プシュウ・・・・・・ン。

無機質な自動ドアの音が戦術作戦部の部屋に響く。
邪魔にはならない。
どうせ部屋にいるのは課長だけだ。

NERV戦術作戦局第一課長、葛城ミサト三佐──いや、現在は一佐に
なっている──彼女だけである。
三十路も後半期に入ったというのに、相変わらずの容貌で若々しい。

入ってきた人間も、ほぼ同じ歳だが、この知的な美女も変わらない。

「二人の様子はどう?」
リツコにそう問われても、ミサトはモニターから顔を上げようともしな
い。

「相変わらずよ。ラヴラヴでベタベタ」

呆れて言っている・・・・・・という言い方ではない。

若い夫婦を見守る母親のそれだ。

モニターには、ミサトが前に住んでいたマンションの一室がモニターに
映し出されている。

青年の年齢に達したシンジと、女性と言い切れる年齢のアスカ。

二人は身体を寄せ合ってまどろんでいた。

・・・・・・まるで一枚の宗教画の落ち着いていて、穢れを感じられない。


───幸せそうな二人。


これ以外の表現が見つからない。

「ど〜にか、一般生活は出来るようになったわ。もう、二人だけにして
も大丈夫よね?」

金髪の親友に同意を求めるように問いかける。

「一般生活はね。それ以外は無理よ」

二人の間に沈黙が戻る。




あの実験が、結果として二人の心に深刻なダメージを与え、そして引き
離されずにすんだのだ。

実は、アスカたちには秘密になっていたことなのだが、使徒戦を終えた
為にアスカは本国に戻らなければならなかった。

軍人として登録している事、EVAという人造人間に適格できる素質、
そして使徒と接触した経験の調査報告等々・・・・・・つまりはドイツにデータ
を取られに連れ戻される寸前だったのだ。

ミサトたちはなんとか二人を引き離されずに済むよう頑張った。
実験も時間稼ぎの一つであった。

だが、流石に五年も延ばしに延ばすと、ドイツから専門家の研究チーム
がやって来た。

無論、本部に集められてスペシャルチームに敵うはずも無かったが、そ
れなりの実験を目の前で提示し、納得しないとドイツには戻らないだろう。


───深神経バイパス遠隔接続実験。


これがドイツ支部側から提示された実験名である。
名前はもっともらしいが、実際は、ターミナルドグマ内部に残っていた
LCLを介して、実験用の模擬体に精神を接続するというものである。

クローン体であるレイは、常に一人しか存在しなかった。

『魂というものが器から離れ、別の器にとどまることがあるのか?』
といった、リツコたちのいるNERV本部の技術者達にとって、ナニを
今更・・・な実験だったのである。

しかし、アスカはサードインパクト以来、LCLに対して強い嫌悪感を
持っている。よって、アスカを麻酔等で眠らせなければならない。当然、
LCLを使うという事実も伝えない。

そして、同じポットにシンジも同乗させる。

万が一になったとしても、唯一心の奥から信頼しているシンジと共にい
ることによって、心を繋ぎ止められるからである。

当然、自分の肉体を持つアスカたちを乗せて成功するはずが無い。
リツコたちは、そう確信していたのだ。

が、結果は、劣悪な状況で予想を超えてしまったのだ。

肉体が仮死状態となり、精神─いわゆる魂─が完全に剥離してしまった
のだ。

原因は不明。

二人をほったらかしに責任を押し付けあうボケ科学者を叩き出し、医療
スタッフ全員で蘇生治療が行われる。

意識は当然戻らない。脳波もフラットで脳死のラインのギリギリだ。

身体は自律神経以外が活動しなくなった。

さまざまな手段が用いられ、どうにか二日後には同時に意識を取り戻し
た。


だが、意識を取り戻したとき、アスカとシンジに大きな変化があった。


お互いが視界内にいないと全く精神が安定せず、ヒステリー状態になり
暴れるのだ。

二人の精神度のグラフも低下し、適格能力などキレイに消失していた。

アスカにいたっては、ほとんど幼児退行を起こしており、シンジの膝か
ら降りることが出来ない。



あの実験の前に、その危険度の高さを散々説明したリツコに、ドイツ側
はゴーサインを出した。

抜け目の無いミサトはアナログ記録を録っており、それを証拠に責任を
追及すると、今度はいらなくなったから正式に本部採用にすると言ってく
る始末。

二人の保護者であったミサトは、正直言ってゲルマン学者どもをぶち殺
してやりたい気もあったのだが、その無能っぷりのお陰でシンジたちは引
き離されずに済んだのだから、一応は沈黙を守っている(もっとも、ずっ
と黙っているつもりも無いのだが・・・・・・・・・)。



「・・・・・・あの二人ね。お互いの一部が入れ替わってるみたいなの」

シンジ達の様子をモニターごしに見つめながら、リツコが突然口を開い
た。

「ほえ? どーゆーこと?」

「データ的に見たら、お互いの精神波長の一部が入れ替わってるから。
後は・・・・・・カンね」

「カン・・・・・・かぁ・・・・・・」

あながち間違っていないかもしれない。

あの事故の後、二人を別室に運ぼうとした時、二人は心を引き裂かれる
痛みに耐えられないかのような叫び声をあげていた。

自分から心が引き離されるように・・・・・・・・・。

これからは二人でいなければならなくなった。

でも、逆から言えば二人でいて良いのだ。

もう、誰も邪魔しない。

「残りは・・・・・・どこに行ったのかしらね・・・・・・?」
「? 残りって・・・・・・何の話?」

リツコがボードからデータ用紙を一枚はずして渡した。
四つグラフが描かれている。

「これは・・・?」
「実験前のシンジ君たちと、実験後のデータよ」
そう言われて見直してみても、ミサトにはさっぱり判らない。

・・・・・・・・・・・・いや?

「なんか・・・・・・エラくキレイに下がってない? このグラフ」

そうなのだ。グラフにある数値は、全てが均等に下がっていたのだ。

「そうよ。これは精神波長のグラフを二十七分割したものなの。全部が
均等に減ってるでしょ?」
「うん・・・・・・」
「ふつう、こんな風に均等に下がることはありえないの。つまりね、心
の一部が切り取ったみたいに消えてるのよ」
「・・・・・・・・・・・・」

アスカの母であるキョウコが弐号機に精神の一部を食われた時に似てい
るとも言える。

だが、二人の変化はあの時とは別だ。
精神が不安定なのは同じだが、二人でいれば完全に安定するのだ。
二人でいることにより、幸せを感じているのだ。

「・・・・・・ま、どうでもいっか・・・・・・」

別に心配していないわけではない。

だが、なぜだろう? なくなった心の欠片も二人でいて、そして幸せに
暮らしているような気がする。

それはミサトのカンであり、ほぼ確信だった。

『レイ・・・・・・二人を見守っててね』

ミサトの机の上にある写真の一つに視線を送る。
赤い眼の少女がシンジ達と共に映っていた。
それは、心なしか微笑んでいるように見える。


モニターに映っている“夫婦”は、仲睦まじい小動物のように、日差し
の中で寄添っていた。




「シンジぃ・・・・・・」



「うん・・・・・・?」



「暖かいね・・・・・・・・・・・・」



「うん・・・・・・・・・・・」




はっぴい Day’S
5・STEP インターミッション


「やあ、今日もいい天気だね」

ヤんなっちゃうくらい晴天が続く第三新東京。
お昼休みの屋上は、ココんトコ八人の男女が占拠していた。

一は“決定事項、碇レイ(自称)”こと六分儀レイ。
二は“未来の碇アスカ(やはり自称)”こと惣流・アスカ・ラングレー。
三は“微笑のN2爆弾(他称)”こと碇シンジ。
四は“ジャージ男(他称)”こと鈴原トウジ。
五に“シンジ君の義兄(当然、自称)”こと霧島カヲル。
六に“本妻、碇マナ(これも自称)”こと霧島マナ。
七に“イインチョ(トウジの言)”こと洞木ヒカリ。
八に“変態カメラ男”こと相田ケンスケ。

この八人が、いつもこの屋上(待ていっ!!)

む? どうしたケンスケ。

「なんだってんだよ! なんでオレは変態カメラなんだよ?!」

むぅ・・・・・・イヤか? 仕方が無いな・・・・・・

仕切り直してやろう。
八に“変態色眼鏡”こと(同じじゃないか!!)

同じじゃないぞ。“変態色眼鏡”は、変態色に見える眼鏡男ともとれる
し、全てを歪んだ変態に見てしまう(つまり色眼鏡)ヤな男ともとれるダ
ブルの意味での画期的な・・・・・・

「どこがだっ!! どっちにしたって変態呼ばわりじゃな
いか!!」

でもなぁ・・・・・・ケンスケのイメージって、パンチラ写真ストーカーしか
出てこねぇんだよなぁ・・・・・・

「ヲイッ!!!!」

ぶごしゅっ!!

「うっさいわね! 寝言は寝てから言いなさいよっ!!」

アスカの怒りのハンマーナックルがケンスケの後頭部に炸裂する。

愛する少年が視界内にいないために気が立っているのだから、仕方が無
いと言えよう。

「仕方が無い・・・で・・・・・・済むか・・・・・・・・・(ガクっ)」

「相田君。ナニ騒いでたんだろうね?」
「さぁ?」

カヲルが横でヒカリの弁当を食べているトウジに問いかけるも、彼の返
事は素っ気無い。

故意に無視しているのではなく、ケンスケより弁当に集中しているだけ
だ。

喜んで食べてくれているので、ヒカリの機嫌も良い。
甲斐甲斐しくお茶を入れてたりする。

そんな二人の様子に肩をすくませるカヲル。

アスカとレイは、シンジとマナが戻ってくるまで話をしている。

先に食べるつもりは無いようだ。

当然、カヲルも待っている。

今、シンジとマナはいない。

週番のシンジが職員室に集めたプリントを提出しに行ったのと、ついで
に人数分の飲み物を買いに行くのを引き受けたのだ。

ちなみに、ヒカリの持つお茶のポットをシンジはちゃっかり発見してい
たので、トウジの分は無しにした。

ヒカリのポットのは、ヒカリ&トウジ専用だと気付いているからである。

「おっそいな〜〜シンジのヤツ・・・・・・どないしたんやろ?」
「ウン・・・・・・葛城先生に捕まって、雑用言いつけられてるのかもしれな
いわ」
「せやなぁ・・・・・・」

トウジの弁当は、とっとと腹に片されていた。
ヒカリが食べ終わるのを待っているのだ。

「シンジ君は優しいからね。校外に買いに行ったのかもしれないよ?」

にこやかにカヲルが答える。

アスカとレイとカヲルとマナの好みはバラバラだ。

でも、できるだけ好きなものを飲ませてあげたいシンジは、時々出てし
まう。

「そ、そんなのダメよ! 先生の許可無しに放課後まで校内から出ちゃ
 いけないのよ?!」

「まぁ、待てやイインチョ。シンジかて、悪いことは知っとる。せやか
らミサトさんに言うて外に行ったんかもしれへんやろ?」

「うっ・・・・・・・・・・・・ありえるわ・・・・・・」

しかし、

『え? 外にお茶買いに行きたいの? じゃあさ、えびちゅも頼めるか
な〜〜?』

・・・・・・・・・・・・・・・等と、とっても言いそうだった。

だけど、学校にお酒を持ち込むなんて!

勝手に妄想を走らせて、シンジは酒を買いに行かせたことにされてたりする。

「ちょ、ちょっと葛城先生に聞いてくるわ!」
「あ、待てや、イインチョ!」

ヒカリを追って、トウジも屋上から出て行った。


「やれやれ・・・・・・結局二人で行くんだね・・・・・・仲が良くて、見てるだけ
でも微笑ましいよ」

「そ〜ね〜〜〜・・・・・・」

濁点が言葉に見え隠れする。明らかに不機嫌なレイの返事だった。

「どうしたんだい? まるで機嫌が悪いみたいじゃないか」

「「悪いのよ(−−メ)!!」」

顔文字つきであった。

「大体なんでマナ板まで付いていくのよ!」
「君たちにジャンケンで勝ったからさ」
「なんで、シンちゃんが買いにいくのよ!」
「君たちが許可したからだろうね?」
「「う〜〜〜〜」」

飄々と返されては言い返せない。

「まぁ、君たちはシンジ君と家で一緒じゃないか。なら、マナにも一緒
の時間をあげたってバチはあたらないんじゃないかな?」

「「最近、アンタたちも家にいるような気がするけど・・・・・・?」」
「そうかい?」

先日、シンジたちの生活する六分儀邸(レイの名義だから)の隣の部屋
に霧島家が越してきたのだ。

父親は医学博士なので飛び回っていて家にめったにいない。母親はすで
に死去している。

よって、当然のごとくシンジのところに入り浸っている。

「マヤもシンジの事ヘンな眼で見てるし・・・・・・ライバルが増える一方だ
わ・・・・・・」

「大変だね」

「アンタが言うな〜〜〜っ!!」

ゴッ!!

「ぐぉっ!!!」

鈍い音がしてカヲルの頭が床にめり込む。
床はコンクリートだった気もするが、気のせいだったのか?

「どうしたの? ものゴッツ鈍い音したけど・・・・・・?」
そこへマナが一人で戻ってきた。

その手にはお茶やジュースの入った銀色の手さげ袋が握られている。

皆の飲み物買出し用に、シンジが100円SHOPで買っておいた保冷
用の手さげ袋だ。

「アンタの馬鹿兄貴が、くっだらない事言うからよ!!」
「あらら。お兄ちゃん、ダメじゃないの」
「うぐぐぐ・・・・・・ど、どちらかと言うと、労わってほしかったんだけど
ね・・・・・・」

ずぼっと頭を抜き取ると、やっぱり無傷。
頑丈過ぎっ。

「あれ? シンちゃんは?」
「ミサト先生に教室まで教員日誌取りに行かされちゃったわよ。ほっと
けばいいのに・・・・・・」
「教員日誌・・・・・・って、持ってって無かったの? アノ女」
「みたいよ」

ミサトの担当授業は英語で、二時間目に会ったっきり。で、今は昼休み。

「「「はぁ〜〜〜・・・・・・」」」

思わず溜息をつく三人。
カヲルはニコニコしているだけ。

余談だが、シンジとアスカとレイの三人はA組だが、マナはB組、カヲ
ルはC組である。

「だから先に食べててって」
「ど〜する?」
「そうね・・・・・・」

待ちたい気はするのだが、お腹がすいているのも事実だ。

「でも、先に食べてシンジ君の食べるのを手伝ってあげるのも、ありか
もしれないね」

ニッコリとカヲル。

ナイス提案であった。

とっとと弁当(本日はシンジ作。カヲル&マナの分も)を片付けること
にした。

手が込んでて綺麗な盛り付けの上に、みんなおかずが違う。
肉が苦手なレイのに至っては肉が無い。肉みたいに作られた、甘露煮風
の大豆食品なら入っているが・・・・・・。

シンジの思いやりが溢れたお弁当(“お”を付けるに値する思いやり弁
当だ)であった。

「「「「いただきま〜〜す♪」」」」

と、箸をつけようとした矢先、



「それにしても、碇ってダッセ〜よなぁ」



という濁声が邪魔した。



四人が石臼でも回すように、ゴリゴリと重く首を回して振り向くと、三
人の少年がタバコを咥えて屋上に上ってきた。

俗に言う不良というやつだ。

「さっきも葛城になんかやらされてたしよ、愛想笑いなんかしやがって
さ」

マナが立ち上がろうとするのを兄が止める。

『なんで?!』という顔のマナに、『相手にしないほうがいいよ』とい
う笑みで答えた。

 が、眼が笑っていない。
 三人に向けられた眼は、ドブ川を見るときのそれであった。

ふと、アスカとレイを見てみると、知らん顔をしている。
だが・・・・・・弁当に手をつけていない・・・・・・。
顔色にどす黒いものが混じっていた。

「惣流と六分儀もシュミ悪いよな〜〜。あんなヘタレによ」

『ナニ言ってんのよ!! このカスが!! アンタら程度のゴミクズに
シンジの良さなんか分かる訳ないでしょ!!』
『自分のセンスの悪さも理解して無いくせに・・・・・・』

