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 福はあざなえるのごとし

 
 
「あ、ごめん。それロン」
 シンジはパタンと牌を倒した。
「なんですってぇぇぇぇ!?」
 アスカは絶叫していた。
「リーチ一発ドラ3。あ、裏も乗ってるや。ドラ6・・・あ、跳んだね?」
 
 じゃらぁ!
 
 そして、アスカは卓に突っ伏していた。
 まあ、かなりえげつない上がり方だったから、それも仕方ない。
「あ、あのアスカ・・・?」
 アスカは突っ伏したまま、体をぴくぴく震わせて、
「ク・・・・クク・・・・ククク・・・・・クッ」
 そんな声をもらして、うめいていたのだった。
 



 
 それが始まったのは、なんっと言うことはない、ヒマだったからだ。
 
 この日、シンジとアスカは、二人とも完全休日だったのだが、共に全く予定無し。
 ミサトは仕事でネルフに泊まり込み。
 ペンペンは食事以外で冷蔵庫からでない。
 見るビデオもない。
 ゲームは飽きた。
 テレビは電波の無駄遣い(ワイドショー)のみ。
 どないせぇっちゅうねん。
 
 アスカは思った。
 
 若い男女が日が高くならない内からヒマになって、やることなど、ただ一つ!
 
「麻雀よ!」
 と、リビングで寝転がっていたアスカが、脇でぼんやりとテレビを見ていたシンジに突然に言いました。
 
・・・・なんでだ、アスカ。
 
 葛城家には、酔っぱらったミサトがどこからか引っ張ってきた、全自動卓があった。
 それでせっかくだからと、後日ミサトが雀牌を買ってきていたのだ。
 あの、自動卓はどこから・・・。
 とは思っても、そこはあのミサトさん。聞いても無駄だ、とシンジ君は聞くのをやめていました。
 
 それに向かい合って、シンジとアスカの二人だけで、麻雀勝負が始まったのだった。
 
 最初は、ただ麻雀をしていただけだった。
 だが、そのうち・・・・・・
「ねえ、何か賭けない?」
 などとアスカが言いだしたのだ。当然シンジは、
「だ、駄目だよ!賭け麻雀なんて、いけないよ!」
「固いこと言ってんじゃないの!麻雀なんて賭料(タネ)があって始めて盛り上がるんじゃないの!」
「で、でもやっぱりお金を賭けるのは・・・」
「じゃ、現金じゃなければいい訳ね?」
「え・・・?」
「あたしとシンジで何か賭ける物を持ってきて、半荘終了時の得点で勝者を決めるのよ。もちろん、ハコになった時点でその勝負は終了。勝者が賭けた物をとる!」
「ええー!?」
「ええー!じゃないの!男だったらドーンッと受けてみなさいっての!」
「うう・・・」

 そんなこんなで昼食が終わってすぐ、暇つぶしの麻雀は、いつしか熱い勝負の場に変わっていたのだった。
 
 もっとも、ヒートアップしているのはアスカだけだったのだが。
 
「いいわ!次よ、次!」
 卓から起きあがって、アスカは自室に駆け込んでいった。
「えー!」
 シンジは悲鳴を上げていた。そしてアスカのへ矢方に叫ぶ。
「もうやめようよ、アスカぁ・・・」
「ここまで負けこんで、いまさら引き下がれますかっての!」
 そう言って、出てきたアスカが抱えていたのは、
「次はこれを賭けるわ!」
 ギターだった。しかもアンプまで引きずって持ってきていた。
 まるでアスカの物とは思えない、渋い色つやのそれら。

「これは・・・・・・アスカ、なんでギターなんか?」
「これはオペレーターの3人から巻き上げた物の一つよ」
「巻き上げ・・・って、もしかしてこれ青葉さんの!?」
 シンジの頭には、いつだったか文化祭でギターの指導に来てくれたシゲルの超絶技巧がよみがえっていたという・・・・・。
「そうよ。あの甲斐性なし、ろくな物持ってなかったわ」
「・・・・・・ねえ、返してあげなよ。これって真空管のアンプじゃないか。結構な代物の筈だよ?」

