悪夢だった。奴らは彼女の前に再び現れた。彼女に苦しみを与えにきたのだ。暗闇は再び苦痛に環境となり、眠れぬ夜が復活しつつあった。
 シンジと寝るようになってからそれは姿を消していた。だが、消滅したわけではなかった。再び悪夢となるべく機会を伺っていたのだ。しかしシンジが一緒に居てくれたから、それは現れるはずがなかった。今アスカはシンジと一緒に寝ている。
その現れるはずの無い悪夢は再び彼女の前に現れた。より残酷な夢で彼女を迎えながら。
「シンジは君のことを嫌っている」
「そうだ、頼るばかりではシンジ君が疲れてしまう」
「だから、いつか彼は君を見捨てる」
「そして、君は孤独になるのだ」
そんな声ばかり聞こえてくる。不安。耐えようも無い不安。それがアスカを支配し始めていた。アスカは叫ぶ。シンジは自分のことを守ってくれると。しかしそんな言葉もシンジの偶像が現れてから意味を失ってしまう。
「アスカ・・僕はもう疲れたんだ。さようなら」
 残酷な言葉。シンジなら言わないと信じたくても、それが現実になる恐怖が存在する。だから、耐えようの無い不安に捕らわれてしまう。

「シンジ・・・捨てないで・・・」、アスカは涙を流しながら呟いた。眠っているが、安らかな寝顔では無かった。それを見たシンジはアスカを抱きしめた。アスカの頬を伝う涙が自分のそれに触れたことで目がさめたシンジは、悲しみと不安に捕らわれたアスカを発見した。シンジは決意を深めた。明日、アスカと話そう。それが加持さんの残してくれた最後の言葉だから・・・・


安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER THREE:守るということ


 その日、アスカはご機嫌だった。数少ない休日を利用してシンジと出かけることができたからだ。パイロットという立場から第三新東京市から出ることは出来なかったが、シンジは彼女を芦ノ湖へ連れて行くということでその埋め合わせをした。湖畔で開いたピクニックはアスカに幸せというものを実感させるのに充分すぎたほどだった。そしてゆっくりと沈む太陽を眺めながら寄り添う二人。アスカは久々の笑顔を取り戻していた。
 家に帰り、夕飯を済ませた後も、アスカは幸福感に満たされていた。シンジとの触れ合い、それはアスカが心の奥底で望んでいた人との触れ合いだった。アスカにとり、シンジと過ごす時間はエヴァやネルフからの解放だけではなかった。それは心の安らぎであると同時に、愛への飢えが満たされる瞬間であった。だから、シンジがアスカに語りかけたときも、彼女は逃げることはしなかった。言いようの無い不安に捕らわれたことは確かであったが。
「アスカ・・・話があるんだ」
「何・・?」
「その・・・僕のことなんだけど」
「シンジのこと・・・?」
「僕さ、このまえ加持さんと話したんだ」、シンジはあえて加持の名を言った。
「加持さん・・・」、アスカは悲しそうな表情でその名を口にした。加持リョウジ、碇シンジ以外にアスカが心を開きかけた唯一に男。そして、数日前に死亡したとミサトやシンジから告げられた男。二人にとって良くも悪くも兄のような存在。
「加持さん、言ってくれたんだ。アスカと話せって。僕の気持ちをアスカにぶつけろって」
「シンジはアタシが嫌いになったの!?」、アスカが半分取り乱した声でシンジに迫った。
「違う!違うよ、アスカ。僕はアスカが好きだ!大好きだ!今はっきりとそう言える」、はっきりとした口調でアスカを真っ直ぐ見ながらシンジは言った。
「しんじぃ・・・・」、アスカはその言葉を聞いて涙を浮かべた。
「アスカ・・・僕はさ、まだ中学生なんだ。まだ子供なんだ。まだまだ未熟なんだ。加持さんみたいに強い人間じゃないんだ。だから、自分のことで精一杯なんだ」
シンジはそう言うと安心させるようにアスカを包み込んだ。己の言葉がもたらす不安を行動で振り払うために。
「今、僕はアスカを守ってる。アスカを守りたい、そう思ってる。だけどさ、僕はまだ子供だからアスカを守りきれるわけじゃないんだ。まだ、アスカのすべてを包み込んで守れるほど強くないんだ。」
「シンジはアタシをもう守ってくれないの・・?」
「ううん、そうじゃない。アスカは絶対僕が守る。だけどさ、・・・アスカにも僕を支えて欲しいんだ。僕が弱くなったとき、アスカに支えて欲しい」、シンジはそう、まるで囁くようにアスカに言った。彼はアスカがどれだけ弱く、傷つきやすい人間であるかわかっていたから、慎重に言葉を選んだ。
「トウジがエヴァに乗ったときさ、僕は何もできなかった。あの後、後悔したんだ。僕がうまく戦っていたら、トウジを無事に救えたかもしれないのに」
「そんなことない、シンジは鈴原を傷つけたく無かっただけだもの」、アスカはシンジを慰めるように言った。
「アスカ」、シンジは優秀な生徒の回答を聞いた教師のような表情で言った、「それなんだよ、僕が求めていたのは。僕は今みたいに自分のことを暗く悪く考えちゃうんだ。でさ、そうなると僕ってどんどん悪いように考えて何もかも嫌になるんだ」
「アタシもそう・・・」
「うん、でさ、アスカ。僕がそうなったとき、アスカが今みたいに僕を支えてくれないかな?僕がアスカを守って支えるように」
「・・・アタシがシンジを支える・・?」、アスカはいまいちわかっていないようだ。大学を一三歳で卒業した天才も、本当の自分をさらけ出すシンジの前では酷く幼児化してしまう。
「うん・・・僕も泣きたいときがあるし、誰かといたい時もある。だから・・そういうときアスカは僕の傍らにいてくれればいい」
 アスカにとり、シンジのお願いは思いもよらぬものだった。彼女はシンジを頼る存在として捉えていたから、その存在から頼られる等ということは考えていなかった。いや、考えようとしなかったというべきか。
「でも・・アタシそんな強くない・・・シンジを支えられるほど強くない」
「いいんだよ・・強くなくても。僕だって情けなくて・・愚図で・・・弱虫だけどさ・・アスカを支えることはできたんだから」
「でも・・・」、アスカの迷い・・それは自らが何かを支えなくてはいけないという重圧が原因だった。シンジに頼ることばかりになってしまったアスカにとり、その重圧は得たいの知れない恐怖を彼女のか弱い心にもたらした。
「アスカ・・・」、シンジは呟いた。彼はここでアスカに無理強いしても意味が無いことをわかっていた。目の前にいるのはか弱いプリンセス。自分はナイトでは無く騎士見習でしか無いことを悟ったが、姫はそのことをわかろうとしない。わかりたくても、姫自身の弱さがそれを拒むのだ。
シンジは今一度ナイトに戻ることを覚悟した。例えそれが偶像にすぎないとしても。自らの精神が崩壊しかねないとしても。姫を守るために。そう、この傷つけられてきたか弱き姫を守るために。そのためなら自分の心などなんだというのか。
「・・ごめん、アスカ。今の話忘れて」
「え?」、悩んでいたアスカが思わず間抜けな声を出す。
「いいんだ、別に。アスカを混乱させちゃったみたいだね・・・今日はもう寝ようか?」
「・・う、うん」、何かよくわからないままアスカは返事した。しかしこの妙にこじれた話よりはシンジのぬくもりを感じられる時間のほうが魅力的であった。それが逃避でしか無かったとしても。アスカはシンジに甘えることにした。自分のナイトでいてくれるのならば、何でそれを止めようか。疲れきって倒れたナイトというイメージをアスカは無意識に無視した。
 その夜、アスカは再び悪夢を見た。

衛星軌道・・・それは今の人類にとって未開の世界だった。セカンドインパクトによって国家が宇宙開発を諦めなければならなくなってしまったからだ。人工衛星の打ち上げは軍事目的・経済目的のためから続いたが、宇宙の有人飛行計画は完全に頓挫した。人類は宇宙より飛来する天体に無力なのだ。
「富士電波観測所より入電・・・衛星軌道上に不明物体発見」、戦略自衛隊第三防衛管区のオペレーションセンターにて報告が飛び交う。そこは近未来的な設備を誇る指揮所であったが、ネルフの発令所と比べるといささかチャチな印象を受ける。予算の格差の現れともいうべきか。
「ふん、どうせ一五番目の奴だ・・・一応、ネルフに通報しておけ」、指揮官らしき男が命令を下した。業務に忠実というわけではない。万が一の場合の戦自の責任を回避するための処置だ。もっともその万が一の場合、戦自どころか人類が存続することさえ怪しいものだが。
「・・・あの委員会からの極秘命令、どう考える」、年配の指揮官が同僚に小声で語りかける。
「・・・命令とあっちゃ仕方が無いさ。内閣にも通知がいっているらしい」
「あの施設を占拠するのにどれくらい必要だ」
「三個師団で一時間」
「そりゃま、そうだが、もう少し現実的な数字でだよ」
「まあ、一個師団プラス中隊規模の特殊部隊で三時間といったところだね」
「連中にはろくな対人戦闘能力が無いから、まあそんなところか」
「あのでかいオモチャさえなんとかすれば」
「こちらもパパにオモチャを買ってもらうかな」
 誰も笑わなかった。それを確認した指揮官は集まった自衛官達に言った。
「・・・ネルフとのパイプ・・まだ繋がっているな?」

「戦自より連絡・・・衛星軌道上に使徒らしき物体出現」、ネルフ第二発令所においてオペレーターが忙しく動き回っていた。使徒はすでに発見されていた。
「位置は我々の発見したものと同じです」
「で、作戦部長はどうなさるおつもりで?」、赤木リツコ博士が意地悪く尋ねた。
「初号機は凍結中だから・・・使えるエヴァは二機だけね・・・そうね、ポジトロンライフルはどう?」、葛城ミサト三佐が事務的に聞き返す。
「無理ね・・・届くことは届くけど、ATフィールドは貫けないでしょうね」
「しょうがないわ、エヴァ二機にローテーションを組ませて有効射程内に収まるまで待つしかないか」
「いいの・・?アスカのシンクロ率、ぎりぎりよ」
「他に方法がある?」、ミサトはそういい返し、命令を伝えた。シンジからの通信が入ったのはその直後だった。発令所に何か決意したようなシンジの映像が浮かび上がる。
「ミサトさん、初号機は凍結中ですよね」
「ええそうよ・・シンジ君?」、怪訝に思ったミサトがシンジの意図を探ろうとした。
「僕がアスカと一緒に弐号機に乗ってもいいですか?」、強い口調でシンジは聞いた。
「え・・・」、ミサトは一瞬第六使徒戦を思い出した。あのとき、二人のシンクロ率は今のシンジのそれ以上の数値を記録していたからだ。しかし用兵家としての常識がそれを拒んだ。戦力の分散は愚かであるが、下手な集中投入も危険だからだ。
「だめよシンジ君、万が一初号機の出撃が必要になった場合どうするの?」
「どうせ初号機は凍結中でしょう?父さん!」、ミサトと論議しても無駄なことを悟ったシンジは相手を変える事にした。今の彼にとってアスカを一人弐号機に乗せて戦わせることは何よりも避けねばならないことだった。
「駄目だ」、碇ゲンドウ司令はそう簡素に述べた。
「何でだよ!初号機を出さないのだったら、僕がここにいてもしょうがないだろう!」
通信を切れ、ゲンドウがそう命令しようとしたとき、シンジが言った。
「大切な人ができたんだ・・・守りたい人が。その人を守って何が悪いんだ!」、感情の爆発だった。とにかくアスカを守る、今のシンジにはそれが最重要課題だった。エヴァに乗ることも使徒と戦うこともその延長線にあるからこそ、シンジは戦っているのだった。
 この一言がゲンドウに与えた影響は大きかった。それはゲンドウが妻に対して抱いていた感情と同じものであったからだ。妻・ユイは―本人がそれを望んだとはいえ―初号機に取り込まれ、ゲンドウはそれを見守ることしかできなかった。だから今のゲンドウが初号機に異様に執着するのは、妻を守っているのと同様の感覚なのだ。そして、シンジが同じような感情を抱いていることを知ったゲンドウに僅かな心境の変化が訪れた。共通感―それはゲンドウに限らず、全ての人間が好意的な感情を抱くものだった。自分と同じような人間がいることを知るのは悪いものではない。とくに、息子を恐れながらも愛情を抱いていたゲンドウにとり、シンジが自分と同じように守りたい存在を持った、ということは彼にある種の嬉しさをもたらしていた。
「・・・いいだろう、初号機パイロットの配置換えを認める」、ゲンドウはその威厳ある声で言った。
「え・・ありがとう、父さん!」、シンジが笑みを浮かべて答えた。
「司令!いいのですか!?」、リツコが反論した、「弐号機とシンジ君のシンクロは不可能で・・」。リツコがそれ以上続ける前にゲンドウが再び口を開いた。
「遊んでいる戦力を抱えているほど我々に余裕は無い」
「初号機パイロットの乗り換え、急いで!」、ミサトがすぐさま指示を出した。

「アスカ・・迷惑だったかな?」、弐号機に乗り込んだシンジを待っていたのは嬉しそうな表情を浮かべたアスカだった。
「ううん・・シンジと一緒だから、嬉しい!」、アスカはエントリープラグ内でシンジに抱きついた。
「ちょっとアスカ!戦闘待機中よ!」、ミサトの声がプラグ内に響いた。
アスカは舌を僅かに出し、「び〜だ」、と言うとおとなしく座席に座った。今の彼女にとり、弐号機はシンジと長く一緒に居るための道具に過ぎなかった。だから、以前ならプライドを傷つけられたと感じたであろう今回のシンジの行動は、アスカにとってむしろ喜ばしいことだった。シンジ依存症はアスカを完全に支配しつつあるようだ。

「弐号機・・・配置につきました」、オペレーターが報告する。発令所にあるメイン・モニターには地上に射出された弐号機がポジトロンライフルを構える姿が映し出されていた。雨がその情景を限りなく暗いものとしている。
「どう・・シンクロ率は?」、ミサトが口を開いた。作戦部長としての質問でもあるが、この雰囲気に耐えられなくなったというところが大きい。これまでの戦闘とは違い、二人のパイロットが一つのエヴァに乗り込んでいるのだ。それに、シンジのアスカを守りたいというやりとりが、大人達に子供を戦わせているという忘れさられていた現実を思い出させていた。
「起動指数ギリギリね・・・もっともアスカだけだったら起動自体怪しいものだけど」、リツコが溜息をつきながら言った。
「使徒に動きは無し・・・・このまま何も起きなければどれほどいいか・・・・」
「使徒は人間の都合にあわせて来ているわけではないわ」
「このまま待っていてもしょうがないし、国連軍にN2兵器の投入を要請しようかしら」
「無駄ね。N2兵器の使徒への効果は第一○使徒のときに証明済みよ」
「結局、待つしかないのか・・・・」

「アスカ・・・大丈夫?」、シンジがエントリープラグ内でアスカに聞いた。
「うん、大丈夫」、アスカは幸せそうに答えた。
 シンジは本来アスカの居るべきシートに座り込み、その上にアスカが抱きかかえられている構図だ。シンジの顔は射撃用スコープによって覆われているが、アスカの様子はわかるらしい。僅かな動きからアスカを心配してしまう―シンジは過保護なナイトになっていた。
 自分達の様子がモニターされていることは百も承知であったが、気にならなかった。むしろ戦いの中で安らぎを見つけた二人にとって、たとえ戦闘中であろうとその時間は尊重すべきものであったからだ。
 ふいにシンジの見つめるスコープに動きがあった。光のようなもの・・・
 エントリープラグ内に絶叫が響いたのはそのときだった。

「心理グラフ、乱れています!精神汚染が始まっています!」


アスカ:ちょっと待ってよ。これじゃ、アタシがおもいっきり我がまま姫じゃない。

マナ:そのまんまでしょ。

アスカ:どーすんのよ。シンジ、潰れちゃいそうよ?

マナ:潰してるのは、あなたでしょっ。

アスカ:シンジもしんどいならしんどいって言えばいいのに。

マナ:言ったのに聞かなかったのは、あなたでしょっ。

アスカ:そんな状態で、戦闘に出たらあぶないってばっ!

マナ:守られてるのは、あなたでしょっ!

アスカ:あーーーん。アタシが癌みたいじゃないのぉぉっ!

マナ:ようやくわかったようね。

アスカ:どうせお姫様にするなら、もっとかーいいお姫様にしてー。
作者"名無し"様へのメール/小説の感想はこちら。
ijn_agano@yahoo.co.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system