第三進東京市―もはや都市と呼べるものでは無くなっていた―の僅かに原型を止めていた廃ビルの一つに、二人の異なる制服を着た軍人がいた。
「君が、彼の残したネルフとのパイプというわけか」
「その通りです」
「いや、まさかあなただとはね・・・失礼、別に女性偏見を持っているわけではないが」
「用件は?」
「彼がある程度の資料を残してくれたと思うが」
「ええ、ならば」
「そうだ、我々はネルフに味方しよということだ」
「その確証は?欺瞞でない証拠は?少数の人間の勝手な行動でないという証は?」
「君は・・少し口数が多すぎる。こういった交渉は基本的に静かに行うものだ」
「残念ながら、私自身ここにいることで危ない橋を渡っているので」
「ふん、そうか。彼も厄介な相手を残してくれたものだ」
「あなたの提案は戦略自衛隊の総意として受け止めていただいてよろしいのでしょうか」
「いや、師団長・基地司令レベルのものだ」
「ならば、多少信頼できます」
「君も防衛大学出ならわかるはずだ、我々の動機を。彼は己の信念に基づいて謎を暴き立てたが、その情報我々に提供してくれた。その動機は別として、彼も人間としての良心があったということだ。我々はそれを無駄にする気は無い」
「おっしゃる通りです」
「・・・私はあの東京を経験しているのだ。わかるだろう?」
「・・・ええ」
「罪も無い人々だった。せっかくあの津波を逃れたのに・・・N2にやられた」
「だからですか?」
「それもある。だがな、我々の真の動機は別さ。それは君が知らなくていいことだ」
「軍人の使命は国民を守ること、ですか」
「それは確かにある。政治的な道具に成り下がったセカンドインパクト直後の我々にはなりたくないものだ。もっとも、軍隊が政治的な道具に過ぎないのは過去が証明している」
「権力闘争では無いことを願います」
「それは断じて無い。人間の良心的な部分さ・・・我々の動機はね」
「軍人の使命に目覚めたと?」
「軍人の使命は命令に忠実なことさ・・・・我々の動機は軍人の意義にある」

安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER SIX:少女の心

ファーストの心がアタシの中に流れ込んできた。
 ファーストはアタシと違ってエヴァが無くても見てくれる人がいた。でも、本当はその人たちもファーストの中に見える別の人を見ていた。それはとても残酷だった。見てくれないより、自分ではない人間を自分に見られるほうがよっぽど残酷だから。
 だから、自分が嫌いになった。ファーストはあんなに見てくれる人を望んでいた。そしてそれに答えようとしていた。シンジや司令への気持ちがあった。でも、アタシには無かった。シンジを守れなかった。守ろうとしなかった。だから、痛かった。嫌だった。自分が。
 シンジがアタシを見てくれる。でも、アタシはシンジを見てない。依存しているだけ。寄りかかっているだけ。頼っているだけ。何度も疑問を持ったことがある。でも、抜け出せなかった。頼ることから。

 水槽に誰かが浸っていた。LCLで構成された液体の中に、一人の少年がいた。銀髪で、端整な顔立ちだった。目は赤かった。そう、まるでおとぎ話の王子様のような。そんな少年だった。青年と呼んでも差し支えないような。
「気分はどうかね、ダブリス」、バイザーを目に当てた老人が静かに語りかけた。声に多少の緊張が伺える。
 ダブリスと呼ばれた少年がひねくれた笑みを浮かべた。
「我々の理想が叶う日はまさに来ている。ダブリス、お前はその理想を実現するための大きな要なのだよ」
「・・・して、主人が与える命令とは?」、ダブリスが口を開く。
「主人・・・まさに。我らはお前の主人だ。良い・・・我らの与える命令とは・・・初号機パイロットの精神的崩壊、それだけだ」
 ダブリスは目を瞑った。LCLを通してメインコンピューターから必要な情報を得る。ダブリスの脳裏に黒髪の少年が映る。
「・・・中々いい趣味しているね。こんな少年の心を壊せだなんて」
「人類の至福のためにはそれほどのことではない」
 ダブリスはさらに赤髪の少女を思い浮かべた。
「彼女が彼の支えというわけか」
「うむ、ネルフの要だよ」
「リリンの心はわからないよ・・・少年と少女を犠牲にして至福の時へ、か」
 ダブリスは―渚カヲルは自虐的な笑みを浮かべた。

 ゴシップ好きの若いネルフ女性職員から「サード・セカンドチルドレンの愛の巣」と名づけられたマンションの一室で、シンジとアスカは食事を取っていた。ミサトはいない。チルドレンの精神管理(主にシンジ)部門から、シンジとアスカを二人きりにしたほうが良いと判断されたからだ。ミサトはそれを聞いて
「私は家族になれなかった」、と自分がストレスの原因の一つであるという報告書を見ながら溜息をついたと後になってシンジは聞いた。
 第三新東京市を破壊し尽くしたあの爆発で、街はほぼ消滅していた。何兆円もの金をかけた都市計画は一瞬にして灰塵と化し、シェルターごと吹っ飛んだ人間の中にはシンジ達の顔見知りもいた。親友と呼べる人間も。精神的な影響を考慮して疎開したと伝えられたが。
 レイが生きていたことはそんなシンジとアスカにとって吉報であった。ただ、まるで出会ったころのように無機質な人間となってしまった彼女に驚きはしたが。
「だからいいでしょ?シンジぃ」、アスカの甘えた声が室内に響く。
「ダメだって、アスカ。少し休まないと」、茶碗を片手にシンジがアスカをたしなめる。
「ここのところの戦闘でアスカ疲れてるんだから」
「だって、シンジと一緒にショッピング行くって約束したじゃない」
「それは、そうだけど・・・」、シンジはちらっと外を見ながら言った。外には第三芦ノ湖が見える。都市らしきものなど何も無い。
「むぅ〜」、アスカの機嫌が悪くなる。
「わかったよ、アスカ。明日ショッピング行こうね」、観念したシンジが笑みを浮かべながらアスカに言う。同時に、よりアスカのことを心配してしまう。
 その後、アスカが感謝を示すためにシンジに抱きついたり、皿洗いの途中でじゃれあったり、と二人の日常が展開された。だが、どこか違和感がある光景だった。アスカの行動が一つ一つ、僅かにおかしいのだ。シンジはその妙な点を考えながら、日々を過ごすのであった。
 ただ、
「シンジ〜だぁいすきぃ〜!」、と言われるたびにまだ大丈夫だと、心のどこかで思ってもいた。

「アスカ、降ろすわ」、リツコが単刀直入に言った。ネルフ本部、赤木リツコ博士研究室。
ミサトはリツコに呼び出されていた。
「まってよ!アスカはまだやれるわ。今はただ調子が・・・」、ミサトが必死の弁解を試みた。それが、無駄に終わることを知っていながら。
「いいわけは聞き飽きたわ・・・・それもあなたが言ういいわけは」、リツコの目はどこまでも厳しかった。
「・・・・・」
「今は余裕が無いの。初号機の凍結が終わったとはいえ、零号機を失ったのよ。量産機の投入はまだ時間がかかるから、弐号機を戦力化しないとまずいのは、わかるでしょう?」
「わかってるわよ、そんなこと!」、ミサトが大声をあげる。
「・・・情に流されるのは許されないのよ、あなたは特務機関ネルフの作戦部長なんですからね」
「嫌な仕事ね・・・・」
「あら、それはお互い様ではなくて?」
「ホント、嫌になるわ。自分が。仕事が」
「アスカに拒絶されたの、まだ堪えてるの?」、リツコの目が緩む。
「それは作戦部長の精神分析?親友としての相談?」、今度はミサトが意地悪く言う。
「わら、失礼ね。私も人間の心ぐらい、持っているわよ」
「そうね、ごめんなさい」
「その様子じゃ、相当堪えているようね」、リツコがコーヒーポットから黒い液体をマグカップに注ぐ。それを友人に渡す。
「そうね・・・アスカがああなったのは、私の責任でもあるけど。聞いてくれる?」
「ええ」、リツコは普段とは見まちがうほどの優しさを秘めた目でミサトを見ながら、コーヒーを口に含んだ。
「アスカってさぁ、苦ってだったのよ、私。加持君のこともあったから、あの子私をライバル視してたし。でもね、一番苦手だったのは、シンジ君が絡んだとき。あの子、まるで私からシンジ君を守るように突っかかるときがあったの・・・加持君以上だったわね、ああいう時は。私はシンジ君に弟みたいな感じで接していたから、最初はどうしてアスカがそういう態度を取るか・・・子供のやきもち程度に考えていたの。それが、問題だったのね」
 ミサトはコーヒーを一気に飲み干した。リツコは黙ってコーヒーを空になったコップに注ぐ。
「アスカって、シンジ君に惹かれていたのね、心のどこかで。同じような人間だから、二人とも。あの二人が似てるって気付いたの・・・ついこの間よ。笑っちゃうでしょう、嘘で塗り固められたとはいえ、家族だったのに。それで気付いたの、アスカはシンジ君を私から引き剥がそうとした理由。アスカは女として私に反発していたわ。あらゆる面で。そして、心の奥底でシンジ君に惹かれていた。そういうことなのよ。でも、私はそれを痴話喧嘩みたいなものと捉えて、アスカをよりからかってしまったの」
 ミサトの声が少し、涙声になった。
「・・でね、あの子、シンジ君にも反発してる。エヴァのパイロットのライバル意識って奴ね。私、それにも茶々入れたわ。そうすればシンジ君とアスカがよりよいパイロットとして成長してくれるようにって。でも、でもよ、それはアスカの心をより滅茶苦茶に引っ掻き回すような残酷なことだったのよ。シンジ君に惹かれるアスカと反発するアスカを両方とも引っ掻き回したの。あの子の心をナイフで抉り取っていたようなものなのよ・・・」
 水滴が幾つかミサトの膝に落ちた。
「あの子、心を壊すところだったわ・・・でも、シンジ君がそうはさせなかった。あの子、アスカが彼にキスを迫ったとき、抱きしめてあげたの。アスカを。シンジ君も、人を怖がる子だったけど、アスカに惹かれていたんでしょうね。同じだから・・二人とも。
 それで、アスカは素直になれたわ。私が引っかき回してしまった反発する心をシンジ君が静めたのよ。だから、あの子シンジ君に依存してしまった。惹かれるほうの心が大きくなりすぎたからね。笑っちゃうでしょう?大人の私はただ悪化させるだけだったの、アスカを。救ったのはシンジ君よ・・・見捨てられて当然だわ、こんな保護者」
 ミサトは一息ついた。感情の高ぶりが抑えられなかった。しばらく鳴き声が研究室に響いた。口を開いたのは、リツコからだった。
「私ね・・・猫を飼っていたのよ。仕事が忙しくて、おばあちゃんの家に預けていたんだけど。この前電話があったの。その猫が死んだって。でも、涙が出なかったわ。可愛がっていた猫が死んだというのに」
 リツコはミサトの目を見た。
「あなたは泣いたわ、ミサト。血の繋がっていないアスカのために。立派な家族よ、ミサト。失敗したら、やりなおせばいいじゃない・・・心はロジックじゃないわ。取り返しのつかないことなんて、無いのよ」
 リツコは思った。私らくしないわね・・・・加持君、これはあなたの役目のはずよ。さっさと逝っちゃってどうするの。

 深夜。アスカは目を覚ました。シンジは隣で静かに寝息を立てている。目を覚ましそうに無い。月が窓から見える。
 アスカはシンジを起こさないように、そっと体を起こした。再びシンジを見る。起きる様子は無い。シンジの部屋をしのび足で出て、自分の部屋に向う。襖をあけると、そこには真っ赤な文字で「ASUKA」と描かれたスポーツバッグがあった。シンジが作ってくれたものだ。アスカはジッパーを開け、中身が揃っていることを確認する。洋服。歯ブラシ。下着。その他日用品。
 再びジッパーを閉めると、アスカは着替え始める。タンスからシンジが洗濯してくれる洋服を選び出す。選んだのは、シンジと初めて会ったときに来ていた黄色のワンピース。
 着替え終わると、再びシンジの部屋に戻る。シンジはまだ寝ていた。少し涙がアスカの目に浮かんだ。何か引きとめようとする力が働く。だが、叶わなかった。シンジにこれ以上、負担をかけられなかった。好きだから。大好きだから。頼るだけじゃだめなのだ。でも、自分は支えられない。だったら、シンジの前から消えればいい。そうすれば、シンジをこれ以上苦しめずに済む。
 シンジを支え無いなら、自分がシンジに支えられる資格は無い。シンジには、もっと相応しい人間がいるはずだ。だったら、自分は必要ない。また、誰も自分を見てくれなくなってしまう。でもいい。シンジが幸せになるなら。シンジの幸せのためなら自分など何だというのだ。
 アスカはバッグの肩掛けを握り締めた。涙が止まらなくなってしまう前にするべきことをする。アスカはシンジを見る。視界いっぱいに広がるまで、近づく。見える。シンジが。アタシを守ってくれるナイト様が。でも、ごめんなさい。アタシは守ってもらう姫の資格が無いの。だから、さようなら。
 唇が触れ合う。二度目のキス。そして、おそらく最後のキス。
シンジの部屋から出て行ったアスカは、テーブルに一生懸命書いた手紙を置く。
玄関で靴を履き、シンジの部屋を向く。
「さようなら、シンジ・・・・」、涙を浮かべながら言った。エアロックが作動し、アスカは二人の住居から出て行った。涙のあとが、外に続いていった。
 月明かりがどこまでも、どこまでも彼女を照らしていった。

 テーブルの手紙は月明かりに照らされていた。けっして美しい字ではなかったが、アスカの努力を示すかのような字でシンジへの言葉が書かれていた。

シンジへ、

 アタシはこれ以上、シンジへ迷惑をかけられません
 アタシはシンジを支えられません
 だから、シンジの前から姿を消します
 
 シンジは、誰か支えてくれる人を見つけてください

 好きです
 好きです
 シンジが好きです
 愛してます

 でも、アタシはシンジを支えられません
 支えられるだけです

 だから、シンジと一緒にいられません

 さようなら

惣流・アスカ・ラングレー
ASUKA LANGLEY SORYU


マナ:アスカがここまで自分を追い詰めちゃうとは思わなかったわ。

アスカ:ファーストとアタシの差をここまで見せ付けられたら、辛いわね。

マナ:で、置き手紙して退場しちゃうわけね。

アスカ:いやぁぁ、このままシンジをファーストに任せるなんてぇぇっ!

マナ:でも、今アスカがいなくなっても、綾波さんは・・・。

アスカ:そっか。うん。しばらくはアタシが離れても大丈夫そうね。

マナ:うんうん。ゆっくり一人で考えなさい。

アスカ:そして、不死鳥のように復活するのよっ! きっとっ!

マナ:そして、そのころシンジはマナちゃんと仲良くなっててハッピーエンドっ!

アスカ:そんなの許すわけないでしょうがっ!!!!(ーー#
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