時を越えるアスカ
・・・・・・5つのShort Story
こめどころ









First Story



紅い浜辺でシンジは目ざめた。

横を向くと、黄色いワンピース姿の女の子が同じように横になっていた。
上半身を起こす、そして、シンジは少女の横に正座した。

シンジはじっとアスカを見詰めていた。
かわいらしい寝顔だった。
シンジは思わず、ゆっくりとその頬に手を当てた。
アスカは目覚めない。

シンジは周りを見渡した。
見渡す限り誰もいない。
シンジの心臓がどくんどくんと音を立てる。
もう一度アスカの肩を揺らし、頬をさすり、そして唇を指でなぞった。
そしてゆっくりと眠っている少女に自分の顔を近づけた。

キスをした。少女の唇は柔らかかった。なぜか、ミルクのかおりがした。
ゆっくりと顔を離すと、ふたたびアスカを見詰める。

まだ少女は気づかない。ゆっくりと、その胸の膨らみが上下している。


「いけないんだ。」


ドキーン! 心臓が痛くなるほどの衝撃。

シンジはあわててふりかえる。
そこには青い髪の赤い目の少女が微笑んで立っていた。


「あ、あやなみっ!!」

「碇くん、また、会えたわね。」

「生きてたんだ。もう会えないのかと思っていた。」

「私達はきっと何度でも会えるわ。きっと何回も出会ったり、別れたりを繰り返してるんじゃないかと思う。」

「そうかもしれない。そうでなかったら、こんなにもみんなを懐かしく思うはずがないと思うもの。」

「だからといって眠っているセカンドに、勝手にキスをしたりしたら駄目。」


レイの目が、ちょっと怒っている。


「そ、その目は、お母さんが子供に、めっ!て、やる時の目だね。」

「私にも、してくれたら許してあげるし、セカンドにも黙っていてあげるわ。」

「そ、そんなのずる、うっ。」


首に手を回したレイは、シンジの唇に自分の唇を押し当てていた。


「ん、ん、ん、、、、。」

「こらああっ!!あんた達何やってんのよ、離れなさあ一い!!」
乱暴に首を引き離された。


「いたたたた!痛い痛い痛い!」


鼻の穴を膨らました、黄色のワンピースの少女が、「不機嫌極まりない顔」で仁王立ちになっている。


「あっ、あっ、アスカ!これは違うんだっ。レイが、レイがかってにね、あのその。」

「碇くん・・・そうなの・・無理矢理で、嫌だったの・・・?」


今にもこぼれそうな涙が、大きな目いっぱいに揺れている。


「そ、そうじゃないんだ、レイ!無理矢理なんて思ってないよ。」

「ほうほう、じゃあ、どう思ってるのかしら?」

「ぼくは、ぼくはあくまで脅迫されたのが気にかかっただけで。最初はアスカだけに、む!」


慌てて自分の口を押さえるがもう遅い。
最低。これで納得する女の子は宇宙中に只の一人も存在しないであろう。


「それってどういうことよ。説明してもらおうじゃない!」

「碇くん、ひどい。事と次第によっては出るとこに出ましょう!」


二人は当然のようにシンジに詰め寄るのであった。


「あああ・・・。いっつもこれだもんなあっ!」


己のせいじゃろが。


「ああっ。もう消えちゃいたいよぅっ!。」












その瞬間、シンジの姿がふっと消えた。










Second Story






後ろ向きにアスカが畳の上にぺったり座り込んでいる。


「アスカ。どうしたの?」

「馬鹿よ。シンジあんたは。」

「そりゃ、たいして頭いいとは思ってないけど、やぶからぼうになんだよ。」

「わたしなんか、放っておけば良かったのよ。」

「そんなこといったって・・・・。」

「私を庇って、ロンギヌスの槍に貫かれちゃうなんて、あんた馬鹿よ。」


あすかの細いアゴから、ぽた、ぽた、と涙が畳の上に落ちる。


「あげくに、あんな連中に、、、はらわたを食いちぎられて、、、さぞ、、、苦しかったでしょうね。」



小さな声で呟いていたアスカが顔を上げる。


「あんなむごい死に方をシンジにさせるなんて。生きながら食われてショック死させるなんて・・・。」


静かに置かれている布団の中から手を引き出して、アスカはその手に頬擦りをしている。
そこには・・・青い顔をしたシンジが眠っている。いや・・・死んでいるのだ。


「痛かったでしょう、シンジ。ごめんね。ごめんね。」


アスカは立ち上がると、制服や、下着をすべて脱ぎ捨てた。思わず顔を覆うシンジ。
真っ赤なプラグスーツをディパックから取り出し、それを身につける。
窓の外に咆哮が響き渡った。


「くおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜っ!!」


弐号機が手をベランダに差し伸べる。
その手に飛び乗るアスカ。弐号機の首筋部分に向かって持ち上げられ、そのままEVAに乗り移る。
弐号機はアスカを肩に乗せたまま立ち上がる。


「この弐号機には、S 機関が内蔵されている。私の心と連動する事でいつまでも動きつづける事ができるわ。」

「駄目だ、アスカ!危険だ!」

「いつもいつも、いじめてごめんねシンジ。あっちで会えたらきっと、きっとあやまるからね。」


真っ赤な2号機の背中に巨大な輝く金色の翼が広がる。アスカの身体が溶け込むように弐号機の中に消えていく。
その背景に広がる青空いっぱいに舞う数十機の量産型EVA。そこに向かって、激しい爆風を巻き上げ弐号機は舞い上がった。
爆風で、ガラスが砕け、室内の布団がめくれあがった。そこに横たわるシンジの死体には右腕と左肩から上だけが残されていた。
その無残な死体は、爆風と共に起こった輝きと熱風によって、粉々に砕け、散っていった。
誰もいないマンションは瓦礫となって吹き飛ばされる。アスカの死を覚悟した悲しい心ががシンジに押し寄せてくる。


「駄目だよアスカ!いくら君でも太刀打ちできっこないよ。死んじゃ駄目だ!もどってきてよ〜〜っ!」


だがその声は届かない。シンジの身体はいつしかアスカの飛翔を追って宙に飛び出していた。
目の前を白い巨体が、ずたずたになり、血飛沫を上げて落ちていく。
すでに、上空遥か彼方で空中戦が始っている。超高速で飛び回るEVAたちが、白い航跡を引いて戦っているのだ。
シンジが、やっとの思いでアスカの2号機に取り付いたとき、巨大な武器が赤いEVAの左腕を切り落とした。


「ああああああああーーーーーっ!!」


アスカの悲鳴!!その声に引き寄せられてEVAのなかに入る事ができた。
もやもやとした視界の中でプラグスーツ姿のアスカが丸くなって肩を押さえ、苦しんでいる。


「アスカッ!」


アスカは、キッと目を上げた。その目が驚きの余りまん丸に見開かれる。


「あ、あ、シ、シンジッ!あ、あ、わああああーーーーんんっ。」


飛びついて大声で泣き始めた。


「シンジ、シンジ、うっうっ、うわああああん、あああーん!」

「落ち着いて、アスカ、おちついて、ね。」


思いっきり泣きじゃくった後で、弾かれたようにアスカは叫んだ。


「あっ、あんたなんでここにいるのよっ。死んだんじゃなかったの。」


そう言いながらもアスカはしがみついてくる。怖ろしいしいほどここちよいアスカとの抱擁。アスカの身体。
そのあいだにも、量産型EVAは、弐号機に執拗に攻撃をかけてくる。


「アスカッ、今はこうしてるときじゃない、いくよっ。」

「うんっ!」


二人の身体が溶け合い、赤いEVAは甲高い咆哮を、誰も聞いた事ないような悪魔の咆哮を上げる。


「きゅおぁーーーーーーーーっ!!!」



もこっ、っと身体が膨れ上がる。腕が、足の筋肉が急速に膨れ上がり、切り落とされた左腕はあっという間に再生する。
ぼこ、ぼこ、と光る筋肉が盛り上がる。次の瞬間、弐号機は深紅の拘束具を弾き飛ばして、白熱した金色に輝いた。
誰も目を開けていられない、ホワイトアウトの世界。全ての視界と、電子機器が弐号機の存在を見失う。

その輝きが収束すると共に、ネルフも、ゼーレも、自衛隊も、・・・この戦いを見ていた全ての人々は驚きの声を上げた。

そこには、全長がEVAの数十倍はあろうかという巨大な人型のまったき若者が立っていたのだ。
その目は怒りに燃え全ての歪んだ者たちを射すくめ、全ての陰の者たちをこの世から消し去る決意に燃えていた。
巨大な腕が一振りされた瞬間、まるで蝿のように若者の周りを飛び回っていたEVAシリーズの全てが吹き飛んだ。
遥か下、地上に蠢く殺戮者たちの軍団は、その余波を受けただけで蒸発してしまった。
そのたなびく長い黄金の髪は、怒りに逆立ち、末端は炎となって若者の体を包んでいた。


「う、お・・・。」


すべての人々が腰を浮かした。何という圧倒的な力だろう。
次に若者は叫んだ。「光あれ!」と。
この世の中全てが爆発したかと思うような光が、全ての人間の身体からほとばしった。


「生きる事を憎むもの。たくらみや陰謀を愛するもの。こころ白きものや若さをさげすむもの。人の生き方を笑うもの。」
「日常に幸せを求められないもの、人を汚す欲望をもつものどもは、この世から去らねばならない。」


全ての人間は身を竦めた。全ての人間にはその覚えがあったからだ。自分の身体を押さえ、溢れる光を食い止めようとあがく。


暫くの沈黙と祈りの時間が過ぎた時、人々は自分の体から溢れ出ていた光が止まっている事に気づいた。
笑いが甦る。道を歩いていた同士、見知らぬ同士が、肩を叩き合い、抱き合い、歓喜の声を上げる。
その光景は、この世の全ての場所で見る事ができた。

誰かが気がついた。


「EVA弐号機は?そしてあの巨大な若者は?」




アスカとシンジは、生まれたままの姿で浜辺に立っていた。そして海に屹立し、泡となって消えていきつつある赤いEVAを見つめていた。

「結局、あのEVAってなんだったのかしら。」
「さあ、ことによると、神様からの最後の贈り物だったのかもしれないね。」
「そうね。でもそれだったら、きっと、マリアさまからの贈り物ね。神様は男だから。男の神様はマリアさまを騙して閉じ込めて、その間に
戦争ごっこをしたり浮気をしたりするのよ。神様はいきなり人間を滅ぼしたりするのよ。だって男だもの。」
「それがアスカの神様像なの?」
「そうよ、マリアさまは怒って、ドアを蹴破って出てくるんだけど、神様がぺこぺこあやまるとやっぱり笑って許しちゃうのよ。だって女だから。」


ぼくは絶対許してもらえないだろうなアスカには・・・。シンジは密かに思った。


「最後の最後に間に合ってくれたんだわ。」


アスカは優しい顔で微笑んでいた。


「マリア様は神様のお母さんだけど、私達みんなのお母様でもあるんだもの。」


アスカが振り返ると、シンジは微笑んだまま宙に溶けていくところだった。


「わかっていたわ。あなたは、どこか違う世界のシンジなんでしょ。この世界の私が無為に死んでしまうのを助けに来てくれたのね。」


アスカの青い瞳から涙が零れ落ちた。


「私のシンジは、もう死んでしまったんだものね。他所のアスカのシンジを取ったらいけないよね。」

「しょうがないよね。シンジは男の子だもの。でも、もう一度会ってシンジを抱きしめたかった。抱きしめて欲しかった。」

「せめて、シンジに謝らせて欲しかったの。ごめんなさい、ごめんなさい!!」

「アスカ・・・・。生きてね。」


シンジはぽろぽろ泣きながら言葉を続けるアスカに、やっとそれだけを言った。


「うん。」


一生懸命微笑もうとしているアスカ。だがそれは決して上手くいってはいなかった。さっきまで一緒にいたシンジは消えた。
が、そのとき、赤いEVAから、大きな泡が海岸まで流れ寄ってきたのにアスカは気づいた。なぜだか胸がどきどきする。
その泡は、浜辺に打ち寄せられるとはじけた。そこに、黒髪の少年が波に洗われるように倒れていた。
アスカは立ち上がった。そして、そのまま走り出した。つんのめって、足を砂に取られて何回も転んだ。その度に跳ね起きて走った。


「シンジッ!シンジッ!シンジ!シンジシンジシンジ!」


少年を抱え起こした少女は激しく彼を揺さぶった。すると、少年は、今生まれたばかりのような顔をして、うっすらと目を開いた。


「やあ、アスカ・・・。今、何時?・・・・もう起きなきゃ駄目なの?」

「ば、馬鹿シンジッ!何いってんのよ。ほんとに、ほんとに馬鹿で馬鹿でしょうがない人なんだから。」


ばらばらっと顔の上に涙が零れ落ちた。


「アスカ。なに泣いてるの。」

「しらないっ!」


知らないといいながら、アスカはそのまま少年を堅く抱きしめた。
少年はさっきから触れているものが少女の暖かい素肌である事にやっと気づき、真っ赤になってもがいた。
が、少年は突然もがくのを止めた。
少女の柔らかい、まだ涙の残るくちびるが、彼の唇を暖かく覆ったからだった。

ふたりはいつまでもいつまでも、一つの影になって唇を重ねあわせていた。











Third Story








次にシンジが気づいたところは、暖かい公園だった。


「シンちゃーん、おまたせえ。」

「こっちはジュースでーす。」


アスカとレイが、両手にソフトクリームと、ジュースや御菓子を抱えてやって来た。
広い芝生公園。子供たちや若い夫婦達が三々五々、ランチや、お弁当を広げている。
いいところだなあ。


「レイ、テーブルクロス持ってきてくれた?」

「うん。はいこれ。そっちの端を持ってくれる?」


バサッと広げられる真っ白なレースの模様がついたテーブルクロス。
ランチBOXから、次々に広げられていくお弁当。


「へっへっへ。これなーんだ。」

「あ、家に飾ってあったバカラのコップ。」

「ここにこれをおいてと。」


水筒から水が注がれる。そして、大きなバスケットから、真っ赤なバラが取り出されて飾られた。


「いいな。華やかになったわね。ね、碇くん。」

「そう思ってくれる?レイも。」

「うん、アスカはセンスいいわ。」

「でもいまさら、碇くんはないでしょう、あんただって碇さんじゃないの。」

「え、えっ?いつのまにぼく結婚したの?綾波と?」

「あんただってそうでしょ。碇アスカさん。」

「えへへへ。そうだったそうだった。」

「えっ、アスカとも結婚したの?」

「なにいってるのよ。まだねぼけてるの?私達は二人とも司令に引き取ってもらったんじゃないの。」

「えええええ!という事は、僕らは兄妹になったのかぁ!」

「あたりまえじゃない。何言ってるのよ。かんぜんにねぼけてるな。お、に、い、さん。」


レイまでがそんなことを・・・。


「ま、これだけの美少女二人が妹になったんだから何回も確認したいのは分かるけどさあ。」

「で、ででででも、兄妹になったら結婚とかできないじゃない!」

「やだあ!そんな事心配してるの?そんなことありえないけどさ。もしそうなっても養女だから大丈夫なのよ。」


アスカの答えに安堵のため息をつくぼく。でもこの世界のアスカ達はぼくの事何とも思ってないみたい・・・。
静かでいいけど、なんかさみしいな。


「へっへっへえ〜、今、寂しいとか思ってたでしょう。」

「そ、そんなことないよ。」


そのとき、膝に何かがよじ登ってきた。


「うん?なあにお嬢ちゃん。」

「だっこ。」


抱き上げる。軽い。きらきらと眩しい金髪のくるくる巻き毛に青い空色の瞳。お人形さんみたいだ。


「え?この子って・・・だれかにそっくり・・・。」

「その言いぐちゃは何よ!あんたわ自分の娘をわちゅれるのか〜っ!!このばかちんじ〜っ!!」


見事な蹴りが僕のあごに決まった。


「ぁ、ぁ、アスカの子だぁ!!自分の娘って言うと・・・ええええええっ!!」


どすっ、きゅうううう〜〜〜〜。

僕は、女の子を抱いたまま、ベンチからひっくり返って気が遠くなった。


「おいおい、だいじょうぶかい、シンジ兄さん。」

「え、ええなんとか。眠っていたのかな僕。それにしても、兄さんは頼むからやめてくれない、カヲルくん。」

「はははは、でも君はレイの兄さんだからなあ。」


レイは真っ赤になって俯いている。
来月、レイはカヲルのところへ嫁ぐのだ。


「あらあら、真っ赤になっちゃって。あんまり赤くなると髪の色が紫色になるぞ〜〜〜い。」


アスカがからかうので、ますます赤くなるレイ。


「それに比べて、こっちの人は寝ぼけるわ、娘を忘れるわ、ひっくりこけるわ・・・いいとこないわねえ。」


小さなアスカのような、お人形さんを抱えたシンジが苦笑いをして頭を掻く。


「パパは起きたままで寝れるようになったのでちか?」

「そうみたいよ。ツバサ。」


みんなの笑い声が公園に響き、青空に吸い込まれていった。











Fourth Story










次にやってきたところは、・・・どこだここは?

一面の雪景色。さ、さむい。回りには人っ子一人いない。分厚い雲が陰うつに立ち込める中、雪が降り出した。
こうしていても、凍えるだけだ。シンジは自分を励まして歩き出した。雪はますます激しくなり、やがて吹雪となった。
いくら見通そうとしても、ほんの1,2m先が見えない。身体中が凍えきり、もう一歩も歩けない。一瞬風が弱まり、
山腹らしきところに火の明かりが見えてような気がした。シンジは必死になって、そちらの方向に歩き出した。
しかし、1kmも行かないうちに、足を雪の中から引き抜く事もできなくなった。もうだめだ・・・・。
その時再び、一瞬風が止んだ。シンジは、最後の力を振り絞って叫んだ。


「おおおおーーーい!!おおおおおおーいぃぃぃぃ!!」


それから、2歩、3歩とその方向によろよろと歩いた後、シンジはとうとう雪の中に崩れ落ちた。風が体に当たらなくなり暖かい。

・・・ああ、暖かいなあ。このまま眠ってしまいたい。でも、こんなところで死んだらアスカ怒るだろうなあ。綾波だって。ミサトさんも。

だが、シンジはそのまま眠ってしまった。みんながシンジの事を怒っている夢を見ながら。

どのくらい気を失っていたのだろうか。シンジは目を醒ました。
ぱち、ぱちと炎が揺れている。洞穴の入り口には大きな熊の毛皮がかけてある。暖気を逃がさない工夫だろうか。


「おや、気がついたようだな。」
「加持さん・・・。僕を助けてくれたのは加持さんですか?」
「助けてくれたやつか?俺じゃないよ。あそこにいる女の子さ。」


見ると、毛皮で膝の下から足先までを包み、長いマントを羽織った女の子がいた。石の槍を小脇に抱えている。
大きなフードが背中に垂れ下がっている。


「あの子が、君の叫び声に気づいたんだ。ここにいる最後の仲間。もう俺達二人きりしか残っていない。君もあの『毛むくじゃら』達から
逃げてきたんだろう?我々二人は同族のようだな。あの子はどうも、もっと西の方から逃れてきたようなんだ。でもまあ、毛色は違っても
同族には違いない。同じ境遇同士、一緒に暮らしてる。なかなかの狩人だぞ、あの子は。」

かっこうからすると、ここは石器の時代のようだ。強大な敵に追われ追われてほとんど滅びかかっているようだ。数多くの石斧が山積み
になっている。加持は、その石斧を一生懸命研いでいる。

「奴等の武器はこん棒や、打製石器だ。鋭さは俺達の方が上でも、殺し合いになれば丈夫で人数の多い方が勝つ。」
「ここにいた他の人たちはどこへ行ったのですか。」
「みんな食われてしまったよ。毛むくジャラ達とも、この雪がなければ上手くやっていけたのかもしれないが、獲物がいなくなった今、
あいつらも食うものがないんだ。俺達だってあいつらより強ければ、あいつらを食うだろうよ。」

シンジは火にあたっている女の子を振り返って見た。あの子はどんな想いをしながらこの雪の中を遠くから立った一人で逃げてきたのだろう。
ゆっくりと、シンジは起き上がるとその女の子の隣りに腰を下ろした。

「暖かいね。あのさ、助けてくれてありがとう。僕の名前はシンジ。よろしく。」
「私はアスカ。お礼を言わない方がいいわよ。この先死ぬよりひどい目に合わされるかもしれないんだから。あのサルたちに。」

彼女は確かに毛むくじゃらの仲間ではなかったけれど、シンジ達のように黒い目黒い髪ではなかった。きらきらと光る髪と青い空のような色の
目をしていた。その顔は間違いなく、懐かしい少女の顔だった。いつになったら、あの子のもとへ戻れるのだろうか、とシンジは思った。

「ずっと西の方から来たんだって?」
「ええ、あいつらに追いかけられながら、みんな小さな子供や、女達を守るために倒れていったわ。」

アスカはその時の事を思い出したらしく、辛そうな声で言った。

「最後まで私の事を庇ってくれた人も、あいつらと戦っているうちにはぐれてしまった。もう半年も前の事よ。きっともう捕まって、食べられてしまった
でしょうね。いつも近くにいた人だったけど、私の事を逃がすために囮になったのよ。ほんとに馬鹿な人だったわ。」

そう言いながらじっと少女はたき火の炎をみつめていた。だがその目が炎を見ていない事はすぐ分かった。

次の日、3人は早くに洞窟を出た。もう1週間もこの洞穴で暮らした。『毛むくじゃら』達がこちらを見つける前により遠くへ逃れる事が必要だった。
完全防寒の毛皮に身を固める。思っていたよりずっと暖かい。アスカは鹿の骨で作った針を使って器用にシンジの分の毛皮を服に直してくれた。
うさぎをおいかけナイフを投げてしとめる。加持のナイフ投げはたいへんな腕だった。半日駆け回って3匹のウサギをしとめた。アスカも槍を投げて
一匹をしとめた。大抵、シンジは追いかけている途中で息が切れてしまってついていけなくなってしまう。ふうふう言いながら追いつくともう全てが
終わってしまっているのだった。二人はその事を責めようとはしなかった。今は一人でも多くの仲間と生き延びる事しか考えていないようだった。

「あんた、そんな事でどうやって生きてこれたの?」

それでもアスカが不思議がった。加持も口には出さないけど同じ事を考えていた。こいつは逃げてきたのではなく無能すぎて一族を追われたのかも
しれないなと。そう言えば、狩人としては腕も足も細すぎる。とても熊やいのししや野牛といったものを相手に生き延びられるとは思えない。シンジは
肩身の狭い思いをしながら、ウサギの肉を食べた。野生の肉を味付けも無しに食べるのははじめてだった。我慢して口に入れる。おそるおそる・・・。

「ウサギを食べた事がないのかい?」
「う、うん。僕らのところでは、飼っている牛や鶏しか食べないし、自分で殺す事はしないんだ?」
「はあ?なんのことだ?」
「飼うってどういう事?」
「あ、つまりさ、こうやって追いかけるんじゃなくて、生け捕りにして自分達のところで育てるんだよ。そうすれば増えた分のものを食べれば言い訳で、
追い掛け回さなくても簡単に肉が手にはいるでしょ。」

二人は、あんぐりと口を開けた。

「あ、あ、なーるほどっ!!」
「考えた事もなかったわ!!そうすれば、小さな子にだってめんどうがみれるし、男がいない時でも飢える事はないわね。
あ、でも冬の間は草がないわよ。」
「冬の間は、ウサギ達は雪の下の枯れ草を食べてるでしょ。つまり干し草を夏のうちに作っておけばいいんだよ。」
「すごい!すごいよ!たしかにそうすればよかったのよねえっ。」
「うーん、そんな事を君たちのところではやっていたのかい。牛までそうしているとは、すごいな。あんな凶暴なものを。」
「野生のものは気が荒くても、生まれた子供は人間に餌を貰うのを当たりまえと思っていますから、言う事を良く聞くんです。」
「じゃ、じゃあさ、狩りなんかはどうやってやるわけ?槍でしとめる以外のやり方ってあるの?」

シンジは知識として持っているものを総動員した。罠、そうだ簡単な罠なら。僕にも作れるぞ。アスカの裁縫の道具の中から、
細い皮ひもを取り出す。丸い輪を持った紐を何本も作る。新潟の祖父母が小さい時に教えてくれた、ごく初歩的なウサギ罠だった。

「こんなものを見た事ある? ない。これはね引っ張ると閉まるようになっているんだ。」

シンジは二人にウサギの通り道を教えてもらいながらそれを下枝に結び付けてぶら下げた。

「それでどうやるんだ。何かに祈りでもするのか?神なら俺達も祈る事があるが。」
「そうじゃありませんよ。上手くすればきっと明日見せてあげられます。」
「ふむ。君たちはどうも俺達とはまったく違う生活をしていたようだな。担ぎ込んだ時もこの雪の中で寒さをまったく考えていない
衣服を着ていたし。」
「そうね。でも飼うというのは面白い考えね。春になったら試してみようかな。ねえ、あんたのところではどんな動物を飼っていたの?」
「馬とか、犬とか、ブタ、鳥、猫、羊、魚も飼うなあ。」
「そんなに・・・・。だいたいそのブタって何よ。」
「イノシシを何代もかけておとなしくしていった動物で肉を取るんだよ。馬はそれに乗り、犬は狼とかを飼い慣らしたもので・・・。」
「狼を飼い慣らす!!」

二人は半信半疑だったが、次の朝、仕掛けた15本の罠のうち9本にウサギがかかっていた時には、完全に尊敬の顔に変わっていた。

「すごい!何もしないでウサギをこんなに捕ってくるなんて。信じられない!」
「ああ、これなら君がそんなにひ弱そうなのに生きてきたわけが分かる。君たちは、こう、俺達のやり方と根本的に違うんだな。
旨く言えないが・・。」
「ああ、食べるために走りまわらくていいなんて、なんてしあわせなのかしら!」

次の日は10匹のウサギが取れた。その日はその後すぐに猛烈な吹雪になった。しかしシンジらの洞窟は暖かくて賑やかだった。
二人はシンジの持っている知識を聞きたがった。洞窟の壁に絵を描きながら教えようとして、また驚かれる。そんな事ができるとは
思っていなかったのだ。シンジのやる事は二人にとってほとんど魔法のように見えたのだ。暗いからといって壁に穴を穿ち火を壁に
何個所か挿すと、中がぐっと明るくなった上に暖かくなった。
数日後三人は谷間に柵を作って大きなヘラジカの群れを一度に捕まえた。十分に打ち合わせをした結果だった。そこを見張りやすい
ように近くの洞窟に引っ越した。そこは加工しやすい砂岩地帯だったので、ぴったりサイズを合わせた出入り口を作り、丸太を裂いて
板を作り、ぴったりしたドアを作った。鉄器はないが、石器は工夫で結構使えるものが入手できた。加持はシンジの知識をもとにして
色々な工夫をしながら、新しい道具を作り出していった。平らな石刃を組合わせてものが削れるようにすらなった。
谷にはヘラジカの好む木が生えていたのでそれを切り倒して枝を払って柵の中に投げ込んだ。普段はその気の下枝や皮を剥がして
食べる動物だが、上の方の枝の柔らかい葉を食べれて幸せそうだった。おとなしく逃げようともせずに、人間の言うままになっている。
1,2週すると、アスカの手から直接餌を食べるほどになり、一ヶ月もすると特に慣れたものは、乳をしぼれるほどまでになった。
アスカは飼育に興味を持ち留守番をするようになり加持とシンジが狩猟に行くようになった。食べる心配がなくなって余暇的な時間が
組めるようになった。文化とか家族内の分業が進み始めた。
『毛むくじゃら』達が襲撃してきた。容貌はサルに近い。逞しい体をし、片言の言語を操っている。大きな打製石器の斧を主力の武器に
しているようだった。柵の中の鹿が一頭さらわれた。本当だったらアスカかシンジがさらわれるところだったのだろう。そして食われて・・。
森の中で加持とシンジは、また数人の仲間を見つけた。加持ぐらいの女性と、青い髪の少女だった。仲間の男二人は重症だった。
そりに乗せて洞窟へ連れて帰ると水色の髪の少女とアスカは吸い寄せられるように抱きしめあった。はぐれたアスカの仲間とは彼女の
事であったらしい。ちょうどその頃からシンジは夜眠るたびにうなされるようになった。記憶が消えていく。ここに来る以前の事を思い起こす
事ができない。昔知っていた人達の顔や名前が消えて思い出せなくなっていく。現実の中に過去が溶けていく。余りにも強烈な生きる
ための日々の現実のためか、それともここでは自分が必要とされている喜びのためか。金色の髪の美しい少女が自分に対して特殊な
感情を抱き始めた事を知ったせいかもしれない。

「シンジ、ちょっとこっちへ来てくれない。ここのところを教えて欲しいの。」
「なにアスカ。え?」
「いいから後ろを向いて。」

少女はシンジの肩幅を皮ひもで計った。そして袖丈も。腰の回り、足の長さ。その指先がくすぐったい。少女の髪が自分の周囲で動くのが
いとおしく感じられて、思わずその頭を抱え込んでしまいそうになってしまうのを、もう少しのところでこらえる。

「僕の服を作ってくれるの。ありがとう。」
「そんな事・・・私にできるのはこれくらいだし・・・。」

アスカは頬を染めてシンジに答えた。優しい笑顔だった。その笑顔に自分が愛していた少女を重ねる。こうして時の間を旅するのはなぜか。
その意味は少年には窺い知る事ができない。だが自分はもしかしたらここに来て滅びかけた人々を助ける事を義務づけられたのかもしれない。
もしそうであったなら、ここでこのアスカにそっくりな・・いやもうアスカそのものとしか思えない太古の少女と暮らして何の不都合があるだろうか。

「シンジ、ちょっと来てくれ。『毛むくじゃら』達についての情報だ。あいつらはこの山を二つ越えたところに3つのキャンプを構えているらしい。」
「人数はどのくらいなんでしょうか。僕らで太刀打ちできる数なんですか。」
「頭は悪いが、体力はあっちがうえだし、身も軽い。我々の人数と五分五分でないと追い返すのは難しい。だが、先日拾ってきた連中の一族の
本隊はこの先の山のふもとに男20人ばかりとその家族が集結して移動を開始しようとしている。彼らはそれに向かう途中だったのだ。」

シンジは意を決した。前々から考え準備していた事を試してみようと思う。

「加持さん。あのサルのような連中は、僕らの一族を滅ぼすか、それとも僕らに滅ぼされるかを競う宿命を持った一族なんです。彼らにも人を愛する
心、いたわる心がある。死者には花を供え、火を使い、喜びや悲しみの歌を歌い、洞窟に絵を描く。見た目はサルに近くとも僕らと心は変わらない。
しかし、この氷河期に、僕らと彼らのどちらかが生き残り、残りは滅ぶ事になる。」
「両方ともというわけには行かないんだな。」
「そうです。これはこの自然を司る何かが決めた事だと思ってください。」
「奴等が人間なのも心があるのも知っていたよ。」
「え?」
「俺は狩人だ。だがたまには失敗する事もある。がけを転げ落ちて動けなくなった時、あいつらの一人に助けられた事があるんだ。」
「そんな事があったんですか。」
「ああ、やつは俺を看病し、俺が動けるようになると去っていった。一言も言葉を交わす事はなかったが、いいやつだった。」

「これをみてください。」
「なんだ。随分細い槍だな。」
「加持さんはここから槍をどの位遠くまで投げられますか。」
「そうだな、投げるだけならあの4番目の木まで。正確にだったら2番目までかな。」
「見ていてください。」

シンジは雪の森の中から探し出した蔦と、しなりのいい枝、鹿の腱で作った弓を取り出した。昔弓を習っていたのがこんな所で役に立つとは。
弓づるの音が響き渡る。飛び出していった矢は、遥か彼方まで飛んでいった。

「こ、これはっ。」

加持は狩人だけにその威力が一目で分かったらしい。槍は5本も投げれば腕がしびれる。だがこんな細い槍にあれだけの飛翔力があるとすれば。
あんな小枝を集めるのはたやすい事だ。頭に小さな刃をつければ、あの恐ろしい穴熊とだって戦えるだろう。束にして持って行ってもたいした重さ
にはならない。絶対的な武器になる。もうあの『毛むくじゃら』達の襲撃を恐れる事はなくなる。これからは俺達があいつらをくらってやる!そこまで
考えた時、加持はハッとした。

「そうか、これがシンジが俺達にその細い槍を教えなかった理由か・・・。だが・・・使わなければ間違いなく俺達は滅びる。」

その時、金色の陰がシンジの横に飛び出した。

「なにを迷っているの!私達は生きなきゃいけないのよ!何のために男達が子供や女達を守って死んでいったと思っているの!?」
「アスカ。話を聞いていたのか。」
「加持!あんたは只の腰抜けだわ!私達はなぜ生きるのかと考える前に今を生きているし、なぜ死ぬのかと考えなくても死んでいくわ。何故と考える
前に赤ん坊が危なければ体に覆い被さる。そうやって生きてきたのよ!それは、私達が、今、生きているからよ!生き続けなければならないからよ!
それが、私を生んでくれた人の願いだからよ。それが、未来を託してくれた人たちへの唯一の答えだからよ!!」

アスカは弓と矢をわしづかみにすると、シンジに言い放った。

「さぁっ、私にこの武器の使い方を教えなさい、シンジ!!」

シンジは、アスカが久しぶりに見せた激しさに感動していた。ああ、そうだよ。アスカはやっぱりこうでなくちゃ。こうやって太古の僕らは迷うことなく
生きてきたんだね。これが生きたいと願う強い思いなんだ。それが強い方が生き延びて次の世代を形作るんだ。何も悩む事はなかったのかもしれない。
それは次世代に伝えるエネルギーそのものなんだ。それが乏しくなれば自然とその種は滅びる。僕らは必死で生きる事に怠惰だったかもしれないね。

「ようし!今日から特訓だ。加持さんと3人でまず上手になって、それぞれがまた何人かづつを教えるんだ。」
「おう!もう俺も迷ったりせんぞ。アスカ、まったくおまえの言う通りだよ。まいったぜ。あはははははは!!」

シンジ達は弓の特訓の傍らで、落とし穴を掘り、逆茂木を作り、塀を建て、楯を作った。山の麓にいた人々のうちのほとんどもここにやってきた。加持は、
族長的な立場になって朝から夜迄、必死になって働いた。何としても今度こそここに集まってきた者を守るのだという精気に溢れんばかりなのがシンジにも
分かった。加持はもう明日を怖れて逡巡してはいなかった。

『毛むくじゃら』達がついに襲い掛かってきた。シンジらが新しい方法で獲物を捕れば取るほど彼らは追いつめられていく。それはもう必然としか言いようが
なかった。一斉に放たれる弓の威力はすごかった、3回の済射で『毛むくじゃら』達の若者達はほとんどが転げて死んだ。彼らは落とし穴に落ちて杭に貫かれ、
逆茂木に引っかかったまま、女達に槍で貫かれた。こちらの砦に侵入できたのは、向こうでも1,2を争うだろうと思われるような勇者だけだったが、それも、
振るう石斧は楯に遮られてこちらには届かない。取り巻かれて、弓の餌食になった。そのあと、みんなは『毛むくじゃら』達の集落目指して飛び出していった。
何が行われるかはわかっていた。シンジはどうしてもその集団に続く事ができなかった。

「シンジ。」

アスカがシンジの前に立っていた。

「帰りなよ。あんたのもとの世界、あんたのいるべき世界に。あんたはここにいるみんなとは違う。」
「アスカ。きみは・・・。」
「私は大丈夫。レイがいるもの。いつでも私と一緒にいてくれる私のもうひとつの心。」

アスカの目の淵が次第に赤くなっていく。

「大丈夫。わたしはあんたがいなくたってやっていけるよ。春になったら、あんたが言っていたみたいに、地面を耕して種を撒いてみるよ。そうしてこの村が
立派になったら、結婚して、子供をいっぱい産んでやる。ぼろぼろ産んでやる。私達はこの大地いっぱいに増えて、この地上を豊かな畑に変えてやる。
そうして、誰も飢えない、誰も悲しまない世界を作るんだ。だから、だから大丈夫だよ・・・シンジがいなくてもちゃんとやっていけるよ・・・。」

「アスカ・・・アスカ、ごめんよ。」

「あやまんないでよっ!さっさといっちゃってよっ。」

アスカはきれいに作られた、毛皮の服をシンジに押し付けた。

「これ、あんたにあげるよ。もうもっててもしょうがないし。」

「ありがとう・・・・。」

シンジの身体から、きら、きら、と光の粒子が飛び始めた。それはたちまち数を増やし、シンジの輪郭線を消し始めた。

「僕の、大好きなアスカ、僕らは時の流れの中で、何回も何回も巡り合う。そしてそのたびに愛し合う。だから、また会えるよ。きっとまた会える・・・。」

「シンジィッ。」

もうこらえる事もできなくなった涙が、アスカの頬から飛び散る。それにかまわずアスカはシンジを思いきり抱きしめた。

「やっぱり、やっぱり行っちゃいやだっ!やっぱりここにいてっ!あんたがいないと私はっ!!」

「アスカ。アスカ。ありがとう・・・君のこと、忘れない・・・・。」

「だめ、だめええええぇぇぇぇぇっ!!」

しがみつこうとしたシンジの身体は光の固まりになったかと思うと、アスカの腕の中で激しく爆発したかのように細かい光の粒子になって飛び散った。」

「いやああああああああああっ!!」

アスカはそのまま地面に座り込んで、降ってくる光の粒を身体に浴びていた。そこに青い髪、赤い瞳の少女が歩み寄った。


「ふしぎなひと、だったね。」

「そう。不思議な人だった。」

「愛していたの。」

「愛していたのよ。」


レイは、アスカの前の座ると、アスカの身体を抱き寄せた。


「じゃあ、泣いてもいいのよ。」


背中をゆっくりと叩く。そして、思いきり手を伸ばしてアスカの身体を抱え込んだ。


「うっ、うっ、うっ、ぐすっ、ぐすっ、う、う、う、うわあああ〜んん。ああああ〜〜ん。」


レイもまた、親友の悲しみに引きずり込まれて、涙をアスカの背中に落としつづけた。そうして、二人の少女の鳴咽が夕暮れの中に続いていた。







Fifth Story





紅い浜辺で僕は目ざめた。

横を向くと、黄色いワンピース姿の女の子が同じように横になっていた。
上半身を起こす、そして、僕は少女の横に正座した。

じっとアスカを見詰めた。
かわいらしい寝顔だった。
思わず、ゆっくりとその頬に手を当てた。
アスカは目覚めない。夕日が、その最後の残照を浜辺に投げかけている。


頭の方に座り直すと、あぐら壷の上にアスカの頭を乗せた。
水面に、アスカ達が佇んでこちらを見つめている。

赤いプラグスーツのアスカ
子供を抱きかかえているアスカ
毛皮を着込み、槍を持っているアスカ
そして、今ここにいるワンピースのアスカも水面に同時に立っていた。


「みんな、アスカなんだね。時空の流れの中でいつでもどこでも一緒にいる存在、それがアスカなんだ。」


アスカ達が一斉に微笑んだ。

「そうよ。あなたは私の切り離せない一部。」
「しあわせを抱えきれない時も。悲しみにしずんでいる時も。」
「苦しみでやりきれない時も、あなたを失わざるを得なかった時も。」
「必ず、一番そばにいて、同じ魂を持ったもの、それがシンジ。」
「私達は必ず一緒にいる。必ずいっしょの時間に存在している。」
「どれほど、あなたが大勢の中にいようとも、必ず一瞬で見つけ出せる。あなたを。」


「僕もおんなじだよ。アスカがどんなに変装していても、どんなに大勢の中に隠れていようとも。」
「クローバーの畑の中に君が例え同じような白い花になって隠れていても。」
「必ず探し出せると思うよ。」

僕の後ろにも、アスカ達と同じように過去の僕たちが立っていた。

プラグスーツのアスカが宙に舞いあがった。こちらからも、一人の僕が飛び立っていった。
二人は、両手をつなぐと引き寄せ合ってぐるぐると回り、抱きしめあった。そしてそのまま2羽の白い鳥に変わって月に向かって飛んでいった。
次に狩人のアスカが舞い上がり、白い歯をこぼして明るく笑いながら、こちらのシンジと宙空で抱き合い輝く2羽の鳥になり明星に向かい飛んでいった。
子供を抱き上げたアスカは、こちらのシンジに金色の巻毛の女の子を手渡した。3人は子供を間に挟む3羽の鳥になって星空高く飛んでいった。

最後に残ったワンピースのアスカが、こちらを見て、優しく微笑んだ。そうだ。あの微笑みだ。あれが僕のアスカの微笑み。
彼女のたっぷりとしたフレアのワンピースのすそが、風にふわふわと舞っている。まるで黄色いチョウチョを見ているような幻想が一瞬見えた気がした。


「う、んん・・・・。」

膝の上で、僕のアスカが動いた。その目が開くと、きらきらの美しい青い瞳に小さく僕の顔が映っていた。

「おはよう。良く眠れた? 僕の大事なアスカ。」

「え、ええ・・・シンジ?シンジなの?」

僕は、アスカの両頬を手のひらで包んだ。そして、じっとアスカの青い瞳を覗き込みつづけた。

「な、なによ。あんたのおかげで私は。・・・・たいへん・・・・・・だったんだから。」

「もうどこにも行かないよ。もうアスカとずっとずっと一緒だ。例えアスカがいやだといっても。」

「だ、だれもそんなことたのんでないわよ!」

「アスカ。」

「なによ。」

「君のことが好きだ。誰にも渡したくないくらい、好き。」

「口じゃ何とでも言えるでしょ。」

「キスしてもいい?」

アスカは、いちごのように鮮やかな真っ赤な色に一瞬で染まった。

「ぁ、あんた馬鹿じゃないの?どこの世界に許可を求めてからキスするやつがいるのよ!!」

「じゃ、いいね?」

「・・・・・・うん。」


僕はゆっくりと、アスカの唇に僕の唇を重ねた。なぜだか、アスカの唇はミルクの香りがした。
唇を離すと、一瞬、ほんの一瞬だけアスカは女の子らしい恥じらいの表情で僕をまぶしそうに見たんだけれど、すぐにこう言った。

「ばぁか。」

「どうして?」

「もっと、早くさせてあげたのにさ。」


それからアスカは起き上がって僕の胸に体を凭せ掛けると大きなため息をついた。身体中のこわばりが抜けたみたいなため息だった。

ふと、彼方の水面に目をやると綾波が立っていた。
その唇が動いた。

「ヨ・ク・デ・キ・マ・シ・タ」

とその唇が動いた、と思ったら綾波の姿は消え去っていた。僕は思わず苦笑いをすると、アスカの肩をそっと抱き寄せた。
















時を越えるアスカ(終)



後書き

5つのお話しを続けて書いてみました。アスカとシンジの運命的な繋がり。
例え地球の裏側に生まれようともこの二人は引き寄せ合って結ばれる。
まあ、ちょっと少女趣味かなとも思ったんですけど、いいかな?

こめどころ




マナ:アスカっていろんな時代にいるのね。

アスカ:アタシの先祖かしらねぇ。

マナ:駄目よ?

アスカ:何が?

マナ:いろんな時代で迷惑掛けちゃ。

アスカ:どういう意味よっ!

マナ:でも、やっぱりメインは石器時代よねぇ。

アスカ:シンジが文明を教えたみたいだけど・・・やっぱりシンジはシンジね。

マナ:どうして?

アスカ:アタシなら、プルトニュウムの・・・

マナ:(ドゲシッ!)

アスカ:いったぁぁぁっ! なにすんのよっ!

マナ:めちゃくちゃじゃないっ!(ーー; シンジは弓ですら、いろいろ考えてたのよっ?

アスカ:やるなら、とことんがアタシの主義よっ!(^O^V

マナ:だから・・・迷惑だっていうのよ・・・あなたの場合。(ーー;;;;
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