想いは永久に…


第十話

マユミ参戦

by.夢幻の戦士






突然の衝撃波で艦は、波に揉まれる一枚の木の葉の様に大きく揺れる。

「「水中衝撃波!?」」

二人は急ぎ甲板に走った。

水上では幾つもの水柱が上がり、戦艦の残骸が水面に浮いている。

「こ、これは…」

「使徒だ。10時の方向」

シンジの言った方向には、巨大な影が物凄いスピードで艦に迫っているのが見えた。

「あれが使徒…本物の」

「で、どうすんの?」

「弐号機で迎撃、任意で目標を排撃します。出撃理由は後から説明すれば、まぁ大丈
夫でしょうから、ね」

自信ありげな笑みを向けるマユミ。そこには今までの山岸マユミではなく、エヴァン
ゲリオン弐号機専属パイロット・山岸マユミの姿が在った。

ドイツ支部でカヲルから戦闘時の戦略や作戦立案、さらには人心掌握術など司令塔と
して基本的な事を全て叩き込まれた、戦略のプロフェッショナル。

これらを身に付けたマユミには一種のカリスマめいたものさえあった。それが山岸マ
ユミの、対使徒戦闘時におけるもう一つの顔であった。

「判った。それじゃ僕はブリッジに居るから」

「あ、待って!」

彼女は咄嗟にシンジの手を握る。

振り返ると耳まで赤くしたマユミが居た。

「なに?」

「あ、あの、一緒に弐号機に乗って頂けませんか? 我が侭だって判ってます、でも
怖いんです。初めてあんなのと闘うから…」

最後の方の声はしっかり聞かないと消えてしまいそうに儚い。打算や底意がない真っ
直ぐで正直な言葉。それがシンジを引き止めた。

「判った。一緒に乗るよ」

もしマユミに打算やしたたかな考えがあったら、シンジは決して弐号機には乗らな
かっただろう。否、絶対に乗らない。

しかしそれこそが、カヲルがマユミを指揮官として鍛え上げた起因であることまでシ
ンジが知る由はなかった。

「じゃあ先ずは着替えないとね」

「え?」

シンジはそう言うと上着に手を掛けた。

「え、あの、ちょっとこんな所で!?」


バサッ


シンジが一気に上着とズボンを脱ぐ。その下から、青と白を基調としたプラグスーツ
がその姿を現した。

手早くスーツの袖を伸ばし左手首のスイッチを入れる。

「どうしたの?」

「はへ?」

「早くしないと。僕はむこう向いてるから、そこの影で早く着替えて。…待ってるか
ら」

「は、はいッ」

顔を真っ赤にしたままナンバ走りで物陰へ走るマユミを見て、シンジは思わず苦笑し
た。

しかしその顔も一瞬で消え、海へ、使徒へ向けた顔は明らかに戦士の顔つきになって
いた。

(あの時はアスカとシンクロ率を高める事で乗り切ったけど、今回はどうなるんだろ
う。“念”は出来るだけなら使いたくない、なんとか自力で勝ちたい…)

シンジが持っている能力の事は、幹部クラス以上の関係者以外には知らされていな
い。無用な混乱を避ける為。

というのが主な理由だが、シンジはそこにもっと大きな理由があるような気がしてな
らなかった。

(まだ知らない事がある。彩音さんも…そして、アイツらも“俺たち”に隠してる事
があるって訳だ)

「あ、あの…お待たせしました」

呼ばれて振り向くと、赤を主にしたプラグスーツを着てモジモジと恥ずかしそうに俯
いているマユミが居た。

「はぁ〜…」

「み、見ないで下さい!」

体のラインが丸見えになっているのが恥ずかしいのか、それとも意識している少年に
見られているのか、それとも両方だろうか。髪の毛を除いて顔中真っ赤にしたマユミ
を見て、シンジの顔は知らず知らずの内に緩んでいた。

「わ、笑わないで下さい」

「フフ、ごめん。山岸さんの反応があんまり可愛かったから」

「え…ええ!?」

マユミは別の意味で真っ赤になった。

「そ、そんな事より早く出撃しないと!」

「うんそうだね。早く何とかしないと港まで泳がなくちゃいけないしね」

軽い冗談のような口調だったが、もしここで使途を殲滅できなければ海底でお魚と一
緒にランデブーしなければならないと思うと、ゾッとしないシンジだった。






ネルフ本部。

その司令室で、ゲンドウは電話を受けていた。

「そうか、使徒が出たか」

感情の篭らない喋り方。声の響きやすい司令室なのに、その喋り方のせいか不思議と
響かない。

「…問題ない、その点に関してだけこっちが対処する。心配ない。―――ああ、予備
のパイロットもそっちにやった。使徒戦に関する事なら大丈夫だろう。アレはああ見
えて何かと世話を焼きたがるヤツだ」

電話を切ったゲンドウの顔には、珍しく疲労の色が出ていた。

先の、無人初号機暴走の原因究明と事件揉み消し工作、その二つをアスカとレイが居
ない現在、ゲンドウ一人が全て指揮して行っている。

委員会に絞られるのは目に見えているし、その事を追求され下手に探られたくない。

そればかりではなく、壊れた初号機の修理・修繕作業も難航している。技術部長の綾
波博士が居ないだけでこれほどペースが落ちるものかと、ゲンドウは改めて人員不足
に頭を痛めた。

(下手をすると、シナリオに大きな支障をきたす事態になるかも知れんな…)

らしくもない溜息をした後、しばらく虚空を見つめていたが、やがて、ニィイと不敵
な笑みを作った。

そして、

「問題ない」





着替え終わったマユミとシンジは、エントリープラグの中に居た。

「計器オールグリーン、基本言語を日本語に修正、ロック解除OK…。エヴァ弐号機
起動!!」


ガグン


EVAの発進とはまた違う衝撃が二人を襲う。

バキバキと耳障りな音が鼓膜を叩く。解れていない骨や筋肉、装甲などが軋みを上げ
る音だ。

さすがにマユミの操縦は手慣れたもので、こればっかりは幾らシンジでも真似できる
ものではなかった。

(やっぱり山岸さんは凄い)

「使徒が来ます、捕まっててください」

「判った」

起動し、立ち上がった次の瞬間には、輸送船は二つに割れていた。だがそこに居たは
ずの弐号機の姿は、となりの戦艦にあった。

張ってあった幕をマントのように翻し威風堂々としているその姿は、霧の都の怪盗紳
士を髣髴とさせる姿であった。

弐号機の姿を見たガキエルは進行方向を変えた。真っ直ぐにこちらへ向かって来る。

「来るよ、九時の方向」

「しっかり捕まっててください」

マユミは操縦レバーを汗ばむ手で握り直した。









「始まったわね」

目を細めたカヲルは、静かに言った。

「どうしますか、我々は」

「ブリッジに上がって直接指示しますか?」

ムサシとケイタはぴったりとカヲルの後ろに張り付いている。

カヲルは少し面白そうに、

「…このまま少し様子を見ましょう。あの娘が実戦でどういう反応をするか見てみた
いんですよ」

「じゃあ俺たちも少しは休んで居られるんでしょうか? 渚一佐」

「浅利一尉、例の荷物を至急本部に持っていってください。私たちの任務は弐号機と
パイロットを日本に運ぶ事と、そして」

「あの荷物を直接本部へ運ぶ事、でしたよね。了解しました。浅利ケイタ一尉は機密
物資を本部へ搬送します!」

ビシッという擬音が聞こえてきそうな敬礼をすると、踵を返し艦内に姿を消す。

ケイタが行ったのを確認すると、今度はムサシに指示を出す。

「ストラスバーグ一尉、貴方は海に投げ出されたクルーの救助に当たって下さい」

「じ、自分が、でありますか」

「ここでは少しでもネルフを印象付ける必要性があります。救助の際は、必ず正規の
服装をしてからにして下さい。返事は?」

「はっ、了解しました」

ちらりと横を見ながら、

「あなたも、する事が無ければ救助を手伝って頂けませんか?」

近くに隠れていたレオンに声を掛けた。









「九時方向、来る!」

「んっ!」

弐号機は大きく脚を撓ませると、そこからジャンプして隣の戦艦へ飛び移る。

一秒後、乗っていた輸送船は衝撃波で粉々になった。

ガキエルはターンすると今度はATフィールドを前面に多重展開した。体当たりする
つもりらしい。

「あと38秒しかないよ」

「判ってます、ちょっと集中させてください」

とは言うものの、周りには踏み台に出来る戦艦はそれほど多く残っていなかった。シ
ンジたちが出撃する前に、使徒がその大半を破壊していたらしく、弐号機の周辺には
戦艦の残骸しか浮かんでいなかった。

(ここでケリをつけるか? ここで見せたくはなかったけど、やるしかない)

シンジは覚悟を決めて操縦桿を握ろうとした。その時、

「捕まっててくださいよーー!!」

「な!?」

何を考えたのか、マユミは何も無い海面に向かって弐号機をジャンプさせた。

恐怖で思考が混乱しているというのは考え辛い。だがB型装備のままの弐号機では水
中に潜っても身動きが取れない。それを承知で水中戦を挑もうとしているのならば、
それをやって勝てるだけの勝算があるか、あるいはアスカ以上の自信があるのかのど
ちらかである。

やがてエヴァの足が水面を叩こうとしたその一瞬、マユミは叫んだ。

「ATフィールド! 下部広域展開!」

(!!)

弐号機の足の下に赤い板のような物が発生し、そこにたたらを踏む感じに着地、そし
てまた跳躍。次の足場(戦艦)に辿り着くまでその繰り返し。

何も無い大海原をマユミは、ペガサスを駆る女神アテナのような手綱捌きで駆け抜け
ていく。

これにはシンジも呆気に取られた。いや驚かされた。

(本来防御しか使わないATフィールドを、そのまま足場代わりにしちゃうなん
て……さすがだ)

ATフィールドによもやこんな使い方がろうとは。間違いなくATフィールドの扱い
に関して、マユミは自分より上だとシンジは思った。

軽快に跳んでいく弐号機の横にピッタリと張り付いた黒い影。その影がふっと消え
る。

((おかしい…))

追う側としてはこれほど美味しい獲物は居ないはず。それなのに何故追うのをやめた
のか。理由は限られてくる…。

「罠…かな」

「…その可能性は大きいですね」

じゃあ何処で仕掛ける、という所に考えが及んだ時だった。

とっさにシンジは、体が考える前に操縦桿を握っていた。

「後ろに足場を!!」

「はいっ!」

シンジは弐号機を急停止させると同時に後方宙返りで後ろに移動させた。

数瞬遅れて、シンジたちが居た場所にガキエルが大口開けて飛び掛ってくるのが見え
た。

あのまま進んでいたら、必ず水中に引きずり込まれていただろう。それを未然に防い
だのは、シンジのとっさの行動と、シンジの言葉を疑いもせずに実行したマユミの冷
静な判断であった。

「ふぅ。危ない危ない、あと少し遅れてたらガブリ、だったな」

口調は軽そうでも、シンジの顔には冷や汗が出ていた。

「でも、やっぱりシンジさんは凄いです。私一人だったら絶対嵌ってました」

「そんな事無いよ、あの時マユミさんが僕の言葉を信じてくれたから成功したんだ
よ。それにマユミさんの技術は本物だし、やっぱり凄いよ」

「……優しいんですね、…だから私は」

「え? 何か言った?」

「い、いえ、さあまだ使途は居るんですから頑張って倒しましょう!」

赤かった顔を更に紅潮させ、空母へとひた走らせるマユミ。

一方ガキエルは先程の奇襲に失敗したのを受けて海底深くに身を沈めた。次こそ確実
に仕留める為に……。

ガキエルの気配が消えたのと同時に、シンジたちは空母へと歩を進めていた。

「エヴァ弐号機、着艦します!!」

大音と共に弐号機は空母に降り立つ。それと同時に身構える。

「武器は?」

「プログナイフだけです、でもこっちには心強い味方が居ますから」

「味方?」

「頼りにしてますね♪」

「え? ああ、…う〜ん……うん判った」

信頼しきった顔でそう言われては嫌とは言えない。

渋々頷くシンジ。

だがその直後、自然ではない大きな波のうねりが空母に押し寄せる。

海中で何かが高速で接近している証拠だ。

((来る!!))

プログナイフを水平に構える。

大きな水飛沫と共にガキエルは姿を現した。

戦艦の真下から。

予期していない方向からの攻撃で戦艦ごと体勢を崩された。

「うわっ!」

「きゃあっ」

空中に投げ出された弐号機にガキエルは容赦なく襲い掛かる。

「くうっ」

鮫の牙が胴体に触れる寸前、弐号機は大きく身を捻りその反動でガキエルの頭部を殴
る。

シンジだ。

一連のイメージを即座にやってのけるだけの技量を持っているのは、チルドレンでは
シンジしか居ない。

「足場!!」

「はい!」

マユミは頭の中で大きな板をイメージする。次にそれが自分の足元に在ると強く思
う。そうする事によりATフィールドを足元に出現させる事が出来るのであった。

元々、ATフィールドは外からの力に反発する物理現象を起こす事が確認されてい
る。

それを利用して、瞬間的ではあるが足場を作ることが出来るのだが、それが出来るの
は高いイメージ力とエヴァとのシンクロレベルの高さと安定性が備わっているマユミ
だからこその高難度スキル。シンジが真似して出来る芸当ではない。

弐号機はマユミが発生させたATフィールドの上に辛うじて着地すると、シンジに
よってすぐにガキエルに向かって飛翔した。

右手に持ったナイフを逆手に握り直し、空中に居るガキエルの背面に突き刺した。

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

痛みに堪えかねたガキエルは叫び声を上げながら、後ろに引っ付いた弐号機を振り解
こうと海中へ潜る。

水の中に入ってまず感じたのは、冷たさよりも圧力だった。ガキエルは一気に海底ま
で潜った為、シンジとマユミの体には水圧による圧力が加わった。

何とかナイフの柄にしがみ付いているが、ガキエルが暴れている為いつ振り落とされ
るか判らない。振り落とされたら最後、なぶり殺しにされるだろう。

「離さないで」

「はっはい」

右に左に、あるいは急転回したり沈んだ高層ビルにエヴァを叩きつけながら曲進する
使徒に、マユミは必死で喰らい付く。

全体を大きく揺らすとガキエルは、海上へ向かって猛スピードで急上昇し始めた。

体に掛かる負荷がますます大きくなる。

巨体を揺らしながら海面へ踊り出たガキエルの背に、エヴァの姿は無い。

何処へいった?

居た。空母の甲板の上に。

「はぁはぁはぁ…」

「ぜぇぜぇぜぇ…」

二人とも掛ける言葉すらない。

沈黙が場を支配した。

ガキエルは先程の攻撃で慎重になったのか、水面には影一つ出さない。

「どうする、こっちの武器はもうない」

「ええ、ナイフはさっき落としちゃいましたから。でもまだケーブルは切れてません
し、それに、これまでの事で判った事があります」

「判った事?」

「あの使徒は近接しか挑めない。ということです。正確に言えば、エヴァを行動不能
に陥れるのに得意の衝撃波などを使っていません。その方が効率が良いのに関らず、
それを使おうとする素振りさえない。つまりそれは、こちらを倒すだけの決定打が噛
み付きという接触行為しかない。という事です」

「おお〜。でその対応策は?」

「はぅぅ〜〜それが見つからないんですぅ」

涙目で訴える。

ここまで冷静に現状を把握できたのは見事だが、そこからの作戦展開が今一歩のとこ
ろで噛み合わない。

エントリープラグの中で呻き声が木霊する。

『ふふ、お困りのようだね』

通信回線からどこか勝ち誇ったような声が流れてきた。

カヲルだ。

人をくったようでそれでいて憎めない声を、二人はジト目のまま。

「ええっと、次はどう行こうか」

「こんどは使途の行動を順序立てて観察・攻撃して『…ちゃんと聞いて下さ
い』………」」

『コホン。あの使徒は水中だからこそあそこまで素早く動ける。だけどこれがもし陸
上だったらどうなってたかな?』

「?」

「…」

『それともう一つ、あの使途は体格に見合ってかなり重量があるはずよ』

「「!!」」

『じゃあ頑張ってね〜(ハート)』

不釣り合いな余韻を残しながらカヲルからの通信は切れた。いやあと少し遅ければマ
ユミが切っていただろうが。

辺りの警戒を解かずに今後の作戦を決める二人。元々そういった事には長じている二
人、結論が出るのは早かった。

――しかし。

「この作戦には段差が必要不可欠です。ここにそんな高所な段差なんてないし…」

マユミが不安そうな声を洩らす。シンジはマユミとは対照的に、何やら自信ありげな
口調で言った。

「それなら心配ない。なんせここは海なんだから」

「!!」

そう二人が立っている場所は自由が利かぬ海。エヴァには悪条件となりえるが、しか
しそれは裏を返せば絶対的有利な“武器”となりえる。その逆転発想に気付いたマユ
ミも、シンジと同じ様な挑戦的な眼光を放つ。

「“俺”がヤツを受け止める」

「そして私がエヴァの操縦」

二人は揃って親指を立てる。

「「グットラック!」」

波が大きくうねり始めた。

海底からガキエルの姿が浮かび上がってくるのが見えた。

マユミは腕の周りにATフィールドを展開させた。真正面から受け止めるつもりだ。

ガキエルがその姿を現したのはそれと同時だった。

その全長が空母と同じガキエルの圧し掛かりを全身で受け止めるとマユミは、力仕事
をシンジに任せる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

シンジの気合の叫びと共に、弐号機は完全にガキエルを持ち上げた。

ちらりとマユミを見る。

「行きます!」

そう言うとマユミは弐号機を海へ向かって走らせた。案の定ATフィールドが足場に
なっていたが、問題なのはその足場の位置だ。

足場は上へ向うように増えていった。まるで階段の様に。

マユミはその階段を駆け足で駆け上がっていく。

後ろではシンジが「くぅ」「早く」と呻き声を上げ操縦桿を握る手に力を入れてい
る。

既にエヴァは海上30メートルの上空にあった。

「今です!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

ガキエルを担ぎ上げたまま弐号機は海へと飛び込んだ。

空中で体を入れ換え使徒を下に組み敷く。エヴァは使徒の腹に肩を付けるような格好
で落下していく。

海面に触れるとシンジはさらに弐号機の肩をガキエルに押し付けた。重力と海面衝突
の作用・反作用の影響で弐号機の体はガキエルの腹にめり込む。

そして二つの影は物凄い勢いで底へと沈んでいく。

やがて海底へと。


ゴォォォォン


ガキエルの体がアルミ缶のように押し潰された。

己の重量そのものが仇になり、その上エヴァの重量と落下が加わった。

ガキエルを閃光が包む。

最後で最大の水柱が豪快な音と共に使途は沈黙した。

「これからも宜しくな、山岸マユミさん」

「はい! 宜しくお願いします、碇シンジさん」








空母のブリッジは静まり返っていた。

エヴァの壮絶な戦闘を見たからではなく、後ろの人間のオーラによって口が開かない
と言うのが正しい。

「なるほど。これがエヴァか」

初老で軍服を着た男が髭を摩りながら呟く。

「そうだ、これがエヴァだ。ご理解していただきましたかな? 提督」

加藤がこと面白そうに提督と呼んだ男を見る。

さほど面白く無さそうな声で、提督は加藤に声を投げかけた。

「これなら議会が承認するのは納得のいく話だな。あんな化け物、我々の装備ではま
るで歯が立たたん。君の独断行動も頷けるな」

「それは良かった。ところで提督、実は貴方にもう一つ聞いて頂きたいことがあっ
て」

「フン、どうせそれが目当てだったんだろうが。さっさと言え」

「貴方の部隊の中から射撃・格闘技のエキスパートを何人かこちらに貸しては頂けま
すか?」

「貸すだけならな。まったく、お前といいあの碇といい、本当に人使いが荒い。20
年前と全然変わっていないじゃないか」

「それが人間ってモンさ」





















翌日。

朝のHR前は賑やかだ。

先生が来るまでの僅かな時間を皆楽しんでいた。

「ねぇ碇君、昨日はどうだった?」

朝から元気一杯のマナに少々気圧されながら、シンジは昨日の使途戦の事を話す。

「―――という訳で、何とかマユミさんと二人で撃退したんだ」

「ふ〜ん。でさ碇君」

「なに?」

「いつからセカンドチルドレンのことを、『マユミさん』なんて名前で呼ぶように
なったのかな?」

ビシッ

周りの空気が固化する音を、シンジは初めて聞いた。

「怒らないから言ってみて、ね」

嘘だ。顔は笑っているが目が笑ってない。真実を言ったら殺される。

防衛本能がスクランブルを出しているが、動けない。

引き攣った顔のまま笑うシンジ。

「キリシマサン、ナニワケノワカラナイコトイッテルンデショカ? ボクワカラナ
イ」

「じゃあ何で碇君の服に口紅ついてるのかな〜?…」

「ソンナコト、ゼッタイナイハズ。タシカニミッチャクハシテタケド……ハッ!?」

「…正直に言ったら許してあげるよ、い・か・り・くん!?」

誘導尋問に見事嵌ったシンジ。マナはシンジの肩に手を置き、耳元で囁きかける。

絶体絶命。シンジは今、人生最大のピンチを迎えつつあった。

「お〜お〜、修羅場だね〜」

「だな。ところで葛城、数学のノート見せてくれよ。昨日の書いてないんだよ、頼む
よ」

「昨日寝てたアンタが悪いんでしょ加持。でもそーねー、三国屋のスペシャルアイス
を奢ってくれるんだったら考えてあげても良いわよ?」

「わーったよ、帰りに必ず。サンキューな、次の時間には絶対返すから」

…HR前は楽しい時間だ。

「みんな、席に着いて。先生が来たわよ」

委員長のリツコの声で、全員ブツクサ言いながら席に着く。

マナの尋問も先生には敵わないらしく、この時間は大人しく席へと戻る。だが視線だ
けはシンジの方を向いている。

シンジはガクガクと震えながらマナの絶対零度の視線に耐える。

(い、生き地獄だ)

「起立、礼」

リツコの号令のもと、今日一日の学校生活が始まる。

「今日は転校生を紹介する、入ってきなさい」

冬月の声に一拍遅れて、彼女は入ってきた。

男子からは雄叫びが上がり、女子からは溜息が聞こえる。

彼女は黒板に控えめな字で自分の名前を書く。

「山岸マユミと言います。ドイツから来ました。日本の事はまだ良く判らない事があ
るので、皆さん宜しくお願いします」

「山岸の席は…、霧島の隣が空いてるな。教科書は霧島に頼んで見せて貰うように。
それと、一時間目は自習とする」

マユミは真っ直ぐマナの前まで行くと、晴やかな笑顔で言った。

「よろしくお願いします、…ファースト」

「…よろしくね、セカンド」

左手で握手を交わす二人。

余所から見れば麗しい光景になるだろう。

だがシンジは見てしまった。二人が左手で握手し、互いの手を有らん限りの力で握り
締めている事を。

ここでも一つの戦いが既に始まっていたのだった。

(ああああ〜〜。僕に誰か安らぎを下さい、誰でも良いから〜〜〜〜)

心で泣いて顔で笑うシンジの叫びを知る者は、居ない。

隣で少女達の静かな私闘と少年の哀愁漂う姿を見て、リツコは軽やかな口調ではっき
りと。

「人生には諦めが肝心よ」
















広い室内。

ネルフ司令室に彼らは居た。一つのデスクを境にして。

いや、デスクの上のケースを境にしてと言った方が正しいのか。

「船旅ご苦労」

ゲンドウがいつものポーズのまま、形式だけの労いの言葉を3人に言った。

「まったく、とんだ災難でした。まぁ、使徒の目的は多分これでしょうけど」

カヲルがケースを開ける。

「硬化ベークライトで固めてありますが、まだ生きてます」

「ここまで運んでくるのに、何度ヘリの機械が故障した事か」

ケイタが沈んだ顔でうめく。

「こいつはまだ、15年前のままなんですよ。こいつにとって時間なんてないも同然
なんですから」

そう言うムサシの目の下には大きなクマが出来ていた。

良く眠れなかったらしい。

「とにかく、この子はまだ油断できない存在だと言う事は、先程報告した通りです
わ」

「…最初の人間『アダム』」

「はい」

しばし沈黙の時が流れる。

神妙な面持ちのまま、ゲンドウは口を開いた。

「今朝、初号機が起動した。チルドレンなしで」

その一言で、3人の顔色が変わった。

「ま、まさか」

「ちょ冗談にしちゃキツイぜ、あんなモンがもし本格的に目覚めでもしたら!」

「セカンドインパクトどころの騒ぎじゃすまない!!」

どうやら今朝の事件はかなり危険な内容らしく、沈着冷静で独立独歩なカヲルも、目
に見えてうろたえている。

「この事件は他言無用。決して外部に洩らすな、どんな事をしても構わん。この事は
サードチルドレンには絶対に知らせるな、例えどんな事態が発生し様と事故で押し通
せ。これは第一級の特秘事項だ」

「し、しかし司令」

「くどいぞ、渚一佐。本件に関しては司令である私が全責任を持つ。使徒が進行して
いる現状に於いて、例え何があっても初号機の中に居るヤツを目覚めさせる事は、ネ
ルフだけではなく世界に影響する事なのだ!」

3人はこの日、初めてゲンドウの人間らしい顔を見たような気がした。




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お久しぶりです。

夢幻の戦士であります。

久々の連載で作者が展開を忘れてしまうと言うハプニングもありましたが、何とか十
話を完成させました。

今回は思っていたよりかなり難産でした。

マユミってこんな性格かな?と弄くっていくうちに全然別な性質・性格へと変容させ
てしまいました。

ご勘弁ください。

今後はマユミさんとマナさんをヒロインに据えて、物語を発展・加速させていきます
ので、どうぞ宜しくお願いします。

誤字脱字・感想苦情などありましたらご報告くださいませ。


アスカ:ATフィールドを階段にするなんて考えたわね。

マナ:あの巨体を水中から持ち上げるってのも、凄いじゃない。

アスカ:しっかし、マユミとマナがヒロインとはねぇ。

マナ:フッ。真のヒロインは、このマナちゃんよっ!

アスカ:ま、似たり寄ったりだけどさ。この2人じゃ。

マナ:負けないんだからぁぁっ!

アスカ:やけに気合入ってるわねぇ。(^^;
作者"夢幻の戦士"様へのメール/小説の感想はこちら。
tokiwa35@hotmail.com

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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