*(注)シンジとアスカはすでにシンジから告白しており、アツアツカップル(死語)となっております。加持とミサトは加持がミサトにプロポーズ済み。
「あれ・・加持さん。」
その朝、シンジが朝食の準備のため起きてくると、リビングには昨晩、葛城邸に御泊りした加持が起きていた。
「やあ、おはようシンジ君。」
「あっ、おはようございます。それにしても加持さん、早いですね。」
シンジはリビングにおいてあったエプロン(実はアスカとお揃い)を身につけながらキッチンへと向かう。
「因果な商売してたもんでね。俺はいつもこんなモンだよ。」
いつもの飄々としたポーズを崩さない。加持はシンジを追いかけてキッチンへと入る。
「アイスコーヒーと麦茶、どっちが良いですか。」
シンジは朝食の支度をしながらサイフォンに火をつける。ガスレンジの上にはもう既に麦茶用のやかんが乗っている。
「そうだな、コーヒー頼めるかい。」
「わかりました。チョット待ってください。」
シンジはそう言って、グラスを用意し冷凍庫からアイスコーヒー用の氷を取り出す。もちろんその間に朝食とミサトと加持のお弁当の準備は着々と進んでいる。どうやら今日の朝食はベーコンエッグのようだ。
『鮮やかなもんだ。』
加持はそう思いながらダイニングテーブルに備え付けられたイスに座った。
しばらくするとコーヒーの良い匂いがキッチンに漂い始める。
「ところで、シンジ君。2人は起こさなくて良いのか?」
加持はシンジの入れたアイスコーヒーを味わいながらリビングを・・・正確にはその向こうにある2人の女性の部屋を見てそう呟いた。
「・・・そうですね。今日は土曜日だからもうチョット位良いと思いますよ。」
そう言いながらトースターに食パンを入れるシンジ。
「おかわり、要りますか。」
「おっ、頼むよ。」
キリマンジャロをフルシティローストにし、細挽き。最近シンジのお気に入りのコーヒー。それはどうやら加持の舌も魅了したようである。
「ぷはぁっー、やっぱり朝はエビチュに限るわねぇ。」
ミサトはイスの上で胡座をかきながら一気にエビチュを煽る。加持はそんなミサトに呆れつつ、本日2杯目のコーヒーを飲んでいた。
「ミサトさん。朝一でビールは身体に良くないですよ。」
シンジは出来上がった朝食をテーブルに並べる。こんがり焼けたトーストに、ベーコンエッグ、グリーンサラダ、そしてガスパッチョ。さらにコーヒーの香りが食欲に拍車をかける。
「だーいじょううぶよ、シンちゃん。ビールなんて私にとって水みたいなもんだから♪」
ウィンク1つ。そして既に空になった500mlのエビチュの缶を左右に振る。
「ちゅうわけで、シ〜ンちゃん。もう一本。」
そんなミサトに加持とシンジは溜息1つ。
「ダメです。今日はこのあとNervに行くんでしょ。飲酒運転になっちゃいますよ。」
「シンジ君の言うとおりだ。たまには禁酒でもしてみろよ。」
「むー。」
しっかりものの兄弟からの多重攻撃に膨れっ面のミサト。
「別に良いじゃないのよ。これくらい呑んだうちに入らないわ。それに、今日はお抱え運転手もいる事だしね♪」
そう言いながら隣の加持にしな垂れ掛かる。
「なるほど。俺はアッシー君(死語)か。」
そんなミサトに加持は苦笑するしかない。シンジは何所か諦めたような様子でとぼとぼと冷蔵庫の方へ行き、中からエビチュを取り出してくる。ただし最後の抵抗なのか、350ml缶。
「もう、これでお仕舞ですよ。」
溜息と共に最後通告。
「だからシンちゃんてだ〜い好き♪」
「まったく。シンジがそうやって甘やかすからミサトがつけあがるのよ。」
3人は声のする方を見る。少し赤みがかった美しい金髪の上からタオルをかぶり、14歳とは思えない見事なプロポーションの肢体をタンクトップに、ジョギングパンツで包み込んだ葛城邸のもう1人の住人アスカが立っていた。風呂上りのため、肌が少し上気している。
