───雨が降っている。





 第三新東京市には珍しく、どしゃぶりの雨である。

 「今日でもう、三日か・・・・・・」

 教室から、その雨をぼんやりと見つめていたトウジが思わず呟く。

 「俺たちがNERVでこってりと絞られてからか?」

 「シンジが学校休んでからや」

 ケンスケが遠まわしに答える。いや、“素”かもしれない。



 あの戦い・・・・・・・・。

 第四使徒との戦いの後、半ばキレ気味のミサトら(リツコ含む)にガッチリ説
教を食らい、トウジたちは如何にシンジが危険な常態であったか説明された。

 あのロボット(エヴァンゲリオン初号機というらしい)の受けるダメージを、
シンジはダイレクトに被るのだという。

 最初にハルミを守っての戦いの折、EVAは腹部に槍を刺されていた。つまり、
シンジには腹部に受けたダメージがダイレクトに伝わっているということである。

 そんな痛みや苦しみの中、少年は自分たちを守る為に戦った。

 自分の想像以上の覚悟を決めて、EVAに乗っているということを今更ながら
思い知った。

 今回の戦いで腕に鞭のような触手を巻きつけて戦っていたが、そのせいでEV
Aの左腕は焼け爛れていた。

 そんな痛みに耐え、戦い、勝利し、トウジたちの安否を確認してから気を失っ
たのだ。


 そのシンジの行為に、トウジの漢気センサーは熱暴走寸前である。


 トウジはシンジの心配してぼんやりとしているのか?

 それもある。

 だが、それだけではなかった・・・・・・・・・。


 ぐきゅるるるる〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・。


 中々のサイズの腹の虫が鳴く。

 「・・・・・・・・・まだハルミちゃん、怒ってるのか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おぉ・・・・・・・・・」

 トウジは全く力なく頷いた。


 たっぷりと説教を食らいヘトヘトになって家に帰ると、今度は妹のハルミが使
徒化していた。


 「あんだけ迷惑かけといて、まだ理解してへんの???!!!!」


 めったに使わなくなっていた関西弁を使用しているところを見れば、その怒り
の大きさが窺い知れる。

 哀れトウジはシンジが学校に来るまで食事抜きという判決を叩きつけられてし
まったのである。


 ぐぅうううううう〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・。

 
 「・・・・・・・・・シンジぃ・・・・・・堪忍やぁ・・・・・・」


 きゅるるるるる〜〜・・・・・・・・・。


 トウジの謝罪。

 自分がやったことによる後悔か、それともハルミに向けられた叙情酌量の嘆願
か。


 それは当事者ではない余人には全くの謎であった。


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   For “EVA” Shinji

       フェード:七

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 さて、シンジであるが、

 彼は命令違反をしたことにより、独房に入れられて・・・・・・・・・いる訳ではなく、
安否を気遣ったリツコ&マヤのペアによって医務室に拉致られ、徹底的に検査さ
れていた。

 当然ながら一日で終了し、さぁ帰れるぞと思いきや、今度は念の為とばかりに
入院させられ、なぜかナース服をきたレイに完全看護され(尿瓶までもってにじ
り寄られたが、それは逃亡した)、入院したというのに心身共に疲れ果ててしま
う。


 さらに翌日。今度こそ帰れるぞと思いきや、第四使徒の回収見学にミサトに引
きずって行かれる。


 そこには(すっかり忘れていたのだが)父がおり、自分にまったく寄って来な
いレイに訝しげな表情をしていた。

 おまけに、自分の元に呼びつけても綺麗に無視してシンジのそばから離れない。

 シンジは父に訳の解らない嫉妬の眼で見られ、これまた疲れ果てる。


 ヘトヘトになって、それでもなんとかマンションに着くと、餓死寸前のペンペ
ンとアルファを発見。


 焦って病院に連れて行き、なんとか部屋に戻ってみると日はとっぷりと
暮れていた。


 “前回”の時とは違い、大忙しの三日間であった。


 当然ながらシンジは、ベットにぶっ倒れてそのまま眠ってしまった・・・・・・・・・。




                     *   *   *   *   *   *



 チュンチュン・・・・・・。


 ゲーム音ではない。雀の声である。

 パチリっと眼が覚めるシンジ。

 疲労が完全に取れたか? というと、完調ではない。

 だが、今日は学校に行かねばならない。

 と言うか行きたい。


 完調ではないものの、“前回”のシャムシエル戦の後よりは遥かにマシ(家出も
してないし)である。

 リビングと玄関を堪忍してから顔を洗う。

 脱ぎ散らかされた服と靴があるのでミサトは帰っているのだろう。

 二人分の朝食を作る。

 冷蔵庫からビールの缶が消えているから飲んだのであろうから、あっさりめ。


 昆布とかつお節で出汁をとり、みりんと醤油で味を調え、豆腐と三つ葉を入れ
てお吸い物にした。


 特売で買った安物のフライパンにアルミホイルを敷いてから砂利を入れ、その
上に油を馴染ませた金網を置いて魚を焼く。


 これは簡易遠赤外線レンジである。

 疲れてはいたが、夕べのうちご飯はタイマーをかけておいたので、既に炊けて
いる。

 当然、ちゃんと混ぜて蒸す。


 海苔の買い置きも、かぶらの葉の漬物もある。

 大根おろしができる頃、全てが完成していた。

 その頃には匂いに導かれて、ミサトが起きていた。

 「おはよ〜・・・・・・シンちゃん・・・・・・」

 「まだ眠そうですね・・・・・・」

 お茶を入れてから、二人で「いただきます」と食事に入る。

 当然、アルファの同じものを食べる。

 『猫舌はどーなった?』等と言う疑問はナシである。



 異様に手順のいいシンジに最初は驚いていたのだが、今は慣れもあって気にし
なくなっていた。


 言うなれば“二周目”、スキル持ち越しである。

 料理が得意になって当然だ。

 「今日は三日ぶりに学校ね〜」

 「ハイ」

 やはり嬉しそうだ。


 思わず写真に収めたくなる様な笑顔だった。
 今のところミサトの独り占めである。


 「今日も学校終わってからNERVに来るの?」

 「ハイ。三日も訓練休んじゃいましたから、鈍っちゃいそうで・・・・・・」

 「ん〜〜感心、感心。いい子ね〜〜」

 思わず頭をなでる。

 「ミ、ミサトさんっ」

 「あはっ。照れちゃって〜〜」

 照れてはいるが、嫌がってはいない。

 ミサトとのスキンシップを楽しんでいるのだ。


 食べ終わった食器を洗い、食器乾燥機に入れてから鞄をとる。

 「じゃあ、いってきます」

 「いってらっしゃい♪ 気をつけてね〜〜」

 笑顔で見送るミサトの視線を感じつつ、喜びの中で学校へ向かって行った。



                     *   *   *   *   *   *




 途中、ちゃっかりと待っていたレイと合流し、仲良く学校へ向かう。

 何気ない会話をするが、レイにとっては至福である。

 まだ赤毛(アスカ)はいないのだ。レイが楽しい二人の時間を独占している。




 「おはよう」

 と、シンジが教室に入ると、トウジが飛んできた。

 「シ、シンジ!! 無事やったか!! よう来てくれたなぁ!!」

 なぜかやつれた顔の友は、剥き出しの喜びを見せていた。


───トウジ・・・・・・そんなに心配してくれてたんだ・・・・・・。


 訳を知らぬシンジは思わず涙ぐむ。

 「うん。もう大丈夫だよ。NERVで用事があっただけだから・・・・・・」

 「ほ、ほうか? せやったらええけど・・・・・・。連絡くらいよこせや」

 「うん。ごめんね」

 トウジは心から喜んでいた。

 昼食は哀れを感じたヒカリによって弁当が与えられていたのだが、朝と夜は無
いのだ。

 育ち盛りで、けっこう大食いのトウジにとって、飯抜きは拷問に等しい。


 余談だが、この件でヒカリはトウジに弁当を作り続ける事が日課になり、シン
ジにとても感謝していたという・・・・・・。


 まぁ、それはさておき。


 他の級友もシンジの登校を喜んでくれ、なんの問題もなく授業は進み、放課後
となる。























 そして、問題が発生した。



 「兄ちゃん!! シンジさん、まだ来ぇへんの??!!」


 校門を出た瞬間、トウジは妹のハルミに飛び掛られた。

 勢い、襟首掴まれる兄・・・・・・。


 先に授業を終えていた彼女は、ここで待ち伏せていたのだ。

 「わっ!! ま、待てやハルミ!!」

 空腹で体力が極端に低下しているトウジはハルミの攻撃に耐えられない。

 「兄ちゃぁ〜ん・・・・・・兄ちゃんのせいでシンジさんに迷惑かけたんやからね!!
  もっとその事を自覚して・・・・・・」


 「僕はもう大丈夫だよ」


 柔らかい声がして、ハルミが凍りつく。

 ギリギリと重そうに首を動かすと、トウジの後ろに複雑な表情をしたシンジが
立っていた。


 「え? わっ!! わぁあああっ!! シ、シンジさん?!」


 マッハで兄の首元から手を離し、髪を整える。

 その横でゴホゴホと兄が気道が戻ったことにより咳き込んでいたのであるが、
気のせいとした。

 そしてトウジの背中をさすってやるヒカリ。


 「ごめんなさい・・・・・シンジさん・・・・・・うちの馬鹿兄のせいで迷惑かけてしまっ
  て・・・・・・」

 先ほどの強気の“つ”の字も見せず、しょんぼりとして謝るハルミ。

 「え? いいよそんなの・・・・・・皆、無事だったんだし」

 そう言って少年は凶器を使用する。


 ──笑顔──


 たちまち真っ赤になって黙り込む。

 凶器を使用している自覚が全く無いシンジは、突然黙ったハルミを見ても、『自
分をこんなにも心配してくれていた』としか思いつかない。


 「ハルミちゃん、しっかり〜」

 と、そこへ可愛らしい声がかけられた。

 シンジはその声の主を見て固まった。


 『アスカ?!』


 いや、違った。


 まず年齢が違う。
 ハルミと同じ歳くらいであろう十歳ほどだ。

 しかも髪の色もアスカの赤みがかった金髪ではなく、やわらかな栗色だ。

 眼差しも違う。

 眼の輝きは同じくらいだが、瞳は黒く、そしてやわらかでかなり人懐こい。

 よく見ると、似ているのは髪形くらいだ。



───やれやれ・・・・・・しばらく会ってないから、同じような髪を見るとアスカに
   見えるのかな・・・・・・。


 やはり本質的なところは変わらない。
 結局、シンジは寂しがりやなのだ。


 「・・・・・・あの・・・?」

 その少年に一瞬浮かんだ悲しげな視線を、訝しげに見つめていた少女がつい口
を開く。

 「あ、ああ、ゴメンね。知ってる人を思い出しちゃって・・・・・・」

 「そうなんですか」

 その子供はニッコリと笑って納得する。

 「なんや。チヨ助もおったんかいな」

 なんとか復帰したトウジが少女に問いかける。

 「ハイ。ハルミちゃん、ここに来るまで、すっごく顔色悪かったんですよ?
  シンジさんのことず〜〜っと心配してて〜〜」


 ちょっと悪戯っぽく笑い、トウジに微笑んで説明する。


 「ちょ、ちよっと! チヨちゃん!!」

 あはは〜と笑って、シンジにも微笑む。

 「ホントですよ?」

 ホントに良く微笑む娘だなぁ・・・・・・と、シンジは(自分ことを棚に上げて)感
心していた。


 「あ、そう言えば。ハルミちゃん、この子は友達なの?」


 「え? あ、ハイ!」


 いきなりシンジに話しかけられ、声が裏返る。

 そんなハルミを見て、笑いながらその少女は自己紹介をした。


 「初めまして。わたし、美浜チヨといいます。ハルミちゃんと同級生です。い
  つも守ってくださってありがとうございます」


 子供とは思えないほどハキハキと喋る。

 自分の昔のことを思い出し、ちょっと暗くなるが、チヨと名乗った少女の笑顔
に後押しされて元気を取り戻し、シンジも自己紹介をした。


 「初めましてチヨちゃん。僕は碇シンジ。ハルミちゃんのお兄さんの友達です。
  これからもよろしくね」












 と、微笑を付けて・・・・・・。














 どがしゃああああんっ!!!







 チヨのゲシュタルトが崩壊した。



 こんな笑顔の持ち主がいたのか?
 
 こんな優しい眼差しの男の子が存在していたのか?

 こんなに綺麗な笑顔の男の子が、巨大兵器に乗って戦っているのか?

 自分の鼓動が跳ね上がっているのはナゼか?

 なんだか身体から力ガ抜けてユクノはナゼか?

 足元がグラツクノは?

 ドウイウコトナノカ?




 「ちょ、ちょっと! チヨちゃん?!」

 慌てて駆け寄るもチヨは顔を赤くしてぐにゃぐにゃだ。

 「チヨちゃん!! まさか・・・・・・?!」


 ハルミは『しまった!!』と思った。

 
 自分が一発でノックアウトされたのだ。単純に考えても、純情なチヨが落ちな
いはずが無い。


 『あかんっ!! ライバル増やしてもたがな!!!』


 イキナリ熱を出し、顔をリンゴのように赤く染めているチヨを心配するシンジ
を尻目に、ハルミは自分のミスによって起こった事態に、関西弁で打ちひしがれ
ていた・・・・・・。


 そんな、シンジたちを見、トウジは、


 「シンジ・・・・・・撃墜王と言うてやるわ・・・・・・」


 と、彼にしては鋭くチヨの心を理解し、ヒカリは、


 「い、碇君・・・・・・小学生にまで・・・・・・手当たりしだいなの? 年齢なんて無視な
  の?」

 と、未だにレイのセリフを真に受けてシンジの誤解を深めていた。


 「び、病院に連れて行かなきゃ!! 救急車!!」

 皆の心中を知らず、顔を赤くしてフニャけている少女を心配してシンジは慌て
ふためいていた・・・・・・・・・。



                    *   *   *   *   *   *



 「碇君・・・・・・約束の日は近いわ・・・・・・」

 レイは一人、自分の部屋を掃除していた。

 迫るラミエル戦に備えているのだ。

 なぜ部屋を? というと、例の日が近寄って来ているからだ。


 そう、シンジが自分に襲い掛かってきた(大誤解)日が・・・・・・・・・・・・。



 「碇君・・・・・・既成事実は必要なことなの・・・・・・それは大切なもの・・・・・・」


 テキパキとゴミをまとめる。


 冷蔵庫の上に壊れた眼鏡があった。


 レイは、なんでこんなガラクタがあるんだろう? と不思議がりつつ、不燃物
の袋の中に捨てた。













 レイは、過去に見切りをつけており、捨て去っていた。



 シンジの父親と、NERV司令という認識意外、既にゲンドウのことは頭に無
かった・・・・・・・・・。













──あ(と)がき──

 まず、初めに謝ります。すみませんm(? ?)m

 悪ノリしすぎました。

 自分は元々ギャグ系ばっか書いてた方なので、時々こんな風に崩れてしまうん
です(;;)

 いえ、ハルミの友達を出すことに意味はあったんですよ?
 ホントに・・・・・・

 シンジ君の守っていくものには、人との繋がりもあるんだよ・・・・・って事なんで
すが・・・・・・

 私の悪ノリのせいと、表現の限界でしょう、文章に全然出し切れていませんね
(^^;)

 すみません。

 次は・・・・・・・・・実は外伝のつもりです。

 これも、意味があります。

 でも、あえて語りません。
 見てから色々思ってください。

 『へっ! 外伝なんか読むつもりはねーよっ!!』と仰られるのでしたら、無
視してくださって結構です。

 とばして『フェード:8』をお待ちください。

 では・・・・・・


〜〜二人の未来に幸いあれ・・・・・・〜〜


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

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ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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