 真空管アンプは、実に味わい深い歪みを産むと言う・・・・・デジタルODでは絶対に出せないらしいが、シンジはこれがそうであると言われた演奏を聴いたことはない(無論、作者も)。
 とくに、このアンプはビンテージに入る部類で、セカンドインパクト前の物と言うこともあって、値段が付く以前に市場に全く出回らない代物である。よってルートすらもないのが、未だアスカの手元にある理由だろう。
 もっとも、ルートなど探せばいくらでもあるはずなのだが、そこはまあ中学生なので仕方がない。
 シンジはその辺の事をこんこんと説明した。
 しかし、アスカもそんなことは百も承知だった。
「あんたバカぁ?だから、賭料(タネ)になるんじゃない!これがそんじょそこらの安物だったら、その場で殴り倒してたわよ!」
「でも・・・」
「そんなに返したいなら、あんたが勝って返してあげるのね!さあ、始めるわよ!」
 アスカは言って、牌を雀卓に落とし込む。
 問答無用をあからさまに誇示していた。
「ロン。リーチ・三色・タンヤオ・ドラ一」
 シンジのリーチから、数巡もしない内にアスカはそれに振り込んでしまっていた。
 そして、
「・・・跳んだ・・・・」
 アスカは呆然と自分の点棒を見下ろしていた。
「それじゃ、そのギターとアンプはもらうね」
 むろん、シンジは後日ネルフに行くときにシゲルに返すつもりである。
「くっそぉぉぉぉ!それじゃ次よ!」
 逆上して、アスカは部屋に駆け込む。
「えー、またー?」
「だまらっしゃい!」
 
 そして出てきたのは、
「リツコから巻き上げた、開発中の機動歩兵用のプログレッシブナイフよ!」
 そして、シンジはブフッとふいていた。
 それはまさにミニチュアのプログレシッブナイフなのだが、アスカがスイッチを入れると、しっかり刃が光り出した・・・・・・普通の人間なら、持つだけで手の骨が砕ける(どころじゃ済まないかも)はずの超振動(プログレッシブ)ナイフ。
 それが十四才の少女にすら扱えるところが、このナイフの画期的な所。
「な、何でそんな物を賭けたんだよ!」
賭料(タネ)が無いなら、猫を賭けてもらうしかないわね、って言ったら、それだけは勘弁してって、これを持ってきたの」
「リツコさん・・・」
 シンジは頭を抱えて、もう既にそれを返すつもりでいたのだった。
「さあ!今度こそ勝つわよ!」
「ロン!」
 今度はアスカがそれを決めていた。
 パタンと手牌を倒す。
「リーチ・三色同順・ドラ一ィ!」
「アスカ・・・」
「何よ?」
「悪いけど、それフリテン・・・」
「え・・・?」
「だって、ぼくの捨てた二ワンでもあがれただろう?でも、それを見逃しているんだよ、リーチ後に。高い三色のために、四ワンで上がりたいのは判るけど、もう駄目なんだよ」
「なによそれぇぇぇ!せっかく逆転への第一歩の筈だったのに!」
「で、罰付は八千点なんだ・・・あ、跳んだね」
「く・・・判ったわ!次は・・・・」
 と、どたばたと部屋に消え、ずーりずーりと大きな箱を引きずってくる。
「次は、同じくリツコからセシウム原子時計よ!」
 『一秒』の世界標準はセシウム原子の放射周期を元に決められているため、セシウムを使った時計は最強の精度を誇るのだ(一秒狂うのに、30万年かかるという)。
 しかし、その大きさたるや・・・・・
「お、大きいね・・・」
 パソコン用のATXケース程の大きさもある。時計の盤面はデジタル表記とアナログ針のが2つあるハイブリッドタイプ。
「絶対に狂わない目覚まし時計で気に入っていたんだけど、仕方がないから賭けるわ」
「目覚まし時計って・・・」
 いつも起こしているのはぼくじゃないか・・・
 とは思った物の、これ以上不機嫌にするのは危険なので、シンジは黙っていました。
「さあ!始めるわよ!」
「ロン。大三元」
 ついに出たぞ、役満!
 などと喜んでいる場合ではなく、シンジは上がってしまったことを後悔していた。
「あ、ごめんね、アスカ・・・」
「フ、フン!勝負の世界に情けは不要よ!」
 そう言って、また襖の向こうに引っ込んでいった。
「今度はこれよ!」
 と、出した(と言うか引きずってきた)のは、なにやら巨大な鉄の箱だった。一つの箱の上に、何かの機材が載っかっている。よく見ると、その機材は上面につまみやらスライダーやらが、たっぷり実装されている。
「今度もシゲルから差し押さえてきた、六十四トラックデジタルMTRとミキサーよ!」
 つまりは、同時に64の音を個別に録音・再生出来るという代物だ。レコーディングスタジオで、ボーカルやギターなどをパート別に録音するのに使うもので、それをミキサーで一つの曲に仕上げていくのだ。
「そ、そんな物まで・・・これって完全にプロ機材だよ?」
 しかし、なんで素人がプロ並みのトラックダウン環境を持っていたのかというと、
(マヤさんをボーカルに据えて、オペレーター3人バンドを作るって噂、本当だったのかなぁ・・・・?)
 OP NETWORKは、シゲルの野望なのだ。

 しかし、アスカにしてみれば、だからこそ、なのだ。
「だから担保になるんじゃない」
 鬼か、あんた。
「さあ!今度こそあんたを裸にしてやるわ!」
「ロン。リーチ・一発・三カンツ・三暗刻・・・・・裏ドラも乗ってドラ十二。数え役満」
 作者でも上がったことはありません。
 気弱ながらも、容赦ありませんな、シンジ君。
 アスカの点棒は、ぶっ飛んでいた・・・・・と言うかシンジにいちいち点棒を渡すのも手間なので、そのままにして次のゲームに使うのだ。

 つまり、東一局からそれが炸裂したのだ。

「く〜!・・・・つ、次は、ケンスケから、タスコ社製スナイパーテレスコープ『タイタン』よ!」
 確か、ケンスケの宝物の筈である。大分古い型だが、おもちゃのエアガンにつけるにはあまりにオーバースペックな精度を持っている。
 もっとも、それがBB弾でスナイプもクソもないのだが。
「金目の物だからよッ!」
 つくづく鬼ですな。
 
 シンジは思った。
(まさか学校にまで被害が及んでいるなんて・・・・)
「テンパイ」
「ノ、ノーテン・・・」
「じゃあ罰付を・・・あれ、もしかして跳び?」
「うるさぁい!次は碇司令からぶんどった、期限切れの司令IDカードよ!」
 と、すらっと胸ポケットから失効済み印の入ってるIDカードを出した。
「と、父さんからっ!?」
 あまりと言えば、あまりの名前にシンジは思わず素っ頓狂な声を上げていた。
「父さんと、何をやったの!?」
「おいちょかぶ、よ」
 し、渋すぎる・・・・・
 
 シンジは想像してしまっていた。
「・・・・ニゾウだ」
「ハン!なによそれっ?こっちはカブよ!」
「冬月先生・・・・後は頼みます」
「こ、コラ碇!こう言うときだけ先生呼ばわりして逃げるな!」
「フッ・・・・問題ない」
 
 
 
「ついでに冬月副司令の期限切れIDもつけるわ」
 シンジの想像は概ね当たっているのかもしれない・・・・・・。
「でも、そんな物もらってどうするんだよ・・・」
「流すところさえ間違えなければ、有効期限中の一般職員IDよりも高く売れるのよッ!」
「・・・・・・」
 勝たないと、ネルフがつぶれるかも・・・
 シンジはそう思い始めていた。
「ロン。リーチ・海底・三色ドラ三」
「・・・・」
 もはや何も言わずに、アスカはダッと部屋に駆け込んで、戻ってきたその手にあるのは、
「マコトから巻き上げてきた、MAGIシステムのI/Oダウンキーよ!」
 シゲルの物と一組で、同時に使う物である。
 物理的構造と、内蔵されたICチップ内の情報鍵が相互に認証するため、複製は不可能。
 情報鍵は2つの鍵の間でも、正しい組み合わせかどうか認証されるため、片方からもう片方を作るのも不可能。
 物理鍵の数だけ、情報鍵があるのだ。
 そのアルゴリズムは、国家機密。
「・・・・・・・今度、何かに侵入されたら、ネルフは終わりだね・・・」
 電源も切れずに、管理権限(ルート)を握られるのを眺めるだけになる。
「さあ、そろそろ反撃開始よ!」
 アスカは全く聞いちゃいなかった。
「ロン」
 もはや作業的に麻雀を続けるシンジ。
 対してアスカは未だに熱くなっている。
「今度はリツコから、MAGIの準アドミニストレーター権限のIDとパスワードよ!」
 しかも有効期限中だった・・・・名前がマヤだったが。
 管理者権限を握ると言うことは、ネルフを握ること同義である。
 『準』であっても、例えばシンジとアスカの戸籍を兄妹にすることだってできる。

