「キョウスケさん」

 「うん? シンジか」

 今日の訓練をするためにトレーニングルームに向かうシンジの前を、
彼の護衛兼戦闘教育係の南部キョウスケが歩いていた。。

当然、キョウスケに気付いて声をかける。

 「今日もよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げる少年に、

 「いや、今日からは新しい教官がくる。その人に教えてもらってく
れ」

 「新しい・・・・・・教官ですか?」

 そんなことを言いながら廊下を歩く。

 シンジは壁の標識を確認しながら進む。
 なければ目的地に着けないのだ。

 「・・・・・・まだ道順が覚えられないのか?」

 「・・・・・・・・・すみません」

 シンジは、なぜか重度の方向音痴になっていたのだ。
 ファミリア(使い魔)を持っていた人間の魂の欠片を持ったことに
よる後遺症であろうか。



 そんなこんなでトレーニングルームに着く。

 だが、ドアの前でシンジの動きは止まっていた。

 「どうした?」

 「え? あ、いえ、なんとなく・・・・・・」

 シンジはドアをあけた。

 広いトレーニングルームに男が一人立っていた。

 シンジは知っていたかのように驚きもしない。

 「先生?! いらしてたんですか」

 「うむ」

 その男──というか老人──は、柔らかく微笑む。
 とてもそうは見えないが、東郷リシュウ。示現流剣術の達人である。

 「その子じゃな?」

 睨むような鋭い視線がシンジを射抜く。

 だがシンジは、真っ向からその視線を受け止め、

 「碇シンジです。よろしくお願いします」

 と、頭を下げた。


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For “EVA” Shinji

フェード:伍

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「どうも、リシュウ先生。ご苦労様です」

 シンジのトレーニングを終え、作戦室に戻って来たリシュウを労わ
るミサト。

 「いや、歳かのぉ。いささか疲れてしもうたわ。じゃが、こんなべっ
ぴんさんの労いの言葉は何よりの回復剤じゃ。こんな美人上官の下
で働けるとはキョウスケも果報者よのぉ」

 「まぁ、お上手ですわね♪」

 本音で誉めてくれていることを感じ、イキナリ相好を崩すミサト。

 溜息をつくリツコとキョウスケ。

 「それで、シンジ君はどうでしたか?」

 仕方ないのでリツコが問いかける。

 「どうもこうも・・・・・・なんじゃ? あの子は」

 リシュウの言葉にリツコが落胆する。

 「ダメ・・・・・・でしたか・・・・・・?」

 「うん? ああ、違う違う。その逆じゃ」

 あわてて手を振るリシュウ。

 「「え?」」


 「才能というか・・・・・・カンというか・・・・・・あり過ぎるわ。確かに普
通に鍛えておれば、戦闘能力のみが特化して人の形をした兵器に
なってしまうな」


 「そ、そんなに?」

 流石にミサトが驚く。


 リシュウの腕前を知らないミサトは、その腕前を知ろうと腕のたつ
部下を五人当てて見たのだが・・・・・・。


 結果は、全員がリシュウの木刀の一撃で崩れ落ちていた。
 全員がかりだったのに、五人が一瞬にして打ち倒されてしまったの
だ。


 五人は腕なりアバラなりを折られ、重傷。
 事前承諾済みでなければ一大事である。


 その時のリシュウは息も乱していなかった。

 そのリシュウがシンジを誉めているのだ。


 「確かに、剣の扱いは素人そのものじゃが、カンと反射神経が無茶
苦茶じゃな。今のままでもわしの剣を十本に一本は避けられるわ」


 この言葉にはキョウスケも驚いた。

 リシュウの剣を避けられる者がいるとは信じられない。


 「先ほど、トレーニングルームでわしは気配を消していたんじゃが、
あの子には気付かれたぞ? それも、“気配を消している人間が中
にいる”事に・・・・・・」


 確かに、シンジはドアの前で止まっていた。
 それはリシュウを感じてのことだったのか・・・・・・。

 三人はシンジの埋もれていた力に驚きを隠せなかった。


 「いずれにしても教えがいがあるわい」


 リシュウは本当に楽しそうにそう言った。


*   *   *   *   *   *


 「お疲れ様だニャ。シンジ」
 ロッカールームで待っていたアルファが声をかけてきた。

 「ん、まぁね・・・・・・」

 流石に疲労と打撲で返事が弱い。

 だが、沈んでいる声ではない。
 何かを掴みかけている、目標を見つけた声である。

そのことが解っているのか、アルファも眼を細めて小さく『ミィ』と鳴
いて喜ぶ。

 「あの剣の先生、本当に凄いみたいだニャあ」

 「うん、スゴイよ。だって、木刀を向けようとしたら気付かれるん
だもん・・・・・・まいったよ・・・・・・」

───気付かれていることに“気付く”のも凄いんだけどニァ・・・・・・。

 等と考えていたのだが、声には出さなかった。

 「でも、そろそろ次の使徒が来るはずだニャ?」

 仕方ないので話を変えてみた。

 「うん・・・・・・いつだっけ?」

 「サキエル襲来から三週間のはずだニャ」

 「そっか・・・・・・・・・・・・・・・って?!」

 ビィイイ! ビィイイ! ビィイイ! ビィイイ! ビィイイ!

 「あ、今日だったみたいだニャ☆」

 「あ、あのねぇ・・・・・・」

 溜息をついて作戦室に走るシンジであった。



*   *   *   *   *   *



 「来ないわ・・・・・・」

 「え? 何が?」


 ここは第壱中学。二階の手洗い前。
 たまたまレイと手洗いに来ていたヒカリは、レイの呟きに問いかけ
てしまう。


 「・・・・・・もう来るはずなのに、まだ来ないの・・・・・・遅れてるわ・・・」

 「!!!!!! そ、それって・・・・・・・・・??!!」


 手洗いの、それも出た後でこんなセリフ。
 女の子が心配する“何か”と勘違いするのも当然である。


 レイにしてみれば、“シャムシエル”の襲来が遅れたことを口に出し
てしまっただけなのだが・・・・・・。


 自分の記憶違いでないのならば、零号機の起動実験の日ぐらいだっ
たはずである。


 が、起動実験は滞りなく終了し、後は凍結用の拘束プログラムをデ
リートし、システムとプログラムの書き換えとチェックを終えるのみ
である。


 もっとも、シンジ会いたさに根性で“前”の歴史よりかなり早く退
院してしまい、彼女の記憶より襲来日がズレこんでいるだけのことな
のだが・・…・。


 レイが気付くわけもない。


───そ、そんな・・・・・・綾波さんって・・・・・・。


 無論、ヒカリが“事実”を知る由も無かった。


 「あ、綾波さん・・・・・・?」

 「・・・・・・何?」


 やはり何も考えてなさそうな顔で振り返る。

 「その・・・・・・お相手は・・・」


 さすがに語尾はボソボソと小さくなる。
 妄想爆裂少女とはいえ、羞恥心だけなら人一倍なのだ。


 「・・・・・・聞こえないわ。洞木さん」

 「そ、その・・・・・・だ、誰がお相手だったの?」

───?? 何のこと? シャムシェルと戦った人についての質問な
の?

 質問に対して、訳がわからぬままだが律儀に返そうとするレイ。
 「・・・・・・碇君よ」

 「やっぱりィイイイイイイイイイイイイイイイっ!!」


 急に絶叫するヒカリ。


 流石のレイも驚く。


 まぁ、“トウジ”と言われなくてホッとしたということもあったので
あるが・・・・・・。


───碇君が転校してきて、急に綾波さんが明るくなった・・・・・・。
   よくお話してるし・・・・・・アヤシイなぁって思ってたら・・・・・・・・・。
やっぱりそうだったのね?!
私たち、まだ中学生なのに・・・・・・・・・。


 「そ、その・・・・・・碇君、優しかったの?」

 「? 彼は優しいわ・・・・・・いつでも、どこでも・・・・・・」

 「ど、どこでも?!」


 吹き荒ぶ深読みの嵐。


───ど、どこでも・・・・・・って・・・・・・お部屋とかだけじゃないの?!
   ひょっとして、そ、外でとか・・・・・・ハッ・・・まさか学校で?!


 ドコまでも続く乙女の妄想。


 「・・・・・・・・・? 洞木さん?」

 「そ、それでどんな風に・・・・・・その・・・・・・したの?」

 真っ赤になりながらもつい聞いてしまう少女。


 “不潔よ〜!!”の言葉が出るより、好奇心の方が強かった。
 やはりヒカリもお年頃なのだ。


───? どんな風にした?? 第四使徒との戦いのこと?


 言わなくてもいいのに、律儀に答えてしまうのが今のレイである。


 「・・・・・・最初は(使徒に対して)恐る恐るとしてたけど、彼・・・・・・碇君
はがんばったわ」

 「・・・」

「二回目からは少しは(戦闘に)慣れたけど、上手くいかなかったの。
焦った彼は(劣化ウラン弾を)無駄撃ちしてしまったわ。無茶(な戦
い方)はやめてほしかったけど、碇君はやめてくれなかったわ」

 「・・・・・・」

「(使徒に飛ばされて)状況が悪くなったけど、(葛城一尉の)言うこと
を無視して、(相田君と鈴原君をプラグに)無理に押し込んだの。(プ
ラグの)中は狭いけど、碇君は構わずそのまま(使徒に)突っ込んだ
の。だけど、それは無謀だったわ。碇君も(使徒の攻撃を受けて)痛
そうだったわ」

 「・・・・・・・・・」

「だけど、彼は息を乱しながらも、がんばって最後の(コアへの)一刺
しでなんとか(戦闘を)終わらせたの。碇君は、その直後に気絶して
しまったわ。無理したから・・・・・・わたしも(見てるだけで)疲れたわ。
そして、後でやっぱり大変なこと(命令を無視して独房行き)になっ
てしまったの・・・・・・」

 と、レイが一息に言い終わるとヒカリは真っ赤っ赤になっていた。


 大事なトコロを徹底的に端折って話した事に気付いていないレイであっ
た・・・・・・。


 「・・・・・・洞木・・・・・・さん?」

 そこでレイはハッと気付く。

───・・・・・・いけない。洞木さんに、まだ発生していない第四使徒の襲来
の時の戦闘の事を話してしまった・・・・・・。

 「洞木さん・・・・・・」

 なんとか取り繕うと口を開きかけたとき、携帯が鳴った。

 本部の非常召集である。

───・・・・・・第四使徒。やっと来たのね・・・・・・・・・碇君・・・・・・・・・。

 ふと横を見ると、ヒカリはまだ異次元を旅していた。

 アスカにとって大事な友達であるヒカリは、レイにとっても大事な友達
である。

 巻き込みたくない。

 「・・・・・・洞木さん。今、わたしが言ったことは秘密よ・・・・・・誰にも言っ
ちゃダメなの」

 と、言わんでいいセリフを言ってから、急ぎ足で本部へと向かっていっ
た。







 スピーカーから響く避難指示をよそに、ヒカリは廊下で悶えていた。




「お、大人よぉおおっ!! 碇君と綾波さんって・・・・・・きゃぁああああ
ああ〜〜〜!! そ、そんなトコを・・・・・・いゃぁああああああっ!!
凄すぎるぅうう〜〜〜!!!」




異次元から帰還するのは、まだまだ時間がかかるようであった・・・・・・・・・。





*   *   *   *   *   *


 出撃体制が整えられてゆく発令所。

 シンジはロッカールームでプラグスーツに着替え、肌に密着させてすぐ
に出てきた。

 先ほどまでの訓練の肉体疲労はあるが、そんな事を言ってられない。

 悲鳴を上げる身体に鞭打って、シンジは進むのだ。


 見るものがみれば、まだそんなに日がたっていないにもかかわらず、異
様に着替えが早いことに気付いたであろうが、同性でプラグスーツに着替
える者は、ここにはシンジ以外はいない。

 着替えなれているという事実に気付かれることはなかった。

 「ん? シンジ早いな」

 カンが飛び抜けて鋭いキョウスケ以外に・・・・・・。

 「あ、キョウスケさん」

 肩にアルファを乗せ、キョウスケに駆け寄る。

 「・・・・・・また、出撃だな」

 キョウスケの顔が僅かに曇る。
 本来、戦場に出て、戦い、傷つき、そして砕け散るのは自分のような兵
士のはずである。

 志願した兵士という訳でもない、ただの中学生に戦闘を強要し、EVA
という訳のわからぬ兵器に乗せて死地に赴かせる・・・・・・。

 自分の無力さと不甲斐無さで嫌になってくる。

 「キョウスケさん」

 少年は、死ぬかもしれない戦いの前に、彼に笑顔を向けた。

 それがよけいにキョウスケの心を痛ませる。

 「なんだ? シンジ」

 「あの・・・・・・キョウスケさんは、守りたいっていう人がいますか?」

 その言葉に、キョウスケの脳裏をある女の顔がよぎる。

 ミサトによく似たノリの女だったが、ミサトと比べ物にならないくらい
彼のことを理解し、キョウスケを受け止め、自分の知る誰よりも強くて、
大切な女の顔が・・・・・・。

 「・・・・・・ああ」

 端的に自分の気持ちを紡ぎだした。

 「そうですか・・・・・・僕にもいます」

 少年は、その年齢とはかけ離れた瞳で彼を見つめていた。

 「だから戦うんです・・・・・・怖いです・・・凄く、怖いですけど・・・・・・」

 そう言い残し、シンジはケイジに駆けていった。

 その後ろ姿を呆然と見送り、

 「・・・・・・参ったな・・・・・・励まされてしまったか・・・・・・」


 シンジに兜を脱いだ。

 キョウスケの心にあった“わだかまり”をシンジの言葉は、そのまんま
持って行ってしまう。


 少年の出生以外に、少年の心には何かがあるのは感じていた。
 だが、それは誰にとっても大事なものらしい。

 シンジの心は深い悲しみと、大きな優しさに満ちている。
 それを守るのが自分の仕事なのだ。

 それは誇りある仕事なのだ。

 キョウスケは新たな気持ちで発令所に向かって行った。

 『シンジ、死ぬなよ』

 彼には、見送ることしかできないのだ。










──あ(と)がき──

ハイ、ここまでです。

イキナリ、委員長が壊れ気味ですが、気にしないでください。

私めの中ではこんな人です。

レイもヘンですが、いわゆる“リナレイ”は混じりません。

ハキハキとしたレイでは、ゲンドウたちが異変に気付いてしまうからで
す。

 でも、やっぱりヘンになりますけどね〜〜〜(^^;)

次は第四使徒との戦いです。

ではでは・・・・・・

〜〜シンジ君の戦いに幸いあれ・・・・・・〜〜


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感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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