───この時代に帰ってきたシンジ。



 だが、冷静に状況を分析して自分を隠す仮面を被りながらも弊害が発生しないように時を待つアスカと違
い、彼の行動は人を守る為に“苦労”と“努力”を惜しまない強くて積極的な人間のそれである。



 ミサトが入手していた調査報告書との食い違いも甚だしい。



 そういう意味合いを含み、シンジは初期からかなり作戦ミスを起こしている。



 なにせ、現在のシンジ君フリークの数は尋常ではないのだから・・・・・・。




 が、その人々を魅了してゆく心の輝きは、アスカの危惧とは裏腹に、彼の周りで近い将来発生するであろ
う弊害を着実に除去していった。


 まず、最初にシンジの異変に気付くと思われるミサト。

 彼女はシンジの笑顔と料理にノックアウトされ、自分達に対して剥き出しの保護欲と好意と向ける少年を
信頼し切っていた。

 既に復讐の事は殆ど頭に無い。



 リツコにしてもそうである。

 ゲンドウに対して盲目的な信頼を置いていた彼女であったが、誰よりも人に対して“大人の”愛情と思い
やりを向けてくる少年の登場により、ゲンドウのあまりに子供じみた我侭さを思い知らされ、今や完全に呪
縛は解けていた。



 そんなシンジに対して現在の二人の感情は“信頼”と言うよりも、どちらかと言うと“信仰”に近いもの
があった。



 少年の恋人のような位置に立つ事より、少年の幸せを優先しているのだ。


 彼の幸せな笑顔は発令所の面々にとっても幸福なのである。


 よって、ダミープラグ等というシンジが間違いなく嫌悪するパーツの開発は、リツコ自身の意思により自
主的に遅らせていた。


 シャムシエルの残骸からデータを得てS2機関の開発も進めていたが、委員会に情報が行かないように、
ミサトと共に徹底的に情報の移動をカットし、プロテクトのレベルを上げ、さらにウォールの厚みを八倍に
した。

 これで、委員会の元にあるMAGIでは手も足も出なくなった。

 ミサトもシンジの精神的な生活保障の為にレイに対して強力な護衛をつけた。



 今までの護衛人数より遥かに強力な一人の守人・・・・・・東郷リシュウであった。




 もはやシンジにとっての弊害は、父であるゲンドウ、ゼーレ、




 そして襲い掛かる使徒だけとなっていた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・最初の大苦戦となる戦いは、刻一刻と迫っている。





