赤い髪のお隣さん               



 by ろさんぜるす














【葛城家】

「え―――!!今日から学校があるんですか!?」

ダイニングにシンジの叫びがこだました。

父親に呼ばれてやってきた第3新東京市。昨日まではエヴァというロボットに
乗せられ使徒という怪物と戦ったりと非現実的なことばかりが続き、疲れ切って
いたシンジは今日は1日ゆっくりしようと考えていたのだ。

ところが、今朝になってシンジは彼の同居人兼保護者である葛城ミサトから転校
のことと、その初登校が今日であることを知らされたのだ。

「そうよ。ネルフにかかれば転校の手続きなんてチョロイものよ。」

「昨日は何も言わなかったじゃないですか!?」

「ゴメン、ゴメン。昨日はシンジ君の歓迎会で忙しかったから忘れちゃったのよ。」

忙しいって・・・・・
ただビール飲んでただけじゃないか・・・・

自分の新たな保護者と今後の生活に不安を覚えるシンジ。そんな彼の足元には
ゴミが散乱している。

「まあ、そういう訳で今日からシンジ君には第壱中学校に普通に登校してもらうわ。」

「そ、そんな。だいたい僕は学校の場所も知らないんですよ。」

「あら、そういえばそうねえ・・・・」

シンジのもっともな発言にミサトはしばし顎に手を当て考え込んでいたが何か
思いついたらしく、やがて「そうだ!!」と手を叩いた。

「そっちは私が何とかするからシンジ君は早く学生服に着替えて。」

ミサトに言われてシンジは渋々着替えに移った。

学校か・・・・
疲れるなぁ・・・・・

前の学校であまり良い思い出の無いシンジはのろのろとシャツに手を通した。
リビングを覗けばミサトはどこかに電話を掛けているところだった。

ズボンを履き替え、筆記用具を放り込んだ鞄を手にする。今朝になって教えられ
たばかりなのでこれ以上持っていく物は特に無い。

シンジがリビングへと出て行くとちょうどチャイムが鳴った。

「はーい」

今だに寝巻き姿のミサトに代わって玄関へと向かう。シンジがドアを開けると
そこには赤い髪に青い瞳の女の子が立っていた。

誰だろうこの娘?何の用なのかな?

「アンタが碇シンジ?」

「う、うん」

「ふーん」

そう言うと少女はどぎまぎしているシンジの顔をじろじろと覗きこむ。と、そこに
ミサトがやって来た。

「アスカ、来てくれたのね。」

「あ!ミサト。ママから話は聞いたけど、そういうことはもっと早く言いなさいよ!」

「ゴミン!無理言っちゃって。」

「あ、あの」

1人蚊帳の外に置かれたシンジはおずおずと話に分け入った。

「あら、ごめんね。シンジ君。彼女は惣流アスカさん。
惣流・キョウコ・ツェペリンさんは知ってるわね?」

「あ、はい」

シンジは一昨日、エヴァの操縦のレクチャーをしてくれた白衣を着た優しそうな
女の人を思い出した。

「アスカはその娘さんで、お母さんと一緒にここの隣の部屋に住んでるのよ。
で、シンジ君を学校まで案内して欲しいってさっき電話したの。」

「そういう訳よ。よろしく、碇君。」

そう言ってアスカはシンジに手を差し出した。

「あ、僕こそよろしく。」

シンジもおずおずと手を差し出し2人は握手を交わした。

「よし、じゃあさっさと学校に行くわよ!!」

言うが早いか、アスカはシンジの手を握ったまま走り出した。

「うわっ!いきなり走り出さないでよ!!」

「うっさいわね!!急がないと遅刻ギリギリなのよ!それともアンタ、転校初日
 から遅刻したいの!?」

「う、・・・それは嫌だけど。」

「だったら無駄口叩いてないで走りなさい!」

「うん。」


さすがに初日から遅刻はまっぴらなシンジはアスカと肩を並べて必死に走った。
学校まではかなりの距離がある上に大きな坂道もあり、学校に着いた頃には
シンジの息はすっかり切れていた。


「ま、間に合った。」

「情けないわね、この程度で疲れるなんて。」

そう言うアスカは汗1つ掻いてない。

「な、なんでそんな平気な顔していられるの?」

「そりゃあ、毎日この道を走っていれば自然と慣れるわよ。」

「・・・・・・それって、毎日遅刻しかけてるってこと?」

「う、ウッサイわね。」

痛いところを突かれたらしくアスカは1人でずんずんと玄関の方に歩いて行って
しまった。

「あ、待ってよ惣流さん。」

シンジは慌ててその後を追った。シンジが追いついたときアスカは自分の下駄箱
から靴を取り出そうとしているところだった。

だが、アスカが下駄箱を開けると中からはラブレターの束が溢れ出してきて、
シンジは目を丸くする。

アスカ、もてるんだな・・・・
まあ、こんなにかわいいから無理もないか・・・

「まったく、毎日毎日よく懲りないもんね。」

「どうするの?」

「こうすんのよ!!」

アスカは床に落ちたラブレターを靴で踏みにじると全部まとめてゴミ箱へと
ぶち込んだ。

「はぁ、すっきりした。」

パンパンと手を払ってからアスカはシンジの方へと振り返った。

「じゃあ、職員室まで行きましょうか。」

その表情は一仕事を終え、実に晴れやかなものだった。






【2−Aの教室】

職員室で担任だと名乗ったのは眼鏡を掛けた小柄な老教師だった。

担任連れられ教室に入ったシンジはアスカとさらにレイがいたことに驚いた。

アスカはシンジに小さく手を振って見せ、レイはシンジの方をちらりと見ると再び
視線を窓の外へと向けた。

シンジはまず転校生のお約束、自己紹介をすることとなった。少し緊張しながらも
シンジはごく簡単な自己紹介を行った。

「碇シンジです。××市から父の仕事の都合で来ました。よろしくお願いします。」

父の仕事の都合・・・・・。

一応、嘘は言っていない。

「では、碇君の席ですが・・・・・」

担任が教室を見まわすとアスカが手を挙げた。

「はーい、先生。私の隣が空いてますよ。」

「そうですね。では惣流さんの隣という事にしておきましょう。」

どうやらシンジの席はアスカの隣に決まったようだ。
鞄を引っさげ一番後ろの席に着く。

「まさか、同じクラスになるとは思わなかったよ。」

「そうね。ま、何か困ったことがあったら遠慮無くアタシに言いなさいよ。」

「うん。ありがとう。」

そんな会話をする2人をクラスの男子の多くがムッとした表情で見ていた。
どうやら転校生であるシンジがアスカと仲良くしていることが面白くないようである。

だが、そんな男子の中において1人だけシンジのことを違った目で観察する
人物がいた。

押し上げた眼鏡が少し妖しげに輝いていた。








【葛城家】

夕食の片づけを終えたシンジは自分の部屋でベッドの上で音楽を聞いていた。

天井を見つめていると今日の学校でのことが思い起こされる。

朝の言葉通り、アスカはその日1日何かとシンジのことを助けてくれた。

教科書が無いシンジに教科書を見せてくれたり、
進度が違ってわからないところを教えてくれたり、
学校の施設を説明してくれたり・・・・・

おかげでシンジは新しい学校生活を全く問題無く過ごすことができた。


今日の学校、楽しかったな。
あんな可愛い子がお隣さんだなんて・・・・
もしかしたら今度の学校は楽しいものになるかもしれない。


今までは学校などおもしろくも何ともなかったシンジだったが、アスカの存在が
シンジに漠然とそんな期待を抱かせた。







【学校】


週末の5時間目、数学の授業。黒板の前で教師が熱弁を振るっている。

だが、そんな教師を尻目にシンジとアスカは声をひそめてお喋りの最中だった。
何かとシンジを助けてくれるアスカだが、授業中にも関係なく喋りかけてくるの
は少し困りものだった。

