シンジ達の文化祭−伝えたい気持ちを−
サード・インパクトは起こってしまった。
全てに絶望した少年は誰にも拒絶されない。全てが一つの個である世界を望んだ。 しかし、たった一つだけ残っていたもの。
それが彼の絶望を希望へと変えた。
彼はその希望を昇華させ、一つの個のみの世界を拒んだ。
それから三年後………
第三新東京市。対使徒迎撃要塞であったこの町は今、普通の都市としての開発が進んでいる。
ネルフは当時の司令であった碇ゲンドウが行方不明になった事で冬月コウゾウが司令となり、現在はエヴァンゲリオンの技術を応用した技術を様々な分野に利用した複合企業となった。
ゼーレはサード・インパクト時に主だった幹部達は行方不明。発見者の話ではスクラップと化したロボットが山となっていただけだったらしい。事実上、ゼーレは消滅した。
そして、チルドレン達は揃って第三新東京市立の高校へと進学していた。
受験勉強の時にトウジ、アスカの両名はそれぞれヒカリ、シンジをパートナーにして特訓していたのは彼らの友人であるケンスケの弁。
そして、高校生活二大イベントの一つ、文化祭が二月後に迫ったある日の昼休み
「今度の文化祭、バンドやろうぜ」
相田ケンスケからいきなり持ちかけられてきた。
いきなりの提案+眼前に迫るドアップにシンジ達は一瞬だけ引いたものの、すぐにいつもの調子に戻った。
「バンドかぁ……今年の文化祭では僕がやる事もあまりないし、いいよ」
自作の弁当を広げているのは元サードチルドレンの碇シンジ。彼は中学卒業後に一人暮らしを始めたが、一月も経たない内にアスカがミサトに追い出されたと転がり込んできたのは市高にいる者ほとんどの生徒が知っている有名な話。 サード・インパクト時に母親の意識と接触したのが原因か、彼に以前の臆病な陰は感じられなかった。背も180に届こうかというほどに伸びている。
ちなみに今年、シンジ達のクラスがやるのはお化け屋敷。去年は喫茶店というので料理の鉄人(アスカ談)であるシンジは八面六臂の大活躍だった。
「まぁ、ワシもあまりやるこたないし……別にええわい」
購買のヤキソバパンを齧っているのは元フォースチルドレンの鈴原トウジ。バルディエル戦で失った足はネルフの医療技術によって、生身と寸分変わらない義足に変えられた。しかし、本人の話では「何か足が三本あるみたいで気持ち悪いわ」らしい。
トレードマークの黒ジャージはすっかり止めてしまったが、制服を崩して着ているのは何とも彼らしいだろう。 現在、彼はその喧嘩っぷりが買われてか空手部に在籍している。
「シンジ君がやるなら僕もやろうかな。バンドは……」
「『いいねぇ。バンドはリリンが生み出した文化の極みだよ』でしょ?カヲル君」
シンジにセリフを横取りされて苦笑を浮かべているのは元フィフスチルドレンにして第17使徒タブリスだった渚カヲル。彼はLCLの海から還ってきた時、綾波レイとともに人間となっていた。
シンジ第一の親友を公言してはばからないが、アスカには「ナルシスホモ」の一言でズッパリ斬られてしまう 彼も校内では「カヲル様」とまで呼ばれているほど、女子の人気を集めている。
「よーし、早速、放課後に駅前のスタジオ「OutLaws」に集合」 メンバーが集まった事でケンスケのやる気は俄然高まっていた。
言い忘れる所だったが、相田ケンスケは学生コンクールでカメラマンとしての才能を高く評価され、卒業後は某有名カメラマカンの下で修行するというのが決定している。将来は戦場カメラマンとして戦場で起こった出来事を被写体として世界中に平和を訴えるのだと言う。
「あの戦いで俺だけが蚊帳の外だったしな。あの時は何も出来なかったけど、これから何かやってみるよ」
と言うのが、彼のコンクール後でシンジ達に言った言葉。その言葉に込められた真意にシンジ達は励ます事しかできなかった。
そして、放課後になり、シンジ達は駅前にあるスタジオ「OutLaws」に集まっていた。
「さてと、まずはパート決めだよな。この中で楽器ができるのは……シンジだけだったよな。しかも、チェロ……」
ケンスケは机の上に突っ伏していた。この場にいる人達全員が楽器演奏経験ナシというのであれば当然だろうか。と言う事はケンスケ、お前はボーカルをやるつもりだったのか?
