「加持、アンタに感謝するわ」、葛城ミサト三佐はそう言ってラップトップコンピューターからディスクを引き抜いた。
「これが、アンタの残したあの子達への最後のプレゼントよね」
 拳銃をチェック。
「アンタの残した遺志、アタシが遂げるわ。二人の救出、任せて」
 ミサトは仮の宿としていたリツコのマンションから出る。
「葛城三佐」、外にはネルフ警護部隊と戦時特殊部隊SSSの精鋭が待っていた。部隊長らしき男がミサトを出迎える。そのまま駐車場に行き、ミサトは待機していたヘリコプターに乗り込む。ディスクをヘリのナビゲーターに渡す。
「加持一尉の残した情報よ。ゼーレは長野空港」
 ミサトの搭乗を確認したヘリコプターは離陸する。
「これよりチルドレン救出作戦を開始します」

安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER FOURTEEN:組織の人間

「大人しいもんだ、あの二人」、監視カメラの映し出す映像を見ながら、太った男が話し掛けた。
「そんなものだろう。所詮は子供だからな。叱られた子供というものは大人しいものさ」、黒服の男がそれに相槌をうつ。鳥海ソウヤ、それがゼーレ内では『ティーゲル』と呼ばれるこの男の本名だった。
「ああ、そんなところだろう」
「このまま大人しくしていて欲しいね」、鳥海は微かな笑みを浮かべながらそう言った。
「お偉いさんは何を考えてんだか」
「そりゃあ、お前。偉大で崇高なる思想のためのやむを得ない神聖なる犠牲、ってやつさ」
 二人は笑い出す。
「皮肉なもんだ。この世の偉大な理想とは、絶えずどこかで命の犠牲というものが存在するんだから」
「お前の口からそんな哲学的な言葉が出るとはな」
「何にせよ、あの二人が大人しくしていれば、犠牲になることは無いだろうさ」

 突如アラームが監視室に鳴り響いた。
「どうした!?」、鳥海はコンソールで管制部に連絡を取る。
『本部に敵性部隊侵入!戦自及びネルフの特殊部隊と見受けられます!』
「戦自!?ネルフ!?畜生!敵に兵力は?」
『敵規模はおよそ一個中隊。監視カメラを破壊したり迂回しながら潜入してきます』
「全施設内への警報は」
『まだ発令していません』
「よし、そのままだ。敵に警戒されると困る」
『わかりました』
「・・・」、鳥海は黙り込んだ。ここは確かにゼーレ本部である。だから臆することは何もないように思われるが、実のところここの警備施設は対したものではない。ここは本部機能の施設であり、上層部―委員会のメンバーは自分達の拠点から通信回線で集うだけだからだ。ゼーレを構成するメンバーが基本的に権力者や大富豪であることからそれは当たり前だった。であるならばプロの戦闘集団に攻め込まれたここがいかに脆いか、それは子供でもわかることだった。
 ゼーレは組織を構築する重要な要素が情報と人員であることを知っていた。機能とはいくらでも(MAGIのような例外は除いて)代替ができるが、情報と人員はそれができないからだ。だからゼーレは機能を集中させたが、人員や情報は世界中に散らばっている。そして、さほど重視されていない機能だけが集中するこの施設には、防御手段があまり無い。
「・・・徹底抗戦はあきらめろ。勝ち目は無い」、鳥海はそうオペレーターに伝えた。
『いいんですか?』
「君はなんでゼーレみたいな組織に入っている?」
『え?・・・仕事だからです』
「そうだ。仕事だ。ここにいる人間の大半はくだらない理想のためでは無く、仕事だからゼーレに使えている。無謀な戦いを挑んで死ぬことは仕事の範疇に含まれないと思うが?」
『・・わかりました。降伏を伝えます』
「そうしてくれ」
『待ってください、ティーゲル。委員会監査官が命令を拒否しています』
「何?」
『施設部隊の降伏は認めるが、チルドレンを連れて脱出するためのVTOLを用意しろ、と伝えています』
 鳥海は黙り込んだ。どうする?このままあの子供達を委員会に渡してしまうか?それとも攻め込んだネルフのご機嫌を取るために解放するか?畜生。俺は諜報員だ。カタギの人間を裏の世界のいざこざに巻き込むのはごめんだ。あの二人はガキだ。
 鳥海は己の職業意識―プライドに刺激された感情に身を任せることにした。チルドレンを助ける―それは汚い仕事をこなしてきた鳥海が失わなかった諜報員としてのプライドが示す行動だった。鳥海はロッカーにあった機関銃を取り出す。
「ティーゲル、自分だけいい格好するのはズルイですよ」、背後から声が聞こえる。そこにはゼーレ本部施設の警備部部員が五人いた。皆武器を携帯している。
「あの旧ソ連の政治将校みたいな生意気な連中をいっぺんぶっ殺したかった」、別の部員が嬉しそうに言った。
 鳥海は黙って微笑んだ。

「気付かれた兆候は?」、ミサトは施設内を進みながら隣にいる通信兵に聞いた。周囲を護衛の兵士が固めている。
「ありません」
 ミサトは少し安堵する。今回の作戦でチルドレンが人質として取られた場合が最も不安だった。しかし補完計画発動まで時間が無い。施設の構造は加持のデータからわかっている。監禁室の位置や、監視カメラの場所もインプットされている。だからこのような強攻策に出た。
「・・・あ、待ってください・・・ここの責任者から通信です。降伏する、と」
「何ですって?」、ミサトの表情が曇る。自分達の侵入が把握されていた、ということだ。そして、それでもあっさり降伏するということは重要な情報や人物が既に逃げ去った、ということだ。それはチルドレンが連れ去られた可能性が高いことを示す。
「急いで。出入り口は全て封鎖したわよね?」
「はい。ネズミ一匹逃しておりません」
「各捜索班より連絡は?」
「ありません」
 ミサトは焦った。急いで二人を見つけなくては。

「早く出ろ!」、黒服を着た一○人程度の男達がシンジとアスカに命令した。こちらに拳銃を向けている。シンジはアスカの手を離さないように気をつけながら廊下に出た。男達を見回すが、誰一人として面識が無い。"あの"黒服はいなかった。
「来い」、手短にリーダーらしき男が命令する。二人はそれに逆らうつもりは無かった。何が起きているのか、それがわからなかった。自分達がどこに向っているのか、何をされるのか、不安でしょうが無かったが、逆らっても無駄であることをよく理解していた。
(アスカだけは守る)、シンジは思った。
(シンジだけは守る)、アスカは思った。互いの手を強く握る。無言の時間が流れる。足音のみが何も無い廊下に響く。
 突如、前に別の黒服軍団が現れる。その中心に、"あの"黒服がいた。
「ティーゲル」、自分達を連行しているほうの黒服リーダーが口を開く。
「ああ、遅くなってすまん。これよりVTOLまで案内する」
「ふん、ご苦労」
 そこまで会話が進んだとき、突如ティーゲルがこちらに向けて機関銃を撃ち始めた。彼に従ってきた男達もそれに続く。
 シンジとアスカはどちらともなく地面に伏せるように相手を引っ張る。そのまま何も無い廊下で、強く手を握り合う。頭上を銃弾が飛び交う。壁を血が汚す。悲鳴と痛みを訴える声が聞こえる。そのまま悪夢のような時間が流れる。
 シンジとアスカは震えていた。怖かった。エヴァでの戦闘のとき、感覚がエヴァを通しているため、恐怖はあまり感じなかった。だが、今ここで二人は自分自身の感覚で恐るべき体験をしていた。これが本当の"戦闘"なのだ。
 シンジはそれでもアスカのことを思った。アスカが震えている。シンジはアスカを自分の胸のなかに包み込む。少しでもアスカをこの地獄の光景から遠ざけるために。アスカはシンジに引き寄せられ、胸の中に引き込まれる。シンジの匂いと心臓音がアスカの感覚を支配する。そして、それ以外の何も聞こえなくなる。アスカはシンジに包み込まれて守られていた。

「おい、大丈夫か?」、声が頭上から聞こえる。
「怪我、してないよな」
シンジが恐る恐る上を見上げると、そこにはティーゲルと呼ばれたあの黒服がいた。
「どうなんだ?」、少し苛ついた声だった。
「あ、はい、大丈夫です」、シンジは慌てて立ち上がりながら答えた。すぐに相手が敵である、と思い出す。
「そうか。立てるな。君の可愛い恋人も大丈夫だな?」
 アスカもシンジに続いて立つ。
「大丈夫よ」
「そうか、ではついて来い」、ティーゲルはそう命令し、自分達を連行する素振りを見せた。
 シンジとアスカは立ち止まる。目の前に死体が見えたからだ。
「ああ、そうだな、この光景は少し酷だな。だが、とにかく来てくれ。ネルフの連中はこっちにしかいないんだ」
 シンジは改めて現状を把握しようとした。しかし、頭が働かない。銃声と悲鳴、そして死体と血。目の前で起きたばかりの地獄で、シンジの思考は停止していた。辛うじて四人の男が自分を連れて行こうとするのがわかる。
「いいか、突いて来い。俺は君達をネルフに帰すつもりだ」
 シンジは黙ったままだ。アスカはそんなシンジを不安そうに見ながら、代わりに答えた。
「わかったわ。アンタ達について行く」
(シンジ・・・ありがとう。アンタがアタシを守ってくれた。今度はアタシが守る番)
 アスカはシンジを引っ張りながら思った。この人たちは何なのか。何がどうなっているのか。しかし、どうやら殺されることはないらしい。そこで思い出す。ネルフ?今ネルフって言ったわよね!?
「あの、ネルフって、どういうことですか?」
「ここにネルフが攻め込んできているんだ」
「え!?」
「君達をネルフに渡し、我々は降伏する」
 アスカは状況を把握する。ネルフが攻め込んできてそれを抑えられそうに無いから、降伏する、ということだろう。しかし、自分達を人質にする、という選択肢もあったでは無いか。そのアスカの疑問を悟ったのだろうか、ティーゲルはすぐに答える。
「ああ、君達を人質に取るつもりは無い」
「え?」
「職業意識、プロとしてのプライドさ。大抵はプライドなんて無視するが、諜報員にも暗黙のルールはある。子供を人質にしたり争いに巻き込むのはそれに反する」
 ティーゲルは二人に大人の笑みを浮かべてみせる。諜報員としての意識やプライドが、そこに凝縮されていた。それは捕らわれていた二人にとって、求めて止まなかった頼れる大人―その具現化を象徴していた。例えほんの数時間前まで敵だったとはいえ、自分達を守ろうとする大人を信頼できないはずが無かった。そして、運命とはどこまでも残酷だった。
 シンジが冷静さを取り戻し、アスカが部分的にティーゲルを信用し始めたときだった。
 目の前で微笑みかけていたティーゲルが揺らいだのだった。そして、胸から血が噴出す。周りにいた黒服はすぐに振り返る。そして、腕や胴体を撃ち抜かれて冷たい床に倒れこむ。シンジとアスカの目に映ったのは、こちらに拳銃を向けて走ってくるミサト率いるネルフと戦自部隊だった。

「右、目標発見!チルドレンは敵に囲まれています!」、大声で報告が聞こえる。ミサトは急いで右を見る。そこには確かに彼女の愛する家族がいた。敵に囲まれて。
「救出!」、ミサトが命令する。
 こういった場合、することは明らかだ。向こうは自分達に気付いていない。そして、人質になりかねないチルドレンがいる。ならばそうなる前に、敵を殺す。命令を受けた兵士達はそれに従って遠距離射撃の可能な兵士がチルドレンに当たらないように正確に敵を撃ち殺す。ミサトはその掩護のもと、撃ち漏らすかもしれない敵に備えて拳銃を構えながら突っ込む。こちらは撃たない。シンジ達がいるから、正確な射撃ができる掩護班に攻撃を任せるのだ。
 幸い、敵は一回で全て倒れる。シンジ達は無傷だ。
「シンジ君!アスカ!」、ミサトは喜びに叫ぶ。

 何が起きたのか、最初はわからなかった。だけど、こちらに向かって走ってくるミサトと、倒れこむティーゲルを見て、何があったのか、想像がついた。シンジとアスカは倒れこんで血が流れ出すティーゲルの胸を手で塞ぐ。先程自分達を助けてくれた男、そういう認識がいつのまにかあった。だが、二人の努力は無駄だった。流れる血は止まらない。
「・・・・俺の言葉・・家内に伝えてくれ・・・」、ティーゲルが弱弱しく口を開いた。
「喋っちゃ駄目です!」、シンジが必死に言う。
「俺の本名は鳥海ソウヤ・・・第二新東京足立区に家内と子供がいる・・・伝えてくれ、ユキコに・・・愛している、と」
 そのままティーゲルは痙攣をおこし、動きを止める。
「シンジ君!アスカ!」、ミサトが二人に駆け寄る。
「良かった!無事なのね!」、ミサトは涙を流していた。そのまま二人を抱きしめようとする。そして、気付く。二人が無表情で黒服を見ていることに。
「ミサトさん・・・・この人はいい人でした」
「アタシ達を助けてくれた・・・」
 ミサトは一瞬混乱する。自分が射殺を命令したこの男は、シンジ達の味方だった、というのか。
「ミサトは責めないわ。アンタはアタシ達を助けようとしたんだもの」
「ミサトさん、助けに来てくれて、ありがとうございます」
「でも、この人には家族がいたの」
「奥さんを、愛しているって伝えてくれ、って言って」
「何で!何でなのよ!何でこんないい人がゼーレにいるのよ!」
「世界を滅茶苦茶にしたのはゼーレなんでしょう!?そんなところに何でこの人がいるんですか!?」
 シンジとアスカはいつのまにか涙を流してお互いを抱きしめあいながら倒れこむ。ミサトはしばらくして、ようやく事態を理解した。ミサトは何があったのか、知らない。しかしこのゼーレの人間であろうこの男が、シンジとアスカを助けようとしたことはわかる。自分が殺したことも。
 ミサトは力なくその場に立ったままだった。自分達のゼーレに対する憎しみを否定させるであろう人間の遺体を見て、涙を流すシンジとアスカを見ながら。
 ああ、なんて事なの。この世界はなんて世界だ。憎むべき組織の中に、こんな人間がいるなんて。私は誰を憎めばいいの?父や家族を奪った組織はゼーレでしょう!?そのゼーレに、命を賭して子供を守ろうとする人間がいるなんて。ああ、畜生。私は誰を恨んで戦えばいいの?
(ティーゲル、いや、鳥海さん。僕はあなたの死の意味がわかりません。あなたはゼーレ、敵のはずでした。でも、あなたは僕らの命を守ってくれた。僕は誰を憎めばいいんです?)、シンジは思った。
 人が創ったものである組織は人間で構成される。そして、人間一人一人には様々な事情がある。理想を信じるもの、家族のために戦うもの、生きるために服従するもの、その形は人の数だけある。幼い故に、シンジ達はそれをまだ理解できなかった。ゼーレという組織そのものを"悪"と見なし、それに所属する人員全てを悪と見なす。それが大きな間違いであることを、彼らは今日、この体験で理解し始めていた。
 世間がそうであるかは、まったく別の話であるが。


マナ:自分達の正義を信じていても、敵は絶対悪じゃないってことね・・・。

アスカ:助かったのはいいけど・・・胸が苦しいわね。

マナ:戦争って、やっぱり悲しいわね。

アスカ:いつも、犠牲になるのは本当に悪い奴じゃないのよね。

マナ:そうよ。そういう人は、たいていずーーっと後方にいるのよ。

アスカ:もーー、ぜーーーったい許さないんだからっ!

マナ:鳥海さんの為にもね。

アスカ:この戦い。絶対勝たなくちゃっ!

マナ:そうでなくちゃ、犠牲になった人が浮ばれないもんね。
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