──修学旅行。

 言うまでも無く、学校行事の一つである。

 当然ながら普通の旅行とは違い、別の地域の社会を見、肌で感じ、学びとるという泊りがけの課外授業だ。

 それでも学校ぐるみとは言え旅行に行けるのだから生徒達も浮き足立ってくる。


 ここ第壱中学でもそうだ。


 二年生が出かける場所、それは沖縄である。


 青い空、白い雲、澄んだ海。

 なんとスキューバも楽しめるという。

 沖縄は肉が安い為に食事も肉が中心だ。

 トウジ等は行く前から思考を遥か島に飛ばしていた。


 だが、飛ばせていたはずの思考はムリヤリ引き戻されて地面に叩きつけられる事になる。


 「そ、それ・・・・・・マジなんか?」

 「うん・・・」

 黒髪の少年はやや寂しそうでいて、いつもと変わらない笑顔でそう答えた。

 「ちょっと・・・・・・」

 「まぁ、ねぇ・・・・・・状況が状況だから仕方ないわよ」

 「・・・・・・待機任務が基本なの・・・・・・」

 ここは昼休みの屋上。

 いつものごとく仲良く昼食をとっていた六人が、ふとしたことから会話の中身を凍てつかせていた。

 きっかけはヒカリの一言。


 「ねぇ、アスカ。水着どうするの?」

 から始まった。


 「水着? 何の?」

 「何のって・・・・・・修学旅行で着るやつよ。用意してあるの?」

 スタイルの良いアスカの事である。何を着てもさぞや人目を引くであろう。

 だが、赤みがかった金髪の親友からは期待していた言葉とは全く違ったものが発せられたのだ。

 「アタシ達は行かないわよ?」

 「へ? な、何でだよ?!」

 先に驚きの声を上げたのはケンスケである。

 当然ながらアスカ&レイの水着姿と、シンジの水着姿in沖縄な写真で一山当てようとしていたのだから
ショックはでかい。

 アスカとレイのは元より、シンジの写真も女生徒や他校の女子に良く売れるのだ。

 「な、なんでや? 修学旅行も行けん言うんか?」

 巨大ロボ──人造人間というのは当然秘密なのでトウジらはそう思っている・・・──に乗っているとは言え、
まだ中学生なのだ。

 学生らしい生活もさせてもらえないと言うのか?

 トウジの憤りは大きかった。

 が、当のシンジはすっきりとした笑顔で、

 「別に僕が残ってアスカ達を行かせてあげてもよかったんだけど、二人とも・・・・・・」

 「「絶対イヤ!!」」

 ユニゾンでハッキリと断る美少女二人。

 彼女らにとってシンジのいない修学旅行など食事の出来ないレストランに行くのと同じである。

 腹が立つだけだ。

 仮にレイだけを行かせようとしても、レイがアスカとシンジを二人っきりにさせる訳が無い。

 アスカも同様だ。

 例え修学旅行に行けずともシンジといられればそれで天国なのだから・・・・・・。


 「ね? 僕らは中学生だけど、EVAのパイロットなんだ。留守にしている間に“使徒”が出たらそれで
  お仕舞いになっちゃうからね」

 トウジも頭では理解できない訳ではない。

 だが、感情が納得していない。

 シンジの“漢気”に惚れているトウジとしては、何とかNERVに頼み込んで旅行に連れて行ってやりた
いと思う。

 が、もし連れ出して、その間にあの“使徒”とか言う“怪獣”が出たとしたら大変な事になってしまう。

 それに、『シンジが行かへんのやったら、ワイも行かん!!』等と言ったらシンジは傷つくだろう。

 『自分のせいでトウジに旅行を止めさせてしまった・・・・・・』と・・・・・・。

 流石にこれだけ付き合いが続くとシンジの事は解かってくるのだ。


 反対にヒカリはアッサリと二人が行かない事を受け入れていた。

 確かに、シンジ達と沖縄に行けないのは残念だ。

 だが、シンジの傍にいる事を熱望しているアスカ&レイにとっては苦になろう筈がない。


───ひょっとして・・・・・・碇君は新たなる段階の“調教”を・・・・・・・・・・・・・・・・・?


