「…………う〜」
「…………」
「う〜、暑いぃぃぃぃよぉぉぉぉ」
「…………」
「暑いよぉぉぉ……暑いんだってばぁぁぁ……」
「…………」
「暑い、暑い…………あ・つ・いぃぃぃぃぃっ!!」
「……マナ……余計暑くなるから、黙っててくれない……?」
「……だってぇ、暑いんだもぉぉぉん……」
「だったら、引っ付くなっ!!暑っ苦しい!!」
「アスカ、冷たくて気持ち良いんだもぉん。血糖値とか血圧とか低いでしょ、アスカ?」
「うるさーい!!あんたは良いかもしんないけど、私が暑いっつーのっ!!離れなさいってば!!」
卓袱台と、鏡台、そして古臭いタンスが置かれている、四畳半の畳部屋。
科学万能の時代。
そんな某オペレータ女史の言葉を無視するかのような、今時木造の古びた家屋の一室。
そんな部屋に似つかわしくない美少女が二人、だれていた。
二人揃ってタンクトップと半パン姿で、汗だくになりながらも、背中どおしをくっ付けている。
……いや……一方的にもたれ掛かっているのが、一人……。
「……ねぇ?…………ねぇったらぁ…………アスカったらぁ……」
この少女は、霧島マナ。
元は戦略自衛隊の少年兵。
なぜ「元」かと言うと、脱走兵だから。
だから「元」。
「……何よぉ……」
面倒そうに返事しているのは、惣流アスカラングレー。
元はネルフのセカンドチルドレン。エヴァンゲリオン弐号機パイロット。
なぜ「元」かと言うと、ネルフが解体し、エヴァが無くなったから。
だから「元」。
「……エアコン買おうよぉぉ……」
アスカにまとわりついて、エアコンをねだろうとするが、マナの接近をアスカが足で防ぐ。
「却下」
「そ、そんな即答……」
「扇風機があるでしょ!扇風機がっ!!」
ビシッと団扇をさす先には、これまた古びた扇風機が一台。
先日、粗大ゴミの日に手に入れたものだ。
粗大ゴミから失敬は、最後の武器のつもりだったが、使ってしまった。
次は、テレビを狙っているらしい。
「……風が生温いよぉ……変な匂いするし……」
羽が何枚あるか、数えれそうなほどの弱々しい回転。
カビくさいような、油くさいような、よくわからない匂い。
それでも、扇風機には違いないと、老体に鞭打つかのように、酷使している。
「居候に贅沢を言う権利は無いっ!!」
拾ってきたのは、アスカだ。
扇風機に愛着は無いが、恥をしのんで、ごみ場から拾ってきた戦利品である。
文句はいわれたくないらしい。
「……うう……ひどいよぉぉ……アスカぁぁ……」
「何だったら、戦自へ帰る?」
マナは戦自からの脱走兵。
今でも追われる身だ。
だが、別にアスカを頼って、この部屋に来たわけではない。
潜伏していた押入れが、たまたまアスカが住んでいた部屋の押入れだったというだけのこと。
何故か、いまだに住み着いている。
「……やだ……あそこに帰るぐらいなら、生温くって、変な匂いのほうが良い……」
「だったら、我慢するっ!!」
「……グスン……はぁい……」
結局、マナを追い出すわけでもなく、かくまっているアスカ。
マナはというと、居候の部屋に居候の身。
……マナの立場は、かなり弱かった……。
……妙な沈黙……。
団扇をあおぐ音と、外の蝉の声のみが聞こえる。
「……ふぅ……」
「…………」
「……カキ氷……」
「……?」
何言ってんの?と言わんばかりの表情のマナ。
