──文化祭。

 その単語でシンジが思い出すのはバンドである。

 様々な理由からお流れにはなったのであるが、再結成しようとしたりした事からして結構楽しかった覚え
がある。

 ギターの練習もやっていたし、ヴォーカルを探したり・・・・・・それなりに充実していた気がする。


 まぁ、学校生活で切迫していた現実から逃避していた感もあるが・・・・・・。


 今現在から言えば“終わった現在”という矛盾した言葉となるあの時・・・・・・。

 “この”時代と時間軸が重なるからであるし、シンジ自身が混乱してしまう為、余り考えない事にしていた。



 それでもシンジは思う。


 ───あの状況の方がマシだったんじゃあ・・・・・・・・・。


 と・・・・・・・・・。






 彼・・・・・・・・・碇シンジは、


 「ハイ、水色テーブルに持っていって」

 「え? あ、はい・・・・・・」

 トコトコと黒いメイド服を着た少女がジンジャーエールとフルーツのオープンサンドの乗ったトレイを運
んでゆく。

 「お、お待たせいたしました・・・・・・」

 席にいるのは恐らくは高校生。


 その少女・・・・・・。


 セミロングの漆黒の髪。

 丸いメガネ。

 うすくルージュのかかった淡いピンクの唇。

 細い首にかけられている短い鎖がぶら下がっている背徳的な首輪。

 華奢でなでらかな肩のライン。

 折れてしまいそうな細いウエスト。

 短めの裾からにゅっと差し出されているほっそりとした足。

 黒いガーターストッキング。

 赤いリボンのついた黒い靴。


 そんな少女が辛い事でもあったのか瞳を涙で潤ませ、上目遣いのまま無理に営業スマイルで微笑んでいる。

 保護欲・・・・・・それ以外の欲もあるが・・・・・・をかきたてさせられ、抱きしめてあげたくなってしまう“何か”
がそれにはあった。

 この高校生・・・・・・いや、この教室に群がるモノから異様なオーラとかフォースが立ち昇るのも仕方が無い事
であると言えよう。


 その少女は注文の品をコトコトとテーブルの上に置いてゆく。

 その仕種もどこかおどおどとしており、“漢”達の心を萌えさせる。

 「ど、どうぞごゆっくり・・・・・・」

 そう言ってペコリと頭を下げると、かけなれないメガネがズレる。

 「(ぐはっ!!)」

 そのドジっ娘のパターンからはみ出さない行動に、男達の鼻の奥がツンとする。

 慌ててメガネを直し、そそくさと席を離れる直前、ぼそりと少女は呟いた。

 「は、恥ずかしいよぉ・・・・・・」



 高校生らしい少年は鼻血を吹いた・・・・・・。



 少年、碇シンジ・・・・・・。

 彼は今、源氏名“クスハ”としてこの瘴気漂う魔界の最下層のような場所にいた。

 2−Aのウケ狙いの出し物・・・・・・・・・だったハズの模擬店は、正に新世紀に発掘された魔境としてその姿を
現していた。


 魔境の名は『仮装軽食店 ジブラルタル』。


 身体中にラードを塗りたくった子羊が、異形の狼の中にいる。

 異形の狼・・・・・・・・・萌えに飢え死にした後にアンデッドとして復活したゾンビの群れの中にいる・・・・・・・・・。

 とまぁ、彼の状況は恐ろしくおぞましい光景の中であった。

 見る分は楽であるが・・・・・・・・・。




                          はっぴい Day’S

                        23・STEP スクール・ハザード




 「おらっ!! ウチの子をヘンな目で見るんじゃねぇよ!!」

 食物に集る蝿を払うかのように、クスハ・・・・・・いや、シンジから“男口調”で男達を追っ払う。

 長い髪を後で束ねた凛々しい美少年のウエイター・・・・・・にしては胸が出っ張ってはいるが・・・・・・。

 言うまでも無くアスカである。

 ちなみに源氏名は“ブリット”だ。


 次から次へと目つきの怪しいケダモノ共が押し寄せてくる中、アスカ達はシンジを守るのに必死であった。

 衣装合わせの日にとち狂った男共を見ていたので、女子一同で検討した結果、

 “お客様が店にいられるのは一人15分まで。延長はナシ”という、なんだか違う店のよーなルールが組ま
れる事となった。

 それで男達のリビドーが止まるのであれば問題ないのであるが、規制を受ければ受けるほど萌えてくるのが
男心と世界のルール。

 噂は人を呼び、男を呼ぶ。男は萌えて、燃えてゆく。

 困った事に大繁盛なのだ。

 後に、“入場料取りゃあよかったぁああああっ!!!”と嘆いた程であった。










