シンジ君、アスカさん、僕が君達に残せるのはこれだけ
 知ってのとおり、僕は最後の使徒だ。そしてその運命は死、なんだ。何故なら使徒は人間になり損ねた存在だから。
 これから書いてあることはすべて事実。僕が知る限りの情報がある。それを君達に見て欲しい。そして人間や使徒、エヴァ、そして人類補完計画のことを知って欲しい。僕や君達の運命を影から操ってきた存在を確かめて欲しい。それをどう受け止め、利用するかは君達次第だ。僕は情報を残すことしかできない。

* 中略 *

 いつか僕のとった行動を理解してもらえることができると思う。アスカさんとシンジ君、君達には未来が必要なんだ。僕を超えてそれを掴み取れてもらえれば、と思う。リリン達の平和より、僕は君達の平和を願うよ。
 ありがとう、シンジ君。ありがとう、アスカさん。僕は君らのおかげで悔いない人生を過ごせた。そして、さようなら

安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER ELEVEN:子供達と大人達

 葛城ミサトは連絡業務を片付けていた。最後のときまで、あと数日。計画は順調に進んでいた。ミサトの思惑は一つ―ゼーレへの反抗。そのために加持の残した戦略自衛隊とのパイプを維持し、後ろ盾をも用意した。
 そもそもミサトがそう決意したのは、加持の残した資料を眼に通してからだ。そこには加持が命を賭けて調べたセカンドインパクト、エヴァ、人類補完計画等の情報が詰まっていた。最終目標―人類を群体単体へ人工進化させること―には、驚きと呆れを感じた。同時に怒りをもおぼえる。セカンドインパクトで死んだ何十億もの人々や今でも戦っているチルドレンをはじめとする人々は、老人達の狂った計画を実行させるためのものだったというのか。
 ミサトは当初、ゲンドウや冬月もその仲間だと思っていた。しかしあのマイクロ使徒の侵入の偽装から始まるゼーレに対する一連の不穏な動きはその考えを改めさせた。ロンギヌスの槍の使用はミサトにゼーレとゲンドウ達の溝を感じさせ、リツコの話を聞いてそれは確信に変わった。
 リツコがミサトに真実を話したのは、アスカが失踪する数日前のことであった。たまたま研究室に立ち寄ったとき、アスカとシンジの話が出たのだった。友人としての会話で、かわいらしいアスカとシンジの関係に話が弾んだ。
それが母性愛をくすぐったのかはわからない。確かなのは、その時リツコはゲンドウから逃れる術を見つけた、と突如呟いたことだ。ミサトは深く詮索するつもりは無かった。他人の心に土足で踏み入るほど、彼女は子供では無かったからだ。だが、リツコはミサトに心のドアを蹴破って欲しいらしかった。自らゲンドウとの関係を告白したのだった。
 それからは涙だった。リツコは自分とゲンドウの関係を素直に告白した。ミサトの前で涙を流しながら、そしてシンジとアスカを守りたくなってきたと。余りにも過酷な運命の中で幸せを掴んだ二人を守ってあげたくなったと、リツコは涙ながらに言った。
当然かもしれなかった。リツコは技術部主任であると同時に、チルドレンの健康管理を―マギや専門スタッフのサポートの基―受け持っていたからだ。それは当然チルドレンを子供のように扱うということで、子供のいないリツコにも母性愛―親意識が芽生えたのだった。それはその時その場でいきなり生じたものでは無かった―数ヶ月もの時間を要した―にせよ、リツコにシンジ達の里親とでもいうべき感覚を与えたのは事実だった。
 そういった感情が働いてか、リツコはミサトに自分の持つほぼ全ての情報を伝えた。その後、リツコは一人で全てを清算しにいった。まるで子供も守る母親のように。
 ミサトが別の野望を抱く二人の上司の思惑を知ったのはその時だった。ゲンドウはシンジの母―ユイに再び会う為にチルドレンを犠牲にしてきた。エヴァに取り込まれ、愛した女性に再び出会うこと―それがゲンドウの目的であった。当然というべきか、チルドレンへの母性愛からミサトはゲンドウに殺意を覚えた。計画に加担する冬月にも疑問を覚えた。同時に作戦指導者が持つ特有の能力―客観的な判断力―から自分も加持に再び会うためならチルドレンを犠牲にしてしまうかもしれない、と気付かされた。チルドレンを復讐の道具にしてしまった罪悪感も、それに影響していた。
 結局、ミサトは彼らに干渉することを諦めた。エヴァ二体―特に初号機は重要ではあったが、予想されるゼーレとの最終決戦時に二人はエヴァを必要としないことはわかっていたからだ。相手が邪魔しないなら好きなようにさせる。敵は増やさないほうがいい―戦闘の原則からミサトはゲンドウ達をそのままにするよう判断した。
 ゼーレ、それこそが最大の敵でありミサトの憎悪の対象であった。自分の父や家族を全て死においやり、インパクト後の混乱を意図的に招き寄せた世界の裏の支配者達。復讐心という名の感情は、ミサトに敵をゼーレに絞らせた。全ての元凶―狂った老人達。それを始末せずに新世紀は迎えられない。
 最大の問題は最終決戦での戦闘であった。エヴァ初号機やアダムを確保するためにはどうしてもネルフを掌握するしかない。直接占拠が最も現実的、かつ効果的な手段であることを、ミサトの軍人としての面が語っていた。それに対抗するためには、ネルフも大規模な地上戦闘部隊を用意しなくてはならない。ところがネルフの対人戦闘能力は低かった。警備システムも師団規模の陸上部隊を押し返すほどのものでは無かったし、職員の大半は整備員・オペレーター・基地運営人員であり、辛うじて戦えるのが保安部であった。その保安部にしてもプロの兵士相手に勝てるほどの戦闘力は無かった。話にならなかった。
 そんな状況を打破したのが、加持の最後のプレゼントであった。彼は戦略自衛隊将官―主に真相を知ったらゼーレに反抗するような将官―にセカンドインパクトの真相、そして今後の人類補完計画の調査資料を送ったのだ。ミサトは戦略自衛隊の実戦部隊を味方に引き入れた。真相を知ってまでゼーレに従う人間等いなかった。計画の遂行は全ての人類の死―加持はゼーレのみが生き残るという偽の情報を資料に"細工"していた―を意味するからだ。矢矧司令をはじめとする指揮官達はミサトを疑わなかった(独自の情報網で確認作業はしていた)。彼らはゼーレの存在にうすうす感づいていたし、何よりもネルフ司令では無く実戦部隊の最高責任者である葛城ミサトが接触してきた相手だからだ。兵士はまずをもって古参の兵士を信頼するように、戦自も愚かな政治家より成果を挙げている葛城ミサト三佐を信頼したのだった。
 問題はエヴァシリーズであった。エヴァシリーズの建造は主に機械的な作業であり、開発・運営に関わるのはゼーレ直轄の人間ばかりであった。結果的に彼らの離反は実現せず、エヴァシリーズが敵になることは明らかとなっていた。つまりネルフはエヴァ二体と戦略自衛隊のみでエヴァ九体を相手にしなくてはならなくなってしまったのだ。
 それをどうするか、矢矧は自分に解答を求めてきた。矢矧は自ら第二新東京市の制圧に乗り出し、世界各地の政府へゼーレとの離反を求めるために、箱根での戦闘を指揮できなかった。矢矧はミサト能力を高くかっていたから、ミサトに指揮を任せることにしていたのだ。
「どうにもならないわね、ホント」、ミサトは思考を一旦中断させた。
「何がですか?」、同じように作業を行っていた日向が聞いてきた。
「全部よ」
「世の中そんなものじゃないですか?」
「それもそうね」
 ミサトは机の上に写真立てに視線を向けた。そこには嬉しそうな表情でシンジとじゃれあっているアスカと、それをビール片手に見ている自分がいた。自動シャッターの途中でアスカがシンジをからかい始めた写真だった。いかにも自分達らしく、ミサトはそれを写真立てに入れて仕事に励んできた。今回の計画の動機も、最終的にはこの写真立てに写る何かが影響している、とミサトは確信していた。
「さて、頑張りますか」、ミサトは仕事を再開した。そうだ。チルドレンだけは守ろう。アスカとシンジだけでも幸せにしてやろう。贖罪以外の理由もまた、ミサトを動かしていた。それが家族愛であると認めるほど、ミサトは己に甘くなかった。

 いつものマンション、シンジの部屋。そこに二人はいた。机の上には携帯型端末―二○世紀末期にノートパソコンと呼ばれていた種類のコンピューター―があった。MOドライブにはカヲルの形見が収まっていた。
「ねぇ、シンジ」、アスカが怪訝な表情でシンジに問い掛けた。
「何?アスカ?」
「これ、何?」
 ディスプレイに映し出されるのは、文章。構成は滅茶苦茶、ファイル別に分類されてもいない、ただのテキストファイル。それは膨大なページ数に及んだ。まるで一週間で長編小説を書こうとした作家の原稿みたいだった。しかしそうであるが故に、これを書いたカヲルの感情がシンジ達にも読み取れた。
 内容はセカンドインパクト前から始まるゼーレや人類補完計画等のこと全て。カヲルの持ちうる知識が全て詰まっているかのようだ。乱雑な文章の中に見え隠れする補完計画やゼーレの綴り。しかし大半はシンジとアスカの理解を超えたものだった。何せ、二人はネルフのことでさえろくに知らないのだ。ゼーレ等と言われても何だか判らない。
 そんな二人の興味を引いたのが碇ユイと惣流キョウコ・ツェッペリンの名だった。カヲルも全てを知っていたわけでは無いらしいが、二人が何らかの形でゼーレに命を奪われたことが書いてあった。
「変よ、これ。アタシのママは実験中に死んだのに」
「僕も、そうだよ。ついこの前まで忘れていたけど、僕の母さんもエヴァの実験中に死んだんだ」
「え?アンタのママも?」
「うん・・・」
 さらに文章を読んでみる。カヲルは完成したエヴァの起動実験において、二人がパイロットとして選ばれ、両方の実験で命を落としたと書いていた。そして、どうやら二人ともエヴァに取り込まれたらしいと。
「あ、そうか」、シンジが納得した声をあげる。
「え?」
「この前僕が取り込まれたとき、いや、最初に乗ったときからだね、母さんを感じたんだ。エヴァの中で」
「じゃあ、アタシとアンタのママはエヴァに取り込まれたってわけ?」
 二人がその事実を飲み込むまで時間がかかった。理屈でわかっていても、理解するのには時間がかかる。驚きが二人を支配する。
「・・・・ママ」
「・・・・母さん」
「シンジ・・・アタシ許せなくなった・・・ママを殺したゼーレって奴らが」
「僕も・・・父さんがああなったのもわかる気がする。許せない、ゼーレが」
 現実は違った。ユイは望んでエヴァに取り込まれたわけだし、キョウコも似たようなものだった。いわば世界―自らの子供まで―を放り出して、理想を求めたのだった。エヴァという揺り籠に乗り、この宇宙の行く末を永遠に見守りつづける、そういうことだった。だが、幼き二人は真実を知らない。あくまでカヲルの知識を基にそう解釈しただけだった。
「シンジ・・・ミサトにこのMO見せましょう」
「え?何で?」
「アタシ達はパイロットに過ぎないわ。エヴァが無かったらただの中学生よ。だからエヴァに乗れてもゼーレとかいう組織を潰すのは無理よ」
「それは、うん、そうだね」
「だったら、それなりに力があるミサトに相談しましょう」、アスカは自分の考えに頷きつつ、そう言った。
 シンジは、ミサトにあまりいい感情を抱いてはいなかった。その理由は既に述べたが、それはシンジが今ひとつミサトを信頼仕切れていないことを意味していた。家族としは怒りを、上官としては疑問をおぼえていたのだ。だが、確かにこういう状況ではミサトに頼る他無い。
 シンジは冷静になるよう努力した。彼はアスカを守るナイトだ。慎重に物事を判断し、アスカを正しい道に導かなくてはならない。事実、アスカも意見を出しながら最終的な判断をシンジに迫るように、そういった能力がシンジに要求されたのだ。ここで感情に任せて死ぬわけにはいかない。アスカを幸せにすること―それこそがシンジの最終目標だ。それは、ゲンドウのそれにそっくりだった。永遠にエヴァに残ることを決めたユイを支えるゲンドウと同じだった。
 シンジはアスカを見つめた。途端にアスカは頬を赤らめ、シンジから目が離せなくなる。体中から力が抜け、シンジに寄りかかる。シンジはそれを黙って受け止める。恋人の時間だ。恋だ。愛だ。二人の時間になったのだ。
 シンジの視線はアスカから外れない。アスカはますます頬を赤らめ、正常な思考状態では無くなる。素晴らしい能力を誇る頭脳も、シンジとの愛の育みのために恋愛感情に支配される。いかにキスをしようか。いかにシンジに甘えようか。できるならば夜の愛も。僅か一四歳ではあったが、すでにシンジによって骨抜きにされたアスカだった。
 カラスの鳴き声が夕暮れを告げる。蝉の羽音が静かなメロディとして流れる。窓から差し込む夕日に照らされたアスカが色っぽい。シンジを見つめて離れない蒼い瞳。かわいい唇。シンジを離そうとしない細く、華奢な腕。その全てがシンジにアスカを感じさせた。
 アスカは黒い瞳見た。自分を愛していると伝えるシンジの黒い瞳。美少年というほどではないが、魅力溢れる中世的な端整な顔立ち。シンジの唇が近付く。視界一杯にシンジが広がる。まるで世界がシンジだけになったみたいだ。アスカの内面はまさにそうだった。あらゆる考えが消え、思考が停止する。シンジとのキスはいつもこうだった。他に何も考えられなくなる。
 目を瞑るアスカ。視界は途切れるがシンジは感じられる。シンジも目を閉じる。息遣いが聞こえる。鼻息を感じる。唇の周りに何かを感じ始める。途端に感触が唇を支配する。暖かい接触。軽いキス。
 シンジとアスカのキス。やがて深くなる。舌を使うことはわからない―まだディープキスは知らない。だが、それでも中学生のキスとしては大変濃厚なものだった。愛を確かめ合うようなキスではない。愛を高めるためのキスだった。より愛を高め、より理解しあい、支えあい、深く愛し合うためのキス。キスが止まらなくなる。抱きしめあう力が強くなり、体が密着する。
 机の上ではつけっぱなしにされた携帯型端末がディスプレイを守るためにスクリーンセイバーを起動させる。途端に映し出されるアスカの笑顔。シンジらしい設定だった。バッテリー切れを訴え出した端末は強制終了といった非常手段に出る。だがアスカとシンジのキスは終わらない。夕日が沈み始め、街―といっても第三芦ノ湖外周部―に灯がともり始めてもキスは終わらない。

 さすがにキスにつかれたのか、どちらともなく、唇を離す。すでに真っ暗だった。
「ミサトさんの所にいくの、明日にする?」、シンジが可笑しそうに聞いた。
「え・・・うん」、意識が浮揚している感じのアスカは、簡単に答えた。
「じゃあ、ご飯食べよう」、シンジが立ち上がる。
「あ・・」、アスカが声を漏らす。
「え?」
「あ・・・うん・・・」
「アスカ・・・」
「何?」
「好きだよ」
 再びキス。若い恋人達は目の前の重要なファイルを忘れたかのようだった。カヲルの遺志が無駄になるかのような。しかしそれは二人をよく理解しないものの言葉だった。二人はカヲルの遺志を遂行し、ゼーレを叩き潰すつもりだった。同時に、それがとてつもなく困難であり、自分達の時間を奪うこともわかっていた。戦いの過程で死ぬ可能性もあった。
 二人は無意識にその辺りを感じ取り、今のうちに幸せを感じておくつもりだった。感じ取れなくなる前に。幸せな時間を満喫できる間に。できるだけ、愛を。



マナ:アスカも葛城さんも真実に近づいたわけね。

アスカ:これまでの犠牲は大きかったけど・・・やっとって感じかしら。

マナ:決戦が近いけど、大丈夫?

アスカ:これだけの情報があるんだもん。

マナ:でも、敵は強いわよ?

アスカ:こっちだって、一致団結すればっ。

マナ:結束することが大事よね。

アスカ:目に物見せてくれるわっ!
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