心        −南樹−



夜の第3新東京市に夕方からの雨が、静かな時の流れを伝えている。
そんな街にある、マンションの一室。

少し神妙な面持ちで晩ご飯の支度をするエプロン姿のシンジ。

「・・・よろこんでくれるかなぁ?・・・今日の帰りも怒らせちゃたしなぁ」

「これでよしと!」

「アスカ、ごはんできたよ」

「・・・・・・」

返事がない。

「・・・アスカ、ごはん冷めちゃうよ」

「・・・・・・」

やはり、返事がない。
あれ?と思いつつアスカの部屋の前まできてふと・・・。

『やっぱりまだ怒っているのかな?』

トントン

「・・・アスカ、ごはんできたよ」

「・・・・・・」

「・・・まだ・・・まだ、夕方のこと怒っているの?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・ジ・」

消え入りそうな声が微かに。

「アスカ!?」

「・・シ・・ンジ」

声は弱々しくこのまま消えてしまうのではないかと、
シンジの心を鷲づかみにする、いてもたってもいられず。

「入るよ」

スラッ

部屋には赤い顔をしてベッドにぐったりと横たわる制服姿のアスカがあった。
シンジはあわててベッドにかけよる。

「どっ、どうしたの?」

「・・・シンジの言うこと聞かなかったから・・・罰があたったのかな?」

アスカの言葉に、はっとして今日の夕方の出来事を思い出す・・・。





放課後の昇降口。
突然の雨に、ただ空を見上げるだけの少女が憂鬱そうに口を開く。

「何なのよまったく、今日は降らないって言ってたじゃない」

天気予報に文句をいってもこの状況が変わるわけではないが、
この後、シンジと買い物に行く予定だっただけに、ついつい文句のひとつも言いたくなる。

「ま、シンジなら傘の一つや二つ用意しているだろうし・・」

「ひ、ひとつの傘で一緒にってのも・・・た、たまには良いわね」

自分の考えた事に、ひとりで顔を赤くしいやいやをする。
そんな少女の周りを怪訝そうな顔をし、遠巻きに下校していく生徒たち。

ふと我に返り、周りの視線にさらに顔を赤くしながら、目当ての少年の姿を探し始める。

「あ、あいつがいなくちゃ話しになんないのよ」

「シンジ、シンジ、シンジと・・・・・・おっ」

見慣れたシルエットが、足はやで近づいてくる。

「ごめん、待った?」

「遅いわよ、まったくこのあたしを待たせるなんて何様のつもり?」

「仕方ないだろ、先生に呼び出されてたんだし、アスカだって聞いていたじゃないか」

「フン、まあ、そうゆうことにしといてあげるけど、今日はおごりね」

「そんなぁー」

「当然!!」

「はぁ、わかったよ・・」

ある程度予想していたとはいえ、あまりに予想道理な展開に少しうなだれるシンジ。

「あれっ、雨が降ってるんだ」

「今ごろきづいたの?あいかわらずボケボケしてんだから」

「ご、ごめん」

「すぐ謝るなって、言っているでしょうが」

「う、うん」

「傘あるでしょ?はやく出しなさいよ」

「あるけど、アスカはどうしたの?」

「持ってきてないからあんたに聞いているのよ」

「けど、僕はどうするのさ」

「そんなの一緒に入ればいい事でしょうが」

「えーーーっ!?で、でも・・・」

「男の癖に細かいこといってんじゃない!!」

「う・・・」

「誰かのせいで時間がないから早く行くわよ」

「うん」

ようやく納得したシンジの傘にいそいそと入り、満面の笑みをうかべるアスカ。
緊張と恥ずかしさで体を硬くし、視線を前方に集中させているシンジ。
初々しく、微笑ましい二人は雨の街へと歩き始める。




「おっ、シンジじゃないか」

「なんや?センセ、夫婦仲良く一緒の傘かいな」

「ケ、ケンスケにトウジ・・・こ、これはその・・・」

「だ、誰と誰が夫婦だってのよ!!」

「惣流とセンセや、現にうれしそうに一緒に帰っとるやないか」

親友二人は、いつもの軽いひやかし程度のつもりだったが、
アスカは自分の心の内をシンジに知られたと思い、過剰に反応してしまう。

「こ、こんなつまらない男となんか、ネルフがなかったら一緒にいるわけないでしょ!!」

「そ、そこまでいっとらんやろ・・」

「言ってるのよ!!それに、コイツじゃなくても男は他にもいるしね・・・」

嘘だった。
シンジの手前ということもあったが、心にもないことを言ってしまうアスカは、
自分で自分を傷つけていく・・・。

絶望と悲しみ。
アスカの言葉にわずかであった希望は砕かれる。
実際、楽しかった、無理やり買い物に付き合わされたり、弁当を作らされたりするのも、
少女が自分に心を許していると思えたから、少しずつ惹かれていたから・・・。

