暗闇。そこに円形に並んだ直方体が並んでいた。モノリスと呼ばれるそれが、言葉を発する。
「ネルフ、そもそも我らゼーレの実行機関として結成されし組織」
「我らの実施するために用意されたもの」
「だが、今は一個人の占有組織となりはてている」
「さよう、我らの手に取り返さねばならん」
「約束の日の前に」
「ネルフとエヴァシリーズを、本来の姿にしておかねばならん」
「ダブリス、今こそ目覚めるときである」


安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER TEN:生きるもの死すもの

 発令所に突如警報が鳴り響いた。
「EVA弐号機起動!!」、マコトが素早く報告する。
「そんなバカな!アスカは!?」、ミサトもすぐに確認を取る。
「シンジ君と一緒に談話室にいます!」
「レイやフィフスは?」
「確認できません、ロストしています」
「弐号機内にパイロットは?」
「無人です!プラグも挿入されていません」
「ATフィールド確認!パターン青!使徒です」
 ミサトの表情が曇る。あの少年ね、間違いなく。
「映像、出る?」
「メインスクリーンに、今」
 発令所のメインスクリーンに映し出されたのは、銀髪の少年と赤い巨人だった。
「フィフスチルドレンです」
「使徒よ、最後の」、ミサトが報告を修正する。

「シンジ」、アスカが不安げに声をかけた。パイロット待機室―シンジは急いで出撃準備を整えていた。シンジはアスカに振り向く。そこには不安な表情でシンジを心配そうに見つめる少女がいた。
「大丈夫だよ、アスカ。これで最後だから。これでもう戦うことも無いからね」、そう言いながらシンジはアスカの髪を優しく撫でた。
 待機室に通信が入る。ミサトだった。
「シンジ君、いる?」
「はい、ミサトさん」
「鈴腹君のときと同じ失敗はしないわ。シンジ君、使徒はあの少年―渚カヲルよ」
 シンジの表情が固まった。
「え?・・・どういうことです?」
「フィフスチルドレンは使徒だったの。今セントラルドグマ内部を降下中よ」
 シンジは一瞬、混乱に支配されそうになった。嘘だと叫びそうになった。だが、アスカが目に入る。不安そうに自分を見つめるアスカが。心が引き締まる。そうだ、使徒を倒さなくては世界は滅びてしまう。アスカも死んでしまう。
「わかりました。急いで初号機に向います」
 ミサトは監視カメラでシンジの視線に気付いていた。アスカを守るシンジ。その為には同世代の少年にしか見えない使徒を倒す―殺すことさえ可能となるのか。道徳的な観点からシンジの出撃を取りやめようとする自分がいた。
 矢矧空将の助言を思い出す。違う、あの人が言いたかったのはそういうことじゃない。任務を捨てることではなく、チルドレンの支えになれということだ。彼らに頼りすぎなということだ。逃げることとは違う。
「辛いかもしれないけど、お願いね」
「はい、いきます。アスカのためにも」
 そのとき、アスカがシンジに語りかけた。

「シンジ君、遅いな」、渚カヲルは不安げに上を見上げた。彼が来なくては、自分の吹く襲撃は成功しない。ゼーレの思惑どおりになってしまう。
 弐号機を奪ったのはそのためだ。ゼーレの計画を潰すにはシンジに精神的に強くなってもらわなくてはならない。そうしなければ彼は老人達の計画通りに人類の融合を望んでしまうだろう。しかし自分は彼に殺されなくてはならない。自分は使徒であるからだ。シンジはそれを躊躇うだろう。だから弐号機はシンジに自分が敵だという印象を与えるために借りた。
 また閉ざされた弐号機の心を開くこともした。弐号機もまたアスカと同様に心を閉ざしていた。カヲルは来るべき決戦においてネルフの戦力を少しでも残すために弐号機を再びアスカとシンクロできるよう、心を開かせていた。下手をすると自分は弐号機と融合してしまうが、そうなる前にシンジが自分を殺してくれるだろう。
 頭上にシンジの乗る初号機を確認したのは、そう考えていたときだった。
「カヲル君!」、シンジが叫ぶ。失われた友情を与えてくれた人―使徒だったカヲルが目の前にいた。宙に浮かんでいる。それがシンジにカヲルが使徒だと否応無しに伝えていた。
 突如、弐号機の手が初号機のそれを掴む。巨人の格闘が始まる。ミサトは背後から的確なサポートを続けていた。しかし無人である弐号機もミサトの指示を知っているかのような機動を見せる。埒があかないと感じたシンジはプログナイフを取り出した。弐号機も同様の行動を取る。格闘に、凶器が加わった。飛び散る火花。弾かれたナイフがカヲルに向う。それを阻止するATフィールド。
「!」、シンジが驚く。再び、カヲルが使徒であると認識させられる。

 発令所に衝撃が伝わった。揺れる画面。
「どういうこと!?」
「これまで以上に強力なATフィールドです!」
「初号機との連絡は?」
「無理です。モニター不能です!」
 ミサトは考え込む表情を一瞬見せると、マコトに語りかけた。
「初号機の信号が消えて、もう一度変化があったら」
「わかっています、そのときはここを自爆させるんですね。サードインパクトを起こされるよりはマシですから」
「すまないわね」
「いいですよ、あなたと一緒なら」
「ありがとう」
 二人はそれっきり黙りこんだ。運命は再びシンジ達の手に委ねられた。あれだけ意気込んでも、結局自分はチルドレンに頼ってしまった。ミサトは自己嫌悪に陥った。

 白い巨人。足は無かったが、十字架に貼り付けられたそれは今にも動き出しそうだった。
「―アダム。我らの母なる存在。アダムに生まれし存在はアダムに還らなくてはならないのか?人を滅ぼしてまで」
 カヲルは目の前の白い巨人を見つめていた。
「―違う。これはリリス。そうか、そういうことか、リリン」
 突如、壁が崩壊し初号機と弐号機が姿を現す。
 カヲルは振り返る。そして、初号機に捕まる。
「ありがとう、シンジ君。弐号機は君に止めておいてもらいたかったんだ。そうしなければ彼女と生き続けていたかもしれないからね」
「カヲル君・・・どうして」、シンジの声が響く。
「僕が生き続けることが僕の運命だからだよ。結果、人が滅びてもね」
「だが、このまま死ぬこともできる。生と死は同価値なんだ、僕にとってはね」
 シンジはカヲルを見つづけていた。自分に"好意"を示してくれた少年。アスカへのそれとは違う好意―友情を感じた少年。大人であり、人生の先輩である加持への尊敬と似たものを感じた少年。渚カヲル。僕は彼を殺さなくてはならないのか。
「さあ、僕を消してくれ。そうしなければ君らが消えることになる。滅びのときを逃れ、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ」
 突如、声を発した少女がいた。
「アンタ、シンジはどうなるのよ!」、シンジの最愛の少女、アスカの声だった。
 突然の声にカヲルも驚いた。
「アスカさん、いるんだね」、確信したカヲルの言葉。
 待機室でアスカは自分も初号機に乗ると言い出した。カヲルが使徒だと聞いた時、アスカは真っ先にシンジの苦痛を感じ取った。親友になれるかもしれない人―使徒を殺すことになるからだ。それはとても残酷だった。カヲルに恨みを抱きさえした。そして同時に、シンジに支えたいと思った。だから、自分も一緒に出撃したいと申し出た。
 ミサトはそれを承認してくれた。司令の目をごまかして。アスカは嬉しかった。ミサトにはあまり良い感情を抱いていなかったアスカだが、ここに来てミサトに多少の感謝を感じた。
「そうよ。アンタ、何者よ!シンジに好きだと言っておいて、今度は消して!?アンタ、シンジのこと何だと思っているのよ!シンジは人を殺せるほど強くないのよ!」、アスカは我慢できなかった。シンジを傷つける奴は全て許せないという感じで。
「アスカさん、僕は死ななくてはならない。自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだよ」
「アンタ、何言ってんのよ!」
「遺言だよ」
 シンジとアスカは押し黙った。
「そして君達は死すべき存在ではない」、カヲルは続けた、「シンジ君、アスカさん、君達には生き延びて欲しい」
 そう言うとカヲルは上を見上げた。そこにはレイがいた。
(君もね・・・)、カヲルは心の中で付け加えながら微笑む。
「君達には未来が必要だ」、カヲルは再び言った、「MOを見れば、何故だかわかるから」
 シンジはうつむいたままだった。アスカもまた黙っていた。二人ともわかっていた。カヲルを殺さなくてはならないことに。彼は使徒なのだ。人類が生き延びるためには彼を殺さなくてはならない。そして、それは限りなく残酷な仕事だった。今まで倒してきたのは巨大な化け物だった。しかし今度は違う。人間の姿をした明らかな心を持つ使徒だった。そして自分達は彼に触れてしまった。
「最後に一つだけお願いがある」、カヲルは口を開いた。
「僕の体内にはS2機関がある。それを弐号機に、彼女の胸に当ててくれ。そうすれば弐号機の活動限界は無くなる」
「何で!?」、シンジとアスカは揃って疑問の声を漏らした。
「君達の戦いはこれで終わらないからだ」、カヲルは初号機の眼を見つめながら言った、「まだ君達は戦わなくてはならに、残念ながら。生き延びるためには難しい世界なんだよ、この世界はね。僕は君達に生きて欲しい。そのためにはこうするしかないんだ」
 シンジとアスカは再び黙った。わからなかった。何が何だか。
 長い沈黙だった。時が流れるばかりだった。

 アスカが、レバーを握ろうとした。苦痛に耐える表情で。それを察知したシンジはアスカの手を払いのけ、自分でレバーを握った。
「カヲル君、ごめん」
 何か砕けるような音と水に何か落ちる音。LCLに波紋が広がる。

 暗闇が空を支配する芦ノ湖湖畔、そこにシンジとアスカは座っていた。お互い黙って反対側の岸をみつめる。そのさらに後ろでミサトが車の中で缶コーヒーを片手に二人を見ていた。
 シンジが口を開いた。
「好きだと言ってくれたんだ、僕に」
 アスカは黙ってそれを聞いていた。彼女にとり、カヲルはシンジを巡るライバルだった。なるほど、シンジが感じていたのは友情であったかもしれない。しかしそれがどのような形であれシンジに好意を示すものは彼女にとって敵だった。それほどアスカはシンジに依存していた。だが、同時に素直な敵意は無かった。あくまで、ライバルだった。
「でも、敵だったんだ。倒さなきゃアスカや皆がサードインパクトで死んでいた。だから倒さなきゃならなかったんだ」、シンジは感情を含まない声で呟いていた。
 それを見かねたアスカはシンジを抱きしめた。突然の抱擁にシンジは驚き、そして突然崩れた。シンジはアスカに泣きついた。涙と鼻水を垂らしながら幼児のように泣いた。アスカはそれを暖かく見守った。幼い子供をあやすように。シンジという少年を暖かく包み込んだ。傷ついた心を癒すように、アスカはシンジをなだめた。
 シンジが涙を止めたのはしばらくしてからだった。照れくさそうにアスカに感謝した。
「あ・・その、ありがとう」
「いいのよ、アタシもシンジに抱きついて泣いたこと何回もあったし」、アスカは恥ずかしいのかシンジと視線を合わせずに頬を赤らめて返事した。
「うん、そうだね」
 アスカはしばらくそっぽを向いていたが、すぐに小声でシンジに問い掛けてきた。
「・・・アタシも、シンジを支えられたかな?」
「え・・うん、アスカのおかげでスッキリした。まだ悲しいけど、でも、割り切れた気がする」
「か、感謝しなさいよ、このアタシがアンタのこと慰めてあげたんだから」
「うん、そうだね、ありがとう、アスカ」、笑顔でシンジはアスカに言った。途端にアスカは顔を赤らめた。
 シンジの心は痛んでいた。だが、その傷は深いものではない。もちろんシンジにとりカヲルを殺したのは耐えようも無い苦痛だった。だが同時にアスカの存在がそれを和らげていた。シンジはアスカにすがることができた。自分を支えてくれた。あの時もアスカはシンジが傷つくのを心配して、自分でカヲルを殺そうとした。
 そう。カヲルは使徒だった。そして使徒とヒトは共存できない。殺すしかなかった。さもなければ世界は滅びていた。それはアスカの死を意味する。それだけは許せなかった。許容範囲外だった。アスカが幸せなことが、シンジの第一目標であるからだ。
 そう。悲しんでいても仕方が無い。彼は死ぬ運命にあった。僕らは生きる運命にある。だから僕はカヲル君の分まで生きなくてはならない。それが僕の責任だ。向かい合おう、事実と。カヲル君を殺した。だけどそれは仕方がないことだ。だから彼の分まで生きる。うん、そうだ。
 シンジは気付いていなかった。それは心の強さだということに。そしてそれがアスカを守ろうとする気持ちから生み出されたことに。それを可能としたのが、自分を無意識に支えてくれているアスカだということに。ただ、支えてくれたことは判っていた。アスカはシンジを支えた。彼女があれほど望み、恐れていた"支える"という行為を、彼女は実現させていた。
「ありがとう、アスカ」、シンジは再びアスカに言った。
「どう致しまして」
 悲しみは乗り越えなくてはならない。シンジはアスカに支えてもらって、悲しみを乗り越えた。そして、それは二人を限りなく強くしていた。だが、運命はシンジとアスカにさらなる試練を与えようとしていた。


マナ:渚くん、人間の未来のことを考えてくれたのね。

アスカ:ゼーレのやり方に納得できなかったのよ。

マナ:共存ができたらいいのに・・・。

アスカ:特にシンジにとっては辛い選択だったわね。

マナ:その分、わたし達が生きなくちゃ。

アスカ:うん・・・でも、ここからが本当の試練かも。

マナ:がんばってねっ。

アスカ:未来の為に頑張るわっ!

マナ:わたしとシンジの未来の為にねっ。

アスカ:違うわよっ!
作者"名無し"様へのメール/小説の感想はこちら。
ijn_agano@yahoo.co.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system