「あの先生の癖はね。大事なポイントを板書してるとチョークを折るのよ。
見てなさい、そろそろ折る頃だから・・・」

アスカの言葉通り教師が手にしていたチョークが力の入れ過ぎで音を立てて
真っ二つに折れた。

「ね?」

「ホントだ。」

「ここは間違い無くテストに出るわよ。アンタもちゃんとメモっておきなさいよ。」

「うん。」

「で、あの先生だけどねぇ。テスト前になるとチョーク折りまくるのよ。
一時間で5本も折ったこともあったんだから。」

「へえ。」

そんなことを話しているうちに授業終了のチャイムが鳴った。

「では、これで授業を終わりにします。ただし、惣流さんはお喋りをしていた罰として
宿題を集めて私のところまで届けてください」

「えーーーー!!碇君だって喋ってたじゃないですか。」

「あなたはいつも居眠りをしているからその罰です。」

「む〜〜」

アスカは膨れたが教師はさっさと教室から退出して行ってしまった。

話に聞くと、アスカはドイツですでに大学まで卒業してしまっているらしく、
学校の授業は簡単過ぎると結構居眠りをしていたらしい。

仕方なくアスカは渋々宿題を集めにかかる。

「じゃあ、これから職員室に行って来るけど、先に帰るんじゃないわよ。」

「あ、うん」

アスカはシンジをギロリと睨んで、待つように言うと教室を後にした。

一方、そう言われたものの何もすることがないシンジは机に頬杖をついて
ボケっとしていた。

「ねえねえ、碇君ちょっといい?」

と、そんなシンジのもとに2人の女子生徒がやってきた。

「疎開始まってるのに何で今ごろこの学校に来たの?」

「え?あ・・・・・・」

突然の質問にどう答えてよいか分からずシンジは言葉に詰まってしまう。

「やっぱりあの噂はホントなのね。」

そんなシンジの様子を見て女子生徒は確信のこもった声で言った。

「噂って?」

「とぼけないでよ!君があのロボットのパイロットだって聞いたわよ!」

「本当なんでしょ!?」

ずいっと迫ってくる二人の少女。
睨みつけてくる2人からの無言の圧力がシンジを襲った。

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

じーーーーー

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

じーーーーー

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・ホント・・・だけど・・・・」

「きゃーーーーーー!!やっぱりーーーーーー!!」

2人の気迫に負けてシンジがそう言った途端黄色い声を上げる少女。
それを聞きつけて他のクラスメート達も一斉に動き出す。
どうやら、みんな最初から今のやり取りを見ていたらしい。

「なになになになに!?」

「やっぱホントなんだってよ。あの噂!!」

「なにー!!あの転校生と惣流ができてるって噂か!?」

「ちげーよ。あいつがあのロボットに乗ってたんだって!!」

「すっげー!!かっこいい!!!」

「しつも〜ん!どうやって選ばれたの?」

「え・・・あの・・・・・」

あっという間にシンジの周りには黒山の人だかりができた。
その中から次々と質問が飛んでくる。

「ねぇねぇ、怖くなかった?」

「え・・・・」

「やっぱりデキてんのか!?」

「へ?」

「必殺技とかあんのか?」

「・・・・さあ」

「ねえねえ、じゃあ、あの怪物みたいなのは一体なんなの?」

その質問が出た途端、他の生徒達も口を止めた。
どうやらみんなが疑問に思っていたことらしい。

みんな答えるまではてこでも動きそうに無い。

仕方なくシンジは口を開いた。

「さあ、僕もよくわからないんだ。みんな使徒とか呼んでるけど・・・・・。
詳しいことは誰も知らないみたいだし・・・・」

シンジが答えになっていない答えを口にしたときだった。

「偉そうにしとっても、なーんも知らへんのやな。パーなんとちゃうか?」

声がした方を見ると黒いジャージを着た少年が1人険しい顔をして立っていた。

「あー――!鈴原!!あなた1週間も学校を無断欠席して!」

学級委員長を務める少女が少年の姿を見咎めて声を上げたが、

「じゃかあしい!だまっとれ!!」

そう言い返すとその少年は机を乱暴に押しのけて真っ直ぐシンジへと近づいてきた。

「転校生!!」

バン!!と威勢良く手をシンジの机に叩きつけ、少年は言った。

「ちょっと顔かせや。」




・・・・・




ドガッ

体育館裏まで連れてこられたシンジは先程の鈴原トウジいう少年に殴られた。

どうやら、先の第3使徒との戦闘で初号機が暴れたときに妹が巻き添えに
なったらしい。

「おい!大事なパイロットになんてことを!!」

友人なのか、トウジに付いて来ていた眼鏡の少年が慌てて止めに入る。

「ケンスケ止めるな!!ワイはコイツが許せんのや!!」

そう言ってもみ合いを始める二人を見ていると無性にむなしくなってきた。


僕だって好きでパイロットをやってるんじゃないのに・・・・・

どちらかと言うとエヴァになんか乗りたくないよ。
こんなことしてたらいつ死ぬか分からないし・・・

何でこんなことしてるんだろう僕?



