優しく、ゆっくりと、何度も。
その感触で、アタシはまどろみの中から浮き上がる。
シンジは微笑しながら、アタシの髪を撫でていた。
「アスカ・・・・大丈夫だった?」
「・・・・シンジ・・・・・・?」
『あなたは・・・・彼が目覚めた時に泣いていちゃ駄目。ちゃんと笑顔で『ありがとう』って言わなきゃ・・・・・・ね?』
だから、笑顔を見せようと思っていたのに。
『大丈夫だよ』って言おうと思っていたのに。
シンジの笑顔を見た途端、鼻の奥が涙でツン、とした。
涙は見せまいと必死に堪えたのに・・・・・・ガマンできなかった。
「しんじぃ・・・・・・・・・う・・・・・・・・・うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アタシは起き上がろうとしていたシンジの胸に抱きつき、大声で泣いた。
シンジはとても暖かくて・・・・・優しくて・・・・・・・・。
ふたり Part2
Cry on your smile
夜行バスに乗り込んだのは、金曜日の夜。
翌朝、バスに揺られながら目を覚ましたアタシ達の目の前に広がっていた、一面の銀世界。
「うわぁ・・・・・」
「凄いや・・・・・・」
アタシはシンジの手を握り締めた。
にっこりと笑顔で応えてくれるシンジ。
アタシは気分が高揚していくのがわかった。
山一面に、木々に降り積もった真っ白な雪を見たから。
重ねた手に、シンジの温もりを感じていたから。
誰にも邪魔される事のない、二人だけの時間がそこにあったから。
バスを降り、宿泊先のペンションへ荷物を運び入れる。
まだ早朝だというのに、ペンションのご夫婦は気持ち良く私達を迎え入れてくれた。
いつもなら入れ替わりで部屋を使う事になるのに、たまたまキャンセルがあったとの事でそのまま部屋に通してくれた。
「うわぁ、すご〜〜〜いっ♪」
まるで映画に出てきそうな、木造りの部屋。
入り口に近い部屋には、小さな机、そしてソファが二つ。
奥には、セミダブルのベッドが二つ並んだ寝室。
その枕元にある大きな窓から、広いゲレンデが見える。
『・・・・・明日まで二人っきり・・・・・・・・。
昼はスキーを愉しむでしょ?
シンジってばスキーウェア姿も絵になるのよねぇ・・・・・・
それでそれで、ナイターまでなだれ込んでぇ・・・・カクテルライトに光るゲレンデでぇ・・・・・・
「アスカ・・・・部屋に戻ろうか?」なぁんて言われちゃったりしてぇ♪
朝まで・・・・・・・・邪魔は入らないから・・・・・・・・ヤダぁ、フケツよアスカ♪』
アタシは親友の台詞を借りながら、思わず想像してしまう。
上気する頬、だらしなく緩む表情。
「・・・・すかぁ、アスカ?」
「・・・・・ほへ?」
突然目の前に現れたシンジ・・・・ううん、アタシが呼ばれていたのに気付かなかっただけ。
シンジはとっくに支度を終え、
「どうしたのさ?早く着替えて下へ行こうって言ったのはアスカだろ?」
「あ・・・・・・・ゴメンなさい・・・・・」
「待ってるから、早くおいで?」
「・・・・・・・ウン・・・・・」
・・・・・アタシ、見られたのかしら?
もしかして、すっごく変なカオしてなかった?
・・・・・・・・あーもうっ!そんなコト考えてるヒマないわっ!!
緩斜面で軽く足慣らしをした後、リフトを乗り継いで頂上へ。
目の前に広がる風景を見下ろしながら、アタシ達は最初の休憩を取った。
「気持ちイイね、シンジ♪」
「そうだね・・・・雪質もいいし、滑るのが楽しいよ。」
「こうやって一緒にスキーをするのって、何度目くらいなのかなぁ・・・」
「初めてスキーに行ったのは、三歳の時だったよね。」
「毎年三回くらいは行ったわよね・・・・だとすると・・・」
「・・・・でも、今回が初めてだよ。」
「・・・・え?」
「・・・・アスカと二人きりで来るのは、これが初めてだって事。」
そう言いながらシンジはアタシの肩を抱き寄せた。
・・・・なんだか、シンジはいつもよりも大胆。
いつもならアタシがくっついて、シンジは照れ臭そうな顔をするのに。
でも、嬉しかった。
暖かかった。
「・・・・80点。」
「・・・え?」
「抱き寄せてくれるのは嬉しいけどぉ・・・ほっぺ紅いし、そっぽ向いてるから80点♪」
「・・・まだまだ修行中の身だからね・・・」
アタシはシンジの腕からすり抜けると、両手で頬を軽く引っ張った。
「・・・・ひゃにひゅるのひゃ、あひゅはぁ?」
「シンジぃ?アタシ以外の女で練習なんかしたらコロスわよ?」
シンジは小さくコクコクと頷く。
アタシは頬を抑えたまま、軽くキスをした。
何人ものスキーヤーが目の前を通り抜けていったが、そんなのは気にしない。
「・・・ヤクソク、だからね?」
「・・・疑ってもないくせに・・・・」
「へへ♪」
アタシはもう一度キスすると、立ち上がって手を差し伸べた。
「そろそろ滑ろうよ、シンジ!」
「そうだね・・・・いこっか?」
それから、昼食の時間以外はほとんど休むことなくスキーを楽しんだ。
コースマップを見ながら、何度もルートを変えて。
昔、ママが言っていた言葉を思い出す。
『アスカとシンジ君は、スキーの時もいつもと一緒だ』って。
アタシが先を滑り、シンジが後を追う。
小さい時からずっとそうだった。
アタシのほうが上達が早く、シンジはどちらかといえば遅い。
アタシが先生になって教える事も多かった。
だけど、シンジはいつのまにかアタシよりも上手になっていた。
アタシがどんなにきつい斜面を下っていっても、どんなに速く滑っても、シンジはいつも離れない。
むしろ、アタシよりも余裕がある。
それを悔しくは思わない。
あるのは嬉しさ。
いつもアタシを見守ってくれるという、安心感。
だから、ちょっとくらい無茶な事をしても怖くはなかった。
アタシはシンジに甘えすぎていたのかもしれない。
はしゃぎ過ぎていたのかもしれない。
それは起こるべくして起きた『事故』だった。
「・・・そろそろ休憩しない?もう三時過ぎてるよ。」
「何よぉ・・・バテた?」
「そんな事ないけど・・・・アスカさ、いつも『三時のおやつぅ!』って休んでるだろ?」
「あははは・・・・そういえばそうね。
ね、シンジ!下まで競争よ!負けたほうがケーキ奢りね♪
用意、どんっ!!」
「・・・あ、ズルいよアスカっ!」
「ハンデよ、ハンデっ!」
アタシはシンジよりも先にスタートした。
シンジもアタシのすぐ後を追う。
シンジならアタシなど簡単に抜けるだろう。
でも、決して抜こうとはしない。
アタシはそれがわかっているから、競争しようなんて言ったのだ。
曲りくねった林間コースを、いつもより速いスピードで駆け抜けていく。
木の茂みに隠れて、先が見えないコーナーが続く。
ふと気付くと、シンジはアタシのすぐ後ろにピッタリと食い付いていた。
オーバーペースだと気付いたのだろう、シンジはアタシに向かって叫んだ。
「・・・アスカ!スピードを落とさなきゃダメだ!見通しが悪いから危険だよっ!!」
「ナニ言ってんのよっ・・・勝負なんだからね!!」
アタシは調子に乗り過ぎていた。
そして、あと二つコーナーを越えればゲレンデに出るというところで・・・・・・。
アタシの目に映ったのは、ゲレンデに転ぶ女性と、外れたスキー板。
そのヒトを避けようとして、アタシは咄嗟に外へ重心をかけた。
そして・・・限界を超えてしまった。
「・・・キャアァァァァァァァァっ!!」
「アスカぁっ!!!」
バランスの崩れた身体はスピードに耐え切れず、ふわりと宙に浮いた。
太い幹が、アタシの目の前に迫る。
アタシにできる事は、ただ目を閉じるだけだった。
衝撃と共に、肺の中の空気が一気に吐き出される。
・・・・だけど、思ったほど強くはない。
咳き込みながら振り向くと、そこに・・・・・・シンジがいた。
シンジはアタシと木の間に入って、クッションの役割をしてくれたのだ。
「あ・・・・・・・あ・・・・・・・・シンジぃっ!!!」
「・・・・・・アス・・・・・カ・・・・・大・・・丈夫・・?」
アタシは何度も頷いた。ショックのあまり、何も言葉が出てこなかった。
「良かっ・・・・・た・・・・・」
シンジは満足そうな笑みを微かに浮かべ・・・・目を閉じた。
「・・・・イヤ・・・・イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その後、アタシ達はレスキューの人達に救護室へ連れていかれ、そこで治療を受けた。
アタシはカスリ傷一つなく、シンジは打撲と軽い脳震盪だけで済んだ。
そして、ペンションの小父さんが運転する車に乗り、この部屋へと帰ってきた。
アタシはシンジの傍から離れなかった。そして、その間中ずっと泣きじゃくっていた。
「・・・・何があったのか、話してくれるかしら?」
シンジをベッドに寝かしつけた後、小母さんはアタシをソファに座らせると、自分も隣に座った。
暖かいロシアンティーが入ったマグカップを握らせて。
アタシがぽつりぽつりと話し始めると、優しく見つめながら最後まで聞いてくれた。
「・・・・そう、大変な事になったのね・・・・・・・。
それなら尚更、泣いている場合じゃないわ・・・・そうでしょ?
彼はあなたを護ってくれた。あなたは・・・・彼が目覚めた時に泣いていちゃ駄目。
ちゃんと笑顔で『ありがとう』って言わなきゃ・・・・・・ね?」
「・・・・・・はい・・・・・」
小母さんはアタシを元気付けるように、にっこりと微笑んでから部屋を出ていった。
アタシはベッドルームに入ると、床に直接腰を落とし、ベッドに寄り掛かりながらシンジを見つめた。
規則正しい呼吸音、穏やかな寝顔。
ロシアンティーに入っていたブランデーが効き始めたのだろうか。
しばらく見つめつづけるうち、アタシは安堵感と共に、いつしか眠りに落ちていた。
どれくらい泣き続けていたのだろうか。
アタシはようやく落ち着きを取り戻した。
その間ずっと、シンジはアタシの肩を抱きしめたまま髪を撫でていてくれた。
「・・・・・落ち着いた?」
アタシはシンジの胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
シンジのインナータートルが、アタシの涙で濡れていた。
「・・・・アスカは何ともなかったんだね?」
「・・・・ゴメン・・・・・なさい・・・・・・」
「アスカが無事なら・・・・・怪我がなくて本当に良かった。」
「シンジは平気なの?ドコも痛くない?」
「ちょっと背中が痛いけど、平気。」
「・・・・アタシがシンジの言う事をちゃんと聞いていれば、こんなコトにはならなかったの・・・ゴメンなさい・・・・」
「謝らなくっても良いよ。ちょっとだけ無茶しちゃっただけだし・・・・・」
「・・・・・シンジ、怒ってないの?」
「・・・・・怒ってないよ。」
「ダメだよ、それじゃ・・・・・・・・ちゃんと叱ってくれなきゃ・・・・・・・」
「どうしてさ?」
「・・・・・・アタシ、ずぅっとシンジに甘えてばかりなんだもン。
もし何かあったとしても、絶対シンジが近くにいて助けてくれるって。
今日のコトだって、アタシが調子に乗り過ぎなければこんなコトにはならなかったのに。
だから・・・・」
「・・・・・『自分が原因だ』って、アスカはちゃんとわかってるじゃないか。なら、僕が怒ることはないよ。
・・・・・それにさ、甘えて欲しいんだ。
アスカは・・・・・その・・・・・・・・・・・僕の大事な・・・・・・・・・・カノジョだし・・・・・・・・・・」
「・・・・・シンジ?」
アタシはシンジの顔を見上げた。
シンジは照れ臭そうに窓の外を見ていた。
微かに頬を紅く染めながら。
「・・・・すっかり暗くなっちゃったね・・・・・・アスカ、もっと滑りたかったろ?」
「ウウン、いい・・・・・・・・あんなコトの後だもん・・・・・・・」
「・・・・・・アスカ・・・・・・・」
「・・・・でも、良かった・・・・・・・・」
「え?」
「・・・・・シンジがずっと目覚めなかったら・・・・・・どうしようって思ったの。
だから・・・・・・良かったなぁって・・・・・」
「心配掛けて・・・・ゴメン。
僕は不器用だから、こんな形でしかアスカを護る事はできないんだ。
だけど・・・・泣かないでくれないかな?
僕はアスカの笑顔が好きだよ・・・・・だから、いつもアスカには笑顔でいてほしいんだ。」
「・・・・・ウン・・・・・・」
アタシの笑顔、それはシンジが望んでいるコト。
だから、アタシは・・・・・・・・・精一杯の笑顔を返すために・・・・・・・・・・・
「あ・・・・・あぁぁぁぁぁぁあすかぁぁ???!!!」
「・・・・・・へへ♪」
うーん、やっぱり暖かぁい♪
最高の抱き枕よね、シンジってば♪
なんてったって・・・・・アタシ専用だもんね♪
「アスカぁ・・・・・そんなに抱きつかれたら・・・・・・・・・その・・・・・・・・」
あ、シンジの顔・・・・・真っ赤だ。
・・・・・尤も、アタシも負けてないでしょうケドね(A^^ゞ;;;;;;
「アス・・・・・・んっ!?」
アタシはシンジにキスをした。
『ありがとう』という気持ちをこめて。
『愛してる』という想いを込めて。
翌日。
アタシ達は帰りの車中でぐっすりと寝ていた。
重ねた手を離す事なく。
肩を寄せ合いながら。
終着まで、ずっと、ずっと。
仕方ないでしょお?
昨夜は眠りつけなかったンだから・・・・・・・・・・・・・二人とも。
fin.
後書きという名の戯言:
ども、map_s@駄文書きと申します。
拙作「ふたり」の続編です。
「続きを読みたい!」と言って下さった皆様方に、この場を借りて御礼申し上げたいと思います
ありがとうございました m(__)m
さて、二人の旅行先を温泉とスキー、どっちにしようか悩んだんです。
でも、温泉ネタはウチで使っちゃったモンで(A^^ゞ;;;;;;
なんかスキーに行った、って感じも何もないんですけどね<ぐあ
ま、駄文書きですから・・・・・コレで勘弁してください(泣)
ココまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
んでわ。
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |