち
でなんとかするから」

 「了解です」

 上司に敬礼をして出て行こうとするキョウスケの背中に、

 「例の件も頼んだわよ」

 「了解」

 「それと・・・・・・」

 「は?」

 「その剣術のセンセー、なんて名前?」

 「示現流、東郷リシュウ先生です」




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For “EVA” Shinji

フェード:参

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 「学校ですか?」

 ここはコンフォート17。ミサトとシンジの住むマンションである。

 訓練を終えた日の夕食時、ミサトがいきなりシンジの中学入学を切り出
したのだ。


 ちなみに、夕食は和食。

 揚げだし豆腐と焼き魚、温泉卵と白菜の浅漬けと塩昆布である。

 関係ないが、お茶は焙じ茶である。


 アルファは同じものを少量で食べていた。
 猫なのに・・・・・・。


 「そ。明日から第壱中学の生徒よん♪」


 “前”からの付き合いで、こう言うミサトは手続きを終えていることを
知っている。

 どーりで見慣れない箱が自分宛てに届いていると思った。

 それには制服が入っていたのだ。


 彼は“転校”というイベントがあったことを失念していたのである。


 本当ならば中学になど通わず戦闘訓練を続けたいのだが、なつかしい皆
に会えるという喜びを蹴ることはできなかった。


 「わかりました」

 と、二つ返事で受け入れた。

 「そ。よかったわ喜んでくれて」

 ミサトも嬉しそうである。


 実は、シンジの転校はNERV本部上層部の望みでもある。

 シンジの笑みにノックアウトされた発令所の面々(ゲンドウ除く)が、
『使徒が来ないときくらい、せめて中学生らしい生活を送らせてあげて』
とミサトに懇願したのだ。


 完全にゲンドウ側のはずの冬月も混じってたりする。

 まぁ、彼は元々は教鞭をとっていたのだから当然といえないことも無い
が・・・・・・。


 シンジの制服も、ミサトからではなく、発令所の皆の贈り物なのだ。


 ミサトにしても、皆と同じようにシンジにノックアウトされた一人。
 その提案を丸呑みしたことは言うまでもない。



 そんな背景など知らず制服を見つめながら、なにやら照れている少年を
温かい目で見守るミサトであった。



*   *   *   *   *   *


 「それじゃあ、行ってきます」

 「ハイ、行ってらっしゃい」

 明けて次の日。
シンジの初登校の日である。


 このところシンジの笑顔見たさに早起きしている上、ビールを飲みすぎ
て栄養のバランスの悪いからとシンジに飲まされている青汁のせいで目覚
めもスッキリだ。

 ミサトの舌にとって、青汁は全く苦痛でないことを知っているシンジな
らではの選択であった。



 ま新しいスニーカーを履き、玄関を開けると包帯の少女が立っていた。


 『え・・・・・・?』


 「・・・・・・おはよう」

 その蒼銀髪の赤い瞳の少女が先に口を開いた。


 「え? あ、お、おはよう・・・・・・」


 「あら、来たわね。シンジくん、この子がファーストチルドレンの綾波
レイよ。同じ学校だし、仲良くしてね」


 そんなミサトの声にどぎまぎしながら、


 「あ、あの・・・・・・碇シンジです・・・・・・“初めまして”」


 「・・・・・・行くわ」

 シンジの名前を聞いたのか聞かないのか、背を向けて歩き出す。

 「え・・・と?」

 ポカンとしたシンジを、


 「ちょっち、とっつき難いけどね〜〜・・…・いい娘なのよ? じゃあ、
レイの後ろついてって。学校の道早く覚えてよね」

 「え? 僕は・・・・・・あ、ハイ」


 危うく“道は知ってます”と言うところだった。

 ボロを出す前にレイの後を追う。



 その背中を見つめつつ、

 「今、出たわ。南部クン、後ヨロシク〜〜」

 『了解』

 と少年の護衛の任に就かせたキョウスケに連絡を送った。

 そんなやり取りを、留守番のアルファが暇そうに見つめていた。


 『今日はペンペンとお話しなきゃいけないからニャあ・・・・・・まぁ、レイ
との再会を二人っきりで楽しんでくるんだニャ』


 彼女には、居候が増えて機嫌が悪いペンペンと和平会議をするという仕
事があったのである。











 曲がり角のところでレイはシンジを待っていた。

 「あ、ゴメン。待っててくれてたの?」

 「・・・・・・貴方を置いて行けない」

 ポツリと、頬を桃色に染めて、そう言った。

 「え? あ、ありがとう」

 そうシンジが微笑むと、ますます赤みを増して桃からリンゴになった。


 「・・・ごめんなさい・・・・・・葛城一尉の前で冷たくして・・・・・・」


 「ばれない様にそっけなかったこと? そんなの解ってるよ。綾波のこ
とだもん」


 無論、シンジに他意はない。
 ないからシャレにならない。

 たちまちレイの頭にピンクの霞がかかる。


 『碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君、碇君・・・・・・・・・』


 「あの、綾波? はやく行こうよ」

 「・・・・・・え? ええ・・・・・・はやくイきましょう」


 微妙に(かなり?)違ったことを言いながら、仲良く登校する二人。





 遠目に眺めつつ、そんな初々しい中学生カップルに眼を細めるキョ
ウスケであった。








 ──あ(と)がき──

 ハイ、短いですけどココまでです。

 レイは二人目+三人目+(異世界の綾波二人目×2)+四人です。

 多いようですけど、合計的な技量はアスカと“とんとん”です。

 この能力の発露は、例の“遠距離射撃戦”でちょっと出る“ハズ”です。

 ですから説明は少なめにしました(^^;)


 次回は、学校編です。シンジ君は友達と再会できますよ。


 ではまた・・・・・・。


 〜〜シンジ君の学校生活に幸いあれ・・・・・・〜〜


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