「シンジ、ミルクティ御願い。」
「アイスで良いよね。」
「うん。」
シンジはアスカの返事に笑顔を返すと、ミルクティ用の小鍋を用意し作業に取りかかる。アスカはシンジの笑顔に頬を桜色に染めつつ、ミサトの前のイスに座る。先ほどシンジから渡されたミサトの手の中のエビチュは既に空の様である。
「笑顔1つで、アスカ撃沈ってとこかしら。」
ニヤニヤしながら先制攻撃。
「っ・・・・・・・・。」
つい1年ほど前なら『なに言ってんのよ。はっ。私が何であんなやつの顔見て・・・・・。』等、罵声が飛び交っていたのだが、互いに気持ちを告白し恋人同士となった今ではミサトからの精神攻撃に対しアスカは抗う術を知らない。ただ赤面するのみである。
「おやおや、アスカ。顔が真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
加持もニヤニヤ。どうやら今日はミサトと共にアスカをからかう事にしたらしい。
いつもならミサトを止めてくれる加持が今日はミサトと手を組んでいることにアスカは少しうろたえる。
「もっ、もう加持さんまで・・・・。」
「ははは、悪い悪い。アスカの反応があまりにも可愛かったもんでな。」
頬を膨らますアスカと苦笑いの加持。ミサトは1人悦に入ってご機嫌である。
「シ〜ンちゃん。ご飯まだ〜?もう食べて良いの〜?」
「ええ。良いですよ。」
シンジの両手には2つのカップ&ソーサー。アスカのリクエストのミルクティ。どうやら自分の分も作ったようだ。
「はい、アスカ。」
「あっ、Danke schon。」
アスカの前のカップ。インド・ダージリンのオータムナル(秋摘み)、ただし値段の関係上OP(オレンジペコー)には手が出せないためP(ペコー)。それをもとに愛情を混めて入れたロイヤル・ミルクティ。アスカのご要望にこたえて最近紅茶にまで手を出し始めている主夫シンジ。
「へえ、良い匂いだな。」
加持が素直に感想を漏らす。その手の中の、コーヒーの入っていたグラスは既に空である。
「少し多めに入れたんでまだ在ります。加地さんもいかがですか。」
どうやら加持の舌はシンジの紅茶にも魅了されそうである。
「幸福>>不幸」
written by Key
その日の昼過ぎ。
午前中のうちに2人で協力して掃除、洗濯を済ませ昼食を取っていた。ちなみに昼食のメニューは冷やしそうめん。
「ねえ、ミサト夕食どうするのかな?」
最近夕食の準備はアスカの仕事である。シンジの手ほどきを受け、何所に出してもおかしくないほどの腕前になってきている。
「うーん。『忙しくて嫌になる。』って言ってたけど・・・・・。」
「じゃあ、要らないの?」
アスカの言葉にシンジは腕組みをする。
「う〜〜ん。そのわりに昨日も加持さん連れて帰ってきたし・・・・・。」
「もう、どっちなのよ。はっきりしなさいよ。」
煮え切らないシンジに久しぶりにいらいらするアスカ。もちろん誰がどう考えてもシンジが悪いわけではない。
「そんなこといわれても・・・・・。」
「買い物の予定も在るんだし・・・・なんでミサトに聞かなかったのよ。」
「仕方が無いだろ。忘れてたんだから・・・・・。」
もちろん聞かなかったことはシンジだけが悪いわけではない。アスカも同罪である。
しかし言い争ってはいる物の以前ほどの刺々しさは2人の間に無い。
「週末だから、ミサトが帰ってくるんなら加持さんも来るだろうし・・・・・。」
「そうだね。もしかしたら、またやるかもしれないし・・・。」
「・・・ああ、あれね。」
あれ←Nerv発令所有志による懇親会という名の宴会(サバト)
「やってる本人たちは良いんだろうけど・・・・。」
「準備と片づけするこっちのことも考えて欲しいわよね・・・。」
「やる度に1週間は御酒の匂いが消えないからね。・・・」
「「はぁ・・・。」」
見事にユニゾンして溜息を吐く2人。
「・・・・どうするの・・・・。」
アスカが呟く。
「・・・・どうしよっか・・・・。」
シンジも呟いた。
その頃Nerv食堂
「やれやれ、やっと一段落ね。」
ミサトはそうぼやきながらイスにどかっと腰掛ける。その手にはシンジより渡されたお弁当箱と水筒がある。
「でも、今夜は徹夜ね・・・・。」
リツコはその正面の席に腰掛ける。彼女の手の中にあるのは食堂のAセット。今日は唐揚げ定食のようだ。
「そうですね・・・はぁ。」
溜息を吐きながらリツコの隣に座るマヤ。彼女ももちろんAセット。
ここ最近国連からの技術指導要請がたびたびあり、その度に資料作成、提供する技術の吟味、相手方(国連)との折衝。時差を向こうがこちらに合わせてくれれば良い物を、こちらが向こうに合わせるハメになってしまう。よって衛星通信によるホロ会議はたいてい夜中。司令や、副司令はまだ良い。昼間寝て、夜に起きていれば良いわけだ。しかし、技術部や、作戦部はそうはいかない。会議のための下準備や根回しは昼の間にしなければならないし、夜は夜で、会議内容のチェック、衛星通信のコントロール、ミサトやリツコは技術部および作戦部の代表として会議に出るハメになることさえある。もちろん加持の率いる特殊監査部、情報管理部、諜報部、保安部はもっと大忙しである。全ての事実確認、主要人物の警護、果ては国連や主要各国に対する裏取引までてんてこ舞いだ。
「いよぉ・・・みんな揃ってるな。」
言わずもがな加持である。いくら実際に行動するのは部下だとはいえ、全ての最終チェックをするのは彼である。思いっきり疲れた顔をしている。
「・・・・そっちも忙しそうね。」
隣に座る加持を一瞥してぼやくミサト。
「今Nervで暇なところは無いでしょ。」
心底疲れきった顔でリツコは言う。しかしその目は加持の手の中の物へ注がれている。
「加持君もシンジ君のお弁当?」
「ん?・・・ああ、シンジ君が気を効かせてくれてね。」
「葛城さんといい、加持さんといい、羨ましいですね。」
彼女にしては珍しくぼやきながら、マヤは手もとのAセットを見ている。
「本当に。あんなにおいしい食事を3食食べれるなんて・・・。」
リツコはいつものように愚痴をこぼす。
「ヘヘへ、保護者の特権よ。」
心底うれしそうなミサト。
「それは自慢にならないわよ。本来なら”あなた”が食事作るべきなんだから。」
「そうだな、その点においては保護者失格だな。」
「うっ・・・。」
リツコと加持の本気の突っ込みにたじろぐミサト。
それにマヤが追い討ちをかける。
「せめて朝食ぐらいは作らないといけませんよね。」
発令所に訪問者が訪れたのは4時半過ぎのことだった。
「あれ、シンジ君にアスカ、レイまで・・・・・どうしたの?」
不機嫌な顔して書類整理をしていたミサトが3人に気付いた。
「ええ、チョット。」
「まあ、ね。」
「葛城さん。こんにちは。」
シンジ、アスカはなぜか照れている。レイはひとり的外れ(いや彼女の行動が本来正しい・・・はず)な挨拶。
ミサトの声で発令所の全員が3人に気付く。
「どうしたの3人とも、今日はテストは無いわよ。それにその手に持っているのは?」
リツコはメインディスプレイから目を離し3人に話しかける。確かに3人のその手には白いビニール袋が下げられている。シンジが両手で4つ。アスカとレイがそれぞれ2つづつ。
「ええっと。」
「見てわかんないの?買い物袋に決まってるじゃないの。」
「赤・・・リツコさん、こんにちは。」
3者3様の答え。どうやらレイは最近『リツコさん』と呼ばされているようだ。
「じゃあ、買い物の帰り?」
ミサトがテーブルに肘をつきながら3人を見ている。
「ミサトもリツコも、感謝しなさいよ。」
アスカがその発育著しい胸を大きくはって腰に手を当てる。
「「なにを?」」
親友(もしくは悪友。サーティズ)2人は見事のユニゾン。
「みんな忙しそうだから晩御飯くらい作ってあげるわよってことよ。」
