第18話 アスカの修業は五里霧中 ミサトの所業は天罰覿面

 

話は、少し遡る

第三新東京空港を発したネルフ特別機 

大型全翼爆撃機である”YB-49フライングウィング・ネルフカスタム”である

 アスカはその機上の人となっていた

ユイから言い渡された修業の地 中国の江西省に向かう所である

アスカは、ゲストルームで国連軍の戦闘服を着込んでいる、文明からほど遠い環境にあるため

通常時はこれぐらいの装備で居た方がよいとのユイの言であった。もっとも 修業の時はこれを着るようにと

柔道着を渡されていた。その柔道着というのが深紅のカラーそして青い帯 思わずアスカは絶句したが

 「紅三四郎みたいでしょう。」

とユイはへけっとした顔をしていた。何の事かアスカにはわからなかったが・・・・

アスカは、それを軍事用の携行バックに詰めながら ふと先ほどシンジから渡されたロケットを胸元から取り出す

あけてみると 手を組んで恥ずかしそうなシンジと得意そうな自分の顔が並んで写っていた。

 へへへ

それを見て アスカから思わず笑みがこぼれ同時にユイの言葉を思い返す

 「アスカちゃん あんたは絶対死なないでね あんたが死んだらシンジはたぶん意図してサードインパクトを

 起こすでしょう。あの人が、あたしを取り戻そうとしたように・・・。」

アスカはシンジにそういう事をさせたくない。そしてユイの言葉は真実味があった。

シンジにそうさせないためにもアスカは強くなる必要があると認識しており

シンジと離れて暮らすのは寂しいが、それも仕方ないと決心していた。

 『シンジ あたしは、やるわよ』

アスカは両の拳を握りしめる

 ふん

鼻息も荒い 蒼い瞳の奥には灼熱の炎が燃えさかっていた。

 

 同機のコントロール・ルーム

 「葛城三佐 本部から指令の詳細を記したメールが来ています。確認してください。」

オペレーターがミサトを呼ぶ

 「その必要はないわ。 もう指令の内容は直接 碇司令から聞いているから消しておいて。」

ミサトは必要ないとばかりに手首を振る。

 「しかし葛城三佐、規則では指令を確認するように・・・」

 「いいのよ。アスカを送る責任者はあたし、その あたしがいいって言っているの!」

ミサトはオペレーターに最後まで物を言わせない。

 「わかりました。作戦責任者の命令に従い消しておきます。」

オペレーターは、引き下がった。

 「よろしい。」

ミサトは得意げに腕を組み 満足そうに頷く

 「葛城三佐 あと 五分ほどで目的の空域です。セカンドチルドレン移送の準備をします。」

オペレーターが、制御パネルを操作しスクリーンに眼下の景色を映し出す。

 広大な大地 かつては世界最大の人口を誇ったこの国もセカンドインパクトのおかげで

人口は五分の一になり 都市部はともかく 内陸部には所々寒村が有るだけであった。

 「ふーん 飛行場はないわね・・・・。よし あたしはアスカの所へ行ってくるわ。」

ミサトは、そう言い捨ててコントロールルームを後にした。

 

