「嫌!入ってこないで!」
「お願いだから心に入ってこないで!」
「私の心までのぞかないで!」
 アスカの絶叫がエントリープラグ内に響き渡る。その声は同乗していたシンジの耳にも届き、発令所の人間達もその声を確認した。言葉では言い表せないような残酷な行為を受けている、そんな声だった。
 シンジは当然ともいえる行動を取った。姫を守るべきナイトは自らを盾とすべく、行動を開始した。彼は自分が精神汚染を受けていないことに、焦りながらも気付いた。ならば自分とアスカの状況の違いはコントロール・レバーしか原因がありえない。シンクロ自体はアスカをメインとしているが、シンジも弐号機の行動を感じ取れるからだ。シンジはエヴァとのシンクロがレバーを通して伝わりやすいことを経験的に知っていたから、彼は比較的素早く行動に移ることができた。
 シンジがアスカの手をレバーから外し自らがそれを握った瞬間、彼は先程までアスカを苦しめていた攻撃にさらされることとなった。
「うわぁあああ!」、声にならない絶叫。
「・・・シンジ?シンジ!?」、苦しみから解放されたアスカがシンジの行動に気付く。しかし、彼女にはどうすることもできない。
 使徒の精神汚染―それは人の心を理解しようとする行動であったが―はそれまでシンジがあえて無視してきた心の矛盾が使徒の前に暴かれた。耐えようも無い重圧―自らの気持ちとその責任にシンジは押しつぶされた。使徒はシンジのもっとも弱いところを突いてきたのだ。


安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作:名無し

CHAPTER FOUR:騎士の役目


 第一五使徒は殲滅された。零号機とロンギヌスの槍という、おそらく最大規模の攻撃力を持つ組み合わせで。しかし弐号機の被害は予想以上のものであった。回収された弐号機は外部損傷こそ無いものの、中にいたシンジに重度の精神的破壊が確認されたからだ。
 回収班は急いでシンジをエントリープラグ内から出そうとした。だが、それを拒む存在がいた。アスカだ。目の前で昏睡状態になったシンジが連れて行かれそうになる。ただでさえ不安に支配されていたアスカが、それを許すはずも無かった。たとえ心が壊れかけていても、目の前の少年は自分が頼れる唯一の存在なのだ。
「回収班より連絡。セカンドチルドレンが暴れてシンジ君救助の邪魔をしています」、戦闘が終わり、落ち着きを取り戻した発令所でミサトに報告が入る。
「仕方が無いわ、鎮静剤でおとなしくさせて」、ミサトは冷酷に判断した。まずはシンジの命が最優先の課題だったからだ。同時に家族としての良心が働いて、「それと、アスカを出来る限りシンジ君のそばに居させてあげて」、と命令もした。今の彼女にできる最大限の優しさだった。
「下手な優しさは逆効果よ」、リツコがはっきりと言う。目は合わせない。
「ええ、わかっているわ」、ミサトはリツコを睨みながら続けた、「でも今のアスカをシンジ君と居させてあげるのはその範疇外よ」
「その気持ちは家族として?上司として?」、リツコがさらに追求したが、すぐに思い直す、「・・・いえ、今はやめましょう、こんな話」
 自分が少し感情的になりすぎている、リツコはそう思った。まさか自分があの子達に情を感じていると言うの?子供達をモルモットみたいに見てきた私が。リツコは自虐的な笑みを浮かべるとすぐに職務に戻った。科学者としても人間としても、シンジの治療を行うことが彼女の最重要課題なのだから。

「しんじぃ・・・」、その青い瞳を誇るアスカの美しい泣きはらした目は目の前の少年、碇シンジを見ていた。まだプラグスーツを着たままだ。
アスカはただシンジの名前を囁くように繰り返し呟いた。しかし、彼の名を呼んでも彼は目覚めてくれない。ただ眠るだけだった。
 耐えようも無い不安が彼女の華奢な心を襲う。それを支え、守るべき存在は目の前で無力な体をさらしている。彼女を守るために。そう、彼は彼女を守ったのだ。そして力尽きた。ならば、今、彼女は自分自身でこの不安と絶望の世界を切り抜けなくてはならない。たとえそれがどれほど困難で残酷であっても。それしか、彼女の取れる道は無いのだから。
 アスカは思った。自分がシンジに頼り切ってしまったことが悪いのかと。自分がシンジの重圧になっていたのかと。
(しんじぃ・・・お願いだから目を覚まして・・・アタシを守って・・・)
アスカは彼女にとってもっとも大切なお願いをシンジに託した。それが同じように心の弱い少年をどれだけ痛めつけているかわからずに。現実はどこまでも残酷だった。

闇。暗闇。一寸先も見えない絶対の暗闇。
シンジはそんな場所にいた。一人で。寒く、暗く、孤独な場所で。ふと、顔を上げるとそこには自分と同じ姿かたちをした少年が立っていた。
「また・・・会ったね・・・今度は電車じゃないんだね」、シンジはそう言った。
「君は疲れたんだろう・・?アスカを守ることが」、碇シンジの分身は答えの代わりにそう言った。
「アスカ・・・うん、アスカね」、シンジは思い出すように語った、「確かに僕はアスカを守るのは疲れた・・・でも、それは当たり前のことなんだ」
「加持さんが言ったみたいに」
「僕はまだ子供だから当たり前だよ」
「子供だからアスカを守りきれないって?」
「だからアスカにも支えて欲しかった。でも、アスカはそうはしてくれなかった」
「逃げてないかい?」
「何から?」、シンジの顔が僅かに歪んだ。
「わかっているんだろう」、シンジの分身は笑いを含んだ表情で続けた、「自分がアスカから逃げていることに」
「何で!僕はアスカを・・・」
「僕は君さ・・・君の考えは全部僕の考えさ。だから君が意図的に無視してきたことも僕にはわかる」
「だったらわかるだろう!僕はアスカを守りきれないんだよ!子供だから!」
「ほら、逃げている。自分が子供だからって。本当はアスカをできるだけ守るべきなのに、疲れたから理由をつけて逃げようとしている」
「だって、僕はまだ子供なんだよ!」
「子供かどうか関係ないさ・・・アスカを本当に守りたいなら」
「僕は守りたいよ!でも守りきれないんだ!」
「本当に守りたいのなら子供でも守れるよ。君はエヴァンゲリオンのパイロットなのだから」
「でも、そうでないときはただの中学生なんだ!」
「そうやって加持さんの言葉にすがるのかい?加持さんが本当に言いたかったことを無視して、言葉の表面だけを考えて」
「・・僕はアスカを守りきれない」
「そうやって逃げてばかりいるんだよ、僕という人間は」

 302病室―碇シンジ。何度この表札を見たことか。アスカはドアをあけ、シンジの寝るベッドの横にある椅子に座った。
「しんじ〜、今日も来たわよ〜!」、嬉しそうな顔でシンジの顔を覗き込む。
「ほら〜ほら〜、こんなに綺麗な女の子が見舞いに来てるのよ!」、シンジの顔を引っ張る。
「目を覚ましなさいってばっ〜」、笑みを浮かべながらシンジの顔で遊ぶ。
「覚ましなさいよ」
「覚ましてよ」、顔から笑みが消える。
「覚めてよ!」
「お願いだから・・・覚めてよ・・・起きて・・アタシを守ってよぉ・・・」、いつしか明るかった彼女の顔は涙で覆われていた。泣き声が病室に響く。それでも少年は目を覚まさない。ここ数日間そうであったように、少女はシンジの上に頭を降ろし、涙を流しながら静かな寝息を立て始めた。

再び暗闇。二人の少年が会話を続けていた。
「何で限界まで守ろうとしない」
「だって・・・お互い支えあうのが普通だから!僕は守りきれないから!」
「いや、僕はアスカを守りたくない・・ただそこに自分を頼る人間がいたから守ろうとしただけなんだ」
「違う!」、シンジは絶叫ともいえる声を出した。
「別にアスカじゃないくてもいいんだ・・・自分を頼ってくれるだけなら。ミサトさんでも、綾波でも、委員長でも、伊吹さんでも、誰だっていいんだ。自分が必要と感じ取れるならね」
「・・・・」
「そうだろう?」
「・・・でも、守りたいと思った気持ちは本当だから・・・本当に好きだと思ったんだ!あの、キスのあと!」
「ほら・・・言えた」
「・・え?」
「アスカを守りたい・・・僕はその本当の理由を無視してきた。アスカが好きだから守りたい・・・でも、人を好きになって傷つくのが怖い。だから僕はアスカが僕を頼るからって、妙な理由をつけたんだ」
「・・でも、僕はそれで納得できなかった。アスカを・・好きだという気持ちが、隠すには大きくなりすぎていたから」
「だから、疲れたんだ・・・認めてしまえばいいのに、自分の気持ちを」
「加持さんに支えあうべきだって言われたとき、僕は無意識にそれを疲れの理由にしてしまったんだね」
「そう・・でも、もう大丈夫」
「うん、アスカは僕が守る・・・好きだから、その気持ちを大切にするから」
「僕はアスカを守る・・・もしかしたらとても耐えられなくなって心が壊れてしまうかもしれないけど」
「うん・・・加持さんはそうなる前に支えあえばいいて言った。でも、僕はそうなるまで守りたい・・・大切な、大切なアスカを。例え、僕が壊れようとも」

シンジの病室に毎日通っているアスカをミサトは止めることは出来なかった。ある意味で軍人として未熟すぎる彼女は、アスカに対してより家族に近い形で接しようとしていた。無論、それにはアスカが戦力として使えなくなってしまった背景があったが。これまでアスカを放っておいた負い目もあった。
加持のこともあり、ミサトはアスカを苦手としていた。だからシンジとアスカの接近したと知ったとき、それは自らの負担が消えることとして喜んだ。同時に、そんな損得勘定で少年少女を見てしまう自分に嫌気が指したが。
そういったこともあってミサトはアスカを避けていた。どのみちアスカはシンジにべったりなのだ。自分が何をしたってどうにもならない。ミサトはそう自分に言い聞かせ、仕事に熱中した。保護者としての責任感からか、アスカの行動を黙認するようネルフに根回しするだけのことはしたが。
ミサトとチルドレンのすれ違いは主にそういったことから始まった。それはシンジとアスカの行動に大きな影響を与えることになる。

松代にある戦略自衛隊、中部方面部隊司令部では二人の幹部が話していた。
「ネルフ職員の虐殺、そうなりますよ」
「かまわん。委員会は我々にネルフの完全な抹殺を命令している」
「子供まで?」
「そうだ。チルドレンの抹殺は最優先事項だ」
「あまり汚点を残さないで引退したかったんですがね・・・仕方がありませんな」
「人間の歴史から虐殺は消えないさ」
「虐殺は人間の持つ根源的な欠陥の現れです。歴史がそれを証明しています。世界の大半は自分達が歴史の当事者で無が故にその事実に気付いていないだけで」
「我々に汚れの無い仕事が来ることは無いさ、戦略自衛隊にはな」
「自衛隊・・・皮肉な響きですな」
 二人の男は立ち上がった。お互い、目で互いの意図を確認する。
「おお、我らの存在は何故に?」
「権力者の愚かな欲のために、民の守護者ならん」
「なれば、その矛先は神の使徒と戦いし者達へ?」
「否!民のためなら、ローマへ矛先を!」
「さすれば、汚れた我らの手を浄化せしめん」
しばらく沈黙が続く。
「・・・文学はどうも嫌いでな」
「ともかく、そういうことです」
「連絡は?」
「大丈夫です・・・全ては最後の奴を片付けた後に」

 意識がはっきりとしてくる。機械音が聞こえる。空調機器のようだ。遠くにはラジオ体操が。そして―寝息。聞きなれた寝息が。
 目を開ける。真っ白な天井が映像として脳に伝達された。そして視界に僅かに移る茶赤色の何か。視線を移動させると、そこには先程まで彼の心の中でのメインテーマとして扱われていた少女がいた。
 シンジはアスカを刺激しないように頭を動かす。アスカはシンジの胸の上に頭を横たえていた。泣きはらしたであろう目が痛々しい。シンジはたまらない愛おしさに支配された。もう、自らの気持ちを隠すことはやめた。だから、シンジは躊躇わずにアスカを抱きしめた。アスカを起こすことになるが、抱きしめたい感情のほうが勝った。
 「ん・・・しんじぃ?・・シンジ!?」、シンジの行動で目を覚ましたアスカが驚いた顔でこちらを見る。シンジはそれに対して簡素かつもっとも適切な言葉で答えた。
「おはよう、アスカ」

シンジが目を覚ましているころ、ゆっくりと第三新東京市に近づいてくる存在があった。発行する輪のような物体。使徒であった。


アスカ:まずいわね。(ーー;

マナ:あなたのせいでね。

アスカ:だんだん悪者になってる気がする。(ーー;

マナ:そろそろシンジも目を覚まして、わたしの所にこないかしら?

アスカ:よりによって、この状況でアルミサエルが来るなんて・・・。

マナ:そんな状況をつくったのは、あなたでしょ。

アスカ:なんとかしてぇぇっ!

マナ:シンジが目覚めた後、あなたがどうするかによるわね。

アスカ:そうよ。ここでアタシがシンジを守ってあげるのよっ!

マナ:そんな展開になりそうにないけど?

アスカ:いやぁぁぁ。それを言わないでぇぇぇっ!
作者"名無し"様へのメール/小説の感想はこちら。
ijn_agano@yahoo.co.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system