放課後の屋上。

 年中が夏のようになった“あの”日本では夕方の風景にはならなかったのかもしれないが、“こっち”の日
本ではセカンドインパクトなんてものが無かった為、季節の移り変わりがあった。

 話にしか聞いた事がない赤とんぼが飛び、空を高く感じ始める。

 噂にしか聞いた事がない紅葉を見るのも楽しみだ。

 更に季節があるから旬がある。

 その時期その時期に付随する美味しい食べ物があり、それで作った料理はまた格別なのだ。

 そして秋は食べ物が美味い。


 だから彼──第壱中学名物料理人、“殿様”こと碇シンジならば具材について思いを馳せている筈であった。


 しかし、彼はうかない顔でその高い空を見上げていた。

 その瞳は愁いを帯び、なにやら自分の運命そのものを否定するかのよう。



 きぃいいい・・・・・・・・・。



 静かな音をたてて屋上のドアがきしみながら開いた。

 「碇・・・シンジくん・・・・・・来て・・・・・・くれてたんだな」

 「は、はい」

 出てきたのは頭に赤いバンダナをまいた上級生。

 妙にモノを賭ける癖と、悪運の強さで知られている三年の先輩だ。

 「えっと・・・・・・先輩?」

 「あ、うん・・・・・・オレ、3−Bの真宮寺タスクっていうんだ・・・・・・ひとつヨロシク」

 「え? あ、ハイ。こ、こちらこそ・・・・・・・・・」

 知ってはいるがここは礼儀。相手の自己紹介を受けた。

 だが、シンジの瞳から不安げな色は取れない。


 そんな彼の心情を知ってか知らずか、タスクと名乗った少年は、スタスタと近寄って来るとシンジの手を
取りこう言った。


 「シンジくん・・・・・・いや、“クスハ”ちゃん! オレと付き合って・・・(どぐじゃあっ!!!)へぐぅっ!」


 タスクはセリフを最後まで言えず、血の海に沈んだ。

 後頭部には机とバーベルとベンチが刺さってた。

 「変態のくせにシンジに触るんじゃないわよっ!!!!」
 「シンちゃんはわたしのなんだからね。勝手に触らないでほしいわ」
 「シンジくんが汚れたらどう責任とってくれるのよ、このバカっ!!」


 当然ながら三人の守護天使だ。

 今だにびくんびくんと痙攣するタスクを踏み越え、へたりこんだシンジに手を貸してやる三人。

 「大丈夫?」

 アスカが顔を覗き込むと、シンジは真っ青だった。

 「・・・・・・なんで・・・・・・」

 「シンちゃん・・・・・・」


 「なんでこうなるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」



 文化祭以降、第三中の“萌えキャラ”として男子達に脳内補完された少年の悲しい叫びであった。





                             はっぴぃDay’S

                           24・STEP 漢心と秋の空





 「では、LHRの時間を借りまして、会議を行わせていただきます」

 六時間目のLHR。

 ここ、2−A教室ではある重大な会議が行われようとしていた。

 教卓に立つのは担任たる葛城“夫婦別姓”ミサトでも、委員長たる洞木“イインチョ”ヒカリでもない。

 シンジの自称“妻”たる、惣流・アスカ・ラングレーである。

 いつもならBooBoo言う二人、自称“婚約者”六分儀レイと、自称“本妻”の霧島マナは黙っていた
りする。

 なんてことは無い。議長選抜ジャンケンに負けたのだ。

 ちなみに、マナは別クラスなのであるが堂々と椅子に座って静観をきめこんでいる。


 いいのか? といっても担任たるミサトが何も言わないから良いのだろう。


 ・・・・・・・・・気が付いていないという可能性もあるが・・・・・・。


 ま、それはともかく、


 「今回の議題は・・・・・・・・・」

 白いチョークを手に取り、カッカッと文字を刻んでゆく。


 「「「「「「「「「?????????」」」」」」」」」


 だが、皆は読めない。

 ハッと気付いてドイツ語を消し、あまり上手とは言えない日本語で文字らしきものを書く。


 『石定ツソヅの貞品を寸る』


 ・・・・・・・・・???