 「アスカ もう そろそろよ準備は出来た?」

ゲストルームに入るやいなや ミサトはアスカに問いただす。

 「OKよ、ミサト。準備はいいわ。」

アスカは、身につけた装備を確認しながら用意に抜かりがないことを告げる。

しかし、アスカの姿をみてミサトの眉間に皺が寄る

 「いいわ じゃないわよ。肝心な物を忘れているじゃない!」

ミサトは言い捨てロッカーからパラシュートを取り出しアスカに背負わせる

 「え こんなの着けるの?」

アスカは首を傾げる。確か予定では、この機に搭載されているVTOL機”ヤコレフYak−141改”で地上まで送って

もらうようになっており、シートに座るため背中はあけておいたはずだ。

 この特別機は、エヴァの搭載する専用機であるが 現場での指揮そしてパイロットの乗り降りをさせるため

VOTL機を搭載している。当たり前だがそのVTOL機のシートには脱出用のパラシュートが装備されており

非常時は、そちらを使うはずである。アスカの疑問は当然であった。

 「何 ぐだぐだ言っているのよ。いくわよ。」

ミサトは、特別機が周回飛行に入った事を感じ取ってアスカを急がせる

 「わかったわよ。」

アスカは、不承不承パラシュートを背負いミサトの後に従った。

 降下ルームに入りミサトは降下ハッチを開く もう幾分高度が落ちており減圧の必要はない。

開かれたハッチからは中国の大地が見え 眼下には森が広がっており 近くには山々もそびえ立っている

特別機が減速するが風きり音は相変わらずうるさい ミサトは、眼下の地をアスカに紹介する

 「アスカ ここがあなたが修業する地よ。いいわね。」

 「わかっているわよ。ミサト。」

うんざりとばかりなアスカ

 「よし じゃ 行こう。」

ミサトは、アスカの背中を押す

 「ちょっと 何処行くのよ。」

アスカが不満の形相でミサトを睨む

 「何言っているの ここで降りるのよ。そのためのパラシュートでしょうが!」

 「ここで!?話が違う・・・」

 「ええい 煩い これは命令よ。とっとと行きなさい。」

ミサトは、アスカがシンジと別れたくないため 駄々を捏ねているのだと勝手に判断して 有無を言わさず

パラシュートの端のロープをハンガーに掛けアスカを空に突き飛ばした。

 「ちょっとーーー。覚えてなさいよ ミサトーーーー。」

アスカの声が遠ざかる しかし最後の方は聞こえない

 「ほいほい 帰ったら いくらでも話を聞いてあげるわよ。」

ミサトは、独り言のように呟きながら パラシュートをつけた物資投下用の箱にアスカの荷物を入れ放り出す

あれなら、訓練を受けているアスカならすぐ探し出すだろうとミサトは確信していた。

 「任務終了 さあ 帰ろう。」

ミサトはハッチを閉めコントロールルームへと向かった。

ミサトの頭の中はすでに第三新東京に飛んでいる。

 実はミサト、ゲンドウから貰ったディナー券で早速予約を入れていた。

ディナー券は当初の約束通り三枚貰っており 最初は、手伝ってくれた加持とリツコを誘う予定だったが

ペナルティを自分一人で背負わされたため二人を誘うのは止めにした。

 そして二人には、西瓜仮面のせいで弁償しなくてはならなくなって 全部自分が責任を取る(取らされた)様に言い

失敗したのだから 約束の報酬は無かったと誤魔化していた。

 二人は恐縮し 今度何かを奢って貰う約束になっていた。

かといって 券を三回使い三度とも一人で行くのは味気ない そこでミサトに妙案が浮かんでいた

 『シンちゃんと デートだもんね!』

ミサトは、現在も家事一切をシンジに頼り切っていたが アスカと恋仲になり ユイとキョウコが帰還した今

シンジがいつ出て行っても不思議でない そのシンジも明日は仙台に向けて出発する 同じように帰ってくる保証はない。

 シンジに媚びを売りたかったのは本音である。まあ ミサトにしても性根が腐っているわけでないので

純粋にシンジにお礼がしたいという気持ちが存在していたのも確かである。

 このことをシンジに切り出したところ 連日同じホテルでのディナーという事で顔をしかめたが コースを変えるという事で

了承して貰っており シンジに券を渡し予約を頼んでいた。

 「へへへ」

今晩のディナーを思い浮かべ表情がゆるむミサト そんなミサトはコントロールルームで見覚えのあるパイロットに出くわす

 「あの 葛城三佐 セカンドチルドレンを見ませんでした?何処にも居ないんですが?」

 「え 利根君 アスカなら もう行ったわよ。パラシュートを着けて・・・」

ミサトはパイロットの名を呼びアスカの事を語る

 「はあ?確か命令では、私がVTOLで送る事になっていたんですが・・・。葛城三佐 指令を確認しました?

  確か、メールが三佐の所にも来ていたはずですが?」

 「あれ??」

ミサトは首を捻り、先ほどのオペレーターの話を思い出す。

 「ははは。」

 「おかしいな。セカンドチルドレンとは打ち合わせ済みなんですが・・・。」

 「はははは。」

ミサトの誤魔化し笑いが響いた。じと目でミサトを睨むオペレーター 機内の空気は一気に気まずくなった。

 

 

 「もう ミサトったら 帰ったらただじゃ置かないから!!」

アスカは、ぶつぶつ文句をたれながらパラシュートを片づける

 「確か 荷物はあっちの方に行ったわね。」

降下する間 すぐ後に投下された荷物の行方をちゃんと確認していたアスカは仕方なく落下地点に向かう。

 セカンドインパクト後文明から見放されたのか樹林が続いており人の気配はない。

それでも 木々の間隔は開いており歩行に困難はない。また近くに山々も見えており動物等はたくさん見受けられるし

過去に受けた軍事訓練のサバイバルで習った食用の植物も幾つか発見した。

 『こんな所で修業といってもねぇ。まともなご飯は無理よね?』

アスカの口から不満の言葉が出る 間もなく切り立った崖の側の木に投下物資のパラシュートが引っかかっているのを見つけた。

 「あれを 取るんだけど、さて どうするか?木登りは余りしたくないな でも 仕方ないか。」

意を決して木に登る

 ヨイショヨイショ 

するすると登る。さすがに赤毛猿の異名は伊達でない

あっという間に投下物資が引っかかっている枝に近づく しかし、パラシュートの紐が複雑に絡んでおり枝からはずれ

そうもないし 枝の先の細いところに絡んでおり切り離す事も困難であった。

 「仕方ない 枝ごと切りますか!」

アスカが携行のサバイバルナイフを抜き背で枝を切ろうとした時である。

 「ニィ ガ ツェンメィ!!」

崖の上の方から鋭い声が飛ぶ アスカがそちらを見やると 漆黒の長髪を持つ年の頃は20代後半の男が一人 容貌は怪しく中性的である

しかしシンジの用な優しさは見受けられない その男はこちらを見据えるように立っていた。

その身には紫の中華服を纏っており腕を組んだ姿には怒りさえ見える。

 「なんか用なの?」

アスカは、男が何を言ったのかわからなかったがとりあえず自分への呼びかけと解し返事をする。

 「何をしているのだ!!」

今度言った事はアスカにも聞き取れた。

 「何って 荷物を取ってるだけじゃない!!」

アスカは、見ればわかるとばかりに答える。

 「そのナイフで何をするのかといっているんだ。」

男の視線がアスカの手元に向いているのがわかる

 「枝を切るのよ。妙に絡まっていて荷物が取れないのよ。」

アスカは説明する。答えながらも アスカは可笑しく思う 以前ならこんな不躾に聞かれたら相手などしなかったであろう

しかし 今はご丁寧にも見知らぬ男に自分の行為の説明をしている。

 『あたしも丸くなったわね。』

一重にシンジのおかげと思い顔が赤くなる そんな アスカの思考を男は止める

 「そんな事をするのではない。この 馬鹿者が!!」

男の叱責が山麓に響き渡る

 「なに 馬鹿ですって〜。この天才美少女 アスカ様を馬鹿呼ばわりする〜 あんたこそ バカァ〜。」

あれ 丸くなったんじゃないですか アスカさん?

 まあ 丸くなったといえども、他人の自分に対する悪口を寛容に聞き流せる彼女ではない。

 「やりようがあろうと言っているのだ!ちょっと待っておれい 今 そこに行く。」

 「望む所よ。決着をつけたろうじゃないの!!さっさと降りて来なさい!!」

アスカは、挑発の意味で中指をたてらせる。そんなアスカを見た男の口元に一瞬笑みが浮かぶ

 ハァッ

次の瞬間男は崖の上から飛び降りた。

 「え ちょっと 待ちなさ・・・。」

アスカが、驚いたのにも無理はない。その崖の高さが優に20メートルを越えていたからであった。

普通なら飛び降りれば怪我だけは済まない 悪くすれば命を落とすだろう。

しかし アスカの予想とはうらはらに男は物音一つさせずに地面に降り立ち悠々とこちらに歩いてくる。

そして アスカの登る木に近づくと

 「こんなものは、ロープさえ切ればよかろう。」

 「や やって みなさいよ。」

先ほどの男の行為に驚きアスカは木の幹に抱きついたままとぎれとぎれに言葉を返した。

 「うむ。」

男は頷きジャンプ一閃、素手でロープをなぎ払い再び地面に降り立つ その後を追う様に投下物資のロープが切れ

地面に落下する それを男は事も無げにキャッチする。

 「冗談じゃないわ。」

アスカは驚愕のあまり目を見開く 第1にロープの引っかかっていた高さは5メートルを越えていた人間の脚力で

到達する高さではない。第2に、パラシュートのロープは軍用である人間の手で引きちぎれるものではない。

その上男は落下する投下物資を受け止めた、軽量化しているとはいえ衝撃から中身を守るケースである

中身ともども100キロはあろうかと思える。

 「あんた 何者よ?」

しかし、男はアスカの問いかけには答えず 荷物を置いた後に

 「その枝は、新芽が吹いたばかりなのだ、無駄に散らすことはあるまい。日本から来た少女よ。」

とアスカの言葉から来たところを判断したのであろうか一言を残し立ち去ろうとする。

 「ま 待ちなさいよ!」

アスカは、男を呼び止めた。男は怪訝な顔をしつつも立ち止まる

 「まだ、私に用があるのか、燃える髪を持ちし少女よ。」

 「さっきの答えを聞いてないわ。あんた 何者よ?」

アスカは、滑るように幹を降り男に駆け寄る。

 「私か?私は、世を捨てし者。世捨て人なれば名を語っても意味はあるまい。」

男は静かに自分の身分を告げる。

 「かっこつけるわね。まあ いいわ。あんた あたしはここに人を訪ねてきたのだけど・・。」

アスカは、この地に来た目的を語った。

 「そうか では その者の所に行くが良い。水面のごとき瞳の少女よ。」

 「だから 何処にその人が何処にいるかわかんないのよ。」

 「では その者の名は、何という?」

男は、当然のごとく答える

 「・・・・・わかんない。」

しばしの沈黙の後 男は口を開いた

 「おまえは、馬鹿か?名を知らぬ者をどうやって訪ねる?」

男は呆れる

 「全くわかんないわけじゃないのよ。あたしが、名前を読めないの!」

 「どういうことだ?」

男は、首を傾げた。

 「これよ!」

アスカは、ユイに渡された手紙をサバイバルスーツのポケットから出して男に指し示す。

男は、その手紙の宛名をしばし眺めた後に一言漏らす

 「この者を訪ねて何をしようというのだ?」

 「え なにって 気は進まないけど この人のところで修業するのよ!」

 「なぜだ。何のために。」

男はアスカに問う

 「決まってるじゃない。人類を守る為よ。」

アスカは当然のように胸を張る

 「くだらん。」

男はつまらなそうに吐き捨てる。

 「くだらないって あんた!このままじゃ サードインパクトで人類が滅ぶのよ。」

アスカは息巻いた。男はサードインパクトという言葉に僅かながら顔をしかめたが当たり前のように口を開く

 「それで 滅ぶなら 滅んでもよいではないか。」

 「何言ってるのよ。あんたバカァー?」

 「そうかもしれん。」

男は静かに目を伏せる

 「あたしは、嫌よ。まあ 人類って言っても人為的にサードインパクトを起こそうと言うような輩はどうなろうが知らないけど

 シンジやママ、そのほかあたしの愛すべき人たちと未来を築くのよ!!」

アスカは、右手を突き上げ高らかに宣言する 男はこのアスカの言葉に興味を持ったらしい

 「それが おまえが力を得たい本当の理由か?」

 「まあね。」

アスカは、肯定の意味で首を縦に振る。

 「よかろう、おまえが日本語を話すという事とその手紙に書かれた名を知っているとは・・・・ユイか?」

男はユイの手紙を顎で指す。

 「あんた おば様を知ってるの?」

アスカは、ユイの名前が出て男に問い返す。

 「ああ 昔の知人だ。その手紙は私に宛てた物だ。かつての私の名前が書いてある。」

男はそう言って手を差し出した。アスカは、男の意のするところを理解して手紙を渡す。

男は、手紙の封を切り文面を読み始め、しばらくして手紙を降ろす。

 「まったく 何時もユイは、勝手だな。面倒な事ばかり私に押しつける・・・・。が 昔の約束だ。」

男は、独り言のように呟く そして、アスカを正面から見つめ

 「私の名は”ロン”近くの里の者は龍仙人ともよぶがな。ユイからおまえの面倒を見るように頼まれた。」

その名を聞いてアスカは問い返す

 「ロン? ロン・ウイズリィー?」

 「ごほん 違うぞ ハーマイオニー・・・・何を言わす ところで おまえ名前を何という?」

 「惣流・アスカ・ラングレーよ。まあ あんたは、かなり年上だから アスカって呼んでいいわ。」

アスカは返事をしながら仙人という言葉の意味を考える。

 確かシンジから貸して貰った漫画に亀仙人とか鶴仙人とかいった武闘の師匠が登場していたように思う。

 こいつも同様の部類なのだろうか?そんな考えを巡らすアスカにロンは口を開く

 「そうか アスカだな。ユイとの約束故 今日からお前の師となろう。ついてくるがよい。」

ロンは身体を翻し歩き出す。アスカはその背に質問を投げかける。

 「あたしは、あんたの事 なんて呼ぶの?」

 「お前の師だから”先生”とでも”師匠”とでも呼ぶがよい、かつてそう呼んだ者も居たがな。」

 「あたし以外にも、あんたの弟子になろうっていう物好きが居たの?」

ロンは、アスカの問いかけに振り向き真剣な眼差しを見せる。

 「な なによ?」

思わず怯むアスカ

 「なんでもない ではいくぞ。」

 ロンは、再び顔を進行方向に戻し歩き始めた。

 「ちょっと 待ちなさいよ。もう!」

アスカは大急ぎで投下物資のケースから、バックを取り出しロンを追うべく走り出した。

 

 ハアハア

アスカは、息切れしそうになりながらも林の中をロンの後を追う しかし ロンは、どんな急な斜面でも

石などで足場が悪くても少しも歩調が変わらない。都会の舗装された歩道を歩くが如しである。

 そして 小一時間も歩こうというのに休もうともしない。

 「ちょっと 休みましょうよ。」

アスカは、前をゆくロンに声をかける。しかし ロンは聞こえないのかまたその振りをしているのか

いっこうに止まろうとしない。

 『やってくれるわね。負けるもんですか。』

アスカ得意の負けず嫌いが発動 歯を食いしばりながら後を追う しかしそれも限界に達する。

足が悲鳴を上げ 心臓の鼓動がレッドゾーンに飛び込む 目眩が襲う 身体が揺れる

アスカが倒れそうになったとき いつの間にか横に来ていたロンが声をかけた

 「着いたぞ!」

アスカが気が付くと林が開けており、川が流れている所に出ていた。川の上流正面には、大きな滝があり

膨大な量の水が落ちている。滝の高さは100メートルもあろうか、滝の中程に両側からせり出した岩があり

片方の岩は絶壁に続いているが、もう片方は台地になっているらしい

 「あれが、その昔詩にも詠まれた廬山五老峰の大瀑布だ。昔は、3段の滝だったが、セカンドインパクトで

 一つの大滝になってしまった。そして 滝の中腹の台地に私の庵がある。では行こうか。」

ロンは再び歩き始めた。アスカは、目的地が近い事から気を取り直し再び歩き出す。

 ロンは、水際の絶壁まで来ると振り返りアスカに向かって手を差し出した。

 「荷物を出せ。私が持ってやろう。」

 「あ ダンケ。」

疲れからかアスカは素直に荷物を渡した。荷物を受け取ったロンは、崖を指さしながら

 「ここは、岩が足場のようになっており一番上まで登りやすいところだ。といっても おまえには

 きつかろう 先に上がってロープを降ろしてやる故 待つがよい。」

と説明する。

 『どこが 登り易いよ!』

アスカは、毒づいた。確かに 他の場所に比べれば斜面は垂直でないし ロンの言うように足場に

なろう岩がある。しかし アスカにとってのクライミングの難度は高かった。

 「では しばし 休んでいろ。」

そう言い残しロンはアスカの荷物を持って崖を登り出す。しかし彼は両手を使わず足のみで駆け上る

50メートルはあろう崖を、平地を駆けるように登り切ってしまった。

 あんぐりと口を開けたアスカの目の前にロープが降ろされてくる

 「えーってもう?まだ1分も経ってないじゃない。」

アスカは、ロンが道具もなしで崖を登るという事で小一時間は休憩できると踏んでいた。

 「仕方ないわね。」

アスカの着ているのは森林戦用の戦闘服でありハーネスも装備されている金具をロープに掛け

ロッククライミングを始めた。

 「もう 腕が太くなるじゃない。」

アスカは、ぶうぶう文句を垂れる。30分以上もかけて岩を登り切るとそこは200メートル四方の台地になっており

一部に畑らしい物が見られるが かなり広い平坦な土地でありVOTLなら着陸可能と思われた。

 『本来なら ここに降りる予定だったのね ミサトー やってくれたわね。』

アスカは、日本のミサトに毒づく ふとそんなアスカの視界に 台地の行き止まりにある小さな家が

入ってきた。

 「あそこね。しかし 小さい家ね。」

アスカがたどり着いたのは土壁の小さな庵であった。粗末な木製のドアを開け中に入ると6畳ほどの部屋があり

奥が台所らしい部屋に続いている。部屋の中には中央に囲炉裏見たいな物があるが土間のままである。

そして 部屋の隅には粗末なベッドやテーブルがあるだけで他の家財道具はない。そのテーブルの上にアスカの

バックが無造作に置かれていた。

 「あれ 何処に行ったのかしら。」

アスカは、ロンを探す。すると 後ろのドアにロンが竹製のベッドを持って立っていた。

 「何処にいっていたのよ。」

アスカは、不満そうに問う

 「これを、物置に探しにだ。今日からのお前の寝床だ。」

 「そう じゃ あたしは何処で寝るの?」

 「ここで寝ればよかろう。」

 「じゃ あんたは何処で寝るの?」

 「私もここだが?」

 「えー 男女7歳にして同衾せずってね!!」

アスカはかつてユニゾン特訓の時の台詞を吐く それを聞いたロンは呆れた。

 「それを言うなら”席を同じゅうせず”だろうが?それの本来の意味はお前が今考えている事ではなく

 7歳になったらケジメをつけてみだりに馴れ馴れしくしないという儒教の教えだぞ。それに・・・・。」

ロンはベッドを置いてアスカに近づき頭に手を置く

 「そういうことは、もっと大人になって心配する事だ。」

そう言ってアスカの髪をくしゃくしゃにかき回す。悪戯っ子を茶化すように・・・。

 「なに すんのよ。止めなさいよ。あたしは、子供じゃない!」

アスカは、忌々しげにロンの手を払いのける

 「そういうところが子供というのだ。」

ロンは、払いのけられた手を後ろに組みニンマリと笑う

 「うー 子供じゃないわよ。子供だって産もうと思えば産めるし、現にシンジと・・・。」

暴走してシンジとの秘め事を話しそうになるアスカは慌てて口を押さえる

 「現に なんだ?」

 「いや なんでもないわよ」

アスカは、おとなしく引き下がる

 「では 荷物の整理の後で、飯にしよう。」

ロンはアスカが引いた事に満足したのか、次の行動を促す。

 「わ わかったわよ。・・・・ところで、何を食べるの?」

 「何をって お前が作るのであろうが?アスカ?」

 「えーーーーっつ」

アスカは大声を上げた。このところシンジの家事を少しずつではあるが手伝っているが

調理と言うスキルは習得まで程遠かった。

 「あたし 作れないわよ!!」

 「何!・・・・・・そういえばユイが手紙に書いていたな・・・・。しかたないか、では 私が作ろう手伝うがよい!」

 「わかったわよ。」

アスカは同意し 先に台所に立ったロンの後を追う。

 「まずは湯を沸かしてくれ。」

 「ヤー では ガスコンロか電磁調理器は・・・・どこ?」

 「そんなの あるわけ無かろうが。では それはいいから 飯を炊いてくれ。米はそこにある。」

ロンは傍らの米びつを顎で指す。

 「わかった。で 電気炊飯器は?」

 「・・・・ここは電気は通っていないぞ。ここでの電力は、太陽電池で動いている合併浄化槽の保守の電気だけだ。

 私はエコロジーなのでな。」

 「そんな事 どうでもいいわよ。じゃ どうやってご飯を炊くの?」

アスカには電気釜以外での炊飯方法は思いつかない

 「薪を燃やし竈で炊くのだ!もう いい 食材を切っていろ。」

ロンは少し疲れたように、野菜や魚・干し海老たちを指す

 「え お肉はないの?」

 「贅沢を言うな。ここには電気が通っていないと言っただろ。魚はさっき捕ってきたものだし、野菜も抜いてきたものだ。

  干しエビは保存食だな、肉や日用品は、近くの里に行って 私が採った霊芝 冬中夏草などと交換してくるのだ。」

セカンドインパクト以来 この手の漢方薬は珍重がられ それ以前に比べ高価なのものとなっていた。

 「そ そうなの?って 近くに村があるの そこから電気を引けば・・・。」

 「この国には、電線などと言う物は都市部だけだ。それに 近くの村といっても 30キロくらいはあるぞ。」

 「げげ ここって とことん田舎ねー。」

アスカはげんなりとなる。

 「さっさと 仕事をしろ。包丁はこれだ。」

ロンは、中華包丁をアスカに差し出した。

 「・・・・・・。」

 「どうした?」

黙るアスカに怪訝な顔のロン

 「あたし こんな包丁初めて見たわ。」『シンジが何時も使っているのと違うじゃない』

 「・・・・もう 何もしなくていいから 水を汲んできてくれないか?」

ロンは諦め口調で差し出した中華包丁を引っ込める。

 「わ わかったわ。で水道は何処にあるの?」

アスカは、当然あるべきと信じて疑わない施設の場所を問う

 「そ そんなものあるわけがないであろう、滝の水を汲むのだ!」

ロンは呆れかえったようにアスカを見つめ返した。

 「な ないの?滝って じゃ お風呂はどうするのよ?」

アスカは、これからの生活の心配をする

 「滝壺で身体を洗えばよかろう!」

 「えーーーーっつ 嘘 信じらんない!!。」

アスカから漏れる絶叫が廬山に木霊した。

 

第3新東京市 ネルフ本部 作戦部長執務室

 「あーん 上手く書けないわね。」

ミサトはアスカを廬山に送っていった件で始末書 もとい報告書を作成していた。

 「なにも キョウコさん あんなに怒らなくても・・・ちょっとしたミスじゃない。アスカなら軍事訓練を受けているから大丈夫よ。」

先ほど 司令執務室に、状況報告に行ったミサトは、キョウコから失態を詰られていた。

日頃穏和で ミサトに対しても丁寧な言葉遣いのキョウコであったが 先ほどの叱責はその陰もなかった。

 「えーい 小娘のくせに偉そうにいうんじゃないわよ。ただでさえ手当がパァで頭に来ているのに。」

そう アスカを中国に送る任務の手当は失態により支払われなくなっていた。

ゲンドウにしてみれば罰金をとるつもりであったが ユイが可哀想にとそれを止めた、その事実をミサトは知らない。

 「おい おい 葛城 始末書だって?」

 「無様ね。」

執務室のドアが開き 加持とリツコが姿を現せる。

 「あん 二人とも 始末書じゃないわよ。報告書 報告書よ。」

ミサトは報告書である事を繰り返す。

 「そうかぁ。ところで葛城 例の奢る話だが 今日はどうだい?オレもリッちゃんも丁度夜に時間があるんだ。」

加持が、執務机に手を立てかけながらミサトに提案する。

 「あ 今日はちょっち・・・・先約が・・・。」

そう 今日はシンジとディナーに行く予定である。 始末書 いや 報告書を書くより前に着ていくドレスは用意して

ロッカーに入れてある。あとは シンジを待つばかりで、心配といえば報告書を仕上げる事である。

 「そうか 残念だな。じゃ 今度の機会という事で なあ リッちゃん。」

 「そうね、じゃ近いうちにね。ミサト!」

加持とリツコは、少し残念そうにミサトに言葉をかける。

 「ええ ねぇ 二人とも暇なら 報告書を書くのを手伝ってよ。どうも クライマックスに盛り上がりが欠けるのよ。」

ミサトは両手を合わせて二人に頭を下げる。

 「「・・・・・」」

言葉を失う二人

 「どうしたの?」

無邪気に首を捻るミサト。加持は仕方なさそうに口を開く

 「おい 葛城 それって 報告書じゃないのか?クライマックスや 盛り上がりって・・・・。」

加持の会話は続かない リツコに至っては呆れかえり無言である。

そう 報告書とは本来 事実をありのままに書く事が大事である。しかし ミサトの書いている物は・・・・

 大丈夫か ネルフ? こんな女が作戦部長で・・・。

 「あは?」

二人の態度に訳がわからず微笑むミサト そんなところに再びドアが開き今度はシンジが入ってくる

 「ミサトさん、予約が取れましたよ。メニューも今日は暇だっていう事で変更OKでした。あっ ディナー券

 は3枚でしたから。余った奴はお返ししますよ。」

シンジはにこやかな顔をしながらミサトに券を差し出した。しかし ミサトは固まったように受け取る事が出来ない

 「シンジ君?!何 ディナー券って?」

リツコは燻しかげな視線をシンジにはわす

 「あ リツコさん これはミサトさんがなんかのお礼という事で父さんから貰った物ですよ。あれ どうしましたリツコさん あ 加持さんまで?」

シンジは表情が豹変したリツコと加持に対し理解しがたい眼差しを返した。

  「葛城(ミサト)どういうことだ(なの)?」

咎めるような加持とリツコ いや 実際咎めているんだ・・・・

 「あは・・・・・」『まずい』

青ざめるミサト 血が引く音が聞こえるようだ 反して 脳天気に微笑むシンジ

 「よーく わかったわミサト。シンジ君 レストラン 暇だって言っていたわね。その券でもう一人追加できない?」

リツコがシンジに問う

 「あ 大丈夫だと 思いますよ。」

 「そう じゃ お願い 私とリョウちゃんがシンジ君と一緒するから・・・ミサトは大事な報告書を仕上げるため行けないそうよ。」

 「あ そうなんですか?残念ですね。」

人のいいシンジは、疑うという事を知らない。リツコの言を信じてミサトに気の毒そうな視線を向ける。

 「え リツコ あたしは・・・・。」

 「いいわねミサト!シンジ君に貴方の暗躍のすべてを話してもいいのよ!」

目を細める リツコ

 「それは ちょっち困る・・・・行ってらっしゃい。」

ミサトは、涙をため三人を送り出す事にした。

 「そう じゃ リョウちゃん シンジ君行きましょうか。あ ミサトお土産くらいは買ってきてあげるわ。」

 「ありがとう。」

ミサトは、リツコに礼の言葉を告げる。

 「じゃ 葛城 報告書 頑張れよ。」

加持もさすがに冷たい

 「じゃ 失礼します。ミサトさん 帰ってくるなら夜食を作っておきましょうか?」

真実を知らないシンジは優しく声をかける

 「「じゃね(な)ミサト(葛城)」

冷淡に別れの言葉を告げるリツコと加持

 「・・・・行ってらっしゃい。」

ミサトは力尽きたとばかり手をひらひらさせる。

 扉が開いて三人が出て行った。見送ったミサトは一言漏らす

 「カップ麺あったかしらん。」

ずるい事はするのものではない”天網恢々疎にして漏らさず”ということわざを改めて思い出したミサトは

その頬を涙で濡らした。

 

 夕餉が終わり 暖炉に火がともった。

廬山の夜は寒い アスカは持参した荷物の整理を始めた。

 「あーあ 美味しかった。あんた 料理上手いわね〜。」

夕食は、白身の魚とトマトの炒め物 干しエビとインゲン豆の和え物 干しアワビとキノコのスープだった。

初めは、変なおっさんの作った料理ということで警戒していたアスカも 一口食べた途端 あまりのおいしさに

瞬く間に食べ尽くしてしまった。食べ始めは、四川風の香辛料が鼻についたがすぐに慣れかえって食欲をそそった。

プロの料理ならいざ知らず シンジ以外の素人料理をこれほど食した経験はアスカには無かった。

 「おまえは、本当にユイみたいだな!ユイもそう言って私の料理を貪っていた。もっとも ユイは、作る方も上手く私が教えた

 料理をすぐ覚えたが・・・。」

ロンは、感慨深げにアスカを見つめる

 「え おば様が・・・・。」

アスカの瞼に料理をかっ食らうユイの姿が浮かんだ。ここでアスカは躊躇いがちに口を開く

 「あのさ あんた あたしに料理の方も教えなさいよ。おば様に教えたように・・・・。」

 「ああ それは、かまわんが そちらの方も厳しいぞ。」

 「望むところよ」

アスカはしっかりと返事をかえした。

 「そうか、ところで お前は何を持ってきたのだ?」

ロンは、荷物整理するアスカの手元に視線を移した。

 「え ええ 電気が通ってないとは思ってなもかったから」

アスカが取り出したのはコンパクトサイズのテレビ、ヘアドライアーなど

 「・・・・これはなんだ?」

ロンは数冊のコミックを手に取った

 「あ それは・・・」

アスカは慌てて隠そうとする

 「なになに”超少女明日香”なんだこれは??」

 「だって だって 主人公がアスカで、作者がシンジなのよ!」

 「それで?」

いいわけがましく言って頬を染めたアスカを不思議そうな眼差しでロンは見つめた。

 「いや いいです。」

たったそれだけの理由でコミックを買ったアスカは、恥ずかしくてそれ以上続けなかった。

 「そうか では寝ろ。明日は早いぞ。」

そう言ってロンはさっさと自分のベッドに潜り込んだ。

 『そんなこと言っても この状況で寝られるわけないじゃない。』

よく知らない男性と一つ屋根の同じ部屋で寝る事にアスカは抵抗があった。

恐る恐る寝床に潜り込む

 『”ジェリコの壁”を宣言するべきだったかしら?目が冴えて眠れないわよ!』

そう 思う事約1分

 クー

昼間の疲れも手伝って静かな寝息をアスカは発していた。

 窓からは沖天に浮かぶ青白い月の光が差し込み、そんなアスカを優しく照らしていた。


 アスカ修業編のスタートです。アスカ様の先生は例の師匠にしようと思ったのですが 某社のキャラは

止めておいた方がいいだろうと言う事でしたので前回の予告タイトルとは異なります。

 「父の形見」から時間的に少し戻ったお話です。


マナ:あなた、修行をなめてるんじゃない?

アスカ:女の子にとって、ドライヤーくらいは必須アイテムよっ!

マナ:こんな辺境の地で、おしゃれもなにもないでしょ?

アスカ:場所の問題じゃないのっ。

マナ:料理も碌に作れないし。文句は多いし、先が思い遣られるわ。

アスカ:失礼ねっ! コンロも電子レンジもないんだもん。仕方ないでしょ。アンタ、作れんのっ!?

マナ:それもそうね。こんなアウトドアじゃ、さすがに・・・。

アスカ:ま、いいわ。さっさと修行なんか終わらせちゃって、シンジのとこに帰るんだから。

マナ:そして、帰った頃には腕が太くなってるわけね。

アスカ:それだけはいやぁぁぁぁぁっ!!!
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