「・・・僕じゃ・・・やっぱり・・・・・・ダメ・・・だよね・・・」

「えっ、・・・シンジ?」

「・・・僕は・・・少し自惚れていたのかもしれない・・・アスカがいてくれる事に・・・」

「ちょ、ちょっと・・・」

少年の突然の変化に三人とも息を呑む。

「アスカには好きな人がいて・・・」

「・・・なに・・・言っているのよ」

「・・・ごめん、今日誘ったりして・・・もう・・・もうそんな事しないから・・・」

「あんた!!自分でなに言っているか、わかっているの!!」

「ごめん、もうしないから・・・」

悲しくなる。
素直になれない自分自身に。
自分の心の中だけで自分勝手に解釈していく少年に。
まだ、まだあたし達は心を確かめ合ってもいないのに・・・。

自然と目尻に熱いものがこみあげてくる。

パァーン

「あんたにあたしのなにがわかるってのよ!!」

「アスカ・・・」

雨の中、口を抑えながら走り去る少女の背中をただ見つめ、
はたかれた痛みも忘れどうしたら良いか解らないでいる親友に。

「追いかけろよ、シンジ」

「えっ!?」

「そや、追いかけるのはオトコの役目や」

「うん、・・・ありがとう!!」

少女の後を追う少年の姿に。

「あの二人には悪い事したな」

「あぁ、スマンなシンジ、惣流」





アスカは、公園から雨の第3新東京市の街並みを涙まじりに眺めていた。
距離を置き背中を見つめているシンジ、そっと口を開く。

「アスカ・・・さっきはごめん・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

スッとその場を離れていくアスカの後ろをあわてて追いかけていく。
一応、家の方向に向かっているのでひとまず安心するが・・・。

「アスカ・・・ぬれちゃうよ・・・」

「・・・・・・」

「アスカ・・・風邪ひいちゃうよ・・・」

「・・・・・・」

二人の距離は変わらない。
シンジが歩く速さにあわせ、一定の距離を保つアスカ。
走れば相手も走り、速度を落とせば相手も落とす・・・決して届かない。
しかし、それでも・・・。

「アスカ・・・一緒にとは言わないけど・・・傘使ってよ」

「・・・・・・」

「風邪ひくから・・・お願いだから・・・」

「・・・・・・」

「・・・アスカ・・・」

「・・・・・・」

シンジは気付かなかった、いや、気付けなかった。
目の前を気丈に歩いていると思われるアスカの肩が微かに震えているのを。

プシュ

ドアのエアが抜ける音がし、少し遅れて。

プシュ

結局、最後までアスカは、ずぶぬれのまま帰宅したのである。
リビングやバスルームを見渡すが姿はなく、そのまま自室へ入ったのだろう。
シンジはアスカの部屋の前で襖を見つめる事しかできなかった。

「・・・アスカ」

アスカは泣いていた。
ぬれた制服のまま枕に顔を押しつけ、声を殺し泣いていた。
自分の気持ち、シンジの気持ち、自分の態度、シンジの態度。
なによりシンジのやさしい心に、ふれていたかったのに・・・。

「・・・シンジ」

様々な思いに揺れながらいつしか眠りについていった。






「・・・シンジの言うこと聞かなかったから・・・罰があたったのかな?」

少し微笑みながらではあるが、辛そうなのは誰の目にも明らかだ。

後悔した。
自分のちょっとした行動に、勇気のなさに、臆病な心に。
一番笑っていてほしいと思う少女に、又、辛い思いをさせている自分自身に。

「シンジ?」

「ぬれた服着替えなきゃダメじゃないか・・・」

「・・・そうね」

「・・・先に着替えていて薬とか持ってくるから」

立ち上がり部屋から出ようとしたシンジの腕をアスカは掴んだ。
少し驚き振り向くとシンジを真っ直ぐに見据える蒼い瞳がそこにはあった。

「いっちゃ・・・いや」

「えっ・・・・・・く、薬を取りに行くだけだよ」

フルフルと首を振る。
シンジは掴まれている腕に力が加わるのと同時にアスカの震えを感じていた。

「・・・・・・」

「わかった」

シンジは静かに目を閉じそれを確認したアスカはゆっくりと着替え始めた。
いつもは少しからかわれただけでも赤面しているのだが、
今は、アスカの事だけを真剣に考えている。

「・・・終わったよシンジ」

「うん」

寝巻き姿でベッドの端に腰掛けているアスカを見る。
アスカのベッドはぬれている、シンジは少し考えていたが。

「ちょっとごめん」

「きゃ」

アスカはシンジに抱き上げられていた。
シンジはそのまま部屋を出る。

「アスカのベッドぬれているからさ、今日は僕の使ってよ」

「・・・・・・」

無言でコクリとうなずきシンジの胸に頬をよせる。



「額にタオルとかいる?」

「いい」

「薬、持って来ようか?」

「いい」

「お粥とかいる?」

「いい」

「・・・ミサトさん、今日帰ってこられないって・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・手」

「手?」

「・・・手にぎって」

「うん」

おずおずと出された手をしっかりと握り返す。
アスカは、空いている手で毛布を頭までかぶり微かに震えている。

シンジは何も言わずに、やさしい瞳で見つめていた。


しばらくして、
落ち着いてきたアスカが顔を出してきたので、シンジは話し始める。
昔の事、母の事、父の事、エヴァに乗ったときの事、アスカに出会ったときの事・・・。
何故こんな話しをしているのか、シンジにも解らなかった。
ただ自然に言葉があふれてくる。

アスカは瞳を閉じ黙って聞きながら、先ほどとは違うあたたかな眠りについていった。



「おやすみ・・・アスカ」









チチチチチチ・・・

小鳥のさえずりと共に朝の柔らかな日差しが部屋を包む。
アスカは昨晩とは違い晴れた気分で、うっすらと目を開けていく。

「・・・シンジ?」

「おはよう、アスカ」

アスカは驚いていたシンジが居た事ではなく、シンジの格好に。
シンジはエプロンを着けたままでアスカの手をにぎっている。

「あんた・・・まさか」

「ハハハ・・・ずっと起きていた・・・かな」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・手」

「うん、にっぎってた」

涙が・・・、いやシンジがいたと解った時すでに流れていたのかも。
しかし、アスカは顔を隠さない瞳を閉じて静かに流れに身を任す。

「もう少しだけ・・・」

「うん」

あたたかい。
優しくにぎられた手も、シンジの心も・・・。





「バカ・・・バカシンジ・・・」





『もう少し・・・もう少しだけ・・・』





もう・・・雨はやみ、朝の光で街は輝いていた・・・。






−後書き−
はじめに、この作品を掲載してくださったタームさん、ありがとうございます。
つぎに、最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。

他の方の作品に(文体が)似ている、人物描写や文章が稚拙等、
見苦しいところも多々あったと思いますが、
何分、こういうことは初めてなものでご了承ください。

もしかしたら、最初で最後の作品になるかもしれませんが、
感想を頂けたら嬉しく思います。
                           南樹


マナ:南樹さん、投稿ありがとうっ!

アスカ:鈴原達のせいで、変なことになっちゃったじゃないっ!

マナ:っていうか、素直じゃない自分のせいだと思うけど。

アスカ:っとに人の恋の邪魔するなんてさいってーねっ!

マナ:ちょっとからかわれたくらいでムキになるからでしょ?

アスカ:もう3バカトリオは近付いてほしくないわっ!

マナ:3バカ? シンジも入ってるの?

アスカ:鈴原,相田、そしてアンタよっ!

マナ:(ギクッ)どうしてわたしまで・・・。

アスカ:聞こえてたわよっ!

マナ:な、なにが?(^^;;;;;

アスカ:「あっ!シンジとアスカがあんなとこにっ!」って、あの2人をけしかけてたのっ!

マナ:(ギクギク)そう・・・ばれちゃーしょうがないわっ! シンジ独占はんたーいっ!

アスカ:相田がフリーだからそれで我慢なさいっ!

マナ:いやーーーーーーーーっ!!!(TT)
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ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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