ミシミシと血管が音を立てる。
だが、じっと耐えていた。
ここで問題を起こしてシンジに迷惑をかけるわけにはいかないからだ。

二人はここまで進歩していたのである。
シンジがそばにいたら感動して誉めてくれたかもしれない。


が、この世には限度という言葉がある。


「親がNERVのトップだってっからよ、エラソ〜にしやがってよ」

『・・・』

「欲しい物、なんでも手に入るしよ。腹立つよな」

『『・・・・・・・・・』』

「あんなヤツ、親がいなかったらクズだぜ?」
「そうだよなぁ・・・・・・ヘタレだしよ」

『『『・・・・・・・・・・・・』』』

「ちょっと撫でてやったら惣流や六分儀とか貸してくれんじゃねぇの?」
「いいなそれ!」

ぎゃはははははは・・・・・・

『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』

「どーせ、誰かに守ってもらわねーと何もできないしよ」
「ああ、鈴原とツルんでるもんな」
「どっか呼び出してボコってみるか?」
「面白そうだな」
「あんなヘタレ、死んじまったってかまやしねぇしよ?」

ぎゃはははははははは・・・・・・・・・


ギリギリギリギリリリリィイイイイイイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ぶぢんっ!!


何か、とっても大事なものがぶち切れた音がした。

ゆらり・・・・・・。

と、四人が立ち上がる。
その周りには陽炎が立っていた。

「アンタらに、ナニがわかるって言うのよ・・・・・・・・・・・・」

「あん?」
「なんだっ・・・・・・・・・て・・・・・・・・・」
「ひっ・・・・・・・・・」

三人は息を飲む。
いや、息が止まる。

それほど、怖かった。



「あなたたちに・・・シンジくんのナニがわかるのよ・・・・・・」

どうしてこんなに好きなのか自分でも分からない。
母親を早く亡くし、忙しくて留守しがちの父親と兄との生活。
たまに遊びに来てくれる碇おじさんと、その息子のシンジくん。三人で
よく一緒に遊んだ。
いつだったか、道路に猫の死体があったとき、シンジは躊躇せず拾って
お墓を作ってあげた。
もちろん、自分も兄と手伝ったが、幼心にもシンジの動物に対しての思
いやりが感じられた。
少年は痛いという心に敏感で、彼女の寂しさに反応してそばにいてくれ
ていた。
心の奥。前世(?)において戦自にいた頃、内部調査の任務で接触した
シンジ。
だが、一緒にいるうちに任務より一緒にいる方を優先してしまう自分が
いた。
少年も自分に好意を持ってくれていた。
二人でいることは幸せであった。
そして、記憶は無くとも、その“想い”は残っている。
シンジの優しさのことも・・・・・・・・・・・・。

だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「君たちに、シンジ君の・・・・・・何が・・・・・・わかるっていうんだい?」

使徒であり敵であった自分。
ゼーレの道具として、また実験材料として存在していた自分。
最後を迎える時、シンジは涙していた。
自分を友達として見ていてくれていたのだ。
心の奥から湧き上がる歓喜。
彼の手にかかることは、自分の“死”という形の終焉で、シンジと人間
たちを守り、シンジの心に思い出として“生”き続けられることであろう
と思ってのことだった。
そして、彼は“友達”として思い続けてくれていた。
再会した時、シンジはまた泣いてくれた。
あれだけ心を傷つけてきたのに、あれだけ痛い思いをさせたはずなのに、
自分が使徒だということを知っているはずなのに、
彼は自分との再会に涙してくれた。
『友達になってくれて、ありがとう』
という静かで強い想いと共に・・・・・・・・・。

だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「あなたたちに、シンちゃんの・・・何が分かるっていうのよ・・・?」

自分だけの存在。
“絆”といものを名前でしか知らなかった。
EVAと自分をつなぐもの。それだけ・・・・・・・・・。
だけど、少年は自分から歩み寄ってくれた。
生い立ちの理由から、感情を持たない自分に対し、向けられる好意は無
かった。
司令はたまに笑顔をもらすが、それはレイの向こう側にいるユイに向け
られるもの。自分ではない。
だが、少年は、綾波レイという、“自分”に微笑みをくれた。
使徒戦にて、シンジを盾で守ったとき、彼は走り寄ってくれた。
自分が無事だと分かると、涙を流してくれた。
それだけで満たされた。
なれない表情で微笑んだら、シンジも笑ってくれた。
嬉しかった。
何も無い自分に、何か温かい物をいっぱいプレゼントしてくれた彼。
いつか、一つになりたいという想いに気付いたとき、二人目の自分は消
えてしまった。
だけど、想いは撓んでいながらも、一人目と共に三人目の中で生きてい
た。
彼がくれた優しさと共に・・・・・・。

だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「アンタらに、シンジの・・・・・・ナニが分かるって言うのよ・・・・・・・・・」

自分のために傷だらけになり、自分の為に微笑んでくれていた少年。
心の傷の痛みから逃れる為に、傷の全てを少年に押し付けた。
自分の心を知ってほしかったのに、心を覗かれる事を拒否した。
そばに来てほしかったのに、近寄られることを拒否した。
だが、彼は近づいてくる。
どんなに罵声を浴びせられても、どんなに傷ついても、
少女を助けるために近寄ってくる。
少女を癒すために近づいて来る。
自分と同じくらい傷だらけの心のくせに、自分を先に癒そうとしてくれ
た。
自分に拒否されることを何より恐れていたくせに、自分を呼び戻してく
れた。
少しだけ心を開いてみたら、少年は万感の想いの中で微笑みをもらして
くれた。
少年のその微笑み・・・・・・それだけで、心の傷が少し埋まった。
なぜ、もっと少年を知ろうとしなかったのか? なぜ、もっと日の当た
る側を見ようとしなかったのか?
少年に対し、後悔の涙が溢れ出す。
だけど、少年はただ笑って許してくれる。
自分がつけてきた傷のため、心はヒビだらけだというのに・・・・・・・・・。

だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


彼のことを・・・・・・・・・・・・。


シンジのことを・・・・・・・・・・・・。


何も知らないくせに・・・・・・・・・・・・・・・。


彼を罵倒することは・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


許すことが出来なかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 絶対に。

 絶対に。

絶対に。

絶対に。

絶対に。

絶対に。

 絶対に。

絶対に。

絶対に。

絶対に。

絶対にっ!!!!












「ママン、助けてママン!!」
「助け・・・・・・ぎゅあっ!」
「ぎゃ〜〜〜〜〜・・・・・・」














「あ〜〜あ・・・残り二十分だよ。ミサトさんもいい加減なんだから・・・」

疲れた足どりで屋上に上ってみると、四人が座って待っていてくれた。

足元になぜかケンスケも埋まっていたりしていたが・・・・・・。


「あれ? まだ食べてなかったの?」

そう言うと、にっこりとレイが微笑む。

「だって、シンちゃんと一緒に食べたかったんだもん」

なんだかいつもと様子が違った。
なんだか鉄錆みたいな臭いがあるような気もする。
アスカの顔には返り血みたいなものが付いてたような気もする。

だけど、あえてそのことに触れず、
「ありがとう。じゃあ、食べよう」
と、微笑んだ。





この笑顔だ。

これだけで自分たちは幸せを感じられる。

四人とも笑顔になる。
その笑顔を見て、シンジも今度こそ安心してお弁当を食べることにした。
 みんなの微笑を受け、シンジも嬉しそうに弁当に食べ始めた。

ちょっと遅くなったが、楽しい食事の始まりだった。



















「で、ケンスケ。なにしてるの?」

足元のケンスケがやっぱり気になって聞いてみた。

「・・・・・・だまれ。オレは気を失っているんだ」
「はぁ?」
「気を失ってたから、何も見ていないし、聞いてないんだ」
「はぁ・・・?」
「だから無視しててくれ。オレは変態カメラ男でけっこうだ。生きてる
方が良い」
「???」

なんだかさっぱり分からないシンジであった。












この日の午後、校舎裏でグチャグチャのボロ雑巾のようになった三人の
少年が発見されて病院に搬送された。

怪我もかなり酷かったのだが、特に精神汚染が酷く、三ヶ月も生死の境
を彷徨ったという。

集中治療室から出ても後遺症は残り、

『ハイル、シンジ!!』
『ジーク、シンジ!!』

と、イっちゃった眼で口にしていた。

なぜかシンジに対して絶大な狂信者になっていたのだが、相手が碇司令
の息子のシンジであると知り、NERV調査部は事件を綺麗にもみ消した
のであった。


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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