無理矢理エヴァに乗せられ死にかけたというのに父は声を掛けてくれない、
死にかけながらも街を守ったというのに人には恨まれる。

ミサトに認められ、エヴァのパイロットを続けてみることにしたシンジだったが
早くも嫌気が差し始めていた。



「アンタたち何やってんの!」


シンジが黙って俯いたとき、凛とした声があたりに響いた。

顔を上げるとそこにはアスカと先ほどトウジを注意したおさげの少女の姿があった。

「鈴原!!何をやってるの!!」

「惣流!!委員長!!」

ケンスケという少年が天の助けとばかりに声を上げる。

「ちっ!邪魔が入りよった。・・・ええか、ドアホ!!これだけは言うといたる!
 次戦うときは・・・」

バキッ

トウジが捨て台詞を最後まで言うより早くアスカがトウジを殴り飛ばした。
そばの植え込みに頭から盛大に突っ込むトウジ。

「イテテテテ・・・・・。何すんのや!!」

頬を押さえて顔を上げるトウジだったが、その前には鬼のような形相をした
2-Aの委員長、洞木ヒカリが立っていた。

「スーズーハーラー。」

「い、委員長!!」

「ちょっと、顔貸しなさい!!」

ヒカリにずるずると引き摺られて行くトウジ。
アスカはトウジのことをヒカリに任せシンジの前に屈み込んだ。

「アンタ、大丈夫?」

「・・・・・・うん」

シンジは小さく頷くと立ち上がった。だが、その瞳は暗く、顔は沈んでいる。

「そう。じゃあ、保健室に寄ってから帰りましょ!」

アスカはシンジの手を引いてその場を後にした。









「お、俺は・・・?」

後に残され、ケンスケは1人その場に立ち尽くしていた。

それを教室の窓から見ていたレイがぼそっと呟いた。

「・・・・用済み・・・・」













【通学路】


「アンタも災難だったわね」

「うん・・・・」

「まったく、鈴原の奴明日会ったら滅茶苦茶にしてやるんだから。」

「・・・・・・」

「も〜〜!いつまでもウジウジしてんじゃないわよ。元気出しなさいよ。」


学校からの帰り道。

アスカが盛んに喋りかけて来るがシンジの答えには覇気がない。

やがて、シンジが交差点の1つで足を止めた。

「・・・ぼく、今日はネルフがあるから。」

「あら?そうなの?」

「うん。じゃあね。」

そう言ってアスカに背を向けるとネルフに向けて歩き出す。

だが、すぐに後ろから足音が追いかけて来た。

「ちょっと!アンタ!」

がしっ

方を掴まれ無理矢理振り返らされるとすぐ目の前に迫ったアスカの顔があった。

「アンタ、明日何か予定ある!?」

「え?ご、午前中はネルフがあるけど・・・・」

アスカの気迫に少しびびりながら答える。

「ふーん、午後は開いてるのね。
 じゃあ、気晴らしにどっか遊びに行きましょうよ。」

「え?」

突然のお誘いに目を瞬かせるシンジ。

「よし、じゃあ明日の2時に迎えに行くから準備しときなさいよ!じゃあね!!」

強引に話を締めくくるとアスカはシンジに背を向けさっさと家へと走り出していた。

口を挟む間もなくあれよあれよと話を進められ、後に残されたシンジだったが・・・・


アスカと2人でお出かけか・・・・・
嬉しいかも・・・・・


結構、現金な性格なのかもしれない。






【コンフォート17マンション】

次の日、予定通りネルフでの訓練を終えたシンジを打ち合わせ通りアスカが
迎えに来た。

緑色のワンピースを着て少しおめかしした様子のアスカ。
お隣さんといってもアスカの私服姿をはじめて見るシンジは顔を赤くした。


やっぱり、可愛い・・・・
こんなことなら、もっと良い服を買っておけば良かったよ。


特に気を使ったわけでもない自分の服装が急に恥ずかしくなってしまうシンジ。

「じゃあ、行きましょ。」

だが、そんなシンジの気持ちを知るはずもないアスカはそう言うと、さっさと
歩き出した。

「あっ、待ってよ。」






【駅前】

電車に乗って2つほど先の駅に下りた2人を迎えたのは

人。人。人・・・・・・

「うわぁ!すごい人だね。」

「ここらじゃ、一番大きな商店街だから仕方ないわよ。
 はぐれ無いように手を繋ぎましょ。」

「え!?」

驚くシンジをよそにアスカはさっさとシンジの手を握ってしまう。

しっとりとして柔らかい感触がシンジの手を包む。

「こっちに来てまだ数日だから日用品とか、服とか足りないでしょ。
ここで全部買い揃えるわよ。」

「あ、うん。」

シンジはコクコクと頷いたが、動悸の音がどかどかと喧しくて実際アスカの言った
ことなど半分も聞こえていない。

かくして真っ赤になったシンジはアスカに連れられ日常生活に必要なものを
買い込んで行った。





・・・・・





「ずいぶんと買ったわね。」

「そうだね。元々大して物を持ってこなかったからね。」

買い物も終わり街をぶらぶらと歩いていた2人。

商店街中を歩き回ったせいでかなり疲れていたが、アスカとのお出かけも
これで終わりかと思うと少し残念になってくる。

「む?」

いきなりアスカが足を止めた。シンジも足を止め振り返るとアスカは全然違う
方向を見ている。

「どうかした?」

アスカはシンジの問いかけに答えず、顔を向けていたほうへ歩き出した。

アスカが向かったのは商店街の中の広場になったところで、そこで1人の女の子
が泣いている。

「どうしたの?」

目線を合わせて優しく尋ねるアスカに女の子は泣いたまま上を指差した。

「あっ!風船!」

少女の指差す先を追ったシンジは広場に植えてある木の一本に赤い風船が
引っ掛かっているのを見つけた。

「うっかり、手を離しちゃったってワケね。」

腕を組んで唸るアスカ。その隣で女の子は依然として泣き続けている。

「・・・・・もしかしたら、取れるかもしれない。」

「え?」

アスカがシンジに目を向けるとシンジは袖を捲り上げて手をこすり合わせている。

「もしかして、登る気?」

「うん。僕が前いたところってかなり田舎だったから木登りは結構やったことが
 あるんだ。」

「危ないわよ。」

「大丈夫だよ。」

見てて、とシンジは言うと風船の引っ掛かった木を登り始めた。

途中何度か危ないところがあったが何とか風船を指に絡めると、登るとき
以上の細心の注意を払って下りる。

「やった!」

ぱちぱちぱちぱちぱち

いつのまにか周りに集まって来ていた人たちがシンジに拍手を贈る。

「やるじゃない!」

親指を立てて見せるアスカに同じく親指を立てて見せながらシンジは女の子に
風船を渡してあげた。

「今度はしっかり握ってるんだよ。」

「うん。ありがとう。お兄ちゃん。」

泣き止んだ女の子はそう言って満面の笑みを浮かべるとお礼を述べる両親と
一緒に歩いて行った。

「すごいわね。見なおしたわ。」

「そんなに大したことじゃないよ。」

アスカに誉められ、シンジは頬を掻きながらそう言った。

「あっ!ねえ、どうせだからあのビルに行ってみない?展望室があるんだけど、
 まだ行ったことがないのよねえ。」

「別にいいけど。」

「じゃ、行こっ!」





【展望室】

夕日が第3新東京市を赤に染める。逆光の高層ビル群はその姿を巨大な
影法師へと変えている。

『これが私たちの街よ・・・・・そして、あなたが守った街。』

「これが、アンタが守った街ってワケね。」

脳裏によぎったミサトの言葉とアスカがちょうど同じ言葉を言った。
驚いてシンジはアスカの方を振り返る。

「?何よ?アタシ、変なこと言った?」

「いや、ミサトさんにも同じことを言われたんだけど・・・・・・・・・・・、
 僕はそんな立派なことを考えて乗ったわけじゃないよ。その場に流されて、
 嫌々乗せられて、気が付いたら敵を倒してた。ただ、それだけだよ。」

シンジはそう言うと視線を窓に戻した。

しばし、沈黙が続いた後、アスカが口を開いた。

「エヴァに乗るのは嫌?」

「うん。・・・・・・でも、嫌いでも今は僕しかいないから・・・・・」

「ふーん。アンタは大変そうだけど、アタシはエヴァのパイロットのアンタが
 羨ましいな。」

「え?」

ポツリと溢したアスカの呟きにシンジは振り返った。

「だって、使徒が来てもアタシは指をくわえて見ていることしかできないけど、
 アンタは戦えるもの。」

「・・・・・でも、怖いよ。もしかしたら、死ぬかもしれないんだよ?」

アスカはシンジの言葉に答えず顔を窓の外に向けると全く別のことを話し始めた。

「アタシがこの街に来る前、ドイツにいた頃のこと話してなかったわよね?」

「え、うん。」

「アタシはドイツにいた頃は友達なんて1人もいなかったのよ。」

「え!?」

シンジは驚いた目でアスカの横顔を見た。いつも明るくて気さく、それでいて
容姿端麗なアスカに友達が1人もいなかったというのは信じがたい。

「ウチのママってエヴァを作ったぐらいだからそっちの世界では名前を知らない
人がいないほど有名だったの。だから、アタシもママの名に恥ないように小さい
頃からすごく勉強してたわ。毎日毎日、勉強ばかりして、いつのまにか大学まで
出てた。みんながアタシのことを天才だ、流石だ、って誉めてくれたけど、
気付けば同年代の普通の友達は1人もいなかった。」

「・・・・・・・」

「今、思うとどうかしてたわ。あの頃のアタシは変なエリート意識を持って、
全てにおいて一番でいることばかりにこだわって他のことなんてまるで目に
入ってなかったもの。」

ふふ、とアスカは自嘲気味に笑った。

「でも、この街に来て第壱中学校に通って、みんなと過ごすうちにこんな人生は
寂し過ぎる、もっと違う生き方だってあるって気付かされたの。」

「・・・・・・・・」

シンジはアスカの告白を黙って聞いていた。

アスカは眼下に広がる街を目を細めて見つめた。今にも消えそうな夕日が放つ光が
アスカの髪を金色に染めている。

「だから、アタシはこの街が好き。アタシを人間らしくしてくれた、アタシが好きな
人たちが暮らしているこの街が大好き。」

「・・・・・・・・・」

「だから、もしパイロットだったらアタシはどんなに怖くても、人から恨まれようと、
エヴァに乗ると思う。みんなが笑っていてくれさえいれば、アタシはそれで良いから。」

シンジの脳裏に先ほど風船を取ってあげた女の子の笑顔が浮かんだ。

もし、自分が戦わなかったらあの女の子は今ごろいなかったのかもしれない。

「アンタ、この街を守ったていうことの意味が分かる?アタシはこの街を守るっていう
ことはそこに住む人の未来を守ることだと思う。」

「未来・・・・」

「そう、あるいは可能性。もし、アンタがエヴァに乗らなかったら、今日この商店街に
来ていた人たちはいなかった、アタシがアンタと会うこともなかった。」

「だけど、良いことばかりとは限らないよ。」

トウジに殴られたことを思い出しシンジは言った。

「そうね。今、このときに喧嘩したり、憎しみ合ってる人だっているかもしれない。
でも、明日には仲直りできるかもしれないじゃない?それが、可能性。
未来は誰にも分からない。でも、より良い結果を目指すことは誰にでもできる。」

アスカの言葉にシンジも窓の外を見やった。

このビルから見えるだけでも数え切れないほどの人がいる。親子づれで来ている人、
友達同士で遊びに来た人、カップルでデートをしに来た人。

顔を上げれば日が沈みかけた街に灯る明かりが見える。
あの明かりの数だけ人の営みがある。

そう思うと自分がやったことの価値が分かるような気がした。

『あなたはりっぱによくやった。自信を持ちなさい。』

今になってやっとミサトに言われたことが実感できる。

「あんたはこの街が好き?」

いつのまにかシンジの方を向いていたアスカがそう尋ねてきた。

逆光で、影が掛かった顔の中で青く輝く瞳がシンジのことを真正面から見つめている。

「分からないよ。だけど・・・・・・・・・」

シンジはそこで口を噤んだ。アスカはじっとシンジの瞳を見つめている。

「・・・だけど、好きになれるかもしれない。だから、好きになる可能性が無くならない
ようにこの街を守ってみようと思う・・・・」

シンジの言葉にアスカはニコリと笑った。

「そう。アタシはアンタが戦うのを手伝ってはやれない。だけど、お隣さんとして
アンタがこの街を好きになる手伝いはしてあげるわ。」

「・・・・ありがとう。」

「あ!見てみなさいよ、街が綺麗よ。」

外を見ると日が沈み暗くなった第3新東京市を照明の煌きがデコレーションしている。

窓に顔を寄せてそれを眺めるアスカをシンジは見つめた。



お隣さんとして・・・・・か。


僕は本当はこう思ったんだ。

君がそんなに好きな街なら守りたい・・・・・って。






FIN


 ―――――――――――――――――――――――――――――

(あとがき)

やっと、ついに、まじめなものが書けました。

やればできるじゃん、自分。

書くのに2ヶ月もかけておいて言う言葉ではない気もしますが・・・・・


このお話の中のアスカはセカンドチルドレンでもなければ、幼馴染でもない。

EVAとの接点は母親がネルフ関係者というだけ、つまりほとんど皆無。

では、どんな役かと言えば、

可愛くて、お節介焼きな、単なるお隣さん。


・・・・何だそれ?


でも、自分は結構気に入っています。

一応裏設定とかもあるんで続編も書こうと思えば書けるんだろうけど・・・

何ヶ月かかるもんか分かりませんし・・・・

ああ、もっと速く書けるようになりたい!!


マナ:いろいろ嫌なこととかあるけど、そんなことばかりじゃないのよね。

アスカ:シンジみたいにちょっと視点を変えたら、見えてくる世界も変わるってもんよ。

マナ:また、前を向いて歩き出せて良かったわ。

アスカ:後を向いても人生の1ページ、前も向いても人生の1ページなら、前を向かなくちゃ。

マナ:アスカもたまにはいいこと言うわねぇ。

アスカ:更に、もうひとーつっ!

マナ:なになに?

アスカ:アタシの方も向いてくれたら、最高ってもんよねっ!

マナ:それは、却下!
作者"ろさんぜるす"様へのメール/小説の感想はこちら。
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