 ここに、2−Aとは別の意味での魔境があった。

 魔境の名は『マスコリアーダ(仮面“武闘”会)』。暑っ苦しい時期に、暑っ苦しい鍋料理の店を、暑っ苦
しい格好の男達が展開している店でる。

 女子は? と言うと、仲間として見られる屈辱に耐えられないのか他所のクラスの手伝い人に散っていた。

 ツッコミを入れてくれるはずの女子が消失した事により、先に述べたように男子のみで構成された、汗臭く
て珍妙で怪奇な店となってしまったのである。



 で、売れ行きは・・・・・・というと、閑古鳥の巣が鈴なりになっている。



 値段は安い。

 量も多い。

 味的にも不味くは無い。

 ただ、入りたいと言う気が全く起きないのである。


 「ぬぁぜぇだぁああああああああああああああああああああっ!!」


 プロレスでも最近お目にかかっていないシンプルな目の周りだけがファイヤーパターンのマスクをつけた
上半身裸の男が叫んだ。

 ご丁寧にも黒い鎖を地肌に巻き、人々と相容れないであろうアヤシサをかもし出し、

下半身が青タイツなのもイヤンな空気に拍車をかける。


 もちろん正体は(一応は)不明だ。

 そんな男達が、とてもデカイ寸胴をこれまたデカイ電磁調理器の上に乗せ、締め切った教室でグツグツと
何やら正体がわからない赤いモノを煮込んでいた。

 全員が同じ格好で、区別をするのは額に付けられている番号のみ。

 さっき叫んだのは“壱”と表記されているマスクの男であった。


 「なぜ客が来んのだ・・・・・・・・・」


 来るかアホ。・・・・・・と言ってやりたい。


 ギャグでやっていると言うのならともかく、本気(マジ)でやっているのであるから恐ろしくて寄って来
れないのである。

 それに、元々の作戦では、この学校にいる“しっとマスク”達を集結させ、その団結売上で2−Aを倒す
という事になっている。

 だが、それがそのまま欠点になっていた。

 “彼ら”は彼女ナシのモテナイ君集団であり、その意識の根底には確かに“オンナ〜〜〜〜っ!!!!”
という青いリビドーの叫びがある。

 だが、表層には“オンナなんて〜〜〜〜〜!!!”という自己防衛・・・・・・というか“強がり”があるのだ。

 つまり、意識的では無いにせよ、彼らには軽いホモ・セクシャルが混じっていたりする。

 そんな惨めでいみじく生きている彼らが偵察と称して2−Aなんぞに行ったとしたらどうなるのか?



 「「「「「「「「「クスハたん・・・・・・ハァハァ」」」」」」」」」



 ・・・・・・・・・救いようがなくなっていた・・・・・・・・・。


 まぁ、2−Aの売上の救いにはなっていたが・・・・・・。


 「ぬぁぜだぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 美意識がヘチャ向いて全力疾走で撤退いている少年は、ただ叫ぶのであった・・・・・・・・・。






 さて、こちらは『ジブラルタル』。

 相変わらず売上も上々である。

 その代わり、空気の澱みも晴れずに上々だ・・・・・・・・・ってゆーか、益々澱んでいる。


 一般的なレストランより確実に美味い料理が食え、しかも安い。

 さらに給仕はアヤシイ魅力のある“美少女”なのだから、入らないほうが謎になる。

 ちなみに、客の偏りを避ける為に“碇シンジの調理禁止”というペナルティを食らっていのであるが、
シンジが調理しなきゃいい訳であるから、作るのはヒカリ、そして“下ごしらえ”は誰かさんが行ってい
たりする。

 その“誰かさん”の調理能力であるからして、下ごしらえという範疇を超えており、

 “焼くだけ”“炒めるだけ”“置くだけ”というところまでできていたりする。

 これで生徒会に文句は言わせない。



 ともかく、軽食とはいえそんな美味い料理があり、見た目の一種異様なまでの可愛さ故の破壊力と、萌
え心を刺激する仕種が実にハァハァな“クスハ”がいる店だ。

 当然長居したくなるというもの。

 だが、そんな彼女を見る為に店にいられる時間は短い。

 100円SHOPで入手したキッチンタイマーでしっかり時間を計られており、それを超えると、

 「ヲラっ!! 時間だ!! 退席しろっ!!!」

 と、戦国自衛隊のコスプレという、微妙なんだかよく解からないけど、やっぱり似合っている陸上自衛隊
の衣装で、M−16A2のアサルトライフル(学校行事なので普通の圧力のガスガン)と、ダマスカス製の
ククリナイフ(本物である。入手先は不明)という統一性の全く無い装備でマナが現れ、本物の殺気で追い
出してゆくのである。