 つまり・・・・・

 しかし、アスカはそれをすんでで踏みとどまっていた。
 シンジはと言うと、もう感覚が麻痺してきたのか、
「なんか、リツコさん流れが多いよね」
 などと冷静にそんなことに気がついた。
「だって、あいつが持ってくるの、流すところがない代物ばっかり何だもん」
「たしかに・・・」
「良い金になったのは、MAGIの裏コード集くらいね」
「あのそれって・・・」
 どこに売ったのかなど、怖すぎてシンジには聞けませんでした。
「さっ!さっさと奪い返すわよ!」
 そしてとっぷり日も暮れて・・・
 
「ロン」
 パタンと倒れたそれは、泣く子も黙る、緑一色(リュウイーソウ)。しかも赤い色の一切無い、正真正銘・文句のつけようのない、緑一色だった。
「・・・・・」
「あれ?」
 アスカの様子が、ここにきて急変していた。
 激怒するでも、逆上する出もなく、ただ静かな雰囲気に変貌していた。
「もう・・・判ったわ」
 ダッと部屋に戻るアスカ。
「ねえ、そろそろごはん作りたいんだけど・・・・」
 でも、返事はない。なにやらごそごそやっている様子。しかし覗くと殺されるので(いや、比喩や大げさでなく)、シンジはそのまま待っていた。
 
「・・・・またせたわね」
 やがて、出てきたアスカは、何も抱えていなかった。
(ふう、やっとあきらめたようだね・・・)
 と、思ったのもつかの間、アスカはドスンとシンジの対面に座る。
 あれ?と思ったシンジは、
「ア、アスカ・・・?」
「なによ」
「あ、あの、もう止めるんじゃ・・・・?」
「ま〜さか!」
 と、言ってアスカはにんまりと笑う。
 (やはりアスカはアスカなんだね・・・・・)
 などと、シンジは胸中でため息をついて、
「今度の賭料(タネ)は・・・これよ!」
 と、アスカは自分の服の襟を引っ張った。
「え・・・・・ま、まさか・・・・?」
 あまりと言えばあまりの展開に、シンジの頭は即刻空っぽになってしまった。
 対照的に、顔面は真っ赤。
 アスカはと言うと、頬が少し桜色である・・・・・・平然としている女も嫌だが。
「そ。もう賭ける物がないから、残った物全部を賭けるわ!」
「え・・・・・・ええぇぇぇぇ!?」
 もはやシンジの声は絶叫だった。
 マンションが完全防音であることに感謝。
「ア、アスカ!それはいくら何でもまずいよ!」
 そんな事はかけらも考える余裕無く、シンジはまくし立てる。
 
 アスカ、残った物って、もう服しかなかったの!?
 だいたい、なんで今着ている服なんだよ!賭けるなら賭けるで、クローゼットから持ってくればいいじゃないか!(と、この時点で物を賭ける事への抵抗感は、どこぞへ置き忘れている)
 わからない・・・わからないよ、アスカ!
 
 と、まあそんな葛藤に頭を悩ますシンジをよそに、アスカは卓上の牌をじゃらじゃら混ぜ始める。
「ほら、何ブチブチ言っているのよ。さっさと、牌を穴に入れてよね」
 と、中央に開いた投入口に雀牌を落としこんで行く。

「・・・・アスカ、やっぱり止めようよ。これっていわゆる・・・」
「いわゆる、なに?」
「だ、脱・・・衣・・・麻・・・雀・・・
 などと言いながら、シンジはもう限界まで真っ赤になっていた。どう限界かというと、これ以上赤くなと毛細血管が切れるのではないかと言うくらいだ。

「何言っているのか聞こえないわよ。これで最後にするから」
「ホント?」
「だって、これで負けたら、もう私に賭ける物はなくなっちゃうもの」
「つまり、ネルフの人達からもらった物はもう無いって事だね?」
 そのとき、シンジは自分の役目が終わりつつあることを実感したという。
「そ。でもそのかわり、あたしが勝ったら、あんたが巻き上げた物はあたしに全部返すのよ!」
「ええ〜!?」
 そのとき、シンジは自分に幸せなんて来ないんじゃないかと思ったという。
「なによ、不満なの?」
 そんな我が儘は、さすがにシンジでも不満である。何しろ、最後の最後でチャラにされてしまうのだから。
「だって、これがネルフに戻らないと、さすがにヤバイよ・・・」
「だったら、勝てばいいだけのことでしょ?」
「だって!勝ったら勝ったで・・・」
 アスカの服まで巻き上げることになるじゃないか!
 そんなことぼくには出来ない!
 
 でも、それってつまり・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 そのとき、碇シンジの思考はピンク色に染まったという。
 だが即座に頭を振ると、
「・・・・・最低だ、俺って・・・」
 思わず自分称も変わるという物。
 そんなところへ、
「さ、受けてもらうわよ!」
 と、アスカはビシッと拳を突きつける。右拳に光る指輪は、当たったら凶器である。
「は、はい!」
 殆ど反射的にそう応えていた。
 思わず受けてしまうほど、後ろめたくなる妄想だった、と言うこともあった。
 

 そんな彼が、今までの自分の勝ち方に気がつくはずもなく・・・・・・
 全ては着実に進行していた。
 そう、2パーセントの遅れもない(2パーセントって何だ)。
 
 
「ルールはさっきまでと同じ、半荘かハコるまでね」
「う、うん」
 さて、シンジの親である。
 配牌は・・・・
「げ」
 いきなり、ハクと発で暗刻(アンコ)っていた・・・中も対子(トイツ)になっている。
(うあ・・・またもとんでもない配牌だよ・・・)
 大三元まっしぐら、な配牌である。
 シンジは思いっきり暗い気分になっていた。とりあえず、数牌(シュウハイ)を切る。
「・・・・」
 アスカがツモって、手牌から切った。それだけだが、シンジはホッと息をついた。
 だが、すぐに自分が勝たなくてはならない使命を思い出していた。そのまま気分は重くなる。
 
 負けられない。でも勝ちたくない。
 
 そんな思いでツモる。
「・・・・うそ」
 東だった。東は既に自分の手に一枚ある。
(うううう・・・・)
 シンジは葛藤を抱えながら、浮いている数牌を切る。
 
 シンジの手牌は、ハクと発が暗刻(アンコウ)・中が二枚・東が二枚・浮いている牌は、南と三ゾウと北。
 
「さあ、来い!」
 シンジとは対照的に元気なアスカがツモって・・・・
「いい感じね」
 やはり手牌から切る。切ったのは数牌だった
「うう・・・・」
 もはや泣きたい気分で、シンジはツモった。
 西(シャ)だったのですぐ切った。
「ふふん、負ける気がしないわ!」
 よっぽど調子がいいのか、アスカのツモった牌は手牌に入った。
 
 うう・・・何でこんなことになっているんだろ・・・
 
 シンジは、どうも自分のツモ毎に心に重石が載っかってきているようである。
 そんな重たい気分のまま、シンジは山から牌をつもる。
 来たのは・・・・・・・
「あ・・・・げ」
 もはや泣きそうだった。
 来たのは東である。
 その時点で、シンジはイーシャンテン・・・リーチに一歩手前、である。
 しかも、下手をするとこれは・・・・
 
 大三元(ダイサンゲン)四暗刻(スーアンコウ)字一色(ツーイーソー)のトリプル役満・・・・?
 
 シンジは血の気が引いていた・・・・・と同時に顔が真っ赤になっているから器用である。
 こんなのを上がった日にゃ、アスカは確実にぶっ跳ぶ。自己意識(ゲシュタルト)など一発だ。はーれるやっ、である。

 そんなことを知ってか知らずか、アスカは強気の笑みで、シンジが捨てるのを待ちながら、自分のツモ牌を既に手にとって盲牌までしている。
 シンジは、とりあえず三ゾウを切っていた。
 
(勝ちたくない、でも負けられない・・・・・・ホントは逃げたい
 できれば、一番最後の策を取りたいシンジだった。
 得意の自己暗示(ニゲチャダメダ ニゲチャダメダ)も、かける気すら起こらないようだ。
 
「だめね」
 と、自分の目で確かめもせずに、アスカはそのままツモ切りした。切ったのは、まるで関係のない、一ソウ。
 さて、シンジのツモ番なのだが・・・・・
「アスカ・・・・・・もう止めようよ」
 シンジは、ツモもしないでそんなことを言っていた。

「今更何言ってるのよ。さては配牌が悪いから逃げ気なのね!?」
「ち、違うよ。ぼくはただ・・・」
「じゃあ、すっごくいい手なの?」
 正解なのだが、シンジは、
「違うよ!そう言う問題じゃないんだよ!」
 シンジは、思わず大声に出していた。
 そんなシンジにアスカもびっくりして、後ずさって(実際には上半身を引かせて)いた。
「じ、じゃあ、何よ?」
「ぼくは、アスカに勝っても、それは受け取らないって事だよ」
「な・・・!?」
 アスカの顔に驚愕が走る!だが、すぐにシンジに向かって乗り出すと、
「なによ!もう勝ったつもりなの?それにあんた、あたしのが受け取れないって言うの!?ふざけんじゃないわよ!」
「で、でもアスカ!」
「勝負はもう始まっているのよ!オールオアナッシング!・・・もうこれ以外はないわっ!」
「そんなぁ」
「・・・・・・・どーせ、勝ちたくないけど負けられない、とでも思ってるんでしょ?」
「う、うん・・・」
 ついでに言えば、逃げたいとも思っていた。
「まったく。どうしてあんたはいつも、そうせっぱ詰まって考えるのよ!もっと前向きに生きなさいよ!」
「前向きに生きる・・・?」
「そうよ。そんな悲観的に考えないの。勝ちたくないけど負けられないって事は勝っても負けても福があるってことじゃない」
「そ、そうかな・・・」
「絶対に、そうなるわよ」
 アスカが何か思わせぶりなことを言ったが、シンジは考えを巡らせていた。
 
 勝っても、ネルフの人達に物を返せる。
 負けても、アスカに恥ずかしい思いをさせなくて済む。
 
 確かにそう言う考え方は出来た。
 だが・・・
 
 勝てばアスカは恥ずかしい思いをしなければならい。
 負ければ、ネルフの人達の大事な物がその手に戻らなくなる。
 
「やっぱり、そんな前向きには考えられないよ」
「そう・・・でもこれだけは覚えて置きなさい」
 
「賭事なんてね、勝っても負けても、どちらに転んでも禍福があるのよ」

「・・・・・うん、わかったよ」

 そして、シンジがツモって、勝負は再開する。
 だが、それは突然訪れた。
「ま、まさか・・・」
 シンジは、牌を持つ自分の手が震えているのを認めていた。
 ツモったのは、中だった。
 殆ど終盤近いその時に、それが来てしまった。
 
 白・発・中の暗刻。東が暗刻。そして単騎の南。
 テンパッてしまった。
 大三元・四暗刻・字一色。南待ち。4倍役満(ゲゲッ!!)。
 
 シンジはまたも気を失いそうなほど血の気を引かせて、顔を赤くしていた・・・本当に、器用な奴だ。
 しかし、リーチをするほど度胸はなかった。
 その「時」が来るまで、考えたかったからだ。
「ふふん♪」
 アスカは時間を追う毎に上機嫌になっていた。
 シンジは、そんなアスカがこの上なく怖かった。殴られ慣れたからか、言葉のナイフに恐怖を植え付けられていたのか・・・・あわれな環境ではある。
「うーん・・・・ま、しょうがないか」
 と切ったのは・・・・アンパイ。
「じ、じゃあツモるね」
 何故か断って牌をツモるシンジ。
(・・・・・・・!)
 殴られるのを待ちかまえる用に、シンジは首をすくめてツモる。
 そして、実際殴られたかのような衝撃が、シンジを襲っていた。
 
 とうとう来てしまった。
 南である。
(どうする・・・!?)
 どうする?
   :
   :
 さすがに、ツモあがるしかない。
 たとえ、ここで捨てても、下手に流局してアスカに見とがめられたら、勝てた勝負だった、と無理矢理に勝ちにされるかも知れなかった・・・だから、シンジは覚悟を決めた。
(アスカは、思いとどまるように説得しよう・・・どうせ本気じゃないかも知れないし)
 シンジはツモ牌をダンッと置いた。
「ツモ!」
 そして手牌を倒す。
「大三元・四暗刻・字一色・南・・・・・・4倍役満」
 
「・・・・・・」
 アスカは、ただジッとシンジの倒した牌と、捨て牌を見比べていた。
「・・・・・・完敗ね」
 アスカは息をついて言うと、おもむろに立ち上がった。
 そして、静かな表情でシンジを見つめている。
「ア、アスカ・・・・?」
 その顔に飲み込まれるように、シンジは呆然とアスカを眺めていた。
 このとき、シンジは全く正直に心の中で呟いていた。

(アスカって・・・・・きれいなんだ・・・・・)
 かわいいとは思っていたが、そう言う風に思えたのは初めてだった。

 だが・・・・

 
 スッ・・・・
 
 そのアスカの両手が流れるように動いた瞬間、碇シンジは弾かれるように叫んでいた。
「駄目だ、アスカ!」
 そしてその腕をつかみ上げる。
「ッ・・・・!」
 痛かったのか、アスカは顔を歪めていた。
「ごめんね、アスカ。痛くしちゃったね」
 だが、シンジはひるまずに言う。
「でも、ぼくはそんな物は望まないよ!君からもらった賭料も全部返すよ!だから・・・・」
「だめ・・・・」
 アスカは静かにそれを拒んだ。
「だめよ、シンジ。あたしはね、一度勝てば、相手の出した賭料(タネ)は絶対もらうけど、負けても賭けた物は必ず払うの。それが、ルールなの」

「そんな・・・・・・!」
「受け取って、くれるよね・・・・・?」

「だめだ!」
 だが、シンジは頑なだった。
「なによ!女の子にここまで言わせてまだ駄目だって言うの!?」
「駄目な物は駄目なんだよ!」
「酷い!せっかく・・・・」
 だが、アスカの言葉をシンジは遮った。
「じゃあ他のにしてよ!服を脱ぐ以外なら、何でも良いんだ!」
「・・・・・・・・え?」
 アスカは、シンジの言葉の意味が分からなくなっていた。
 そんなアスカに気がつかず、シンジは一気にまくし立てる。
「今からでもいいよ!アスカにとってどうでもいい物で良いから・・・・・服以外の物なら!」

「服を・・・・・?」
 アスカは一瞬だけきょとんとしてシンジを見る。
(なるほど、ね・・・・)
 そして、アスカはいつも通りの、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「あんた、それ以外なら何でも良いの?」
「う・・・・・・うん」
「あたし、本当にくだらないものを持ってくるかも知れないわよ?」
「うん」
「もしかしたら、あんたが大っ嫌いなものかもしれないわよ?」
「かまわないよ・・・・・・」

(アスカが傷つかなければ・・・・)

 シンジは、アスカに見とれたときに、気がついたのだ。
 オーバーザレインボウからずっと抱き続けていた感情に・・・・・。
 だから、ぼくは・・・・・
 
 だが、アスカはぶんかぶんかと首を横に振ると、
「でもだ〜めっ。賭料(タネ)は変えないわよ!」
 
 バッ!
 
「え・・・・・」
 シンジのそれは、反射的に声帯が震えただけの声だった。
 アスカの言葉。それをシンジが理解する前に、
「受け取りなさい!」
 アスカは雀卓を飛び越えてシンジの胸に飛び込んで、抱きついていた。
 二人はもつれ合って床に倒れる。
「え?あ・・・・ちょ、ちょっとアスカ!?」
 そして、今自分が置かれている状況を理解するのには、さらに時間がかかっていた。
「ふふっ」
 アスカは愉快そうに口元を押さえてニヤリと笑う。

「あんた、勘違いしてるのよ。あたしはね、服を賭けたんじゃなくて、このあたし自身を賭けたの!」
「え・・・・えええええええええ〜!?」
 それは、今日一番の絶叫だった。声変わり前なので、耳にいたい。
 そんなシンジをアスカは「うるさいのっ」などと軽く一発こづいて、
「なによ、服を脱ぐ以外なら何でも良いって言ったじゃないの」
「で、でも・・・・・・これはいくら何でも・・・」
「ほぅらっ!男だったらがたがた言わずに受け取りなさい!」
 などとシンジの胸に顔を埋めるアスカ。
「うわ、わわわわ!?」
「んっふっふっふっふ〜♪」
 アスカの顔は、この上なく幸せそうであり、また含み笑いをしているようにも見えていた。
 
 
 さて、気がついただろうか?
 
 シンジの上がり手は、最後の勝負以外は全てアスカから振り込んだ物だったことを・・・
 
 そして、最後に部屋に戻ったアスカが、何を探していたのか。
 それは、右手薬指にしている指輪だったのだ。
 
 ネルフ職員の事ごとくから物品を押収していたアスカである。その腕たるや・・・・・・
 
「全て計画通りよッ!」
 シンジの胸で安らぎながら、アスカは心でそう叫んでいたと言う・・・
 
 そう、愛のためなら、つり込み注1も差込み注2も許されるのだ!
 
 

 ・・・・・多分ね。

 

 
 
後日談:シンジはその後、アスカから得た戦利品をネルフに配り歩いた。
 

 

 注意!!

 良い子は賭け麻雀なんかしてはいけません。

 良い大人は、玄人(バイニン)技は控えましょう。

 良い子のくせに、玄人(バイニン)技を駆使するのは、が絡んだときにだけしておきましょう。

 

 
 ・・・・・・なんつって。
 
 
 

補足説明

注1:指輪を使って、掌の肉との間に牌を握り込むイカサマ技。この場合、自分の牌をツモるときに、シンジがツモる牌を意図的に操作するのが目的。

注2:他者のロン牌にワザと振り込んであがらせること。普通は、安めを狙っている他家を上がらせて、調子づいている他者の親を流したいときに使う。

参考:哲也―雀聖と呼ばれた男―(講談社・刊)


あとぐぁき

 初めまして、『か〜ず』ともうします。あ、某究極生物とは関係ないのでご安心を(笑・・・・って)。
 こちらの世界の小説は、初めてですね。
 というか、小説を投稿したのも初めて・・・・なんて騒ぎでなく、不特定多数の方にに公開するのが前提で書いて、完成した小説も初めてなんですな、これが。
 だから、LASにしては甘さがたらんかったかな〜?てな感じでまとめてしまいました。未熟ですんません。
 しかも適当な設定を勝手につけているし、判らない人には絶対に判らない麻雀ネタだし。

 まあ、面白かったら笑ってくださいな、と言うことで。
 おかしな記述がありましたら、簡単な文で良いのでメールで指摘してくれると、とっても嬉しいです。

 では、今後ともちょくちょく書かせて頂きますので、よろしくお願いします。

追:投稿して早速、ご指摘を頂きました。LAS大将様、ありがとうございました。
2000.0508修正
2000.0505公開


マナ:いやぁぁぁ! アスカが不良になったわぁっ!

アスカ:賭け麻雀くらいでなによ。

マナ:脱衣麻雀してるわぁぁぁっ!

アスカ:してないでしょうがっ!

マナ:どうでもいいけど、こんな手でシンジを落とすなんて卑怯よっ!

アスカ:あっらぁ。我が身を賭けの対象にするなんて、健気じゃない?

マナ:これじゃ、シンジが自分自身を賭けの対象にしたのと、結果かわらないじゃないっ!

アスカ:うっ・・・。そ、そんなことないわよ。アタシをシンジにあげるのと、シンジをアタシが貰うのじゃ違うはずよ。

マナ:そっ。なら、アスカがシンジのものになったのね。

アスカ:そ、そういうことになるわね・・・。(^^;;;

マナ:じゃ、シンジが誰と付き合おうと、アスカには関係ないわけね。

アスカ:なんでそうなんのよっ!

マナ:だって、あなたはシンジのものだから、シンジには逆らえないはずよ。

アスカ:うっ!

マナ:つまり、シンジに彼女ができたら、あなたはその彼女の言うことも聞かないといけないわけね。

アスカ:いや・・・だから・・・。

マナ:フフフ。楽しみがまた増えたわぁぁぁ。(^〜^v

アスカ:ちょっと、手口が軽率だったかしら・・・。(ーー;;;;
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