----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- もしもシンジとアスカの性格が逆だったら――お花見編―― ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- <2−A教室> 「と、いうわけで、今日の六時に夕焼け公園でいいですか?」 教壇に立つ、委員長・洞木ヒカリの声が響く。 「「「はーーーーーーーーい!!!」」」 クラスメイト達も、大きな声でそれに応える。 「じゃあそういうことで、一旦解散!」 ヒカリがそう言って締めると、わっと教室全体がやかましくなった。 「なあ、行く時一緒に行こうぜ?」 「何買ってく?」 「ワイはとにかく食いまくりたいのう」 「酒は?酒?」 「チューハイ飲みたいな、俺」 ・・・・・等々、一部、健全な中学生には、ふさわしくないような声も聞こえたが、 とにもかくにも、その場にいる誰もが心躍らせている、幸せなひとときが展開されていた。 そう、今夜は、皆が待ちに待った花見大会が、ついに行われようとしているのである。 「・・・・・・ねえ、アースカちゃん?」 一方こちらは教室の後方、やや静かな雰囲気。 三日前に転校してきたばかりの、綾波レイが、小さめの声で話し掛けていた。 その相手は、静かな雰囲気を作っている張本人とも言える人物、惣流・アスカ・ラングレーであった。 「何?綾波さん。」 アスカが返事をすると、レイはチッチッチと指を振った。 「ノンノンノン。アタシのことは、レイって呼んでって言ったでしょお?」 「あっ・・ご、ごめん・・レイ。」 少し気恥ずかしそうに、アスカが言い直すと、レイは満足げにウンウンと頷いた。 「・・・で、どうしたの?」 アスカが尋ねると、レイは珍しく、小さな声で話しだした。 「あ、うん。あのさ・・・・夕焼け公園って、何なの?あたしまだこっち来たばっかで、わかんなくって・・。 さっきから気になってたんだけど、聞きそびれちゃってさ。」 どうやら、自分だけ知らないことを聞くのが、少し恥ずかしかったらしい。 アスカは、ああ、それね、と頷いて、レイに説明し始めた。 「夕焼けがすっごく綺麗な公園があって、そこの俗称なのよ。夕焼け公園って。本当は、第三新東京市立・・・なんだっけ・・? まあとにかく、そういう名前なんだけど・・」 「へえ・・・それで夕焼け公園か・・。それ、どこら辺にあるの?」 「えっとね・・学校から少し離れてるのよね・・・・あ、じゃあ行く時レイも一緒に行かない?」 「本当!?ならお言葉に甘えて、連れて行ってもらっちゃおうかな・・・・あ、でもいいの?」 「え?何が?」 キョトンとするアスカに対し、意味深な微笑を向けるレイ。 「・・・・だってほら・・・アースカちゃんは碇君と一緒に・・・」 レイの発言に、思わずびくっとするアスカ。 「・・い、行かないわよ!?だ・だってシンジは多分、鈴原君達と行くだろうし、わ・私もヒカリと行くつもりだったし・・。」 やけに早口なアスカ。 心なしか顔も赤い。 「ふ〜〜〜ん・・・・。まっ、そんならいいんだけどね。じゃあそういうわけで、宜しくね!アースカちゃん!」 レイはそう言うと、ニコッとアスカに微笑みかけた。 すると今度は、やや落ち着いたアスカがレイに尋ねた。 「あ・・あのさレイ・・・」 「ん?」 「その・・『アースカちゃん』って・・」 「ん?ああ、気にしないでっ!今のあたしのマイ・ブゥ−ムだからっ☆」 そう言うと、レイはビッと親指を立てた。 「・・・あ・・そ、そう・・・。」 アスカは深くツッコまなかった。 レイのことがよくわからないのは、会って間もないからに違いないと、自分に言い聞かせようとするアスカであった。 <通学路> 今日は土曜日だったので、昼過ぎには、友達と連れ添って家路を歩く生徒達の姿も多く見られていた。 そんな中に、ひときわ目立つ、ジャージを身に纏った少年を中心に据え、他の生徒達と同様に、 楽しげに話しながら、帰り道を歩く三人組の生徒の姿があった。 やがて彼等が、分かれ道に差しかかったところで、ふと一人の少年が振り返り、声を上げた。 「おいシンジ、あれ、惣流じゃないか?」 その少年―相田ケンスケが指差した先には、既にレイ・ヒカリと別れて、一人で歩いていたアスカの姿があった。 「ん?ああ、そうだな。」 なんとも気の無い返事を返したのは、そのアスカの幼馴染、碇シンジ。 「よかったのう、一緒に帰れて」 ニヤニヤしながらそう言ったのは、前述のジャージ少年、鈴原トウジ。 「あ?何を・・・」 シンジが何か言いかけたが、それを遮り、ケンスケが声を上げた。 「おーーーーーい!!惣流ーーーーーっ!!!!」 その声を聞き、びくっとアスカが顔を上げた。 どうやら、俯き気味に歩いていたので、百メートルほど前方にいたシンジ達に気付いていなかったらしい。 「べ、別にそんな叫ばなくても・・」 「んじゃ、俺達こっちだから。」 「仲良うしいや。」 少し困った様子のシンジを尻目に、ケンスケとトウジはその場を立ち去って行った。 「・・な、なんだよあいつら・・・・」 悪友に対する愚痴をこぼしつつ、こちらに近づいてくるアスカの方に目を向けるシンジ。 結果的に、シンジが、歩いてくるアスカを待つ形となった。 やがて、アスカがシンジのところまでやって来た。 「・・・・・先、歩いてたんだ。」 少しはにかみながら、言うアスカ。 「・・・・・・・おう。」 ぶっきらぼうに、答えるシンジ。 「・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・。」 二人の間に訪れる、なんだかぎこちない雰囲気。 初めから一緒に帰っていれば、こういう雰囲気にはあまりならないのだが、 どうも微妙なところで出会うと、なんとなく気まずくなってしまうようである。 「ま・まあ、帰ろうぜ。」 先に、こういう空気から抜け出そうとしたのは、シンジであった。 「う、うん。」 わずかに頷くアスカ。 そして、どちらともなく、二人は肩を並べて歩きだした。 「・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・。」 やけに静かな空気。 この道が、毎朝せわしなく駆け抜けている道と、同じとは思えないほどである。 ・・・な、なんか喋れよ・・。 どうもシンジは、こういう雰囲気が苦手だった。 アスカは元々、自分から話し始めるタイプではない。 したがって、必然的に、いつもシンジの方から話し掛けなければならなかった。 「・・・・・・花見だな。」 「・・そうね。」 「なんか、あんま嬉しそうじゃないな。」 「そんなこと・・・ないけど。」 「まあ、お前昔からこういうの苦手だもんな。市内の祭りの時だって、『私はいい』とか言ってさ。」 「・・・でも結局、シンジが無理やり連れ出すんじゃない。」 「む、無理やりってお前・・・・まあ実際、そうだけど・・。」 「フフ・・・シンジは昔っからそうだもんね。なんか強引って言うか・・」 「・・・ほっとけ。そういうお前は昔からネク・・・」 そこまで言って、はっと口を押さえるシンジ。 「・・・・・・・・何?」 「・・・・い・いや別に。」 「またネクラって言うつもりだったんでしょ?」 「・・・・ち、違うよ。バカだな、そんなこと言うわけないだろ?」 「・・・・シンジにバカって言われたくないわよ。」 「・・・なにげにキツイこと言うよな、お前って・・・」 「・・お互い様でしょ。」 ・・・といった具合に、取り留めの無い会話をしつつ、二人は家路を歩いて行った。 <シンジの家> 「ふう・・・。」 家に着いたシンジは、麦茶を一杯飲んでいた。 リビングでは、父・ゲンドウがテレビを観ている。 今日は休みのようだ。 「・・・・・六時集合だから・・まあ五時半に出りゃ充分だな。それまで寝ようかな・・。」 シンジが時計を見ながら独り言を言っていると、珍しくゲンドウが話し掛けてきた。 「シンジ・・どこか行くのか?」 「ん・・ああ、花見。」 「!!」 シンジの一言に、ゲンドウは戦慄を覚えた。 は・・花見だと・・・!? ちょっと待てシンジ・・それどういうことだ? 父さんそんなこと何も聞いてないぞ・・ ま、まさかアレか・・? 今年から父さん一人のけ者にしようって魂胆なのか・・・? 去年までずっと、碇・惣流両家仲良く、毎年恒例イベントとして催してきたというのに・・・ 「・・・しない?・・・って父さん?父さん?聞いてんの?」 「・・ぬ!?な・・なんだ?」 息子の声に、ふと我に帰る父・ゲンドウは48歳。何気にいい歳である。 「(ボ・・ボケたんじゃねぇだろな・・)だから、アスカん家と一緒にやるのは、もう少し後にしない?って言ったんだよ。」 「・・・・・・・・・・へ?」 「い・いやだから・・あんまりぶっ続けってのもキツイし・・・・」 「・・・シンジ・・今日は、一体誰と花見するのだ?」 「え?ああ・・クラスでやるんだけど?」 「・・・・・・・・。」 「え?ど、どうかした?」 「い、いや何でもない・・。うむ、じゃあ、アスカ君のとことの花見は、もう少し後にしよう。うむ。」 「じゃあそういうことで頼むよ。俺、ちょっと行くまで寝るから。」 そう言うと、シンジは自分の部屋へと消えていった。 「・・・・・・・・・・・・。」 後に残されたゲンドウは一人、リビングに無言で立ち尽くしていた。 フ・・フフ・・父さんわかってた・・・わかってたさ・・・。 ニヤリと笑い、一人眼鏡を押し上げるゲンドウ。 彼の額がうっすら汗ばんでいたことは、もちろん誰も知らない。 <夕焼け公園> 時刻は午後六時をやや回った頃。 薄暗くなってきた、桜満開のこの公園に、全40人の生徒が集まっている。 ちらほらと舞い落ちるその花びらに、誰もが風情を感じずにはいられない。 「えっと・・じゃあそろそろ始めていいかしら?」 ヒカリの問いに、周囲の生徒が頷き、同意する。 「じゃあ誰か、乾杯の音頭を・・」 ヒカリが言い終わる前に、早くも一人の男が腰を上げた。 「よっしゃ、じゃあワシがいっちょ、音頭を取ったろうやないか!」 言わずと知れたジャージ男、鈴原トウジである。 「いいぞ、トウジッ!!」 「さすが年中お祭り男!!」 パチパチパチパチ・・・。 勇ましく立ち上がったトウジに、拍手が一斉に浴びせられる。 「よっしゃ皆、ジュース持ったか?・・・・ほんなら、いくでぇ!!カンパーーーーーーーイ!!!!!!」 「「「「「カンパーーーーーーー−−イ!!!!」」」」」 そしてあちこちで響く、アルミ缶やスチール缶のぶつかる音。 生徒達は各々、持ち寄った食べ物に手を付けていく。 「さって、じゃあ頂きますか。」 シンジも、他の生徒達と同様、ここぞとばかりに箸を動かす。 「おいシンジ、これなかなかいけるで。」 「どれどれ・・。」 既に食べ始めているトウジと二人、正に『花より団子』状態である。 「全く・・もう少し落ち着いて食べればいいのに。」 そんな二人の様子を見ながら、ヒカリが苦笑した。 「本当、せっかく、こんな綺麗に咲いてるのにね。」 アスカは頭上に広がる桜を見つめている。 薄い桃色を帯びたその花は、暗くなってきた景色の中、見事なアクセントとして浮かび上がっている。 思わず酔いしれてしまうような、その美しさ。 だが、ふと隣に目を向けると・・・・ 「もぐもぐ・・このおにぎりおいしいわぁ。」 トウジ達に勝るとも劣らない勢いで、食べ物にがっつく友人。 「・・・レイ・・・ご飯粒ついてるわよ・・・。」 気を利かせて、そっと小さな声でレイに教えてあげたアスカ。 彼女がいつになく遠い目をしていたのは、言うまでもない。 そんなこんなで宴は続き・・・・ 陽もすっかり落ちた、午後八時。 辺りは暗いが、公園の外灯のおかげで、互いの顔くらいは判別できるほどの明るさが、保たれていた。 そんな中、トウジがシンジに近づいてきた。 「・・・・そろそろ・・ええやろ・・」 「ああ・・・頼む。」 なんだか怪しげなやり取りを交わした後、トウジは今度は、ヒカリの方へ近づいていった。 「イインチョ、イインチョ。」 「え?ど・どうしたの鈴原?」 不意にトウジに呼ばれ、少し驚いているヒカリ。 「これ、イインチョも飲んでみ。めっちゃうまいで。」 そう言ってトウジが差し出したのは、一本の未開封のアルミ缶。 「え・・・な、何これ?暗くてはっきりと見えないけど・・。」 「ええから飲んでみ。うまいで。」 「・・・・・。」 アルミ缶を手に取り、しばしぼんやりとしているヒカリ。 「じゃ・・じゃあ、頂こうかな。」 そう言うと、プシュッと栓を開けた。 「おう、うまいでぇ。」 「じゃ・・じゃあ」 トウジに後押しされ、缶に口を付け、飲み出すヒカリ。 だが。 「!!???」 少し飲んだところで、ヒカリは違和感を覚えた。 「・・・こ・・これって・・・・」 その瞬間、トウジがガッツポーズをする。 「いよっしゃあ!イインチョが・・イインチョが、酒、飲んだでえ!!!」 「なっ!!!??」 「「「「おおおおおおおっっっ!!!!」」」」 驚くヒカリを他所に、盛り上がる男子生徒達。 「いやあ、イインチョが先陣切って飲んでくれたお陰で、ワイらも遠慮なく飲めるわ。イインチョ、おおきに!」 「まさか自分は飲んどきながら、俺達には駄目、なんて言わないよな?」 トウジの横から顔を出したのはケンスケ。 「で・・でも・・い・今のは鈴原に騙されて・・・」 「ワイは別に、これが酒やないなんて言うてへんで?ただ『うまいで』って言うただけや。何も騙してへん。」 「そうそう、勧めたのはトウジだけど、飲んだのは委員長の意思だ。」 「う・・・」 ずるいやり口だが、確かに言われてみればその通りだった。 「じゃ・・じゃあいいわよ!飲みたきゃ飲めばっ!!」 「「「「うおおおおおおっっっっ!!!!」」」」 「委員長のお許しが出たぞ!!」 「よっしゃあ!!」 「開けろ開けろっ!」 怒ったようにヒカリが言うと、男子達は一斉に歓声を上げ、隠していた缶チューハイやら何やらを取り出し、栓を開け始めた。 「・・・フ、フン!勝手にすればっ!!」 吐き捨てるようにそう言うと、ヒカリは飲酒軍団に背を向けた。 「なあ・・・やけにあっさりOK出したな、委員長・・・。」 「確かに・・もうちょっと食い下がってくるかと思ってたけどな。」 ヒカリに聞こえないよう、ボソボソと話す、シンジとケンスケ。 一方のヒカリは、どうやら他に思うところがある様子。 (・・・モノもらったのなんて初めてだったから・・・ちょっと期待したのに・・・・) 「・・・・・・・・。」 ふとヒカリが視線を手元に向けると、まだ飲みかけのアルミ缶を手に持っていた。 「ヒカリ・・・やっぱお酒はマズいんじゃ・・・」 アスカが歩み寄ってきた時、ヒカリは意に決したように残りの酒を飲みだした。 「ええ!?ヒ・・ヒカリそれって・・・」 驚くアスカの横で、ヒカリはそれを一気に飲み干した。 「・・・ふうう・・飲まなきゃ・・やってられない・・やってられないのよおおっ!!」 メコッ!! ヒカリの叫びとともに、アルミ缶は握り潰された。 「・・・・・・・・!!」 アスカはこの時初めて、親友であるヒカリに対して、「恐怖」という感情を抱いた。 「あれ?やっぱりお前は飲まないの?」 そんなアスカに声を掛けたのは、既にほんのり顔を赤くしているシンジだった。 「な・・何言ってんのよ・・飲むわけないじゃない。」 「ふーん・・・相変わらずお子様だなあ。」 シンジの言葉に、少しむっとなるアスカ。 「ま、うちとお前ん家とで一緒にする時も、お前だけは飲まないもんな、毎年。」 「飲むシンジの方がおかしいのよ。」 「まあいいさ、おこちゃまアスカはミルクでも飲んでなさい。」 シンジはそう言うと、ポンポンとアスカの頭を軽く叩いた。 「・・・・・・・・!」 アスカの目つきが変わった。 「・・・・か、貸してよ。」 「へ?」 「・・・・それ。」 アスカが指差したのは、シンジが左手に持っているビニール袋。 中には、缶ビールやらが数本入っている。 「・・・まさか・・飲むのか?お前が?」 ニヤニヤと楽しげに笑うシンジ。 早くも出来上がっているようだ。 「・・・・・・・・。」 ガバッ。 「あっ!」 不意にアスカは、シンジの隙を付き、無言で袋をひったくった。 そして、おもむろに中から一本取り出した。 大丈夫よ・・ヒカリだって・・・飲んだんだもの・・。 「おい、おま・・」 シンジの言葉を遮るかのように、アスカはプシュッと栓を開けると、勢いよく、一気に飲み出した。 「なっ!?・・ちょっ・・・おいおい・・・。」 これにはシンジも驚きの色を隠せなかった。 ・・やがてアスカは、容量の半分ほどを飲んだところで、缶から口を離した。 「・・・・飲んだ・・わよ・・・。」 目が違う。 「お・・おお・・だ・・大丈夫か・・?」 珍しく、心配げなシンジ。 「・・べ・別にどーってことない・・わよ。」 とても、そうは見えない。 「だ・大体シンジはねぇ・・いつも、あたしのこと、バ・バカにし過ぎなんじゃないの?い・今みたいにさっ。」 「え・・・ああ・・そ・そうかな・・。」 「そ・・・そうよ・・・い・いつもさぁ・・」 「お前・・・ちょっと休んだ方がいいんじゃないの・・?」 「な、何言ってんのよ・・ういっ・・・。」 「・・・・・・・・。」 ヤ・・ヤバイかもしれん。 シンジはいつになく焦り始めた。 こいつ・・ひょっとして怒り上戸だったのか・・? 何にせよこの状況は好ましくないよう気が・・・ どうしよう・・・逃げようかな・・。 シンジが様々な思惑を浮かべていたその時。 「やっほーっ!飲んでるぅ?お二人さ〜ん!?」 不意に、レイが現れた。その顔は既にほんのり赤い。 あ・・綾波!!しめた!! シンジ、心の中でガッツポーズ。 「綾波!俺ちょっとトイレ行ってくっから、アスカよろしく!!」 シンジは早口でそう言うと、颯爽とその場を走り去って行った。 「・・・へ!?」 突然のシンジの行動にキョトンとするレイ。 「ねえ今碇君、なんて・・・」 そう言い掛けながら、レイがアスカの方を向いた瞬間。 「あーっ!?逃げるなぁっ!」 アスカは、いつにない勢いで、レイの横を走り抜けて行った。 「・・・・・・・・・・・・は?」 流石のレイも、今の光景には、硬直した。 ア・・・アースカちゃんって・・・あんなキャラだったっけ・・・? 一方こちらは、フラフラしながらも、なんとか走っているシンジ。 「ああ、頭が回るぅ・・・」 既に酔っているため、足取りもおぼつかない。 「・・・・・てぇ・・・・!」 ふと耳に入った、何者かの声。 「・・・・・・?」 チラッ。 「・・・!!?」 シンジびっくり。 「お・・・追ってきとる!!」 焦るシンジ。 「・・待てって・・言ってるでしょお!?」 追うアスカ。 「くっ・・・な・・なんであいつ・・あんな普通に走れんだよ・・・・あっ・・」 ふらつく足元。 や・・やべ・・・ 回る景色。 ズダァッ。 シンジ、横転。 「い・・いてて・・」 なんとか体勢を立て直そうとするシンジ。 しかし、その姿を見てニヤリと笑う、後続のアスカ。 「チャァ〜〜ンス」 そして。 「とおっ!」 ・・・飛んだ。 「・・・はあっ!!???」 う、嘘だろ、オイ。 ・・嘘じゃないです、シンジ君。 ・・・・どっしゃあああっ。 「・・・・・・ま・・マジかよ・・・・。」 ・・シンジは、ほんの数分前、調子に乗ってしまった自分を恨んだ。 ・・シンジは、ほんの数分前、幼馴染をバカにした自分を恨んだ。 フライングボディーアタック。 それは、シンジにとって、重過ぎた、罰となった。 「えへへぇ〜つかまえたぁ。」 仰向けのシンジの上に馬乗りになり、トロンとした目で、にへらと笑うアスカ。 もはや、普段の清楚なイメージは微塵も感じられない。 「と・・とりあえず、降りてくれます?アスカさん。」 やけに下手に出るシンジ君。 「イヤ。」 アスカさん、あっさり拒否。 「・・・降りて。」 「イヤ。」 「・・・降りろ。」 「イヤ。」 「・・降りろっつうの!!重いんだよ!!」 シンジ、逆ギレ。 「お・おもっ・・重かないわよあたしは!!失礼ねぇっ!!」 「重いっつうんだよ!いいから降りろ!!」 「重くないわよっ!!このおっ!!」 ぽかぽかぽか。 「いって・・ちょ、やめろって・・!!」 マウント・ポジションからの殴打。 シンジ危うし。 そこに近づく影が二つ・・。 「・・あれぇ?シンジと・・ひっく・・惣流やないかあ?」 「ホントだ・・なんかぁ・・い・いやーんな感じぃ・・じゃないかぁ?ういっく。」 「げっ・・トウジにケンスケ・・・!!」 ヤバイ。 今のこの体勢はかなりヤバイ――― 焦燥感に駆られるシンジ。 だがトウジ達は、大して驚く様子もない。 (・・・??・・やけにリアクションが薄いな・・・。あ・・そうか、こいつらも相当酔ってんのか・・) よくよく見ると二人とも、体がふらふらと揺れており、今にも倒れそうだ。 (これなら・・後になって、忘れちまってる可能性が高いな・・) シンジ、ほっと一安心。 が、それも束の間の安堵だった。 「ひょっとしてお前ら・・・子供でも作る気なんかぁ?」 「な・・・!」 「まぁね〜〜」 トウジのからかいに、固まるシンジとは対照的に、手を振りながら、笑顔で返すアスカ。 すぱこーん! シンジのいいツッコミが入る。 「いったあ!何で叩くのよお!!」 「お前がバカなこと言うからだろがっ!」 「なによお!ジョークよ!ジョーク!それくらいわかるでしょお!?」 ぽかぽかぽか。 またも、殴りだすアスカ。 「うおっ・・ちょ、待てって・・」 防戦一方のシンジ。 「ガハハハ、夫婦喧嘩もほどほどにしいやあ!?」 「んじゃあ・・俺達はもうちょい飲みますかあぁ!?」 「おっしゃあ!!飲むでぇ〜〜!!」 肩を組み、高笑いをしながら去って行く二バカ。 実に幸せそうな二人に比べ、殴られっ放しのシンジは、かなり必死な様子。 「わかった・・わかったから・・やめろっ!つうか降りろ!いい加減!!」 「なによっ!そんなにあたしが邪魔なのお!?」 「そりゃ上に乗っかられてんだから、邪魔に決まってるだろっ!!?」 「・・・・・・・・・。」 アスカは殴るのをやめ、急に神妙な顔つきになった。 そして・・じわあと目が潤み始めてくる。 「ちょ、お、おい・・・」 ヤ、ヤバイ・・・!! シンジは直感的に感じた。 が、時既に遅し。 「うわあああ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!シンジはあたしのことが嫌いなんだ〜〜〜っ!!!」 さっきまでの勢いはどこへやら、今度は一転して大泣きモード。 「ちょっ・・な・・なんでそうなるんだよ!!??」 もはやシンジには訳がわからない。 な・・なんで? 俺なんか悪いこと言ったっけ?? こいつ怒り上戸かと思ったけど・・実は泣き上戸だったのか? いや・・普段からよく泣くから、泣き上戸とは言わんか・・? ていうか十年も一緒にいたけど、ここまで変な奴だったとは知らなんだ・・・・ 思わず、幼馴染の変貌振りに思いを巡らすシンジ。 だがここはとりあえず、アスカを泣き止ませるのが最優先だと判断した。 「え、えっと・・・と・とりあえず泣くのはやめようぜ?なっ?」 「なによっ!シンジはあたしが嫌いなんでしょ!?」 「いやだから・・誰もそんなこと言ってねーだろ・・・」 「いや・・違うわ・・もっと・・もっと前から嫌いだったんでしょ!!?そうよ!きっとそうだわっ!」 「お前・・人の話聞けよ・・」 しかし、今のアスカは聞く耳を持たない。 「なんで・・なんで嫌いだったくせに、十年も一緒にいたのよっ!!??」 その言葉に、シンジの表情が変わった。 「バッ・・バカか!嫌いだったら十年も一緒にいるか!!」 思わず叫んだシンジ。はっと我に返ると、アスカはじっとこちらを見ている。 「・・シ・・・シンジ・・・・・・」 「・・・・へ?・・・」 「・・そ、それって・・・」 「・・な、何だよ・・・?」 「・・どう・・い・う・・・・」 そこまで言って、不意にふらあっ、と前に倒れてくるアスカ。 「わっ!!??」 ドサッ。 とっさに上半身を起こしたシンジが、なんとかアスカを受け止める。 「あ・・あぶね・・・・・ん・・・?」 「・・・・すぅ・・・・・」 「ね・・・寝てやがる・・・・・」 なんなんだ、コイツは・・・ シンジはどっと、疲労感が込み上げてくるのを感じた。 <帰り道> ・・・なんだろう・・頭が・・ぼーっとする・・ ・・・私・・どうしたんだっけ・・・? あれ?今・・・どこにいるの・・? うっすらとアスカが目を開けると、見慣れた道に、見慣れた横顔が目に入る。 「・・・シンジ・・・・?」 「・・・お、起きたか?」 「・・・・・あ・・ご、ごめん・・・」 アスカはしばらくしてから、自分がシンジの背に負ぶさっていることに気がつき、思わず謝った。 「やれやれ・・やっといつもの調子に戻ったみたいだな。」 「え?私・・・どうかしてたの?」 「いや・・まあ・・」 「そう言えば・・なんかお酒を飲んだような気がするんだけど・・・」 「覚えてないのか?」 「うん・・・そこから先は全然・・。」 「はは・・いい気なもんだ。」 「えっ・・私・・ひょっとして・・すごく酔っ払ったりしてた?」 「え・・まあ・・な・・。」 「・・・そうなんだ・・。ひょっとして・・皆に迷惑かけちゃった・・?」 「いや、皆にはかけてないけど・・」 「じゃあ・・シンジに?」 「え?いや、別に・・・」 「・・・かけたんだ・・。ごめんね、ほんと・・。」 「いいよ、別に。謝んなよ。」 「でも・・」 「お前だってたまには、迷惑かけていいんだよ。」 「・・・・・・ありがと。」 耳元でささやくようなアスカの声に、不覚にもちょっとドキッとしてしまうシンジ。 だがなんとか平静を装って、話を続ける。 「・・・ま、まあでも、全然覚えてないってのも、ある意味すごいけどな。」 「あ・・でも・・」 「ん?何?」 「なんか、嬉しいことがあったような気がする・・・」 「・・嬉しいこと・・ねぇ・・。」 「・・・なんだろ。思い出せない・・。」 「・・・・そっか。」 「・・ふわあ・・なんか・・ねむいや・・。」 やがてアスカは、安心しきったかのように、シンジの背中に身を委ねると、再び夢の世界へと落ちていった。 <月曜日・2−A教室> 「おはようさん!」 「おっす!」 「・・おう、オハヨ・・。」 いつも通りのトウジ・ケンスケに対し、シンジはちょっとローテンション気味。 「どないしたんや?なんか元気ないのう。」 「んなことないけど・・」 「さては、二日酔い・・あいや、三日酔いか?」 「まあ・・そんなとこかな。」 どうやら・・覚えてないようだな・・・ シンジがほっと安堵の溜め息をついたのも束の間、ケンスケが何かを思い出したかのように、手をポンと打った。 「そういえば・・・・なんかなかったっけ?花見の時・・・」 ギクッ! 固まるシンジ。 「なんかって・・なんや?」 「ほら、え〜っと・・・」 必死に、記憶を辿ろうとするケンスケ。 「べ、別になにもなかったんじゃねえの?」 シンジがそう言った次の瞬間。 「思い出した!シンジが寝てて、その上に惣流が乗っかってたんだ!!」 思わず大声を上げるケンスケ。 既に教室へ来ている、何人かのクラスメート達の視線が、一斉にシンジら三人に注がれる。 「ちっ・・ちが、違うって!!あれは・・その・・」 シンジが弁解をしかけた途端、 「そうや!ワイも思い出したでっ!!お前らなんや、子供作るとかなんとか言うとったやないかっ!」 「い、言ってねーよ!!それ言ったのトウジだろ!!?」 「え・・そやったか?」 「そうだよ!トウジが『子供作るんか?』とか聞いて・・」 「ああそうや!!そいで惣流が『まあね〜』とか言うたんや!!」 「げっ!!・・し・・しまった・・」 シンジ、墓穴を掘ったことに気付く。 「ちょ・・碇てめえ!!あの夜何してたんだあ!!?」 「俺達が酔って騒いでる隙に・・!!」 「ふ・・不潔よおっ!!!」 一気にまくし立ててくるクラスメート達。 「ちがっ・・違うってーーーっっっ!!!」 必死に誤解を解こうとするシンジ。 一方こちらは、一人自分の席に着いている、赤髪の少女。 頭を両手で抱え込むような姿勢を取っている。 ・・・・う・・うそ・・・。 シンジが寝てて・・・わ、私がその上に・・の・乗っかってた・・・? 私が・・・シンジの上に・・・? そして・・こ・・子供・・・・・!? もはやアスカの顔は茹でダコのように真っ赤。 穴があったら入りたいとは、まさに今のアスカのような気持ちを言うのだろう。 ・・・・・・生涯禁酒。 その四文字を、深く、深く、心の底から誓う、アスカであった。 fin. ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- <あとがき> お久しぶりです。紅氣です。前回、『ユニゾン編を書くかも・・』とかなんとか言ってたくせに、 結局また学園編となってしまいました。こういう所にも、性格のいい加減さがにじみ出てますね・・。 しかもなんだか、『シンジとアスカの性格が逆』っていう設定自体、(かなり)怪しくなってるような気が・・。 しかしまあ何はともあれ、こんな拙作を読み終えて下さり、誠にありがとうございました。 本当に、本当に、感謝しております。 そして御意見・御感想、心よりお待ちしております。 たとえ一行でも書いていただけたら、嬉しさのあまり涙を零すかも・・ (実際、前作で感想を頂けた時は泣きかけました。) なお、返信率は800%です(爆)。 それでは、次回作(あるのか?)で、お会いしましょう。紅氣でした。
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |