それに気付いたのはアスカだった。


 「何? その傷痕」

 レイの胸の中央付近に何かの手術痕があるのだ。

 「ああ、コレ? 心臓の手術の痕」

 なんでもないようにレイは言った。

 「・・・・・・・・・し、心臓って・・・・・・・・・」

 「最初に言ったでしょ〜? 海外を転々としてたって。“こっち”のわ
  たしは心臓が故障してて、多分、ホントなら今頃は白い石の下にいた
  んじゃないかな〜?」


 友にしてライバルの爆弾発言に、アスカの顔も青くなる。


 その様子にレイは微笑んで、

 「ああ、大丈夫よ。スイスの病院のベットで死ぬ直前だったわたしに、
  “わたし”が重なった時、ついでに“あっち”のわたしの心臓に作り
  変えておいたから」

 そう言って、元気さを見せるようにガッツポーズをとった。

 「そ、そう・・・・・・ならいいけど・・・・・・」

 もう、人と別れるのはイヤだった。

 知っている人間と離別するのは、まだ耐えられない。

 少し精神が強くなったアスカだが、未だ脆弱で繊細な心が残っている。

 シンジへの“想い”に対してのみにしか強くなれないのだ。

 「ま、気にしないで。この“わたし”が死に掛かってた時、シンちゃん
  の名前を呼んでたの。だから“こっち”にくる事ができたのよ?」

 「そうなの?」

 「ウン。だから、アスカは気にしないで。わたしも気にせずシンちゃん
  の子供産むから」

 その台詞にアスカのエンジンが復帰する。

 「じょっ、冗談じゃないわよ!! シンジの子供つくるのは、ア・タ・
  シ!! シンジとがんばって、いっぱい産むんだから!!」

 「へっへ〜〜ん♪ 早いもの勝ちだよ〜〜♪」

 いつもの調子が戻ってきたアスカに、レイはいつもの調子でからかう。



 だって恋のライバルである以前に、絆を持つ友達なのだから・・・・・・。

 それが解っているから、アスカも正面からぶつかるのだ。



 「ちょっと〜〜! 早く着替えなさいよ〜! 先に行くわよ〜〜!」



 更衣室の外からマナの元気な声が聞こえた。

 焦れているようだ。

 「あ、マナに先越される〜〜!!」

 「いくわよ!! レイ!!」

 「ウン!!」

 二人は夏の海に飛び出した。



 夏休みは始まったばかりである。







                     はっぴい Day’S
 
                     8・STEP 海魔、襲来






 流石に吟味した事はあり、女性陣の水着姿はなかなか・・・・・・いや、飛び
ぬけていた。

 元気そうなマナは薄いブルーのワンピースタイプ。
だが、ハイレッグだった。
 スレンダーな身体に妙にマッチしており、ほのかな色気がただよう。

 ヒカリもワンピースタイプだが、当然大人しいデザインである。
 だが、意外にもオレンジ色。
 髪を下ろして軽くウェーブをかけている為か、いつもより大人っぽく見
えてトウジはドキドキだ。

 マヤは黒いビキニ。リングに紐をかけてサイズ調節をするタイプなので、
肌の露出面が多い。
 シンジへの媚の表情がある為、鼻血が出そうなほど色っぽい。

 レイは白いワンピースタイプ。
 これまたハイレッグで、マナと色違いの同種だ。
 マナと反対の色使いがなんともアンバランスで、これまた色気がただよ
う。

 で、アスカは意外にもセパレーツ。
 色気よりキュートさを強調したもので、白地に赤のストライプが色気と
可愛さの境目を曖昧にし、否が応でも人目を引く。


 五人とも意中の男子の気を引くチョイスだが、流石にアスカは“元の”
世界でシンジと同棲していただけはあり、彼のストライクゾーンはバッチ
リ押さえてある。

 事実、シンジは体育館座りで海を見て黄昏ていた。


 理由?


 男の子だから、今は真っ直ぐ立てないからである。


 『観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五・・・・・・・・・』


 頭の中では般若心経が唱えられていたりする。

 もちろん、気を紛らわせる為であることは言うまでもない。

 「シンジ、お前も大変やな・・・・・・」

 友の肩をトウジがぽんと叩いた。

 彼も体育館座りである。

 「海はいいねぇ〜・・・・・・」


 カヲルは無意味なほど微笑んでいた。


 当然、彼は体育館座りな格好をする必要は無い。


 三人とも水着はトランクスタイプだ。

 サポーターぐらい着けてはいるのだが、恥ずかしさまで押さえつけられ
ない。



 だが、そんなシンジたちを放っておくような女性陣ではない。


 「シ〜ンジ〜・・・・・・ナニしてんの〜?」
 ふにゅ
 『うっ』

 「シンちゃん、泳ごうよ〜」
 むにっ
 『ううっ』

 「シンジくぅん、行こっ♪」
 ぐにゅ
 『ひぃっ』

 「シンジくん、お姉さん、オイル塗ってほしいなぁ〜」
 むにゅ
 『わぁっ』


 「「「「どうかしたのぉ〜?」」」」


 ハッキリ言って、全員シンジの状況が解っている。

 ただ単に、からかっているのだ。

 だが、少年にも心の臨界点というものがある。



 「わぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!」



 イキナリ立ち上がって海に向かって走って行き、飛び込んだ。



 「あらら・・・・・・からかい過ぎたかしら?」

 「そうね。シンジったら凄くキンチョーしてたしね」

 「何が?」

 マナの問いかけに、ニヤリと笑みを返すアスカ。

 「・・・・・・ところで、シンジくん、いつまで海にいるのかしら?」

 見つめるマヤの視線の先で、シンジが波に浮き沈みしていた。

 「・・・・・・!!!! いけない!! アイツ、泳げないんだった!!」

 「ええぇえええ〜〜〜???!!!」

 今正に沈みかかっている少年に、四人は全速で泳いでいった。






 で、残された二人は・・・・・・。

 「ね、ねぇ、鈴原・・・・・・」

 「な、なんや・・・」

 「・・・・・・似合うかな?」

 「お? おお・・・・・・そ、その・・・・・・ごっつう似合うとるで・・・・・・ホンマ」

 「うれしい・・・・・・・・・」

 トウジの横に座り、コテンと頭を寄せた。

 少年は体をコチコチにしつつも、ヒカリの体温を受け入れていた。



 これはこれで、見守ってあげたくなる風景であった・・・・・・・・・。








 「もぅっ! 泳げもしないくせに海に飛び込むなんて!」

 セリフは怒ってはいるのだが、顔はニヤついているアスカ。

 「・・・・・・あうぅ・・・・・・」

 怒られているシンジは顔を真っ赤にして、砂浜に寝そべっている。


 ・・・・・・・・・・・・・・・と言うか、ひっくり返っている。


 「ホントよ。心配したんだから〜」

 レイもニヤついて・・・・・・いや、ニタニタとしていた。

 イキナリ溺れてグッタリとしまったシンジは、別に意識を失った訳でも
ないのに、アスカによって人口呼吸されてしまった。


 当然、女性陣はアスカの抜け駆け的行動に激怒し、我も我もと水に落ち
た牛に群がるピラニアのようにシンジの口に襲い掛かる。


 多くの海水浴客のジト目の中、シンジは美女美少女に唇を奪い続けられ
てしまったのである。


 彼女あるいは家族連れだというのに、多くの男たちはアスカたちの見と
れ、キス攻め(途中からそうなった)にあっているシンジをハンカチを噛
み締めて悔しがっていた。


 引っ叩かれて怒られたりしているのは、まぁ至極当然であろう。



 当のシンジは頭に血が集まりすぎて起きられなかった。


 でもまぁ、“下”に集まっていた血も頭に上っていてくれているので助
かってたりもする。


 なにせ、今は“仰向け”なのだ。



 「あらら・・・・・・シンジくん、朦朧としてるわ」

 マヤは持っていたタオルにミネラルウォーターをかけて、シンジの額に
置いてやる。

 ほとんど日射病状態のシンジにはとても気持ちいい。

 「ま〜〜ったく。キスされたくらいで倒れるんじゃないわよ」

 と、言いながらもニヤつきが止まらないアスカ。

 “人口呼吸のはずだったのでは?”というツッコミは無しである。

 今は、そんな些細な事はどーでもいいのだ。

 彼女の胸の辺りが奥の方から暖かい。

 その暖かさの方が重要なのだ。



 と、そこへカヲルがかわりのミネラルウォーターを持ってやって来た。

 マヤがシンジの為に自分のを使ったからである。

 「はい、伊吹さん。ミネラルウォーターですよ。暑いんですから飲み忘
  れないようにしてね」

 「ありがとう」

 微笑んで受け取るマヤ。

 ここで終われば優しくていい男の子なのだが、

 「伊吹さんが日射病で倒れて脳障害になっても、クモ膜下出血で人生終
  わってもボクはかまわないんだけど、シンジ君が悲しむからね」

 と、実に爽やかで涼やかな笑顔でとんでもないことをぬかしてしまう。


 『ほほぅ〜〜』


 笑顔のまま、こめかみにぶっとい血管をたたせた。

 「あ、あれ? 伊吹さん、その怖い顔はやめてほしいんだけど・・・・・・ダ
  メかな?」


 ダメっぽかった。















 海岸ぶちに首まで埋められたカヲルはおいといて、

 女性陣はシンジを介抱しつつ、さっきの熱い抱擁の余韻に浸っていた。

 「でも、シンジくんの唇って柔らかかったなぁ・・・・・・」

 うっとりのマナ。

 「そうねぇ・・・・・・シンジくん、線が細くて可愛いし」

 やや関係ないことを言うマヤ。

 「また、してもらおうかな〜? 今度はシンちゃんから熱〜いのしてほ
  しいなぁ〜」

 自分の唇に触れて感触を思い出しているレイ。

 「・・・・・・・・・」

 アスカは顔をピンクに染めてふにゃふにゃしていた。

 口には出さなかったのだが、ある記念をとったからである。


 それは・・・・・・・・・・・・。



 「マナ、良かったじゃないか。シンジ君とのファーストキスは心に残る
  一大イベントだね」


 遠くからろくでもない一言をカヲルが送ってきた。

 全員が真っ赤になる。



 そうなのだ。



 少女たちはおろか、マヤにしても、これがファーストキスだったのであ
る。

 さらにアスカに至っては・・・・・・・・・、

 「??!! あ、そうだっ!! ちょっとアスカ!! 貴方、シンジく
  んの・・・・・・」

 赤くなった顔を青くして詰め寄るマナを、アスカは勝ち誇った顔で迎え
た。


 ニヤリ、と。


 「ふっふ〜〜ん・・・・・・シンジの唇の“初めて”はア・タ・シ・が頂いた
  わよ」

 そう。“今の”シンジのファーストキスの相手はアスカである。

 もっとも、アスカたちが“こっち”に来る前に誰かと果たしていたかも
しれない。

 だが、シンジが“今の”シンジとなって自覚している現在での初めての
相手はアスカその人であった。


 「あ゛〜〜〜〜〜っ!!! ずぅ〜るぅ〜いぃ〜〜・・・・・・わたしだって
  狙ってたのにぃ〜〜」


 どこから出したのか、ハンカチを噛んで悔しがるレイ。

 「ふんっ! 早い者勝ちよ! これで、シンジの思い出に初めてキスの
  相手としてずぅ〜〜〜っと残るわ」

 「シ、シンジくんの唇が汚されてしまったわ・・・・・・あたしが清めてあげ
  なきゃ・・・・・・」


 と、マナはシンジに覆い被さろうとして、



 がしっ



 「ダメよ! 女の子からそんなことしたら不潔だと思われるわ」

 妙に真剣な顔のマヤに止められてしまう。

 「そんな・・・・・・これは医療行為なのに・・・・・・」

 「医療行為なの?」

 「うん! 当然でしょ?!」

 「なら仕方ないわね。私も手伝うわ」

 マヤまで加わった。

 「ふざけんじゃないわよ!! シンジはアタシのモノよ!!」

 「こ〜なったら、シンちゃんの別の“初めて”をもらうもん!!」


 結局、全員でシンジに覆い被さろうとする。



 哀れ、シンジ。



 女性陣の玩具と化してしまうのか?






 だが、そんなシンジに対して、救いの手が現れた。



 「な〜〜にやってんの? 駄目じゃないの。こんな人目の多いトコでシ
  ンちゃん襲ったりしちゃ。もっと人目の無いトコにしなさいよね」


 アルミ大ジョッキのえびちゅを肩に乗せ、鼻血もののプロポーションが
くっきりと出たスウェトスーツ姿の“酔いどれ”天使。




 第壱中学2−A担任、葛城“夫婦別姓”ミサトその人の登場であった。















 ゴメン、シンジ君・・・・・・・・・救いの手じゃないかもしんない・・・・・・・・・。

 『そんなぁ〜〜〜(涙)』


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