「カキ氷、食べに行くわよっ!」
「え?」
「……奢ってあげるからさ……」
「……うん……!」
怒りっぽいけど、優しいアスカ。
そんなアスカがマナは好きだった。
「ちょっと、買い物に行ってきますんで……」
アスカが住んでいるのは、下宿部屋である。
普通の家の二階に間借りしているので、ちょっと出掛けるだけでも、大家への挨拶は欠かせない。
「居候も大変だね」
と、ここでマナの余計な一言。
「……カキ氷、奢ってやんない……」
「あうぅ〜、アスカぁ〜」
カキ氷一杯150円。
良心的な値段で、近所の評判も高い。
カキ氷を買った後、二人で近所の児童公園にやってきた。
子供達の遊ぶ姿は無く、井戸端会議中の母親達もいない。
二人は公園のベンチを占領した。
「く〜〜……きっっ……くぅぅぅぅ……」
マナが、こめかみをトントンと叩きながら、唸っていた。
カキ氷を一気に食べたらしい。
マナが注文したのは、氷イチゴ。
氷は粗め、つゆだく。
通だ。
「……一気に食べるからでしょうが……」
一口ずつ上品に食べていたアスカが、唸りっぱなしのマナに突っ込む。
アスカが注文したのは、ブルーハワイ。
ミルク小豆のほうが本当は良かったのだが、50円高かったので諦めた。
「これが良いのよ!!これが!!日本人は、こーじゃないと、こーっ!!」
「……私はわからなくて良いわ。クォーターだし」
「アスカも日本人の血が流れてるんだったら、日本の伝統を後世に伝えなきゃダメだよ!」
「……ありがたみが少ない伝統だこと……」
「あ〜〜〜〜っ!!日本の伝統を馬鹿にした〜〜〜!!」
「馬鹿にしてんのは、あんたよ!あんたっ!!」
「ええっ!?」
二人の喧騒の声を無視するかのように、ただ蝉が鳴いていた。
「……それにしても、何て不毛なんだろう……」
カキ氷の残り水をすすっていた、アスカが呟いた。
「何が?」
ブランコに乗っているマナが聞き返してきた。
カキ氷も無くなり、暇そうにしながらスプーンをくわえている。
「……16になったばっかの女の子が二人揃って、児童公園で屋台のカキ氷食べてんのがよ……」
「冷たくて、美味しいじゃない♪」
「……あんたバカぁ……?」
「ええっ!?何でぇ〜?」
「全然色気が無いって言ってるの!!」
「……そ、そんなぁ……」
何を勘違いしたか、マナが赤く頬を染め上げる。
「は?」
「……私に色気を求められても……アスカったらぁ……あたし達、女同士なのよぉ……」
「…………」
「そりゃあ、アスカったら、女の私から見ても魅力的よぉ……でも、こういうことは、やっぱし間違ってると思うしぃぃ……」
「……おい……」
「まぁ、手を繋ぐぐらいなら、一緒に寝てもいいかな…って…♪キャーっキャーっ♪」
「……こら……」
「あ〜ん♪でも、お風呂はさすがにヤバイかも♪銭湯だもんねぇ♪周りの目があるから洗いっこできないわ♪」
「……おいこら………」
「でもでも♪シンジと一緒に行った温泉なら…………」
「!!」
今のマナの一言。ずっと我慢していたアスカの気に障ったらしい。
「うふふふ♪そうだ♪アスカ、シンジと一緒に三人で……」
「……くおんの……バカタレェェェェェ!!」
アスカの鉄槌が、マナの脳天を直撃した。
同じ発言で叩かれること数知れず。
……マナの学習能力は、今いずこ……?