─────────────────────────────────────────────────────────────

   For “EVA” Shinji

       フェード:九

─────────────────────────────────────────────────────────────



 「わぁああああああああっ!!」



 「「「「「「「シンジ君!!!」」」」」」」




 発令所内でオペレーター達の悲鳴のような声が木霊する。

 初号機が攻撃態勢に入る前に、荷粒子ビームの一撃を食らったのである。






 案の定、零号機の起動実験中に第伍使徒がやって来た。

 出撃できないレイの代わりに、


 「お前が出ろ」


 シンジに端的な命令を下す司令。

 「わかった。初号機で出るよ」

 と、ゲンドウに対して何の表情も出さずにケイジに向かう。

 その背中を申し訳なさそうに見送る発令所の面々。


 少年に対して胸の奥で湧き出す罪悪感。
 それに伴い、司令に対して巻き起こる嫌悪感。


 その二つが鬩ぎ合い、皆を無口にしていた。

 気付かないのは当のゲンドウ一人。



 自分の人形であるはずのレイに至っては明確な殺気をもっていた。



 だが、今はまだ、レイは“それ”を表面に見せていない。







 発射口から出る寸前、やはり初号機は攻撃を受けた。


 緊急回収される初号機。


 前もって心構えをしていたが為に初号機の被害は比較的は少なくて済んだのだが、シンクロ率の高い今は
シンジが受けたダメージは逆に大きかった。


 もっとも、意思の力が強い現在では回復も早い。

 結局は前と同じような時間に意識が戻った。




 「明日、午前零時より発動される「ヤシマ作戦」のスケジュールを伝えます。

  碇、綾波の両パイロットは、本日17:30にケイジに集合。

  18:00エヴァンゲリオン初号機、及び零号機起動。

  18:05出動。同二子山仮説基地に到着。以降は別命あるまで待機。
 
  明朝日付変更とともに作戦開始・・・・・・だそうよ」



 「うん・・・・・・ありがとう」

 病室のベッドに寝ていたシンジの元へレイが作戦内容を伝えにきていた。

 過去においての作戦の再現に過ぎないのだが、シンジにとっては深刻だ。

 少女に向けられたお礼と笑顔にも影がある。


 「・・・・・・・・・怖いの?」


 懐かしくも現状のままのセリフ口に出してしまう。


 だが、少年は自分自身が傷つく事など恐れてはいない。


 「うん・・・・・・“前回”はなんとか助かった・・・だけど、今回もそうだと限らないから・・・・・・綾波を・・・・・・守
  りたいのに・・・・・・盾にしてしまう・・・・・・」


 「碇・・・・・・君・・・・・・」



 彼の気持ちを知ってはいるのだが、直に言われるとやはり胸が高まる。


 だけど、


 「あの・・・・・・碇君・・・・・・」

 「・・・・・・うん?」


 彼だけが傷つくのは・・・・・・もう、いやだ。


 シンジがレイ達に傷つかれる事の方が痛いように、レイもシンジに傷つかれる方が痛いのだ。


 「痛みを・・・・・・碇君だけのものにしないで・・・・・・ちゃんとわたし・・・達にも分けて・・・・・・」


 やはり、アスカの事が引っかかる。


 礼儀として付けた“達”も、やや言葉に出るのが遅れる。


 「綾波・・・・・・・・・」


 でも、今回の作戦では“彼”と分け合える痛みはレイの独り占めだ。


 「作戦内容・・・・・・知っているわよね・・・・・・? わたしだけでは守る事しかできない・・・・・・貴方だけでは攻
  撃しかできない・・・・・・」

 「・・・・・・うん」


 人前では変化を見せないレイも、シンジの前ではその心の変化を剥き出しにする。


 今のレイの眼は、強い命の火が燃えていた。


 「わたしたち・・・・・・一人一人の“火”は小さいわ・・・・・・だけど、二人になったら“炎”になる・・・・・・」

 「綾波・・・・・・」

 「だから負けないの・・・・・わたし“達”の“炎”で使徒を倒して行くの・・・・・」

 レイの赤い瞳は、まるでその言葉の意味を表すが如く炎のように燃えていた。


 そんな彼女の決意を受け取って、少年の心にも火が入る。


 「・・・・・・・・・わかった。僕も負けない。でもやっぱり危ないと思ったら綾波を守るよ。これは譲れないから
  ね」


 「・・・・・・な、何を言うのよ」


 言わなくても良いセリフと、とどめの笑顔でレイをノックアウトする。


 もちろん自分の持つ笑顔の破壊力に全く気付かない少年ならではの攻撃であった。




                     *   *   *   *   *   *



 双子山仮設基地に着き、真剣に心配するミサトたちに作戦の説明と注意事項を受け、前回同様、初号機が
“EVA専用改造陽電子砲”・・・・・・すなわち、ポジトロン・スナイパー・ライフルを握り待機する




 シンジの誤算の一つに、訓練を積極的に続けた事があった。




 つまり、レイの盾になるつもりであったのだが、シンジの射撃能力が突出してしまったが為、結局は“前
回”同様シンジが狙撃手になってしまったのだ。


 だが、良い事もある。


 シンジは知らない事であったが、『アウトレンジ(射程外)からの攻撃に対しては、やはりアウトレンジ兵
器が必要です』とミサトとキョウスケからの提案もあり、事前に戦自と交渉を終えていた。


 つまり、既にEVA用に陽電子砲FX−01の改造を終えていたのだ。


 キョウスケとミサト、そしてリシュウと行った交渉は思ったより穏便に進み、陽電子砲のバックデータを
渡す事で落ち着いた。




 この交渉が後々関わってくるのであるが、今は割愛する。








 作戦名、“ヤシマ”。



 かの那須の与一が矢で船上の扇の的を打ち抜くという偉業を果たした伝説の場所、<屋島>と、日本中の
電力を集めて攻撃をすることから八州──古代の日本の呼び名──作戦というのを掛けた名前だが・・・・・・よ
くもまぁ、即座にこんな名前を思いついたものである。



 物凄いシンプルな内容で、使徒のATフィールド中和距離外から一億八千万キロワットという大出力でA
Tフィールドをぶち抜いて使徒を殉滅する作戦なのだ。



 この時、盾となってシンジを守ったレイも危ないところであった。



 このことをシンジは心配しているのだ。


 今回一番の救いは、陽電子砲の改造が完全に終了しており、流石に連射はムリであるがヒューズ交換にか
かる時間は“前回”よりかなり短縮されている。


 焼けたヒューズは発射すると自動的に排出されて入れ替わるのだ。


 このシリンダー式に交換されるヒューズと蓄電池の応用で、二発までではあるものの、五秒ごとに一発発
射できる。


 もっとも、総発射可能弾数も二発ではあるのだが・・・・・・・・・。



 それでも、シンジにとっては大助かりなのだ。

 少なくとも前回よりは格段にマシになっている。




 「“矢”、充填完了。
  “矢筒”、蓄電量限界値に到達。
  第七最終接続。十秒後に“矢筒”から“大弓”へ送ります。トリガーロック、解除用意」


 “矢筒”とは蓄電池のコード名。当然、“矢”は発射されるエネルギー弾の事で、“大弓”はポジトロン・
スナイパー・ライフルの事である。


 いちいち接続したりしているのは、そのまま発射すれば銃身が焼け付く可能性があるからだ。


 そうならないように、ライフリングを回しておくのである。

 それでも、“前回”のラミエル戦に比べると格段の進歩であった。






 が、






 「目標に高エネルギー反応!!」

 やはり先にラミエルが動いた。

 高められたエネルギーが結晶体の様な多角体の外周部を加速し、収束してゆく。


 この事はリツコと事前に打ち合わせていた。

 まともに撃ち合うと相互干渉で大きくサイトがずれてしまう。

 よって、シンジにとってかなり不本意だが先に撃たせなければならない。


 だが、倒せなければお話にならないのだ。


 盾は事前に用意された事もあって倍の厚みがある。

 これにATフィールドを足せば、かなりの防御力が期待できるであろう。

 モニターよりもたらされる情報により、MAGIが射撃用の再計算を進めてゆく。



───来るっ!!



 シンジがそう身構えた時、それは起こった。



 ギュルッ



 「・・・・・・なっ!!!!!」



 見守る全員の目の前で、ラミエルがいきなりひっくり返ったのだ。

 円周部が“縦”になり、その隙間が狙えない。




 と、ラミエルが一瞬光った。




 ブォオオオオオオオーーーーーッ!!!!!



 「きゃあああっ!!!」


 「綾波??!!」


 盾を構えたレイをビームが襲ったのである。



                      *   *   *   *   *   *


 「そんなっ!! どうして?!」

 作戦部長が叫ぶ。

 リツコもMAGIから送られてくる情報から眼が離せない。

 「シンジ!! レイ!! 無事か?!」

 『綾波!』

 『わ、わたしは大丈夫です・・・・・・損傷度7%未満・・・・・・まだいけます』


 シンジのレイを心配する叫びと、レイの状況を冷静に報告する言葉が一応キョウスケを安心させる。


 「大丈夫です。レイちゃんの言葉通りの被害です。盾とフィールドによってかなり威力を軽減されていま
  す」


 一様にホッとする発令所。

 だが、リツコの顔だけは晴れない。


 「これを見て」


 リツコがキーを打つと、モニターに先ほどの第伍使徒の攻撃パターンがCGでリプレイされた。

 モニター内でひっくり返る多面体。

 真上に、おそらくは──荷粒子砲の攻撃であろう──線が延び、少し上でイキナリ直角に曲がって、うつ
伏せの人型の前に立って盾を構えている人型に命中した。


 言わずもがな、うつ伏せの人型は初号機であり、盾を構えているのは零号機である。


 「・・・・・・なによ・・・・・コレ・・・・・・?」


 流石にミサトも驚きで声が続かない。

 直進するはずのビームが直角に曲がったのだ。そうにもなるであろう。


 「多分ATフィールドね・・・・ATフィールドに反射させて角度を調整して対象を攻撃するみたいよ・・・・・・・」

 「な・・・・・・・・・っ?!」


 ミサトが作戦実行前に『攻守ともにパーペキな空中要塞ね』と言っていたのだが本当の事であった。


 「で、でも初出撃時にはあのまま撃ってきたわよ?」


 そう、確かに最初の攻撃はそのままの体勢(?)で発射されたものであった。


 「それは計測データから解ったことなんだけど発射角の問題ね。推測だけど、ある程度の角度と距離が開
  くと、正確に命中させるように角度を変えて発射する為にあの体勢になるみたいね・・・・・・」


 言いながらもキーを叩き続けるリツコ。

 雨のように文字が流れていき、画面に計算データがすすむ。

 本気を出しているリツコのタイプ速度は、片手だけでも並のオペレーターの倍の速度はある。




 やがてはじき出されるMAGIの計測結果。

 モニターに送られたその答えは、彼女らの顔色を否が応でも青くする。


 「そ、そんな・・・・・・」


 超遠距離攻撃での防御力はほとんど無敵と言って良い。

 初攻撃時での角度と今しがたの攻撃反射角度から計測し、EVAのサイズから想定した戦闘距離は・・・・・・。


 「く・・・・・・っ、シンジ達に白兵距離で戦わせねばならんのか・・・・・・」


 リシュウの顔にも苦渋が浮かぶ。

 最低でも400m以内に近寄らねばならないのだ。

 そして、それしか道がなかった。




 そんな海底の様な重苦しい沈黙の中、モンターしていたマヤの声が響いた。

 「ぜ、零号機、移動を開始して・・・・・・、レイちゃん!!!!」

 声に反応して全員一斉にモニターを見る。




 モニターの中で盾を構えたまま走りこんで行く零号機の、







 レイの姿があった。







                     *   *   *   *   *   *



 『レイ! レイ!! 応答して!! 無茶はやめなさい!!』

 ミサトから通信が入る。

 だが、レイは走るのを止めない。

 さらにスピード上げ、盾を構えたまま走る!


 「・・・・・・このまま待機していても時間の無駄。それに使徒が真上に向けるという事は、真下にも攻撃がで
  きる可能性があります」



 真下・・・・・・つまり、セントラルドグマに向かって直接荷粒子砲を撃ち込める可能性があったのだ。



 ならどうする?



 その答えを自分なりに考え、突撃行動に移ったのである。



 つまり、レイが白兵距離まで駆け寄る事により、レイにターゲットを向ける為に結晶の隙間をこちらに向
けてくる可能性がある。

 ターゲットが増える事によって防御率も低下するはずだ。


 彼女はそれに賭けたのだ。


 だが、遠距離射撃の為にかなりの距離がある。


 『ダメ!! もうケーブルがもたない!!』


 マヤの警告を耳にすると、零号機はケーブル距離がなくなる寸前にパージした。


 『だ、駄目よレイ!! 内部電源じゃもたないわ!!』


 パージした瞬間から始まる五分のカウントダウン。


 それでも走るのを止めない。



 「現状でも四分は持ちます」

 『そんな状態でフルパワーのATフィールドは無茶よ!!』

 「いざとなれば零号機をぶつけるまでです」

 『レイ!!!』

 『綾波!!』

 レイを静止しようとするミサトの通信に何者かが割り込んだ。


 『綾波!! 僕が絶対守る! 絶対に、絶対に、守るから!! 少しだけ踏ん張って!!!!!』


 『シ、シンちゃん?!』


 シンジだ。


 レイの気持ちを汲み、レイを信じて、レイを守る為にトリガーから指を離さない。


 ここで慌てて行動すれば、自分はおろかレイにまで被害及び、レイの気持ちを無視した上に全てが終わっ
てしまう。


 それを理解しているからこその決意である。

 現にモニター内のシンジの口元がLCLより赤く濁っている。

 唇を噛み締めて血が流れ出しているのだ。


 「碇君・・・・・・」


 一瞬潤むレイの赤い瞳。


 心から溢れてくる想いが瞼から滲み、LCLに溶けて混じる。


 『・・・・・・レイ! こーなったら骨は拾ってあげるわ!! アタシ達だって一蓮托生、呉越同舟よ!!』

 「葛城一尉・・・・・・ハイ!!」


 零号機が更に加速した。



                     *   *   *   *   *   *


 高速で迫る零号機。

 ラミエルは自分に対する加害物として初号機を狙っていたのだが、今度は零号機を狙うことにした。

 それは、遠くの初号機より直に迫る脅威として零号機を捉えているという単純なものだった。


 ラミエルの行動は、『守る』『撃つ』『アダムへと向かう』とこれだけで、攻撃方法も行動パターンも単純極
まりない。


 その行動パターンの確実なる障害になる零号機にターゲットを変更する事は至極当然といえる。


 案の定、多面体の体を回転させ正面(?)を向いた。

 内部で高められたエネルギーを円周位で加速させ、荷粒子ビームを放つ。






 ドォオオオオオオオオオオオオン!!






 待ち構えていた零号機が盾で受け止める。

 いくら盾の厚みを倍にしても、融解点を上げることにはならない。

 たちまち赤くなる零号機の盾。


 「「レイ!!」」


 発令所内で悲鳴が上がる。

 「くぅ・・・・・・」

 『綾波ぃっっ!!!』

 シンジの叫びが聞こえる。


 その声の主を守る為ならば、こんな痛みは靄にも等しい。



 『碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る』


 腕に伝わる沸点を超えた痛み。



 『碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る』


 神経伝達による、直接的な痛み。



 『碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る』


  忽ち赤色化する盾。



 『碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る』


 だが、盾は赤くなるだけでそれ以上の変化が無かった。



 『碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る、碇君を守る』


 ラミエルのエネルギー照射が終わっても、盾は赤くなったままだった。



 『碇君を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・守るっ!!!!!!』


 それは、温度上昇によって赤くなっているのではなく、赤く輝いていたのだ。


 「これは・・・・・・? マヤ、どうなっているの?」

 「・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・し、信じられません・・・・・・零号機の持っている盾が、零号機のATフィー
  ルドに物理的に侵食されています・・・・・・」

 「なんですって?!」


───碇君を守る。


 その『シンジを守る盾になる』という切なる想いは、物質としての“盾”を侵食し、ATフィールドと融
合していたのだ。


 言わばATシールド─────


 人類にとって、正に最強の盾の誕生であった。


 「今よ!! シンちゃん!!」

 ミサトの号令によってトリガーが引かれた。

 ラミエルの持つ荷粒子砲と同等の破壊力を持つそれは、見事に多面体の正中線とらえた。



 パァン!!



 と弾ける硬質の構造体。

 発令所内で歓声が上がった。






















 次の瞬間までの話ではあったが・・・・・・・・・。



                     *   *   *   *   *   *



 「な・・・・・・・・・っ!!!」


 シンジの手は確かに手ごたえを感じていた。

 MAGIのサポートがあったとは言え、針の穴すら通すほどの正確さで目標の“点”に命中させたのだ。


 だが、黒い表面色となった事以外は、前と寸部と代わらぬ姿でそれは、





 第伍使徒ラミエルは浮かんでいた。





───しまった!!





 シンジは今更ながら自分の迂闊さを呪っていた。

 今回の第伍使徒は自分の弱点をカバーする能力を得ていた。

 “前回”のラミエルでさえ防御能力は高かったというのに、今回は攻撃より防御特化型に進化していたのだ。


 それには気付いていた。


 だが、それだけだと考えてしまっていたのだ。

 これは完全にシンジの油断である。


 いくらATシールドを持っていたとしても、熱までは完全に防げない。


 いくら彼女の心が強くなっていても、レイの肉体は人間の少女なのだ。


 自分の状況判断の甘さからレイを矢面に立たせ、そして今、レイを危機に追い込んでいる。




 心の力の強くなったシンジ。




 そして彼はもう、先に後悔したりする事はなかった。




                     *   *   *   *   *   *





 「計測終了しました! 先ほどの初号機の攻撃の際のデータからMAGIの算出した仮想データによりま
  す・・・・と・・・・・・・・・・・・・・・・っ??!!」


 マヤの声が凍りつく。


 「どうしたの?!」

 「だ、第伍使徒の攻撃パターンは・・・・・・荷粒子ビームを発射する間のみ・・・・・か、開口部を開き、それ以外
  の時は外郭を閉じて全ての攻撃を防いでいます。
  さらに・・・・・・し、使徒の構成は珪素系の単一の分子構造で、あの重ねたピラミッド型は、それを背中合
  わせにしている模様・・・・・・です」

 「な、なんですってぇ?!」

 報告を受け、リツコが思わず叫ぶ。

 「ど、どういうこと?!」

 リツコがここまで取り乱すのは珍しいことだ。流石のミサトも聞き返す事しかできない。

 「・・・・・・あの使徒の外殻装甲を構成している分子数はたったの二個。あの背中合わせのピラミッドの“上”
  と“下”・・・・・・それだけよ。少なくともあの使徒を殉滅するには分子を“核”から破壊する必要がある
  わ・・・・・・」

 「・・・・・・それって・・・・・・」


 ミサトの喉が鳴る。


 カラカラに乾いていた。


 「理屈で言えば、物理的に破壊できない・・・・・・・・・」



 全員の息が止まりそうになる。



 ミサトは自分の言った軽口を呪った。



 『攻守ともにパーペキな空中要塞』



 『パーペキ』とは、セカンドインパクト以前にあった造語で『パーフェクトに完璧』という意味である。



 単純極まりない行動原理に“全て”をつぎ込んでいる兵器。

 それが第伍使徒ラミエルであった。

 攻撃は効かない、向こうの攻撃は無限。

 戦術的に言えば敵うはずも無かった。






 だが、






 「し、初号機! “大弓”を廃棄!」


 「シンジ?!」


 「シンジ君?!」



 モニターには、先ほどの零号機と同様に走り出す初号機の姿が映し出されていた。




 少年は、この程度の事で戦いを諦めたりしていなかった。




                     *   *   *   *   *   *



 『シンジ?!』


 『シンジ君?!』


 ラミエルのデータは通信からそのまま聞いた。


 リツコは、あの外殻を破壊する方法は無いと言っていた。



 ではどうする?



 このまま指を咥えて見ているのか?



 最前線にいる綾波を見捨てて?





 たった“この程度”の事で?







 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな事・・・・・・・・・・・・・・・・、






 そんな事、



 そんな事はできない!!!!



 破壊できない?




 ならば、




 ぶち抜くまで!!!






 外殻は無視!!







 ターゲットは、






 使徒のコア!!!









                     *   *   *   *   *   *



 「・・・・・・あやつ・・・・・・近接戦でコアのみを狙うつもりか?」


 流石にリシュウとキョウスケはシンジの意図に気付いた。

 こんな事ぐらいで諦めるような少年でない事は今までの戦いで解っている。



 無茶は承知!! だけど、諦めれば全てが終わる。



 少年は常に背水の陣で戦っているのだ。



 だからギリギリまで無茶はやらない。



 今、無茶をやるのは、正にギリギリのラインを超えているからである。



 そして、その無茶をやらせているのは、不甲斐無い自分達だ。


 「こうなったら四の五の言ってられん・・・・・・赤木博士!! 例のヤツは?!」

 「え?! でも、あれは・・・・・・」

 「分の悪い賭けは承知。だが、このままシンジだけに無茶を押し付けるわけにはいかない!!」



 キョウスケの眼は真剣だった。



 その眼に押されるように、リツコは頷いた。


 ミサトはそんな親友の意図を汲み、


 「シンちゃん!! これから新兵器を射出するわ!! 使って!!」


 片手で日向に支持を送った。


 「シンジ君!! 使ってくれ!!」


 日向がキーを叩いて、武器庫ビルの動力に命を送る。

 休止モードから復帰した第七武器庫ビルが開き、中から黒く長い物が姿を現した。


 「第伍使徒!! 再びエネルギー反応!!」


 その動きに気付いたのか、ラミエルの粒子砲が再び動き出した。



 「かまわないで!!」

 「了解!! X−02射出!!!!!」


 五秒とかからず充填された荷電粒子は収束し、発射された。


 目標は・・・・・・・・・第七武器庫ビル!!!





 ドゴォオオオオオオオオオンッ!!!





 弾け飛ぶ第七武器庫ビル。

 だが、その一瞬前に“それ”は飛び立っていた。



 しかし、ルートを大きく外れた“それ”は、初号機から見えるはずも無かった。



 発令所の面々も声を失う。



 一刻を争う中で、言葉の支持が間に合うはずも無い。



 そう、“言葉”の支持は・・・・・・。




                     *   *   *   *   *   *




 この時の為に彼女はここにいた。


 こんな時の為に備えて彼女は発令所にいたのだ。


 MAGIとの接続端子のそばで寝ているのも、MAGIと情報を交換する為、


 そして、MAGIから受け取った情報を誰よりも早くシンジに伝える為!!


 今、彼女はその仕事を開始した。





 初号機の・・・・・・・・・・・・





 シンジのサポートをする為に!





 『シンジ!! 左後方7時、仰角51度!! 高度81!! 2秒後に到達するニャ!!』





                    *   *   *   *   *   *



 心の声、


 念話・・・・・・いわゆるテレパシーに到達時間は無い。

 正に“同時”に“意味”が伝わるのだ。


 そして、ファミリア(使い魔)であるアルファとは心の糸で繋がっている。



 『わかった!!』



 即座に支持を受け取り、ケーブルをパージし、タイミングを合わせて初号機をジャンプさせる。

 荷電粒子ビームであるラミエルの攻撃は、狙った地点に瞬間で着弾する。


 だが、発射までのタイムラグは長かった。


 威力を殺して連射されたビームは文字通り空を切り、初号機にかすりもしない。


 左手で“それ”を掴み、“鞘”から抜き放つ。




 やや青みがかった銀の刃が、初号機から送られてくるエネルギーを受け、灼熱化する。



 例えるなら巨大な日本刀。



 刃を高速振動させることにより対象物質の分子結合を破壊するEVA専用高速振動剣、







“マゴロク・E・ソード”である。







 しかし、いくらEVAでも跳躍点は停止状態だ。そんな瞬間を逃すラミエルではない。


 跳躍点に向けて、五発の速射ビームが襲い掛かる。





 ガツッ





 と、重い音の一瞬後、初号機は地面に着地していた。


 当然、ビームは外れている。


 ラミエルが角度を変更する前に大地を駆ける。



 今回の発令所も驚きで固まっている事は容易に推測できる。





 それは、ラミエル自身が行った攻撃の応用。





 空中にATフィールドを固定し、それを蹴って着地したのだ。



 これで空中で姿勢制御したのである。



 この余りの離れ業を理解した発令所の騒ぎが響く。

 だが、構っている暇はない。


 その間にもラミエルは初号機に照準を合わせてくるのだ。



 やはり慌ててポイントをずらして初号機にビームを向ける。





 ヴュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!





 威力を落とした荷粒子のビームが初号機を襲う。


 「くぅううううううっ!!」


 全身のATフィールドを左手の先に収束させ、それを受け止める。




 たちまち手首が砕けとぶ。




 『イヤァアアアアアッ!!! シンジ君!!!!!!!』




 発令所から悲鳴が飛んだ。



 だが、シンジは足を止めない、諦めない。



 左肘まで蒸発し、自分もフィードバックで腕をもがれる感覚を共有していたが、それでも挫けない。



 「それが・・・・・・・・・なんだぁあああああああああああああっ!!!!!」



 彼の速度は衰えない。



 コアを目指し、加速するのを止めない。



 慌てて速射に切り替えようとする第伍使徒。



 『やらせない!!』


 だが、初号機に気をとられ、半ば放置状態の零号機がすぐそばまで迫っていた。




 ずがぁっ!!




 その重ねピラミッドの隙間に零号機がATシールドを突き入れた。


 シンジを傷付けられた彼女にとって、ラミエルは憎むべき敵だ。


 その攻撃に一片の容赦もない。


 もがくように体(?)を振動させるラミエル。


 ギリギリと全力で隙間を埋めようとする。





 が、





───貴方は碇君を傷付けた。



 沸騰する怒りは止まらない。



 『・・・・・・・・・・・・・』




 めぎめぎめぎ・・・・・・・・・・・・。




 煮えたぎる怒りはATフィールドを大きく引き伸ばし、ラミエルのフィールドを消滅させる。



 厚みの無いシールドの縁がその外郭の隙間から内部を侵し、無理矢理こじ開けてゆく。



 『・・・・・・・・・・・・・・・』



 レイの赤い眼が、怒りの余り真紅に燃えていた。






 ぐがっ






 零号機はATシールドを捻り、その隙間をこじ開ける。


 ブキブキという何か硬いものが千切れる音の向こうで、赤い光が見えた。


 おそらくラミエルのコアであろう。



 迫る恐怖に反応するかのように小刻みに震えていた。






 かつんっ!!






 刹那、


 甲高い音と共にそれに亀裂が入った後、その光球が横に割れた。


 いつの間にか初号機は、ラミエルを挟んで零号機の反対の位置にいた。


 神速とも言える速度でコアを真っ二つに切断されたラミエルは、結晶体の体を震わせ、全体の分子構造を
破滅させてゆく。




 瞬間、大爆発が起こった。




 しかし、残存電力を全てATシールドとATフィールドに注ぎ込み、二人がかりでそれを押さえ込んだ。




 そして、閃光───




                     *   *   *   *   *   *




 発令所の全員の眼をくらませる程の光の奔流の後、大地は静けさを取り戻していた。


 光が過ぎ去った後、激戦の終わった場所に二体のEVAが跪いている。


 内臓電源を全て使い切り、もはや立ち上がることも叶わない。



 『ミ、ミサトさん・・・・・・終わりました・・・・・・』



 息を荒げたままのシンジの声を聞き、我を取り戻した日向が全てのセンサーをチェックし、事実を口にし
た。



 「だ、第伍使徒・・・・・・・・・殉滅を・・・・・・・・・確認っ!!!」




 ワァアアアアアアアアッ!!




 歓声に包まれる発令所。

 青葉も日向も抱き合って笑っている。

 キョウスケもいつになく満足気な笑みを浮かべ、モニターの初号機を見つめていた。

 ミサトはバシバシとマヤを叩き、マヤも半泣きで防御する。だが、二人とも顔は笑っていた。


 そんな中、リシュウは難しい顔をしていた。


 「リシュウ顧問?」


 そんな彼に、理知さを失っていないリツコが問いかけた。


 「・・・・・・・・・マゴロク・E・ソードのぅ・・・・・・あれではナマクラ・ソードじゃぞ?」


 リシュウの見つめる先に、根元から砕けている剣の映像があった。


 「あら? 刀身が耐えられなかったみたいね」


 「じゃな・・・・・・しかし・・・・・・まぁ」


 リシュウはようやく緊張を解き、


 「アイツもよく戦ったと言っておくかの?」


 横に立つ美人科学者にやっと笑みを浮かべた。











 モニターには、完全に電力を失った二体のEVAが肩を寄せていた。

 お互いの無事を無言で噛み締め、ただ寄り添っている。

 言葉の必要は無い。



 それだけで理解し合えるのである。




 モニターに映るそんな二体のEVAを見つめながら、

 『あ〜〜あ・・・・・・アスカが来たら知らニャいわよ〜?』

 と、今回の縁の下の力持ち、アルファがチェシャ猫の笑みを浮かべていた。








今回の戦闘
   都市被害・・・・・・・・・・・・・・軽微
   零号機・・・・・・・・・・・・・・・・軽微
   零号機パイロット・・・・・・無傷
              失神
   初号機・・・・・・・・・・・・・・・・中破
           左腕部交換
           新兵器破損
   初号機パイロット・・・・・・中傷
              失神
              入院
   作戦部長・・・・・・・・・・・・・・祝杯にて泥酔
              放置

   FX−01・・・・・・・・・・・・返却







 ──あ(と)がき──

 ごめんなさい!!!!

 長すぎました!!!

 おまけに話をつめ過ぎてます(;;)

 二回に分ければよかった!!!

 では、長すぎましたから話をここまでで切ります。

 次回は前後編。

 アスカです!! ついにいらっしゃいます!!

 ではでは!!

	
 〜〜アスカの騒動に幸いあれ・・・・・・〜〜


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