十八番目(前編)        ―南樹―



あの日、一人の少年の手によって世界は救われた・・・。
彼の心と引き換えに・・・。

最後の戦いから数ヶ月。
第三新東京市の復旧も着実に進んでいる。
それはネルフの機能回復と同意義であった。


擬似プラグ内の静寂がパイロット達を包む。
今日も以前と同じようにハーモニクステストが行われていた。

テストの結果表示にリツコはフゥとため息をつく。
ミサトはそんな姿を見て老けるわよと冗談めいた事を言う。
だが、二人の表情は真剣そのものだった。

「・・・今回も活動限界値ギリギリみたいね」
「仕方ないわよ、あんな事のあとだし・・・」
「その台詞、この前も聞いたわ」
「・・・・・・」
「限界のようね、彼」
「ちょ、ちょっと待って、私が何とかするから・・・」

第十七使徒、渚カヲルの消滅。
あれから三ヶ月近くたつ今でもシンジはその呪縛に囚われ続けている。
リツコは、またフゥと大きなため息を漏らした。

「いいわ、三人ともあがって」

パイロット三人にテストの終了を告げ、最後にシンジを呼び出す。

「それと、シンジ君は着替えたら私の所に来て頂戴・・・」
「はい・・・」

更衣室内で着替えるアスカとレイ。
アスカは自我崩壊から見事に復活し、シンクロ率も以前の感も取り戻し始めている。
レイは相変わらず無表情だが時折見せる感情の起伏には普通の女の子らしさを感じる。
そんな二人の会話は自然とシンジの事になる。

「碇君、まだ駄目なの?」
「うん・・・」

会話に以前の刺々しい雰囲気は感じられない。
今は、昔からの親友にも似た自然な関係へとなっていた。

「あいつ、バカだから・・・」
「アスカ・・・」
「わかっているわよ・・・」
「そう、けど赤木博士に呼ばれていたわ」

レイの発言でアスカの顔色が変わる。
シンジの今の状態は以前の自分と酷似している。
もしかしたら・・・。

「レイ、行くわよ!」
「ええ」

二人はリツコのもとへと急いだ。



書類が山積みされた机以外はきれいに整頓された部屋。
リツコはシンジに自ら煎れたコーヒーを渡し早速、要件を伝える。

「呼ばれた理由は解るわね?」
「・・・はい、エヴァを降りろと・・・」
「察しが良いわね」
「・・・何となくですけど」

シンジは表情を変えることなく返答していく。
リツコは手元にある書類に目を通しながら。

「いずれ正式な通達があると思うけど・・・」
「解っています」
「・・・ならもう良いわ」
「・・・失礼します」

シンジが立ち去ろうとした時、突然ドアが開きアスカとレイが部屋に入ってきた。
二人とも走ってきたのか少し息が乱れている。

「どうしたんだよ二人とも?」
「どうしたも、こうしたもあんたよ、あんた!」
「はぁ?」

二人が何の為にここに来たのかさっぱり理解できていないシンジ。
リツコは部屋が途端に騒がしくなった事に少し眉をひそめる。

「まだ仕事があるから、三人とも下がってくれるかしら?」
「解りました」
「待ちなさいよリツコ!・・・って、シンジ!」
「碇君・・・」

いきり立つアスカを無視してシンジは部屋を出た。
仕方なくシンジの後に続くレイ。

三人が出て行った後、リツコはまた大きくため息をついた。


憤りの収まらないアスカがシンジに問い掛けるが、
シンジは相変わらず涼しい顔をしている。

「リツコの話って何だったのよ?」
「あぁ、エヴァを降りろだって」
「それで?」
「解りましたって」

アスカはカッとなり、シンジの胸座を掴む。

「あんたはそれで良い訳!」
「良いも悪いも仕方ない事だろ?」
「仕方ない?・・・仕方ないっですって・・・」

途端にアスカに悲しみが込み上げてくる。
シンジは震えるアスカの腕をはずす。

「それじゃ、晩御飯の支度があるから先行くね」
「シンジ、待って・・・」

アスカの呼び止めも聞かずシンジはその場を立ち去る。

シンジは表面上普通に会話をしている様に見えるが、
心の奥では相手との接触を以前にも増して極端に避ける様になった。

アスカの気持ちを知るレイにとってこの光景はとても辛く見えた。



その晩、食事を終えた葛城邸でミサトからシンジに処分決定の通達があった。
そして、その場にアスカも居合わせる。

「・・・シンジ君は二日後の12:00をもって第三適任者の登録を抹消される事が決定されたわ」
「そんな、ミサト・・・」

アスカの反応に対しミサトはニマッと笑い返す。

「ただし!シンジ君が望むならこの決定は破棄できるものとする・・・これで良いかしら?」
「・・・解りました」

そう、一言残しシンジは部屋へと消える。
やはり落胆の色を隠せないアスカに対しミサトは・・・。

「私はまだ仕事が残っているから、帰りは明日の昼頃になるかしら?」
「そんな無責任な!」

ポンとアスカの肩に手を乗せて微笑む。

「がんばるのよ、アスカ・・・シンちゃんの事、頼んだわよ」
「ミ、ミサト!?」

ミサトはえびちゅ片手に手を振りながら家を出て行く。
アスカは顔を真っ赤にしてミサトを見送った。


十一時を少し過ぎたぐらいの時間。
アスカはシンジの部屋の前で二、三度深呼吸をし、意を決する。

トントン

遠慮気味に襖をノックする。

「・・・シンジ、起きてる?」
「・・・・・・何?」
「話があるの、いいかな?」
「・・・・・・」

しばらくして、音もなく襖が開き暗い部屋からシンジが出てくる。

「何?」
「あの・・・ここじゃちょっと」
「・・・・・・」

シンジは部屋に戻り明かりをつける、後に続いてアスカが入ってくる。
シンジがイスに座ったので向かい合うようにアスカはベッドに腰掛ける。
部屋を見渡すと包装されたダンボールが二つあった。

「・・・やっぱり、いっちゃうの?」

沈黙したまま俯いているシンジ。
アスカは返答を焦らず待ったシンジが話してくれるのを。
シンジはただ手を開いたり閉じたりしている。

何度目かの後に手を強く握る。

「・・・僕は・・・・・・自分が許せない・・・」

アスカは黙ってシンジの話を聞く。

「もしかしたら助けられたかもしれないのに・・・」
「僕が・・・・・・・・・この手で・・・」
「好きだって言ってくれたんだ・・・必要だって・・・」
「そして、僕も・・・」
「それなのに・・・それなのに!」
「・・・・・・僕は人殺しなんだ・・・」

自分を責める心、自虐心・・・これが原因だとアスカは理解する。
シンジの震える拳に優しく手を添えるアスカ。

「シンジは人殺しなんかじゃないよ、あたしを守ってくれたじゃない」
「アスカ・・・」
「だから、そんな悲しい事言わないで」

アスカが自我崩壊によって第二適任者の登録を抹消されそうになった時、
シンジは父ゲンドウに土下座してまで懇願し最終的にこの決定は覆された。
シンジはこの事を話しはしないが、アスカはレイから聞き知っていた。

顔を上げたシンジは泣いていた、アスカはたまらず抱きしめる。
そして、今までの思いを告白し始める。

「あたしはシンジとずっと一緒にいたいの、離れたくないの」
「けど、僕は・・・」
「シンジはあたしが守る、どんな事があっても、絶対に」
「けど、けど!」
「もう逃げないで・・・もう苦しまないで・・・お願い」
「アスカ・・・」

シンジは恐る恐るアスカの背に手を廻す。
二人はきつく抱きしめ合う。

「ごめん・・・・・・ありがとう」

この夜、初めて二人の気持ちが通じ合った口づけを交わした。



しかし、まだ、二人は知らない。
深く暗い意識が近づいてくるのを・・・。



「うっ・・・ん」

心地よい朝の日差しに包まれ目を覚ますアスカ。
隣にいるはずのお目当ての人物がいないので部屋をきょろきょろと見回す。

「あれっ?シンジ?」

シンジの名前を出した時点で昨晩の事を思い出したアスカの顔が赤く染まる。
恥ずかしさのあまりシーツに包まるがシンジのにおいに更に顔を赤くする。
そこへ、シンジが煎れたての紅茶を持って入ってきた。

「起きてたんだね、おはようアスカ」
「お、おは・・・おはよう・・・シンジ」

シンジを直視できないアスカ。

「はい」
「う、ん・・・ありがと」

カップを受け取るとき目が合いシンジに微笑まれた。
アスカはもう何も考えられなくなっていた。


アスカは楽しい朝食を久しぶりに満喫していた。
今のアスカの心は幸せに満ちていた。
そして、シンジは昨晩考えた事を話し始めた。

「考えてみたんだ・・・これからの事」
「うん」
「・・・やっぱりネルフを出るよ」
「そんな・・・」

ウソ・・・。
せっかく素直になれたのに、シンジが受け入れてくれたのに・・・。
ずっと一緒にいてくれると思ったのに・・・。

「ウソよ!シンジはウソを言ってるのよ!」
「アスカ・・・」
「イヤ!聞きたくない・・・聞きたくない!!」

アスカは耳を抑え、テーブルに突っ伏し泣きだした。
そんなアスカの髪をシンジは優しく撫でる。

「ごめんねアスカ・・・でもね・・・」
「う、うっ・・・・・・シンジーーー」

アスカはシンジの胸にしがみつき床に押し倒す。
二度と離さない、離れない様にきつく・・・。

「アスカ・・・うむっ」

シンジの言葉を自らの唇でさえぎる。
アスカの涙がシンジの顔に終わる事なく降りそそぐ。

長い、長い口づけの後、二人は見つめ合う。

「シンジはあたしの物よ・・・もう誰にも渡さない、誰にも触らせない」
「アスカ・・・」
「シンジがやめるなら、あたしもやめる・・・ずっと一緒にいる」
「違うんだよ、そうじゃないんだよ」

シンジは自分の心内を解って貰おうとするが、アスカは断固として聞こうとしなかった。
アスカが落ち着いてからもう一度話そう・・・そう思うシンジだった。



深く、暗く。
一つの意識が・・・。
いや、意志が形作られていく。

そう、あの時の様に・・・。



シンジはあれから何度目か解らないため息を漏らす。

「はぁ・・・」

あの後、泣き疲れて眠ってしまったアスカをベッドに休ませ、
シンジはまだ瓦礫の残る湖を見ながら途方にくれる。

どう話したらアスカは解ってくれるのか・・・。


ふと後ろで自分に近づいてくる物音がし振り返るシンジ。
彼にとって信じられない人物がいる事に驚く。

「カ、カヲル君!?」
「やあ、久しぶりだね」

始めてあった時となんら変わらないカヲルがシンジの目の前に現れる。

「カヲル君・・・だよね?」
「あぁ、ほら、ちゃんと足もあるよ」

シンジは友達が生きていた事が何より嬉しくてしょうがない。

「カヲル君・・・良かった・・・僕は、僕は・・・」
「あれは僕が望んだ事だったんだ、キミが苦しむ必要は無かったのに・・・」
「けど、どうして?」
「・・・シンジ君を迎えに来たのさ」



アスカが起きたら家にシンジはいなかった。
彼を失う不安で押しつぶされそうになって、たまらず表へ探しに出た。
アスカはミサトに聞いてやっとシンジの所在をつかみ、そこに急行する。

「シンジーーー」

遠くにシンジの姿が見え、アスカが一生懸命走っていく。

「・・・ア・・・スカ・・・?」
「シンジどうしたのよ・・・!」

シンジの様子がおかしい。
だが、アスカはすぐにその原因に気がつく。

アスカはシンジの後ろで微笑を浮かべているカヲルに目を向ける。
二人に面識は無かったがアスカはシンジのふさぐ原因となっていたカヲルを情報として知っていた。
そして、この世界にいるはずが無いことも・・・。

直感、本能、全ての感覚が対じしている少年が危険だと訴えている、あたしもシンジも。

「第二適任者、エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット・・・惣流・アスカ・ラングレーだね」
「くっ・・・」

アスカは警戒の色を強める。
実際アスカは焦っていた、弐号機があれば何とかなるものの、今は生身である。
人間が生身のまま使徒に勝てる確立は万に一つも無い。

アスカの出来る事といえばシンジとこの場を離れる・・・この選択しかなかった。
アスカがシンジを自分に引き寄せるとカヲルの声が掛かる。

「キミは何に怯えているのかな?」

アスカの動きがピタリと止まる。

「僕に?」

それもある・・・けど、もっと怖いのは・・・。

「それとも、シンジ君と離れ離れになる事かな?」

アスカはカヲルを睨みつける。
使徒は人の心に二度も土足で入ってきたうえ、よりにもよってその事を言うなんて。
アスカの屈辱に耐える姿を見てカヲルは口の端をわずかに上げる。

「今のキミにはシンジ君しかいない、けれどシンジ君はキミを求めてなどいない」
「・・・・・・」
「そして、なぜ僕がここに在るのか・・・解るよね?」
「!」

アスカは反射的にシンジを見た。

「キミは必要とされていない」
「ウソよ・・・」
「必要ないんだ・・・」
「イヤ・・・イヤァ」

カヲルの声とシンジの声がダブって聞こえてくる。
たまらずアスカは耳を塞ぎ、必死で首を振る。

近づくカヲルの手が朦朧としているアスカの顔に触れようとする。

ビシッ

「くっ!?」

伸ばした手が寸前で弾かれカヲルは苦痛に顔を歪める。

「これは・・・ATフィールド」

カヲルは目を細めATフィールドの発生源である一人の少女を見る。
レイはいつの間にかアスカの前に立ちカヲルと紅い瞳が交差する。

「綾波レイ・・・」
「レイ・・・?」

アスカを安心させるため振り向き軽く頷く。

「あなた、どうして?」
「シンジ君が望んだのさ」
「・・・碇君はあなたなんか望んでない」
「そうかい?」

言い終わると同時に力場が発生し空気が集まり始める。
カヲルの開放された力がレイに襲い掛かる。

「無駄よ」

レイ達の周囲にはそよ風ひとつ無く、カヲルはヤレヤレと肩をすくめる。

「やっぱり・・・無理か」
「・・・」
「邪魔が入った事だし・・・今日のところは引かせてもらうよ」

「それじゃあ・・・また」

妖しく微笑むとカヲルはあっさりとこの場から消えた。
レイとカヲルの力は圧倒的にレイの方が上でその差を見極めての行動だった。

カヲルが消えた事によりアスカとシンジの意識が覚醒した。

「あれ?カヲル君は?」
「・・・レイ、あいつは?」

「消えたわ・・・」

レイとアスカにカヲルの本当の目的が何なのか解らない。
ただ、親友との再会に喜ぶシンジにカヲルの危険性を伝えるべきか・・・。
二人は心を痛めていた・・・。






―後書き―
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

初の続き物・・・と言っても文章長くなったから、
二つに分けただけなんですけどね。

これに飽きず、また後編も読んで見てください。
それではまた。
                           南樹


マナ:渚くん、なんだか怪しくない?

アスカ:怪しいなんてもんじゃないわよっ。シンジに近づかせてたまるもんですかっ!(ーー#

マナ:綾波さんが来てくれて助かったけどねぇ。

アスカ:ファーストのやつ、いつの間に近づいて来てたのかしら。

マナ:いいじゃない。助けてくれたんだから。

アスカ:とにかく、アイツは危険よっ! なんとかしなくちゃっ。

マナ:でも渚くん、ATフィールド持ってるわよ? どーする気?

アスカ:今度来たら、エヴァで迎え撃ってあげるわっ!

マナ:そう上手く行くかしら?

アスカ:アタシに不可能はないわっ!
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