「夏!!」
両手を腰にあてながら、アスカが言い放った。
何故か、ジャングルジムの上に立っている。
「……イタイの……」
マナはマナで、頭の痛いところを、殴った張本人に見せようとするが、聞いちゃくれない。
「青い空!!眩しいぐらいの太陽!!今は夏っ!!そう!!青春の夏なのよ!!」
片方の手を腰にあてたまま、もう片方の手の人差し指は空を指している。
「……ねぇねぇ……イタイの……ここ……すっごく……」
「我慢なさいっ!!」
「……グス……でも、アスカ……今の日本って、いつだって、夏だよ……?」
「だーーっ!!気分よ!!気分っ!!今は一年に一度しか無い夏なのっ!!今決めたっ!!」
「……我が侭なんだからぁ……」
「何か言った!?」
「……いーえ……」
もう一発殴られては堪らない。
マナは、ここでようやく学習能力を発揮した。
「というわけで、プールに行くことに決定!!」
「……どういうわけ……?」
「夏といえば、海だけど、交通費出せるほど余裕無いから、とりあえず」
「……何が、とりあえずなの……?」
「海がダメなら、プールっていうのが相場じゃない。それに、市民プールだったら近いし、とにかく安い」
「……でもぉ、アスカぁ……」
「何よ?」
「どうして、市民プールなの?」
「どうしてって、だから市民プールだったら安い……」
「この前、大家さんから、ホテルのプールのタダ券、貰ったでしょ?」
つい三日前。
新聞屋さんから貰ったんだけど、あたし行かないから。
もう水着を着る年でも無いからねぇ。
そんなことを言ってた、70も半ばすぎた大家の女性から貰った。
「あんたバカぁ?あれって一枚っきりじゃない。二人では行けないじゃないの……」
「……アスカが一人で行ってきなよ……」
「え?」
「……だからさ……私はいいから……一人で留守番してる……から……さ……その……」
頼りなげな、弱々しいマナの声。
普段は明るいマナが、今にも泣き出しそうになっている。
「ごちゃごちゃうるさいっ!!」
マナの言いたいことはわかっている。
だから、余計にアスカの気に障る。
「!?」
「うるさいって言ってるの!!ほらっ!!さっさと下宿帰って、プールへ行く準備するわよ!!」
「……え……だから、私……」
「あんたも来るの!!それとも行かないの!?」
「……あ……行く……わ、私も行くっ……!!」
「だったら、さっさとしなさいよ!!……ったく、ホント、とろいんだから……」
「……うん……!!」
こんな時、アスカの怒りっぽいところに、マナは感謝するのだった。
市民プールに現れた二人の美少女に、他の客の目線が集中する。
ブロンドで、ナイスなバディと美貌で、そこらの水着姿の女性を圧倒するアスカ。
アスカに比べると、控え目だが、しっかりと可愛らしさを主張しているマナ。
そんな二人に集中する目線も様々。
羨望の目。
嫉妬の目。
スケベな目。
でも、そんなこと、二人にはどうでも良いことだったりする。
「……アスカぁ……お腹が空いたねぇ……」
「……うん……」
「……何だか、ひもじぃねぇ……」
「……うん……」
「……やっぱり、買わなきゃ良かったね……」
「……うん……」
二人は大きくミスをした。
下宿に帰って、部屋で準備している時のこと。
二人は水着が無かった。
アスカはサイズがあわない。
マナはマナで逃亡生活だったから水着なんか持っていない。
逃げてる時は、着ている服のままで、川を泳いだから。
…と、そんなマナの言葉を無視して、アスカは水着を買いに行った。
当面、晩御飯のおかずが、底知れずグレートダウンの予定。
結局、マナも、格安のスクール水着似の水着を手に入れた。
泳げれば何でも良いとのこと。
その手の趣味の人にはもってこいだ。
今二人は、香ばしい匂いに、翻弄されていた。
「……あの焼きソバ、すっごく美味しそう……」
「やめときなさいって。あんなの匂いだけで、不味いから」
「ああ……タコ焼きぃ……」
「ほとんどタコが入ってないに決まっているわ」
「ハンバ〜ガ〜!!」
「使っている肉が悪い上に、混ざりモン!!薄いっ!!その上、パンがカサカサっ!!ピクルスが漬かり過ぎぃっ!!」
「……うう……そんな、夢も希望も無い……」
「そんなもん無いに決まってるでしょうがっ!!」
「……アスカぁ……お金無いくせに、我が侭言い過ぎだよぉ……」
「どうせ買えないんだから、我が侭ぐらい言っても良いでしょうが!!」
「……まぁ、そうだよねぇ……」
「……私もお腹減ってんだからね……それに……シンジが悪いのよ……いつも、あんなに美味しい料理作るから……」
アスカが思い出すのは、シンジの手料理。
シンジの料理を食べていたアスカには、こんなプールで売っているようなモノは許せない。
暖かくて、美味しい料理。
言葉だけでは、言い表せない。
だけど、そんな生活が続くのを、断ったのはアスカ自身。
シンジがゲンドウと同居すると言ったとき、アスカも一緒にと誘われた。
レイも一緒だった。
だけど、アスカは断った。
怖かったから。
安心ができたかも知れないけど、安心しきるのが嫌だったから。
本当に兄姉のような関係になるのが、怖かったから。
「む?」
「……あ!……あわわわわわわわ!!な、何でも無いっ!!」
「……ふ〜ん……」
「な、何よ……」
そんなマナの態度を無視するかのように、アスカは一人でプールに入って行った。
「ハァ……ハァ……き……きつかった……」
久しぶりの全力でのクロール。
一人で泳いでいると、誰かが横に並んできた。
思わず、湧き上がる競争心。
敵もさることながら、アスカは僅差で勝利をつかんだ。
気が付いたら、プールを縦で一往復。
全力で400Mを泳ぎきっていた。
体力はある。
朝、新聞配達をしているから。
だけど、空きっ腹では、きつ過ぎる運動だ。
「……あなただったのね……」
「ファ、ファーストっ!?」
アスカの目の前にいるのは、元ファーストチルドレン。綾波レイ。
現在の名は、碇レイ。
碇シンジの義妹だ。
「…お久しぶり…」
あれだけの運動をしながら、息一つ切らしていない。
競泳タイプの水着が、やけに似合って見える。
「ひ、久しぶりね。あんたでも市民プールに来ることあるんだ」
「…まあね……今日は一人?」
「え!?い、いや、その……」
「?」
シンジやレイに、マナのことは言っていない。
迷惑をかけるわけにはいかなかった。
二人を戦自と関わらすわけにはいかない。
それは、マナの希望でもあった。
「そ、そういうファーストはどうなのよ!?一人!?それとも……」
「……秘密……」
「おい」
ニヤリと笑ったようにアスカには見えた。
「……さよなら……」
「こ、こら、ファーストっ!!待ちなさいったら!!」
猛スピードで、泳ぎ去るレイ。
未だにアスカはレイのペースに着いてこれずにいた。
試合に勝って、勝負に負ける?
違う。
「……無駄に体力使ったら、余計にお腹が減ってきた……」
元の場所に戻ってくると、そこにいるべき人間がいない。
「あれ?マナ何処行ったんだろ?」
ま〜た、どっか勝手にほっつき歩いて……。
自分のことは棚に上げてぼやいてみる。
「……はぁ……」
熱く焼けたコンクリを避けて、辛うじて木陰になる場所へと腰をおろす。
一人でいると、よく昔のことを思い出す。
最近は、マナと一緒だから、思い出すことは少なくなっていた。
昔のことを思い出しても、ただ寂しくなるだけ。
それを紛らわしてくれるマナの存在が、アスカにはありがたかった。
……あの頃は楽しかったな……
……いっつも文句ばっか言って困らしてたけど、あいつは笑って……
……意地張って、一人暮らしするんじゃなかったなぁ……
……シンジのハンバーグ食べたいなぁ……
「……アスカ……」
……あ〜、こりゃかなり重症だわ……あいつの声が聞こえてきた……
「……アスカってば……」
……声だけじゃなくて、あいつの顔まで……
「アスカ!」
「きゃっ!」
「やっと、気づいたくれた」
「……あ、あれ?……シ、シンジ!?」
「アスカ、久しぶり」
中学時代に比べて、細身のままだが、しっかりした体格。
そして、あの頃とは変わらない優しい顔つきだが、どこか精悍になった男の顔。
アスカは、急に目の前に現れたシンジに落ち着かずにはいられなかった。
元サードチルドレン。
元エヴァンゲリオン初号機パイロット。
そして、アスカの「元」同居人。
何でも「元」がつく。
だけど、進行形なものもある。
……それは、アスカの気持ち……。
「な、何でシンジがここに……!?」
「レイが教えてくれたんだ。アスカが来てるって」
「ファーストが……」
「どう久しぶりに会ったことだし、ちょっと軽く食べながら、話でもしない?」
シンジは、手に持っていたバスケットを目の前に持ち上げた。
それに反応して、アスカのお腹が鳴る。
「ファ、ファーストはどうしたのよ?」
お腹が鳴ったのを誤魔化す為か、自分の気持ちを誤魔化す為か?
そんなことを聞いてみる。
「帰ったよ」
「え!?……あ、あらら、シンジったら、ファーストに振られちゃったんだ」
「ハハ……違うって。用事があるからって、急に帰っちゃったんだ」
「……ふ〜ん……」
「……で、どうする?」
答えは決まっている。
「食べる♪」
シンジはアスカの隣に腰をおろした。
「アスカ、一人で暮らしていて、寂しくない?」
「んー?」
お弁当をがっついているアスカ。
シンジはアスカの様子を見ただけで、お腹はいっぱいになった。
「あ、ゆっくり食べてて、良いからね」
とか言いつつ、アスカにお茶の入ったコップを手渡す。
「……んぐ……んぐ……ぷはっ!」
それを、ひったくるように受け取ると、アスカは一気にそれを飲み干した。
「…………」
相変わらずだなと思いつつ、シンジはアスカを見つめている。
「……そうねぇ……最初の頃は、寂しかったけどね……今は寂しくないわ」
「今は?」
「ふふ、猫、飼ってるから」
「猫?下宿、動物を飼ってても良いんだ」
「……って言うか、押入れに住み着いていたのよね……いつのまにか……」
アスカの言う猫は、マナのことだ。
「へ、へー……あ、今日はどうしてるの?誰かに預けてきたとか?」
「どっか行っちゃったわ」
「え!?さ、探さなくても良いの?」
「大丈夫でしょ……でも、ホント、いったい何処ほっつき歩いてんのか……」
「はは……猫は気まぐれだから……」
「あ、そうか……シンジとこも、猫飼ってるモンね……それも、たくさん……」
「リツコ母さんが好きだからね」
ゲンドウはリツコと再婚し、碇リツコとなっている。
リツコの猫好きは、今も変わらずだ。
祖母に預けていた猫も引き取り、今は猫屋敷と言ってもいいほどの数の猫を飼っている。
よく見ると、シンジの腕には、猫の引っ掻き傷が、いくつもあった。
ただ、背中の引っ掻き傷を見たときは、レイじゃないかと疑ったりもしたが……。
「手かかるでしょ?」
「はは……うちの猫達は躾が良いから、あんまり手がかからないよ」
「ファーストみたいに?」
「え?……はは……レイは猫じゃないからね。でも、手はかかるかも」
「そんなこと言ったら、ファーストに引っ掻かれるわよ?」
「あはは、そりゃ怖いなぁ」
最後のは、ちょっとしたアスカの引っ掛け。
シンジの態度に、少し安心した。
それとも、シンジが大人になったから?
「……でもさ……」
「……でも……?」
シンジが急に真剣な面持ちになった。
アスカもつられる形で、神妙な顔つきになる。
「……一番可愛がってた子猫を一匹、今の家に連れてこれなかったから……」
「え?」
連れてこれなかった…って、あたしと一緒に住んでいた頃でしょ?
猫なんか飼ってなかったじゃない……。
「……すっごく我が侭で、食いしん坊……」
「……む……」
ちょっと、ムカ。
「気に入らないことがあると、すぐ引っ掻くんだよね。ちょっと凶暴かなぁ。気分屋だし……」
「……むむ……」
かなり、ムカ。
「……寂しがりやで……意地っ張りで……だけど、とっても頭が良くて、綺麗で……優しくて……」
「…………」
……もしかして……
……まさか……
「僕にとっては、可愛い、大切な子猫……」
シンジはそう言い終わると、アスカの瞳を見つめてきた。
……やっぱり……
「……シンジ……」
「寂しくしてないんだったら、良いけど……やっぱり一緒に暮らしたいよ……」
しばし聞こえてくるのは、プールで遊ぶ人々の喧騒、そして水しぶきの音。
「……あ、あのね、シンジ……」
たまらず、アスカが先に口を開いた。
「な、何だい、アスカ?」
「……たぶん……たぶんよ?」
「う、うん……」
アスカの顔は赤い。
日焼けしたと言うのは、言い訳にしか過ぎない。
「その猫も、今だって、シンジと一緒に暮らしたいと思っているよ」
「……だったら……」
「……でもね……」
「!?」
「でもね……その猫には、大切な友達がいるのよ…………と思う……」
「…………」
「……その友達の猫はね……のろまで……ぐずで……カメで……怠けモンで……」
「……ひ、ひどい言われ様だね……」
「……でも……私が……い、いや……そ、そのシンジが可愛がってた猫がね……一緒にいてあげないと、何にもできないんだ……」
「…………」
「怖い保健所のオジさん達が、目を光らせてるしね……多分、逃げ切れないと思うし……」
「……大変なんだね……」
「大変よ。……だけどね、幸せなの」
「……幸せなんだ……」
「食べるものに困ることもあるけど、一緒にいると寂しくないから……それに……」
「それに?」
「待っててあげるんでしょ?」
「え?」
「シンジの元に帰ってくるのを待っててあげるんでしょ?」
「あっ……うん……待ってるよ……ずっと待ってる……」
「でしょ?」
「うん」
「ふふ……だから、幸せなの!」
シンジの言葉は、家族として待っているのか、恋人を待つ言葉なのかはわからない。
でも、今のアスカに、そんなことは関係が無かった。
シンジに送られて下宿まで帰った後、アスカは、マナを迎えにプールまで戻っていった。
そして、人の出入りが無くなったプールの出入り口の前。
たった一人で立ちつくしている少女がいた。
「ぶー!!アスカ、ずるいっ!!」
「だ、だから、悪かったって、言ってるじゃない……」
「あーあ、私も食べたかったな……シンジ……」
「……食べたのはシンジのお弁当だからね……シンジを食べたわけじゃないからね……」
「いいな、いいなぁ……アスカ、いいなぁ……」
「あんたも、ナンパ男達に、ご馳走してもらったんでしょうが?」
「うん。タダだし」
「災難よね……そいつらも……」
「えー!災難なのは私のほうだよ!!エッチな事されそうになったんだからっ!!」
「……再起不能になるまで殴っといたんでしょ?」
「うん。ついでに蹴りも入れといた」
「……まっ、良いけどさ……」
「ところでさ、アスカ……今日の晩御飯……どうする?」
「……うん……どうしよっか……?」
「また街にくりだして、ナンパ男をカモにする?」
「ダメダメ。あんな下心ばっかりの連中。追っ払うだけで、いらん体力使う」
「……そうだよねぇ……飯奢ったんだから、ヤラせろっ!とか言うしね……」
「あ〜あ、ろくな男がいないわね!」
「やっぱ、シンジだけだね。いい男」
「ば〜か……シンジだけってことは無いだろうけどさ……まあ、あんな連中に比べたら月とスッポンよね」
「……スッポン……食べれるよね?」
「……あんたね……」
「……まぁ、それは冗談として……材料があれば、私が作るんだけどねぇ……」
「……冷蔵庫の中、ポン酢と醤油しかない……あと麦茶……」
「「……ハァ〜〜〜〜〜……」」
「……とりあえず、菜っ葉でも買ってきてさぁ……」
「水炊きにして、ポン酢で食べるしか無いわね……」
「「……ハァ〜〜〜〜〜……」」
スーパーで、菜っ葉と豆腐を買った。
閉店前だから安い。
いつも、買い物はこの時間と決めている。
そして、トボトボと、帰途につきながら、今後についての絶望的観測を話し合っていた。
「……菜っ葉も高いよねぇ……」
「……うん……お豆腐のほうが安いだなんて……」
「……貧乏人には厳しいよねぇ……」
「アスカぁ、明日からどうするのぉ?」
「……すいとん、かしらねぇ……」
「……とほほ……」
お米が残り少ない今、小麦粉は極貧な食生活を乗り切るのに必須だった。
下宿に帰ってくると、大家が顔を出してきた。
珍しいことである。
普段は声だけのはずだからだ。
「お帰りなさい。アスカちゃん」
「あ……た、ただいま、帰りました」
「アスカちゃんにお客さん来てたわよ?」
「お客……ですか……?」
「そう、お客!もうアスカちゃんも隅に置けないねぇ!」
「はぁ?」
「これを渡してくれってさ……それにしても、あんな良い男がいるなんてさ!何で黙ってたんだい!」
「……良い男……?」
大家から、5段重ねの重箱の包みを受け取ると、一緒にはさんであった紙片に気が付いた。
「留守だって言ったら、これを渡しておいてくれって。でも、良い目の保養になったわ。久しぶりにときめいたわよ、あたしゃ……」
そんな大家への対応もほどほどに、アスカは紙片を見ながら、部屋へと上がっていった。
「ねね、アスカ、これ開けても良いよね?開けるからね!?」
おいしそうな匂いが、包みからしていたので、即座に食べ物と察知。
アスカの返事を聞くまでも無く、包みを開いて、重箱の蓋を開けていた。
「おわぁぁぁ、すっごぉーーい♪」
そこには、和洋折衷の豪華な料理が、所狭しと並べられていた。
しかも、重箱五段分。
下三段の重箱は、冷蔵庫にさえ入れておけば、長持ちしそうな食品ばかりだった。
「ア、アスカぁ!!こ、こんなご馳走を作ってくれたのって、どこの良い人なの!?」
紙片を見ていたアスカにマナが問い掛けた。
そして、アスカの一言。
「……シンジ……」
「えーっ!?シンジっ!?」
アスカへ
晩御飯にでもと思って、お弁当作ったんだけど、留守だったんで、大家さんに渡しておきます。
結構量があると思うけど、アスカだけじゃないから、大丈夫だよね?
それと「保健所」の件、もし良かったら相談にのるから。
それじゃ。
あ、子猫ちゃんにもよろしくね。
シンジ
「……バレバレ……ってか……」
「ねぇ、アスカって、猫なんて飼ってたの?」
「…………」
「ねぇねぇ、私知らないよぉ?」
「……鏡見て来い……そこにいるから……」
「え〜!?鏡の中に住んでるの!?」
「……バカマナ……」
「ええ〜!?ひどいよぉ!!」
「ぐだぐだ言ってんじゃないの!!ほらっ!!晩御飯にするわよ!!」
「あっ、うん♪」
「……ったく……ホントにも……」
……マナのこと、シンジに話せる日が近いな……。
漠然とだが、そんなことをアスカは思っていた。
今日の場を作ってくれたレイにも感謝しながら。
そして、今一緒にいてくれるマナに感謝しながら。
「「いただきま〜す♪」」
はじめまして。ながやんです。……8月22日で31に突入。おお……俺は何をやってんだろうか……。
某所で、エヴァ小説と某機動戦艦小説を発表していますが、今回は初のLASに挑戦……ってLASっぽく無いかもしれない(汗)。
三日で書き上げたから、誤字とか脱字が多そうで怖い……。
後は、某サイトに投稿する親馬鹿ゲンドウ小説を書き上げるのみ。
……あ、某機動戦艦の続きも書かなければ……。
……………(汗)
み、皆様の感想、お待ちしております(大汗)
それでは!
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |