想いは永久に…

第六話:強さと弱さの狭間で

by.夢幻の戦士


学校の廊下で、ミサトとリツコが何やら喋りながら歩いていた。

「いったいどうしちゃったのかーー、碇君。もうこれで6日だよ、学校休むの」

「仕方ないじゃない。家の用事で二週間学校休むって・・・」

「ええ!? そうだったの!」

ミサトは本気で知らなかったようだ。

シンジはこの6日間、学校を休んでいた。表向きは家の用事という事になっているが。

「でもそれより、私は霧島さんが気になるわ」

「あれ〜、リツコってそっちの趣味があったの〜〜?」

完全にからかいモードだ。こんな時は相手にしない方が良い、と長年の勘で解っているリツコは平然と話を続ける。

「霧島さん・・・退院したのは良かったんだけど、この所元気がないのよ。前はあんなに元気だったのに」

「そうよねー。前は太陽みたいに明るかったのにね」

マナはこの学校のアイドル的な存在であり、マスコット的な人物に位置づけられている。

そんなマナがここ数日、笑顔もろくに見せない。

いや、見せることは見せるのだが、見ている方が顔を背けるほど彼女の笑顔は痛々しい物だった。

原因は勿論シンジにあるのだが、他のクラスメイトはそんな事を知る由もなく、失恋だの許されぬ恋だのと騒ぎ立てていた。

「まぁ、乙女心と秋空は何とかって言うから心配ないない」

「(クスッ)」

「ああ! 今笑ったわね、笑ったでしょ!ちょっとリツコ、待ちなさいこら!」

逃げ行く友人を追いかけるミサトは、先程までの話など、とっくに忘れていた。






「ハァ ハァ ハァ」

息をする度に血の匂いが鼻をくすぐる。

大粒の汗が背中を伝って足先へと流れていくのが肌で解る。

ネルフ本部にある地下訓練場。

今ここにはシンジとロン、そしてヴォイスの3人しか居ない。

シンジの目の前にはロンが静かに立っている。

「どうしたシンジ、もう終いか」

「まだまだぁ!」

シンジはロンとの距離を一気に詰め、そこから貫手を撃つ。

ロンはそれを“流水の型”で受け流し、シンジの背後を取る。

貫手を引く力を利用して、シンジはすぐさま反撃に転じた。
目にも止まらぬ連続パンチをロンに浴びせる。それ全部に『念』で強化しているため、普通に当たっても致命傷になりかねない程の威力がある。

しかしそれ全てを受けもせず、体捌きだけでかわしているロン。

不意に、ロンの姿がシンジの視界から忽然と消え去った。

しかしシンジの鋭敏な反射神経は、背後に移動したロンを捉えていた。

「(良しッ! 読み通り!!) セイッ!!」

気合いと共に腰の入った回し蹴りが、吸い込まれるようにロンの体へと導かれていった。

(な、何・・・!?)

シンジの放った回し蹴りの下を潜るように沈み込む。それとシンジの胸にロンの掌打が決ったのは、ほぼ同時だった。

「ーーーーーー・・・・・・!!!!」

声にならない叫びを上げて、シンジは訓練場の壁に叩き付けられた。

シンジの体が崩れ落ちると共に、ロンの拳が優しい手の平へと変わった。

「今日はこれまで。初日よりは動きはかなり良くなったが、まだまだじゃのぉ」

「あーーっ、いった〜〜〜」

頭を撫でながら立ち上がったシンジ。

よく見れば、シンジの体には小さな傷跡が無数にある。

「有り難う御座いました。ロン師範」

シャルシェム戦の後になって解ったのだが、ロンはシンジが使う拳法・心奥流の総師範なのだという。

それから今日まで、シンジは能力アップのためネルフに寝泊まりしているのであった。

ロン師範からは主に『念』のもう一段上の使い方と技の修得を目的とした特訓を受けている。

壁に寄り掛かっていたヴォイスが近寄ってくる。

「そらよっ」

放り投げられた長めの木刀を、シンジは難なく受け取る。

シンジはヴォイスから刀剣の扱い方を教わっている。前回の戦いで、あまりにも扱いがなっていないという理由からだった。

彼が主に使用しているのは180以上あるヴォイスの身長より長い、“トゥ・ハンダー・ソード”と呼ばれる長剣だ。

初めシンジも、ヴォイスと同じ長剣を使いたいと話したが、ヴォイス曰く、『いくら念で強化したとはいえ、もともと華奢なお前に使えるわけがねぇだろ』
と言われ、あっさりと突き放された。

以来彼らの練習は木刀で行われるようになった。

ヴォイスから教わる剣技は、全て実戦を想定した対練だった。

だが、シンジはこれまで剣技は疎か、木刀すら握ったことがない。

そんな少年にいきなり木刀を持たせて戦え、と言っても、無理からぬ事だと言われるかもしれない。

しかしシンジはやらなければならない。

自分のために、愛する人達のために。強くなりたい

そんな気持ちが解るからこそ、必然的に教える側も厳しくなる。

「ダメだな。お前、まだ心に引っ掛かったモノが有るだろ。それを何とかするまで、特訓は無しだ」

数時間に及ぶ対練の末、ヴォイスが言ったのはこの一言だけだった。

自分の心に引っ掛かる何か・・・・・

それが解るまで一時特訓は中止することとなった。

「心に引っ掛かるモノ・・・・・・クソッ!」

自分の心なのに解らない。そのもどかしさに、シンジの目からは熱い何かが溢れてきたのを、グッと堪える。

(泣く暇が有ったら見つけよう・・・自分の心のわだかまりを)

よろよろと立ち上がり、出口に向かって歩き出した。







暗い部屋。

その中心には、碇 ゲンドウのフォログラムが映し出されている。

そしてゲンドウの周りには、同じような格好をしている老人達が座っている。

そしてその老人達の一人が、苦い口調で言う。

「碇よ」

『はい・・・』

「お前は自分の息子に、あのオモチャを与えたようだな」 「その上、初号機パイロットは第3使徒をほぼ無傷で倒したと云うではないか」

「本来ならあそこで自爆する筈だった使徒が、何故倒されたのか・・・原因は解っているだろうな」

休み無しの尋問に似た質問を繰り返す。

それは只単にあの使徒が弱かったから、などと言う事も出来ず、ゲンドウはありふれた解答をする。

『それは今現在調査中です。暫しのご猶予「しかしその原因は、お前の息子・碇 シンジにあると報告を受けている」

ゲンドウの返答を待たない老人達の意見に、ゲンドウの目は細くなった。

こう云う時、サングラスとは便利な物だ。と、思って着用しているのは本人しかしらない秘密だったりする。

好く、“目は口ほどに物を言う”というが、この言葉は彼のために存在しているかも知れない。

そんな事を考えている間にも、老人達の尋問は続く。

「どうなのだ、碇よ」

『しかし・・・この程度なら修正可能範囲の筈』

「それはそうだが・・・」

「わかった」

「「「「「「議長!?」」」」」」

その場に居た老人達の目が、声の主であるキールに集中する。

「今日の所はこれにて閉会する」

ゲンドウの映像が消える。

「議長、何故ヤツを野放しにしておくのです。ヤツはそれを良いことに我らの知らぬ所で何をやっているやら・・・」

「それに、ヤツが保有しているエヴァンゲリオン初号機は、我々の計画に無くては為らぬ物。それがもし万一爆破されでもしたら」

キールは微かに笑って見せる。この笑いが他のメンバーを安心させるものとなった。

「・・・猫にはちゃんと鈴を付けた首輪がある。イザとなれば、その首輪が猫の首を絞める結果になるだろう。それに猫が勝手なことをしないために、首輪を縄で止めている。心配はない」

そして部屋は暗闇へと姿を消した。






その頃、シンジの姿はネルフの休憩所にあった。

ヴォイスに言われたことを考えるが思い浮かばない。

いや思いつくが思い出したくないのかは、本人でも解らないと言った方が正解だろう。

「あら、シンジ君。こんな所にいたのね」

「・・・・・・アスカさん・・・」

いつものスーツに身を包んだアスカ
最初はその明るい表情を見せていたが、シンジの顔を見るやいなや手を掴んで引っ張り始めた。

「ちょっ、どうしたんですか! 痛いですよ」

「いいから黙って従いなさい!」

嫌がるシンジを無理矢理車に乗せ走り出す。

車は、あのスーパーコンピュータ〈ミリル〉を搭載した万能カー。行き先は例の場所と言うだけで、その場所に向かっている。

(どこに連れて行かれるんだろう・・・)

不安を胸に着いた先は

「ここは・・・」

「あたしが一番気に入ってる場所」

そこはかつて、ミサトに連れてきて貰った思い出の場所だった。

「さぁ、ここなら誰に遠慮する事無いから全部洗いざらいぶちまけなさい!」

「えっ?」

「えっ、じゃないわ。あんた、何か悩みが有るんでしょ。私が聞いてあげるから喋っちゃいなさいよ」

「でも・・・・・」

「でもじゃない。あんた、私のこと・・・ううん、私やレイの事避けてるでしょ? 
同じ立場にある者同士、信頼し合わなきゃ協力なんかできっこない。私達に落ち度が有るって言うなら改善するし、もしあんたが何かに苦しんでるんだったら、それは私やみんなの苦しみよ。さぁ言いなさい、思いっ切り!」

実にアスカらしい発言。

まわりくどい部分を一切除いた大胆すぎるほどストレートな言い方。

そんなアスカの声を聞いて、シンジは心に何かが込み上げてくるのを感じた。

「・・・・・・・・・・・僕には、好きな子が居たんです。でも、僕は・・・その子をこの手で汚してしまった。自分自身の都合・・・ううん、自分の欲望に負けた自分によって・・・・・それに・・・それに、守らなきゃいけなかった子も居た。けど、その子は僕の目の前で死んでしまった。僕はその時・・・何もできなかった」

いつしか溢れ出た涙が、乾いたアスファルトを濡らしていく。

「その子・・・最初の子は今、何処に?」

シンジの顔は顔を俯かせているだけだが、それがその子が、もうこの世にいないことを克明に暗示していた。

アスカは深呼吸をした後、シンジに向かって言った。

「シンジ君」

シンジは顔を上げようとした瞬間

バシッ バシッ バシッ バシッ

アスカの平手打ちがシンジの頬に痛みを走らせた。

アスカは真面目な顔で言い放った。

「最初のは汚された子の分、二発目のは何もしてあげられなかった子の分、三発目が女としてのあたしの怒り、最後の四発目は・・・その子達から逃げ回っていた碇 シンジに対する、大人としてのあたしの怒り」

アスカはシンジの胸ぐらを掴むと自分の方へと引き寄せた。

「あんたは! ずっとその子達の幻から逃げてただけじゃない! 死者は生きている者に何もしやしない、何も言わない。だけど・・・関わった者の心には永久に残るのよ!」

掴む手にさらに力を込める。

「もしあんたが本当に済まないって思っているなら、もし本当に償いたいと思うのなら、向き合いなさい! 自分の心と! 過去の自分と!
そして、その子達があんたの心の中で笑っていられるように、あんたのやるべき事を全うしなさい!!!」

この言葉は、シンジの心を縛っていた鎖を、尽く打ち砕いた。

アスカの手から自分が開放された時、シンジは立つことが出来ずアスファルトの地面に手を付いて泣いていた。

そんなシンジを、アスカは何も言わず抱きしめた。ただ強く抱きしめた。

「もう泣かないで・・・あんたは自分の罪をあたしに言ってくれた。誰にも言わず、ただへらへらしてるヤツなんかより、よっぽどマシよ。さぁ帰りましょう。私達の居るべき場所へ」

二人の背中を西に沈む夕日だけが、静かに見送っていた。











翌日 

訓練場にシンジは居た。

「いい顔になった・・・引っ掛かったモノが取れたようじゃの」

「よく1日で見つけられたな、大したヤツだ」

賞賛の言葉を、シンジは首を振って否定した。

「僕には・・・吹っ切ることなんか出来ませんでした。
だけど、僕の心の中に居るみんなの顔がいつでも笑っていられるように、僕は今やるべき事をやる。それが僕が出した答えです!」

ロンとヴォイスは黙って聞き入っていた。

そして

「「合格」」

「え・・・」

訳が解らない、と云った感じで二人を見比べるシンジ。

二人は黙って微笑んでいる。

その時直感した、。自分に何が足りないのかということに二人は気付いていたと。
今までシンジは前だけを見つめていた。これはこれで良いのだが、過去を忘れようとしていたのも確かだった。過去を振り返らずそのまま前だけを見続けていれば、確かに楽かも知れない。

しかし、過去を切り離すことなど出来ない。やがては自分の過去に飲み込まれ、自分自身を苦しめる結果に繋がる。そうなれば、自分を頼りにしている人達にも危険が及ぶのは自然なこと。

だから過去から逃げずそれを受け入れ明日を生きる。

ロンとヴォイスは、それを言いたかった。

「今日より、『念』のもう一段上の使い方と心奥流拳法の奥義の一つを伝授する。本来は奥義の全て教えてやりたいのは山々じゃが、何しろ相手は人間ではないからのぉ。じゃから、使徒にも通用しそうな技を教えることとする」

「俺も同じだ。俺の専門じゃないが、今日からお前に3つの技を伝授する。これは俺の知り合いの技だ、だから完璧には教えきれない部分も有るだろう。だが、お前に似合いそうな技はこれくらいしかないからな」

「あ、ありがとうございます!!」

「喜ぶのはまだ早い、伝授の前に力試しを行う。今から夜明けまでに儂に一撃入れてみせい。それが出来なんだ場合、伝授は無し」

「俺場合はその後、正午までに一撃入れてみせろ」

「はい」

シンジは返事の後、これから起こるであろう地獄のような特訓に身を震わせながら、自分の心を集中させた。



もう逃げない 迷わない 全てを受け入れて 生きてゆく 自分を護り 愛する人達を護るために



「死ぬ気で来い! 碇 シンジ!!」

「おおお!!!」 

シンジは気付かなかったが、彼の後ろでは今は亡き少女達が、小さく微笑んでいるのをヴォイスはしっかり見たという。

碇 シンジの本当の戦いは、今日から始まったといっても言い過ぎではない。

























後書きもどき

今回はシンジの心の補完です。

過去で必然的に負うことになった心の傷、それは誰より深くものだと思います。

それを癒すのは周りの人達からの後押しも必要でしょうが、最終的には自分で自分の扉を開けなくてはいけないと思い、こういう形になりましたが如何でしょうか?

それとアスカさんの見せ場も作りましたが、どうでした? コメント係のアスカさん。

大人のアスカさんには、今の彼女でしか出来ないこととして書いてみました。ミサトやリツコには出せない裏表のない言葉、それを言えるのは多分アスカさんしか居ないという独断からこうなりました。


それと前回、シンジが使った技で『流水の型』が『清流の型』に変わっていたのは何故かという質問を頂いたので、この場を借りて説明させていただきます。

基本的に、武器を持っているかいないかの差です。

だから、無手の場合なら『流水の型』。武器を持っているなら『清流の型』といった具合です。

説明が無くて申し訳有りませんでした。


マナ:わたしがあんなに悩んでるのにぃ。シンジ、なにしてるのよぉ。

アスカ:一生懸命訓練してんのよ。邪魔しちゃダメよ?

マナ:悩みがあるんなら、わたしにも相談して欲しいなぁ。

アスカ:ざーんねんでした。そういう肝心なところは、やっぱアタシじゃなくちゃねぇ。

マナ:どーして、あそこでアスカなのよー?

アスカ:所詮、アンタはシンジの役にたたないってことっ!

マナ:もーーーっ! ちょっといい出番があったからってっ! 偉そうにぃっ。ぶー!(ー。ー)

アスカ:これで、アタシとシンジの距離もぐっと近くなったって感じねぇ。

マナ:いいもん。訓練が終って学校来たら、あまえるんだからっ。
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