 相変わらずレイ達の事を誤解しまくっているヒカリはそう納得していた。

 「レイもアスカも実はもう新品(の首輪)を買ってあるのね・・・・・・」

 トウジ達の手前、小声で二人に問い掛けた。

 「え? なんで解かるの?」

 「・・・・・・やっぱりヒカリさんにはバレているのね・・・・・・」

 驚くアスカと、感心するレイ。

 当然ながら二人が言っているのは新しい水着の事。断じて“首輪”などではない。

 だが、そのまま答えた事によってヒカリもストレートに受け止めてしまう。


 『ああ、やっぱり・・・・・・』

 と・・・・・・。


 「二人ともハメを外しすぎて碇君を壊しちゃダメよ?」

 「大丈夫よ!! シンジってばタフだもん」

 「碇君・・・・・・スゴイの・・・・・・」


 ふっ・・・・・・。


 と妙に悟った笑みを浮かべ、遠くの空の雲を眺めるヒカリ。

 『中学生の愛奴かぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・世界は広かったのね・・・・・・・・・』

 スッカリ“不潔”な腐女子の思考になり果てている委員長様を訝しげに見つめる蒼と赤の瞳。



 ダークサイドなヒカリの妄想とは裏腹に、空はキレイに晴れていた。



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    For “EVA” Shinji 
  
        フェード:壱拾八
  
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 「あのねシンちゃん・・・・・・ちょっち言いにくいんだけど・・・・・・」

 夕食時、アスカとレイが楽しそうに水着の話をしているのを見、申し訳なさそうにミサトが切り出した。


 ちなみに今日の夕食は野菜天ぷらと生そばである。

 天ツユには大根おろしと薬味のネギ、それとスダチが飾られている。

 生そばは濃い目のツユをかけて食べるのだ。

 天ぷらの衣はサクサクで、やはり家庭料理の粋を突破している。

 猫の癖に熱々の天ぷらを美味そうに食べるアルファ。

 生鯵をごっくんごっくん飲み込んでいるペンペンも同席している。
 

 「なんですか? ミサトさん」

 いつもの如く優しそうな眼で真っ直ぐ見られると次の言葉が出てこない。

 「えと・・・・・・そのね・・・・・・修学旅行なんだけど・・・・・・・・・」

 内心苦笑するシンジ。

 どうも“前”の記憶のミサトと重ならないからだ。

 『言うの忘れてた』とか言ってカラカラ笑ってたミサトと同一人物と思えない。

 自分らを落胆させる事を辛そうにしているミサト・・・・・・大人だというのに、妙に可愛さが見ている。

 もっとも、そんなことを考えているのが彼女をそうさせた張本人なのだから・・・どうしようもない。

 「修学旅行ですか? 当然、行きませんよ」

 「へ?!」

 エライ間抜けな声を上げて驚くミサト。

 「だって、その間に使徒に来られたら大変でしょ? 僕らは待機任務につきますよ」

 「シ・・・・・・シンちゃん・・・・・・・・・」

 「アタシ達が話してるのはプールの話よ? NERVのプール借りるくらいはできるんでしょ?」

 「新しい水着を着るの・・・・・・」


 ミサトは涙を堪えた。


 子供達は今の現状を理解し、普通の中学生なら友達と行ける筈だった修学旅行より戦いの可能性の方を心
配しているのだ。

 自分らに戦う力があれば・・・・・・・・・。

 そう思わずにはいられない。

 子供達に負担をかけさせたくないのに、現状が許してくれないのだ。

 「・・・でさ、シンジって泳げるの?」

 「・・・・・・・・・」

 「碇君・・・・・・わたしが教えてあげるわ・・・・・・手取り足取り・・・・・・」


 シンジを挟んで楽しそうに話す子供らを見ていると、ミサトの胸は益々痛んだ・・・・・・。




                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「・・・・・・・・・という訳なの・・・・・・」

 明くる日、ミサトは発令所でリツコ達に夕べの事を話していた。

 戦いの只中にいて、その要になっている事を理解しているのに、大人達に不満や我がままを言うでなく、
プールの使用権だけを欲している子供達。

 そばで聞いていた日向やマヤは、その健気さに涙していた。

 「・・・・・・俺、副司令にプールの件を頼んでくるよ・・・・・・」

 青葉ですらそう言った位である。

 「多分、大丈夫だと思うわ・・・・・・。副司令もシンジ君たちの事を心配してたから」

 発令所のメインキーでMAGIと対話しながらリツコがそう言った。

 リツコにしても、ミサトと同様できることなら子供達を旅行に行かせてやりたかった。

 自分らの時代はセカンドインパクト直後でそれどころではなかったからだ。

 だが、“使徒襲来”という現実面でそれを認めることが出来ないのだ。


 中学生らしい生活が出来ない子供だった自分らが、次代の子供の中学生らしい生活を奪っている・・・・・・。

リツコは濃い酒を煽りたい気分になった・・・・・・・・・。


 「ま、ともかく、シンちゃん達にあげられるのはウチのプールの貸切と、プライベートの不介入くらいな
  ものね・・・・・・・・・・・・」

───中学生から“普通”を奪って戦わせて・・・・・・・・・ホント、あたしらって不甲斐無い大人たちだわ・・・・・・
   揃いも揃って・・・・・・・・・。

 そう溜息をつくミサトを心配そうに日向が見つめていた・・・・・・。



                      *   *   *   *   *   *



 だんっ!!!



 白い道着の男が床に落ちた。

 正確に言うと、小柄な人間の“引き”に巻き込まれて叩きつけられたのである。

 「そ、それまで!」

 審判役を務めていた男の冷静さを欠いた声が試合の終わりを告げる。

 投げを食らった男は、とにかく立とうとするのだが足に来ていてどうにもならない。

 「・・・・・・大丈夫?」

 目の前に差し出された声の主からそんな声がこぼれた。

 驚いて顔を上げると、蒼みがかった銀髪の少女が心配そうに自分を見ていた。


 以前にトレーニングしていた時とかなり違っている。

 軸足を殺すタイミングも、体重移動中に攻める所も、動きを誘って引くポイントも、全てが以前を上回り
実戦レベルに達していた。

 そして・・・・・・それよりなにより、表情があった。


 以前はゼンマイか何かで動く人形のようであった。

 与えられたメニューを淡々とこなして行くだけ・・・・・・。

 出来ればいい。出来なければ続ける。

 鍛える・・・・・・というものではない。ただ単に課題をクリアして行くだけ。

 “できる”ようにはなっても、“使える”ようにはならない。

 こっちもそんな乾ききった人間に教える気にはならなかったから、命令された通りに少女に“課題”を与
えるだけであった。


 だが、今の少女はどうだ?


 少女には“情熱”があった。

 ──負けない、絶対に負けない!!──と訴えかける何かがあった。

 そして、他人を見やる“心”があった。


 正直言って戸惑ってはいるが、この少女が“心”を持った事には喜びを感じている。

 それが男達の本音であった。


 「・・・・・・ああ、大丈夫だ・・・・・・レイちゃんも強くなったな・・・・・・」

───オレは五段なんだぜ?

 とは口には出さなかった。

 「・・・・・・そう? わたし、前より強くなれたの?」

 そう言って驚くレイ。

 「そうさ・・・・・・オレを投げられたんだぜ? もっと自信を持てよ」

 まだふらつくものの、不器用に笑みを浮かべてそういうと、

 レイは、

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・」

 そう言って微笑んだ。


 畳部屋にいた全員が驚いた。


 少女が微笑んだ事実に。

 心から喜んでいる事実に。

 そして、人間らしくなった事実に・・・・・・・・・。


 『これも彼のお陰ってことかな・・・・・・・・・』

 別室で同じく鍛錬をしているであろう少年の事を思い出し、男は思わず苦笑する。

 自分らはおろか、誰も成しえなかった事をあっさりと成した少年。

 何も出来ない自分らに代わって、最前線で命を削らせている少年。

 その少年は心まで救えると言うのか?


 『ホント、無能だよな・・・・・・・・・オレ達って・・・・・・・・・・・・』


 守るべき子供に戦わせているという現実に、胸の奥に棘が刺さったような痛みを感じた。


 自分らに“使徒”と戦う力は無い。

 戦いに出ても足手まといになるのがオチだ。

 『役立たずだよなぁ・・・・・・・・・』

 自分の不甲斐無さを噛み締めている男に、

 「・・・・・・・・・もう一本・・・・・・いい?」

 と、レイが言ってきた。

 「え? まだやるのかい?」

 小柄な少女の頭がコクリと頷く。

 「わたしはもっと強くなりたいの・・・・・・・・・皆を守れるくらい・・・・・・・・・」



 ズキッ!!!



 男達の胸の痛みが強くなる。

 ここまで彼女を強くさせているのはその想いからか?!

  強くなりたいという“情熱”だけじゃなく、皆を守りたいという想いがあるからなのか?!

 最近出来たという友人達と修学旅行にも行かず、ひたすら本部でトレーニングを続けているのはそういう
想いからなのか?!


 そんな彼らの衝撃を知らず、不思議そうな顔をして見つめるレイ。


 男達は彼女が納得するまで付き合ってやることを誓った。


 「おお、いくらでも付き合ってやるぞ!! キミが納得するまでな!!」

 「・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 花が綻ぶ様な笑みを浮かべる少女を見、男らも決意を固めた。

 『レイちゃんを強くしつつ、彼女に“普通”の生活をあげよう』

 と・・・・・・・・・。

 男達の心に、“レイちゃんファン”といったモノのカタチが生まれた瞬間であった・・・・・・・・・。



                     *   *   *   *   *   *



───構えた・・・・・・。

 それは解かる。

───来る。

 ここまでもなんとか解かる。



 ビタッ!!



 アタシの頭のすぐ上・・・・・・1インチ・・・・・・ううん、1センチくらいのところで剣が止まってる。

 またやられた・・・・・・・・・。


 「実戦なら四回は死んでおるな・・・・・・」

 そう言って木剣(木刀って言うのかな?)を下げる東郷リシュウ教官。

 ジゲン流とかいう日本の剣術の先生なんだそうだ。

 流石にそのくらいのレベルになるとアタシなんかじゃ全然ダメ。

 確実に来るのが解かってるのに避けることができない。


───でも、彼は・・・・・・シンジは5回に1回は避ける・・・・・・・・・。


 もちろん、実戦は1回きりの世界。いくら1回避けられても、その前に4回斬られる事になる。

 それでもアタシより上の位置にいる・・・・・・。


 悔しい・・・・・・?