「ベースは俺ができるからいいけどなぁ。後のパートをどうしようか」
ケンスケはシャーペンを指で回しながら考えていた。にしても、彼がベースギターを弾けるというのはちょっと意外。
「あれ?シンジ君達じゃないか。どうしたの?」
不意にスタジオの奥から声がかけられた。
振り向けばそこには元ネルフオペレーターの青葉シゲルがバンド仲間とともに立っている。彼は今、決戦時の度胸が買われてかネルフ保安部に籍を置くとともに自分がリーダーを務めるバンド「ShotGun Inferno」のリードギターをやっている。メジャーバンドの中ではけっこう売れていて、ネルフをやめても食っていけるんじゃないかとよく噂されている。
「あ、あの………」
シンジはこれぞ僥倖と思ったのか、シゲルに今回の事を話してみた。
「そうかぁ。今度の文化祭でバンドをやるんだ。で、誰がどのパートをやるかで困っていると言うわけだね」
シゲルはシンジ達から全てを聞き、大きく一息ついた。
「よし。しばらくはスケジュールが空いているし、俺達が皆を特訓してあげよう。レッスン料は当日のステージで俺達を満足させる事。できなかったらステージジャックしてやるからな」
シゲルは笑顔を浮かべ冗談交じりにシンジ達の頼みを承諾した。
それからパートはシゲル達の見立てでメインボーカル兼2ndギターがシンジ。サイドボーカル兼1stギターがカヲル。ベースギターはケンスケ。ドラムスはトウジと決まった。
演奏する曲は入念な話し合いの末、二曲に決まった。
それからは学校が終わればスタジオに行ってパート毎の練習。週に一回は全体の音合わせとなった。
しかし、いつまでも秘密と言うのは隠しとおせるものではない。
「おかしいわね。近頃のシンジってば」
元セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー。彼女はシンジの後をつけていた。
全てが終わり、シンジが一人暮らしを始めるために葛城家を後にしたのだが、家主である葛城ミサトが加持リョウジと結婚して加持ミサトとなった。それに遠慮してかどうかは本人のみが知る所だが、ミサトの結婚に前後してアスカはシンジの家に転がり込んだ。
しかし、以前のような関係ではなく、全くの対等。家事一般をアスカもやるようになっていた。
「ここ最近、帰りがどうも遅いのよねぇ。ま、ちゃんと当番はやってくれてるからいいんだけど。こうも続くと……おっと」
アスカはシンジの視覚に入らないよう気をつけながら後をつけていく。
しかし、シンジがいくつかの角を曲がった後、アスカはシンジの姿を見失ってしまった。
「ムッキーーーーッ!また見失ったーっ!バカシンジってば何やってのんよーっ!」
アスカは地団駄踏んで悔しがったが、すぐに明日こそは突き止めると気持ちを切り替えた。
「遅いで、シンジィ。まーた惣流に後つけられてたんかいな?」
「そう。これでもう半月になるよ。よく飽きないもんだよね」
「そんじゃ揃った事だし、今日は音合わせを主体にやりますか」
そして、練習を始めようとした時、不意にステジオをドアが開いた。
「よっ」
そう言って入ってきたのは加持リョウジだった。現在はネルフ諜報部長として裏方的な活躍が多いものの、その功績はネルフにいる者なら誰でも認めていた。現在は作戦部長であるミサトを妻に迎え、女遊びもピタリと止んだらしい。
無精ヒゲや束ねた後ろ髪は変わらないものの、既婚者として落ち着いたのか、以前とは違った余裕が彼にはあった。
「青葉からステージでの演出などについて相談されてね。俺も微力ながら力を貸すよ」
という事で、リョウジはステージでの演出関係について監督権を持つ事になった。
しかし、文化祭というのにネルフ関係者、それも部長が二名も協力するとは凄いのではなかろうか。
そして、とうとう文化祭当日を迎えた。
ステージは体育館。すでに準備は前もって行われている。リョウジは事前調査で得た使用機材リストから考えうる限りの演出計画を立て、リハーサルも入念に行った。
シゲルもシンジ達の腕には太鼓判を押した。短い期間ながらこれほどの腕を上げるというのはシゲルにとって嬉しい誤算だったらしい。
演奏順はクジという事で、シンジ達は一番最後になった。
シンジ達の前に演奏するバンドは実力的に随分、バラつきがあって、プロであるシゲルから言わせれば「こんなもんだろ」と言う事だった。
そして、いよいよシンジ達の番になった。シンジ達の衣装はミリタリーとボーダーをミックスしたもので、見立てはやはりシゲルとリョウジによるものだ。
普段のシンジ達を知っている者は目を疑ってしまうほど攻撃的な雰囲気が表れている。
舞台袖で出番を待つシンジは自分の出番が近づくにつれ、緊張で喉がカラカラに渇き始め、手も震え出した。
「そう緊張するな。青葉も言ってたろ?ステージでは徹底的に楽しめって。うまく出来るかどうかは二の次にしろって」
シンジの緊張を感じ取ったリョウジはそう声をかけた。
楽しむ。それを聞いたシンジはそれまでの緊張が嘘のように解けていくのを感じた。
そして、出番が来た。シンジは帽子を目深に被る。トウジとケンスケはバンダナを額にそれぞれ帯巻きと海賊巻きに巻いた。カヲルは自分で自分の頬を叩いた。
四人の準備は整った。
スピーカーから静かにギター音が鳴り出す。シンジは静かにマイクに口をつけた。
「Light Your Fire Again………You Now…………」
その言葉を境にスピーカーから流れる曲は一転して激しくなる。
それまで退屈そうにしていた生徒は一瞬でステージ上に注目し始める。
「CHECK!!」
シンジ達が声を揃えて叫ぶ。舞台は始まった。
最初にケンスケが向かって右の舞台袖から姿を現す。続いて反対側からトウジ。また反対側からカヲル。最後にトウジと同じ方向からシンジが姿を現した。
シンジ達が最初の曲として選んだのは「RIZE」の「Light Your Fire」ラップを主体とした攻撃的な詞を特徴とするハード・ロックだ。音の方は前日に予め収録したのを使っている。
そして、リョウジによる演出。普段の彼らでは決して見る事のない野性味溢れた攻撃的な魅力を引き出す演出に観客達は目を奪われていた。
そして、アスカはと言えば………最初の「CHECK!」で驚いて椅子ごとひっくり返っていた。
舞台上のシンジ達は良くも悪くも攻撃的だった。歌声にすら挑戦的な感情が込められ、舞台で歌うという高揚感も手伝ってかパフォーマンスも観客達を圧倒するような迫力を出している。
四人とも攻撃的な表情のまま笑顔は見せなかった。あの「笑顔絶やさず」のカヲルですら笑顔を見せず、攻撃的な目を観客達に向けて歌っている。
シンジは帽子を目深に被っているため視線は観客達にはよく見えないが、時折のぞく視線は鋭い攻撃性を秘めている。
トウジもケンスケも荒々しく挑戦的なパフォーマンスで観客達の視線を集めている。
四人が揃って叫んで曲が終わった直後、突然、会場の照明が落とされた。
突然の事に驚き戸惑う生徒達。
照明が再び点いた時、舞台には純白のスーツに身を包んだシンジ達が所定のパートについていた。
舞台の上から降り注ぐ柔らかな照明とその衣装はさっきまでとまったく正反対の穏やかな、まるで天使が降りてきたかのような印象を観客達に与えていた。
トウジがカウントを取る。
シンジ達はカウントが0になった瞬間、演奏を始めた。
静かで柔らかいメロディーが会場に流れる。
知る人ぞ知る名曲「smap」の「らいおんハート」
それがシンジ達が選んだもう一つの曲だった。
さっきの曲と一変して穏やかに静かに歌うシンジ達。その顔には優しげな微笑すら浮かんでいる。
全てを包むこむような優しさに満ち溢れたシンジ達の歌声に観客達は魅入られたように黙っていた。
アスカですら舞台に立つシンジの姿に我を忘れたように見入っている。
不意にシンジと視線が合う。それに気づいてか柔和な微笑みを浮かべたシンジに、アスカは自分でも気づかず顔を真っ赤にさせてうつむいてしまった。
演奏が終わった。
静まりかえる場内。シンジ達はウケが悪かったのかとたじろいだが、しばらくたって会場が割れんばかりの拍手が起こった。
「よくやったな。シンジ君」
舞台袖で成り行きを見守っていたリョウジは男臭い笑みを浮かべて手を叩いていた。
