少年と少女は孤独だった。確かに、お互いは傍らにいた。愛し合えた。抱きしめ合えた。絶えず傍らに自分の半身がいた。しかし、それだけだった。少年には少女しかいなく、少女には少年しかいなかった。あから、二人は孤独だった。

「人間、一人は生きていけない。二人でも。大勢の他人と上手く付き合う必要があるのさ、この世界で生きていくには」
  ― 
加持リョウジ、碇シンジに贈った最後の言葉

アタシを見てくれる!本当のアタシを見てくれる!
優しいの。守ってくれるの。支えてくれるの。愛してくれるの。
優しくなれるの。守りたいの。支えたいの。愛してるの。
シンジぃ・・・好き。誰も、邪魔しないで。

守りたい。愛したい。君は僕のもの。僕は君のもの。
僕達は僕達。誰も邪魔はさせない。誰も、僕達の世界に入り込ませない。

安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER THIRTEEN:ゼーレの黒服

 ネルフはその全能力を使ってチルドレン捜索にあたっていた。諜報員や偵察/観測班の物理的な捜索から、MAGIと通信ネットワークを使った全世界の観測システムのオーバーライド、さらに本来は対使徒戦闘用のシュミレーションや分析チームが誘拐犯及びチルドレンの居場所の推測を行っていた。
 葛城ミサトも、警護班に護衛されつつネルフ本部に入った直後から捜索の指揮を取っていた。
「申し訳ありません、私の不手際で」、警護部主任がチルドレン警備隊長を伴ってミサトに謝罪を述べた。震える手には茶色い封筒―辞表があった。
「謝罪は後。今はシンジ君とアスカを保護することが最優先よ。それまでは責任うんたらのことは一切言わないで」、ミサトは冷たく、感情のこもらない声でそう言い放った。しかし内心ではどうしようも無い怒りに震えている。ミサトが家族と感じていた二人が拉致されたのだ。すでにアスカとシンジは家族という重いが強くなっていたミサトが、ある程度冷静さを残していたのは、ある意味奇跡だった。
 焦りが募る。あの二人は自分達の危険を顧みずに自分に危機を知らせてくれた。それが必ずしも家族愛だけでの行動でないことをミサトは知っていたが、だからといって嬉しさを感じないはずも無かった。求めて止まなかった家族―シンジとアスカが自分をある程度家族として認めてくれたことに対して喜びを禁じえなかった。
 同時に、誘拐犯と自分への怒りが湧き上がる。誘拐した連中へはもちろん、自分の軽率さ―自分を狙っていた連中を叩くことに集中し、シンジ達を捕らわれてしまった―も怒りの対象だった。だから、ミサトは自分の焦りが募ることに危機を感じていた。下手に感情に支配されては、シンジとアスカを救い出せるかどうかわからない。冷静に指揮を取る必要があった。
 ふと、ミサトは司令席を見上げた。椅子の主はいなかった。ミサトは心の中で思った。なんてこと、自分の息子の危機にも駆けつけないなんて。再び怒りが暴走した。

 冬月は碇ゲンドウの背中を見つめながら口を開いた。
「いいのか?碇」
「ああ。私が指揮を取ることもあるまい」
 冬月はゲンドウの声に僅かな震えがあることを感じ取った。そうだ。この男は怖いのだ。自分の息子が亡きものとなることが。この息子への愛情を確かに持っている男は、息子と接することが怖いのと同じくらい息子を失うことを恐れていた。そして、今シンジは絶対に安心できるエヴァ内では無く、どこかに誘拐犯といる。その現実が映し出す恐怖に、心の弱いゲンドウは耐えられない―冬月はそう考えていた。そして、それは事実をとさほど違わなかった。

「アスカ?起きてる?」、シンジが優しく声をかけた。アスカは、一瞬目の前にあるシンジの優しげな瞳に思考を止めてしまう。が、すぐに現状を把握して
「うん、大丈夫」、と答えた。記憶がはっきりとしてくる。
 あの時、ミサトに連絡が届いたことを確認する電話がかかってきてからしばらくして、後ろにいた男が動いたのだ。複数の男達がどこからともなく現れ、自分達を拘束した。さらに、自分達を迎えにきたであろうネルフのヘリコプターが突如撃墜されて、自分達は謎の男達のVTOLに乗せられた。そこから記憶が曖昧だった。おそらく薬でも嗅がされたのだろう。
 アスカはシンジの手を無意識に求め、それを力強く握った。シンジはそんなアスカを優しく抱き寄せる。アスカを不安がらせないためだ。同時に、昨夜彼が見せた年齢に不釣合いの驚異的な分析力を発揮させる。親の才能か、アスカへの愛情か、おそらくその両方によって発揮されるシンジの能力は、現状を分析し始める。
 二人がいた部屋は、まさに何も無い部屋だった。壁も床も天井もすべて白く、四つの電球が眩しかった。ドアらしきものは無く、壁はすべて同じだった。おそらくそのどれかに出入り口があるのだろうが、見た目からは判別できなかった。壁と天井の境目に、部屋を一周するダクトがあった。おそらく空調装置だろう。しかしとても細く、スパイみたいに脱出することは無理だろう。
 シンジは不安そうに自分を抱きしめるアスカを優しく包み込みながら、視覚から聴覚に情報収集手段を切り替えた。すると、微かに音が聞こえる。そう、まるで地下鉄の駅のホームのような、あの唸るような音。空調ダクトからそれは聞こえた。
「シンジ」、アスカの呼びかけでシンジの思考はそこで停止した。
「なぁに?アスカ」、シンジは優しげな顔でアスカを見つめる。自らの不安や焦りは隠す。そうしなければ自分以上に不安を感じているアスカが恐怖に捕らわれてしまうからだ。
 アスカは黙ったままシンジの瞳を見つめた。シンジはすぐにアスカの意図に気付く。そして、そのままキスをする。舌を絡める、深く愛し合うキスだった。

「おい、おい。あれが中学生かよ」、ワイシャツとネクタイの上に作業服を着た男が二人、その部屋にいた。無数のモニターが部屋の壁を埋め尽くし、施設の監視カメラが捉える映像を映し出していた。モニターの一つには、キスを続けるシンジとアスカが映し出されていた。男達の視線も、そこに集中していた。
「ありゃとんでもないもんだ」
「ネルフが洗脳でもしたのかな?チルドレンの子供を早くから作って次の世代のパイロットを確保するんじゃねぇか?」、冗談に近い会話の中に、ネルフに対する憶測が含まれていた。二人にとって、これは遊び心を多分に含んだ知性の駆け引きだった。しかし、すぐに黙ってしまう。
 ここは第二新東京市―ゼーレ本部。表向きは長野新東京国際空港にある大貨物保管倉庫であり、その地下には巨大な施設が存在していた。そこは壊滅した世界の主な都市に代わり、新世紀に新たな大国として浮上した日本の首都である長野―第二新東京市に移されたゼーレ本部機能の集中した施設だった。シンジとアスカを拉致したVTOLはそのままこの空港に着陸、そのまま中の二人は本部に移送されたのだ。
 画面には相変わらずキスを続ける二人。幼い恋人達の甘い世界が創り出す沈黙に耐え切れなくなった男の一人が、口を開いた。
「おい、あの二人に尋問やらなんやらしなくていいのか?」
「放って置けばいいらしい。ようするに葛城ミサトの暗殺に失敗したからあの二人を拉致したんだ。ネルフの戦力を激減させるためにな。葛城ミサトというネルフの脳を殺せないならば、チルドレンという神経を奪えばいいと考えたんだろうな、上は。チルドレンがいなければネルフの強力な手足であるエヴァはただのでかい人形だ」
「殺せばいいじゃないか」、理論的な思考以外のものを含んだ言葉が漏れた。
「そうもいかないらしい。チルドレンは『人類補完計画』に必要なそうだ」
「はっ、馬鹿馬鹿しい。いちゃいちゃする中学生の監視なんてろくなもんじゃねぇ」、相棒が音を上げた。

 シンジとアスカは、ただキスをしていたわけでは無かった。この場の不安を取り除くため、相手のぬくもりを感じたかった、という理由も存在した。が、最大の目的は監視する連中に互いのやり取りを悟られないためにあった。
 アスカとシンジはとても聡明で優秀だったから(とくにシンジのそれはアスカという守るべき対象ができてから日を追うごとに磨かれてきた)、何とか現状を把握することが大事だと考えた。それによって逃げるか、留まるか、また今後の自分達の境遇を確かめることが重要だったからだ。
 しかしただ話しをしたりしたら、それはたちまち監視者の知るところになる。ここに監視カメラという無粋なものが存在することはまず間違いなかったからだ。そこで、アスカはシンジにキスを通じて自らの考えを伝えることにした。舌の微妙な動きや振動から、週音マイクに拾われずに会話をすることができる、そう彼女は思ったのだ。シンジもアスカの意図に気付き、すぐに濃厚なキスシーンが監視モニターに映し出されることになったのだ。
 アスカは、ここが地下室であり、振動や音の特徴からここが空港では無いかと考えた。それならばVTOLが自然に着陸した合理的な説明もできる。シンジは自分達の置かれた状況をアスカに伝え、同時にネルフにコンタクトを取ったほうがいい、そう伝えた。人の顔色を伺って生きてきたシンジは、人間の行動心理を掴むのが得意で、であるからカヲルの情報と合わせてゼーレの意図にも気付いていた。
 しかし現状での脱出は不可能だった。この部屋の出入り口さえわからないのに、どうやって地上に出てネルフに連絡をつけるか、それがわからなかった。改めてヘッドセットや緊急通信機能のついた時計を確認するが、全てそういった機能が破壊されていた。
(アスカ・・・脱出しよう)
(うん、そうね)
(危険かもしれないけど、僕達がここに捕まっていれば、ネルフは危ない)
(エヴァが無いネルフじゃ危険ね)
(だから、何とか脱出してゼーレと戦おう) 
 万が一失敗しても自分達の重要性から殺されることは無いだろうし(実際ゼーレにチルドレン抹殺の意志は無かった)、自分達が中学生だと侮られれば、そこに付け入る隙が生じるはずだった。シンジとアスカは、キスのコミュニケーションの中で、ある作戦を考えていた。三流スパイ小説でももっとマシなものを書くような計画だったが、限りなく現実的な計画だった。それはネルフの訓練は短い時間の中で、シンジ達が得た数多くの知識の中の一つだった。

「おい、やばいぞ」、監視員がモニターを見てそう呟いた。モニターには、いきなり腹を抱えて痛み出すアスカがいた。シンジはそれを心配そうに抱え込む。音声スピーカーから、シンジの助けを呼ぶ声が聞こえてくる。
「医務班に連絡するか?」
「いや、とりあえず俺達だけで見に行ってみよう。ただの仮病かもしれないし」
「二人で大丈夫か?」
「おいおい、相手は中学生だぜ。それに、今は最終計画のためにどこでも忙しいんだ」

 それまで白いだけだった壁の一角に、薄い線が浮き上がり、その囲まれた内部が開いた。ドアが開いたのだ。外から二人の男達が現れた。
「どうした?」、冷酷な声だった。
「それが、アスカ―彼女がお腹が痛いって言いまして・・・」、シンジは慌てふためいていた。
「どれ、見せてみろ」、二人組みの片方がアスカに近付いた。シンジは少し下がる。
 男がアスカのすぐそばに近付いたとき、ことは起こった。シンジとアスカの足払いがそれぞれの男を転倒させたのだ。そのまま二人の少年少女は肘を突き出して倒れこんだ男達の喉を突く。声を潰された二人を待っていたのは、そのまま続いた二人の全力キックだった。まるで使徒を倒すかのような完璧なユニゾンで、シンジとアスカは一瞬にして訓練の受けたはずの―本当はただの事務要員程度だった―ゼーレの手先を叩きのめしたのだ。
 シンジは男達の服を脱がせる(下着はそのままにした)。ズボンと作業服を着込み、残ったシャツやネクタイで男達を縛り上げた。一丁しか無かった拳銃も奪う。アスカは弾奏が満杯であることを確認すると、訓練された通りにスライドさせ初弾を薬室に装填させた。
「行くわよ、シンジ」、アスカはシンジに振り返って言った。
「待って、アスカ」
「何?」
「拳銃、僕に渡してくれないかな?・・その、アスカに人を殺させたくない」
 アスカは一瞬黙り込む。自分のほうが訓練期間の差から、拳銃をうまく扱える。だが、シンジはそんな自分に人を殺させたくないという。アスカはこんな状況でも自分を気遣うシンジに、嬉しさが込み上げて来る。
 無言で廊下を進む。すぐに『監視室』と表札のある部屋を見つける。中を確認し、警戒を解かずに部屋に入る。部屋にあった端末から、施設の情報を引き抜き、脱出路を確認する。と、同時に先程まで自分達のいた部屋―監禁室とプレートに書かれていた―を映すカメラを物理的にコードから切り離す。すぐに復旧するだろうが、自分達の逃げる時間が少しでも稼げるならば、と考えた故の行動だった。

「意外とやるな、ガキのくせに」
 その声にシンジは振り返った。そこには黒服に身を包んだ男達が五人いた。皆拳銃をこちらに向けている。アスカはシンジの腕に自分のそれを巻きつける。絶対離れたくない―その意志表示だ。
 黒服が再び口を開く。
「ふん、ガキのおままごとか」
 シンジは黙って黒服を睨む。
「あんまり大人をなめるなよ。ガキは家で大人しく寝てりゃあいいんだ」
「坊主、俺達が脱走しようとしたお前らを黙って監禁室に連れ戻すと思うか?」
 シンジとアスカの表情が曇る。不安もよぎる。
「ゼーレ上層部からはセカンドチルドレンが生きていればどうなってもかまわないと言っている。補完計画に必要なのはサードだけだからな。セカンドは人質だよ」
(拙い・・・アスカを守らなきゃ)、シンジは思った。
(こいつら、僕が目的だ。だったら、僕が拳銃でこいつらと撃ち合っている間にアスカを逃がすか―駄目だ、武器を持ってなきゃすぐ捕まっちゃう)
 シンジは焦る。このままではアスカに何をされるかわからない。
「大人しく監禁室に戻って黙るんだな。さもなきゃあセカンドがどうなっても知らん」
 黒服は内心、悪態をつく。14歳の子供相手に脅迫か、と。自分の仕事はいつからこんな落ちぶれたものになったんだ。畜生、ろくでもない。人類の崇高なる理想のために俺の長男と年のさして変わらぬ少年少女を監禁せよ、か。ああ、畜生。このガキも自分の可愛い恋人を守ろうとしているだけだろうに。
「・・・わかりました」、沈黙を脅しと受け取ったシンジはそう答えた、「ですが、絶対アスカには何もしないでください」
 シンジはそう言って拳銃を降ろす。黒服の脇にいた部下がそれを奪い取る。
「いいだろう。だが、今度は大人しくするんだな」

 アスカとシンジは結局監禁室に戻された。警戒されてか、今度は手錠をかけられる。
 二人の反乱は失敗した。子供である自分達と大人である敵という現実というを見せ付けられて。拷問等を受けなかったのは幸いといえた。脱出を試みる人間には、何かしら罰が与えられるからだ。シンジはよく理解していた。その罰を回避できたのは、運が良かったからではなく、あの黒服が示した自分への好意であると。その好意を裏切れば、今度こそ自分達に災厄が訪れるであろうことも。
 シンジは思った。
(ゼーレも、全ての人が悪いわけではない。あの黒服の人も、結局自分より偉い人間に命令されてああした汚い仕事をしているんだ)
 ドアが閉じられる寸前、黒服がシンジに話し掛けた。
「可愛い恋人のためなら、我慢するんだな。大人しくしていれば危害は加えん。俺もそうしたくは無い」
 
人類補完計画発動まで、あと四六時間。


マナ:こ、これは・・・さすがに大ピンチね。

アスカ:うまくいくと思ったのに・・・まさかこんなことになるなんて。

マナ:やっていいことと悪いことがあるわ。

アスカ:ほんとよっ! もっと言ってやってっ!(ーー#

マナ:立場上、どうしてもやらなくちゃいけないとしても、これは頂けないわ・・・。

アスカ:そうそう、どんな事情があっても、やっちゃいけないことがあるのよっ!

マナ:わかってんなら、やめなさいよっ!

アスカ:はぁぁぁ? ア、アタシに言ってんのっ!?

マナ:密談するのに、キスでカモフラージュまでは許してもっ! なんで舌までっ!(▼▼#

アスカ:あ、あれは・・・遊び心で・・・。(^^;;;;
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