ダクト内を少女達の匂いが充満していた。

 年中夏の日本の事、汗をかくのも致し方ないことだ。

 それでも“前”のように泣き言を言わず、黙々と這って行く。


 ケイジまでの移動ルートは“前”とほとんど同じ。違うのはここまでの移動のペースだ。

 迷う訳でもなく、アスカが駄々をこねる訳でもない。よって“前”の四分の一の時間しか掛かっていない。


 ただ、誰しも口を噤んでいる。


 無理もない。

 アスカの命が狙われたのである。

 襲われた事に対する恐れがあるということは無いが、襲撃者の背後にいる得体の知れない存在に恐怖して
いた。


 シンジやレイではなく、惣流・アスカ・ラングレーを殺害して得をすることがあるのか?


 理由が解からない分、不安要素は大きい。

 ともかく、じっとしている訳にもいかなかったのでケイジへと歩みを進める。


 先行するのはアルファ、次いでアスカ、そしてシンジ、レイである。

 アルファはデータとして道を記憶しているし、アスカもこの時の為にルートを頭に叩き込んでいる。視力
を断たれている上、壊滅的な方向音痴のシンジが前を行くのは問題外。

 よってこの順番となる。

 “前回”は最後尾でアスカのお尻が前にあった為、前を見たら殺すとまで言われていたのであるが、“今回”
は真ん中であり、アイシールドで視界が奪われているので気にならない。

 もっとも、見たら見たとしても“今回”のアスカは気にしない。

 他ならぬシンジなのだから・・・・・・。


 単に、さっきの事があるので軽口が出ないだけである。

 で、シンジはというと、視界を奪われており、その為に他の器官の能力が研ぎ澄まされて鋭敏化している。


 聴力は当然として・・・・・・・・・問題は嗅覚だった。


 アスカとレイの汗の匂いがシンジの鼻腔をくすぐっているのだ。


 さっきの事が頭から離れている訳ではないが、こんな所を黙々と進んでいると否が応でも落ち着いてくる。

 落ち着いてくると、気になってくるものが・・・・・・・・・この芳香である。


 いくら魂が強化されているといっても、そこは思春期の中学生。こんな時に不謹慎ではあるがドキドキする
事を止める事はできなかった。


 むにゅ


 と・・・・・・いきなりアスカが止まった為に彼女のお尻に顔をうずめてしまうシンジ。

 いつもの“間合い”をとる事ができる冴えは、思春期のドキドキによって無効化されていたりする。

 「わ、わぁっ!!」
 「きゃあっ!!」

 驚いてお尻を押さえるも、“前”の如く蹴りを出さない。

 「ご、ごめん・・・・・・」

 「え? あ、うん・・・・・・別にいいわよ・・・・・・」

 語尾が弱くなる。

 赤くなって顔を逸らし、何気にいい感じだ。

 「どうしたの? 赤毛」

 やはり怒っている赤い眼の(堕)天使。

 まるで、『その役は自分がやりたかった・・・・・・』と言わんばかりに・・・・・・。

 「な、なんでもないわよ!!」

 色んな意味で真っ赤のアスカ。

 「アスカ・・・・・・この真下がそうだニャ」

 先行する子猫が、白い靴下の右(前足)手で下をトントンとつつく。

 そう言われて思い出す。“前回”はここでシンジの顔を蹴りまくって落ちたのだ。

 「ど、どうやって降りようか?」

 “前回”はシンジが前を向いた為、アスカが暴れてダクトが外れた為に落っこちたのである。

 ・・・・・・・・・よくよく考えてみると、かなり理不尽な話である・・・・・・・・・。


 しかし、今回は誰も暴れる理由が無・・・・・・・・・。

 「(怒)アスカ・・・・・・碇君と乳繰り合っているのね・・・・・・・・・」

 ・・・・・・・・・い事も無かった・・・・・・・・・。


 額に血管を浮かべたレイが、シンジの背後に無理矢理入ってくる。


 ギシギシギシ・・・・・・。


 軋むダクト。

 「あ、綾波っ!! せ、背中、背中にあたってるよぉ〜〜〜〜〜!!」

 「んん・・・・・・碇君・・・・・・苦しいの・・・・・・」

 そりゃこんな狭いところに無理矢理重なったら苦しかろう。

 ちなみに、ナニがあたっているかは謎である。

 どさくさに紛れてレイはシンジの首筋に唇をあてる。

 ちゅ〜〜〜っと音をたてずに強く吸う。

 「あっ!! コイツ!!! ナニやってんのよ!! こんな時にっ!!!!!」

 突然の行動に呆けていたアスカも再起動し、後ずさって参戦する。

 「わわっ!! わぁ・・・・・・むぷっ」

 後ずさって来たアスカが自分の腹の下に入ってしまい、彼女の背中を顎でなで上げる形となり焦りまくる
シンジ。

 そのしびれるような感触に、甘い声を上げてのけぞってしまうアスカ。

 結果、アスカの髪に顔をうずめてしまい、その芳香で我を失いかける。


 ・・・・・・と、アスカはその狭い中で器用に身体を捻り、シンジを抱きしめた。

 「むぐ、むぐぐぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!」

 シンジの口と鼻は完全にアスカの胸によってふさがれ、呼吸ができない。

 「ンんん〜〜〜???!!!!」

 当然ながら柔らかい果肉でのせいで息が出来ない。

 ムードもへったくれも無いが、それでも少年を堪能している少女達。

 当然ながらシンジはパニックを起こしてナニが起こっているか理解不能。

 更に息が出来ない為に苦しさの余りその手が別の存在のように暴れまわる。


 「あ、ヤン・・・・・・シンジ、乱暴・・・」

 「い、碇君、痛いの・・・・・・」

 なんだか誤解を招くセリフをはいた時、


 ベキャッ


 ダクトの強度がついに負けた。

 落下する三人。

 「あ・・・」
 「きゃ・・・」
 「わぁっ!!」

 反射的にしがみ付かれるシンジ。

 それでもシンジは二人の腰に手を回し、抱きかかえる形で着地する。

 やや遅れて、その少年の頭に子猫が降って来る。だけど、爪を立てずに見事に頭に着地。

 アルファにとってのベストポジションなのだから。


 「あ、あなた達・・・・・・」

 驚くリツコの前に、二人の少女を抱いて頭に子猫を乗せたシンジがいた。

 ダクト内を進んでいたのであろう、埃だらけの汗まみれだ。

 「EVAは?!」

 目隠しをつけたままだというのに、正確にリツコの方を向き問い掛けるシンジ。

 「用意できてるわ。リシュウ顧問たちの尽力でね」

 リツコが親指で示したところにアスカが眼を向けると、もろ肌を脱いだリシュウが作業員に混じって手を
振っていた。

 「シンジ!!」

 何かを投げつけるリシュウ。

 シンジは見えない眼ではなく、感覚でそれを察知して受け取った。

 アイシールドの鍵だ。

 「使徒は真上よ。とにかく積めるだけバッテリー積んだからがんばって」

 「「「了解」」」

 プラグスーツに着替えるべく、ロッカールームに急ぐ二人。

 シンジはリツコの走り寄り、

 「何?」

 「リツコさん。実は・・・・・・」

 と耳元で何か伝えてからロッカーへ駆けて行った。

 リツコの表情が重いものになっている。

 それに気付いたリシュウが、リツコの傍へ寄ってくる。

 「どうかなされたか?」

 「・・・・・・・・・また、襲われたそうです・・・・・・・・・この闇の中で・・・・・・・・・」

 リシュウの顔色が変わった。

 戸惑いを含む怒りのものに・・・・・・・・・。

 空調の止まった発令所内。


 今まで蒸せていた空気は、リシュウから発せられる殺気によって三度は下がって感じられた・・・・・・・・・。



───────────────────────────────────────────────────────────── 

    For “EVA” Shinji 

        フェード:弐拾壱

─────────────────────────────────────────────────────────────



 “前回”と同じく、通路をはいつくばって移動する。

 カッコ悪い事この上もないが、三人は文句を言わずに黙々と闇の中を進んでゆく。



 ガン、ガン、ガン・・・・・・・・・どがぁああっ!!!



 隔壁を蹴破って竪穴に出る。

 上に注意してみるも、明かりが無い。

 時間的には大体“前”と同じくらい。

 にもかかわらず、溶解液によって穿った穴から進入してくる明かりが来ないのだ。

 「とにかく、外に出てみましょう」

 『そうだね』

 上空に注意をしながら、壁に手足を突っ張らせて上ってゆく。

 だが、溶解液は来ない。

 三人は嫌な予感に包まれていた。


 さっきまでのシンジの取り合いの時の姦しさは無い。

 ただでさえ、暗闇で刺客に命を狙われたのだ。

 アスカの緊張も知れると言うもの。

 『・・・・・・アスカ』

 横にウンドゥが開き、蒼みがかった銀髪の相棒の顔が映る。

 「何?」

 『わたしと碇君がいるから・・・・・・』

 「え?」

 『だから、大丈夫・・・・・・』

 一方的に喋ったかと思ったら、イキナリ切れた。

 それでも、レイの心遣いが嬉しい。

 「な〜〜に言ってくれちゃってるかなぁ〜〜」

 と、軽口も出てくる。


 幾分心が軽くなったところで地上のゲート付近までやって来た。


 「いい?」

 コクリ・・・・・・と頷く初号機と零号機。


 「うりゃあああっ!!」



 がぉおおんっ!!!



 弐号機のパンチですっ飛ぶゲート。

 三機は、それに合わせてジャンプする。

 穴から飛び出し、着地した三機。同時にセンサーを起動させ、索敵する。

 「あれ?」

 だが姿が無い。

 「シンジ?」

 『う、うん・・・・・・こっちも反応無いよ』

 『わたしの方もだわ・・・・・・』

 こうなったら視認に頼るしかない。

 モニターをフル活用し、動体物に反応するようにして見回してみる・・・・・・・・・。

 『いた!!』

 初号機の指差す方向。

 本部とはかけ離れた方向に去ってゆく、モソモソと動く足が見えていた。

 「な、なんであんな所歩いてんのよ?!」

 兎にも角にも追わねばならない。

 三機は使徒を追って駆け出した。

 『あれ・・・・・・?』

 「どうしたの?」

 シンジの慌てた声に思わず反応してしまう。

 『ちょっと待って・・・・・・地図で確認す・・・・・・・・・あれ? やっぱりそうだ』

 「何なの?」

 『アイツ・・・・・・・・・送電施設に向かってる』

 「はぁ〜〜〜??」

 シンジの言葉に、流石に呆れた声を上げてしまう。


 彼女達を責めるのは酷であろう。

 なにせ最終目的地である本部無視して送電施設なんぞに向かっているのだから・・・・・・。


 しかし、敵と対峙している時に足元から注意が離れるのは考え物だ。


 ぐにぃ・・・・・・・・・


 何か柔らかいものを踏みつけて足の動きが鈍くなる。

 「え?」

 『これって・・・・・・』


 足が粘ついて地面から離れにくくなってゆく。

 たたらを踏んで足を下ろすと、今度は上がらなくなった。


 ・・・・・・見た目は変わっていなかった。


 だが、一見したところのアスファルトが、道路が、ビルが、

 実際は完全な別物になっていた。

 そう、クモの巣のようにベタつくのである。

 「しまった・・・・・・罠??!!」

 彼女達の動きが鈍くなったところで、マトリエルは進行方向を変えた。

 旋回もせずにイキナリ進む方向を変えるところと、四本足とはいえクモそのままの動きに少女は腰から這
い上がってくる怖気を感じた。

 「こ、こっち来んな〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 もちろん、使徒が言う事を聞くワケも無かった。



                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「状況確認できないの?!」

 いらだったミサトの声が発令所に木霊した。

 「できないも何も・・・・・・言うなれば主電源が落ちてるんだもの・・・リモコンいじっただけでコンセントは挿
  さらないわ」

 リツコは分厚いファイルを開き、ローソクの明かりで何かを調べていた。

 MAGIの方はとっくに手を打っており、復旧ルートから施設を調査されるのを防ぐ為に突拍子も無いほ
ど多くのダミーを流している。

 これが解析される事には“ネズミ”の居場所は探られていると言う寸法だ。


 後は・・・・・・。


 「あった・・・・・・これで最後ですわ。S−26の17番ケーブルに接続してください」

 リツコの耳に張り付けていた前世紀の遺物“トランシーバー”は、その指示を受け取って離れた相手へと
声を送った。

 『ええと・・・・・・これかの? 赤いレバーと白いのがあるが・・・・・・』

 向こうで作業しているであろう人物から声が帰ってくる。

 「白い方です。赤いのには触らない方がよろしいですわ。あ、絶縁の・・・・・・」

 『ちゃんとゴム手袋装備じゃ・・・・・・よっと』


 がおんっ


 向こうで何かやったと同時に、発令所に明かりが戻ってきた。

 たちまち復帰し、再起動するモニターと端末のシステム。

 空調も直り、全力で温度と湿度をいつものレベルに落としてゆく。

 「な、なに?! どうやったの?!」

 冷静な親友とは裏腹に、ミサトの方は状況が解からない。

 「ここのメインバイパスに電池をつないだの」

 「で、電池ぃいいい〜〜〜??!!」

 とんでもない答えに言葉尻が跳ね上がる。

 「ホラ、ヤシマ作戦で使った蓄電池よ。アレが一つ残ってたでしょ? もったいないから非常用に充電し
  てたのよ」

 「はぁ〜〜〜・・・・・・」

 備えあれば憂いなし・・・・・・とはよく言ったものだ。

 「もっとも、瞬間使用じゃなくて施設の維持電力に使用するのだから三十分が限界だけどね・・・・・・」

 「十分よ!!」

 薄着のタンクトップの上に直接ジャケットを羽織り、いつも日向が座っていたシートに飛びついた。

 インカムを装着しながら片手でコンソールのキーを叩き、地上の様子をモニターに映す。



 「え? あ、ああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・アスカ!!!!!!!!!!」



 モニターには、右腕を溶解された弐号機の姿が映し出されていた。



                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 甘く見ていた訳ではない。

 慎重だった。

 だが、第九使徒マトリエルとは正面きって戦った事などなかったし、三人がかりで思い出そうとしても溶
解液を垂らしてくるボウルというイメージいか記憶していない。

 目の前のコイツは・・・・・・紛れも無い強敵だった。


 初号機はやはり左腕がやられ、零号機も腹部に穴が開いていた。


 戦えない事はないが、容易い訳ではない。

 三人ともフィードバックに苦しんでいたからだ。

 とっさにシンクロ率を50まで落としたのであるが、できなければ凄まじい痛みに苛まれていたであろう。


───こ、これで50%・・・・・・? シンジってこんな痛みの中・・・・・・・・・・・・。


 その痛みを越える高シンクロ率の中、彼は戦い、守ってきたのである。

 こんな状況ながら感心せざるを得ない。


 だが、そんな間にもマトリエルの攻撃は続くのだ。



 ずんっ



 物凄いシンプルな攻撃である。

 四本足の一本を、体重を乗せて振り下ろしてくるのだ。

 なんとか初号機はATフィールドで受け流し、脇へと逸らせる。



 ぷしゅぅうううう・・・・・・



 そこへオレンジがかった色の霧が発生した。

 「シンジっ!!」

 弐号機がフィールドで空間を薙ぐ。

 “前”の戦いのラストにおいての政府軍に使った事しかなかったが、それでも効果は絶大であった。


 扇がれた霧は初号機を避け、沈黙したまま佇んでいる攻撃ビルに纏わり着く。


 じゅわぁあああああああ・・・・・・・・・。


 硬化コンクリートでできていた筈のビルはたちまちシンナー漬けの発泡スチロールのように溶け落ちてし
まう。

 威力は同じなのに霧状なのだから始末が悪い。

 『アスカ!! 無事なの?!』

 アスカの横にウインドゥが開き、見慣れたNERVのジャケット羽織ったミサトが焦った声と共に乱入し
てきた。

 「見ての通りよ。厄介だわ・・・・・・」

 それでも“ターゲット”から目を離さない。

 『悪いけど状況を教えて。眼を潰されててデータが足りないの』

 別のウインドゥが冷静そうなリツコを映し出す。

 それでも眉を顰めているのだから、内心は焦っているのか?

 「・・・・・・この四本足のボゥルみたいなヤツの攻撃は足の直接攻撃と溶解液よ」

 『溶解液?』

 「そうよ・・・・・・くっ」

 話ながらATフィールドで足を受け流す。

 「それと今、足場は最悪。なんかクモの巣みたいにベタ付いてくっついて足が離れないの」

 吹き付けられる溶解霧。

 だが、今度は零号機がATSで扇いで吹き飛ばす。

 「あいつの身体の外見も大雑把だけど、中も大雑把よ。あの中身ってその溶解液が満載されてるんだもん」


 溶解液を満載したボウルを四本の足で支える使徒・・・・・・・・・。



 これが“今回”の『第九使徒マトリエル』であった。



                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「ち・・・・・・厄介ね・・・・・・。アスカの見立て通り、あれは溶解液を詰めたボウルだわ」

 「なるほどね・・・・・・ヘタに破壊したらその強酸がばら撒かれるって訳ね・・・・・・」

 MAGIにデータを送り、分析させながらリツコが呟く。

 当然、マヤより速い。

 「アスカ! 悪いけどソイツに一度、穴を開けてみて!!」

 『了解』

 弐号機がパレットライフルを左手で単射し、ボウルに三ヶ所の穴を穿つ。


 ぴゅうううう〜〜〜〜と溶解液が噴き、その身体の下を溶かし始める。


 穴は10秒ほどで再生して無くなるが、下は大変な事になっている。

 確かにこんな相手ならシンジ達が攻撃をためらう筈である。

 ヘタに破壊すると、ジオフロントまで被害が起こりかねないのだ。

 「強度はあるみたいだけど、硬度は無いわね・・・・・・粘つく足場で動きを封じて攻撃する・・・・・・溶解液の詰
  まったクモだわ」

 「タラタラと液を垂らしちゃって・・・・・・下品なヤツね。虫唾が走るわ」

 爪をかんでモニターを睨む。

 それで何とかなったら世話が無い。

 だが、じっとしていたら被害が増えるだけだ。

 ミサトはじっと考えていたが、唐突に頭を上げた。

 「リツコ、あいつのコアって中にあると思う?」

 「はぁ? 何言ってるのよ」

 「ん〜〜〜・・・・・・あんなにジュウジュウいう汁の中にチャポンと浸かってるのかな〜〜ってね」

 その言葉にハっとしてリツコは全センサーを動員する。

 だが、外見的にそれらしいものは無い。

 やはり内部なのか?

 「とにかく、時間が無いわ。青葉クン、涎蜘蛛の注意をEVAから引き離して」

 「(よ、涎蜘蛛・・・・・・)了解っ!! 迎撃ビル、13号、34号、55号起動させます!! 主電源ロック解除」

 ミサトの形容に汗を流しつつも使徒に近い順に起動させてゆく。

 対象から引き離す為に近くから順に攻撃するのだが・・・・・・。

 「あ、あれ・・・・・・? 13号ビル、反応無し? バカな・・・・・・見えてるのに・・・・・・」

 一番マトリエルに近い迎撃ビルが反応しない。

 あえて反応しているのはロストの反応である。

 その時、ミサトの脳裏を光が走った。

 「システムが分断されてるのよ。急いで別の・・・・・・」

 「ちょっち待って!!!! リツコ、使徒周辺の地面をCTモニター、センサーひっくるめて全部で調べ
  て!!」

 リツコの指示に割り込んで、急いで使徒の戦闘パターンを見直してゆくミサト。

 「は、はぁ??!! ミサト、何を・・・・・・」

 「いいから、速く!!!!」

 モニターから一瞬たりとも眼は離さない。

 「わ、解かったわよ・・・・・・もう・・・・・・・・・」


 初号機、弐号機への攻撃パターンは同じ。

 EVAに向いている方を前部とした足での攻撃だ。

 そして霧。

 それを扇いで避けるEVA。

 「!!!」

 ここでミサトは気付いた。

 霧のかかったビルは見る影も無く溶けてゆく。

 だが、僅かに霧がかかってるにも係わらず、全く変化しないビルがあることを・・・・・・・・・。

 「な・・・・・・・・・っ?! これは・・・・・・・・・」

 リツコもデータとセンサーからある事を理解した。


 目の前にいるマトリエル。


 それは“ターゲット”ではなかったのだ。



                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「それってどういうこと?!」

 流石のアスカも驚いて聞き返す。

 それほどとんでもない事を言われたのだから・・・・・・。


 『落ち着いて聞いて。あなた達は使徒と対峙してるんじゃないの。“使徒の上”に“立っている”の!!』


 MAGIの判断とセンサーからのデータから解かった事。

 それは、今現在の使徒周辺の数十メートル範囲が消失している事である。

 つまり既に存在していない・・・・・・・・・か、或いは・・・・・・・・・。

 『この辺の土地そのものが使徒で、目の前の使徒は端末・・・・・・・・・って事ですか?』

 流石に驚いた顔のシンジがそう言った。

 『・・・・・・そうなの』

 考えてみたらこの間のサンダルフォンにしても幅広いマグマの空間をクローム鋼の繊維で自分の身体にし
ていたのであるから、既に前例として示されていたと言える。

 それにしても・・・・・・・・・。

 『とにかくこっちも急いで調べるから、あなた達も周りを調べてみて。コアは周りのどこかにあるはずだ
  から』

 そうミサトに言われても、ヒョイヒョイと発見できるものではない。


 正体を見破られた事に気付いたのか、コーン状に霧を吹く使徒。

 慌てて零号機と弐号機が扇ぐ。

 吹き飛ばされたそれが纏わり付いて溶けるビル。

 当然ながらシトの足にも付着しているのであるが、表面を流れて行きその足元を溶かすだけ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・何か変だ。



 シンジは違和感を感じていた。

 そう、さっきミサトからの通信で大体の事は解かった。

 目の前の使徒は偽者。本物は足元そのもの。

 使徒はただの端末であるからして、何かに反応して行動するのみ。

 考えてみたら送電施設に向かって行ってたのも今の本部の電源が落ちていたからなのであろう。

 正に不幸中の幸いだ。


 ・・・・・・だが、ここには心が引っかかっていない。


 もう一度考えてみる。

 使徒の擬態だと言うのに溶ける地面・・・・・・。

 霧を扇いで吹き飛ばし、纏わり疲れて溶けるビル・・・・・・。

 使徒の端末だと言うのに溶けない足・・・・・・。



 ん?



 ・・・・・・・・・・・・そうか。

 『『アスカっ!!!!!!』』

 少年と作戦部長の声が重なった。

 どうやら二人とも気付いたようだ。


 たった一つだけ、霧がかかっても溶解しないビルがあることを。


 『『第13迎撃ビル!!!』』

 ドロドロの鉄骨ビルの中、ただ一つ以前のままの勇姿を晒す建造物・・・・・・。



 ・・・・・・・・・いや、



 第九使徒マトリエルがそこに佇んでいた。



                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 第三都市に来るまでの道中は変わらない。

 四本の足でわしわしと歩いてきたのだ。


 だが、本部の辺りまで来てから様子が変わる。


 どこへ行けば良いか解からなくなったのだ。


 仕方なくその巨体を地面に下ろし、溶解液でじわじわと周りを溶かして自分の“中身”と入れ替えた。

 そして端末と化した前の身体を使い、もっともエネルギー反応のある場所を破壊しに行かせたのである。

 恐らく理由なんか解かってはいないだろう。

 使徒マトリエルは本能的にやっているに過ぎないのだ。

 EVAを破壊するという・・・・・・・・・。



 眼前の三機の一つ、紫色のやつに足を振り下ろす。

 今まで受け流していたそいつの事だ、またも受け流すだろう。



 と、予想していたのであるが、今度は受け止めた。

 足の穴から噴出される霧が目標を失って風によって拡散される。

 元々の構成素が酸素なのであるから、比較的単純に消えてしまう。



 ギギギ・・・・・・・・・。



 紫色のそいつはまだ足を離していない。

 いや、右手一本で掴んでいる。

 めきめきと嫌な音をたてて指が食い込む。


 神経など存在しない足であるが、本能が危機を教えており、どうにか足を放そうともがいた。

 確かに恐怖などという“感情”は現時点の使徒にはない。


 だが、アダムから派生した単一生物だとはいえ生存本能はある。


 絶対的な不安ともいえる物を感じ取っていた。



 いきなりオレンジ色の機体が両足をパージして腹筋で跳ねた。



 “眼”で追うと、その機体は腕についている“盾”を伸ばしてビルを・・・・・・・・・コアを入れてあるモノを突
き刺した。


 無論、それだけでどうこうなるものではない。

 元々の建物の強度しかないとは言え、ATフィールドがあるのだから。




 しかし、その考えは少々浅かった。


 オレンジ色の機体の盾はATS・・・・・・つまりATフィールドなのだ。

 その盾に突き刺された事によってビルのフィールドは中和され、ただの建物となってしまった。


 そこへ赤い機体がライフルを乱射した。

 それも見えないはずのコアの位置に正確に。


 “前”のパレットライフルは劣化ウランを使用していたが、対象物によっては都市に甚大な被害を蒙ると
いうミサトの言を受けて、技術部で開発した特殊鉄鋼弾と炸裂弾が入っている。

 どちらにしても劣化ウラン弾などATフィールドの前には豆鉄砲くらいにもならないはずであったし。

 なにせN2でさえ耐えられたのであるから・・・・・・。


 高速で回転する弾頭は、正確にコアの真ん中を貫き、ビルすら貫通する。

 ヒビが入ったコアに、炸裂弾が突き刺さり、破裂。

 そして残った欠片も鉄鋼弾が粉々に打ち砕いた。



 ドズゥウウウウ・・・ン・・・・・・・・・・・・。



 ヘタに倒せば全身に溶解液を被ってしまうと言う、恐ろしく危険な戦い。

 終わってみれば“前”の戦いと同じく、ライフルの連射攻撃による最後であった。




 無論、その差などを活動停止したマトリエルが知る由もなかった・・・・・・・・・。




                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「・・・・・・よしっ! これでシステムは復帰しました!!」

 施設内でマヤの声が響き渡った。

 「オッケーよ、マヤちん!! キョウちゃん、そっちは??!!」

 「・・・・・・・・・終わったようだな・・・・・・使徒の行動は停止している」

 「ええ〜〜〜?! あたしたち無駄骨ぇ〜〜〜??!!」

 「勝ったんだから文句言うな」

 「Booooo!!」


 第三都市送電施設。

 システムハックの直接復帰の為、件の選挙カーをそのまま借りて、マヤと護衛のキョウスケとエクセレン
はドアを突き破って、関係者を押しのけてここまで来ていたのである。

 結果的には無駄骨であったが・・・・・・・・・。


 「・・・・・・つ、疲れた・・・・・・・・・」


 玄関前の選挙カーでは、日向がヘバりきっていた・・・・・・・・・。



               *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「静けさなんて少しの間だけだったわね」

 「うん」

 三人の子供達はマンションのベランダで星を見上げていた。

 “前回”とは違い、システム復旧が早かった為、部屋に戻れたのだ。

 「それにしても変よね」

 「何が?」

 苦笑しながら星を見るアスカにシンジが問い返す。

 「だって、“前”に第九使徒倒した時も三人で星見てたじゃない? なのに、こっちに“戻って”から初め
  て星を見た気がするのよね・・・・・・」

 「そっか・・・・・・」

 あの時は本当に心に余裕が無かった・・・・・・・・・。

 だからそう感じるのかもしれない・・・・・・・・・。

 「・・・・・・人は空の光を手放して明かりを得た・・・・・・・・・」

 「おお、哲学〜♪」

 “前”と同じようにアスカが茶化す。

 「だけど・・・・・・」

 そう言いながらレイは前を向く。

 「・・・・・・“今”はこの街の明かりの方が愛しい・・・・・・」


 人間はしぶとく街の生活を取り戻していた。

 突貫工事で道路を直す音。

 無事を祝って酒を飲み、あげられる声。

 どこかの家の生活の明かり。



 灯、灯、灯、灯、灯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 そのどれもがあの世界で無くしてしまったもの。

 街が“生きている”証。

 だからそれらがとても愛しい。


 「そうだね・・・・・・」

 「うん・・・・・・」

 あの静けさだけで何も無かった海。

 その海から復帰した自分達からいえば、“音”と人工の光は何よりの褒美である。



 三人の子供達は微笑を浮かべたまま、街の明かりを見つめ続けていた・・・・・・・・・。





                *   *   *   *   *   *   *   *   *




 「どうでした?」

 戻ってきた老剣士に麦茶を差し出す金髪の科学者。

 リシュウは呷るように飲み干し、苦い顔をする。

 無論、茶の味では無い。

 「駄目じゃな・・・・・・アスカ達の言っておった男らは口をふさがれておったわ」

 アスカに教えられた場所に駆けつけてリシュウが見たものは、頭を打ちぬかれて転がる二つの骸であった。

 「手が早いわね〜・・・・・・近くにいたのかしら?」

 ミサトの言葉に首を振るリシュウ。

 「さての・・・・・・調べてもらわんと解からぬが、死んで30分と言ったところか・・・・・・」

 「・・・・・・・・・って事は・・・・・・・・・」

 渋い顔のまま頷く老剣士。

 「・・・・・・じゃな・・・・・・十中八九、ここの関係者じゃ」


 暑さから抜け出し、ようやく冷えてきた発令所。


 だが、空気はどこまでも重くなっていった・・・・・・・・・。










  今回の戦闘
   都市被害・・・・・・・・・・・・・・小破
   零号機・・・・・・・・・・・・両脚破棄
           腹部貫通痕
          修繕及び交換
   零号機パイロット・・・・・・軽症
   初号機・・・・・・・・・・左腕部融解
       右腕部筋肉繊維断裂
       右腕部左腕交換交換
   初号機パイロット・・・・義脱臼
   弐号機・・・・・・・・・・右腕部融解
           右腕部交換
   弐号機パイロット・・・・・・無傷






 ──あ(と)がき──

 マ、マトリエル戦がナゼ長い?

 ・・・・・・・・・自分でもそう悩んでしまいますが、そーなっちゃったものは致し方ないっス。

 諦めてください。


 ・・・・・・朝方こーゆーモノ打ってますけど、最近気付いたんですよ。

 私は朝しか打てないって・・・・・・。

 昼〜夜半・・・・・・暑すぎてできないっ!

 ああ、夏生まれなのに、暑さに無茶苦茶に弱いなんて・・・・・・。

 お陰でペースが落ちそうです(涙)。

 それと、前から言われていた原作との設定差異を作家のページに入れておきました。

 まずはNERV以外です。


 さて、次はインターバルです。

 それではまた・・・・・・・・・。


 〜〜子供達をとりまくモノに幸いあれ・・・・・・〜〜


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