「ま、とーぜんっしょ」
観客席で見ていたシゲルは口ではそう言っていたが、シンジ達の出来栄えに満足しているようだった。
文化祭が終わり、その帰り道。シンジは久しぶりにアスカと歩いていた。
「まっさか、あんたがあんな事できるなんてねぇ。ちょっと意外だったわ」
アスカの言葉にシンジは照れ笑いを浮かべた。けっこう長く一緒に暮らしていたため、シンジはアスカの本音を感じるのがうまくなっていたからだ。
「一生懸命練習したからね。それに青葉さんや加持さんも手伝ってくれたし」
シンジは今日の演奏に満足しているようだった。
二人はしばらく黙って歩いていたが、不意にアスカはシンジの真正面に回ると真剣な顔をシンジに向けた。
いきなり真剣な顔を向けられてシンジは思わずたじろいでしまう。
「一つ聞くけどさ。あの『らいおんハート』って曲、どうして選んだの?」
そう尋ねるアスカの瞳にははぐらかす事を許さない真剣さがあった。
元からかわす事を考えていなかったシンジだが、その目を見て応えなくてはという義務感が沸いて出てきた。
シンジは大きく深呼吸をして間を取るとゆっくりと口を開いた。
「あの二つの歌は皆と話し合って決めたんだ。自分達が一番いいと思える歌を歌おうって。そしたら、あの二つに決まったんだよ」
少しの間を置いて言葉をつなげる。
「…………らいおんハートにしたのは………僕の気持ち、伝えたい人がいるから…………」
答えたシンジの顔は少し赤くなっている。
それを見たアスカの顔に意地悪な笑みが浮かんだ。
「じゃあさ、誰に向けて歌ったのかな〜?答えてみなさいよ」
アスカは悪戯な笑みを浮かべてまま、赤くなっているシンジの胸を自分の胸で突付く。
しかし、シンジは顔を赤くするばかりで答えは返ってこない。
「ど〜したの?まさか、あたしに答えらんないって言わないでよね」
アスカはシンジに対して主導権を握ると強気に出る事が出来るのだが
「アスカを想って歌った。歌う時もアスカを見て歌ったんだ」
シンジのこの一言で一気に主導権が逆転した。アスカの顔も一気に赤くなる。
「ライオンハートって『強くも優しい心』って意味なんだって。僕もそういう心を持ちたいと思ってるんだ。アスカの事を守りたいから。アスカの側にいたいから。アスカの………!?」
シンジは最後まで言う事が出来なかった。アスカの唇がシンジの口を塞いでしまったからだ。
アスカはシンジの首にしがみつく形でシンジと唇を合わせる。シンジもいきなりで驚いてたが、すぐにアスカの背に手を回して抱き寄せた。
しばらくして離れる二人。アスカはちょっと物足りなさそうだ。
「ホントにいいの?アタシで」
アスカの不安は当たり前だった。これまで彼女はシンジに対して自分の気持ちの照れ隠しから、かなり辛く当たっていた。
しかし、シンジはニコリと笑って答えた。
「アスカじゃなきゃ嫌なんだ。アスカじゃなきゃダメなんだ」
その答えがアスカにとって全てだった。
アスカははちきれんばかりの笑顔でシンジに再び抱きついた。
「シンジはもう手に入れているよ……らいおんハート」
後日、校門で仲良く手をつなぐシンジとアスカの姿が目撃された。
了
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後書き
はじめまして
WEB作家及びエヴァSS作家デビューの清人と申します
今回はEOEアフターとしてみました 文化祭が舞台ですが、決して学園設定ではありません
あくまでもEOEアフターです それと選曲は自分の独断、偏見に凝り固まっています
「こんなんあわねーよ」と言う方はいらっしゃいますでしょうね
今回、使わせていただいたアーティスト名とタイトルは実在します
一時は伏字にする事も考えたのですが 自分として彼らに対する敬意を損なうと考え、あえて伏せませんでした
ご容赦のほどを
それでは、またいずれ
2001.10.17 自宅にてバイト先が決まった日
見難いとのご指摘をいただき、少しばかり改変してみました。いかがでしょう
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |