赤い海…

真っ赤な記憶…

何度もうなされた、過去の自分の罪に…

人よ、夢を見よとプログラムした神を何度呪っただろうか―――

居もしない悪魔に、何度魂を売ろうと思っただろうか―――

悪夢の中から目覚めた後がもっと辛い

悪夢の中で流した涙を、叫んだ声を、目覚めた後では決して出す事は出来ぬと思い知らされるからだ




想いは永久に…


第九話

ミナソコ


by.夢幻の戦士






(ハッ!!)

シンジは飛び起きた。

そこが自分の部屋だと認識するのに、たっぷり5秒もかかってしまった。

「夢…だったのか」

ゆっくりと視線を下に向け自分の手の平を見た。

「くっ…」

乗り越えたはずじゃないのか碇シンジ、もう大丈夫だと言ったじゃないか。

まだダメなのか? 受け止めきれていないのか?

自問自答を繰り返すがどうにも収まらない。

無限ループから逃げ出すように一つの決断を下したシンジ。

(ふぅ、取り敢えず頭を冷やすか…)

そう思い直してベットから降りようとした時、


ふにっ


「…ん?」

自分の手に何か柔らかい感触が。

まだ目が慣れていない暗い室内で柔らかい物。クッションだろうか?


ふにふにっ


「んん、やあん」

音までする……いや、これは人の声!?

シンジの背筋を薄ら寒いモノが走る。

(まさか…これって……)

ようやく慣れたてきた映し出した物、それは、

「すぅ」

ぐっすり熟睡している霧島マナの姿が。

それとマナの胸を鷲掴みにしている自分の手が、はっきりと目に見えた。


時が止まった


………3秒前

……2

…1



「じょぎりえぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「きゃあー!」

シンジの奇声に驚いたマナがベットから転がり落ちる。

(なななな、何で霧島さんが僕の部屋に!? いやそれよりも、何で僕のベットで寝てるんだ!!???)

予想を上回る事態に、パニックに陥いるシンジ。

一方マナはというと、

「ここどこ〜?」

眠い目を擦りながら周りをキョロキョロと見回している。

そしてシンジと今自分の状況を確認すると、小刻みに震えだした。

「…の……か」

「あ、あの霧島さん?」

「碇君のバカーーーーーーーーーーーー!!!」

「え!?」

 ゴッ

「ぶはッ!」

てやたり次第に物を投げつけてくるマナ。どうやら途方も無い勘違いをしているらしい。

マナの今の格好を説明すると、かなり着崩れたパジャマ(上)。かなりずり下がったパジャマ(下)と下着。

それに対してシンジの格好は、


ブリーフ一枚で寝ていたのである。


これで誤解するな、という方が無理がある。

「いやああああああああああ!! バカバカ、碇君のバカーーーー!!!」

「ちょっ、誤解ゲフ! アガッ!」

次々と飛来してくる日常品がシンジを襲う。

クッションに枕、ゴミ箱に目覚し時計。これならばまだ良い方で、

「話を聞いてよ!」

「バカバカバカ! 碇君の大バカァ!! ちゃんと言ってくれれば考えたのにぃーー!!」

「え? それってウオ!!!」

終いにはハサミにカッター、千枚通しにナイフなど、かなりヤバイ物を投げつけてくる。

「ちょっと危ないよ!」

「知らない知らない聞きたくない。いやああああ、こっち来ないで! H、変態、スケベ、ケダモノォ!」


ゴスッ!


「グウェッ」

近づいたのがいけなかった。

シンジが不用意に近寄ったせいでマナが怯え、憐れシンジはマナが投げた机の下引きになってしまった。

ひき蛙が潰れるような声を出しシンジは暗い海へと沈んでいった。









「あははははははははは、いやぁ若いって良いもんだな。で? それでどうなったんだ?」

海上を飛ぶヘリの中に居たのは副司令のナルミと、その護衛役という名目で着いてきたレオン。そして顔中を紅く腫らしたシンジの姿があった。

あの後、気絶したシンジにマナは更なる追い討ちをかけ、あわやと言う所で正気に戻ったマナによって生還を果たしたのであった。

「笑い事じゃありませんよ副司令。僕はあとちょっとで川の向こう側へ逝っちゃう所だったんですよ」

「いや、すまん。続けてくれ」

「そのあと、僕は霧島さんを落ち着かせて事情を話して、ようやく解決したんです。ホントに大変だったんですよ」

なるほどなぁ、というナルミも何処かシンジを信用していないように見える。

この事を聞いたゲンドウは一言だけボソッと“ふ、問題ない。孫を抱く日は近いな”

その後のナルミとヴォイスの大爆笑といったら凄まじい物だったらしく、そのせいでシンジは未だ憮然としていた。ロンは我関せずといった感じだったらしいが。

「で、何時着くんです。“オーバー・ザ・レインボー”っていう艦隊には」

「あと十分以内には着く」

横から答えるレオン。

「そういえば腕はもう平気か、シンジ君」

「え? ええ、もう大丈夫です。ほら」

そう言うと右腕をブンブン振ってみせる。横に居るレオンが迷惑そうだったが。

「そうか。だが無茶はしないでくれ、君の体は機械じゃない。取替えは利かないんだ」

シンジの右腕は先のラミエル戦で負傷していた。原因は奥義“勁徹”にある。

まだ技術的に未熟なシンジは“勁徹”で放つパワーを逃がしきれなかったのだ。そのため右腕に逃げ場を失ったパワーが残り、腕に受けなくていいダメージを受けてしまっていた。

しかしそのケガ自体は一週間ほど安静にしていれば完治するはずであった。

だが、予期せぬJA事件。

その時、アスカとレイを助けるために負傷していた右腕を更に痛める結果となってしまった。

その直後は激痛で動かす事さえ出来なかったが、今では通常生活に支障をきたさない程度には回復している。

「すみません」

「いや、気にしなくていい。ただ…君は自分自身を犠牲にしすぎている。もっと自分の事を労るべきだ」

「はい」

ふ、と笑みをこぼすナルミ。その笑みにつられて微笑み返すシンジ。

が。次の瞬間、

「で、ホントのどうだったんだ?」

「うがーー!! だからそれは不可抗力だって言ってるデショーーー!!!」

シンジの訴えも虚しく、この話は暫くの間大人たちの格好の話の種にされた。その都度シンジが逆上し、さらに話を面白くしたというのはお約束である。

「着いたぞ」

眼下に広がる青い海に浮かぶ黒い影。

国連所属、太平洋艦隊“オーバー・ザ・レインボー”がその雄々しき姿を見せた。

「うわー。大きいですねー」

「セカンドインパクト以前のビンテージ物だよ。もうかなり老朽化が進んでいると聞くがね」

「しかしエヴァを海路で運ぶにはこの艦隊しかない。そう考えればこの選択は非常に合理的だといえる」

三人それぞれの意見が出終えたところで、ヘリは慌しく降下してゆく。

甲板に立ったシンジ達を先ず出迎えたのは、少女の笑顔だった。

「紹介しよう。ネルフドイツ支部から来たセカンドチルドレン、山岸マユミ君だ」

「はじめまして。山岸マユミと言います、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ」

礼儀正しくお辞儀をするマユミに、シンジも慌てて頭を下げる。

改めてマユミを見るシンジ。マユミを一言で言い表すなら“大和撫子”に尽きるだろう。まるで日本人形のような美しさと優雅さ、それに負けない気品が上手い具合に合わさっている。

(何だろう…山岸さんを見てると、すごい懐かしい感じがする。…会った事も無いのに)

これまで会った事も無い女の子なのにもの凄く興味を引かれる。

これが一目惚れというものなのか? いや違う、そんな感じではない事をシンジは自覚していた。

しかしこれと同じ感じを、以前どこかで味わった事がある。

(…そうだ、霧島さんと初めて会った時だ。あの時初対面なのにいきなり名前で呼んで、それから……ぐっっ!)

頭がハンマーで殴られたような衝撃を受け、シンジはその場で倒れこんだ。

遠くでナルミとレオンの声が聞こえる。何人かのクルーが此方に駆け寄ってくるのが判る。

薄れ行く意識の中でシンジが最後に聞いたのは、自分の名前を叫ぶ少女の声だった。
















“絶対戻ってみせる、例えどんな事をしようと!”

(誰だ! お前は誰だ!?)

目の前さえ見えない暗闇の中から聞こえてくる声に、シンジは怒鳴った。

声はシンジのことを無視して喋りつづけた。

“それが君の世界を、あの赤しかない世界に作り変えたとしても!!”

(!! 何故それを…あれは“僕たち”しか知らない秘密なのに!?)

声は答えない。

必然的に打ち切られる会話。

“また…会おう、碇…シンジ……”

暗闇に光が差し込み、一気に光の中へ吸い込まれる。

「ま、待って!」

目覚めるとそこは白く無機質な部屋。

知らない天井に向かって、シンジは虚空に手を伸ばした状態で固まっていた。

「あら、目覚めたのね」

シンジは一瞬の動作で飛び上がると、その人物の背後を取った。

対して声の主は驚いた風も無く続けた。

「随分な挨拶ね、倒れた君を医務室に連れて来るのは大変だったんだから」

「…誰ですか? 貴方は」

「ネルフ作戦部部長を務める者よ、判ったら警戒を解いてくれないかしら?」

相手が自分をどうこうする気が無い事が判ったシンジは、ゆっくりと構えを解いた。

「理解が早くて助かるわ」

「!!」

振り向くその顔に、シンジはまたも驚かされた。

流れるような銀髪。燃えるように紅い瞳。どこか芝居がかった仕草。神がその手で直接造ったかのような錯覚を起こす美貌。

その人物はシンジも良く知る、筈の女性。

「カオル、渚・カオル・シュバイツァー。よろしくね、碇シンジ君?」

「あ、ええっと、そのぉ」

初めて会う緊張もあるだろうが、カオルが女性である事にショックを受けたシンジは言葉を続けられないでいた。

「どうしたの? …ああ、やっぱり私の美貌がいけないのね! 私の美貌の前は『美の女神・アフロディーテ』でさえ嫉妬を覚えたのだから無理もないわ。嗚呼、いたいけな少年の心を盗んでしまったのね!? 私って罪な女」

「???」

「ああいいの、何も言わないで! 判っていることだから」

トリップしたカオルを現実に引き戻す事を不可能と判断したシンジは、取り敢えず部屋から出ようとした。

ガチャ

シンジの進路を妨げるように二人の男が入ってきた。

「…ジーザス……」

浅黒い男は入ってくるなり天を仰いだ。

「戻ってくるまで結構かかるよ、これ。どうするムサシ」

細身の男が彼、ムサシに助言を求める。

「どうするって…そりゃあ戻すしかないだろ、現実に」

「そうだよな」

二人は肩を落とし思い切り脱力した。もうこれ以上ない程の脱力振りである。

シンジは何となく話し辛い雰囲気の中で、一人途方に暮れていた。

「すまないがちょっと部屋から居なくなってくれないか?」

「え、は、はい」

唖然とするシンジを余所に、二人は淡々と喋り始めた。

「俺はムサシ・リー・ストラスバーグ。ネルフ保安部部長をやってる」

「浅利ケイタ、ムサシと同じようにネルフで諜報部部長をしています。よろしく」

「はぁ・・・」

「といっても、今はミス・カオルのガードだけどな」

「彼女、優秀なんだけど……時々こうなるんだ」

未だトリップ状態のカオルを見て苦笑するケイタ。

怒りを通り越して呆れ返っているムサシ。

シンジは黙ってその場から立ち去った。後ろから聞こえる悲鳴をBGMにしながら。

「あ、あのォ…」

後ろから呼び止められ何気なく振り向くと、そこには険しい顔のマユミの姿があった。

いや、険しいというよりも酷く思い詰めたような。

「何?」

笑顔で対応するシンジ。

シンジの笑顔を見たマユミの顔は一気に紅潮した。

「あ…うぅ」

「何か用? 用がないなら僕は…」

「い、一緒に来てください! 大事なおは、お話があります!!」

言うや否や、シンジの手を掴むと一目散に駆け出した。

ドコッ

バキッ

ガシャンッ

ベキッ

シンジの悲鳴と叫びを無視して…。

そして、全身に感じる痛みと共に連れて来られた場所は、

「これは、弐号機」

「はい」

「話ってこれの事? 弐号機を僕に見せたかったの?」

首が引き千切れるのではないかというほど横に振るマユミ。

シンジは正直言ってマユミの行動が判らなかった。アスカのようなタイプではない彼女が、何のためにここに連れてきたのか理解できなかった。もう一つ可能性として有り得るのは、

「秘密の話か何か?」

今度は高速で首を縦に振る。

確かに人に聞かれない場所といえばここしかないだろう。

マユミは深呼吸を二つするとシンジに、

「あの私、ドイツに居た時から貴方の事が」

直後、艦全体が揺れた。













異変は遠く離れたネルフでも起こっていた。

ゲンドウは発令所へと急ぎ向かった。無線では何やら言っていたが良く聞き取れない。

「司令、これを見てください」

発令所に着いた早々、正面モニターに映像が映し出されたのは、初号機がアームを引き千切り上へ出ようと足掻いている光景だった。

搭乗者であるシンジが不在である今、初号機を動かせる人間などネルフには居ない。

まさかこれは、

「初号機、アームを引き千切ります! ダメです切れます!」

「司令、指示を!」

「司令!」

「指示を!」

「対使途用兵器で絡め取れ。絶対に外へ出すな!」

『了解』

スクリーンに映る初号機の眼にはある光が宿っていた。

それは、圧倒的で威圧的な―――怒りと憎悪。

〈うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!〉

初号機の様子を見て、ゲンドウは汗をかいた。冷や汗だ。

(まさかヤツが目覚めたのか? 早過ぎる! もしヤツ覚醒などしたら使途どころの騒ぎでは済まされんぞ。一体…何が起こっているというのだ!?)

水面下で、何かが、しかし確実に起ころうとしている。シンジが知らぬ何処かで。











後書き

第九話を加筆修正しました。

前の九話では書き足りない物を今回は書けたと思います。

さて、今回もう一人のヒロインである山岸マユミ嬢が登場です。何故彼女なのか、それはまだ内緒ですが彼女とマナちゃんがストーリーの上で非常に重要な鍵を握っている事は確かです。

それにより、シンジの行動にどう影響するのか。書いている私としても非常に楽しいです。

ようやく私も完全復活しました。長かった…

これからの展開は早くしていくので、お楽しみください。


アスカ:ちゃんと言っても、考えるなーーーーっ!!

マナ:だって。(*^^*)

アスカ:そんなこと言いながらハサミとか投げてるし・・・危ないわね、このコ。

マナ:そりゃ、あんな状況じゃ、我も忘れるわよ。誰だって。

アスカ:普通、我を忘れたって・・・机まで投げる?

マナ:だから、舞い上がっちゃって。(^^;

アスカ:なに考えてたんだか・・・。やーらし。(一一)

マナ:ちがーーーーーーーうっ! そんなんじゃなーーーーいっ!(@@;;;;
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