 ちなみに、2−Cの方はいいのか? と問い掛けても、

 「こっちの方が最優先事項なの」

 と笑顔で言い切られる上に、2−C女子も納得尽くであったりする・・・・・・・・・。


 しかし、そんなルールがある店ほど萌えるのか、男共は特別な抜け道を発見していた。


 「お客様、こちらです」

 不思議の国のアリスを彷彿させるエプロンドレス。

 そして外ハネの髪にメガネ顔。そばかすは薄化粧で消している(注:全部消しているわけでないところが
ミソである)。

 黙っているだけなら、けっこうカワユイ女の子であるが、残念ながらここは仮装軽食店。

 男は女の、女は男の衣装を着けている。

 彼女・・・・・・・・・いや彼は、源氏名“らふれしあ”こと相田ケンスケであった。


 ハッキリ言って無茶苦茶怪しい空気の存在だ。


 異様に似合っているのであるが、“スケベぃな男子中学生”というオーラをぶち蒔いているのだから当
然といえる。

 そんな奴に、2−A関係者の誰にも見えないように、毒々しいアリスの身体の陰に隠れて、血走った目の
客が声をかける。

 「(小声で)三分・・・・・・」

 「(これも小声)1.5Kだ」

 ス・・・・・・と渡される金品。

 1Kが1000円だからして、1500円のようだ。

 「まいど・・・・・・」

 持たされているキッチンタイマーの時間を+3分の18分にし、適当なメニューをセレクトしてやる。

 「(ククク・・・・・・写真よかいい金になるぜ・・・・・・)」

 ・・・・・・・・・すっかり悪徳商人の態であった。




 「のう、イインチョ・・・・・・あ、いや、“親分”。なんか変やないか?」

 「どうしたの? 鈴は・・・・・・じゃなかった、“女将”」

 黒縮緬の和服美人が、側らに立つ岡っ引きに話しかけている。

 和服美人は鈴原トウジで、源氏名は“女将”。そのまんまである。

 岡っ引きの方は、細い縦じまの入った着物の裾をからげており、下にはスパッツを穿いている。

 極自然に腰には銀の長十手がさされている。

 これで銭束でもあれば銭形平次であるが、流石にそれはなかった。

 もっとも、この“親分”ことヒカリは声という武器があるのだから、“雄叫び平次”といったところか?


 まぁ、それはともかく。二人が並んで立っていると妙に合っており、なんだか旅芸人夫婦に見えないこと
も無い。

 だからこそ、誰も茶々を入れないのであるが・・・・・・・・・。


 まぁ、それもともかく、


 「ローテーションが変とちゃうか? なんや混む一方なんやけど・・・・・・」

 「そう言えば・・・・・・・・・」

 それはそうだろう。

 時間を金で買えるのは“らふれしあ”こと相田ケンスケのみ。

 他は真面目に時間を区切っている為、バランスが取れなくなってきているのだ。

 手が足りない為であろう、客をさばくのが“らふれしあ”がメインになってゆく。

 そのせいで混みように拍車がかかっているのだ。


 「ど〜も〜〜。お色直しで〜〜す」

 ひょいとハルコがなぜかセーラー服姿で現れた。

 「ぬぉっ?! ハ、ハルコさん・・・・・・その格好はなんなんや?」

 ドアのすぐ脇に立っていたトウジは至近距離でみてしまった為に、破壊力が大きい。

 キリキリと釣りあがる“親分”の目尻。

 胸の張り出しを強調したアヤシサ爆発の改造セーラー服だ。

 出自はエロゲーらしい。


 「気にしな〜い。で、“クスハ”ちゃん呼んで」

 「え? あ、おお・・・・・・お〜いシン・・・やなかった、“クスハ”。呼んどるで〜〜」

 その声に反応して、トテトテと向かってくる“クスハ”。

 歩き方がぎこちなく危なっかしく、客達は何時手を差し出そうかとやきもきする。

 「ハ、ハルコさん・・・・・・」

 やはり“こんな衣装”を提供された為か瞳に怯えの色がある。

 「ああ、お色直しもあるんだけど、そろそろウイッグのせいで頭とか痒いでしょ〜? 清拭剤持ってきた
  から頭拭いたげる〜」

 清拭剤は病院や介護施設等で使われている拭き取り剤だ。

 手術や病気でお風呂に入れない人に使うもので、身体用の他にちゃんとシャンプーもある。

 「え?! け、けっこうですっ!!」

 「ダメダ〜メ。今は“女の子”なんだから清潔にしないとね〜〜」

 そう言いつつ“クスハ”を教室後部に誂えられた簡易脱衣場に引き摺ってゆく。

 “なんでシンジだけ?”という疑問は当然無視だ。

 「あ、わぁっ・・・・・・助け・・・・・・・・」

 「シンジ?!」

 「シンちゃん?!」

 その声に反応して、“ブリット”と、ホテルのボーイのような格好のレイ・・・・・・源氏名“リョウト”が追撃
する。

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ〜〜!!」

 当然マナも追う。

 「あ、いいトコに来た。この子の身体拭いたげて」

 「「「え?」」」

 イキナリ、仕切りの向こうの空気が変わる。

 「汗臭いの可愛そうでしょ〜? だから、ネ? あたしじゃあ問題アリアリだけど〜〜あんた達だったら
  いいでしょ〜?」

 「よ、よくないよ〜〜!」

 “クスハ”の泣き声が響く。

 当然ながら少年の醸し出す声の筈なのであるが、さっきまでの萌え姿が目に焼きついている為、男三人に
にじり寄られるメイドのイメージが頭から離れない。

 「あ、やめてよ! 脱がさないでよぉ」

 「ダメ。綺麗にしてあげる」

 「ほら、ここも・・・・・・」

 「わ、わぁ・・・・・・くすぐったいよぉ」

 「わぁ・・・・・・肌キレイ・・・・・・」

 「ジロジロ見ないでよぉ」

 ・・・・・・・・・セリフだけ聞いていると、なにやら別の想像をしてしまう。

 当然ながら、元気満々“一本イっとくぅ?”の中学性・・・・・・イヤ、中学生のこと、そっちに思考が飛ぶの
も否めない。


 「ここも・・・・・・あ、ダメ。逃がさない」

 「や、やめ・・・・・・・・・あ、あふ・・・・・ン・・・」

 「ふふふ・・・・・・柔らかぁい・・・・・・」

 「やだ、そ、そこ・・・・・・・・・ダメ・・・・・・」

 「隅々まで・・・・・・ホラ、手をどけて・・・・・・」

 「ヤダよぉ・・・・・・」



 ぶしゅっ



 何人かが鼻血を噴いた。

 幸いにして2−A関係者はいつもの事なので気にせず仕事を続けている。


 まったく。慣れというものは・・・・・・・・・。


 「お邪魔するわよ」
 「ち〜〜す」

 二人の女性が現れた。

 一方は保険医で、一方は担任だった。

 言うまでも無くリツコとミサトのペアである。


 「あ、いらっしゃいませ」

 反射的に微笑んで頭を下げる“女将”。

 気分はスッカリ店屋の主である。

 「あら、鈴原君。似合ってるわね」

 「ははは・・・・・・ホンマにそう思いまっか?」

 照れる仕種も女風。

 ひょっとしたら女形の才能があるのかもしれない。

 現に結った髪に違和感が無いのだ。

 「あれ? シンちゃんいないの?」

 教室を見渡してみるも、目当ての少年がいない。

 あの艶姿を“ぜひ”リツコに見せてやろうと思って連れて来たのである。




 後に、猛烈に後悔する事になるが・・・・・・・・・。




 「今、お色直し中ですわ。ハルコはんが来て・・・・・・」

 「あのねぇミサト・・・・・・いくらシンジ君が女顔してるからって、そうそう“女の子”になりきれる訳無い
  でしょう?」

 当然ながらリツコは信じていない。

 医学的な観察眼を持つリツコにとって、ニューハーフ等といったレベルであれば女装に過ぎないのである。

 当然ながら仮装等のレベルはちゃんちゃらおかしい。

 現にトウジも一発でバレている。



 が、世の中には限度を超えた者もいるという事を彼女は失念していた・・・・・・・・・。



 「え〜〜?! こ、こんな格好で・・・・・・・・・」

 「こんな格好って言っても、ウイッグと内ベルト代えただけじゃん。気にしない気にしない」


 そんな声が聞こえてきた。


 なぜかさっきまで騒いでいた少女・・・・・・あ、いや、“ブリット”達の声がしない。

 「あら? 終わったみたいね」

 と、悠長に構えて紅茶のカップを口にするリツコ。

 「ホラ、行った行った・・・・・・ハ〜〜〜イ、皆の衆〜〜〜。“クスハ”たんのお色直し終わったわよ〜〜ん」


 サァアアアアアアアアアア・・・・・・・・・となぜか両開きになる仕切りのカーテン。


 その真ん中には件の“少女”。


 足元には、なぜか鼻血をふいて倒れ附している三人の姿が・・・・・・・・・。




 ぶしゅっっ!!!




 リツコも鼻血をふいた。

 カップの紅茶がみるみるトマトジュースと化してゆく。


 “女将”も“親分”も・・・・・・・・・いや、“らふれしあ”も・・・・・・ここにいる誰もが硬直していた。


 そこにいたのは紛れも無い“美少女”。


 セミロングの漆黒の髪。

 丸いメガネ。

 うすくルージュのかかった淡いピンクの唇。

 細い首にかけられている背徳的な幅の広い首輪。

 華奢でなでらかな肩のライン。

 折れてしまいそうな細いウエスト。

 短めの裾からにゅっと差し出されているほっそりとした足。

 黒いガーターストッキング。

 赤いリボンのついた黒い靴。


 ここまでは殆ど同じ、

 首輪も幅の広いものに変えられており、尚且つ、大き目の金の鈴がついていたが、それだけだ。


 だが、決定的に違う点があった。



 ピコピコ・・・・・・。



 “クスハ”の頭部に、髪と同じ色のネコミミがあったのである。

 スカートの後の裾から出ているのは、紛れも無い尻尾。

 ご丁寧に赤いリボンが結ばれている。

 そのミミとしっぽがピコピコと動くのだからたまったものではない。

 「ふふ〜〜ん♪ どう? 形状記憶合金の繊維を仕込んでる仕掛けは? 感情とか体温に反応して電磁伝
  道式に情報を伝えて子ネコのミミとシッポそのままに動かすの。スゴイでしょ〜〜?」


 確かに無意味に凄かった。

 そのギミックは“少女”の持つ可憐さと愛らしさを必要以上に放射しており、周囲に精神汚染を絶大なる
威力で広げていた。

 だが、ここにいるのは天然のシンジ・・・・・・いや、“クスハ”。

 不用意に被害を広げるのもいつもの事である。



 「は、はずかしいよぉ・・・・・・・・・」



 そんな病的に愛らしい“美少女”が、俯き加減且つ上目遣いでこちらを見、羞恥に頬を薄桃に染めている
のだから、免疫の無い人間にとってはエボラ以上の危険性があった。


 今の姿は紛れも無い天使であり悪魔。

 心を蜂蜜で煮溶かされるようでいて、地獄の業火で責め苛む。



 ミサトでさえ口元からお茶を滴らせて呆然としていたのだ。

 ではリツコは・・・・・・?








 ゆらり・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








 さっきまで彼女のいた場所には・・・・・・・・・幽鬼がいた・・・・・・・・・。


 「ふふ・・・・・・? ふふふふふふふふふふふふふふ・・・・・・・・・・・・“クスハ”ちゃん・・・・・・・・・カワイイわよ」

 「あ、あれ? リツコ・・・・・・さん・・・・・・・・・?」

 “クスハ”の前にいるのは“恐らくは”リツコであろう。

 その美貌は顔の半分を汚している鼻血によって台無しとなり、肩から力が抜け切っている為にだらんとし
た両腕がなんとも恐怖を煽る。

 明かりの中であるにも関わらず、爛々と輝く目も怖い。


 ゾンビかワイトかアンデッド・・・・・・バタリアンでもいいだろう。

 ともかく、“人外”がそこにいた。


 「ハッ・・・!! シンちゃん、逃げてっ!!!!!!」

 我に返ったミサトが叫ぶ。

 反射的に“クスハ”が右に飛ぶと、今までいた場所に注射器が突き刺さった。

 「リ、リツコさ・・・・・・ん?」

 「うふ・・・・・・・・・うふふ・・・・・・うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」




 逝った・・・・・・。




 ミサトはリツコのそのアンデッドモンスターのような表情から、彼女が我を失った事を理解した。

 頼みの綱のアスカ達は鼻血を噴いて昏倒中。

 このままでは“クスハ”・・・・・・いや、シンちゃんの貞操が色んな意味でマジ危ない。


 足を動かしていないのになぜだか近寄ってゆくリツコ。

 まさしく幽鬼だ。

 ミサトも懐から護身用のコルト(本物)を引き抜くも、アンデッドモンスターと化したリツコに隙が無い。

 このままでは・・・・・・・・・。


 だが、天使のような“少女”には運まであるのだろう。

 救いの神が光臨した。


 「くぉらぁあああああっ!!! 碇シンジ、出てくぉおおおおおおおおおおいっ!!!!!!!!!!!」


 しっとマスクである。


 客が来ず、閑古鳥の巣が増えてゆく一方の責任を全てシンジに押し付け、八つ当たりの心がパンパンになっ
て怒鳴り込んできたのである。



 ・・・・・・どんな目にあうかも知らず・・・・・・・・・。



 「助けてっ!!」

 ひしっ・・・と“美少女”が抱きついた。

 「え・・・・・・?」

 可憐なネコミミめがね美少女の上目遣いな“お願い”である。

 なぜか少女の周りにフォーカスが掛かり、キラキラとした花畑のビジョンが見える。


 咲き乱れるコスモスの花畑の中、その“少女”は自分に助けを求めていた。


 まるで姫君のように・・・・・・・・・。


 『お願い・・・・・・ムサシさん・・・・・・・・・私を助けて・・・・・・・・・助けてくれたら私を・・・・・・・・・』


 物凄い自分勝手な幻聴まで聞こえていた。

 おまけに妄想の中のネコミミめがね美少女は瞳を閉じてナニか待ってたりする。




 「オーケイ!! オレに任せろ!!」


 ビシっとサムズアップする“漢”。


 「うふふふふふ・・・・・・・・・邪魔をするんだったら・・・・・・・・・・・・殺すわよ・・・・・・」

 怪奇なる白衣の美女がイヤンな微笑を浮かべてそう言った。


 しかし、そんな彼女に対し、“正義の騎士”と化した“しっとマスク”はとんでもない啖呵を切ってしまう。


 「ふ・・・・・・っ。笑止!!! キサマの様な“ババア”に負けるオレ様ではない!!!!!」






 世の中には開けてはいけない扉がある。

 好奇心、猫を殺す・・・・・・その言葉があるように、あらゆる物語で不必要な行動をするものは真っ先に死ぬ。

 例え好奇心でなくとも、おどろおどろしい扉なんか開けちゃいけない。




 「皆、逃げてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」




 自分の生徒を守るべく迅速に叫んだミサトの行動はたいしたものであったと、後に生徒は語った。















 「で? 一体誰が悪いのかね?」

 冬月校長が引きつった笑みを浮かべながら、半壊した2−A教室で問い掛ける。


 「「「「「「「「「この人です」」」」」」」」」


 全員一致の意見によって、床に転がっている燃えカスのボロ雑巾になった“物体”を指差した。

 その物体は、額に“しっと”と書かれたマスクを着用していた。

 もっとも、マスクなんか無くとも正体不明の人相と化していたのであるが・・・・・・・・・。

 怖くてリツコさんの事が言えない生徒達であった・・・・・・・・・。





 結局、ジブラルタルは初日にて崩壊。

 だが、総売り上げは想定した二日分の売上の軽く三倍に達し、見事売上一位を獲得したのであった。





 虚しい勝利であった・・・・・・・・・。















 ・・・・・・・・・おまけ・・・・・・・・・


 「せっかく総会をキャンセルしてきたのに・・・・・・・」

 「せっかく会合を・・・・・・」

 「せっかく治療を・・・・・・」

 「会議を・・・・・・」

 倒壊した教室を前に、爺婆親バカ連合軍が寂しそうに佇んでいた。

 湧き上がる哀愁の気配が否が応でも悲しみを誘う。


 ちょんちょん・・・。


 そんなゲンドウの肩を何者かがつついた。

 「・・・・・・何だ?」

 涙目で振り返る。

 「ここにとってもいい物があるんですけどねぇ・・・・・・・・・」

 アリス風エプロンドレスのメガネ少女がDVDカメラの画面に映る画像をその集団に見せた・・・・・・・・・。

 「お幾らになさいます?」











 後日、再建を果たした2−A教室にて、“盗撮メガネ小僧”の二つ名を持つ相田ケンスケは・・・・・・・・・新し
いPCとカメラを入手し、すこぶる機嫌が良かったという・・・・・・・・・。


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

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ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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