第19話 塵なき心 止水に鑑見て

 

 「アスカ 好きだよ。」

 「シンジ あたしもよ。」

シンジとアスカの唇が重なろうとした。

 「「「「ちょっと待った。」」」」

突然後ろからかかる4つの声

 「何よ!!」

振り返ったアスカが見た物は

 まず腕を組んでジト目で二人を睨むミサト

 「あたしもー シンちゃんがいいなぁ。なんて 思うんだけど・・・・」

ぬけぬけと曰う

 「なによ ミサト あんたには、加持さんがいるでしょが!!」

ミサトの戯言につき合っていられないとアスカ

 「でも ほら シンちゃんの方が若いし ねぇ 色々とタフそうだし・・・。」

 「な なにを・・・・。」

次に、ミサトの隣のレイが口を開く

 「あたしも シンちゃんがいいもん。あたしに優しくしてくれるし・・・・。」

 「何を言っているのレイ あんたとシンジは兄妹みたいなもんでしょが!!」

 「確かに 身体はユイのクローンだけど 心は別よ 子供を作らなきゃいいんでしょ。」

アスカの怒りもどこ吹く風と受け流すレイ

 「そうよ。誰がシンジ君を好きになっても勝手でしょ!」

さらにレイの隣にいる長い黒髪の女性が話しかけてくる 顔は影でよく見えない

 「あんた 誰?!シンジによけいな ちょっかい出さないで!!」

 「誰でもいいでしょ。数多居るシンジファンよ。そう 身も心も捧げたい」

最後に残った 茶色いショートカットの女性 これも顔の様子が伺えないが その女性は

当然とばかりに口を挟む

 「「「「誰がいいか 決めるのはシンジ君でしょ!!」」」」

4人は声をそろえる アスカはシンジの顔をむんずとばかり掴み自分の正面に持ってきた

 「シンジ あんた 誰を 選ぶのよ!!」

アスカは当然自分の名前が出る事を期待したが シンジの口は

 「いやー みんな それぞれ いいから 誰かひとりと言っても僕には選べないよ!カムカム エブリバディーかな?」

ととんでもない言葉を紡ぎ出し下品な笑いを漏らす。

 キャー

アスカを除く4人の女性は歓声を上げ一斉にシンジにすがりつく

 「ちょっと あんた達 エェーィ 馬鹿シンジ殺す。」

しかし シンジと女性達は徐々に遠ざかり アスカはシンジに近寄れない。

 「どうしてよ!!」

アスカは呪いの言葉を吐く

 「だって 仕方ないじゃない。」

アスカがその言葉に振り返るとユイとキョウコが並んで立っていた。

 「アスカちゃんは、今 中国にいるでしょ。」

したり顔のユイ 肩をすくめ手を肘から広げ首を振る

 「シンちゃんは、日本だものね!」

顎に人差し指を当て困ったように諭すキョウコ

 「そんなのわかってるわ 帰る 今すぐ帰る!!」

 「「ダメー!!」」

ユイとキョウコが両手をクロスさせて ×印をつくる

 「なんでよ キーッツ」

癇癪を起こすアスカ

 「おい アスカ いい加減にしろ!!」

どこからか声が聞こえる

 「なによ!!」

 「いい加減に 起きろと言っている。」

 「へ?」

 

パチリ 

アスカは目を覚ました。見覚えある庵の天井

 『あ あたしは、廬山にいるんだ。今のは夢だったんだ。』

 「どうしたアスカ ずいぶん うなされていたが・・・。」

ロンが、アスカの寝起きの顔を覗き込む

 「なんでもないわよ!!」

夢の内容を早く忘れたいのと寝起きの顔を見られたことで恥ずかしくなり

冷たい返事をするアスカ

 「そうか 寝付きはよかったのだが・・・。おおかた お前の想い人が浮気をする夢でも見たか?」

ロンは鋭くアスカの悪夢を指摘した。

 他人が自分の夢の内容を言い当てた事でアスカは急に悪夢が現実味を帯びるような気がしてきた。

 「あたし 帰る。」

アスカは飛び起きバックに物を詰め始める

 「帰る?まだ一日も修業をしていないぞ?」

ロンの咎めるように口を開く

 「帰るって 言ったら 帰るの??」

アスカは聞こうとしない

 「・・・好きにしろ、アスカは夢をみて不安になったのだな。おまえが そのような夢を見るという事は

 お前の相手はきっと浮気者でどうしようもない半端者であろう。正夢かもしれないな まあ そんな男でも惚れたのなら仕方あるまい。」

ロンは、シンジを浮ついた男と思ったようだ。

 「シンジは、浮気者なんかじゃないわ。よく知りもしないで・・・。」

シンジに対する悪口でキッとばかりにロンを睨むアスカ

 「そうか・・・では その男 シンジとやらは今何をしている?」

 「仙台で修業しているわ!!」

即答するアスカ

 「ほう そうか、では お前はなにをしている?」

 「あ あたしも、修業よ。」

 「師匠に起こされ 朝飯の用意もさせてか?どうだ?」

ロンは、口元に嘲笑を浮かべて問う

 「いや その・・・。」

アスカの顔は真っ赤になった。そう 確かにシンジなら 早起きして 朝ご飯を作り 掃除までしているかも知れない

いや きっとしているだろう。それに比べて自分は・・・・。昨日の晩 料理の方も教えてくれと言った口もまだ渇いていないだろうに

 「まあ 夢の話は冗談としても 今のこのこ帰ったら それ シンジはお前の事をどう思うかな?」

ロンは、さらに追い打ちをかける。

 確かにシンジは 優しく迎えてくれるだろう。しかし 自分に対する評価は変わる すべてを分かり合えた日 シンジは

自分の事を忍耐強い頑張り屋だと褒めてくれた。それを裏切る事となる。

 「わ わかっているわよ。冗談よ 冗談 それくらいわかりなさいよね!!」

アスカは、冗談という言葉で自分の行為を誤魔化した。

 「そうか 冗談か!! それならいい では 朝飯の後に修業に入るとしよう。」

ロンは、すべてをわかっていた。アスカの性格もシンジの事も ユイの手紙に記されていた。

これ以上の追求は逆効果だという事も・・・

 

 廬山の滝が流れ落ちる滝壺の前にある河原で アスカはロンと向き合う

 「さて アスカ。ユイによれば 格闘の基本は出来ているそうだな。」

 「まあね。」

アスカは自信満々胸を張る

 「では かかってくるがよい。」

ロンは腕を組んだまま アスカに告げる

 「あんたも 構えなさいよ。」

 「その必要はない!!」

 「あたしを馬鹿にしていると痛い目を見るわよ。」

アスカは、自分の戦闘力に自信を持っていた。

 「では その痛い目とやらにあわせてくれ。」

ロンは、アスカの忠告に耳を貸す様なそぶりを見せず涼しい目をした。

 「このー  手加減しないわよー。」

その態度に苛ついたアスカはロンに飛びかかっていった。

 半時後

バシャーン ハアハア

もう何度 五老峰の水を味わったであろうか

 アスカの赤みがかった金髪も 深紅の道着も水滴を滴らせていた

意気揚々 ロンに戦いを挑んだのはいいが未だ彼の身体に触る事さえ叶わない

反面ロンは手など一切使ってない・・・

 「どうした もう終わりか?」

ロンは息の乱れ一つ無い

 「まだまだ行くわよー。」

アスカは、掴みかかる 今まではロンはこれを軽やかにかわし アスカの背中に蹴りをくれ

水の中にたたき落としていた。 

 しかし 今回はアスカは掴みかかっていく行為をフェイントとした。

そして 遂にロンの軸足に抱きついた。

 「ほう 少しは考えているんだな。」

ロンは、蹴り足を上げたまま軸足にしがみついたアスカを見下ろす。

 「何度 同じパターンを繰り返したと思うのよ。今度も繰り返すと思ったあんたの負けよ。」

アスカは、得意げであった。

 「上手い位置に潜り込んだな そこなら 私の蹴りも届くまい。で どうするのだ?」

 「ひっくり返してあげるわよ。」

 「そうか ではやってみろ。私は。このままでいよう。」

ロンは、アスカを見下ろしたまま 動きを止めた。

 「いくわよ。それー」

アスカは、ロンの軸足を払おうとしたが根が生えたように動かない。

 「あれ?」

もう一度やってみるが結果は同じであった。

 「アスカよ。私は動かないから好きなようにするがよい。」

ロンはアスカを馬鹿にしたような言葉を出す

 「キーッツ 待ってなさいよ。」

アスカは、激高しながら ロンの足に何度も蹴りをくれた。

しかし 自分の足が痛いだけである。

 「なんなら 石を使ってもよいぞ。」

 「クーッツ 生意気!!」

アスカは、河原の石を拾い上げロンの足首に叩きつける

石は粉々に砕けてもロンはびくともしない。

 「もう いいわよ。あたしの負けよ どんな仕掛けよ!!」

アスカは、負けたとばかりに大の字に寝転がる。

 「そうか 終わりか。」

ロンは、蹴り足を降ろすとスタスタとアスカの横に歩いてきた。

 「仕掛けなどは ないのだがな。」

 「でもね あんなこと物理上不可能よ。仕掛けがあると思うのが当然じゃない。」

アスカは投げやりに返す

 「そうか・・・・まあ そう思うのが当然であろうな。」

ロンは、そう言うと近くにあった乗用車ほどもある大きな岩を指さした。

 「この岩を素手で砕けるか?」

アスカは寝転がったまま岩の方に顔を向け

 「無理ね。その岩の分子同士の結合力を考えると人間の力では道具なしでは無理よ。」

 「そうか・・・。では見ていろ。」

ロンは、岩の側に歩いていき そして 構える

 はあっつ

気合一閃 目の前の岩は真っ二つに割れる

 「へっ?」

アスカは、信じられない事実に飛び起きた。

 「これくらいは軽い そして・・・」

ロンは、割れた岩に手をかざす

 バシッ

二つに割れた岩は今度は粉々に砕け散る ロンの足下に残るのは細かな砂となった岩であった。

 「どうして どうしてよ。」

アスカは、譫言のように疑問を口にする

 「これは知っているだろう。」

アスカの方に向き直ったロンの前に現れる赤い八角形

 「ATフィールド?!」

アスカはその名を口にする

 「そう お前達が”ATフィールド”と呼ぶ物だ。誰もが持つ心の壁 心の中にある力 創造主に対抗する光とも解釈されている。

 私は、それをこの岩の分子間にはわせただけだ その結果岩は粉々になった。」

 「あんた。使徒なの?」

アスカは間の抜けた問いかけをする。

 「・・・使徒という物がなにかは知らないが・・・。私は人間だ。ユイも使って見せたのではないのかな?」

 「あ そういえば・・・・。」

ユイが帰還後みんなの前でATフィールドを使って見せた事を思い出す。

 「どうやら わかったようだな。お前が何処まで行けるかわからんが、ユイがお前なら出来ると書いて寄越した。

 この岩を割るくらいは最低限取得して欲しいものだ。」

確かに、ATフィールドを生身でこれだけ使えればエヴァに乗ったときに反映されるであろう。

 「わ わかったわ。さっさと修業を続けましょう。」

アスカは、納得して修業の再開を望んだ。

 「ふっ まあ 慌てるな。心の力を得るためには 心身とも鍛練する必要がある。アスカよ、お前は格闘の技能はそこそこ

 だが だいぶん身体がなまっているな。あれほどの技能だ、昔は厳しい生活をしていたのではないか?」

確かに ドイツ時代は訓練の日々であったが、日本に来てから 日常は シンジに甘えっぱなしで怠惰な生活だったかもしれない。

 「わ わかったわよ。」

 「精神の方は肉体より弱いようだが・・・まあ それはいいか。」

 「なによ!!」

アスカの唇が不満そうに尖る

 「さて アスカ 修業を始めるぞ ついてこい!」

ロンは先に立って走り出す。

 「ちょっと 待ちなさいよ!!」

アスカは、非難の声を上げながらロンの後を追った。

 

 それから数日 アスカはロンの後を追い山野をかける日々が続いていた。

走ると言っても平坦な道などはお目にかかれなかった。

アスカは獣道などという物の存在を初めてその目にしそれが道と言うだけ走りやすい事を理解した。

 しかし 獣道を走るのも最初の2〜3日だけで後は鬱蒼と茂った森林や露出した岩肌など足場が悪いところばかりだった。

アスカは、身体の鈍りから何度気を失いかけたであろうか、しかし 気を失う直前ロンが走る速度を緩めるなどの措置をしたため

実際に失神した事はなかったが、道には断崖の側もあったため本当に気絶すれば命の危険もあったであろう。

 まあ 普通の人間であれば、失神する前に自発的に行動を押さえるのであるが、アスカがそれをしなかったのは彼女本来の

負けず嫌いと努力家の性格が起因していた。そして 着実にスタミナは以前のアスカに戻りつつある

 さて 今日も今日とてアスカはロンを追う・・・・そして いつもの断崖の上のコースにさしかかった。

片側は切り立った断崖で谷川が流れており もう片側は、茂った森で所々で断崖の先まで木の枝が突きだしている。

 それを 飛び越えたりくぐったりしてロンとアスカは進んでゆく とアスカが枝をくぐって避けた瞬間胸元からシンジのプレゼントである

ロケットが飛び出 絶妙の間合いで枝に引っかかり 当然 鎖はちぎれ ご丁寧にも枝は断崖の方へとそれをはじき飛ばす。

 「あっ!」

叫び声を上げてアスカはロケットに手を差しのばす 当然身体もついてゆくが 強引に襟首を引っ張られる

ロケットは無情にも谷底へと消えていった。

 「何するのよ。」

アスカは襟首を掴んだ手の持ち主ロンを非難がましく睨みあげる

 「おまえは、死ぬ気か?」

ロンはどうしようもないというばかりに呆れる

 「あれは 大切な物なの・・・シンジが・・・くれた初めてのプレゼントでお揃いなのよ。」

 「命よりもか 馬鹿馬鹿しい。」

ロンは鼻で笑った。この態度がアスカのかんにさわる

 「そうよ 命より大切なのよ。フン。」

そんなわけはないが、アスカは意固地な返事をする

 「なあ アスカ お前がそんな事を言って もしお前がいなくなれば あれをくれたシンジなる者はどう思おうか?」

ロンはため息をついた

 「え・・・」

悲しそうな顔をしたシンジの顔がアスカの頭の中に登場する。

 「確かにあれは 大切な物かもしれん が 一番大切なのは、くれたシンジの気持ちではないのか?

 そやつは、何を望む お前の無事ではないのか?」

確かにそうだろうということをアスカは十分わかっていた。あれが原因でもしアスカが怪我をする事があれば

シンジは激しく後悔してうじうじするであろうことを・・・

 「わ わかっているわ。そんなの当たり前じゃん、ちょっと言ってみただけよ。さあ とっとと行くわよ。」

アスカは修業の再開を告げる。未練がないようにこの場を早く立ち去りたかったのだ。

 『ごめんね シンジ』

立ち去り際 もう一度 谷底を一瞥するアスカ 目には光る物がある

その様子を見たロンは、踵を返して走り始めた。アスカも後ろ髪を引かれる思いで追走する。

 その夜 アスカの夕餉の箸が進まない自家製の甜麺醤を使った麻婆豆腐と蟹肉の中華風コロッケ、フカヒレのとろみスープなど

アスカの好きな物が並んでいる いつもなら ロンの手伝いをしながらつまみ食いをして 夕食が始まったら瞬く間に食べ尽くして

しまう毎日であった。 しかし、今日は機械的におかずを口に運ぶだけである。

 「どうした?」

ロンが、そんなアスカの様子に気がつかないはずがない。

 「な なんでも ないわよ!!」

アスカから強気の返事が返る

 「そうか。」

ロンは深くは追求しなかった。

しかし、彼女がロケットを気にしているのは一目瞭然であった。

 「では 早めに休むがいい。明日も早いからな。私は散歩でもしてこよう。後かたづけはできるな?」

 「ええ。」

アスカは気のない生返事

 「では、先に休んでいろ。」

ロンはそう言うと席を立ち庵から出て行った。

 アスカは、食事を食べ終えると 鍋や器を手際よく洗い出した。

来た当初は、このような事さえまともに出来なかった。しかし 元々 頭のよい彼女要領さえわかれば

そこそこにこなせるようになり、現在は調理するのも参加して、食材の下ごしらえなども出来るようになっていた。

 これは他の家事についてでも言える事で日本に帰ればシンジの手間もかからなくなっているだろう。

 逆にシンジにとってそれは寂しい事かも知れないが・・・。

ふう

 後かたづけが終わりアスカはため息を一つついた。日課である水浴びに行こうと思ったが どうも気が優れない。

 『・・・・もういいや。今日は寝よ。』

アスカは寝床に潜り込んだ。そして 明かりを消すと廬山の滝の音が響き渡る ロンがいなくなり一人暗闇で寝ていると

ロケットの事が思い出されてしょうがない 

 「うううぅ。」

アスカは嘆いた。廬こっとを無くした事への後悔、日本そしてシンジへの思慕が募る。

 いつの間にかアスカは眠りについていたが、その枕を涙が濡らしていた事は言うまでもない。

 

 暗闇の中 アスカは一人でいた。どちらに進んでよいのか先が見えない。

少し離れた所に気配を感じる。アスカが目を懲らせると 彼女のよく知る少年

 「シンジ!!」

アスカは名前を呼んだ。

 シンジは、振り返り笑顔を見せる 不思議と暗闇の中でもそれがわかる。

 アスカは、暗闇の中シンジに向かって走り出した。

シンジの所にたどり着くと彼は照れたような笑みを浮かべる その時、すぐそばに 新たな気配が生まれる

アスカはその生まれた気配の主が女性である事を認めた。

 そして その女は、シンジに手を絡め 得意そうに笑う。

 「あんた あたしのシンジに何するの?」

アスカはシンジをその女から引き離そうとして その女の顔を覗き込んで息をのんだ

 整った顔立ち 赤みがかった金髪 ウルトラマリンの瞳 そう そこにいたのはアスカ本人であった。

 「え!?」

突然 二人の姿が消え 漆黒の闇に包まれる 

 「あれ?」

アスカは二人を捜すべく 闇雲に手を振り回す ふと 右手がなにか堅い物を掴んだ。

すぐにそれが何かを確認しようとしたところ そこから光が満ちてくる

 「あーこれは。」

アスカの手の中にあったのは無くしてしまっていたロケット

中を開くと はにかんだようなシンジとふんぞり返った自分の顔

 周りを見回すと窓から朝の光が差し込んでおり 先ほどの光はそれがロケットに反射したものだった。

 「ここは?」

そう 廬山の庵にある自分のベッドの中 朝食の臭いがしてくる。

 「そうか・・・・。」

聡明なアスカはすべて悟っていた。そして 何をしなくてはならないかも・・・。

急ぎ飛び起き台所へと向かう 

 すでにロンが朝食の支度を終えたところであった

 「遅いぞアスカ!・・・うん どうした?」

ロンもいつもとは違うアスカに気づいたようだ

 「・・・なんでもないわ・・・あ・・・いや・・」

アスカは口ごもった

 「どうした?いつもの元気のいいお前ではないぞ?」

ロンは心配したような声を上げる

 「その・・・ありがと・・」

アスカはちょこんと頭を下げる

 「???礼を言われるような覚えはないが?」

 「あの これ・・・」

アスカは手の内のロケットを指し示す

 「ああ それか」

ロンは納得したように頷く

 「たいしたことはしていない。散歩のついでに拾ってきたまでだ。」

ロンは些細な事を気にするなとばかりである。が アスカには、これを見つけるのには困難が伴った事を理解していた。

何せ 砂浜で針を探すのと同じである。

 「でも ありがとう 嬉しかったわ。」

アスカはもう一度頭を下げる。これにはロンも面食らったようである 恥ずかしそうに口を歪めると

 「い いや 本当にたいした事はないのだ。さて 朝飯にするぞ。」

出来上がった素材をテーブルに運び出す。

 「あたしも 手伝うわ・・・・これは・・・。」

アスカの手が止まる。ロンが朝食といった物は、小さい事から慣れ親しんだ茹でたジャガイモと大きめのソーセージ

そして キャベツの漬け物と白アスパラ・・・

 ロンに促されるように食卓に着いたアスカ 

 「カルットフェルとテューリンガー ザウワークラフト、シュパーゲルだ・・中華ばかりでは飽きただろ?」

ロンはアスカに説明した。

 「・・・・」

確かにドイツではアスカが日常口にしていた食事である。が ここは中国である 第3新東京に居たときでさえ

母キョウコがなかなかドイツの素材が手に入らないなどどぼやいていたのをアスカは知っている

この食材を手に入れるにはどんなに困難であったかアスカにも想像し得た。

 一口含んでみる。ドイツで食べた新鮮な素材に比べると純然たる評価は落ちる しかし

ポトリ

 アスカの目から涙が落ちる

 「どうしたんだ?からいのか、そうでもないと思うが?」

ロンはアスカの涙に気づきからさのためだと考えたようだ。

 「ううん 美味しいわ ほんとに・・・。」

アスカは、いつものようにバクバク食べ始めた。

 アスカは、シンジに聞いた言葉を思い出した。プロレベルの話をしなければ 料理は作る人が食べる人を

思いやる事だと・・・。それ一つで味は大きく変わると・・・・。

 家事に疎かったアスカにはその時には分からなかったが今は分かる 

シンジの言葉の意味もロンのアスカに対する気遣いも・・・。

 料理から伝わるロンの暖かい感情シンジから得るのとは違うそれ

自分を包み込んでくれるような とても安心できる場所

 『ここへ来てよかったな。』

アスカは、心からそう思っていた。そして、そう言う気持ちにさせてくれたロンとここへ寄越したユイに感謝した。

 そんな アスカの感情の変化を悟ったのか ロンは口元に笑みを浮かべるとアスパラをその奥へとねじ込んだ。

 

 「さて アスカよ。だいぶん身体の鈍りも取れてたようだな。」

 「ええ もう ドイツで訓練に励んでいた頃と同じレベルに戻ったと思うわ。」

廬山の滝壺の前でロンとアスカは向き合う

 「そうか・・・」

 「試してみる。」

アスカは、拳を握り正面に構える。

 「いや そんな事をしなくても 心の力を使えないお前など100年かかっても相手にもならないわ。」

ロンは手のひらを顔の前で振る。

 「じゃ 使い方を教えてよ。私は早く帰らなくちゃ いけないのよ。」

 「まあ 焦るな。」

 「もたもたしていたら、だめなの さっさと教えてよ。心の力 ATフィールドの出し方使い方を!!」

アスカは、激しくロンに詰め寄る それは、アスカにとって急務である 世界のため いや 

自分の愛するシンジを初めとした人達のために

 「ATフィールド 誰にでもある心の壁・・・では アスカよ。お前は自分の心を理解しているのか?」

ロンは、徐に口を開いた。

 「もちろんよ。他の人じゃなく自分の心くらい分かっているわ。」

アスカは当然とばかりに返事をする。

 「うーむ 確かに 素直になり自分の気持ちについては理解しているみたいだが・・・。自分の本質とか・・・

 肉体を失った 自分 そう 魂を見つめた事があるか?」

ロンは困ったようにアスカに問う。

 「そんな事、何の関係があるの?」

アスカの口調が激しくなる

 「その魂の存在を理解しそれを物質界に具現したのがATフィールドだからだ。今の焦っているお前では分からないだろうがな・・・。」

 「どうして 出来ないのよ。」

ロンは黙って滝壺の流れ出しの川の所にアスカを連れて行く 結構速い水流である

 「この水面に、お前の姿は映っているか?」

 「写るわけないじゃない。」

アスカは馬鹿にされたと思い憤る

 「そうか・・・ではここではどうだ。」

ロンは今度は滝壺の澱みにアスカを連れて行った。

 「写っているわよ。綺麗な あたし。」

アスカは皮肉めいた口調で水面を見つめる

 「そうだな沈魚落雁とはよくいった物だ。」

ロンも感心したように首を縦に振る

 「何それ?」

 「それは まあいい。」

ここでロンは目を閉じ 中国の故事を諳んずる。

 「” 人は流水に鑑みるなくして、止水に鑑みる” 中国の紀元前4世紀ころの人 荘子の言葉だ。

 今 お前のいうように世の中は大きく動いている そして、それを憂うお前の心もな そう さっきの

 流れる川の水面の様にな しかし、それではお前の姿など見えまい違うか?さらに荘子は

 ”鑑明なるは、塵垢止まらざればなり”とも言っている自分の心に塵が積もっていれば本当の姿は見えない。

 アスカ!お前は賢い子だ。この意味も自ずと分かってくれよう。」

ロンは目を見開いた。

 「分からないわよ。そんなこと・・・」

アスカにしても ロンの言わんとする事はわかる・・・しかし 具体的に何をすべきかは分からない。

 「では 分かるまで考えろ・・・誰でもないお前自身の魂のことだ。それが分かるまで私はお前に教える事は何もない。」

ロンは、そう言って身体を翻すと庵の方に向かい歩き出した。

 「ちょっと 修業はどうするのよ!!」

アスカはロンの背中に声をかけた。

 「何も 教える事はない 今のところはな。と いっても 考えるだけではなく 何か目標が欲しいか・・・では あの滝の水を切ってくれ。」

ロンは廬山の大瀑布を指し示す。

 「へ?!」

アスカは思いもかけない指示に戸惑う

 「まあ そいうことだ。昼飯には帰って来いよ。」

と言い残し今度は本当にロンは立ち去ってしまった。

 「ちょっと どうすればいいのよ。」

後には途方に暮れたアスカのみ残された。

 その日を境にアスカの苦悩の日々が始まる

静かな心で己を見つめると言ってもさっぱり何をしたらいいのか分からない

滝の水を切れと言われても それの落下位置の滝壺はアスカの背が立たないし、泳いで近づいても

流石は李白が銀河が天から流れ落ちている様と詩に詠みし廬山の大滝 アスカは溺れそうになった。

アスカの修業は大きく暗礁に乗り上げていた。

 

 そして 数日後

今日もロンは朝食の後 何も言わず アスカを送り出す。

アスカは、目的なくとぼとぼと滝壺にやってきた。

 魂の存在を見つけられず。かといって 滝の水も切れない。ロンは何も言わない。

 『どうしよう。』

アスカは、水面に映る自分の姿を見た。曇ったような顔が伺える

 『あたし こんな顔してるんだ。ふふ お笑いね。』

もし日本に来た頃の自分がこの姿を見たらきっと

 「情けないわね。あんた あたしでしょ。ぴしっとしなさいよ。」

と言うだろうとアスカは思っていた。

 『虚勢を張っていた、あんたに言われたくないわよ。』

アスカは、過去の自分に反論する。

 『あーあ こんな馬鹿な事やっていてもしかたないなぁ!』

ここでアスカは滝を見上げ 滝の中程にせり出している岩に気づく

 『そうだ あそこなら手が届くかも』

そう思うやアスカはすぐに行動に出た。

 足場の良い岩肌を登り せり出した岩にたどり着く 案の定滝が目の前にあり

手が届きそうであるが 成長途中のアスカである リーチは知れた物 まあ 距離にして

3メートル以上も離れているため どんな大男でも届かない距離であったが・・・

 『うーん ダメね。そうだ なんか獲物を使えば・・・』

アスカは、長い棒状の物を探せば届くと思い探しに行こうとしたが、大瀑布がすぐ間近にある岩である

当然 濡れており滑りやすい

 ツルリ

アスカは、足を滑らせ その身は宙を舞った。

 

 「いかん!!」

虫の知らせと言おうか 妙な不安を覚えたロンは、アスカの姿を探した。

 そして それを滝にせり出した岩で見つける。ロンは、慌てた まだ アスカには、あそこでの修業は早い。

足を滑らせれば命に関わる。悪い予感は当たる物 アスカは、その身体を滝壺に踊らせたのを確認できた。

 岩の下の滝壺は浅くなっている、ましてあの高さだ、アスカの命は絶たれたも同然であった。

 『オレは オレは また何も出来ないのか』

ロンに過去の忌まわしい想いが蘇る 愛する人を失ったあの日の事を・・・。

 ロンにとってアスカは最初は、ユイに頼まれただけの鬱陶しい存在でしかなかった。

しかし、一緒に暮らすにつれ アスカがユイが手紙で書いていたとおり人に対して不器用だが優しい娘である事がわかった。

 自分は持つ事はなかったが、娘を持つならアスカのような勝ち気で明るい子が良かったなとも思った。

それゆえ、アスカが喜ぶと思って近隣の村の知人に無理を言ってドイツの食材を取り寄せたのだ。 

 「アスカーーー!!」

ロンの絶叫は大瀑布にかき消されてしまった。

 

 きゃー

一瞬アスカは自分の置かれた立場が分からなかった。

 しかし 自由落下する身体を感じ自分が転落した事を悟った。

そして そこが絶望的な高さである事も・・・

 『あたし 死ぬんだ。』

絶望の中 アスカに不思議に恐怖はなかった。焦りもなかった。

自分の身体は、激しく水面に打ち付けられ 底の岩にあたり無惨な姿をさらすだろう。

 泣き叫ぶ シンジや母の姿が目に浮かぶ。そして 自分の帰りを待つユイ、レイ、ミサト、ネルフの人たち ヒカリを初めとした学校の友

 「ごめんね、みんな。もう あたしダメみたい。」

そして 厳しいが優しかったロンの顔を思い出す。

 「悪かったわね。最後まで先生と呼ばないで・・・。今度会ったら そう呼ぶわ。」

しかし それが不可能な事をアスカは分かっていた。

 訓練されていない人間はある程度以上の自由落下をしたら気を失う

アスカは訓練されていたため意識はある 彼女はその境遇を呪った。

 近づく水面が見える

もう少しすれば魂は肉体を離れる事だろう・・・。

 『あたしの魂・・・。』

死に直面したときアスカは自らの魂の在処を意識できた。自分の中にあり 肉体の衣を纏っている。

そして 魂だけの存在になろうとしたとき シンジ達の姿が遠ざかり一人になるような気がする

 『みんな行かないで ひとりは嫌 死ぬのも嫌 私は生きていたい!!』

今まで以上に魂を感じ 目前に迫る水面をアスカは拒否した。

 

 「おーっ」

せり出した岩にたどり着いたロンが見た物は、金色に全身を輝かせ水面に立つアスカの姿

赤みがかった髪も白金色に波打ち まるで後光の如しである。そして足下には赤い壁が広がっている

 「そうか 死を意識する事で己の魂を感じ取ったか・・・。乱暴だな。」

ロンは、安心したのか笑みを漏らす。

 アスカは、しばらくは水面に立っていたが、やがて光を失い水の中に沈んでいく

 「む いかんな。」

今度は落ち着いた面持ちでロンは断崖から飛び降りた。

 

 ハッ

目覚めたアスカに、やや見慣れつつある 庵の天井が目に入った。

 「気がついたか?」

暖炉に、薪をくべるロンが振り返った。

 「少し水を飲んだからな!」

 「私 生きているんだ。」

寝たまま自分の身体を抱くアスカ

 「うむ 見事だったぞ。」

ロンは、アスカの頭に手を置く アスカはそれを払いのけようとして・・・止めた。

心地が良かったのが理由である。

 アスカは身を起こし着替えている事に気がつく

 「服が濡れていたのでな着替えさせたぞ。済まないとは思ったがな。」

ロンは、頭を下げた。

 「別にいいわ。仕方ないじゃない 風邪を引きたくないしね。」

 「そうか。」

ロンはアスカが怒ると思ったのか拍子抜けしたようだった。

 「で 何が、見事なの・・・。」

 「覚えていないのか?お前は、水面が近づくとき死を予感した。その心に曇りはなかった。そして魂の存在を感じたはずだ。

 そして迫り来る死を魂で拒否しただろ その感じを思い出してみろ。」

 「え!?」

アスカは、目を閉じあのときの事を思い出しながら手をかざす。

そして 恐る恐る目を開けたとき 目の前に広がる赤い八角形。

 「こ これが 私のATフィールド・・・。」

アスカが呟く

 「そう 初めてにしては、落下する物理時衝撃は勿論 その後は、水面に立ち重力をも拒否するフィールド

 アスカ おまえには才能があるな。ユイが書いて来たとおりだ。」

 「おば様が・・・。」

アスカは、ユイの事を口にする。

 「死に直面したとき お前の心にやましさはなく 澄み切っていたであろう それが”明鏡止水”の境地だ。」

 「メイキョウシスイ?」

アスカは、ロンの言葉を反芻する

 「では 明日からは ATフィールドを 使った修業に入る。さあ 消化の良い物を作ってきてやる。

 今日はもう寝ろ。」

ロンは、台所に立ち去ろうとする。

 「はい 分かりました先生!!」

アスカは、元気よく返事をする。

 ロンは”先生”という言葉に照れたように口元を歪め 台所に消えた。


ついにATフィールドを体得したアスカ しかし 修業の日々は続く

 次回 「燃え上がれ 心の小宇宙(コスモ)」

文中の”沈魚落雁”ですが これも荘子の言葉で 魚や鳥はどんな美女からでも逃げます。

彼らには美女であっても自分れを害する物でしかありません。

そんな彼らでも あまりの美しさに 自分の醜さを恥じ

魚は沈み 雁は気絶して空から落ちるという意味で もの凄い常識はずれの美人の事のたとえです。

 うーん アスカ様 褒めすぎですか?


マナ:精神面まで修行の成果が現れたわね。

アスカ:ふふーん。アタシにとってはチョロイもんだわ。

マナ:・・・・・・ほんとに修行の成果が出てるのかしら。(ーー;

アスカ:ATフィールドも使えるようになったし。ファーストなんか、恐くないわよっ!

マナ:なんだか、アスカにこんな極意を教えていいのかしら?

アスカ:天才のアタシに不可能はないのよーっ!

マナ:だ、だめだわ・・・。もうちょっと、精神面を鍛えて貰わなくちゃ。

アスカ:燃え上がれーーっ! ラブの小宇宙ぅっ!!! シンジぃぃ、待っててねぇぇぇっ!!

マナ:ち、ちがうっ! 誰もそんなこと言ってないってばっ!

アスカ:ラブラブフィールド全開よぉぉぉっ!!!

マナ:使徒より、アスカの方が危険だってばぁぁ。
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