 やっぱり解からない。

 業を煮やしたミサトがチョークを奪い、書き足してやった。


 『碇シンジの貞操を守るには?』


 パンパンとチョークの粉をはらい、窓際に置いたパイプ椅子に戻り、アスカに手で“プリーズ”とジェス
チャーを送った。

 そのアメリカンな仕種に腹を立てつつも、気を取り直して級友の方に向き直る。

 当然、シンジは真っ赤である。


 「・・・・・・さ、さて・・・・・・知っての通り文化祭の模擬店は一日しかできませんでしたけど、売上はシンジの
  お陰で校内トップ。
  “事故”で破壊された教室も改修されて真新しい教室で学べるようになりました」

 うんうんと頷く級友達(+マナ)。微妙な表情のシンジ。

 「・・・・・・・・・ですがっ」


 ボキリとアスカの手の中でチョークが砕ける。


 「シンジの・・・・・・“クスハ”の可愛さに我を失った男子共がナニをとち狂ったかシンジに告白しまくると
  言うおぞましい事態が発生しています!!
  このままではシンジの貞操は風前の灯火!! ハエアースの前の蚊柱!! ミサトの前のえびちゅ樽!!
  つまり、シンジの貞操は明日をも知れない状況なのです!!
  この劣悪極まりない状況を打開すべく、案を募りたいのですが・・・・・・」

 「あ、あの・・・・・・アスカ・・・・・・」

 「質問時には挙手を。それとアタシは議長と呼んで」

 おずおずと手を上げるシンジ。

 「あの・・・・・・アス・・・・・・議長・・・・・・」

 「ハイ、碇君」

 「て、貞操が明日をも知れないって・・・・・・ぼ、僕、そんな趣味ないから大丈夫なんじゃ・・・・・・」

 「シンジ!! 甘いわよ!!」

 バンっと教卓が鳴る。

 アスカが拳で叩いたのだ。

 ギシっと真新しい教卓が軋む。

 『あ〜あ・・・・・・』

 と“酒徒”教師が溜息をついた。

 「あーゆー男共は力押しで来るわよ? アタシには見えるわ!! シンジが体育用具室に連れ込まれ、着
  替えさせられてから弄ばれる痛ましい姿が!!」

 『勝手に見ないでよ〜〜』

 と言いたいが、眼がイっちゃってるアスカは茶々を受け付けない。


 どうしよう・・・・・・と大人しく座っている2−Aの母ヒカリは何も思いつかない。

 というより、男の子の嬲られているイメージより、ゲッヘッヘッと笑うアスカ達にシンジが嬲られている
ビジョンがしっくり来るのである。

 無論、親友にそんな事を言えるヒカリではなかったから、心の奥に封印した。


 盗撮カメラ眼鏡のケンスケはどーでも良かった。

 シンジの写真にしても、“クスハ”の写真にしてもかなりの値がつくのだ。

 どちらの“碇シンジ”がそーゆー事になっても高値がつくだろうし・・・・・・・・・。

 等と邪悪さ満々でンな事を考えたりもする。


 仮にも親友だ。“その時”の儲けは折半にしよう・・・・・・・・・とか気の早いことを考えてた。

 無論、その後でアスカ達に殉滅される事を計算に入れてないことは言うまでもない・・・・・・・・・。


 では、ジャージバカたるトウジは?

 これはけっこう真面目に考えていた。

 最近、シンジには世話になりっぱなしなのだから、こんな時くらい借りを返すのはよいのではないか?

 というのが彼の観念である。


 『鈴原・・・・・・(ぽっ)』

 等と真剣に考えているトウジの横顔にイインチョが見惚れてたりするのはいつもの事なので割愛する。


 「議長」

 黒ジャージがついに挙手した。

 「ハイ、ジャージ君」

 「うむ・・・・・・・・・って、おいっ!! なんやその言い草は??!!」

 「っるさいわねぇ・・・・・・解かり易いんだからいいでしょ?」

 級友達(+マナ)もウンウンと頷いている。

 「お前ら・・・・・・・・・」


───わいの存在意義ってジャージだけなんやろか・・・・・・?


 と今更ながら悩んでしまうトウジであった。


 「で? 何よ」

 尊大に問い掛けるアスカ。

 いつの間にか通常の彼女に戻っていた。

 「え? お、おお・・・・・・シンジの事なんやけどな」

 チラリと晒し者状態で椅子に座っている親友に眼をやってから、スカイブルーの瞳を見直す。

 「このままやっても埒があかん。かと言うて、ほっといたらワイらのダチをホモかカマにしてまう」

 『カマ・・・って・・・・・・酷いよトウジ・・・・・・』

 るる〜〜と眼が潤むシンジは置いてけぼりだ。

 「で? シンちゃんをど〜やって助けるって言うのよ?」

 焦れてレイが口を挟む。

 「まぁ、待てや。今助けただけやったら何にもならへん。なんでか言うたら、来年の事があるからや」


 「「「「「「「「「あ・・・・・・・・・」」」」」」」」」


 流石に皆の息が止まる。

 そう、来年の中学生活最後の文化祭・・・・・・・・・。

 これもまた、内容に係わらずシンジは“クスハ”にならねばならないのである。


 それは【決定事項】なのだ。


 教室が半壊し、文化祭終了まで使用不能になった時、なぜか鼻血を止める為であろうティシュを鼻につめ
た父兄達が現れ、

 「来年の文化祭もシンジが“クスハ”になるのが条件だ」

 と、物凄い質と人数の業者を呼んでくれたのである。


 「そ、そんなヤだよ〜〜〜(涙)」


 少年の涙は、尊い犠牲として黙殺されるのであった・・・・・・・・・。

 ちなみに、言うまでも無い事であるが、その条件を提示した父兄はサングラスに顎鬚、小豆色のタートル
ネックにジャケットという暑っ苦しい“いでたち”であったという・・・・・・・・・。


 誓約書まで書かされ、この約定を反故したならばかかった人件費と修繕費用は請求させてもらうという念
の入用だ。


 今となってはかなり後悔しているが・・・・・・。



 「それで・・・・・・シンジくんをどうやって守るのよ」

 マナも表情が固い。

 前回の騒動のおり、鼻血を噴いて失神してしまい、シンジを守れなかったから当然であろう。

 「それなんやけど・・・・・・」

 チラリとまたシンジを見やる。

 『?』

 その視線は明らかに謝罪の色を含んでいた。

 『なんだか・・・・・・すごく嫌な予感がする・・・・・・・・・』

 まるで初めて初号機に乗った時のような不安が腰から這い上がってくる。

 身体は先が読めるのか、どばぁっどばぁっと冷や汗を噴いていた。

 「シンジが大人しゅうて人がええから皆が来るんやろ? せやったら、“エゲツない奴”やったらええんと
  ちゃうか?
  少なくとも、良い奴から降格した悪い噂いうんはずっと残んで?」

 「どういう意味よ?!」

 その物言いに瞬間的に戦闘モードに入るアスカ。

 無言だがレイもマナも入ってたりする。

 「待てぇって!! わしら全員、シンジがそんな奴や思てへんがな!! シンジがそないな事でける訳な
  いやろ? せやから噂流すんや」

 「噂ぁ? だけど、今更そんな碇君の悪い噂なんて・・・・・・」

 ヒカリの言い分も尤もだ。

 なぜ“しっとマスク”たる怪人が出るのかというと、ひとえにシンジが第壱中の上位美少女三人を独り占
めにしている事にある。

 もてない君たちがばらまいたシンジの悪口雑言などゴミ処理施設では賄えないほど存在しているのだ。

 「せやから、もっと生々して奴や。わいらみたいなガキやったら思いもつかへん位の・・・・・・」

 今度はミサトをチラリと見やる。

 その視線を受け止め、“我、正鵠を得たり”とニタリと笑い返すミサト。

 話を振ったトウジ本人がとてつもなく嫌な予感を感じた。

 だが、もう遅い。


 「まっかせなさいって!! このあたしが、一日でシンちゃんがアスカ達に淫虐で獣欲にまみれた事をし
  てる女装したケダモノだって噂を作ればいいのね?!」


 「「「「「「「「「え?!」」」」」」」」」


 酷い噂が一足飛びになった。

 そんな中学生なら退学モノである。


 「大丈夫!! 親の七光りで学校に圧力をかけて退学できないようにしている上、逆恨みしてアスカ達を
  調教して肉奴隷に・・・・・・う〜〜ん・・・・・・我ながら萌える設定だわっ!!!」

 「ちょ、ちょっとミサトさぁん!!!」

 シンジが突っ込むが、一足どころか百足も遅い。

 「まかせてシンちゃん!!! 貴方も明日から鬼畜の殿堂入りよ!! 鬼畜王シンジ!! 萌えるわっ!!」

 すっかり“あちら”の人の眼になっていた。

 「んじゃ、あたしはできたプロット組んで噂流すから。んじゃね〜〜〜♪」

 唐突に席を立って教室から飛び出してゆく。

 その速さ、風の魔装機神サイバスターもビックリだ。

 「ち、ちょっと!!!」

 シンジも慌てて後を追うが、廊下に人影は無かった。

 転移したのかと本気で考えてしまうほどだ。


 「ど、どうしよう・・・・・・・・・ア、アスカぁ・・・・・・」

 と幼馴染に眼をやると、

 「ダメよシンジ・・・・・・・・・そんな、ああ・・・・・・アタシがシンジの所有物・・・・・・? イヤン♪」

 ・・・・・・・・・駄目なヒトになっていた・・・・・・・・・。


 「レ、レイぃ〜〜〜」

 「なんですか? シンジ様」

 こっちもだ・・・・・・・・・。


 「マナぁ〜・・・・・・」

 「ごめんなさいシンジくん・・・・・・マナ悪い子です。お仕置きを・・・・・・・・・」

 ダメダメである。


 シンジ絶体絶命。

 噂も真実味が出れば事実になる。

 このままでは2−Aの面々はともかく、他の人間からは女の敵てして登録されてしまう。

 ・・・・・・・・・って、遅いか・・・・・・(笑)。


 「トウジィ〜〜〜〜・・・・・・・・・」

 その発端となった正に“トウジ者”に、恨みこもった眼を向けると・・・・・・。


 「ぐ〜〜〜・・・・・・ぐ〜〜〜〜」


 彼は立ったまま寝たフリをかましていた・・・・・・・・・。














 「はぁ・・・・・・・・・オレはどうしたら・・・・・・・・・」

 シンジが災難にあっている丁度同じ時間、

 屋上に佇む一人の少年がいた。


 彼の名はムサシ・リー・ストラスバーグ。

 2−Cの男子にして、“しっとマスク”壱号である。


 その問答無用の心の強さを誇る彼が、空を見ながら溜息をついていた。

 いつもの釣りあがった目ではなく、その目尻が力なく下がっており、彼の持つ悩みの大きさを窺い知る事
ができる。


 それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『恋』。


 愛情表現が不器用にもほどあるぞゴラぁな彼であるが、その彼のステンレスの毛が生えていた鉄の心臓を
鷲掴みにしている相手がいるのである。


 それは初恋の相手である霧島マナの事ではない。



 本気で惚れてしまった少女、






 謎の美少女“クスハ”であった。






 誰に聞いても、問い掛けても彼女の正体が解からない。

 憎っくき怨敵“碇シンジ”と同じクラスであることくらいしか解からないのである。

 何度か2−Aを覗きに行ったのであるが、それらしい姿が無い。

 誰かがメイクアップしていたのであろう。

 では、誰なのか?

 求め狂っている相手も解からず、少年の“ないーぶ”なハートは縮れに縮れていた。


 無論、余りの哀れさに同情から“クスハ”の正体を教えられていないのであるが、彼が知る由も無い(涙)。





 「・・・・・・恋かい? 恋はいいねぇ・・・・・・リリンならではの心の葛藤だよ」





 唐突に声が聞こえた。

 それも悩んで全てが上の空の彼の耳に・・・・・・である。

 それだけのプレッシャーがあったのであろうか?


 慌てて辺りを見回すと、その声の主は給水タンクの上にいた。


 なぜか? は言わないのがお約束である。


 と言うより、そんな疑問がふっ飛ぶほど、その声の主はアヤシかった。


 まだまだ暑いのに濃い小豆色のマント。

 黒いスラックスと黒い靴。

 輝くような銀髪に映える白い肌。

 しかし、顔には斜めに縫い傷があり(恐らくはメイクだけど・・・・・・)、上側の肌の色が濃い。

 そしてマントの下の上半身は裸である。


 見紛う事なき変質者そのものであった。


 だが、普段から“しっとマスク”として上半身裸のタイツ男に変身しているムサシである。

 そんな程度はちっちゃい問題だ。

 「お、お前は・・・・・・B組の霧島カヲ・・・・・・・・・」

 「それは違うよムサシ君」

 ぴしゃりと言葉を止めるその少年。

 「ボクは流しのカウンセラー、スーパードクター熊ひげジャックさ」

 キランと歯を光らせてサムズアップ。

 アヤシさ大噴火である。


 マント姿はスーパードクター、

 斜めの縫い傷はジャックだろう。

 上半身裸の姿は別の医者が混じってる上、熊ひげパーツが無いやんけ。


 存在そのものも、格好も、全てにおいてナゾまみれであった。


 「そのジャックが何の用だ・・・・・・」

 本気で銀髪の少年の事を医者だと思っている節がある。

 清々しいほどのバカッぷりだ。



 トゥッ!!


 アヤシイ掛け声でタンクから飛び下り、スタっと着地する。

 マントを翻すも上半身は裸。

 ナニをどうしたって露出狂予備軍である。


 だが、それでも五十歩百歩のムサシには何の感慨も無い。


 「キミの悩みの声に誘われてね・・・・・・アトランタス大陸からやって来たのさ」

 まるで黄金バットだ。

 「・・・・・・そうか・・・・・・すまない・・・・・・」

 ステキにバカであった。

 「恋の悩みだね・・・・・・・・・キミのお探しの相手は見つかったのかい?」

 相変わらず爽やかに語りかける。

 だが、万年被害者であるケンスケならば飛んで逃げたであろう。

 爽やかな笑顔の時程、性質が悪いのだ。

 「いや・・・・・・まだだ・・・・・・」

 うなだれるムサシ。

 その肩に手をおいて優しく語り掛ける。

 「諦めがつくほど・・・・・・簡単なものじゃないよね・・・・・・・・・それほどキミの心を奪っているのだから」

 コクリと頷く。

 「だったら“待つ”事も知ると良い」

 「“待つ”?」

 うん・・・と微笑む。

 「キミは焦りすぎて周りがよく見えていない。灯台元暗しと言う言葉があるように、自分の足元は見えな
  いものさ。キミは焦って遠くしか見えていないんだ」

 「そう・・・・・・かな?」

 「そうだよ」

 全くもって根拠が無いが、自信には満ち満ち溢れている言葉で強く頷いた。

 問答無用にたぶらかされて行くムサシ。

 「キミと彼女の絆はそんなものじゃないだろう?
  君達が想い合っているのなら、必ずキミと彼女は再会できる筈さ」

 「そう・・・・・・だよな」



 堕ちた・・・・・・。



 ムサシは心の中に燃え上がる炎を感じた。

 そう、自分と彼女の仲はぼやけたものじゃないんだ!!


───あのコスモスの原で出会った時、オレの心は奪われた。
   伝説の木下で、伝説の鐘の音を聞きながら告白を受けた時、オレは誓った筈だ!!
   彼女を一生守ってゆくと・・・・・・・・・。
   その事を忘れるなんて、なんてバカなんだオレは・・・・・・!!!


 いや、それ以前にそんな事実は無い。

 妄想に取り付かれている方がバカであることは言うまでもない。


 「ありがとう!! 熊ひげジャック!! オレは彼女を信じるよ!!!」

 彼が顔を上げた時、既に彼の姿は無かった。

 『いない・・・・・・? そうか、アトランタス大陸にもどったんだな・・・・・・』

 天晴れなバカぶりである。


 彼は何を思ったのか、人気のない屋上に敬礼をするとその場を立ち去って行った。

 彼の脳裏には愛戦士のテーマ(自作)が流れていた・・・・・・・・・。








 「ふふふ・・・・・・面白くなってきたね・・・・・・・・・相田君に次いで、二人目の検体だよ・・・・・・リリンの英雄ハ○
  ニバル教授・・・・・・やっぱり人の心は楽しいものなんだね・・・・・・・・・」

 愛読書である“羊た○の沈黙”を片手に“自称”スーパードクターはアヤシイ笑みを浮かべていた・・・・・・。



 その眼は、獲物を見つめるオルフェノクのようであった・・・・・・・・・。


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