 そう聞かれるても、アタシは全然悔しくなかった。

 まぁ、“前”のアタシだったら、

 『バカシンジなんかに負けたっ!!!』

 とか言って暴れたり、

 『フンっ!! 無敵のシンジ様がいたら、アタシなんて用済みよね!!』

 とか言って捨て鉢になってただろう・・・・・・。


 でも、“今”のアタシにとってシンジはかけがえのない存在。

 シンジの強さはアタシ達を守りたいという切実な想いから来たもの。


───そして、そのせいでシンジは心で血を吐いている・・・・・・・・・。


 悔しさなんてない。

 あるとすれば、シンジに力になってやれない自分自身に感じるくらいだ・・・・・・・・・。



 アタシは“この時代”に還って来てからずっと仮面を被っていた。

 少しは信じてたドイツ支部の人間。

 近所の店屋。

 そして加持さん・・・・・・。

 あの時代、何にも自分の心を見せられなかったあの時間。少しは周りを信じていた。

 だけど、真っ直ぐにアタシを見てくれて、アタシが自分をさらけ出していたのはシンジだけだった。

 あの時はそれを認めたくなかった。

 自分が一番出なければ、誰もアタシを見てくれないという強迫観念があったから・・・・・・。

 だから、アタシは『あんな格下のヤツに心を許している訳がない!!!』と、自分を必死に騙していた。



 そして、その結果はあの“最後”だ・・・・・・・・・。



 アタシもいい加減ヒドイ過去をもってるけど、シンジのはもっとヒドイ。

 シンジには愛情を向けてくれる存在がなかったのだから・・・・・・。



 そのシンジは今、休んでいるアタシの前でリシュウ教官とボクトウで打ち合っている。



 自分の絆を守る為に自分を鍛え続けいる・・・・・・。

 まだ射撃能力じゃあアタシが勝ってるけど、白兵・・・・・・特に近接戦闘だったらアタシは手も足も出ない。

 “魂の欠片”から受け継いだものがあるけど、今のシンジを強くしているのは、間違いなく“あの世界”
で味わった心の空洞感からだ。

 皆を・・・・・・絆を失う事の痛みと苦しさを知っているからこそ、自分を鍛える痛みが“苦”になっていない
んだ。



 だから、アタシも守ってあげたい・・・・・・。



 アタシにしても、レイにしても、これ以上シンジに負担をかけさせたくないからがんばってる。

 ゼーレのジジイ共やヒゲメガネのウスラバカなんかにこれ以上シンジを傷付けさせてたまるもんか。


 自分を痛めて、ただ一番を目指していた頃にはここまでがんばれただろうか?


───もうあんな目にあわせるもんですか!!


 そう思って続ける訓練も、全く苦にならない。


 誰かを想うのって・・・・・・こんなに強かったのね・・・・・・・・・。


 手が届かないところに手が届く。

 シンジが一歩進むなら、アタシ達は二歩進んで追いついてゆく。

 走ったら、走って追いかける。


 だから・・・・・・そんなに一人で背負い込まないで・・・・・・・・・。




 アタシの心配を尻目に、目の前のシンジは教官の一撃を紙一重で見切っていた・・・・・・・・・。




                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「碇君・・・・・・それ・・・・・・」

 「シ、シンジ・・・・・・」

 プールに立つ少女達の前でトランクスタイプの水着を着ているシンジは、当然ながら肌をさらしていた。

 それだけで少女達の言葉がつまったりする訳がない。

 確かに、しなやかさの詰まった“今”のシンジの身体は均整が取れた素晴らしいもので、前へ進もうとす
るその瞳の輝きも相まっても素晴らしい魅力に溢れている。

 ただそれだけなら、二人は少年の身体に擦り寄って自分の肢体を絡ませ、少年をからかい&誘惑していた
であろう。


 だが、素直にそれは出来なかった。


 「あ、ゴメン・・・・・・やっぱり目立つ・・・・・・よね・・・・・・?」

 そう言って謝る少年の身体・・・・・・。


 只でさえ白い少年の肌の、左腕は肘から下の色が更に白い。

 左足首にはぐるりと火傷の跡。

 腹部には銃創のような跡があり、背後に達している。

 右肩にも大きな傷・・・・・・陥没痕があった。

 お世辞にも真っ当な生活を送っている身体ではない。


 「その左腕・・・・・・・・・第伍使徒の時の・・・・・・・・・?」

 「え? あ、うん・・・・・・まだ治らないんだよね・・・・・・」

───第伍使徒ラミエル戦・・・・・・初号機、左腕部損傷。

 「じ、じゃあ、その右肩のは・・・・・・・・・」

 「うん・・・・・・あの顎でかまれた時に・・・・・・ね・・・・・・」

 ───第六使徒ガギエル戦・・・・・・弐号機、右肩部損傷。

 腹部の跡は第参使徒戦、足首のは第四使徒戦の時の跡だ。

 EVA本来の力を引き出すシンクロ率・・・・・・・・・。

 だが、シンクロ率の高められたシンジの身体はそのフィードバックで物理的に傷ついていたのである。

 もっとも、当の本人は気にしていない。

 周りを不快にさせているかもしれない事への気遣いがあるだけだ。


 「やっぱり・・・・・・気持ち悪いよね?」


 少年は何気なく言った。

 否、本当に何気なく言ったつもりだった。


 だが、その言葉は想像以上に鋭く少女達の胸に突き刺さったのだ。


 「こ・・・・・・・・・・・・・・・」

 「え?」

 「このっ!!!! バカシンジぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!!」



 どがっ!!!



 バッシャアアアアアアアアン!!!



 いきなりアスカに蹴飛ばされてプールに落下するシンジ。

 「わっ、わぁっ!! ひどいよアスカ!!」

 当然ながら水をたらふく飲んでしまってゲホゲホとむせている。


 「気持ち悪い・・・・・・? 気持ち悪いかですってぇ・・・・・・?!

  そんな事・・・・・・・・・あるワケないでしょっ!!!!!!!!!!!」



 アスカの眼が怒りに燃えていた。


 レイも静かに怒っていた。

 赤い瞳を潤ませて、泣きそうな顔で怒っていた。



 少年の傷痕は皆を助ける為、そして助けた事によってついた物・・・・・・・・・。

 いわば勲章だ。

 人のために前に進み出て、戦い、傷つき、それでも立ち上がる少年に使徒から与えられた勲章なのだ。



 それを・・・・・・・・・気持ち悪い?



 自分らの盾に・・・・・・絆の盾になった跡なのだ。

 命を救う為に戦ってきた証なのだ・・・・・・。


 それを気持ち悪いというのなら・・・・・・・・・そいつは殺してやる・・・・・・・・・。

 少女らはそこまで思っていた。


 その想いから来る殺気に、シンジが気付いて何事かと硬直している隙に、二人はシンジにの腕にそれぞれ
が抱きついた。


 「気持ち悪いなんて・・・・・・・・・誰にも言わせないわ」

 「碇君はきれいなの・・・・・・」


 アスカは赤いストライプの入ったセパレーツなビキニ。

 レイは白いワンピースタイプ・・・・・・だけどハイレッグ。

 そんな美少女に抱きつかれ、真っ赤になって慌てふためく少年。



 そんないつもの純情さに二人の美少女は微笑を浮かべ、

 少年を水中に沈めると、

 左右から頬に柔らかい唇をあてた・・・・・・。









 「さてと・・・・・・どうしようか? キョウちゃん」

 「この場で出て行ったら野暮すぎるぞ」

 「だよね〜〜〜」

 少年達のいるプールの監視員さんに選ばれたキョウスケ&エクセレンは、出て行くタイミングを外してし
まい、物陰から見守り続けていた・・・・・・・・・。





                *   *   *   *   *   *   *   *   *






 どくん、どくん、どくん、どくん、どくん・・・・・・・・・。






 確かな生命の息吹を発しつつ、“それ”は灼赤の世界を漂っていた。



 自分は生きている。



 ココニイルヨ・・・・・・。



 そう言っているかのように、時々体をひくつかせ、生命の鼓動を辺りに響かせていた。

 もっとも、ここでの熱の奔流の為に響き渡るものではない。

 だが、本来存在するはずのない“命”の音に、その熱地獄そのものが震えているようであった。




 ココニイルヨ・・・・・・。



 ココニイルヨ・・・・・・。




 まるで赤子のように、それは熱の地獄を羊水にして漂っていた。





 どくん、どくん、どくん、どくん、どくん・・・・・・・・・。





 灼熱の流体の流れ行く先には小さな島国があった。



 少女の戦いの時は、刻一刻と迫りつつあった・・・・・・・・・。






                                            TURN IN THE NEXT...


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
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