第17話 父の形見 後編
カラーン
トウジを先頭に四人は”CAT'S EYE”の店内に入る
「おっ 鈴原君 洞木さん いらっしゃい。今日はお友達も一緒かい。」
冴羽は、トウジ達の姿を見て昨日覚えた名前を呼ぶ。
「はい、冴羽さん 昨日はごちそうさんでした。今日もお邪魔します。今日はちゃんと払いますよってに。」
トウジは昨日の礼を述べる
「はは ありがとう・・・・・で アスカ君に伝えてくれたかい?」
冴羽は水を人数分持ってきてテーブルに置きながらアスカの事を席に着いたトウジに問う 今日はオリヒメは休みらしい
「アスカは、なかなか連絡とれんのですわ 冴羽さん」
「そうか・・・でも よろしく頼むよ。」
トウジの答えを聞いて少し落胆する冴羽
「アスカに何のご用ですか?冴羽さん?」
キョウコが口を挟む
「君は?」
冴羽は、突然声をかけてきたプラチナブロンドの女性に視線を止めた
「私のことはいいですわ。”新宿の種馬”って呼ばれたあなたは小娘など相手にしなかったのに・・・。」
「なんのことかな?」
冴羽は表情を変えずにはぐらかそうとする
「それとも XYZって書かなくては、お願いは聞いて頂けませんか”シティハンター”冴羽リョウさん!!」
キョウコはかつての名前で冴羽を呼ぶ 冴羽の目つきが鋭くなる
「あんた何者だ!!」
それは、昔の自分を知る者しか語れない事実 冴羽は目の前の二十歳に満たない少女とは初対面である
かつて 同じ髪同じ瞳の幼い女の子は覚えていたが彼女は死んだと聞いていた。
「お忘れですか、トレインの娘ですよ。店の奥に居るのは次元さんですか?」
キョウコは、店の奥の席に座っている黒ずくめの男に目を移す
「次元を知っているのか・・・次元は、ここでは俺以外誰とも話していない・・・・本当にキョウコくんか?」
半信半疑で問いかける冴羽
「はい・・・お久しぶりです。最後にお会いしたのはハイデルブルグでしたか それとも ベルリンの私の家でしたか?」
キョウコは懐かしそうに目を細める
「ああ 確かベルリンの家で・・・君は日本からの留学生と一緒に二匹の犬と遊んでいたな なんて言ったっけ 彼女?」
「ユイですか?碇ユイ 今も一緒にいますよ。」
「そうか・・・犬はなんと言ったかな?」
冴羽は本人かどうか確かめるように訊く
「え?フレキとゲリですか?あの子らもセカンドインパクトまでは生きていたんですが・・・・。」
キョウコはかつての飼い犬の名を即答する
「どうやら 本当にキョウコくんらしいな。いやに・・・若いね。」
冴羽は、やっとキョウコを本人と認めたのか キョウコの容姿について躊躇いがちに疑問を漏らす
「いえ ちょっとした実験の事故でね。・・・次元さんとはフュッセンに遊びに行ったときお会いしてからですか?」
キョウコは店の奥の男に言葉を投げる。男は、その通りとばかりに手を挙げる。
「トウジさん、相田さん、洞木さん ちょっと席を外します。」
キョウコはトウジ達に自分の意志を告げ店のカウンターの所に走り寄る。
『キョウコさん 冴羽はん達と知り合いやったんやな。』
優しい目でキョウコを送るトウジ 彼にしてみればキョウコが知己と再び巡り会えた事が自分のことのように嬉しかった
『なによ。でれでれしちゃってさ!男なら誰でも良いの!』
『何だ あの 冴羽っておっさんは?』
ヒカリとケンスケの異なる想い・・・・。
「キョウコ君 他でもないんだが 俺たちが君の娘さん そう アスカさんに用があったのは これを渡したいためなんだ。」
冴羽はそう言うと一つの黒い箱を取り出しキョウコに手渡す。
キョウコがそれをあけると 中に古めかしい黒い銃身の拳銃 サイドに]Vのナンバーが記されている
「これは・・・・・。」
キョウコは、冴羽と次元の顔を相互に見る。
「そうさ 猫のおっさんの銃”ハーディス”俺と相棒のルパンが ブラックマーケットに流れたそれを手に入れた奴から
頂戴したのさ。・・・キョウコちゃん・・・・受け取ってくれるかい。」
次元と呼ばれた男が柄にもなく顔を赤く染めながらキョウコに告げ帽子を深くかぶり直す
「はい ありがとう ございます。冴羽さん次元さん・・・・ありがとう・・・。」
箱を抱きしめたキョウコ 目には光る物が見受けられる。
「「キョウコ君(ちゃん)!」」
キョウコを見つめる冴羽と次元の瞳に優しい陰が宿っていたが それが次の瞬間野性の鋭さに変わる
「伏せるんだキョウコ君!!」
冴羽の声もつかの間”CATS EYE”のウインドウガラスが派手に割れ 店内に撃ち込まれる弾丸
冴羽と次元 キョウコは、素早く物陰に身を隠す
「なんや?」
「きゃーーーーー」
「うわぁ!!」
子供達の戸惑った声 何をしてよいか分からず呆然と椅子に腰掛けたままであった。
「三人とも身体を低くして・・・」
キョウコが子供達に指示を飛ばす その声で我に返り慌てて 床に這い蹲るトウジとケンスケ
しかし 恐怖のためか ヒカリは身体が動かない ただ目を見開き表側を見ているのみ 良いターゲットとなろう
「だめ 洞木さん!!」
キョウコはヒカリの状況を認めるや物陰から飛び出す 再び轟き渡る銃声
『私死んじゃうの?』
ヒカリは、目の前に突きつけられた死の宣告に対し 思わず瞼を閉じる 近くで物が弾ける音がした
恐る恐るヒカリが目を開けたとき 金色の髪が流れるキョウコの背中が視界に飛び込んだ。
「キョウコさん!!」
ヒカリはキョウコの名を呼ぶ
「大丈夫?洞木さん?」
振り返ったキョウコの左手には”ハーディス”が握られており 銃身から鉛の固まりが幾つか落ちる
銃身で飛んでくる弾丸をはじき落としたのであろうか 人間離れした技である
再び銃声が響く しかし それは店内に撃ち込まれた物ではない 素早く別の出入り口から外に出た
冴羽と次元が無礼な来訪者に浴びせた洗礼であった。
「ふう 一人 二人っと・・・・ あらかた十人ってとこか?」
コンバットマグナムを持った次元が冴羽に問う
「ああ 残りはいないみたいだな 奴ら何者だ。俺もいろいろと恨まれちゃいるが・・・。
今更ここまでされる道理はないぞ?」
ニシキヘビの名を冠する愛銃を仕舞いながら冴羽は首を捻る
そこへ 空気を切り裂く高速飛行音
「なんだ やべえぞ ミサイルか?」
次元の驚愕の声 尾を引きながら”CATS EYE”に吸い込まれていくミサイル
「しまった キョウコ君!!」
冴羽の絶叫がむなしく響く
「みなさん もう 大丈夫ですよ!」
キョウコは微笑みながらヒカリを見て そして トウジ達に視線を移す
「え どういうことですか銃声はまだ聞こえますけど・・・。それと冴羽はん達は何処に?」
トウジは姿のない冴羽を気遣う
「大丈夫です。トウジさん 今している銃声は冴羽さん達です。彼等は父の古い友人です。
彼等が、出て行ったなら もう肩付いたと同じです。それに保安部の人もすぐ来ますよ!」
キョウコは、問題ないとばかりに右手の人差し指を振る
「はあ?」
要領を得ないトウジ 間抜けな視線をキョウコに向けながら ケンスケと共にキョウコ達の側に歩み寄る
それを笑顔で迎えるキョウコ しかし かん高い音に彼女の表情が引き締まる。
振り返ったキョウコは、窓の外に高速の飛来物を見つけた。
「ミ ミサイルだ!!」
ミリタリーヲタクのケンスケはいち早くその正体に気づく
「「え?」」
ケンスケの叫びに絶望を感じるトウジとヒカリ そんなトウジが見た物は3人の前に立ちミサイルを睨み付けるキョウコ
後ろ姿からいつものキョウコにはない 鬼気が感じ取られる
「キョウコさん!!」
トウジは叫ぶ
『キョウコさん ワシらを守ってくれてるつもりなんやろか?』
しかし それは常識的に考えて無駄なことをトウジは理解していたが、彼としてはキョウコの努力がこの上もなく
嬉しかった。この襲撃は、おそらくチルドレンである自分を狙ったゼーレの差し金であろう、その可能性を過日ユイから
告げられていた。そう言えば昨日ネルフはゼーレに対して宣戦布告したという、自分が最初の犠牲者であるとトウジは思う。
そのことで、関係の無いヒカリやケンスケを巻き添えにしたことを彼女らに申し訳なく思い、また無関係でなくても大好きな
キョウコも一緒にしてしまったことをトウジは後悔していた。しかし 彼の心に不思議と恐怖はない
『アスカには、すまんことをしたけど 死ぬときにキョウコさんが居てくれて ワシ安心や』
トウジは、心の中で母親をあの世に一緒に連れて行くことをアスカに詫びた。
ミサイルが着弾する 白い光があたりを包む 衝撃や熱は襲って来ず苦痛はない
「一瞬に死ぬって楽やなって あれ?」
次の瞬間 トウジ達が見た物は自分たちを包む赤いバリア そのおかげで自分達は何の影響も受けていない
「これって ATフィールドかいな?」
思わず漏らすトウジ そしてその力の源がキョウコであることを認めた。
「なんてことすんのよ!子供達は・・・・・子供達は・・・・・私が守る!!」
赤いバリアは、キョウコの持つ”ハーディス”に収束する キョウコの金髪が光って波打ち”ハーディス”を
ミサイルが飛来した方に向け構える
「行きますよーーーーー!!ロキの子、地を揺らすものよ。今こそ足かせを解き、我が敵をむさぼれ!」
フェンリル・ツァーストラーグ
”ハーディス”の先から白い波動が放たれる 周りに立ちこめる冷気
キョウコは”ハーディス”を下ろし振り返る。トウジがキョウコに見た物は、自らの敵の命をすべて凍り付かせる絶対零度の氷の眼差し
トウジやケンスケ、ヒカリは背筋が寒くなるのを禁じ得なかった。
しかし それもトウジと目が会うといつもの穏和なキョウコのそれに変化をする
「皆さん 怪我はないですか?」
小首を傾げ笑みを浮かべるキョウコ 先ほどのキョウコの形相が頭に残るトウジは躊躇いがちに言葉をかける
「今のATフィールド キョウコさんですか?」
「あ はい。皆さん無事でなによりです。ユイも使って見せたでしょATフィールドを、私も使えます。
もっとも 増幅器たる”ハーディス”があったからですが・・・。」
キョウコは左手の”ハーディス”を持ち上げる
「そうでっか。それがお父さんの形見ですか?」
「はい 冴羽さん達が取り戻してくれました。」
「しかし キョウコさんの怖い顔初めて見ましたわ。」
「え そんなぁ 恥ずかしいです。」
キョウコは真っ赤になり右手を頬に当てる まだ固まったままのケンスケ キョウコの視線の魔力の効果は続いていた。
「おい ケンスケ キョウコさんに礼を言えや。委員長も・・・?」
キョウコに対して何か言いたげなヒカリ それに気づいたキョウコは怪訝な顔をしてヒカリに歩み寄る
「洞木さん どうしました?」
ヒカリは、ケンスケ同様 キョウコの視線に対してびびりぎみではあったが、それより前自分に向けた凶弾に立ちはだかって
くれたキョウコに、もう 亡くなって久しい母親の姿を重ねていた。
「う うわぁーん」
思わずキョウコに抱きつくヒカリ 気丈とはいえ 女の子である 恐怖を癒すのに母親の姿を垣間見たキョウコを
求めたのは仕方ないことであろう。
「怖かったのね。洞・・・いえ ヒカリ もう大丈夫 悪い奴は、居ないから・・・。」
キョウコは、ヒカリを抱き留め背中をポンポンと叩く
このキョウコの言葉は事実であり 銃で襲撃した者は、すべて冴羽達に沈黙させられており
ミサイルを使用した者は1キロほど離れたビルの屋上にいたが、ネルフ保安部員が到着した時見た物は、真夏の気候だというのに
完全に凍り付いたビルの屋上と氷の棺桶に閉じこめれて その身をずたずたに引き裂かれた
暗殺者と歩兵携行兵器ミラン3だった。
「鈴原君 惣流博士 大丈夫か!!」
トウジの警護担当の保安部員の一人である山城が顔色を変えて廃墟となった店に飛び込んできた。
が 思いの外壊れていない店の中に佇んでいる4人を見て胸をなで下ろす。
「我々も牽制を受けて到着が遅れたんで心配していたんだ・・・。怪しい男を一人捕まえたが・・・。一人は逃げられた。」
そういって 山城は、両手をあげて店に入ってきた冴羽をあごで指した。
「キョウコ君 とりなしてくれよ。この人達、あいつらとは違うと信じてくれんのだ。」
冴羽は情けない声を出す。冴羽にしてみれば 打ち倒すのは容易かったがネルフの職員に怪我をさせてもいけないと
なすがままに捕まっていたのだ。
「山城はん、そのお人は味方だす。ワシらを助けてくれましたのや。それに、キョウコさんの昔からの
知り合いやそうです。」
「そうなのですか 惣流博士」
山城はトウジの言葉を受けキョウコに同意を求める
「ええ 山城さん その通りです。冴羽さんを自由にしてあげてくださいね。それから 取り上げた物を返して
店の修理は全額ネルフ持ちで手配してください。それと後始末はお願いします。」
『次元さんは逃げたようね。あの人は、本業は泥棒だから仕方ないか。』
ヒカリを抱いたままキョウコはトウジの言葉を肯定する。
「了解しました。」
山城の目配せと共に彼の部下は拳銃の狙いを冴羽からはずし 冴羽のパイソンを彼に返す。
当然 第三新東京はおろか日本では一般人の銃の携帯は許可されていないが、司令の参謀たる
キョウコが認めている事を反対する山城ではない。もっとも、それは キョウコがネルフの職員から
信頼を受けている証であったが・・・。
「やれ やれ ひどい目にあったよ。でも 店は続けて良いようだな。」
パイソンをホルスターに戻しながら冴羽はキョウコに尋ねた。
「はい 今度は、アスカやユイとお邪魔しますわ!!」
キョウコは首を縦に振った。そして トウジの方に向き直り
「で トウジさん 先に帰って副司令かユイに報告してください。私は洞木さんと帰りますから。」
「はあ ワシが報告するんでっか?キョウコさんからの方がいいいんでないでっか?」
キョウコの意を計りかねるトウジ 実はこのときヒカリは、恐怖のあまり失禁をしていた キョウコはいち早く
それに気づいており それをトウジが分かる前にヒカリを連れ出してやりたかったのだ
「まあ ちょっと やることがあるんですよ。」
キョウコはウィンクを一つくれヒカリの肩を右手で抱き店から出て行こうとしたが ふと立ち止まり 冴羽に向き直る
「冴羽さん”ハーディス”ありがとうございます。」
「気にするこたぁないさ。」
冴羽は、さめた笑いと共に手を挙げる
「じゃ また・・・。」
今度こそキョウコはヒカリを連れ”CATS EYE”から出て行った。
ネルフ C−*通路
「しかし 今日は、びっくりしましたわ。」
トウジは自動歩道をキョウコが居る射撃場に向かいながら右隣のユイに今日の事件を語った。
「うーん 悪かったわね。もっと 第三新東京のセキュリティを上げ あんたたちの警護を強化するわ。」
ユイとしても ゼーレに対する反抗声明を発した以上 今日のような行動は予測していた。
が 昨日の今日である 以前から、工作員を市内に忍び込ませていたのであろう、ネルフの組織内の
チェックは出来ていたが第三新東京市に対しては、まだ甘かったようだ。もっとも戒厳令が敷かれているわけで
ないので 市内のセキュリティをあげるのにも限界があることが分かっていた。
「新システムさえ、立ち上がれば MAGIのエヴァに対するサポートはほとんど必要なくるし 警護だって・・・
・・・まあ なるようになるわ。あはははは・・・。」
『おおざっぱやな。』
これがトウジのユイに対する正直な評価である 天才科学者というわりにはいい加減なところが有ることをトウジは
知っていた。が それは表面だけで 彼女の頭の中では綿密な計算がなされており 重大な事項については
ミスはほとんどし得ないのだが トウジにはそれを知るにはユイという人とのつきあいが浅かった。
「でも キョウコさんの新たな一面を見ましたわ。」
「新たな一面?」
ユイはトウジの言葉に対して興味を覚えた
「へえ キョウコさん 怖い顔もするし・・・強いんやななんて。」
「はん ああ そうねぇ。」
ユイは、保安部から報告でキョウコの”ハーディス”とATフィールドの使用を知っていた。
「ねえ トンちゃん?前にも聞いたけど あんた キョウコってどんな人間だと思う?」
「え どんなって・・・・。」
「どんな本質かって事よ。」
思わぬユイの質問にトウジは返事に窮した
「えーと 賢くて きれいで 優しくて 几帳面で よく気が付いて おしとやかで・・・。」
「そうね でも そうなるため 努力したのよあの子。」
ユイは悪戯っぽい笑いをあげる
「どういうことですか?」
トウジは驚いて隣のユイの顔を見つめる
「まあね。賢いとか きれいだとかとかいうのはビンゴだわね。・・・・くくく トンちゃん昔のキョウコについて
話してあげようか?」
「昔のキョウコさん?」
トウジは、ユイの言葉を反芻した
「キョウコはね、結構がさつだったって事は話したわね。その上乱暴者だったのよ。髪なんか赤毛でバサバサでそれを短くして
男の子みたいだったわ。」
「はあ???」
「あたしが、初めて出会ったのは そうね。八歳くらいだったかな。あたしがドイツに留学したことは話したわよね。」
「へえ。」
「で 留学して、余所の国の子じゃない あたしってスキップもしてたから、年齢的にもまわりの子と離れていた。
最初はいじめとか嫌がらせにあったわ。それで 周囲にとけ込めないでいた。あのころのあたしは人見知りしたし
うじうじしたところもあった。自分を変えたくって留学したのよ。」
遠い目をして自分の過去を語るユイ
「それで ある日嫌がらせにあっている あたしを見て・・それまでは気づかなかった言ってたけど キョウコが
猛然とその相手に抗議したのよ。でも その子は、キョウコの抗議を受け入れようとしなかった。で どうしたと思う?」
「どなんしたんでしょうか?」
トウジはユイの話に引き込まれていた。ユイは、可笑しそうに
「キョウコは、相手の子に殴りかかったのよ。相手は五歳も年上の男の子なのにね。」
「・・・。」
「当然 ぼこぼこにやられたわ。年下の女に手を出すって最低ね。ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムとか言ったっけね。
あの卑劣漢!キョウコは何度殴られようと 自分の信念を曲げず向かっていった。口から血を流しながら
最後に相手は逃げ出したわ。その時 あの子 あたしになんて言ったと思う?」
「さあ・・・・分かりませんが。」
「”早く分かってあげられなくってごめんね 私でよかったら友達になろう”よ。あたしは、涙した。そして 初めて友達が
出来た。でもね その件で学校はキョウコを無期停学にした。あたしは、辛かったわ。あたしのせいで・・・そこで あの子
の家を訪ねていって出会ったのが、トレインパパでありサクヤママだった。彼等は私を暖かく迎えてくれて・・・・そこでの
同居も勧めてくれた。そして・・・・あたしは、二人目のパパとママを得ることが出来た。」
「そうでっか でも その ウィルヘルムちゅう奴は男の風上にも置けん奴やな。キョウコさん大丈夫やったかな。」
トウジは憤りながらも当時のキョウコの心配をする
「相手は有力者の息子だったしね。キョウコは、顔を腫らして停学になっても”私は、自分の信念を曲げなかったから
構わない、学校がどう評価しても良い”ってあっからかんとしてたわ。トレインパパの教え しっかりした自分の信念を
持て自分の良心を曲げるな って事の実践ね。それは あたしも受け継いでいる。分かるでしょ!」
「はい。」
確かに言葉通りであろう トウジは確信していた。 ユイの言葉は続く
「その後 ウィルヘルムの親がキョウコを退学にしようとしたけど・・・・・。」
「したけど?」
トウジは先を促す
「すぐに親子共々別の場所に移っていった。・・・・元々まともな商売している連中じゃなかったから
トレインパパが”これ以上子供の喧嘩に出て来るんじゃねぇよ!”と怒鳴り込んでいって・・・・。ちょっと顔を見つめ合った
だけだと言っていたけど・・・。」
トウジは今日のキョウコの絶対零度の視線を思い出す
『ようわかるな その気持ち。』
「でね。あたしとキョウコはそれから姉妹のように育ち 大学を競い合うようにして出たわ。卒業式の代表は、あたしだったけど
それはキョウコのおかげ・・・。で卒業後 あたしが世界を巡りたいって言ったら トレインパパは、喜んで後押ししてくれた。
単なる旅行のつもりだったのが 中国の奥地で五年も居ることになるんだから トレインパパやサクヤママは笑っていたわ。
キョウコはそのままドイツに残り 医師免許と博士号を取った。れであたしが、今度 生物学を勉強するわよって便りを出したら
あの子は、飛んできたのよ。ドイツでのポストも捨ててねぇ。で 再会してみれば 男女だったみたいな子が・・・・見違えるように
あーじゃない あたしは、目を疑ったよ。で 何でもてきぱきこなすし 酷かったがさつさもあまりめだたなかったし
どういう心境の変化ってキョウコに聞くと、キョウコは自分のいい加減さ勝ち気さがさつさをあたしが疎んで
あたしがドイツを離れたと思ったらしいわ。それでも あたしと一緒にいたい役に立ちたいと思いそれを直すには
自分を責任のある仕事に追い込むことだと考えて それは人の命を預かる仕事だと決め医学の道を目指したんだって・・・。
そのうえ 情緒を豊かにするためピアノまで習って 結構 最初は苦労したらしいわ
あたしは、キョウコの明るさ奔放さに憧れ それに近づこうと努力したのにねぇ。で 現在に至るわけ うじうじして
引きこもり気味だったあたしがおきゃんになって 勝ち気な暴れん坊のキョウコがあれだから 世の中って皮肉な
回答を用意していたものね アハハハ。」
一気に過去の事を語り最後にユイは高笑う
「へえ そうなんですか?」
ユイとキョウコの思わぬ昔話に感嘆するトウジ
「でもね。トンちゃん キョウコが何でも出来るって思わないで!あの子だって悩んでるのよ。」
「え?!」
あの聡明なキョウコが悩むのだろうか
「一番の悩みはアスカちゃん どうすれば良い母親になれるだろうか こんな事は、普通に子育てしていれば
自然と身に付く物だけど、あたしもキョウコも10年のブランクがあるからねえ、それをどう埋めるか。」
「でも それはユイさんもやないですか?」
「でもね。あたしの場合は共同担当者に愚痴やら文句が言えるから・・・。」
ゲンドウの事を指すユイ
「たしかにでんな。」
「だからさ、トンちゃん?キョウコのこと よろしくね。」
「え どういう意味ですか?」
ユイの突然の願いに思わず聞き返すトウジ
「キョウコの事を愛してくれなんて言わない。他の誰かと一緒になってもいい。キョウコと袂を分かち嫌いになってもいい。
正面から相手をしてあげて あの子から逃げたり 放っておいたりしないで たぶん あの子はあたしがゲンドウさんと
一緒になっているため 求められない事をあんたに欲しているのかもしれない。」
「そんな ワシなんかただの中学生でっせ。」
トウジは困惑する
「違うわ。あんたは選ばれたフォースチルドレン。あんたには資質があるの!」
ユイが大声を上げる
「そんなこと 言うったって シンジやアスカの方が・・・。」
「そうね 確かに使徒戦やゼーレの戦いにはあの子達の方が貢献できるかもね。」
「でしょう。」
「あたしやキョウコがあんたに期待しているのは、そんな事じゃないんだ。」
「じゃ なんですか。」
トウジは、再び問うた。
「わかんないわ!」
返ってきたのは無責任な答え
「そんな無責任な。」
トウジの想いがそのまま口から出る
「あたし達はエヴァに取り込まれていて 魂を強く感じることができる そう
人の魂の価値を見極めるすべを得たの・・・・。そして あんたの価値は・・・・・
あたしやキョウコが諸手を挙げて期待する人間だったわけよ。勿論 単純なチルドレンの資質はシンジには叶わないし
アスカちゃんの戦闘力にも及ばない レイとのシンクロ率の差は言うに及ばないわね!
だけどね あんたがなにかをしてくれそうだから それを感じるの
キョウコやあたし そして シンジやレイ アスカちゃん ネルフのみんな ううん ひょっとしたら世界中の人々をも
救ってくれるかも・・・・・」
「そんな わしなんか。」
「・・・・なんてね そこまでは期待してないわ まあ あんたのベストを尽くしてよ。」
「あたっ。」
トウジは思わず ずっこけた
「なんやもう ユイさんは。」
悪態を付く トウジにしても未だに この碇ユイという女性の姿が見えてこない そんなことを考えていると
いつの間にか正面にユイが回り込んでいた。触るほど顔を近づけてトウジをのぞき込む
ユイの黒い瞳に写るトウジの姿を彼自身が見受けられるほどに
「期待してるわよ。トン いいえ 鈴原トウジ君!!」
「は はい。」
「あれ 着いたわよ射撃場。」
ユイは、身体を翻すと自動歩道から降りる
暗い射撃場 スポットライトが照らされ銃声が響いている
ドアが開き中に入ろうとしたトウジをユイが押し止める
「トンちゃん ストーップ。」
ユイが小声で囁く
「何ですか。」
返事の代わりにユイは真剣に”ハーディス”を構え射撃を続けるキョウコを指さす。
「帰ろうか。」
「ええ そうしますか。」
トウジにもユイの想いが何とはなしにわかった。
『キョウコさん お父さんと話をしとんやな!』
二人は、そっと射撃場を後にする。
「トンちゃん キョウコがおなか空かせて帰ってきても良いようにご飯たっぷり作ろうか!」
「はいな ユイさん!!」
即答するトウジ
「もう ユイちゃんって呼んでって言ってるでしょう。」
「はは そうでんな。」
トウジは、自分がユイやキョウコと一緒にいることに幸せを感じていた。
『ワシ なにがやれるかわからへん。でも やってやるわ。』
拳を握りしめ決意するトウジであった。
シンジと別れ 中国に修行に来たアスカは、一人の壮年の男と出会う
ユイの兄弟子を名乗るその男とアスカの奇妙な生活が始まった。
次回 その名はマスター・アジア 東方不敗
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |