「シンジ様、シンジ様ぁ〜」
登校途中であるにも関わらず、幸せそうに腕を絡ませ、身体をペタ〜〜〜〜っとくっつけ、更にその腕に頬ずりをしながら愛しいご主人様の名を呼ぶ少女。
そう、この少女こそこの物語の主人公、惣流・アスカ・ラングレーさんである。
「どうしたんだい?アスカ」
シンジは自分に密着してくるアスカに優しい眼差しで問いかける。
「いえ、何でもないんです。ただ、シンジ様の名前を呼びたかったんですぅ」
ニコニコしながらそう言うと、更に身体を擦り寄せるアスカ。
そんなアスカに微笑んでみせるシンジ。
その笑顔にアスカは、ぼぉ〜っと見惚れてしまうのだった。
「流石は無敵のシンジ様ぁ。素敵ですぅ」
何が無敵なのかは良く分からないが、目をハートマークにしてそんな事をのたまうアスカ。
既に二人を中心とした半径五メートルには人の姿は無い。
みんな当てつけられるのを恐れ、この二人を避けて通っているのだった。
そんなこんなで学校に無事辿り着いた二人。
クラスメイト達ももう慣れたのか、最近は普通に二人に接していた。
「おはよう。アスカ、碇君」
「おはよう。シンジ、惣流」
「おはようさん。シンジ、惣流」
「おはよう。トウジ、ケンスケ、洞木さん」
「おはよう。ヒカリに2馬鹿コンビ」
夏休みのあの一件以来、2−Aから3馬鹿トリオという言葉は聞こえなくなった。
『シンジ様をあんな馬鹿達と一緒にするんじゃないわよ!!』
との事らしい。
「今日もお熱いのう、お二人さん」
「まったくだよ。あんまり見せつけないでくれよ?碇夫妻」
ピクッとアスカが反応した。
「何ですって!?」
物凄い勢いでケンスケの前に立ち、襟首を持ち上げるアスカ。
「こらぁ、相田!今なんて言ったのよ!?もう一回言ってみなさい!!」
「へ?い、いや、い、碇夫妻って言っただけなんだけど………」
碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻 碇夫妻
「碇夫妻………なんて良い響きなの………」
ジ〜ンと言う効果音とともに、うっとりと自分の世界に浸るアスカ。
そして、パッとケンスケを離し、シンジの胸に飛び込んでいく。
「シンジ様ぁ。『碇夫妻』って、みんながアタシ達を祝福してくれてますぅ」
「うん、そうだね」
シンジもアスカを優しく抱きしめる。
「やっぱりみんなから祝福されるのは気持ちが良いね、アスカ」
「はいっ!」
シンジのその言葉に心底嬉しそうに微笑み返事をする。
「シンジ様にお仕えできて、アスカは本当に幸せです………」
「僕も幸せだよ。こんなに可愛いアスカが僕の傍にいてくれて」
クラスメート達は『いつものように』始まった二人のラブラブシーンにツッコミもせずに、黙々と一時限目の準備に取りかかったのだった。
そして時は過ぎ、本日最後の授業である体育が終わった。
「早くシンジ様の顔が見たいわ。急いで教室に行かなきゃ」
アスカは素早く更衣室で着替えを終え、ヒカリを置いて教室を目指し走っていた。
その途中、ちょうど階段を登り終えた時だった。
上からなにやら複数の話し声が聞こえる。これだけなら今は休み時間だし、何ら特別な事ではなかったのだが、その会話の中に『碇君』や『惣流さん』と言った言葉が入っていたのだ。
アスカは気になって、教室へ戻らずに、少し階段を登った。
「碇君と惣流さんって、やっぱり付き合ってるみたいね」
「え〜、そうなの!?私、碇君の事、密かに狙ってたのにぃ」
「私も碇君の恋人に立候補しようと思ってたのにぃ」
ちらっと覗いて見ると、アスカの知らない3人組の女子がなにやら話し込んでいた。
「でも、あれでしょ?惣流さんが大人しくなったから碇君は付き合ってるんでしょ?」
「そうよねぇ、前は凶暴だったもんね、あの人」
「そうそう、すぐに碇君の事叩いたり、悪口言ったりしてたもんねぇ」
「惣流さんが前の性格のままだったら、碇君は相手にもしなかった筈なのにぃ」
アスカはその場から静かに駆け出した。
教室に戻った後もアスカは暗い表情で自分の席に座っていた。
いつもなら真っ先にシンジの側に行くのだが、そうしなかった。
シンジはアスカの様子がおかしいことに気付いていたが、ここで言うべきでは無いと考えたのでそっとしておいた。
そして、HRが終わり生徒達は次々に帰宅していく。
「さ、アスカ。帰ろう」
シンジはアスカの元に行き、微笑んだ。
「あ、はい………シンジ様………」
それから二人は、無言のまま家に帰った。
「ただいま」
「………ただいま………」
鍵を開け、二人は玄関の中へ入った。
そして、扉が閉まると同時にシンジは背後からアスカを抱きしめた。
「あっ………シンジ様ぁ………」
「どうしたの?アスカ。体育から戻ってきてから、ずっと元気が無かった。何かあったのかい?」
アスカはシンジに身体も心も包まれ、シンジがどれだけ自分を心配してくれてるかを痛いほど感じた。その優しさに涙が溢れて止まらなくなる。
「うっ……ううっ……シンジ様ぁぁぁぁ!」
アスカは身体を反転させ、自分を世界一安心させてくれるその胸にしがみつき号泣しだした。シンジは黙って、優しくアスカの背中をさすり始めた。
「ぐすっ……体育が終わった後、他の女の子達がアタシ達の事を話しているのを聞いちゃったんです………」
暫くして、ようやく落ち着いたアスカが話し始めた。
シンジは無言でアスカの背中をさすり続け、聞く事に徹した。
「シンジ様がアタシのこと好きになったのは、アタシが今のアタシになったからだって………」
そう言った途端、再びアスカの瞳に涙が浮かびだした。
「アタシにも分かってるんです………」
アスカは悲しげな表情になり俯いた。
「昔のアタシはシンジ様に酷い事ばかりしてたから………昔のままのアタシだったら、シンジ様はアタシのこと好きになってくれなかったって、分かってるんです………でも………改めて他の人に言われて悲しくなってしまっただけなんです………」
流れ出した涙を隠すように、アスカはシンジの胸に顔を埋めた。
「アスカ………アスカは何も分かってないよ」
「………え?」
「僕がアスカを好きになったのは、アスカが今のアスカになったからじゃない」
シンジは抱きしめたアスカの顔の前に自分の顔を近づけ、その涙に濡れた瞳を真っ直ぐに見つめる。
「僕には今のアスカも、前のアスカも関係無いんだ。だって、僕はアスカと初めて逢ったあの時から、ずっとアスカだけを見続けていたんだから………」
「僕は………ずっと『アスカ』の事が好きだったんだから………」
「…………シンジ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アスカは再び大粒の涙を零し始めた。だが、今度は嫌な涙じゃなかった。
余りに嬉しすぎて言葉が上手く喋れない。口から出る言葉は愛しい人の名前だけ。
だが、今のアスカはそんな事さえも、どうでも良い事に思えた。
今ここに居る彼さえ傍に居てくれたら、彼の傍に居る事が出来れば、それ以外何も望む事など無い。望む必要も無い。彼が自分にとって大切な何かを全て与えてくれる。そして、自分も彼に大切な何かを与えて上げたい。
自分の持てる全てを使って彼を支え続けたいと、心から思う。
そのままアスカは泣くに任せ、シンジもそれを受け止めた。
夜も更けて、二人は同じベットの中にいた。
「シンジ様………今日は有り難う御座います………」
シンジの腕に抱かれ、その胸に甘えるように顔を埋めて呟いた。
胸の前にある彼女の艶やかな髪を優しく撫でるシンジ。
自分のパジャマをギュッと握って離さないアスカがとても可愛らしいと感じる。
「もうアタシ迷いません………誰に何を言われても………今日のシンジ様の言葉を忘れません………」
「今日の事は僕も忘れないよ………僕が初めてアスカに告白した日だから………」
シンジはアスカの耳元で囁いた。照れているのか、その顔は朱に染まっていた。
「シンジ様ぁぁぁ」
アスカはもぞもぞとシンジの胸元から頭を出し、愛しい彼の顔を見つめる。
「アタシもシンジ様の事、大好きですぅ」
僅かに潤んだ真っ直ぐな視線をシンジに向けて、自分の想いを伝えるアスカ。
シンジは、ちょうど自分の目の前に現れたアスカの唇にキスをする。
軽く唇を触れ合わせる優しいキス。ありったけの想いを詰め込んだ極上のキス。
唇を離すと、目の前にはうっとりとした表情のアスカがいた。
シンジは微笑んで、もう一度アスカの耳元で囁いた。
「早く本当に『碇夫妻』になりたいね、アスカ」
「………はい………シンジ様ぁ………」
アスカはその言葉が嬉しくて顔を綻ばせ、シンジの胸に再び顔を埋める。
シンジもそんなアスカが愛おしくて、優しく包み込むように抱きしめる。
また一歩心が近づいた二人は、穏やかな微睡みに身を任せるのだった。
END
後書きと言うか何と言うか
サブタイトルの“チキチキ”に特に深い意味はありません(爆)
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