「伊吹さん・・・・・・・・・」


 平時のNERV本部の廊下。

 別に使徒が迫っているわけでもなく、急ぐ作戦もないので慌しく走る所員などもい
ない。

 その人通りの少ない廊下で、マヤは呼び止められた。

 振り返ると、そこにはレイが立っていた。

 いつもは『伊吹二尉』等と階級付きで呼ぶのに、今日に限って名前で呼んできた。

 その違いに気付いたマヤだが、ごく自然に返事を送る。

 「どうしたの? レイちゃん」

 「・・・・・・お願いしたい事があるの・・・・・・」

 「・・・・・・え?」

 今までは、『・・・・・・命令だから』とか、『・・・・・・命令だったら』等という無機質な言
葉が出てくるはずの口から、人間としてのお願いの言葉が出てきた。

 彼女に対して初めて人間らしいものを感じるマヤであった。

 「・・・・・・・・・駄目・・・なの?」

 なんとなく、しょんぼりとした言い方をしたレイに対し、逆に嬉しさを感じたマヤ
は、

 「ええ、いいわよ。私にできることなら」


 と、すぐに返してあげた。


 「部屋を・・・・・・・・・綺麗にしたいの・・・・・・手伝ってほしいの・・・・・・」

 「は?」

 一瞬、マヤの思考が止まる。

 そんなに汚いというのか?

 「お掃除してほしいっていうの?」


 ふるふると首を横に振る。


 「・・・・・・・・・女の子の部屋って・・・・・・どんなのかわからないの・・・・・・」


 ほんのりと赤くなって呟くレイの仕種は、マヤの心にクリティカルヒットした。

 『か、かわいい・・・・・・・・・』

 そう言えば、最近レイはよく喋る。

 それはシンジが第三新東京市に来てから・・・・・・というか、彼に出会ってからだ。


 最近、シンジのお陰で発令所内が明るくなった。


 リツコもよく微笑んでくれる様になったし、取っ付き難かった冬月ですら色々と教
えてくれるようになった。


 変わらず鬱陶しいのはゲンドウくらいなものだ。


 さっきも、シンジの差し入れのマドレーヌ(なんと手作りらしい!)で皆(日向、
青葉含む)とお茶を楽しんだところである。

 レイも色々な顔を見せてくれるようになるであろう。

 その扱いと境遇に同情していたマヤは、外向きになったレイの事を手放しに喜んだ。


 「うん! 任せて! 私がバッチリ女の子の部屋にしてあげる!!」

 「・・・・・・・・・ありがとう」


 小さな声だったが、レイの声は感謝に溢れていた。


 しかし、まさか女の子部屋どうこう言う以前に、本当の意味で“何もない部屋”だ
とは想像すらできていないマヤであった。



─────────────────────────────────────────────────────────────


   For “EVA” Shinji

       フェード:零・零

    For “EVA” Rei

─────────────────────────────────────────────────────────────



 レイの部屋を一通り整えてからマヤは帰っていった。


 流石にゴミ等は朝から出していたのでマヤの眼に留まらず彼女の平静を保つことが
できた。


 ただ、こんな場所に女の子一人を住まわせている司令に憤慨する事は防げなかった
が・・・・・・。



 ちなみに、例の壊れた眼鏡も収集車に他のゴミごと持って行かれたからもう無い。



 ラックやクッション、便座カバーからマットまで整えられ、チャイムも取り替えら
れた。


 かなり女の子に近付いたと言って良いだろう。

 少なくとも、今までよりはずっと近付いた。


 また明日も来て手伝ってくれるという。


 身体は疲れているが、女の子に・・・・・・ヒトに近寄ってゆくのを感じる事が嬉しくて
たまらない。

 チャイムの電源を抜いて、ドアチェーンをかけてから、服を脱いでベットに入る。

 パジャマ等を着ず、裸で寝るのは癖だからしょうがない。


 チャイムの電源を抜いたのは、ゲンドウが勝手にやって来て起こされたりするから
だ。


 声で起こされるのもムカつくので、耳栓を装着してから横になった。



 まさか自分が、日が変わってゆく事を楽しみにするようになるとは思わなかった。


 心地よい疲労から身体から力が抜け、スゥッと夢の世界に旅立っていった。



































 泣いてる・・・・・・・・・・・・・・・。


 彼が泣いてる・・・・・・。


 何がそんなに辛いの?


 わたしでは駄目なの?


 リリスとして世界と交わった今でも、レイはシンジが解らない。


 シンジは“碇シンジ”として独立してしまい、自分の世界の一部から離れてしまっ
ているからだ。


 アスカも独立したのだが、精神的にも不安定で、独立しきってはいない。


 このまま放っておけばいずれLCLに帰るだろう。


 彼女の消滅は、シンジの心の崩壊を意味する。


 せっかく人の形をとってくれたのに・・・・・・・・・


 どうすればいいの・・・・・・・・・?


───わからないの・・・・・・・・・?


 自分の中から声がした。

 これは・・・・・・独立した二人目の声。

 碇君と一つになることを望んだ、純粋な彼への想い。


───彼は皆を守り切れなかった事が辛いの。あの時代・・・・・・傷ついてばかりだった
   けど、解り合えるヒトと“友達”として生きていたあの時が幸せだったの。


 彼の事を理解しようともせず、傷つけてばかりの大人たちしかいなかったのに?


───全部がそうではなかったわ。知っているでしょう?


 そうね・・・・・・。


───・・・・・・彼を・・・・・・・助けてあげて・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・助ける?


───そう・・・・・・。手段は一つ。あの時代、碇君が傷ついてばかりだったけど、彼に
   とって幸せで、自分らしく生きていけたあの時代へ還してあげたいの。


 ・・・・・・・・・無駄よ・・・・・・・・・あの時の司令は碇君を理解しようとする事がないくせに
邪魔だけはするわ。


───確かに、一人では無理・・・・・・・・・だけど、一人じゃなかったら?


 一人じゃない?


───他の位相から他の碇君を呼び込むの・・・・・・やっぱり他の位相でもサードインパ
   クトが・・・・・ううん。もっと酷い事も起こっているわ・・・・・・・・・。


 碇君の心を強くしてあげるというの?


───彼を慕ってくれる人は多いわ・・・・・悪い大人の行いで報われなかっただけ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうね・・・・・・・・・・・・・・・。


───・・・・・・・・・どうする?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やるわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 やはり、シンジと二人でいる事に未練は残る。

 が、これではシンジは幸せになれない。

 好きだった、あの笑顔を見る機会はもう二度と来ないのだ。



 レイ・・・・・・いや、“リリス”は心を広げた。

 幾重にも折り重なった空間の向こう。


 閉じられた本のページをめくるように、或いはアルバムから望みの写真を探すよう
に、


 位相の壁に翼を広げ、とても近くて遠いトコロから想いを手繰り寄せる。


 その手繰り寄せたものに別の意思が絡み付いて付いてきた。


 この、音すらも死んだ場所に、命の息吹を持つ心が出現する。


 それはココロであり、“想い”。


 シンジ達と共に戦い、志半ばで散った戦士たちの魂。


 それらの多くはシンジとアスカの元に散って行った。


 だが、彼女の前にも残っている。



 ・・・・・・・・・あなたは・・・・・・?



───わたしは二人目のレイ。


───わたしも二人目のレイ。


───別の位相での二人目・・・わたしと同じく碇君への強い想いのままのココロ・・・・・・。


 “リリス”たるレイの前に、二人目の綾波レイが二人──いや、中に混じっている
のも入れると三人──いた。


 いや、それだけではない。


───レイちゃんだけに押し付けるつもりはないわよ。


 物凄い元気な命の火を持つ少女だった。

 ・・・・・・・・・この人は知ってる。

 全ての事象を根性で乗り越えてゆく非論理的な人だ。

 でも、誰にでも思いやりを与える事ができる優しい人・・・・・・。


───女の子だけに戦わせるなんて、男が廃るってモンだぜ!! 俺だって誰かの盾
   ぐらいにはなれるぜ?


 ぶっきらぼうだが、優しい男の声。

 単純だが、本当の意味で真っ直ぐなココロをもつ人。

 どんな時でも挫けず、人を信じ、真っ直ぐに進める人・・・・・・。


───まぁな・・・・・・俺も女一人すら守れなかったしな・・・・・・。だけどよ、お前らがや
   るってんなら力ぐらい貸してやるぜ?


 口が悪くて乱暴だけど、表現が下手なだけで本当は皆が好きな人。

 獣の荒々しさと、人の心の優しさで戦い続けた戦士・・・・・・・・・。

 一人の女の人の為に自分の命を削る事ができる人・・・・・・・・・。


───オレもだ・・・・・・俺は馬鹿だから体力と根性くらいしかないけどな!


 野太いけど、優しさの篭った声だ。

 怖いくせにガマンして戦い、打ち勝った人。

 そして、自分と同じく大切な人を助ける為に自分を犠牲にした人・・・・・・。



 自分と同じく・・・・・・?



 気が付けば、二人のレイはいなくなっていた。


 そう・・・・・・・・・もう皆わたしと一緒になったのね・・・・・・・・・・・・。


 不思議な気分・・・・・・・・・自分じゃない魂が、わたしの心と重なって、わたしに力を
貸してくれる・・・・・・・・・・・・。


 そうなんだ・・・・・・・・・・・・・・わたしは世界に一人しか存在しなかったけど、一人ぼっ
ちじゃなかったんだ・・・・・・・・・。


 わたしが、孤独な存在なる為にはそれ以外が一塊にならなきゃいけない・・・・・・・・・。


 皆が皆LCLになった今、“世界”という存在から・・・・・碇君は一人孤立してしまっ
た・・・・・・・・・。



 では、LCLに混じればいい・・・・・・・・・・・・・・・?



 違う。そうなったら、“大勢いる一人”という孤独な存在になってしまう。


 皆とココロとカラダを分かち合うという事は、たった一人になるという事。


 結局、委員会のやろうとしたことも、司令のやろうとしたことも、全部が間違って
いた・・・・・・・・・。


 誰一人として気付いてなかったけど、碇君を孤独へ追い込む壮大な・・・・・・・・・・・。




“いじめ”・・・・・・・・・。




 今になってやっと解った・・・・・・・・・。


 魂を分かち合って、一人になって、やっと理解した・・・・・・。




 なんて酷い事をするの・・・・・・・・・・・・?


 碇君に酷い事をする時代なんて存在しては駄目・・・・・・・・・。


 彼をいじめる時代なんて許せない・・・・・・・・・。



 周りにいた魂もレイと重なる。



───そうよ!! シンジ君に全てを背負い込ませるなんて許せないわ!!


 強い心がしみこんでくる。

 心の中に今までなかったモノ・・・・・・熱い熱い情熱の火が燃え上がった。


───俺はアイツの事を弱虫の臆病者と思ってた。女の子一人助けに行くことができ
   ないヤツと・・・・・・だけど、アイツはそうさせられてたんだ! 臆病で内向的に
   心を作り変えられたんだ! そんな事は許せねぇ!!


 真っ直ぐな正義感が、わたしの中に現れた。

 その心の為には、弱い人を助ける為には命令違反も厭わない心が・・・・・・。

 わたしには無かったモノ・・・・・・。


───ただの駒としてガキを使うって考えが気にいらねぇ!!
   テメェの女に会いたいって気持ちは分からんでもねぇが、その為に自分の息子
   を巻き込んでいい理由にならねぇ。
   神になるとか世迷言ぬかして人の不幸も利用するって考えが気にいらねぇ!!
   要するに、あいつ等皆、気にいらねぇんだよ!!


 人を人として見ることができない人間に対する憤り。

 獣のような同胞への優しさと、人間の懐の大きさを併せ持つココロ。

 大切なものを守るために“獣”や“人”すらも超える強い闘争心。
 

───オレは誰かを支えることしかできねぇ。だけと、せめてアイツ一人を支えるこ
   とだったらやってみせるぜ。どーせ力しかないけどな。


 ・・・・・・そんな事無い・・・・・・知ってる・・・・・・・・・この人の諦めない強い想いが、どれ
だけ仲間たちの支えになっていたかを・・・・・・。

 そう・・・・・・。

 皆も助けてくれるのね・・・・・・・・・。

 誰かを信じ、誰かを想い、支えられて、支える・・・・・・・・・・・・。

 これが“絆”だったのね・・・・・・・・・。


 レイは眼を閉じて、“世界”を閉じた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。































 信じていた。

 彼女が来るのを・・・・・・・・・。

 そして、やっぱり彼女はやって来た。


 星空・・・・・・・・・。

 空を見上げて星を見るなんてしたことなかった・・・・・・・・・。

 でも今はわかる。綺麗だって・・・・・・・・・。


 「アスカ・・・・・・」


 わたしは無意識に彼女に話しかけた。

 弐号機パイロットじゃない・・・・・・“アスカ”と・・・・・・。


 リリンに還る私たちは、使徒の括りから生まれ変わっている。

 だから、わたしたちは服を着ていない。


 アスカのプロポーションがちょっとうらやましい。


 そんな風に感じられるのも“ヒト”になってきたから・・・・・・?



 「待たせたかしら?」

 「ううん・・・・・・」


 前でと違って、とても好意的。

 わたしは素直にうれしいと感じた。


 「手間かけさせるわね」


 アスカは微笑んで、そう言ってくれた。

 こんな時は“笑えばいい”・・・・・・。


 「・・・・・・いいの」


 わたしも微笑んで返した。



 「また・・・・・・よろしく頼むわ」

 「・・・・・・こちらこそ」




 気配を感じて、その場所を見る。

 そこに、わたしにとっての“世界”が現れた。

 わたし“達”が好きな、前と同じ顔。

 綺麗な黒い髪。

 そして、前と同じ優しい眼差しがわたしを見てくれた。

 でも、以前より眼の輝きが強い。


 胸が高まった。止められない・・・・・・。


 肌をさらしている事より、その眼で見つめられる事が恥ずかしい・・・・・・。


・・・・・・・・・あ、恥ずかしい?


 恥ずかしいと感じている?




 やっぱり彼は凄い・・・・・・・・・。


 わたしはまた一つ、ヒトの心を彼にもらった。




 「やっと来たわね。バカシンジ」



 先に口を開いたのはアスカ。

 彼を馬鹿にするような口調だけど、口の端が笑っているのが見える。

 彼女も彼に会えて嬉しいんだ・・・・・・・・・。


 「アスカ・・・・・・ごめんね」

 碇君がいきなり謝る。

 「バーカ。ナニ謝ってんのよ」
 「うん・・・・・・でも、ごめんね」

 色々な意味での謝罪・・・・・・。

 今のわたしには解る。

 「ホント・・・・・・バカなんだから・・・・・・」

 アスカは涙ぐんでしまう。

 “ここ”には心の壁は無いに等しい。
 碇君の心の中にある、わたしたちへの想いが、そのままわたしたちに伝わってくる。



 アスカを守れなかったこと、
 アスカの心を守ってあげられなかったこと、
 そして、病室でアスカを汚したこと、
 アスカを殺そうとしたこと・・・・・・。





 もちろん単純にそれだけの話じゃない。


 “EVA”という器を介してわたしは見ていたから理解できる。


 碇君の傷の大きさを・・・・・・・・・。


 アスカと同じく、心が傷だらけなのを・・・・・・・・・。

 そのことを知っている・・・・・・・・・。



 だけど、そのせいで“ココロ”が痛くなる。


 なぜ、もっと早く理解してあげられなかったのかと・・・・・・・・・・・・。



 「もういいよ。アスカ」



 だけど碇君は微笑む。



 「今度は間違えない・・・・・・今度こそ、アスカを、綾波を守るよ」



 !!!!!!!!!!




 痛い。



 胸が痛い。



 気持ちいいのに痛い・・・・・・。



 違う。気持ちよくて痛いのね・・・・・・・・・・・・。



 彼の想いが・・・・・・・・・痛いほど気持ちいい・・・・・・・・・。



 「碇君・・・・・・私はあの時間にもどると、リリスの力を無くすわ。まだ、綾波レイだ
  から・・・・・・」


 わたしは事実を彼に伝える。

 おそらくわたしたちが去った後、この時間は閉じ、消滅する。

 わたしが“リリス”であった時間帯が無くなるのだから、力が無くなるのも当然の
話・・・・・・。


 「そうだね」

 「だから、碇君を守れないかもしれない・・・・・・」




・・・・・・・・・辛かった。




 彼を痛みから守りきれない事が・・・・・・・・・。

 そんなわたしの頬を、碇君の手が優しく触れる。




 温かい、彼の、手・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 「綾波は“綾波”でいいんだ」

 「碇君・・・・・・」

 「僕たちは“今”を無くしに帰るんだ。だから、アスカはアスカでいいし、綾波は
  綾波でいいんだ・・・・・・・・・・・・・・・違うか。そうじゃないと嫌なんだ」



 「シンジぃ・・・・・・」
 「碇君・・・・・・」




 一瞬。



 ほんの一瞬。

 
 わたしは彼に殺された。



 わたしのココロから彼以外のモノが消失した。



 そのまま心臓が止まって、身体がLCLに戻るかと思った。




 碇君・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 わたしは彼の想いに答えるべく、ATフィールドで空間を捻った。

 最後の“リリス”のチカラ・・・・・・。

 だけど、もういらない。



 ヒトのチカラで、“ココロ”のチカラで彼を守るの。

 世界が光に包まれてゆく。



 “過去”への旅立ちの時が、来た。

















 唐突に彼がわたし達を抱きしめた。

 「え? シンジ?!」
 「碇君?!」


 そして、耳元で呟かれた。





 「二人とも、大好きだよ」







 っ・・・・・・・・・!!!!!!!!




 また、殺された。





 多分、アスカも殺されたみたい・・・・・・・・・。

 わたし達の心は碇君に完全に殺された。

 もう、彼以外はどうだっていいとさえ感じてしまう。

 せめて、今だけはそう感じたままでいよう・・・・・・・・・。

 あの世界に戻るまで、感じていたい・・・・・・・・・。


 大切なヒトタチの事を忘れ去るほどの、罪悪感を伴う彼の・・・・・・“想い”という快
感を・・・・・・・・・。




 
 視界は全部、光に溶けてゆく。




 わたしたち三人と、世界を包み込み、







 世界は光に消えていった・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






























 気が付くと朝になっていた。

 昨日、伊吹さんが買ってくれた目覚まし時計を見てみると、約束した時間の20分
前。

 耳栓を外し、ベットを出、チャイムの電源を入れ直し、シャワーを浴びて真新しい
下着を着けて服を着た。

 朝食をとろうとしても、栄養剤しかない。

でも、今となっては栄養剤だけなのは味気ない。

 ちゃんとしたものが食べたかった。


 眠っている間に、『レイ、私だ』なんて声が聞こえたような気がするけど、たぶん
気のせい・・・・・・。


 仮に来たとしても、髭を見ても嬉しくない。


 『用済みの爺さん』は、用済みなの・・・・・・。


 冷蔵庫の中には、昨日、伊吹さんが入れておいてくれた野菜サラダがあったから、
昨日買った胡麻ドレッシングで食べた。

 今まで水を出すだけだったキッチンも、“台所”としての機能が回復してる。

 ここで碇君の為にお料理を作る・・・・・・それはとても楽しい事・・・・・・。

 今はまだ何もできないけど、伊吹さんに教えてもらって、いつか作ってあげるの。

 ・・・・・・・・・でも、碇君の作ったお料理も食べたい・・・・・・・・・。




 きんこーん♪




 昨日、ホームセンターで買ってきて取り付けたチャイムが鳴った。

 覗き穴から見たら笑顔の伊吹さん。

 色々持ってきてくれてる。

 今日もまた、ヒトに・・・・・・・・・女の子に近寄ることができる。



 「今、開けます」

 わたしは、チェーンを外し、ドアを開けた。



 女の子への勉強を始めるために・・・・・・・・・。


















                        “Rei・SIDE”STORY

                             END

                       TURN IN THE NEXT

                           “Asuka・SIDE”


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
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