「えええーーー。」
「やっほおーーい。」
「ほんとーーーー!!」
アスカの発言に過剰に反応したのは黙々と仕事をしていたオペレータ3人組みだった。
「ああ、これで久しぶりにまともな飯が食えますねえ、日向さん。」
「そうだなあ、青葉君。」
むさい男2人は涙を出しながら抱き合っている。
「はあ、シンジ君の料理・・・・。」
マヤは一人どっかの世界に飛んでいった。
『『よっぽどストレス溜まってたのね・・・この3人。』』
心の中でまたもユニゾンする親友(もしくは悪友。サーティズ)2人。
無茶でずぼらな作戦部長にマッドで怪しい技術部長の下で働けばそりゃ溜めたくも無いストレス溜まるって・・・・・。
「と、というわけで、厨房をお借りしたいなと。」
シンジはイッてる3人に少し辟易しながらミサトに用件を伝えた。
「ええ、かまわないわよ。悪いんだけどお願いね。」
ミサトは2つ返事で承諾した。
「とりあえず作戦成功ね。」
「なんとかね・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
時は4時間ほど前までさかのぼる。
葛城家リビング。
「ねえ、シンジ。」
長い間考えていたアスカが何かを思いついたのか、シンジに声をかける。その顔は・・・・
「な、何。アスカ。」
チャシャ猫の微笑み。
「たとえアレが行われるとしても、ウチ(葛城家)じゃなきゃ良いんじゃな〜い?」
「・・・・あっ・・・・・・。」
それからの二人の行動は早かった。先ずは結構な量の料理を作ることが予想されるためそれに備えて人手の確保。
対象人物は最近シンジに料理の手ほどきを受けている碇(旧姓綾波。正式にシンジの妹となった。)レイ。電話をかけて用件を伝達。一応拒否の可能性も考慮して報酬もちらつかせる。・・・・・5秒で陥落。ちなみに報酬はシンジの御手製レシピ集。
次にNerv本部内の食堂に連絡。30分の交渉により食堂および厨房を貸し切ることに成功。ただし、見返りとしてシンジが1日コック長(助手としてアスカも同行)。
その後、商店街入り口でレイと合流し、買い物。人数が人数である上に、飛び入りも考えられるため大量の食材を購入。あまりの量に材料費が足りなくなりそうだったが、場所が場所だけにアルコールは必要ない(強制的になくすことができる)と判断し、その分を材料費に当ててカバー。その後リニアに乗りNerv本部へ直行した次第である。
「さて、と。始めるとしますか。」
3人は食堂の厨房につくとすぐさま調理にかかった。何しろ量が量である。いつも作っているのとは違い手間もかかれば時間もかかる。しかしそこは主夫にして天才料理人シンジである。手際良く包丁を操りながらアスカとレイに指示を出す。
「アスカ、海老はもう少し小さく切って。うん。マッシュルームはそのくらいで良いよ。」
「レイ、カニの身ほぐすのは足だけで良いよ。胴はそのまま出すからね。」
今日のメニューはカニクリームコロッケ、ローストビーフ、スズキの姿焼き、海老とマッシュルームのフリッター、ブイヤベース、ピラフ2種類(鮭とマッシュルーム&ほうれん草)、そしてサラダ。
2基ある業務用オーブンと、4基の業務用ガスレンジはフル稼働。
シンジはキッチンの中を所狭しと動きまくる。
アスカ曰く
「アレはもう既に神業ね。とてもじゃないけど太刀打ちできないわ。」
レイ曰く
「碇君、こんな時にはどんな顔すれば良いの?」
あれよあれよという間になんとも言えない食欲を誘う匂いがキッチンの中に漂い始める。時計を見る。何時の間にか6時。
「アスカ、レイ、こっちはもう良いからみんな呼んできて。」
「「解ったわ。」」
その頃発令所
push
空気の排出音と共にドアが開く。
髭を蓄えサングラスをかけた男と、白髪混じりの初老の男。Nerv司令碇ゲンドウと副司令冬月コウゾウ、やっとご出勤である。
「「おはようございます。」」
Nervでも多聞にもれず業界用語。いつでも何所でも『おはようございます』である。挨拶をしたのはリツコとミサトのみ。他のメンバーは会釈だけで済ます。
「ああ、おはよう。」
しかしいつものごとく挨拶を返すのは冬月のみ。彼曰く
「恥ずかしいのだろう。一応聞こえるかどうかぐらいの小さな声で挨拶しているのだがな。」
そしてゲンドウは自分の席に座る。冬月もその後ろに控える。その後リツコとミサトによる業務報告といつもならなるはずなのだが・・・・。
2人は先ずリツコを見た。ディスプレイを見たまま指示を出している。ただたまにその肩は小刻みに微妙に揺れている。
次にミサトを見る。発令所備え付けの机で書類整理を彼女にしては非常にまれなことだが、真面目に真剣な顔つきでこなしている。ただし時々にへらっと笑いながら・・・・。
ついでにオペレータ3人組みを見てみる。一見いつもと同じように見えるが・・・・その作業をする手つきは日ごろでは考えられないほどのスピードである。
今週2度目のホロ会議。ちなみに先週も1回あった。いいかげん嫌気が差して今日はだらけ気味だろう、多少作業が滞っていることだろう、活を入れなければと2人とも覚悟していたのだが・・・・。
「赤木博士、葛城二佐。現在の進行状況の報告を・・・・。」
冬月の声にピクッと肩を振るわせる2人。 先ずリツコが振りかえり冬月とゲンドウを見る。
「問題ありません。あと10分ほどで全ての作業と準備が終了します。」
言うだけ言うとすぐに振りかえり作業の続きを見守る。少なくとも冬月はあっけに取られている。
そして今度はミサト。一応2人の前まで歩いてくると、ゲンドウの机の前に資料を置く。
「作戦部として必要な資料、裏づけおよび交渉作業全てたった今終了しました。特殊監査部、情報管理部、諜報部、保安部の方もあと15分ほどで終了するとの報告が加持三佐よりはいっています。」
ミサトもそれだけ言うと踵を返し席に戻るとメインディスプレイの方を見始めた。
ゲンドウもさすがにこれには驚いたのか、ミサトより提出された資料をおそるおそるめくっている。冬月は今のが決定打となりゲシュタルト崩壊中。
ゲンドウは冬月を一瞥する。
『・・・・・ダメだな。』
意を決する。
「・・・・・・・赤木博士。」
おもむろに部下の名前を呼ぶ。・・・・・・しかし反応が無い。
「赤木博士。」 もう1度呼ぶ。
「・・・・はい、なんでしょうか。」
仕方が無く、そう、まさしく仕方が無いからといったような顔つき、態度で振り返るリツコ。
普段からは考えられないリツコのその態度に困惑しながらもゲンドウは言葉を続けた。
「単刀直入に聞く。何かあったのかね。」
今度はリツコが怪訝な顔をする。
「なにか・・・・と言いますと。」
その視線はまるでゲンドウに敵意を抱いているかのように鋭い。
「い、いや・・・・・。」
思わず口篭もるゲンドウ。ここらへんがシンジと同じなのが2人が親子だと実感させる。
『・・・・私は何か彼女に悪いことをしたのか?・・・・やはり、先週会議のために食事をドタキャンしたのがまずかったのか?いや、それとの今週の頭に秘書課の三月君と食事に行ったのがばれたのか・・・・・。』
『・・・・・司令と、副司令。人数が増えると1人頭の量が減るわね。せっかくのシンジ君の料理なのに・・・・。どうしたものかしら。』
睨みながら無言のプレッシャーをかけるリツコ。それを肌で感じ取り1人勘違いし、恐れおののいているゲンドウ。
「・・・・・・なにかあったら冬月に言って私に連絡するように。私は司令公室(へや)にいる。」
リツコの視線に耐えかねたのかゲンドウはそう告げるとそうそうに退出していった。
そして見事に入れ替わるようにアスカとレイが発令所へと入ってきた。
「夕食できたわよ。」
「・・・・・・食堂。」
入ってくるなりアスカとレイはそう言った。2人はとても満足げな顔をしている。よほどシンジの料理の手伝いができたのがうれしかったのだろう。
「あら、アスカ、レイ。早いわね。」
先ほどの雰囲気とは打って変わって、リツコは満面の笑みを浮かべて2人を迎え入れた。
「リツコ、もう終わる?」
ミサトがリツコの隣でディスプレイを見たまま尋ねる。彼女の顔もにこにこしている。
「ええ・・・・そうね。」
リツコが言い終わらない内にオペレーター3人の動きが止まる。
「先輩終了しました。」
「こちらも終了しました。」
「おなじく。」
3人の言葉に頷くとリツコは冬月の前に歩み寄る。
「副司令。技術部によるホロ会議の準備は滞り無く終了しました。」
「・・・・・・・・あっ、ああ。」
その声にやっとの事で現世復帰を果たした冬月。しかし、しばらく現世逃避していたことが彼に思わぬ幸運をもたらした。
「冬月副司令も夕食御一緒にどうですか?」
アスカは満面の笑みを浮かべていた。
食堂
テーブルの上にはNervの誇る最重要人物チルドレン3人が作り上げた料理が所狭しと並べられている。
そこに発令所の6人(冬月を含む)+加持が『早く食べさせてくれ』と言わんばかりに眼をぎらぎらさせながら座っていた。それもそのはず、まるでじらすかの様にシンジが全員にワインを注いで回っているのだ。もちろんこの後の仕事のことを考えてアルコール度は控え目である。
ちなみにアスカとレイは金魚の糞よろしくシンジの跡に付きまとっている。
シンジがワインを注ぎ終り自分の席につき、アスカとレイはその両隣に座る。
それを確認すると冬月が一言。
「シンジ君、アスカ君、レイ君。今日はわざわざありがとう。在りがたくいただかせてもらうよ。」
それが号令となった。
「「「「「「「「「いただきます。」」」」」」」」」」
「ん、この(ムシャムシャ)ローストビーフ(むぐむぐ)さすがだな。」
「(ぱくぱく)ねえ、シンジ君。このコロッケ、カニとクリーム以外何が入ってるの?」
「ああ、カニとクリームだけなんですけど、カニ味噌を少し入れてるんです。」
「シ〜ンちゃん。普段そんなことしないじゃないの。」
「えっと、やっぱりカニまるままは高いですから。」
「そうよミサト、アンタがエビチュ我慢すればカニくらい買えるんだからね。」
「(ぱくぱく)シンジ君、このピラフ何か隠し味があるの?」
「あ、それはアスカが作ったんです。」
「そうよマヤ。ちなみに隠し味ってことでも無いんだけどバターライス炊く時にチョットだけかつおだし入れたのよ。」
「へえー。」
その頃司令公室
「・・・・・・・・・・・・。」
『それにしても冬月のやつ遅いな・・・・・。まあ、いい。・・・・・・腹が減ったな・・・・・・・・・・・・・・出前でも取るか・・・・・。』
「(はむはむ)ふむ・・・・シンジ君。このスズキの姿焼きなんだが・・・」
「えっと、お口に合いませんでしたか?」
「いや、店で食べるのよりおいしいのでね。何か隠し味でもあるのかな?」
「いえ、ただ、ナスがおいしそうだったので、一緒に焼いたのが良かったんだと思います。」
「(ぱくぱく)碇君・・・・報酬。」
「え、ああ、わかってるよ。レイ、月曜日学校で渡すから。」
「シンジ君報酬ってなにかしら。」
「はい、今日手伝ってくれる変わりに僕が作ったレシピをあげる約束なんです。」
「へえ、シンジ君のレシピか。アスカは要らないのかい?」
「アタシも月曜日♪」
「いいわねえ。シンジ君私にも1つお願いできないかしら。」
「いいですけど。紙じゃなくてデータなんですけどそれでも良いですか。」
「ええ、いいわよ。」
「あ、シンジ君。私も御願い。」
「・・・・葛城君は要らないのかね?」
「・・・・はははははは・・・。」
その頃司令公室
「・・・・・・・・・・・。」
『ふう、やっと来たか。やはり出前はここのヒレカツ定食に限るな。ふふふ、冬月のやつめ。早くこい。思いきり羨ましがらしてやる。』
「うん、ブイヤベースもさすがだな。」
「ホント、良く味が染みてるわ。」
「それはレイが作ったんですよ。」
「・・・先にアラで出汁をとってから・・・・煮込みました。」
「ほう・・・・うん。うまい。」
「それにしても、アスカもレイもシンジ君に料理教わってるのよねえ。」
「そうよ。なんてったってシンジは『第参中学の鉄人』よ。シンジに教わらずして誰に教わるって言うのよ。」
「・・・・・。(こくこく)」
「いいわねえ。私も教わろうかな。」
「あっ、私も。」
「だーめよ。レシピもらえるだけでも有難いと思いなさいよ。」
「・・・・・。(こくこく)」
「ええー。」
「・・・・(アスカって独占欲強いのね。)」
「・・・・(そうよ、かなりのもんよ。)」
「そこなにか言った?」
「「いーえ、なんにも。」」
その頃司令公室
「・・・・・・・・・。」
『ふう、食った食った。それにしても冬月は遅いな・・・・・・・赤木博士と加持三佐からの報告も無い。・・・・・なにかあったのか?』
「はい、デザートのチョコケーキと紅茶です。」
「んんー良い香り。」
「おや、リッちゃんはコーヒー党じゃなかったかい?」
「いいのよ。紅茶でもおいしければ。」
「それは、アタシが保証するわよ。」
「何しろシンちゃんアスカのおかげで紅茶にも詳しくなったもんね。」
「ははは、必要に迫られたもので・・・・。」
「なによ、なにか不満でもあるの?」
「うううううん。ふ、不満なんかないよ。」
「・・・・まあ、いいわ。」
「・・・・・(シンジ君は尻に敷かれているようだな?)」
「・・・・・(はい、どうやらそのようです。)」
「・・・・・(碇家の男は女性に弱いということか。)」
その頃司令公室
「・・・・は、は、ハーックション・・・・・・。」
「はあ、おいしかった。」
「やっぱりシンジ君の料理はうまいな。」
「さーすがシンちゃん。でもエビチュが欲しかったかな。」
「レストランより美味しいんじゃないのかしら。」
「そうだな。3つ星はいくな。」
「久しぶりにうまいもん食ったな青葉君。」
「久しぶりにまともな食事でしたね日向さん。」
「「「「「「「「「「ごちそうさまでした。」」」」」」」」」」
司令公室
push
排気音と共にドアが開く。
入ってきたのは冬月だった。
「・・・・どうした。やけに遅かったな。」
ゲンドウはいつものポーズを崩さずにそう言った。机の上には出前のお盆が未だに乗っている。
「・・・・あまりに遅いんでな・・・・出前をとって食べさしてもらった(ニヤッ)。」
『ふっ・・・・羨ましがれ、羨ましがれ・・・・・。』
ゲンドウは冬月の顔が屈辱にゆがむのを・・・・見ることができなかった。
「そうか・・・・・それは良かったな(ふっ)。」
と、冬月はそんなゲンドウを鼻で笑った。
「・・・・・・・・・・。」
『どういう事だ・・・・・なぜ羨ましがらん?』
「私ももう既に夕食は食べさせてもらったよ。発令所の諸君と一緒にな・・・・。」
それくらいのこと(発令所の連中と一緒に食事を取ること)ならゲンドウにとって痛くも痒くも無い・・・・筈だった。
「・・・・・それがどうした。」
そう強がりを言う。なぜかその時は胸騒ぎがした。それはやはり冬月の顔が優越感に浸っていたからであろう。
『なんだ、何があったのだ。』
「まあ、確かにお前にとってたいしたことでは無いかもしれんな、シンジ君の作った夕食は・・・(ニヤッ)」
「・・・・・・・・・・・・・・な、な、な、な、なにーっ!!」
その日のホロ会議。国連側の代表はこう感想を漏らしていた。
「ミスター碇はどうしたのでしょうか。ミスター冬月やミス葛城、ドクター赤木は大変上機嫌でしたのに、彼だけがずっと俯いて、まるで落ち込んでいるかのようでした。」
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |